ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ドビー視点
クリスマスが近づいている。
あちこちでドビーめと同じ『屋敷しもべ』が動き回っており、せわしなくクリスマスの準備に明け暮れている。いつもの掃除に加えて、城の飾りつけや特別な料理。
いつもこの時期は忙しいのだが、今年は輪をかけて忙しいクリスマスだった。何故なら今年のクリスマスは、いつもなら家に帰る生徒の皆さんがホグワーツに残り、更には他学校の生徒の皆さんまでクリスマス・パーティに参加されるのだから。
しかしいつも以上に忙しくとも、屋敷しもべ達の顔に不満などない。寧ろ忙しければ忙しい程、表情が明るくさえなっている。
かくいうドビーめもその一人だった。
何故なら忙しければ忙しい程、それは学校にいる皆さんの役に立っているということ。
……
今年のクリスマスは生徒の皆さん全員がホグワーツにお残りになる。ならばそれはお嬢様もこの学校にお残りになるということ。家族と過ごすクリスマスこそを何より大切にされていたお嬢様のことだ。必ずこのイベントのことをご不満に思っておられるに違いない。
ならばドビーめのするべきことは、そんなお嬢様の憂いを少しでも晴らして差し上げること。少しでも美味しい食事をお嬢様に作り、そして少しでもマルフォイ家で摂られていた味を提供することこそが、ダリアお嬢様を喜ばすことが出来る方法。
そうドビーめは決意を新たにし、より一層笑みを強めながら考える。
やはりここに雇われて良かった。他の屋敷しもべと違い、
そう考えながら、ドビーめはここで働くことになった日のことを思い出すのだった。
ハリー・ポッターから靴下を受け取って数日。ドビーめは覚悟を決め……というより最後の望みにかけて、ダンブルドア校長先生様の前に立っていた。
確かにドビーめはお嬢様を裏切り、当然受けるべき罰を与えられた。今更お嬢様にお仕えしなおすなど厚顔無恥にも程がある。
でもドビーめは、それでもお嬢様から離れることを許容することが出来なかったのだ。
まだドビーめはお嬢様から受けた恩を返しきれていない。いやたとえ恩を返しきれたとしても、ドビーめはただお嬢様と共にありたい。……お嬢様に家族だと思い続けて頂きたい。
だからこそドビーめは、
『ではドビー。お主はここで働きたい。
『はいです、ダンブルドア校長先生様。大変失礼なことを申していると思いますが、何卒よろしくお願いしますです』
こんな普通の屋敷しもべは絶対にしないであろう願いを、校長先生様にぶつけたのだった。
これが如何に厚かましい願いであるかは分かっていた。本来なら給料を要求する『屋敷しもべ』など、魔法使いが雇う義理などない。いくら今世紀最高の魔法使いと謳われる校長先生様と言えど、こんなあり得ない条件で雇ってほしいと言うしもべ妖精などいらないに違いない。ドビーめもそれが当たり前の対応だとさえ思う。
しかしこれしかドビーめがお嬢様といられる方法など思いつかなかったのだ。お嬢様のためなら、たとえどんな愚かなことだってしてみせる。尊敬するダンブルドア校長先生様に罵られることになっても構わない。罰を与えられることになってもいい。それでも……どうしても、ドビーめはお嬢様の傍でお仕えしたかったのだ。
だからドビーめは頭を下げ、恥を忍んで懇願するように校長先生様に頼み込む。これで拒否されれば即座に頭を地面に叩きつけるつもりだった。
しかし、
『うむ、よいじゃろう。是非ともお主を
ドビーめの覚悟は杞憂に終わることになる。
やはりダンブルドア校長先生様はどこまでも偉大な方だった。
二つ返事どころか、十ガリオンという途方もない給料を出すと提案して下さったのだ。ドビーめは目を飛び出さんばかりに驚きながら言う。
『と、とんでもございませんです! ドビーめはそのような大金を頂くわけにはいかないのです! ドビーめはそんなにたくさんは欲しくないのです!』
『うむ……では、8ガリオンでどうじゃ?』
『も、もっともっと少なく……』
『何、これでも多いのか? では……4でどうじゃ?』
『ま、まだ……』
『分かった。では1ガリオンでどうじゃ。そして言うとくが、これ以上
そして値切り交渉の末、あっさりと1ガリオンなどという大金を払われることが決定したのだった。
覚悟の強さに反比例して、意外にもあっさりと決まった就職先に自然と体が踊り始める。
世界広しと言えども、こんなに偉大な方は他にいらっしゃらないことだろう。流石『例のあの人』が唯一恐れるお方だ。
そうドビーめに、いや屋敷しもべにここまで優しくして下さるのは、
『しかしこれは純粋な興味なのじゃが、どうして給料や休みを欲しいと思ったのじゃ? お主らは自由という物を嫌う。それが何故、自由なしもべ妖精であろうと思うに至ったのじゃ?』
『それは勿論、
ダンブルドア校長先生様とハリー・ポッター。そしてお嬢様くらいのものだろう。
ドビーめは校長先生様の質問に小躍りしながら続けた。
『ダリアお嬢様が卒業されるまで後5年! ここに
給料を受け取っているということは、決してその場所に縛り付けられていないことを意味している。給金さえ貰えば、それこそ自分に衣服を買うことだって出来る。
人ではなく、家や場所にお仕えするしもべ妖精ではない……つまりお嬢様に忠誠を誓いながら、自由なしもべ妖精であれるのだ。
校長先生様にとっては厚かまし過ぎる願い。しかし願いが受け入れられ、いよいよ本当にこれからもお嬢様のしもべ妖精を続けられるのだと思うと、どうしても嬉しく思わずにいられなった。
これでドビーめは……お嬢様は、家族を失わずに済む。
そして何よりこの条件によって、
『……なんとドビー。お主はまだダリアのしもべ妖精になりたい……そう言いたいのかのぅ? お主は確かマルフォイ家で酷い扱いを受けておったと聞いておるが? それをようやく解放されたのじゃ。何故未だにマルフォイ家に忠誠を持っておるのじゃ?』
『とんでもございませんです! ドビーめはいつもお嬢様に優しくしていただいたのです!』
お嬢様を未だに疑っている様子のダンブルドア校長先生様を牽制することも出来るのだ。この条件があればこそ、ドビーめはお嬢様の秘密を守り通すことが出来る。
今世紀最高の魔法使い唯一の欠点。それはダリアお嬢様のことを危険視していること。
確かにお嬢様は表情が乏しい上に、どこか何を考えているのか分からない所がある。家もあの悪名高きマルフォイ家。それに蓋を開けば吸血鬼な上、半分はあの闇の帝王の血で構成されている。上辺だけで見ればこれだけ危険な経歴な方はそうはいないだろう。ドビーめも愚かしくも、最初はそう思ってダリアお嬢様を恐れてすらいた。
しかしドビーは知ってしまったのだ。お嬢様のあの美しくも冷たい無表情の下には……恐ろしい系譜を持つ血の中には、とてつもない優しさが存在していることを。純血主義の家で育ちながら、皮肉なことにその血筋故に悪には染まらず、それどころかこの世界で誰よりも優しい方になったことを。
それこそただの屋敷しもべでしかないドビーめを、家族だとさえ言って下さる程愛情深いお方であることを。
そんな優しいお嬢様が誰かに誤解されたままでいいはずがない。
ドビーめは二度と同じ過ちを繰り返さないため……そして校長先生様に少しでもダリアお嬢様の素晴らしさを理解していただくためにも、この方法を取ることにしたのだった。
あの日から一年と半年。
未だに誰かとお嬢様を重ねている様子のダンブルドア校長先生様の誤解を解くことも出来ておらず、肝心のお嬢様と会うことも出来ていない。
決して全てが全て上手くいっているとはいえないだろう。
でもドビーめは今の環境がとても好きだった。
たとえマルフォイ家の屋敷しもべ妖精でなくなったとしても、こうしてダリアお嬢様に忠誠を捧げられる……家族であることが出来ている。
お嬢様の食事をお作りし、部屋のお掃除をする。お顔を見ることが出来なくとも、確実にお嬢様との繋がりを保つことが出来ている。
それがたまらなく嬉しくて仕方がなかったのだ。
だから、
「……ドビー」
こうしてお嬢様と実際にお会いするのは、身の丈に合わない幸せと言えるだろう。
ドビーめとお嬢さまの一年半ぶりの再会。
その時のお嬢様の表情は、いつもの見慣れた無表情などではなく……大粒の涙を瞳から流している、およそ無表情とは程遠い表情だった。