ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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パートナー選び(後編)

ドラコ視点

 

静まり返る寝室。ベッドに腰掛けるのは幼かった僕と、いつもの無表情を笑顔で綻ばせるダリア。

あの決意の記憶が何度も蘇る。

ダリアの真実を知ったあの夜。まだ無知な子供でしかなかった僕が生まれ変わった夜のことを。

 

『おにいさま、大好きだよ。おにいさまの妹で、わたし幸せだよ』

 

遠い昔の記憶。所々が曖昧で、だがそれでも決して色あせない決意の記憶を。

まだ僕らが小さかった頃。ダリアはいつだって、僕にとっては()()()()だった。

昔から優秀過ぎる程に優秀だった妹。それこそ僕がダリアに勝ったことは一度もなく、父上に褒められるのはいつだってダリアの方だった。

だが同時に様々な秘密とハンディキャップを抱えた妹は、いつだって僕にとっては守るべき対象でもあった。たとえ優秀であろうとも、銀の食器は使えず、日光の下にも行けず、常に手袋を嵌めねばならず……そして時折人間の血を飲まねばならない妹。だが自分だって辛いのに、それでもいつだって僕を必死に支えてくれようとする。そんな妹を僕は兄として守ってやりたかった。世の中にある全ての妹を傷つけようとするものから、僕が妹を守ってやりたかったのだ。

自慢の妹を、僕が立派な人間になって守る。今は駄目でも、必ずマルフォイ家の名に相応しい父上のような魔法使いになってみせる。たった一人の妹くらい、僕が必ず守ってみせる。

最初はそんな純粋な思いでしかなった。ダリアの事情を知らず、ただ優秀な妹に嫉妬するだけだった僕が……彼女の事情を知った時、最初に抱いた感情。自分が妹へしてきたことへの罪滅ぼし。そしてどんなに嫉妬していても、確かに持ち続けていた家族愛。それが僕を形作る原点だったのだ。

 

……でも今の僕がその原点のままかと言えば違っていた。

どうして……どうして僕は、ダリアにこんな感情を抱いているのだろうか。一体いつから僕は……ダリアをただの妹だと思えなくなっていたのだろうか。

気が付けばダリアの一挙手一投足を目で追ってしまっている。気が付けばダリアのことばかり僕は考えている。

 

気が付けば僕は……ダリアが()()()()()()()()()()と思っている。

 

そんな感情に気が付いてしまったのは、一体いつのことだろうか。

最初は、それこそ僕が一年生の頃はこの思いはそんなに強いものではなかった。ただ無意識にダリアのことを必要以上に目で追っている。ただそれだけの変化でしかなかった。ともすればそれは入学したての、それこそクラッブとゴイル以外の人間とつき合ったことがなかった僕が、ただ突然広い世界に放り込まれた寂しさを紛らわせるためにとっていたものだったのかもしれない。ダリアを守りたくとも、やはりダリアの傍こそが僕には一番安心できる場所だったから。

でもダリアが何度もひどい目に遭い、どんどん辛い無表情になっていくうちに、僕は知らず知らずの内にこの感情を肥大化させていたのだ。

ダリアを守りたい。それと同時に……ダリアを独占していたい。ダリアを手元でずっと置いておきたい。そんな妹には決して向けない感情を、僕は抱いていた。

勿論それをダリア本人にぶつけたことはない。ダリアはいつだって厳しい環境と、そして自分自身と戦い続けている。だからこそダリアの邪魔になるような行動などしたくなかった。どんなにダリアに醜い感情を抱いていようと、彼女を守りたいという思いもまた本物なのだから。

だからこそ僕は、去年ダフネがあれほどまでに苦しむ気持ちがよく理解出来た。ダリアのことを守りたいのに、どうしても彼女を独占したい、他の人間と付き合ってなんか欲しくない。そんな感情を抱いているのはダフネだけではなかったのだ。もっともあいつ程こんがらがった思いではなかったと思うが。

 

……でも同時に思うのだ。

ダフネのことは分かっていても……僕自身は一体ダリアとどうなりたいのだろうか。

心のどこかで誰かが叫ぶ。

ダリアは妹なんかではない。ダリアとは血が繋がっていない。ダリアは父上と母上の本当の子供ではない。だから僕はダリアと……家族ではあっても、決して兄妹などではないのだ。

僕はダリアと……してもいいのだ、と。

だが同時に誰かが叫ぶ。

何を言っているんだ!

ダリアは大切な妹だ。ダリアは僕が守るべき対象だ。僕はダリアの幸福を守らなくてはならない。そのためには、僕はダリアの兄でなければならない。

そうでなくては……僕はダリアが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そんな残酷なことがあってたまるか。ただでさえダリアは自分の出生について悩んでいる。自分がマルフォイ家でないということに罪悪感を覚えている。そんなダリアに僕は追い打ちをかけるのか。何よりダリアと僕は……マルフォイ家という()()()()で結ばれているのだ。それを断ち切るというのか。

……そう僕は心のどこかで葛藤していたのだ。

 

「こんな感情……気づきたくはなかった」

 

僕はこの感情にずっと目を逸らし続けていた。

たとえダリアを妹だと本心から言えなくなっていたとしても……それこそダリアを妹と呼ぶことすら出来なくなっていたとしても、僕は決してこの感情に目を向けようとはしなかった。いや、目を向けることなど出来なかった。

この感情に一度本当に向き合ってしまえば……僕は今までの様にダリアを見ることが決して出来なくなるだろうから。

 

でも四年生になり、忌々しいイベントでしかないダンスパーティーというイベントでダリアがダンスパートナーに誘われた時、僕は遂にこの感情を無視し続けることが出来なくなったのだった。

あのビクトール・クラムにダリアが真っ先に誘われ、それを皮切りに怒涛の如く押し寄せる勧誘合戦。幸いダリアはそのどれにも、それこそ世界的シーカーにもなびくことはなかったが、それでも僕はかつてない程心をかき乱された。

なんでお前らはそんなに簡単にダリアをパートナーに誘えるんだ。家柄を狙ってるのだとしても、たとえ誰かに指示されたからだとしても、何故あんな簡単にダリアを誘えるのだ。

美人で頭も良くて、優しいダリアはお前らなんかとは釣り合わない。

 

内心はともかく、世間では兄妹でしかない僕は決してダリアを誘えないというのに……。

 

理不尽な思いが浮かんでは消えていく。

何故僕はダリアの兄なんだ。何故ダリアはマルフォイ家に預けられたんだ。何故ダリアは半分吸血鬼なのに、死喰い人を導く目的で作られたんだ。

 

何故僕はそんなダリアを守りたい、家族でありたいと思っているのに……こんなにも家族に不釣り合いな感情を抱いてしまっているのだろうか。

 

「どうせなら……ダリアがマルフォイ家でなかったらよかったのに。そうすれば僕は……」

 

でも現実が変わるわけではない。

ダリアがマルフォイ家でなければ、僕とダリアは出会うことすら無かったかもしれない。僕はダリアを……守ることすら出来なかったかもしれない。

 

だから僕は……結局()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー視点

 

私は友達が少ない。

自分を振り返った時少し情けない気持ちになるけれど、これは覆しようのない事実だった。

勿論皆と仲が悪いということではない。一年生の最初こそギクシャクしたけど、今ではグリフィンドールの皆は私にとって仲間と言ってもいい。特にルームメイトの女生徒達とはよく話すし、別に喧嘩をしたこともない。何かあればお互いのことを心配し、他愛もない会話をする。

でも……それでも、親友と呼べる程の人はそこまで多くはなかった。

命を預けられると言えるまで信頼している親友なのは、それこそグリフィンドールではハリーとロン。そして……スリザリンではダフネとダリア。

彼彼女達だけが、私にとっては親友と呼べる人間達だった。

だからこそ私が今回のダンスパーティーの相談をするとしたら、

 

「で、話したい事ってなに、ハーマイオニー?」

 

「……あまりお役に立てないかもしれませんが、私に出来る範囲なら」

 

彼女達しかいない。

いつもの人があまり入ってこない大広間横の倉庫。態々学校のフクロウで彼女達に手紙を送り、今回誰にも知られないように彼女達には来てもらったのだ。

ドビーの一件以来、ダリアの私に対する態度が明らかに柔らかくなっている。今までは私の方から一方的に好意を寄せ、彼女は私に対する拒絶を必死になって示そうとしていた。それがあの一件以来、まだ距離感こそあるものの、口上で拒絶の意志を示すことはなくなっている。それどころかこうして相談事に積極的に乗ってすらくれている。私はこのいい流れを決して逃したくはなかった。

それに……一方のグリフィンドールの親友であるハリーやロンは、自分達のパートナー探しで頭が一杯。私という存在が傍に居るにも関わらず……。まるで私が女の子だと気づいていないみたいに。

だからそんな彼らに密かに腹を立てた私は、こうして同じ女子の親友である彼女達に来てもらったのだった。

他親友達への不満を込めて。

私は内心の苛立ちを隠しながら、二人に世間話でもするような口調で尋ねる。

 

「え~と、それなんだけど……。二人とも、もうダンスパートナーは決まった?」

 

しかしゆっくりと進めていこうと思っていた話は、彼女達の劇的な反応で頓挫することになる。

先程まで前のめりで私の話を聞いてくれていたというのに、二人ともまるで苦虫をダース単位で噛み潰したような表情に変わる。……ダリアの方は相変わらず僅かな変化でしかなかったけど。でも平時の彼女からすれば劇的な変化だった。私でも表情を判別できる程なのだから。

二人の反応に驚く私に、ダフネがどこかげんなりした口調で答えた。

 

「……あぁ、相談ってダンスパーティーのことだったんだね。それね……まぁ、私とダリア、二人ともまだパートナーは決まっていないよ。どうでもいいことだし。なんで皆あんな風に盛り上がれるのか、その方が私には疑問だよ」

 

どうやら彼女達は全くと言っていい程ダンスパーティーに興味がないらしい。

他の女の子達とはかけ離れた反応だけど、それはそれで彼女達らしいことではある。よく考えれば、寧ろ周り同様ダンスパーティーに一喜一憂している姿の方が想像できない。でも同時に少しだけ意外だった。何故なら彼女達なら、

 

「意外ね。貴女達なら引く手あまたでしょう? 二人とも美人だもの。男子が放っておくとは思えないわ」

 

興味がなくとも、絶対にもうパートナーが決まっているものだと思っていたのだ。

学校一番の美人であるダリアは言わずもがな、ダフネもとっても可愛い顔をしている。二人にアプローチする生徒は多いだろうし、逆に彼女達が申し込めば頷かない男子生徒は一人もいないと思われた。

でもどうやらそういう簡単な問題ではないらしく、相変わらずげんなりした無表情のダリアの隣でダフネが続ける。

 

「そりゃぁ、ダリアの方は下手したら十秒おきに声をかけられてるよ。今も丁度逃げてきたところだし。でも私はあんまりかな。横に巨大な誘蛾灯があるんだもの。全部そっちに吸い取られるよ。寧ろ私はそっちの方がありがたいけどね。阿保に話しかけられても困るだけだよ。というわけで、私達は今も漏れなくフリーというわけ。別にパートナーがいなくても死ぬわけではないから」

 

「……ダフネ、別に私に遠慮しなくてもいいのですよ。私は誰かと踊る気はありませんが、貴女は、」

 

「いいのいいの。私はダリアに遠慮しているわけではないから。私はただダリアとクリスマスを過ごしたいだけ。寧ろ男なんて連れていたら邪魔なだけだよ」

 

ここまでのダリア達の会話を聞いて、私はようやく彼女達の抱える事情に考えがいたり始める。

もっと早く気付くべきだった。……結局のところ、ダリアはホグワーツで大規模なダンスパーティーが開かれようとも、決して他人と密接に過ごすわけにはいかないのだ。どんなに周りが浮かれていようとも、彼女だけは決して浮かれるわけにはいかない。

私は彼女が吸血鬼であることを知っている。そのせいで一体彼女にどのような制約が課せられているのかは分からないけれど、ほんの些細なことにすら彼女が気をつけないといけないのは間違いない。

……そしてそれは華やかなダンスパーティーでも。他人を拒絶しているダリアが誰かをパートナーにするはずがない。

私は自分が如何に愚かな質問をしたのかを悟り、僅かに顔を伏せる。

意気揚々とここに来たのに、今は自分が恥ずかしくて仕方がない。

何が、いい流れを決して逃したくはない、だ。浅はかな考えにも程がある。ダリアが折角ドビーのことで私を僅かに許してくれたというのに、また彼女を悩ませるようなことをしてどうするというのか。

しかし今更気付いたところで話が戻るわけではない。私が自分を恥じている間にも、ダリア達の話は進んでいく。ダリアを慰めていたダフネが、今度は私の方に質問してきたのだ。

 

「で、私達のことはいいんだよ。それよりハーマイオニー。ここに呼んでダンスパーティーのことを聞くんだから、話したいことってパートナーのことなんでしょう? 何か困ったことでもあるの?」

 

「……え、えぇ、実はそうなの」

 

そしてダフネの質問に、私はしどろもどろではあるけど即座に飛び付く。

私はダリアの事情を()()()()知らない。どんなに恥ずかしくても、ここで話を進めないわけにはいかないと判断したのだ。

 

「わ、私も実はまだパートナーが決まっていなくて……。どうしたものかと思っていたのだけど……」

 

「……グリフィンドール生から声をかけられないのですか?」

 

ダリアの質問に私は更に情けない気持ちになりながら答えた。

 

「えぇ、誰も。グリフィンドール生からはまだ誰にも声をかけられていないわ」

 

「……グリフィンドール生は随分見る目がないのですね」

 

「まぁ、グリフィンドールだしね。それに勇気ある寮って言っても、男女関係に関してはただのチキンなのかもしれないよ」

 

ダフネはともかく、ダリアは中々嬉しいことを言ってくれていた。

少し顔が赤らむ私にダリアは続ける。でもその質問に、

 

「……グリフィンドール生が臆病なのはともかく、それでは誰か誘いたい方はいないのですか? そうであれば話は簡単なのですが。……こんな風に相談に来るということは、そういうことなのではないですか?」

 

「……」

 

私は何故か即座に答えることが出来なかった。

ここに来たのはロン達の行動に腹を立てたから。誰かに話を聞いてもらいたかったのだ。そりゃ私はダリアやダフネの様に美人というわけではない。髪はボサボサしているし、顔立ちも二人程整ったものではない。肌の手入れだって、お世辞にも完璧ではないし、性格も決していいとは言えないだろう。

でも……そうだからこそ、何故私はここまで()()()腹を立てているのだろう。私は改めて自分の感情を振り返った時、それがふと疑問に感じた。

ハリーとロンが私をいまいち女の子扱いしていないのは昔からのこと。それを何故私は今更になって、こんなにも誰かに話してしまいたい程怒っていたのだろう。

答えはなかった。

ただ口から、

 

「ロン……」

 

そんな呟きだけが漏れ出す。

しかしその瞬間、目の前の二人が突然驚きに満ちた表情を浮かべる。そして私が何か言う前に、

 

「ち、違うの、今のは、」

 

「え!? 誘いたい人間って、まさかあのロナウド・ウィーズリー!」

 

「そ、それは想像もしていませんでした」

 

二人が表情同様の慌てた声を上げ始めたのだった。

しかもすぐさまどこか憐れむ様な表情に変わり、

 

「……ハーマイオニー。貴女は頭はいいのに、絶望的に男を見るセンスはないと思うよ? ……多分貴女は疲れてるんだよ。もっと休んだ方がいいよ。どうせ今年も去年と同じくらい勉強に追われてるんでしょう? 駄目だよ、休憩もしっかりとらないと」

 

「……以前からボランティア精神溢れる方だと思っていましたが、まさかここまでとは」

 

そんなことまで言い始めている。私は二人の誤解を解くため声を上げた。

 

「だから違うったら! 別にロンはそんなのではないわ! わ、私は別にロンとダンスしたいわけでは……。そ、それに、貴女達はロンのことも誤解しているわ。貴女達から見たらただよく突っかかってくる男子生徒でしかないと思うけど、本当はいい人なのよ? この前もハリーと喧嘩した時、本当は友達のことをずっと考えていたわ。ただ不器用なだけで、人一倍友達思いなの。そこが()()()()()というか……な、なに? 二人ともどうしたの?」

 

でもどうやら私の話は通じなかったらしく、二人は更に憐れんだ表情になりながら、二人で何かコソコソと囁きだす。

 

「……私はこういう話にあまり詳しくないのですが、まさか……()()()()()()なのですか、ダフネ?」

 

「そ、そういうことなのかな……。もしかしてハーマイオニー……ちょっと駄目な男が好きなのかな?」

 

「だ、駄目な男ですか? そんな人が世の中にはいるのですか?」

 

「……正直ダリアも……ううん、何でもない。流石にあれは限度があると思うし。まぁ、今は温かく見守ってあげよう。多分他に男の子を知らないだけだと思うから」

 

そして一通り二人で話し合った後、今度はどこか決意を固めた表情でダフネが続ける。

 

「ごめん、少し待たせたね、ハーマイオニー。とりあえず、貴女の悩みは分かったわ! ウィーズリーのことはともかく、とにかくまだパートナーがいないことが悩みなんだよね!? だったら、私達が見つけてくるよ! 貴女に相応しいパートナーを! 実は()()()()()を一人知っているんだ!」

 

相談事が何かよく分からない方向に進み始めた瞬間だった。

 

 

 

 

……そしてその丁度いい人が実はとんでもなく有名な人だと知るのは、この女子会の数分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラム視点

 

僕の心はいつだって空を飛んでいた。

空は自由だ。僕を煩わせるものは何もない。あるのは味方と敵のクィディッチ選手、そしてあの黄金に輝くスニッチのみ。煩わしい言葉なんていらず、ただお互いの尊厳をかけた戦いだけがそこにある。これ程素晴らしい世界は他のどこにもない。僕は空を飛んでいる時だけは、いつだって自由であれた。

世間から最優秀シーカーなどと持て囃されようとどうでもいい。僕はただ飛んでいるだけで幸せであれたのだ。

……一方僕は地上にいる時間がとても嫌いだった。

呼んでもいないのに僕の周りに群がる女の子達。誰も彼もキャーキャーと甲高い声を上げ、時にはサインを求めて、そして酷い時には彼女にしてくれなんて厚かましいお願いまでしてくる。よくもまあ、こんな地上では不器用でしかない僕なんかにここまで夢中になれるものだ。彼女達がただ僕の名声に群がっているのだと思うと反吐が出る。

そして何より……

 

「ビクトール……君にはやはりダリア・マルフォイこそがダンスパーティーのパートナーに相応しい。他の有象無象の女など、君の名声に傷をつけるだけだ。いいか……必ずもう一度彼女に頼み込み、ダンスパートナーになってもらうのだ。いいか……必ずだぞ! そうでなければ私は……」

 

地上には僕の大っ嫌いなカルカロフ校長がいるから。

彼はとても不公平な人間だった。校長という立場でありながら、明らかに生徒達を差別している。自分の名声を高めるために役立つ生徒、そうでない生徒。両者への態度の違いは明らかで、酷いことにそれを彼は隠そうともしていなかったのだ。

……幸いなことに、僕は彼にとって役に立つ方の人間であり、今の所優遇された立場にいる。現在の船での暮らしだって、一人だけ快適な部屋を与えられている。でもどうしても納得することが出来なかった。快適な空間であればある程、内心に抱える罪悪感はより強いものに変わっていく。

しかもこいつは質が悪いことに、生徒達の反抗を許すことがない。元死喰い人らしく生徒達の背後関係を洗い出し、その一人一人にあった脅し方をする。それだけは役に立つ立たない関係なく平等だった。

だからこそ僕は、

 

「……はい、カルカロフ校長」

 

今の所こいつに表立って逆らうことが出来ずにいた。

どんなに嫌であろうとも、その後のことを考えると後先考えずに反抗することが出来ない。

僕は船から降り、ホグワーツ城に向かって足を進める。

何が代表選手だ。地上に下りて代表選手になれば何かが変わるかもと思い、カルカロフの言う通り応募してみたが……結局何一つ変わっていない。

空と同じく心躍る戦いではあるけど、結局それだけだ。状況自体は何一つ変わっていない。こんなことなら何かしらの理由をつけてダームストラング校に残っておけばよかった。

挙句の果てにダンスパーティーなんてイベントまで開かれる。これでは本当にいつもの辟易とする地上と変わらない。

群がってくる差異のない女達。サインを求めているかパートナーになることを求めているか、その程度の違いしかない。

 

……まぁ、確かに向こうから声をかけてくる女達に違いはなくとも、珍しくカルカロフから声をかけられるように命じられたダリア・マルフォイという女生徒は、今まで見てきた女の子とは全く違うタイプの人間ではある。

今まで見てきた中で一番の美少女。白銀の髪に、薄い金色の瞳。少し同年代の割には()()()()()()顔立ちではあるが、間違いなく一番の美少女だろう。女子の造形の美醜がいまいちよく分かっていない僕でも、文句なしでこの子は美人なのだと納得できる。

でもそれだけだ。いや、寧ろ他の女子と違っても……それはいい意味での違いだけではなかった。

こちらに自分から興奮したように話しかけてくることはない。でもその代わり……ジッとこちらを観察するように見つめてくるのだ。

 

まるで僕が同じ人間ではなく……ただの実験動物であるかのような冷たい視線で。

何一つ感情を感じさせない無表情で、ただジッと……。

観察するように。見透かすように。……カルカロフの言いなりになっている僕を非難するように。

ただただジッと……。

 

つまるところ僕は、ダリア・マルフォイのことが怖かったのだ。他の女生徒と違っても、近づきたくないという一点においては決して変わらなかった。そもそもカルカロフに近づくよう命じられる時点で普通の女の子であるはずがない。日常の中で明らかに浮いた人物。ちょっとした仕草に優しさを感じたとしても、逆にそれが彼女の構成する一つ一つに違和感を感じざるを得ない。それが彼女に抱く僕の印象だった。

ダームストラング校と違い煌びやか学校に向かうというのに、僕の足取りはどこまでも重い。不幸中の幸いは、何度ダリア・マルフォイを誘ったとしても、彼女の方が断ってくれるということ。それでもこうして無駄な時間を過ごしているということは、それだけで嫌な時間であることに間違いはなかった。

 

 

 

 

だからこそ、

 

「あ! 丁度良かった! こっち、こっちだよ、ビクトール・クラム!」

 

最初、目的の人物であるダリア・マルフォイといつも一緒にいる、ダフネ・グリーングラスという女子生徒に話しかけられた時も、僕は何も思うことはなかったのだった。

次の瞬間、

 

「ダリア・マルフォイ。それにダフネ・グリーングラス。ヴぉくは、」

 

「あ、いいよ、どうせまたダリアを誘いに来たんでしょう? あのカルカロフとかいう校長の命令で。その答えならどうせ無理だから諦めて。それより、貴方まだパートナーが決まっていないんだよね。なら、紹介したい子がいるのよ」

 

「ちょ、ちょっと、まさかダフネ! さっき言ってた人って、」

 

「いいからいいから、ハーマイオニー! まだ誰も誘ってきていないし、誘いたい相手もいないんでしょう? なら、どうせなら今この学校で一番のビックネームを捕まえて、皆を見返してやろうよ!」

 

今まで見たこともない女子生徒のことを紹介されるまでは。

丁度大広間横の倉庫から出てきたと思しき三人の女生徒たち。一人はダリア・マルフォイ。そして僕に話しかけてきたダフネ・グリーングラス。そして彼女に押し出される様に前に出てきた女の子。

その子は茶色の多い縮れ毛の女の子で、肌もどことなく荒れているところがあり、造形も他の子に比べればおそらく劣っているとさえ言えるのかもしれない。

言うなればどこにでもいる普通の女の子。それが彼女の容姿に対しての僕の第一印象だった。

 

でも僕は何故か……この初対面の瞬間から、どこか引き付けられるものを感じていたのだ。


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