ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ハーマイオニー視点
素晴らしいパーティーだった。
大広間の壁はキラキラと銀色に輝く霜で覆われ、星の瞬く黒い天井の下には何百というヤドリギやツタの花綱が絡まっている。ダンスをするためなのか各寮のテーブルは消え、代わりにランタンで照らされた10人程が座れる丸テーブルが百余り置かれている。いつものクリスマスパーティーも素晴らしい装いだったけど、これはこれでとても幻想的な空間だった。
そして私達代表選手ペアが座るテーブルに着けば、そこには金色に輝く皿が置かれており、小さなメニューが一人一人の前に備えられている。まだ空のお皿を不思議に思い眺めていると、
「ポークチョップ」
予め席に着いていたダンブルドア先生が皿に向かって注文をする。すると先生の皿の中には実際にポークチョップが現れたのだった。どうやら先生は私達のために見本を見せてくれたらしい。
今まで見たことも聞いたこともない空間。流石三大魔法学校対抗試合恒例のクリスマスパーティー。
「ヴぉく達の所にも城があります。でもこんなに大きくはないし、こんなにも居心地は良くないです。ヴぉく達の所は四階建てで、魔法を使う目的だけに火をおこしています」
私はビクトールの話を聞きながら、今注文したばかりのローストビーフに舌鼓を打つ。
本当に楽しいパーティーだった。ビクトールの話は今まで知らなかったダームストラングの話が多く、とても新鮮な内容ばかり。料理はいつもに増して種類豊富で美味しい。おまけにこの代表選手席には三校の校長や審査員も座る予定だったのだけど……審査員であるクラウチ氏はどうやら
……でも全てが全て完璧というわけではなかった。
何しろ私の隣にはクラウチ氏の代わりに、
「これこれビクトール! それ以上我が校のことを何も話してはいけないよ! さもないとこの……実にチャーミングなお友達に、私達の学校のことが詳らかになってしまいかねないからね。……まったく何故こんな小娘を連れてきたのだ」
こちらに敵意をむき出しているカルカロフ校長が座っているから。
彼はビクトールがここに来た当初こそニコニコして彼を出迎えていたのだけど、そのパートナーが私だと分かるや否や常に敵意に満ちた視線を送ってくるのだ。
まるで誰か違う人を連れてくることを期待していたように……。
勿論視線こそ敵意に満ちたものだけど、私にかけてくる言葉は丁寧なものだ。……周りに聞こえないように時折何か呟いてはいるけど。
実害はないけれど気になることは気になる。
「イゴールよ、そんなに目くじらを立てるものではない。まるで誰も客に来てほしくないと思っておるようではないか」
「……何を言っておるのだ、ダンブルドア。我々はそれぞれ自らの領地と秘密を守る義務がある。その当然の義務を果たして何が悪い。貴方とて、私にこの学校の全てを語るつもりなどないのだろう?」
「おぉ、そんなことはないぞ。それにそもそもワシはホグワーツの秘密の全てを知っておるなどと夢にも思っておらん。たとえば先日のことなのじゃが、トイレに行く途中不覚にも道に迷ってしまってのう。長年ここで暮らしておるのに、未だにこの学校の広大さには慣れぬ。そしてトイレを見つけられず途方に暮れておったのじゃが……そこで見つけたのじゃよ。今まで見たことのない、見事に均整の取れた部屋を。尿意を一時忘れて入ってみれば、なんとそこには本当に素晴らしいオマルのコレクションがあったのじゃ。……しかしあれ以来、再びあの場所を訪ねても一向に部屋は見つからん。この学校にあのような部屋があったとは……未だにこの学校は謎ばかりじゃ」
ダンブルドア先生も彼の敵意に気付いているのか、先程からこんな馬鹿話をして彼の気を逸らそうとして下さっているけどあまり効果がない。
喉に刺さった小魚の骨の様に、少しだけ私の楽しいという意識を邪魔し続けていた。一体何なのだろうこの人は……。
私はなるべくカルカロフ校長の視線を無視するために周囲の様子を見渡す。
近くに座るハリーはパーバティ――と料理に舌鼓を打ちながら、時折彼の隣に座るセドリック・ディゴリーとチョウ・チャンの方に視線を送っている。チョウ・チャンに微かな恋心を抱いている彼は、おそらく未だに少なくない未練を感じているのだろう。どこかセドリックに向ける視線に敵意が混じっている気がする。
そしてやはり代表選手ということで同じテーブルに座っているフラー・デラクールはというと、
「……こんなの、なーんでもありませーん。ボーバトンのクリスマスパーティーは、もーと豪華です。料理も豪華でーすし、彫刻ももーとセンスありまーす。……それに参加する生徒も、ここの生徒よりもーと綺麗な子ばかりでーす。……わたーしは絶対に、負けてなどいませーん」
侮蔑したような視線を辺りに送り、更には時折
……まぁ、それもそうだろう。
私はフラーと彼女の話をうっとり聞いているレイブンクローのクィディッチキャプテンから視線を外し、ダリアが座っているテーブルの方を見やる。
遠目からでも分かる程、いつも以上に神秘的な雰囲気を纏ったダリア。私だけではなく、そこかしこで彼女の方に視線を送っている生徒が散見出来た。普段は彼女のことを恐れているのに、今は皆どこかうっとりした表情で彼女を見つめている。パートナーがいないことを馬鹿にしている様子の生徒は一人もいなかった。
フラーとダリア。二人のどちらの方が綺麗かなんて、周りの反応からも明らかなことだったのだ。
フラーには申し訳ないけれど、私はそんな光景を嬉しく思う。
確かにダリアは今回パートナーを連れてくることはなかった。それは一般的な魔法使いからしたら恥ずかしいことなのかもしれない。でも結果は彼女が心配していたようなことにはなっていない。皆から恐怖の視線ではなく感激の視線を受けている。そして彼女の隣にはドラコとダフネが座っており、三人は穏やかな空気で食事を楽しんでいる。一緒にいるメンバーは兄と友人といういつも通りのメンバーであり、おそらく一般的なダンスパーティーの楽しみ方ではないのかもしれないけど……それでもダリアが今幸せそうに、少なくとも嫌がっていない無表情を浮かべているだけで、私にはそれがとても素晴らしいことに思えたのだ。
「……よかった、ダリア」
私は感情のままに頬を緩ませながら呟く。
そしてその小さな呟きが聞こえたのかビクトールはダームストラングの話を止め、驚いたような表情で尋ねてきた。
「
「どんな関係って……。彼女は私の友達よ。……少なくとも、私の方はそう思っているわ。どうしてそんなことを?」
質問の意図が分からず問い返す私に、ビクトールはやはり驚いたような表情で続けた。
「……いえ、ヴぉくには彼女と貴女の接点が見えなくて。彼女はヴぉくに対して、いつもどこか冷たい態度でした。同じホグワーツの方が、彼女が冷たい人だと話しているところを聞きました。でも、貴女は彼女のことを友達だと言っています。それもそんな……どこか誇らしげな顔で。それをヴぉくは……少しだけ意外に思ったのです」
……成程。つまり
「……貴方はダリアのことを誤解しているわ。確かに彼女はいつも表情に乏しくて、正直何を考えているか分からないところがあるわ。それにあまり話すのが好きな子ではないから、態度もどこか素っ気ないものに見えるかもしれない。でも、それは表面上だけのことよ。本当の彼女はとても優しい子なの。自分のことより、いつも他人のことを考えているような子なの。たとえ自分が苦しい時も、いつだって他人のことを優先させてしまうような子なの。実際私は何度も彼女に助けられたことがある。だから……誰が何と言おうと、彼女は私の友達よ。ビクトール、貴方は一年しかここにいないし、おそらく彼女から貴方に話しかけることはないかもしれない。……先程も言った通り、彼女は
話し終わった私をビクトールが更に驚いたような表情で見つめている。私がここまでダリアのことを話すとは思っていなかったのだろう。
そしてそれは……
「お、お前は……い、いや、あ、貴女はミス・マルフォイの友人なのか、いや、なのですか?」
先程まで私に敵意を向けていたはずのカルカロフ校長もだった。
突然の声に、今まで敢えて見ないように努めていた方向に顔を向けると……そこにはこちらをどこか媚びるような目で見つめている彼の姿があった。
彼は一心に私の方を見つめている。
更に後ろから、微笑んでいる表情とは裏腹に、どこか警戒した瞳でダンブルドア先生が見つめていることにも気付かずに……。
ハリー視点
僕は本来なら真っ先にハーマイオニーに言葉をかけねばならないのだと思う。
いつも分厚い本を山の様に抱えている姿と違い、今日の彼女は本当に女の子らしい恰好をしている。いつもはしないような化粧までして、今日の彼女はまるでいつもの彼女とは別人のような装いだった。彼女の格好を見て何故か不機嫌になっていたロンはともかく、親友である僕は本来彼女の格好を褒めに行かなくてはならないのだろう。
でも今の僕は……残念ながらそんなことをしている心の余裕を持ってなどいなかった。
何故なら隣には……
「あ、セドリック、これ美味しいわ。ほら」
「あ、あぁ、チョウ、そうだね」
チョウ・チャンとセドリック・ディゴリーが座っているから。
自分が何を食べているかよく分かっていなかった。美味しい料理のはずなのに、隣で繰り広げられている光景に一々味を味わっている余裕などありはしない。
「さて、皆の衆! いよいよお待ちかねのダンスの時間じゃ! 代表選手は前に!」
そしてそれはいよいよダンブルドア先生が立ち上がり、生徒にも立ち上がるように促してからも変わらなかった。
先生は杖を一振りすると、テーブルは壁際に退き広いスペースを作る。更には突然テーブルのランタンが一斉に消え、どこからともなく音楽が鳴り響き始める。
その幻想的なムードの中、代表選手たちはパートナーを伴って、今しがた出来たスペースの方に歩き始めたのだった。
その中には勿論、
「で、では私はこれで、カルカロフ校長。ビクトール、行きましょう!」
「ま、待て! いや、待ってくれ! 話はまだ、」
ハーマイオニーのペアや、当然件のセドリックとチョウの姿もあった。
「さぁ、ハリー! 私達も踊らないと!」
何が嬉しいのか笑顔いっぱいのパーバティにほぼ強制的に連れられ、僕もダンスフロアに躍り出る。
しかし人前でダンスをする緊張の上、やはりすぐ近くを踊る二人のことが気になってダンスどころではなかった。
二人とも美男美女であり、ダンスにも慣れているのかとても絵になっている。方や僕の方はと言えば、パーバティこそダンスに慣れていて動きがいいものの、僕はダンスなんて今までの人生の中で一度だってしたことがない。してもダーズリーのサンドバッグくらいだ。傍から見ればさぞ不格好な動きをしていることだろう。視界の端でシェーマス達が笑いながらこちらを指さしているのが見える。マルフォイ達がどのような顔でこちらを見ているかなんて想像するのも嫌だった。
つまり……僕はセドリック達のことが妬ましくて、そしてそんな彼らを妬ましく思っている自分が情けなくて、ダンス一つも踊れない自分が惨めで仕方がなかったのだ。
このパーティーの何が楽しいのかさっぱり分からない。
どれくらい僕達は踊っていたことだろう。流石に数時間ということはないだろうけど、体感的にはそれくらいの時間を過ごしていた時、ようやく観客の方も大勢ダンスフロアに出てき始める。僕は自分の役目が終わったことを悟ると、
「……パーバティ。僕、少し疲れちゃったよ。僕は休憩しているから、君は別の人と踊っておいて」
「あら、そう? じゃあ、またね、ハリー」
そろそろダンス下手な僕にじれったくなり始めた様子のパーバティを解放し、僕同様ダンスに参加せず、一人で席に座っているロンの方に向かったのだった。
パーバティの妹であるパドマもどこかに行ってしまったのか、ロンは一人ギラギラした瞳でハーマイオニーとクラムのペアを見つめながら座っている。正直近寄れるような空気ではなかったが、僕も僕であまり正気には程遠かったため、なるべく未だにダンスホールの中心で踊っているセドリック達を視界に入れないようにしながら尋ねた。
「やぁ、調子はどう?」
「……」
しかしロンからの答えはない。どうやら僕以上に何かに気を取られているらしい。ずっとハーマイオニーから目を逸らさずに見つめるばかりで、僕が隣に座っていることに気付いているかも怪しかった。
僕達の間に奇妙な沈黙が流れる。二人とも話すこともなく、僕はただ手持無沙汰に近くにあったバタービールの瓶を呷る。
そして再び話し始めたのは、
「はーい、ハリー! ここ座っていいかしら!?」
ロンがずっと見つめていたハーマイオニーが、実際に僕らの隣に来てからのことだった。
「どうぞ、ハーマイオニー」
「ありがとう。ここ暑くない?」
ハーマイオニーは紅潮した頬を扇ぎながら続けた。
「今までずっとダンスしてたの! マグルの世界でもこんなこと滅多にないから、ここまで踊っていたのは初めて! 今やっと休憩することになったのよ! ……カルカロフが話しかけてきそうだったしね。で、でも、本当に楽しいパーティーだわ! ビクトールは今飲み物を取りにいったところなの!」
「ビクトールだって!?」
ハーマイオニーの言葉にようやくロンが反応する。……勿論あまり友好的な声音ではなかったけど。
「君は何も分かってない! 何がビクトールだ! あいつはダームストラングだぞ! ホグワーツの敵だ! それにハリーの敵……ハリーの名前をゴブレットに入れた奴かもしれないんだ!」
「な、何を言っているの、ロン!」
ハーマイオニーは顔を更に赤く染めながら続ける。
「ビクトールはそんなことしないわ! ハリーの名前をゴブレットに入れるなんて……そんな大それたことをするような人ではないわ! ダームストラングというだけで疑うなんてナンセンスよ!」
「へぇ、だったら何故あいつが君のパートナーなんだい!? クラムが君を誘う!? あいつは……
「ひ、酷い! ビ、ビクトールにハリーのことを聞かれたことなんて一度もないわ! それにビクトールにダンスを誘われたのだって、元はダリアから紹介があったからよ! ビクトールからダンスに誘われていたダリアが、丁度パートナーのいなかった私に紹介した、それだけのことよ!」
「だったらダリア・マルフォイもあいつのグルってことだ! あいつはマルフォイ家だ! 君はいつだってそうだ! 信用しちゃいけない奴をすぐに信用する!」
「な、なんですって! ロン! ビクトールはともかく、ダリアのことをそれ以上馬鹿にするのは絶対に許せないわ! なんでこんな素晴らしい気持ちを台無しにするのよ!」
どこまでもヒートアップしていきそうな喧騒はそこで終わった。
ハーマイオニーが怒りを顕わにした表情で立ち上がると、憤然とダンスフロアを横切り大広間から出て行ったのだ。
残された僕とロンの周囲からは相変わらず楽し気な音楽が聞こえてくる。何だか嵐が去ったかと思えば、余計に惨めな気分だけが残されていた。ハーマイオニーがいようといまいと、とてもこれ以上ここに残っているような気分ではなかった。
僕は未だにハーマイオニーの去って行った方を睨みつけるロンに声をかけてみる。
「……ここにいるのもなんだし、ちょっと外を歩かないかい?」
「……うん」
どうやら僕の声自体は聞こえているらしい。ロンは僕の言葉に頷くと、ゆっくりとした動きではあるけど玄関ホールの方に向かって歩き始めた。
そして僕達は正面扉を抜け、灌木の繁みに囲まれた散歩道の方に向かう。散歩道は石の彫刻が立ち並び、噴水やベンチも設置されて静かな空間を演出されていた。クリスマス仕様なのか所々に妖精の光が淡く瞬いている。ささくれ立った僕達には丁度いい静かな空間に思えた。
しかしそんな幻想的な空間に、
「そこをどけ、セブルス! お前もそうなんだろう!? お前もミス・マルフォイに
「イゴール……お前は無駄な努力をしようとしている。ミス・マルフォイは一介の生徒に過ぎん。多少家庭が
突然今聞きたくもない大声がとどろいたのだった。
何事かと驚く僕らの下に、すぐ近くの繁みの向こうから更にスネイプとカルカロフ校長の声が届く。
「な、ならば何故お前はそこまで落ち着いておられるのだ! お前も私と同じ境遇だと思ったからこそ、私は態々ここまで来たんだぞ!? 見ろ! この
「……恐ろしいのなら逃げるがいい。それが最善の道だ。吾輩が言い訳を考えてやる。吾輩はここに残るが、それくらいのことは、」
「何が残るだ! 私だって知っている! この学校が今や一番安全な場所であることをな! お、お前は私を……匿ってもくれないつもりなのか!?」
何を話しているのかは分からないが、これが尋常ではない話をしていることだけは確かだと思った。
まさかダリア・マルフォイと同じく、僕の名前をゴブレットに入れたと疑われているカルカロフとスネイプがこんな風に話す程仲がいいとは。
ただ惨めな気持ちを紛らわすためだけの散歩だったのにとんでもない場面に出くわしてしまった。
でも僕達が聞けたのはそこまでだった。僕等が耳をそばだて、更に二人の話を聞こうとした瞬間……スネイプがいきなり僕等に声をかけてきたから。
「……イゴール、そこまでだ。後は別の場所で話そう。それと……お前達はそこで何をしておるのだ?」
繁みの向こうから現れたスネイプが、まるで僕らを射殺さんばかりの視線で睨みつけてくる。
それに対し一瞬心臓が止まりそうな気持になったけど、すぐに取り繕ったように切り返した。
「た、ただの散歩です。規則違反ではないですよね?」
「なら今すぐに戻るのだ! 次貴様の姿を見れば、今度こそ罰則を与える!」
スネイプの怒鳴り声に僕らはたまらず踵を返して歩き始める。それでも後ろを一瞬振り返れば、やはりこちらを睨みつけているスネイプと……明らかに動揺した様子で、神経質にヤギ髭を指に巻き付けたりしているカルカロフの姿があった。
二人の姿が完全に見えなくなった辺りで、ロンがおもむろに話し始める。
「これはおったまげだよ。まさかカルカロフとスネイプがグルだったとはな。いつからファーストネームで呼び合う仲になったんだ? あぁ、そうか……シリウスの話では、あいつら二人とも元『死喰い人』だったんだろう? ならそこか……。でもこれでまた一人容疑者が増えたな」
夜は更けていく。
遠くからは城から漏れ聞こえてくる音楽。最初は惨めな気持ちから始まった一夜も、今は突然もたらされたショッキングな場面に覆い隠されている。
そしてそれは、
「あんたは俺と同じだ。俺と同じ……半巨人なんだろう?」
「……」
別にスネイプ達の一件だけではなかったのだった。
ダリア視点
夜の散歩道。灌木の繁みでいくつも区分けされた空間で、
「どうやら行ったようですね……」
私とダフネとお兄様……そして何故か私達と共にいる
別に悪いことをしているわけではないのだが、何故かこの空間を
怒鳴り声も完全に止み、人の気配も遠のいたタイミングでようやく私達は声を上げ始める。
「やっと行ったのね……。まったく、何をあんなに怒鳴っていたのやら」
ダフネの呟きにグレンジャーさんも呆れた表情で続けた。
「そうね。声からしてカルカロフ校長だと思うのだけど……あの人、もしかして私を追ってここまで来ようとしたのかしら。ダンスの時もずっと私に近づこうとしていたわ。多分あの様子からダリアに近づくのが目的だと思うのだけど……」
「……どうしてそう思ったのですか?」
「え? どうしてって……あの人、私がダリアの話をし始めた瞬間に、まるで私に媚びを売るような態度を取り始めたから……」
頭の痛くなるような話だった。カルカロフ校長が私とコンタクトを取りたがっていることは知っていたが、まさか私達が見つからないことでグレンジャーさんにまで縋ろうとするとは。おそらく代表選手席で、グレンジャーさんはいつも通り私に対する過大評価でも語ったのだろう。そこで目をつけられたと考えるのが自然だった。
それでグレンジャーさんがダンスホールを離れたタイミングで、カルカロフ校長はここまで彼女を追ってきたと……。
それが分かっているのか、お兄様はジト目でグレンジャーさんに尋ねる。
「……僕からしたら何故お前がここにいるのかの方が気になるよ。グレンジャー。僕の記憶が正しければ、お前はビクトール・クラムとパートナーだったはずだが? ダリアがお前に押し付けたとはいえ、お前にとっては一生に一度あるかも分からない幸運のはずだ。まさかクラムに逃げられたのかい?」
お兄様の言葉の端々に含まれた嫌味に頓着することなく、グレンジャーさんはどこか疲れたような表情に変わりながら答えた。
「……クラムとは上手くいっていたわ。彼、私の何を気に入ったのか知らないけど、ずっと一生懸命に色々話してくれるのよ。ダンスもカルカロフ校長が来なければずっと踊っていただろうし。……ここに来たのは全部ロンのせいよ。ロンったら余程私がクラムとダンスすることが気にくわなかったらしいの。私が隣に座るなり怒鳴り始めて……。彼ったら本当に子供なのよ。不器用なばっかりで、本当に子供……。他の人と踊ってほしくないのなら、
……グレンジャーさんの言葉にお兄様の表情が更に微妙なものに変わっている。私とダフネもそんなお兄様の後ろで、
「……やはり私はこういう話にあまり詳しくないのですが、まさか……そういうことなのですか、ダフネ?」
「そ、そういうことなのかな……。クラム相手でもまだ変わっていない……のかな?」
「例の駄目な男が好きというやつですか? そんな人が本当に世の中にはいるのですか?」
「だからダリアも……ううん、何でもない。ま、まぁ、あの様子では先は長そうだし、今は温かく見守ってあげよう。まだ自覚自体はなさそうだから、その間に目を覚ましてくれるはずだよ」
コソコソと言葉を交わしていた。本当に何故グレンジャーさんの様な女の子が
……しかしいつまでもそんなことを話しているわけにはいかない。
「な、なに、どうしたの、皆」
「……いえ、なんでもありません。それよりダフネ。グレンジャーさんもここに来るというイレギュラーはありましたが、どうして皆でここに来たのですか? 魔法をかけているとはいえ、流石にそろそろ冷えてくると思うのですが」
私は皆の視線にたじろぐグレンジャーさんを放置し、隣にいるダフネに尋ねた。
ダンスの時間が始まった直後、もうここに用はないと思っていた私にダフネが言ったのだ。
『それじゃあ私達も行こうか』
『……いえ、私は踊りません。ダフネはお兄様と、』
『そっちじゃないよ。ここから出て、私達だけになれる場所に行くの。ほら、立って』
最初から食事を摂ったらさっさと帰るつもりであり、自分はダンスパーティーに参加するつもりも、参加できるとも思っていなかった。でもダフネからこんなことを提案されるとも考えてはいなかった。
ダフネは困惑する私の手を取ると、お兄様を伴いそのまま大広間を後にした。そしてただ無言で連れてこられた先がここだったのだ。グレンジャーさんが後ろから乱入してきた今になっても、ダフネの意味深に浮かべた笑みに変化はない。
そして彼女は、
「どうしてここに来たかって? そんなの決まってるでしょ! さぁ、皆でここでダンスしよう! ここなら誰も来ないし、パーティー会場の音楽も聞こえているからね! まずはダリアとドラコからね! ダリアはその後私と踊って!」
挙句の果てにそんなことを言い始めたのだった。
ドラコ視点
昨日まで感じていた苛立ちを、今日の僕はずっと抑え込むことに成功していた。
ダリアが今まで貯め込んでいたお小遣いで買ってくれた
何より……決してクリスマス当日にダリアを心配させることがないように。
最新鋭の箒が嬉しかったこともあるが、自分のことで手一杯のダリアがここまでしてくれたことに報いたかったのだ。
ダリアと踊れないくらいでなんだ。ダリアは家に帰れないことをあんなに悔しがっていたにも関わらず、それでも一生懸命表情にそれを出さないようにしてくれている。他人が見ればいつもの無表情に見えるのだろうが、長年ダリアと過ごしてきた僕にはそれがハッキリと見えている。全てはダフネと僕がクリスマスを存分に楽しめるように……。
だからこそ僕はそんなダリアの気遣いに応えなくてはならない。この箒を使う機会は今年なくとも、来年にはきっと役立ってくれるはずだ。その時までは他寮に、それこそスリザリン生にも箒のことは内密にしておかねばならないが、来年ポッターが箒を見た時の反応が今から楽しみだ。……そんな楽しいことを考えることで、僕は自分の表情筋をコントロールしなくてはならなかったのだ。
……ダリアのドレス姿を見るまでは。
『……お兄様。どうですか、このドレスは。似合っていますか?』
僕はダリアのドレス姿を何度も見たことがある。家でのクリスマスパーティーや、ダリアの本当の誕生日を祝う日。母上の意向があってこそではあるが、ダリアは毎回の様にドレスを着飾って食卓を囲んでいた。どれも綺麗で、ダリアにとても似合っているドレスを。
だが今回の姿は今までの物とはもはや別次元だった。
視線をダリアのドレス姿から離すことができない。自然に顔が紅潮してくるのを感じる。いつもはしないような化粧を施し、ただでさえ美人な顔が更に浮世離れした物になっている。真っ白な肩が艶めかしく露出され、視線が吸い寄せられそうになるのを必死に我慢する必要がある。
それに何より、
『に、似合う? いや、勿論似合っている。ただもう……ダリア、すごく綺麗だ……』
ダリアがいつもは流れる様に伸ばされている白銀の髪を一部、金色の髪留めでサイドに纏めていたから。
その髪留めは……今日僕がクリスマスプレゼントとしてダリアに贈ったものに他ならなかった。
それ程高い物ではない。勿論そこらにいる貧乏人に買える代物ではないが、ダリアの購入した箒に比べればゴミみたいなものだ。ただ偶々店先に出ていた物に目が行き、ダリアに似合うな……と思った時には既に無意識に購入していた物。あのプレゼントはただそれだけの物でしかなかったのだ。
それをあんなに大切そうに……。まるで他の身に着けている高価な装飾品と同じような扱いで……。
朝あんなプレゼントを貰ったことなど、ダリアのドレス姿を見た瞬間忘れ果ててしまっている。いつも以上に豪華絢爛な食事を食べても、ダリアの方ばかりに目が行ってしまい自分が何を食べているかもよく分からない。表情筋のコントロールなんて完全に忘れ、ただダリアの方を見ては顔が赤くなるのを感じる。
ダリアは妹なのに……。こんな感情を抱いては許されないのに……。
いつも僕を苦しめる悩みが浮かんでは、ダリアの姿に再び打ち消されていく。
そしてそこに、
「さぁ、皆でここでダンスしよう! ここなら誰も来ないし、パーティー会場の音楽も聞こえているからね! まずはダリアとドラコからね! ダリアはその後私と踊って!」
ダフネがとんでもない追い打ちをかけてきたのだった。
ダフネが何かを企んでいることは最初から分かっていた。意味深に僕とダリアに視線を送り、何かタイミングを測るようにどこかソワソワしていた。そしてダンスの時間が始まると同時に僕達を連れて大広間を飛び出すと、どう考えても予め下見をしていたと思しき場所に連れてきたのだ。こんな風に人が丁度おらず、尚且つダンスをするにはお誂え向きな空間があってたまるか。
僕はこの中で唯一のグリフィンドール生徒という不純物の存在も忘れ、したり顔でこちらを見つめているダフネを睨みつける。
こいつは僕のダリアへの思いに気が付いている。だからこそこうして僕達にお節介をかけてきているわけだが……余計なお世話にも程があった。
僕はダフネの余計な行動に逆に冷静になりながら考える。
ダリアとダンスを踊る。そんなことが出来るわけがない。たとえダリアのドレス姿が綺麗だったとしても……。本来なら僕とダリアの関係はただの兄と妹の関係でなければならないのだ。
だから……
「ほら、早く早く」
「で、ですが……私とお兄様はその……」
「そんなの関係ないって! ここに人目はないから……まぁ、ハーマイオニーはいるけど。で、でも、大丈夫だよ! ここでなら噂になることもない。だから
「……わ、私は別に。それに、お兄様だって……」
僕は本来なら決して揺らいではいけないのだ。……たとえダリアの無表情が揺らぎ、まるで
ダリアの反応に体を硬直させてしまう。口ではダリアも僕と踊りたいとは一言も言っていない。だがこれではまるで……。
僕はカラカラになった喉を鳴らし、ただ茫然と顔を赤らめるダリアを見つめる。ダリアは僕に対して
いくら自分の中で自問自答しても答えはない。徒に時間ばかり経っていく。
それなのに……ここにはダフネともう一人余計なことをする人間がいたのだった。
「ドラコ、何を迷っているの? 早く踊ればいいじゃない。別にダリアと踊るのが嫌なわけではないのでしょう?」
「黙ってろ、この、け……マグル生まれが。べ、別に僕は踊るのが嫌なわけじゃ、」
「なら別にいいじゃない。私は気にしないわよ。ほら、男らしくしなさいよ」
僕とダリアの関係を何も分かっていないというのに、ここぞとばかりにグレンジャーが僕の背中を押してくる。そして倒れこむように、こちらに上目遣いをしながら待っていたダリアと奇しくもダンスをする格好になってしまった。
最後のとどめと言わんばかりにダリアが尋ねてくる。
「……わ、私は構わないですが、お兄様は私と踊るのは……お嫌ですか?」
今まで散々男子生徒の誘いを断っていながら、僕に対してだけは全く拒否反応をせず……尚且つこの卑怯極まりない願い。
僕にはもう逃げ道などありはしなかった。
一瞬の逡巡の後、僕はダリアの質問に応えることなく、ただ黙って遠くから聞こえてくる音楽に合わせて踊り始める。
今までの悩みなど無関係に、今まで心ぽっかりと空いていた穴を埋められるような満足感と……僕の行動に嬉しそうな表情を浮かべているダリアにやはりどこか甘酸っぱい感情を抱きながら。
これがいけないことだという思い抱きながらも、僕は
「……私もあまりこういう話に詳しいとは言えないのだけど、まさか……そういうことなの? ダフネ?」
「……どう考えてもそういうことでしょう。ダリアの方は……まぁ、まだ自覚していないだろうけどね。ダリア
「だ、駄目な男? 随分変わった趣味なのね……」
「……ダリアも貴女にだけは言われたくは……いや、なんでもない」
僕は横から聞こえてくる二人の小言を無視し、幻想的な空間の中でただダリアと踊り続ける。
明かりと言えばクリスマス仕様で宙を舞っている妖精の光と月明りのみ。あまり明るい空間とは言えない。でもそんな中でも……ダリアの顔が真っ赤であることだけは、僕にもずっと見えていたのだった。
クリスマスが終わる。
ダリアの本当に望んでいた家族とのクリスマスではなかったが、それでも兄である僕と……親友である
平凡や平穏を何よりも愛するダリアが望んだものと言えることだろう……。
あぁ、だからこそこの時の僕は……こんなダリアの望む、誰もが簡単に手に入れることの出来る