ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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閑話 欲しかった言葉

 ハリー視点

 

最高の気分だった。

何を隠そう僕は土壇場でファイアボルトを呼び出すことに成功し、あの凶悪なハンガリー・ホーンテールを出し抜き……そして何より、最初の課題を生き残ることが出来たのだから。

テントの外から未だに盛大な歓声が鳴り響いている。ドラゴンを出し抜いている時はあまりにも必死だったため分からなかったけど、おそらくこの熱狂ぶりから察するに僕は上手くやれたのだろう。

事実先程から、

 

「いや~素晴らしいかったですね! 何と言っても()()()()()()()()時間で卵を取りましたかね! 最年少の代表選手に関わらず!」

 

何故か三大魔法学校対抗試合の解説者まですることになったリーの興奮しきった声がこちらにも届いている。周りから聞こえる歓声も試合前であれば考えられないような好印象なものばかりだ。

ドラゴン相手に生き残れたことだけで嬉しいことだけど、やはりこうして誰かに褒めてもらえれば更にいい気分になる。

そしてその気分を更に盛り上げてくれるかのように、

 

「よくやったな、ポッター」

 

「ムーディ先生!」

 

他でもない僕にドラゴンを出し抜く方法を教えてくれたムーディ先生が、態々僕を労うためにテントにやってきてくれたのだった。

傷だらけの顔を嬉しそうに歪ませ、更に魔法の目を眼窩の中で激しく躍らせながら先生が言う。

 

「簡単で上手い作戦だった。それにまさかあれ程の距離でファイアボルトを呼び寄せるとはな」

 

「いえ、全部先生のお蔭です! 先生がヒントを教えてくれなかったら、僕はこの作戦を思いつきもしませんでした!」

 

「いや、ワシはただヒントを与えたに過ぎん。箒を使えというヒントから、お前自身が導き出したのだ。お前はもっと自分に自信を持っていい」

 

本当にいい先生だと思った。見た目は怖いし、やることは多少過激な所があるけど、こうして危機的な状況にあった僕をそっと手助けしてくれる。おまけにこうして試練が終わってから労いにも来てくれるのだ。シリウスおじさんの言っていた通り、流石ダンブルドアが信用して学校に呼び寄せるだけのことはある。

僕は命の恩人とさえ言える先生との会話に心を躍らせる。つい数時間前まで心の中で渦巻いていた暗い感情が嘘のようだ。とりあえずの命の危機は去り、あれだけ学校中に渦巻いていた僕への憎悪は薄らでいる。馬鹿らしいバッジを見せつけられていた時とは気分が雲泥の差だ。

何より、

 

「ハリー! 貴方本当に素晴らしかったわ!」

 

「……」

 

ここ最近僕に近づきもしてこなかった親友が、ようやく僕の元に来てくれたのだから。

テントが捲られたかと思うと、顔を紅潮させたハーマイオニーが勢いよく飛び込んでくる。そして彼女の横には……無言で俯くロンが立っていたのだ。

 

「ふん、ワシはもうこれ以上いても邪魔なだけだな。ではな、ポッター。まだ対抗試合が終わったわけではないが、今は英気を養うのも大切なことだ」

 

そして空気を読んで席を立つムーディ先生と入れ替わるように、ハーマイオニーは勢いのまま僕に抱き着き続けた。

 

「あぁ、私、本当は不安で不安で仕方がなかったわ! だって貴方、練習の時は一度も成功していなかったのですもの! でも……あぁ、貴方って本当に凄いわ! 土壇場で完璧にやり遂げるんですもの! 一年生の時から分かっていたけど、貴方は素晴らしい魔法使いだわ!」

 

本来であれば嬉しくてたまらなくなるような言葉の数々。それに今回相手にしたのはあのマグルの世界でも有名なドラゴンだ。今まで乗り越えてきた試練に比べても遜色ない危険度だったと思う。それをこうしてハーマイオニーが絶賛してくれる程完璧に乗り越えることが出来たのだ。嬉しく思わないはずがない。

でも今の僕はそこまでハーマイオニーの言葉に耳を傾けてはいなかった。

 

何故ならロンの登場により、僕の頭の中には外の歓声どころではない程色々な感情が浮かび上がっていたから。

 

怒り、悲しみ、後悔、そして……とてつもなく大きい歓喜。

どうしてあんなに大変だった時期に僕の傍にいてくれなかったんだ。どうして誰も僕を信用してくれなかった時に、君こそが僕を信じてくれなかったんだ。どうして僕がこうして試練を乗り越えた段になって、そんな青ざめた顔をして僕の所に来たんだ。

暗い言葉が次から次へと頭の中に浮かんでは消えていく。でもその中の何一つ、僕は口にすることは無かった。ただただロンを見つめ、そんな僕を何か言いたそうにロンが口を開けては閉じながら見つめ返している。

お互い言葉はない。数秒の間二人とも黙り込み、そんな僕らをハーマイオニーが少し心配そうに見ている。

でもやはり……最後まで僕がロンに罵声を浴びせることはなかった。

 

それはそうだろう。だって僕は今怒りを覚えると同時に……どうしようもなくロンの登場を嬉しく思っているのだ。

やっと来てくれた。やっと傍に居てくれる。やっとまた僕らは仲良し三人組に戻ることが出来る。

そして気付いてしまった。

確かに僕らは()()してしまったけど……親友でなくなったわけではないのだと。

気が付けば簡単なことだ。僕にとってロンは傍にいてくれて当たり前の存在だと思っていた。だからこそ彼が離れてしまった時、あれ程の喪失感を味わっていたのだ。そしてロンも同じように思っていてくれたからこそ、こうして青ざめた表情でも僕の前に立ってくれている。

それに思えば甘えた考えを持っていたのは僕の方だったのかもしれない。僕はただ自分の不幸を嘆くばかりで、親友であるロンがどんな感情で僕の傍にいてくれたのか考えたことなどなかった。

ハーマイオニーの話では、ロンは小さな頃から優秀な兄弟と比べられるばかりの生活を送り、自分のことを過小評価している節があるとのことだった。そして彼は僕が持ち上げられる度に、僕と一緒に様々なことを成した自分を少しだけ見直し、でも同時にどこか寂しさを感じていたのだと……。

そんなこと、この四年間おくびにも出さずに。

僕がロンのことを完全に理解しているなんて到底言えないし、おそらくこれからもそうだと思う。親友であっても、僕等が別の人間である以上真に相手を理解することは出来ない。でもそれでも彼がそんな悩みを抱えながら、それでも僕のことをいつも笑顔で支えてくれたことの意味くらいは理解出来るつもりだ。

だからこそ、僕が今言わなければならない……言いたいのはロンを罵る言葉なんかではない。

僕が言いたいのは、

 

「いいんだ、ロン。気にしないでくれ。ただ……これからも僕等の傍に居てくれ。()()()()()()()()()()

 

ただそんな短い言葉でしかなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロン視点

 

たった数分の攻防だったのに、その間に何度もハリーが命を落としかけた瞬間があった。

炎を吐かれた瞬間、尻尾の刺がかすりかけた瞬間。一瞬の判断ミスが大怪我に繋がるような、そんな瞬間が何度もあった。

別に命の危険がないと思っていたわけではない。ダンブルドアが言っていたように、過去何人も三大魔法学校対抗試合で命を落としている。心配しないわけがない。

でもそれでは足りなかった。僕は自分の目で実際に見て、ようやく試練の真の危険を感じることとなったのだ。

 

今回は確かに上手くやれた。成績だって、岩を犬に変えてドラゴンの気を逸らしたセドリックの次にいいことだろう。

でもこの次は?

三大魔法学校対抗試合は別に今回の試練で終わりなわけじゃない。これと同じくらい危険な試練が後二回も続くのだ。次にハリーが犠牲にならない保証などどこにもない。

 

そう考えた時、僕は自然とハリーのいるテントの方に足を進めていた。あれだけ頑なに拒んでいたのに、今はスイスイと自然に向かってすらいる。

しかし、

 

「ハリー! 貴方本当に素晴らしかったわ!」

 

「……」

 

いざハリーの前に立つ段になった時、あれだけ勢いよく歩いていたのが嘘のように黙り込んでしまったのだ。

どの面を下げてハリーに向き合えばいいのか分からなかった。

今まで散々放っておいたのに。それこそハリーが不安で仕方がない時に、

 

『どうして僕には言ってくれなかったんだい? 僕らは親友じゃないか。いつだって僕らは三人でやってきたじゃないか。なのにどうして……君は言ってくれなかったんだ?』

 

『ロン、皆にも何度も言っているけど、僕はゴブレットに名前を入れていないんだ。他の誰かがやったに違いないんだ……』

 

『……僕にも言えないってことか? ふん、それならいいよ。あぁ、そうだ、君は早く寝た方がいい。明日は写真撮影とかで忙しいだろうしね』

 

あんな暴言まで吐いてしまったというのに。本心からのものでなくても、ハリーを傷つけてしまった言葉であることに変わりはない。

そんなことを言ってしまった、やってしまった人間が、一体どの面下げて会えばいいのか分からなかった。

口を開いては閉じ、言葉にならないため息がただ口から洩れ続ける。ハリーもハリーで何も声をかけてくることはない。彼はきっと厚顔無恥の僕の態度に腹を立て、どんな罵声を浴びせようかと考えているのだろう。僕ならそうするから間違いない。

ただ徒に時間だけが過ぎていく。でもいざ僕がようやく決心し、まず謝罪から口にしようとした瞬間ハリーが言い放った言葉は、

 

「いいんだ、ロン。気にしないでくれ。ただ……これからも僕等の傍に居てくれ。()()()()()()()()()()

 

僕の想像していた物とはかけ離れたものでしかなかった。

しかも驚きのあまりハリーの表情を凝視すると、やはりそこには何の怒りもなく、ただ純粋に温かい感情を湛えたものでしかない。

だからこそ僕は……自分の今までの行動をこれ以上ない程恥じていた。

 

やはり僕の親友は凄い奴だった。普通ならあれ程散々放っておいた上に、罵声まで吐きかけられたのだ。挙句の果てに実際に会いに来たのは、とりあえずの命の危機を乗り越えた後。本来なら激怒してもおかしくはない。それをこうして謝罪を要求するわけでもなく、ただ優しい言葉をかけるだけ。こんなすごい奴を友達に持ったというのに、僕はいつまでもウジウジと嫉妬していたことが恥ずかしかった。

 

でもそれ以上に……こんな状況だというのに、ハリーの、

 

『僕には君が必要なんだ』

 

という言葉をどうしようもなく嬉しく思っている自分が、恥ずかしくて仕方がなかった。

心に開いていた穴がすっぽり埋められているような気がする。今思えば、

 

『本当に男の子って不器用ね。心配なら心配って言えばいいのに。それに貴方が怒っているのも、ただハリーに嫉妬したからではないのでしょう? 貴方はただ……。まぁ、これは私が言っても仕方がないわね』

 

先日のハーマイオニーの言っていた言葉はこれだったのだ。

 

そう、ハーマイオニーの言う通り、僕はただ……誰かに必要だと……親友に()()()()()()()()()()()()だけなのだ。

 

昔から僕は大勢の兄弟の中埋もれるだけの存在だった。愛されていなかったわけじゃない。寧ろ他の家庭より愛のある家庭だと思っている。でも、それでも、やはりとびきり優秀な兄貴達や、女の子であると同時に兄貴達と同様優秀な妹に比べて、僕の存在はちっぽけなものでしかないのもまた事実だった。

誰も僕を見てはくれない。誰も僕を心から褒めてはくれない。誰も僕を……本当には必要としてくれない。

そう僕は心の奥底でずっと思い続けていたのだ。

 

でもそんな中……ハリーだけは僕を必要としてくれた。

 

魔法について何も知らなかった時。秘密の部屋がダリア・マルフォイによって開かれ、バジリスクが学校中で生徒を石にしていた時。シリウスが学校に侵入し、学校中が大騒ぎになった時。

そして今年もこうして……あれだけの仕打ちをしたにも関わらず、これから先の試練を乗り越えるために。

僕はハリーが代表選手に選ばれた時、一人選ばれた彼に嫉妬すると同時に……置いて行かれる、もう僕は必要とされないのではと、そういう恐怖に取りつかれていた。

でも違った。それは全て僕の思い違いでしかなかった。

ハリーはいつだって僕を必要とし続けてくれていたのだ。

 

僕は自分を恥ずかしく思いながら、でも同時にどこか満たされたものを感じながら、今度こそ謝罪の言葉を口にしようとする。

 

「ハリー。ごめん、でも僕……本当は気付いていたんだ。君の名前をゴブレットに入れた奴が誰だったにしろ、君はまた狙われている……殺されそうになっているんだって。でも僕は、」

 

「ロン。もういいんだ。気にするな! こうして戻ってきてくれたんだから、それでいいんだ」

 

でもそれを遮り、やはり温かい言葉でハリーは僕を許してくれたのだった。

 

「そうか……ありがとうな、ハリー」

 

 

 

 

こうして僕らの初めての、そして長く続いた喧嘩は終わりを告げた。

 

「まったく! 二人とも本当に大馬鹿なんだから! 私がどれだけ心配したと!」

 

……ハーマイオニーの叫ぶような泣き声と共に。

数秒後にはハーマイオニーに抱きしめられる僕らの……いつもの仲良し三人組の姿がテントの中にはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ???視点

 

「よし、悪くないぜ! 40点満点中、31点だ! これで今の所クラムと()()()()だ!」

 

今俺の目の前には代表選手それぞれの点数が掲げられている。

近くからはロナウド・ウィーズリーの声。あの様子ではポッターとの仲は元に戻ったのだろう。傷心のポッターに取り入るのは実に楽であったが、いい加減立ち直ってもらわねば計画に差しさわりが出る。

まったく……何故この俺が態々事前に試練内容を教えたにも関わらず一位ではないのか。

俺は自分の表情が歪むのを必死に抑えながら、目の前に掲げられた……セドリック・ディゴリーの33点という点数を睨みつけた。

 

そもそも俺の想定では、一位にはセドリック以外の選手がなるものだと思っていた。フラー・デラクールやビクトール・クラムは事前に情報を得ることが出来る上、対策も十分に練るだけのサポート体制がある。事実デラクールは魅惑呪文を使い、クラムはドラゴンの唯一の弱点である目を狙った。対策を事前に入念に練った証拠だ。粗こそあったが、まずまずの及第点と言っていいだろう。

そんな奴らとただでさえ年齢の低いポッターは戦わねばならないのだ。事前に情報を流すことは勿論、奴の足りない脳を補ってやる必要がある。だからこそダンブルドアも気付かない程の助言を行い、奴が十分に他の代表選手と戦えるよう……絶対に優勝できるよう工作していたのだ。

 

だが現実はどうだ。ポッターは確かにそこそこ上手く立ち回っていたと言える。実際最年少でありながら何とかビクトール・クラムと並びさえしている。

だが一位ではない。

一位には想定もしていなかった、ハッフルパフの小僧がなっているのだから。

 

まったくの予想外だ。あの小僧は他の選手と違い、情報を他人から得ることが出来るサポートなどありはしない。本来であれば、奴は今日初めてドラゴンと向き合うはずであった。そんな状況で優勝するなどどんな人間でも不可能だろう。

それがほぼ完璧な『変身術』を使いドラゴンを翻弄する? 

あの動きは相当事前に情報を入手し、今日までずっと練習を重ねていなければあり得ない。

俺が態々サポートしてやったポッターが不甲斐ないこともあるが、()()()ディゴリーのサポートをしているということなのだろうか……。

 

まぁ……今考えても仕方がないことだ。どうせまだ試練は一つ目だ。まだいくらでもやり様はある。

最終的にポッターが優勝すればいいのだ。このままセドリック・ディゴリーが優勝すれば、そのまま闇の帝王の下に奴が送られるという大惨事になるわけだが……それもこれからしっかりと妨害すればいいだけのことだ。寧ろ最初の段階で、奴が警戒すべき代表選手であることが分かっただけ行幸と言える。

 

俺は自身に与えられた命令の重要性を再確認すると、城に向かって歩き始めるのだった。


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