ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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お待たせしました。そして前回の話ですが、ちょっとここで話を入れるとゴブレットが更に長大になってしまうので削除しました。だから今現在はダフネはヴォル復活のことを知らず、ダリアもクラウチのことは知りません。前話読んでくださった方は申し訳ありません。
お詫びに挿絵を入れておきます。

ゴブレットの『優しき少女の殺意(中編)』の挿絵を入れておきます。是非ご覧ください。


ゴシップ記事

 ハーマイオニー視点

 

ダリア達と過ごした穏やかな時間のことを私は思い出す。

昨日の夜のことを。クリスマスパーティーの夜のことを。

無表情ながらその頬を赤く染め、恥じらいながら兄にダンスをねだるダリア。その可愛らしいおねだりに根負けしたのか、やはり同じように頬を赤く染めながらダンスに応じるドラコ。その光景を本当に愛しそうに眺めているダフネ。兄妹のダンスが終わり、次は私とばかりにダリアとダフネが踊り始める。今度は困ったような無表情を浮かべていものの、ダリアも決してダフネを拒絶しようとはしない。それどころか後半はダフネの方をリードすらしていた。

そして最後には……私にも一緒に躍らせてくれた。ドラコとは勿論踊らなかったけど、ダフネと一緒に……ダリアと一緒に。

そこにはただ優しさだけが広がっており、マルフォイ家だとか吸血鬼だとか、そんな要素はどこにも見当たらない。

ただただ優しく……幸せな空間。今思い出しただけでも私まで幸せな気持ちで一杯になる。

 

でもそんな幸せな気分は、

 

「……まぁ、そうだろうとは思っていたわ。だって、彼の身長はとてもただの人間の物であるはずがないもの。勿論純()()だと思っていたわけでもないわ。それなら身長6メートル以上になるはずだから」

 

次の日の朝出された『日刊予言者新聞』によって台無しにされることになる。

今私の手に握られている新聞の内容は、それ程までに不愉快且つ下劣なものだったのだ。

 

『ダンブルドアの()()な過ち』

 

知らず知らずの内に震える手から零れ落ちた新聞の見出しには、毒々しい色合いをした文字でそんな言葉が書かれていた。

そして内容もハグリッドのお母さんが実は巨人であったこと、ダンブルドアはそれを知っていて彼を魔法生物飼育学の教師として雇っていること、そして彼が如何に危険な存在であり、授業でも生徒は日々脅されて過ごしていること。そんなことが実に厭味ったらしく書かれていたのだった。

 

クリスマスの翌日。多少()()()なことはあったけど、最後の最後に親友達が楽しそうにダンスをしている場面に居合わせれたため、朝の私は概ね機嫌が良かった。

ロンとハリーと少しだけ他人行儀な挨拶を交わした後、昨日のことを敢えて考えないようにしながら朝食を摂るため大広間に向かう。ここまでは私の機嫌も決して悪いものではなかったのだ。

でも今は……。

愚劣な記事を読みを終えた私は、新聞を横に放り出しながら吐き捨てる。

 

「だけどそんなことはどうでもいいことよ。本当に下らない記事だわ。ハグリッドはハグリッドだもの。今更半巨人だって分かった所で、彼の何かが変わるわけではないわ。それに巨人の全てが恐ろしいわけでもないはずよ。狼人間や()()()に対する偏見と同じことね。巨人というだけでヒステリーになるなんてナンセンスよ。それにハグリッドが私達を日々脅しているですって? インタビューを受けたのはきっとパーキンソンあたりね。馬鹿馬鹿しいにも程があるわ」

 

そう、私はこの魔法界の常識が全てが全て正しいとは限らないことを知っている。屋敷しもべに課せられた奴隷労働。狼人間であるルーピン先生の追放。そして……吸血鬼のはずなのにどこまでも優しいダリア。魔法界に間違った知識が蔓延っていることなんて今更のこと。

だから別に今更ハグリッドの事情が分かった所で、何故騒がなければならないのかさっぱり分からない。ハグリッドの優しさも知らず、彼の血筋ばかりで騒ぐなんて純血主義と何も変わらない。

そしてそれはハリーやロンも同意見であるらしかった。昨日の私との確執も忘れ、二人とも憤懣やるかたない表情を浮かべている。もっともロンだけは、

 

「……ん? 狼人間はともかく、なんで吸血鬼もなんだ? 君も吸血鬼には会ったことないだろ。吸血鬼はとても危険な生き物のはずだぞ?」

 

私の発言に少し訝し気な表情を一瞬浮かべていたけれど。私はロンの質問を黙殺し言葉を続ける。

 

「ともかく! こんな下らない記事があっても私達の彼への評価は変わらない。そう彼に伝えなくちゃ! 多分今頃小屋に籠っているはずだから……」

 

教員席の方を見ても、本来であればそこにいるべきはずのハグリッドの姿だけが見当たらない。まだ来ていないだけならいいのだけど、

 

「半巨人とか……一体この学校の採用基準はどうなっているんだろうな。去年の狼男だってどうかしているのに……」

 

「ママも今日抗議文出すって手紙で書いてたよ。僕は魔法生物飼育学を取ってないけど、本当に取らなくて正解だったよ」

 

もう学校中の生徒が彼のニュースを知っている様子であることから、あまりそれも期待できないだろう。グリフィンドールの席からはハグリッドの悪口が聞こえてこないことだけが唯一の救いだった。他の寮からはパラパラと彼への下らない戯言が聞こえてくる上、スリザリンの席からなんて下劣な喜びを爆発させている。新聞を黙って読んでいるダリアとダフネ、そしてどこか神妙な表情を浮かべているドラコの横でパーキンソンが大声を上げていた。

 

「これであの野蛮人を追い出すことが出来るわ! あの独活の大木! きっとあのでかくて醜い顔を晒せないのね! このまま森小屋から出てこなければいいのに!」

 

私達が聞くに堪えない暴言に耐えられていたのはそこまでだった。

私達は今すぐにパーキンソンの頬を引っ叩いてやりたい衝動を抑えながら、大広間を後にして森小屋に向かう。パーキンソンもそうだけど、あの空間にい続ければ自分が何をするか分からなかったのだ。

友人のハグリッドに対する罵詈雑言に耐えられずに。……人間とは違う血が多少混じっているだけで、まるで生きていてはならないと否定されているような気がして。

でもそんな中、ハリーが一人ポツリと呟く。

 

「でも……この記者」

 

「どうしたの、ハリー?」

 

「あ、いや、このリータ・スキーターっていう記者。ゴブレッドから名前が出た後散々僕のことを扱き下ろしていた記者だけど……どうやってハグリッドの情報を仕入れたんだろう」

 

「……今考えても仕方がないわ。今はハグリッドを部屋から出すことだけを考えましょう」

 

ハリーの疑問は実は私も最初から考えていたものだった。ハリー達の話では、彼らも昨日偶々ハグリッドとマダム・マクシームが立ち話をしている所に出くわしたのだという。周りには誰もおらず、その話を聞いていたのはハリーとロンだけ。それにその場以外の場所でハグリッドが自分の出生についての話をするとは思えない。友人である私達にだってしたことがない話なのだ。ましてやリータ・スキータみたいな下劣な記者になんて話すはずがない。それなのにスキーターは情報を手に入れた。一体どうやって、一体いつ……。

でも今はそれを考えている場合ではない。私は思考が別の方に流れそうになるのを抑えながら足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

今この学校は一つの話題で持ち切りになっている。なんでも森番が実は半巨人だったとか。彼と比較的仲の良かったグリフィンドールはそれでも彼を信じている様子だが、スリザリンを筆頭にもはや彼に対する非難の大合唱だ。スリザリン生だけではなく、ハッフルパフやレイブンクローにすら彼の追放を要求する生徒がいる。()()()()()()()()()()()()()()()()、彼の追放は時間の問題であるように思えた。

 

……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そもそも私にとって、彼が半巨人であるかどうかなんてどうでもいいことだ。去年のルーピン先生と違い、半巨人など別に後天的でも人工的に生み出された存在というわけでもない。ただ()()()()凶暴な巨人と人間の混血であるだけ。ゴブリンやヴィーラの混血との違いなど私にとっては皆無だ。ただただ社会的なデメリットのみを抱えた、自分自身の()()には何の悩みも抱えていない羨ましいだけの存在。それが私にとっての半巨人という存在だった。もっとも、ダフネとお兄様は少し気にした様子ではあったが……。

それに彼が半巨人であるかなどに関係なく、私は彼のことを教師だとは認めていない。バックビークとか言う名前のチキンにお兄様が傷つけられたのに、どうして私が彼の存在を認めることが出来ようか。たとえ逃亡を見逃したとしても、未だにあの時の怒りは私の中でくすぶり続けている。理由はどうあれ、このまま森番が教師から外された方がいいに越したことはない。

だから私にとってはそんなどうでもいい話題より、

 

「では君は今回の試練……湖の中で行われると言いたいんだね?」

 

「えぇ、その通りです。水の中で何をさせられるかまでは知りませんが」

 

「……いや、それだけ分かれば十分だよ。君も知っているだろうけど、第一の課題はドラゴンから金の卵を手に入れること。その卵に次の課題の内容が仕掛けられているという話だったのだけど……実はその卵を開けても何だかよく分からない悲鳴が聞こえるだけだったんだ。でも君の情報で少しだけ光明が見えたよ。成程……水の中か。今夜あたり卵を水につけてみるよ」

 

今はセドリック・ディゴリーの方が重要な問題であった。

朝食を摂り終えた私は彼が一人なったタイミングで話しかけ、第二の試練について私が仕入れた情報を伝える。すると案の定彼は未だに試練の情報を得ていなかったらしく、どこか納得した様子で私の話に頷いたのだった。

人影のない廊下の中には私と彼のみ。そんな中彼は私の与えた情報に頷きながらも、やはりどこか警戒心の籠った声音で続けた。

 

「しかし君はいつも有益な情報を持ってきてくれるけど……いや、別に迷惑というわけではないのだけど……本当にどうして僕にそんな貴重な情報を教えてくれるんだい? 他にも代表選手は3人もいるんだ。どうしてその中でも僕なんだい?」

 

それは以前もされた質問。だから私の答えも以前と変わることはない。私は以前と同じ答えを、少しだけ()()()()()()()()で繰り返す。

 

「前も言いました通り、ただの戯れですよ。皆が予想する結果を少しだけ変えてしまおう。そんなちょっとした遊び心からです。特に意味はありません」

 

しかし当然そんな私の答えで彼が納得するはずなどない。彼は更に警戒感を深めた表情を浮かべていた。それでもこれ以上私に尋ねても答えを得られないとも悟っているのか、頭を振ってから次の質問をしてくる。どうやら情報を聞いてすぐに私を追い払うのは非紳士的だとでも思っている様子だ。……本当にお人好しとしか言いようがない。

もっとも内容自体はありきたりな世間話でしかなかったが。

 

「そ、そうか……。君がそう言うのなら……まぁ、そうなのかもね。そ、それより、クリスマスパーティーはどうだったかい?」

 

「……えぇ、パートナーがいなかったため大広間のダンスパーティーにこそ参加しませんでしたが、パーティー自体は楽しませていただきましたよ。……()()()()()()()()()()()()()。そういう貴方はどうでしたか? レイブンクローの女子生徒と仲睦まじげに見えましたが?」

 

セドリック・ディゴリーは私の返事に少し驚いた表情を浮かべた後応えを返す。

 

()()……そうか、そうだね。うん、何を()()()()のことで僕は……」

 

「どうかされましたか?」

 

「い、いや、何でもないよ。そうだね、僕もクリスマスパーティーは楽しませてもらったよ。あまりホグワーツでのパーティーに参加したことはないのだけど、あんな盛大なパーティーなら参加してもいいね。それと彼女の名前はチョウ・チャンという名前なのだけど、君が言う通り彼女との時間もとても楽しませてもらったよ。女の子とダンスするなんて()()()だったけど、練習だけは昔から両親にさせられていたからね」

 

気が付けば何故かのろけ話が始まりそうな気配だ。話しにつれて顔が赤らみ、先程の警戒した表情からは打って変わりどこか夢見心地な表情に変わっている。それ程までに昨日のクリスマスパーティーが楽しかったということだろう。

そんな彼の姿を私はどこか微笑ましく思いながら眺める。

本来であればセドリック・ディゴリーも他の人間同様、私にとってはどうでもいい人間の一人のはずだ。よく言っても多少有益な駒でしかない。それなのに私は……今この瞬間、彼が楽しそうにしていることが少しだけ好ましく思えていたのだ。

しかし彼が恍惚とした表情を浮かべていたのはほんの一瞬。すぐに私が彼のことを無表情で見つめているのに気が付き、どこか気まずそうな表情に変わった。

 

「……すまない。君にはつまらない話だったね」

 

「いいえ、そんなことはないですよ。私はこういった話には疎いのですが、興味がないわけではないのです。友人ともこう言った話は全くしたことがないですから実に新鮮です。そうですか、彼女がチョウ・チャンなのですね。お名前だけは何度か耳に挟んだことがあります。なんでもレイブンクローの才女だとか。お二人はお付き合いしているのですか?」

 

セドリックは気まずそうな表情をそのままに、恥ずかしそうに頬を掻きながら続けた。

 

「随分今日は積極的だね……。いや、別に付き合っているわけではないんだ。ダンスを誘って、彼女が受けてくれた。それだけの関係さ。ま、まぁ、いずれは付き合いたいとは思っているけどね……」

 

「ふふ、成程。いえ、いいと思いますよ。ではこの試合も優勝しなければいけませんね。そうすれば彼女が本当に貴方に振り向いている可能性もぐっと上がりますよ」

 

「そ、そうかな……。いや、そうだといいな。なら、一層頑張らないといけないね。彼女のためにも。……情報をくれた君のためにも」

 

 

 

 

私にとってセドリック・ディゴリーとの関係は、本来はただ利用するだけの関係であるはずだったし、()()()()()()()()()

私はただ闇の帝王のシナリオを崩すために。彼はただ家族や友人、そして憧れの女性のために。ただ利益のためだけに繋がっていればいい存在でしかなく、全てが終わればまたお互い何の興味もない存在に戻るべき。そうあるべきだったのだ。

しかし実際は私は彼に多少の興味を抱き始めていた。彼の試合に臨む動機が……私にはとても好ましくて、眩しくて、そしてどこまでも共感できるものだったから。

ただ目立ちたいとか、有名になりたいとか。そんな非日常を求めるものだけではなく……どこまでも日常に立脚した純粋な思いから来るものだったから。

そしてそれは、

 

「あ! ダリア、ここにいたの!? もう、いきなり消えたから随分探したんだよ? ……なんでセドリック・ディゴリーと一緒にいるの? ディゴリー、ダリアに何か用なんですか?」

 

「……いいえ、ダフネ。彼には私の方から用事があったのです。大した用事ではありませんけどね。それにもう用事は終わりました。行きましょう。それでは、次の試合頑張ってくださいね」

 

「あ、あぁ……」

 

おそらく彼の方も同じだったのだろう。

乱入して来たダフネと共にこの場を去る私の背中に、セドリック・ディゴリーの小さな声音が届く。

 

「何故君は……そんな普通の女の子の様に僕と話すんだい。それではまるで……」

 

その声音には当初の警戒したような響きは一切なく、ただただどこか当惑したものだけが含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セドリック視点

 

彼女を初めて見たのは、彼女がこの学校に入学した時。つまり僕がまだ三年生の時だった。

自分が入学する時は全ての物事が新鮮であり、入学式もその例外ではなかった。

 

『ふ~む。君は勇気もあり、知識に対する貪欲さもある。しかし君の一番の特徴はその優しさじゃな。君の勇気も貪欲さも、全て君の優しさからくるものじゃ。ならば……ハッフルパフ!』

 

今でもあの時のことを忘れることはない。自分の今の生活が決定し、今の仲間達との絆を得られたあの日のことを。

そして二年目。もう自分の入学式というわけではなくとも、初めてできる後輩の登場にそれはそれで胸が躍ったものだ。一体この子たちの何人が僕と同じハッフルパフになるのだろうか。どんな子が入ってくるのだろうか。……先輩が僕らにしてくれたように、僕もちゃんと彼らを導くことが出来るだろうか。そんな思いで一杯だったことを今でも覚えていた。

しかし三年目の()()()、流石にもうそろそろ飽きてきた気持ちの方が勝っていたと思う。新しく入ってくる後輩達のことが楽しみでなくなったわけではない。でも三年も経つと、まだ後4回以上も同じ光景を見ないといけないのかという思いの方が強かったのだ。

 

もっともそれは……()()()組み分けが始まるまでのことだったけど。

 

表情に出さないように努めていても、どうしても組分けに対する注意が散漫になっていた。正直欠伸を抑えるのに必死だった。

 

『マルフォイ・ダリア!』

 

しかし彼女の名前が呼ばれ、彼女が前に進み出た時、僕の視線はどうしようもなく彼女に引き付けられてしまっていたのだ。いや、僕だけではない。大広間にいる学校中の人間が、ただただ彼女の存在感に圧倒されていた。

一言でいえば美しいとしか言えなかった。流れる様な白銀の髪をたなびかせ、歩き方もどこか確固たる信念を持っているかのように凛としている。他のオドオドした新入生とは明らかに空気が違っていた。そしてその思いは彼女がこちらに振り返り、他の新入生同様組み分け帽子を被った時確信めいたものに変わることになる。

どこまでも冷たく、まるで僕らのことをそこら辺の石ころくらいにしか思っていないような無機質な瞳。どう考えても真面な生徒であるはずがない。マルフォイ家という悪名高い家柄も合わさり、彼女を僕らと同じ生徒の枠で考えることなど出来ようはずがなかった。

美しくも冷たく恐ろしい、僕ら生徒とは一線を画す……まるで人間ではない()()。それが退屈していた僕らの視線をも引き付けた彼女への、嘘偽らぬ感想だった。

 

そしてその認識は一年を過ぎ、彼女が二年生に上がった時に学校全体の共通認識、もはや常識とさえ言えるものとなる。『秘密の部屋』が()()()()()()開かれたことによって……。

まずは管理人の猫から始まり、グリフィンドールの生徒からゴーストに至るまで。次々と学校にいる人間が襲われ、挙句の果てにダンブルドア校長まで追放されていく。学校中は恐怖のどん底に陥り、彼女はホグワーツにおいて恐怖の代名詞となった。しかもハリー・ポッターによって『秘密の部屋の怪物』が打ち倒されても尚、彼女だけは捕まることがなかった。彼女の父親が理事を解任されても、彼女だけは今までと変わらない学校生活を……。それは紛れもなく、ダンブルドアでさえ彼女を止めることが出来ない。そんなどうしようもない事実を表していたのだ。

学校中の人間が彼女の容姿を美しいと思いながらも、その冷たい双眸や雰囲気に恐れをなしている。それがこの学校における、三年間通してのダリア・マルフォイへの感情だった。

 

勿論僕もその例外ではない。スリザリンの後輩である彼女と関りこそなくとも、学校中で彼女が噂になれば流石に僕の耳にも届く。しかも関りがなくとも、大広間に行けば否が応でも彼女の方に目が行く瞬間がある。どんなに冷たい性格であろうとも、その存在感や容姿だけは圧倒的なのだ。視線が引き寄せられない方が少数派だろう。だからこそ彼女を見る度に、なるべく彼女と今後も関わらないようにしなければと心を新たにするのだけど……。マルフォイ家の冷たい少女と関わる選択肢などあるわけがない。どんなに美しくても、彼女は決して美しいだけの存在ではないのだから。

 

しかしそう思っていたというのに……

 

『こんにちは。セドリック・ディゴリー。こうして話すのは初めてですね。あぁ、警戒しているのですね。ですが大丈夫ですよ。私は貴方の恐怖感が手に取るように分かる。ご安心ください。私は貴方の味方です。私はただ、貴方に助言を言いに来ただけですから。第一の課題の内容、知りたくはありませんか? それさえ知れば、少しでも安心することが出来るでしょう?』

 

ある日突然彼女の方から僕に近づいてきたのだった。

話しかけてきた内容も胡散臭かったが、その行動があまりにも謎過ぎる。意味が分からないと言っていい。何故今まで僕のことだってその辺の石ころくらいにしか思っていなかったのに、急にこんな風に話しかけてきたのだろうか。

しかも、

 

『えぇ、パートナーがいなかったため大広間のダンスパーティーにこそ参加しませんでしたが、パーティー自体は楽しませていただきましたよ。……()()()()()()()()()()()()()

 

どういうわけか彼女と話せば話す程、僕の彼女への印象を保てなくなっていくのだ。

相変わらず行動は謎ばかりな上、雰囲気や表情が変わったわけではない。いつも通り冷たい無表情で固定されており、その薄い金色の瞳から放たれる視線は冷たいばかりだ。

なのにどういうわけか、僕は彼女と話して思ってしまうのだ。

 

まるで()()()()()()と話しているようだ、と……。

 

不思議で仕方がない。確かに彼女にだって友人の一人くらいはいるだろう。いつもスリザリン生の何人かを引き連れているし、その中でもダフネ・グリーングラスという生徒とは本当に四六時中行動を共にしている。しかしそんな彼女と行動している時でさえ彼女はいつも冷たい表情をしていた。僕は彼女がグリーングラスのことを本当の友達と考えているとは思えなかったのだ。

でも実際彼女がグリーングラスのことを話す時、その声は本当に温かい声音でだった。それに勘違いでなければその表情もどこか……。

それに、

 

『別に付き合っているわけではないんだ。ダンスを誘って、彼女が受けてくれた。それだけの関係さ。ま、まぁ、いずれは付き合いたいとは思っているけどね……』

 

『ふふ、成程。いえ、いいと思いますよ。ではこの試合も優勝しなければいけませんね。そうすれば彼女が本当に貴方に振り向いている可能性もぐっと上がりますよ』

 

僕が無理やりしていた世間話にも嫌な顔一つ……というわけではなく、やはりいつもの無表情ではあったけど最後まで付き合ってくれていた。それは本当に僕の味方であり、僕の優勝を心底願ってくれているかのように。

それはずっと憧れ、そしてようやくクリスマス・パーティーに誘えるまで関係が発展したチョウ・チャンですらしてくれないことだった。

別にチョウ・チャンが悪いわけではない。彼女はおそらく()()()()()()()()()がいるのだと思う。ただ僕が誰よりも早く彼女にダンスを申し込み、彼女はそれを了承してくれたに他ならない。彼女にこれ以上のことを求めるのはお門違いだ。

 

でもそれでも……僕は思ってしまったのだ。本当に今僕のこの寂しさや孤独感を分かってくれているのは……この学校で一番恐れられているダリア・マルフォイだけなのではないかと。

 

正直毎日恐怖で震えそうな思いなのだ。ドラゴンと実際に対峙した時など、それだけで気を失いそうな思いだった。そしてドラゴンを何とか掻い潜り、成績で今の所一番を取っていたとしても……卵の謎が解けないことがどれだけプレッシャーになっていたことか。刻一刻と第二の試合が近づくというのに、その取っ掛かりすらつかめない日々。恐怖以外の何物でもなかった。

でもそれを表情に出すわけにはいかない。僕はもうただのセドリック・ディゴリーとして代表選手になっているわけではない。僕の肩にはホグワーツ中の、そしていつもは劣等生と揶揄されるハッフルパフの仲間達や、僕をここまで育ててくれた両親の期待が置かれているのだ。そんな僕が無様な姿をさらすわけにはいかない。彼らを失望させないように……彼らを少しでも喜ばせてあげるために。

……しかしそれが分かっていても僕のこの恐怖感が消えて無くなるわけではない。寧ろ他人にひた隠すことでより一層強くなったとさえ言える。

 

そんな時こうして僕のこの恐怖感に気付き、あまつさえ味方だと言ってくれるのは彼女だけだった。

どこから得ているかは分からない情報を僕に流し、真の意味で僕をサポートしてくれるのは……。

 

「何故君は……そんな普通の女の子の様に僕と話すんだい。それではまるで……」

 

僕は連れ立って歩き去るダリア・マルフォイとダフネ・グリーングラスの背中を見つめながら、一人誰にも聞こえないようにこぼす。

頭の中は困惑で一杯だった。自分の中に生まれたよく分からない感情、どこか温かな感情があることに気づき、最初の頃の警戒心が保てなくなりつつあることに愕然とする。彼女の家柄や雰囲気が変わったわけではないのに、何故僕は彼女に……それこそ()()()()()()()()()()()()()()()()を抱いているのだろうか。

僕はただ自身の中に生まれた矛盾した感情に戸惑うばかりで、中々その場を動くことが出来なかった。

 

 

 

 

だから……

 

「あ、あいつ……な、なんであんなに怒っているんだ?」

 

「馬鹿、声を出すな。早く朝食を食べてここから逃げよう」

 

僕は彼女が猛烈に怒り狂っているのを目にした時、彼女をいつものように警戒するのではなく……どこか心配な心持で見ることしかもう出来なかったのだった。

クリスマスから数日後。いよいよ二学期の授業が始まろうとしているその日、生徒で溢れる朝食の席は、その人口密度と反比例して完全に静まり返っていた。誰も声を上げず、ただ恐怖の視線をスリザリン席に座る彼女に向ける。

そして彼らの視線の先には……いつも以上に冷たい空気を垂れ流しながら、黙って朝刊の一ページを見つめ続けるダリア・マルフォイの姿があった。

 

『ハリー・ポッターのガールフレンド、ハーマイオニー・グレンジャーの()()()()

 

異様な空気に満ちた大広間。誰も声一つ上げない空間の中で、ダリア・マルフォイはただ怒り狂った空気を垂れ流しながら朝刊を見つめ続ける。

 

その瞳は……いつもの薄い金色ではなく、僕にはどこか血の様な赤色に見える気がした。


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