ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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動機

 

 ハーマイオニー視点

 

時間というものは……何故こうも必要な時に限って短いのだろう。去年あんな風に時間を湯水のように使っていたのが嘘のようだ。

第一の課題内容が分かってから数日。おそらく他の代表選手は確実なドラゴン対策を講じているだろうなか、私とハリーは()()()()()()()()アドバイスされた『呼び寄せ呪文』という不確かな策に賭けるしかなかった。しかもそれさえ今までの練習で一度も成功した試しはない。

明らかな準備不足。そもそもハリーは唯一の17歳未満の代表選手なのだ。時間はいくらあっても足りないのに、更に課題内容が分かったのはつい最近のこと。時間などいくらあっても足りるわけがない。

そしてそれはハリー自身も分かっているのだろう。

いよいよ来てしまった第一の課題の日……つまりハリーがドラゴンを出し抜かなければならない日。

何か他に気になることがある様子だったハリーも、そんなことより目の前の課題をまず潜り抜けようと頑張っていた。でもそれでもやはり一度の成功もなく、もはやぶっつけ本番でやるしかない状況は怖くて仕方がない様子だ。代表選手待機場所に向かう足取りは明らかに遅く、顔など血が通っているかも疑わしくなるほど青白い。しかも周りからの、

 

「ハリー、頑張れよ!」

 

「他の代表選手なんかに負けんなよ! グリフィンドールこそが優勝するんだ!」

 

という寮生の応援から、

 

「ポッター! お前が何秒持つか疑問だよ!」

 

「ちゃんと正々堂々やれよ! 卑怯な手を使うんじゃないぞ!」

 

などという他寮からの罵声に至るまで一切聞こえていないみたいだった。以前なら一々顔色を変えていたのに、今は青ざめた表情のまま固定されたまま。当然隣から声をかける私の声もあまり聞こえている様子ではなく、

 

「……ハリー。じゃあ頑張ってね。大丈夫よ。ただ集中すればいいの。そうすれば必ずファイアボルトは貴方の手元に届くわ。大きさや距離は関係ない。ただ集中すればいいの」

 

「……うん」

 

ただ言葉少なげに応えただけだった。私と別れたハリーはフラフラとした足取りで待機場所に歩いていく。明らかに大丈夫ではないけれど、この段階で私が出来ることは全くないと言っていいだろう。後はハリーの土壇場で見せる底力に期待するしかない。

私は今からでもハリーの背中に抱き着きたい気持ちを抑えながら、トボトボと重い足取りで観客席の方に向かう。

 

「さぁ、賭けだ賭けだ! 今のオッズで一番はビクトール・クラム! その次がセドリック・ディゴリーだ!」

 

「大穴でハリーに賭ける手もあるぞ!」

 

そしてまた馬鹿なことをしているフレッドとジョージの傍を通り過ぎると、未だに暗い表情でいるロンの隣に腰掛けた。

 

「ロン、隣に座るわよ」

 

「あぁ……」

 

でも彼に特に言葉をかけることはない。何故なら今も彼はハリー以上に青ざめた表情を浮かべているのだ。その上ロンはハリーが『呼び寄せ呪文』を練習している間、彼が集中して練習できるよう陰ながら人払いを行ってくれていた。今でこそ意地を張っていても、そんな風に本当は心の中では親友を心配し続けている彼にかける言葉なんてない。

そう……彼だって分かっているのだ。

ロンはただハリーに置いて行かれてしまった……彼の隣に自分は相応しくないのではと思っているだけ。ハリーのことを心配していないわけではない。寧ろ逆に彼を心配し……彼を親友だと思っているからこそ、彼に()()()()()()、彼に()()()()友達になりたいと思っているだけなのだ。

そんな純粋な思いを持つ男の子に、女である私がかける言葉なんてない。

 

「まったく……本当に男の子は面倒なんだから」

 

だから私はそっとそんな言葉を少しだけ()()()()()と共に噛みしめると、ただ黙って彼の隣に座り続ける。周りでは相変わらずの喧騒。皆どこか浮かれたように……どこかこれから起こることを他人事のように騒いでおり、ハリーを心配してただ黙り込む私達に話しかける人間などいない。

そうただ一人、

 

「あ、ハーマイオニー! 大丈夫? 顔色が悪いみたいだけど?」

 

この試練に()()()()()()()()()()()ダフネを除いて。

不機嫌そうにそっぽを向くドラコを引き連れ、いつも通り元気いっぱいのダフネが私だけに笑顔で話しかけてくる。

 

でも彼女の隣には……彼女と私の親友であるダリアの姿だけがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ視点

 

こんな下らないイベントに興奮しきっている様子の生徒達と違い、ハーマイオニーだけは顔色悪く黙って観客席に座っている。

原因は分かっている。優しい彼女のことだ。おそらくポッター()()()が無事にやり過ごせるかどうかを心配している……そんなところだろう。ポッターがどうなろうがどうでもいいけど、ハーマイオニーの顔色がこれ以上悪くなるのは可哀想だ。私は彼女の隣からこちらに敵意の視線を送る()()を無視し、彼女をなるべく安心させてあげられるよう声をかけた。

 

()()()()()()()()()。最初の課題はドラゴンなんだってね。でもまぁ、大丈夫だと思うよ。……あの爺も言っていたでしょう? 魔法省も十分な安全対策を施すつもりだって。老害はともかく、流石に魔法省はそこらへんしっかりしてくれるでしょう? ポッターも……まぁ、()()()()()大丈夫だと思うよ」

 

「そ、そうよね……」

 

しかしどうやら私の言葉は、あまり彼女の安心に繋がった様子はなかった。私に答えたものの、返す笑顔はどこかぎこちないものでしかない。代わりに元気よく答えたのは寧ろゴミの方だった。

 

「あっちいけよ、ダリア・マルフォイの腰巾着は。僕は今お前らなんかを相手にしている暇はないんだ。早く行かないと、お前らのことをぶん殴るぞ」

 

『腰巾着』という言葉には一瞬呪いをかけてやろうかと思ったけど、こいつはダリアを未だに疑うような低脳だ。今更相手にしても仕方がない。私はそう考え適当に受け流そうとする。

でもダリアの不在でやや苛立っているドラコの方はどうもそう思えなかったらしい。一瞬今まで以上に苛立った表情を浮かべたかと思うと、嫌らしい笑みに表情を切り替え、彼自身が作ったバッジを見せびらかしながら言った。

 

「ふん、これだからウィーズリーは野蛮なんだ。そうだ、どうせなら一緒にポッターがどうなるか見ようじゃないか。きっと見ものだぞ。勿論あいつがどれだけ無様な姿でやられるかがね。セドリックと違って、ポッターは正式な代表選手ではないんだ。きっと卑怯な手を使って、更には無様に負けるに違いないさ」

 

そしてバッジを胸に押し付けると、今まで書いてあった、

 

『セドリック・ディゴリーを応援しよう! ホグワーツの真のチャンピオンを!』

 

という文字が、

 

『汚いぞ、ポッター!』

 

というギラギラ光る文字に変わる。この今ではホグワーツ中で爆発的に流行っているバッジは、ただポッターとその一味を馬鹿にするために作られたもの。案の定ウィーズリーはキレた様子で立ち上がり、ドラコの方に思いっきり拳を振り上げ殴り掛かろうとする。それを即座にハーマイオニーが羽交い絞めにして止めると、

 

「こ、こら、ロン! 止めなさい! ほら、ドラコもそんなもの仕舞って! ごめんなさいね、ダフネ! 話はまた今度ね! 次はダリアと一緒に!」

 

私達にそんなことを叫ぶのだった。どうやらもう彼女と話している場合ではないらしい。私は必死に踏ん張っているハーマイオニーに苦笑すると、

 

「そうだね。ではまたね、ハーマイオニー。ほらドラコも行くよ」

 

「ふん……」

 

私は私でまだ言い足りなさそうにしているドラコを引き連れ、ダリアがいつ帰ってきてもいいように日陰の席に向かう。

そんな私の背中にハーマイオニーの最後の大声が届く。

 

「それとダフネ! 貴女()はあのふざけたバッジをつけずにいてくれて、ありがとう! ダリアにもそう伝えておいて!」

 

私はハーマイオニーの言葉にやはり苦笑で答えるしかなかった。彼女の言う通り、確かに()()ドラコ製作のバッジをつけてはいない。でもそれは別にポッターを気遣ってのことではなく、ただハーマイオニーを思ってのことでしかない。ポッターなど私にとってはただの面倒な奴でしかないけれど、同じグリフィンドールである彼女にとっては違う。ハーマイオニーは私達の友達なのだ。そんな彼女を気遣うのは当然のことだ。それにドラコには悪いが、私にとってこのバッジはあまりセンスのいい物とは言えない。文字はギラギラ蛍光色に輝いており目がチカチカしてしまいそうなのだ。ポッターに特に興味もない私が持っている必要性などどこにもない。

しかしダリアの場合は少し毛色が違う。確かに私同様、ハーマイオニーを気遣って身に着けてこそいないけど……実は大量に隠し持っていることを私は知っている。と言っても、ポッターをその辺の石ころ程度にしか思っていないあの子にどうしてかと聞いてみると、

 

『……実はこれ、中々高度な呪文がかかっているのですよ。勿論私なら簡単に作れるものでしかないのですが、それをお兄様が作ったと思うと……感無量です』

 

という軽い理由でしかなかったけれど……。

それでもハーマイオニーがダリアの現状をどこか勘違いしていることに変わりはない。

結果私は彼女に何も答えられず、ただ苦笑を浮かべながら席に着くしかなかった。一番奥の日陰席を空け、ドラコと私は二人並んで座る。ハーマイオニーと離れた以上、私達の間に言葉はない。

ただ、早くダリアが来ないかな。

実は試練自体に大した興味もないそ私達の中にはそんな単純な思いしかない。特にハーマイオニーの言葉でダリアのことを思い出した今では尚更だ。

 

「後で行くと言われたから観戦に来たけど……。ダリアの用事って何だろうね……。またあの子一人で抱え込もうとしているのかな……」

 

「……お前も思い知っていると思うが、ダリアはかなり頑固なところがあるからな。去年はもっと話し合えと言ったが、今はダリアが落ち着くのをもう少し待とう」

 

 

 

 

結局この後ダリアが来たのは、第一の試練が始まり……セドリック・ディゴリーがドラゴンと戦い始めた時のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セドリック視点

 

緊張で頭がどうにかなってしまいそうだった。少しでもジッとしていれば、それだけでもう動けなくなってしまう。そんな気がして何とはなしに待機所の中を行ったり来たりする。

そしてそれ程の強い不安感を感じているのは、どうやら僕だけではないらしかった。

片隅に置かれた椅子に座るフラー・デラクールは、常になく青ざめた表情でひたすら冷や汗を拭いている。代表選手の中で一番緊張慣れしてそうなビクトール・クラムは、いつもより更にムッツリした表情で何かをブツブツ呟いていた。彼らが今から挑まねばならない課題に緊張しているのは火を見るより明らかだ。

そしてそれは、

 

「せ、セドリック……」

 

「あ、あぁ、ハリーか。お互い頑張ろう」

 

「うん……」

 

四人目の代表選手であるハリー・ポッターも例外ではない。待機所に入って僕に話しかけてきたものの、僕とこれ以上の会話をする余裕自体はないのか、真っ青な顔にどこまでもぎこちない微笑みを浮かべて端の方に行ってしまった。お蔭で再び待機所の中は奇妙な沈黙で満たされる。

お互いに掛け合う言葉などない。ハリーの様に期せずして代表選手になったと主張する生徒はともかく、全員が優勝杯を争うライバルだから……ということもあるが、単純に皆未だかつてない程緊張しているのだ。

別に準備をする時間がなかったわけではない。ハリーの話ではクラムやフラーだって第一の課題内容を予め知っているとのことだった。ドラゴンは確かに普通の手段では対処のしようのない生き物であるが、手が全くないわけではない。17歳を超える生徒であればある程度の対策を思い浮かべるのは別に苦ではない。クラムとフラーもおそらく何かしらの対策を講じ、それを今日までミッチリと練習していたことだろう。

でもいくら対策があり、それを今日まで練習していようとも、緊張するかしないかというのはまた別の問題だ。弱点があろうとも、相手は腐ってもドラゴン。もし少しでも失敗すれば命を失う可能性だってある。ダンブルドアも対策を取ると言っていたが、それも絶対ではないだろう。僅かとはいえ、命の危険を前にして緊張するなと言う方が無理なのだ。

 

それに何より……もし失敗した時、僕に期待してくれている両親やハッフルパフ生のことを考えると……。

 

僕は皆が無言の中をしばらく右往左往していたが、途中でそんな体力を使っている場合でもないと思い直し、他の代表選手とは離れた端の方に陣取る。ただ何もしないのもやはり不安が増すばかりなので、ポケットから杖を出し、試練で使う予定の呪文の動きを練習し始めた。

しかし……

 

「こんにちは、セドリック・ディゴリー。あぁ、あまり大声を上げないで下さいね」

 

それもすぐに別のことに気を取られることになったけれど。

代表選手の待機所と言っても、別に小屋を新しく建てたわけではない。併設する急造会場の横に、小さなテントが設置されているだけだ。当然外の音、つまり会場の方から聞こえる生徒達のざわめき声だって聞こえてきている。そんな中で、今まで接点など皆無だったのに、何故か急に僕に近づいてきた後輩の声が聞こえてきたのだ。……テント越し、つまり()()()()()()()

思わず上げそうになった大声を抑え込みながら、僕はやはり()()()()声音で声の主に答えた。

 

「ダ、ダリア・マルフォイ。ど、どうして君がここに?」

 

「いえ、おそらく緊張されていると思いましたので。……()()()()()()()私には出来ませんがね」

 

後半は果たして僕に対しての言葉なのかは怪しかったが、どうやら一応()()では僕を励ましに来たらしい。

だからこそ僕は……更に彼女に対する警戒心を()()()()()考える。

確かに彼女が僕に教えてくれた試練の内容は間違っていなかった。同じ代表選手とはいえ、グリフィンドール生であるハリーと同じことを言うのだからそれは間違いない。それに彼女が出会い頭に言っていた、

 

『ご安心ください。私は貴方の()()です』

 

という言葉があの時の……いや、今でも僕が心から欲しかった言葉であったため、警戒しながらも彼女の話を聞いてしまったのも確かだ。お蔭でこうして僕はドラゴンへの対策を練ることが出来ている。

でもだからと言って、彼女への警戒感がなくなるかといえばまた別の話だ。

そもそも僕はダリア・マルフォイと面識などない。あるはずがない。彼女はスリザリン生の後輩で、僕はハッフルパフ。更に彼女はあの悪名高きマルフォイ家の娘だ。僕の父親も魔法省の役人だけど、あの家とは違い悪いことなど一つもしていない。本来ならこの恐ろしい少女と僕が関わることなど一生なかったはずなのだ。彼女の方から僕に近づく理由もない。

なのにこうして彼女はまるで僕を狙い撃ちするかのように近づいてきた。彼女が何か企んでいると考えるのが自然だ。

彼女は僕を利用するつもりに違いない。

しかしいくら怪しい人間だとはいえ、彼女は()()年下の女の子だ。目的があることとはいえ、僕に試練の内容を教えてくれた恩義もある。まさかいきなり、

 

『帰れ!』

 

なんて言うわけにもいかない。

僕はどうしたら平和的に彼女を追い返せるかと思案を巡らせる。しかし僕が有効的な彼女の追いだし方法を思いつく前に、彼女の方から更に会話を続けてきたのだった。

 

「……ところで、どういった方法でドラゴンを出し抜くおつもりですか?」

 

実に当たり障りのない質問。でも彼女の企みが分からない以上、彼女に馬鹿正直に自分の作戦を話していいものか判断に迷うところだ。

だがこれで彼女を追い返すタイミングを逃してしまった。しばらくの逡巡の後、僕はあと数分もすればどうせ皆の前で披露することだと思い直すことになる。そして他の代表選手に聞こえないような声音で答えたのだった。

 

「……変身呪文を使うつもりだよ。ドラゴンは目が弱点とよく言われるけど、上手く目に呪文を当てられる確証はないからね。代わりにドラゴンの高い縄張り意識を使わせてもらうよ。石を犬に変えてドラゴンの気を逸らす。その間にドラゴンを出し抜くという寸法さ」

 

彼女のお蔭で、考える時間も、そして練習する時間もたっぷりあった。しかし正直な話、これが最良の選択肢とは言えないだろう。自分でもドラゴン相手ならもっとやりようがあると思う。しかし僕の最も得意分野である『変身術』を活かすにはこのやり方が一番なのだ。僕より遥かに優秀と思われるダリア・マルフォイならあるいは違った手段を使うのだろうが、僕の得意分野を活かすならこれしか方法はない。

僕は少しの恥ずかしさを感じながら、それ以上にこれで彼女が満足して去ってくれないものかと期待して返事を待つ。

ところが彼女の答えは寧ろ、

 

「ほう……そのような手段でいきますか。いえ、確かに目を狙うだけでは能がありませんものね。私が思いつく手段は些か()()なものばかりだったのですが……。噂に聞く貴方の実力であれば、それでも十分通用すると思いますよ。ドラゴンを()()必要性もない。やはり代表選手に選ばれる生徒は違いますね」

 

否定的なものどころか、大絶賛なものでしかなかった。彼女の言う物騒な手段も気になるが、僕はそれから無理やり意識を逸らしながらもっと違うことを尋ねる。

 

「ちなみに君は……いや、そんなことを今聞いても仕方がないね。ありがとう、この学校で一番優秀だと言われている君にそう言ってもらえて、少しだけ自信を持つことが出来たよ。それに課題内容を教えてくれたことも……。ところでこちらも質問してもいいかい? 君は随分僕に肩入れしてくれているみたいだけど、それはどうしてだい?」

 

やや突っ込んだ質問だと思ったけど、ここでしり込みしている時間はない。彼女の言葉や態度で今後の方針を決めよう。

そう思い彼女の方に質問したのだけど、

 

「……ただの戯れですよ。皆が予想する結果を、少しだけ変えてしまおう。そんなちょっとした遊び心からです。特に意味はありません」

 

そんなどこか突っぱねるような声音で答えられただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダリア視点

 

まるで探りを入れる様な質問に、どこか固さすら感じられる声音。課題を間直に緊張していることもあるだろうが、理由はそれだけではない。

彼は警戒しているのだ。接点もないのに突然近づき、耳元で甘い言葉を囁くスリザリンの後輩を。

まぁ、その反応自体は別に最初から予想していたものだ。寧ろ彼は私を警戒して当たり前。最初こそ『開心術』で彼の欲しがっていた言葉を見つけ出し、それを使って彼に近づくことにこそ成功した。しかしいざ冷静になれば欲望より警戒心の方が勝る。当然の反応だと思う。一部の例外を除き周りの人間全てが敵な私程ではないが、不可解な行動で近づく人間など本来警戒対象にしかなりえない。彼は正常な感覚で、私を警戒しているにすぎないのだ。

 

しかしどんなに彼が私を警戒していようと、私には一切の関係はない。

 

私の目的はセドリック・ディゴリーに介入することで、試合を誰も予想していなかった方向に導くこと。他の代表選手と違い、彼には誰も有効的な情報を教えてくれるサポーターはいない。そんな状況の中、魔法省高官である父親を持つ私の情報は必ず彼の役に立つ。誰が優勝するにせよ、途中経過自体は必ず変えることが出来る。

敵の計画を少しでも狂わすことが出来る可能性がある。

つまり彼が私自身のことを信用しようがしまいが、私のもたらした情報さえ信用してくれればそれで私の計画は成功しているのだ。

少なくとも今こうして彼が私の話に応じているということは、私の話自体は信用しているということ。彼が私に何を思おうとどうでもいい。

 

所詮彼は私の()に過ぎないのだから。

 

そう私は自らに言い聞かし、彼の質問をはぐらかしてから更に違う質問を投げかける。

 

「それより、こうして協力していてなんですが、貴方が何のために代表選手に名乗りを上げたか聞いていませんでしたね。やはり名誉のためですか? いえ、馬鹿にしているわけではありません。それも素晴らしい動機の一つですから」

 

正直セドリック・ディゴリーが何を動機にしてようと私には関係ない。どうせ代表選手になりたがるような目立ちたがり屋のことだ。お金か名誉などという何の価値もないものに心惹かれたに違いない。しかし情報を与えたのに緊張で何も出来ませんでしたでは、私が態々こうして他人に近づいた苦労が水の泡だ。

せめて彼に何故自身が立候補するに至ったのか、それを思い出させることで緊張を和らげてやろう。

だから私の質問は、そんなどこか投げやりな感情から発した物でしかなかったのだ。

しかし、

 

「……名誉か。確かにそれが欲しくて僕は立候補した。そう言えるかもしれないね……。でも僕が本当に欲しいのは、それを手に入れた時見せてくれるだろうハッフルパフ生の……そして()()の笑顔なんだ」

 

私の適当な返事に対してため息を吐いた後、彼が発した答えに少なからず衝撃を受けることとなる。

どこか投げやりの口調、それこそまともに受け答えしない私との会話をさっさと切り上げたいと分るような声音。でもそうであるが故に、彼の言葉がどこまでも本気であることが分かったのだ。

 

「両親のため……ですか?」

 

「そうさ。僕の両親はこう言っては何だけど、僕にことのほか甘くてね。昔から何かする度に、僕のことをとても褒めてくれるんだ。……親馬鹿だとは僕も思うけどね。でも、両親ももういい歳だ。少しでも彼らを喜ばしてあげたい。それに同じハッフルパフ生も。彼らはこんな僕でも応援してくれる。いつもは劣等生と罵られてばかりだからね。……そんな彼らを少しでも喜ばせたい、勇気づけたい。そう僕は思っているんだ。確かに名乗りを上げた理由が、ただ名誉やお金が欲しいという動機がなかったとは言えないけどね……」

 

 

 

 

この後すぐ試練の説明のため老害がテントを訪れたため、私はダフネやお兄様がいる場所に移動せざるを得なかったわけだが……私はどうしても彼が最後に言った言葉を忘れることが出来なかった。

両親や同寮生のため。

ハッフルパフ生のためはともかく、彼は他でもない家族のためを思って行動している。それこそ命の危険があるであろう試練に、ただ家族の笑顔を見たいがために立候補するなんて……。

 

セドリック・ディゴリーがどんな成績を残そうとも、私にはどうでもいい。ただ番狂わせな結果を残してくれればそれでいい。

ただそういう思いしか私は彼に抱いてはいなかった。

しかしどういうわけか……私との会話で結果的に緊張が解れたのか()()()『変身術』でドラゴンをいなし、見事好成績で試練を乗り越えたセドリック・ディゴリーを見た私は……何故かそれが無性に嬉しく思えていたのだった。

 


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