ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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二度目の悪夢

 ハリー視点

 

クラウチ氏が消えてから数日。その間に僕は本当に色々なことを知った。

僕はあの後ダンブルドアに連れられ校長室で詳しい事情を聞かれた。その間にファッジ大臣が現れたけど、

 

『ダンブルドア! どういうことだ!? クラウチがホグワーツで見つかったと!? 彼は今体調不良で休養中と私は聞いていたのだが!? それがどうしてホグワーツで、』

 

『コーネリウスよ。その話は別の場所でじゃ。ハリーにこれ以上精神的な負担は……』

 

『そ、そうだな。子供の前でこのような話は……』

 

ダンブルドア先生は僕に彼との話を聞かせたくなかったのか、途中僕に校長室で休んでいるよう指示して別の場所に移動してしまったのだ。

そしてその間に……僕は見てしまった。

 

()()()()()()()()を。

 

それはただの出来心だった。

ここで待てと言われて大人しく待っていたけど、流石に一時間近く待たされれば手持無沙汰になってしまう。僕はそれまで座っていた椅子から立ち上がると、校長室に置いてあった様々な魔法具を見て回る。止まり木で眠りこけているフォークスや、棚に陳列された組み分け帽子、僕が二年時に帽子から取り出した剣。そんな思い出の詰まった品もあれば、何に使うのか見当もつかないような品まで色々な物が置かれている。

そしてその中に……何故か一際僕の目を惹く物が置いてあったのだ。

それは一見ただの水盆のように見えた。縁にぐるりと不思議な彫り物が施してあるけれど、それ以外は特に何の変哲もない水盆。しかしその中に満たされている水は……明らかにただの水ではなかった。

銀色の水の様な何か。見ていても液体なのか気体なのかよく分からない。明るい白っぽい銀色の物質は絶え間なく動いており、水の様に表面が漣だったかと思うと、今度は雲のように千切れ、滑らかな動きで渦巻き始める。

 

それに僕は興味の赴くまま指の先で触れる。すると気が付けば……僕はそれまでいた校長室ではなく、何故かどこかの裁判所のような場所に立っていたのだ。

 

その不思議な空間で見たのは、クラウチ氏が実の息子をアズカバン送りにした裁判の風景。

まだ少年の域を出ない男の子が恐怖でブルブル震え、そのソバカスだらけの肌を蝋のように白くしている。そしてそんな少年の様子をどこか感情を押し殺したような表情で見つめるクラウチ氏。そして最後に『吸魂鬼』に連行されていく少年。

校長室に戻ってきたダンブルドアに()()()()()()引き揚げられた時、先生が言うにはあれはどうやら『憂いの篩』という、過去の記憶の中に潜り込むことが出来る道具だったらしい。それまで『死喰い人』を徹底的に……それこそ無実のシリウスを碌な裁判もせずにアズカバン送りにする程厳しく追い詰めることで権力の座を駆け上っていた彼が、一夜にしてその全てを失った時の記憶。それが僕の見た光景の正体だった。

ダンブルドアは言っていた。あの後捕まったクラウチ氏の息子はアズカバンの中で死に、その後を追うように奥さんも亡くなったのだと。

そして全てを語り終えた後、最後に僕にこうも言ったのだ。

 

『……ハリー、好奇心は罪ではないが、同時に慎重に使わなければならぬものじゃ。特に今このような時にはのぅ。……ヴォルデモートが最後にいたと思われる場所から跡形もなく消えたバーサ・ジョーキンズ。そしてこの学校の敷地から突如消えたクラウチ氏。ワシにはどちらも偶然じゃとは思えぬ。まるでヴォルデモートが権力の座に昇り詰めていたあの時代そっくりじゃ。……お主を怖がらせるつもりはないが、この事件の裏には必ず奴がおる。そして今もお主を陰から狙っておるのじゃ。じゃから十分気を付けるのじゃぞ』

 

 

 

 

あの日から不安のあまり中々寝付けない。

今までボンヤリとしていたヴォルデモート復活の可能性が、何だか急に現実味を増してきたような気がするのだ。それには僕の話を聞いたハーマイオニー達も同意見なのか、

 

『……おそらく何かしてくるとしたら第三の試練でよ。それがハリーを襲う最後の機会だもの。なら今からでも呪文の練習をしなくちゃ』

 

『僕としてはそもそもの元凶を叩いた方がいいと思うな。犯人はカルカロフかスネイプ。それとビクトール・クラムにダリア、』

 

『何か言ったかしら、ロン? ビクトールに……誰が犯人ですって?』

 

『い、いや、何でもないよ。でもあいつ等を取りあえず試練中眠らせておけば、問題は起こらないんじゃないかな?』

 

『馬鹿なことを言わないで。そんなことは現実的ではないわ。スネイプ先生はともかく、カルカロフは審査員の一人なのよ。いなくなればすぐにばれるわ』

 

本当に僕のことを心配してくれている様子で色々な意見を出してくれていた。そして空き教室の中で、ハーマイオニーが試練に使えそうだとピックアップしてくれた『妨害の呪い』、『粉々呪文』、『四方位呪文』、そして『失神の呪文』を練習するのも根気強く手伝ってくれた。お蔭で『妨害の呪い』で相手の動きを鈍くし、『粉々呪文』で邪魔なものを粉砕、『四方位呪文』で自分の向いている方向を正しく認識し、『失神呪文』で相手を文字通り失神させられるようにまでなった。これで迷路対策及び、ハグリッドの仕掛ける危険極まりない怪物対策も十分だ。唯一候補に上がっていた『盾の呪文』はまだ十分に習得できなかったけど、全くないよりはあった方がましだ。こればかりは最後の試練に臨む未来の僕に期待するしかない。しかしそれでも自分達の考えうる限りの準備を整えたと言えるだろう。

 

でも……それでも僕はどうしてもこの不安を取り除くことが出来なかった。

今年初めに見た夢から始まり、遂にはクラウチ氏が忽然と消える事件まで発生した。去年までの事件はそれなりに事件概要がハッキリとしていたのに、今年は何が起こっているのかすら五里霧中だ。ただ漠然とした不安感だけが増すばかりだ。

そしてその不安は、

 

「ワームテールよ。ではお前はこう言いたいわけだな……。お前は自分の不注意で……()()()()を逃がしたと……。お前が居眠りしたばかりに」

 

日を追うごとに益々増していくこととなる。

今年始まりの出来事の再現によって……。

窓が僅かしか開いていない占い学の教室。暖炉の火で暖かい空気が満ちている中、かすかに外のそよ風が僕の頬に吹き付ける。トレローニー先生が時折不吉な予言をする以外は、そんな睡眠に絶好の場所であり、尚且つ最近寝付けなかったことのよる睡魔のため僕は敢え無く眠りに落ちてしまったわけだけど……僕は何故かいつの間にか教室ではなく、どことも分からない暗い部屋の中にいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()視点

 

全ては()()の思い通りに、それこそ一点の問題もなく進んで()()

一人残った忠実なる僕をホグワーツに潜伏させることに成功し、計画通りポッターを代表選手に選ぶことに成功した。全ては俺様の計画通り。後はポッターの到着を待つのみ。俺様が力を取り戻すのはもはや時間の問題でしかなかったのだ。

……だというのに、

 

「ワームテールよ。ではお前はこう言いたいわけだな……。お前は自分の不注意で……クラウチを逃がしたと……。お前が居眠りしたばかりに」

 

「ご、ご主人様、ち、違うのです! 決してそのような、」

 

「ほう、この期に及んで口答えとは、お前も随分偉くなったものだな」

 

「そ、そのようなつもりは……ど、どうかお許しを」

 

俺様の計画は最大の危機に瀕し()のだ。それも愚図な部下の不手際によって……。

怒りで手が震える。このような愚鈍な部下しか手元にいないことが腹立たしくて。そしてそのような愚鈍な部下であっても、今の俺様はそ奴に頼るしかない現実がもどかしくて。

しかし俺様はなけなしの理性を総動員して杖に思わず伸びそうになる手を何とか押さえつける。

今は出来ない。今は忍耐の時だ。このような愚図でも、今殺してしまえば一体誰が俺様の面倒を見るというのだ。こんな奴でもいなくなれば、俺様はすぐに森の中で隠れ潜む生活に後戻り。どんなに愚かな部下でも、今は処分するわけにはいかぬのだ。

俺様は随分小さく、そして弱弱しくなってしまった体を震わせながら、目の前で縮こまるワームテールに努めて優しい声音を意識して話しかけた。

 

「……よかろう。お前の愚かさを一度は許そう。……俺様は寛容だからな。一度はお前を許そうではないか。幸い逃げ出したクラウチを処理することは出来た。俺様の計画は今の所順調と言える。……だが一度だけだ。もし次失敗するようであれば、俺様はお前に直々に罰を与えるとしよう。俺様の言いたいことは分かっているな、ワームテール?」

 

「は、はい、勿論です、ご主人様!」

 

愚か者の返事に鷹揚に頷きながら俺様は考える。

今は忍耐が重要な時だ。一体俺様は何年間耐えてきたというのだ。力を持っていた以前ならともかく、今の俺様は虫けらにも劣る力しか有していない。自力で歩くことすらままならない。

しかしそれでもポッターさえ手に入れれば状況は変わる。

俺様は手に入れるのだ。以前より偉大な力を。……決してハリー・ポッターなどに、奴の母親などに邪魔されない力を。

そのためであれば、この愚かな小男も許してやろうではないか。無論計画が失敗するようなことがあれば、この男に相応の罰を与えることになるが。

 

「さぁ、行け、ワームテール。そろそろナギニの毒を採取する時間であろう? 満足に『服従の呪文』のかかった男さえ管理できんのだ。それくらいは出来るな?」

 

光源は部屋の暖炉一つという薄暗い部屋から、小男がまるで逃げ出すように走り去ってゆく。部屋には俺様のみが残された。

そして自身を落ち着かせるためにソファーに身を沈めたところで……

 

「ダリア! ッダリア! 大丈夫!?」

 

()()目を覚ましたのだった。

突然の声に飛び起きれば、そこは『数占い』の教室。辺りを見回せば、『数占い』の先生であるセプティマ・ベクトルを含め、教室にいる全員が私のことを訝し気な瞳で見つめている。

そんな中、唯一グレンジャーさんだけが酷く心配そうな表情を浮かべながら私に尋ねてきた。

 

「どうしたの、ダリア? 酷くうなされていたわよ? それに貴女が授業中に寝るなんて……」

 

どうやら私を起こしてくれたのは、最近私の隣に陣取るようになったグレンジャーさんだったらしい。私は必死に混乱する思考を抑え込みながら、努めて冷静な声音を意識して答えた。

 

「……なんでもありません。ただ少し……悪い夢を見てしまっただけです。ベクトル先生も申し訳ありません。少しウトウトしていました」

 

「……そうですか。貴女が授業中に寝るなど今までありませんでしたから、私も少し驚いてしまいました。本当に体調が悪いわけではないのですね?」

 

「えぇ、体調に問題はありません。グレンジャーさんも驚かせてしまいましたね」

 

「そ、それはいいのだけど……」

 

私の質問を打ち切るような態度で、先生はどこか訝し気な表情を浮かべながらも授業を再開する。そして未だに心配そうな表情を浮かべているグレンジャーさんも、授業が再開されると今はそちらに集中した方がいいと考えたのか、チラチラとこちらに視線を送りながらも改めて先生の方に向き直るのだった。

私は彼女達が元の状態に戻ったのを確認すると、授業に集中している振りをしながら先程の夢のことを考える。

 

一体この夢は何なのだろうか。夢にしてはリアル過ぎる上、夢の中での私は()()()()()()()。前回は蛇。そして今回は……闇の帝王。いまいち一貫性が判然としない。私は何故違った人物、それも片方はそもそも人ですらないものと感覚を共有していたのだろう。それに私は確かに授業に集中していたはずなのに、何故突然……それこそ()()()()()()()()()様に夢を?

いや、今はそんなことよりも夢の内容……闇の帝王の発言だ。

 

『幸い逃げ出したクラウチを処理することは出来た。俺様の計画は今の所順調と言える』

 

逃げ出したクラウチ……。そう言えば最近彼の姿を全く見ていない。最初の三大魔法学校対抗試合発表の時に見たっきり、彼は本来審査員の一人であるはずなのに試合に一切顔を見せていないのだ。

闇の印が打ち上げられた時から彼には何か裏があるとは思っていたが……。まさか今回の一連の事件にも関わっていたとは。

しかしそれが分かった所で、現状私には相変わらずどうすることも出来ない。それに今の夢が現実であるとすれば、クラウチ氏はもう……。

 

焦燥感だけが募っていくようだ。次から次へと出てくる整合性のない情報。そして起こり続ける不可解な夢。何が現実で何が夢なのかもよく分からない。

ただ一つ言えることは……私の行動が闇の帝王の行動を何一つ遮れていないということだけ。それだけが唯一現状私にも分かっている、どうしても覆せない事実だった。

私は隣のグレンジャーさんにも聞こえないように、小さな声でため息交じりに呟く。

 

「最後の試練まであともう少し……闇の帝王が何か仕掛けてくるとしたらそこしかない。何とか……何かしなくては……」

 

 

 

 

……結局私はこの時間授業に集中することなど出来はしなかった。

そして授業中であるにもかかわらず、終始こちらに心配気な視線を送っていたグレンジャーさんにも、私は思考に集中するあまり気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー視点

 

ホグワーツに入学してからの数年間。たった数年だというのに、私はそれまでの人生からは考えられない程多くの事件に巻き込まれている。

賢者の石に秘密の部屋。そしてアズカバンから脱走したシリウス。本当に色々なことがあった。

でも例に漏れず今年も事件に巻き込まれたわけだけど、ここまで同時に様々な悩み事を抱えたのは初めてだと思う。

まず目下の悩みは、

 

「では貴方が『占い学』で倒れた時、貴方は夢を……『例のあの人』の夢を見たと言うのね。それも今年の初めに見た夢と同じものを……。どうしてそんな大事なことを早く言ってくれなかったの!」

 

「ご、ごめん……でも、あの時はまだ現実で起こったことと確信が持てなかったんだ。それに君達を心配させてはいけないと思って……」

 

全ての事件に中心にいるハリーのこと。

数占いの授業から戻った時、ロンとハリーが嫌に真剣な表情で話し込んでいると思えば、占い学で何かあったとのことだった。

そして渋る彼等から聞き出してみれば、どうやら占い学の授業中ハリーが突然叫び出したらしく、その間ハリーはずっと夢を……『例のあの人』がピータ・ペティグリューと話している夢を見ていたと話したのだ。それも到底夢のような曖昧なものではなく、どこまでも実感のある明瞭な夢を。

これがハリーではなくロンであれば、私もまた寝ぼけたことを言っているだけと判断したと思う。でも夢を見たのはハリー。彼がこれは夢ではなく現実だと言うのなら、私もそれは確かに現実なのかもしれないと思ったのだ。何せ彼には様々な前歴がある。額の傷が痛むときはいつだって『例のあの人』に関わる何かがあり、今回のことも私には一概にただの偶然だと言い切ることが出来なかったのだ。

クラウチ氏のことは嫌いだけど、まさか死んでほしいとまで思ったことなど一度もない。クラウチ氏が消えたことはハリーから聞いていたけど、夢の内容を考えるとクラウチはもう……。

それに今のままでは全てが『例のあの人』の計画通りに進んでしまう。今までの試練はハリーも上手くやり過ごすことが出来ていた。でも夢の内容が正しければ次の課題こそが『例のあの人』の計画のかなめということ。

 

つまり次の試練における()()()()で……『例のあの人』はハリーを()()つもりなのだ。

 

あぁ、このことをもっと早くに知っていたら、もっと色々な対策を立てることが出来たのに。

試練対策にハリーに覚えてもらった呪文はたった四つ。迷路を掻い潜るだけであればこれで十分だと思うけど、ハリーを殺すために態々彼の名前をゴブレットに入れたのなら、最後の試練がただの迷路で終わるはずがない。ハグリッドの用意した怪物や、先生方の仕掛けた罠だけではなく……もっと別の何かが待ち構えているはず。

いくら心配しても不安が尽きることなどなかった。

 

しかも今私が抱えている悩み事はそれだけではない。

ハリーの殺害計画が目前に迫っているというのに、煩わしい問題がまるで蠅のように私達に纏わりついている。

それは……

 

「またリータ・スキータの記事が出てるよ……」

 

あの愚劣極まりない記事を書く、私が知る限り最低最悪の記者のことだった。

ハリーから夢のことを聞いて数日。いよいよ最後の試練が目前に迫った時……またあの女の記事が発行されたのだ。

 

『ハリー・ポッターは情緒不安定であり、もしくは非常に精神的に危険な状態にある。そうホグワーツ内でも噂されていたが、遂にその奇行の驚くべき証拠を手に入れた。なんと本紙の特派員であるリータ・スキータが、授業中に突然奇声を発し、額の傷が痛むと訴え始めるポッターの姿を()()したのだ。この情報を専門家に伝えると、それはただ他人の気を引くために痛い振りをしているだけと断じた。また他にも彼の精神状態が危険であることを疑わされる証拠がある。なんと彼は蛇語が話せるというのだ。ホグワーツのとある女子生徒は証言する。彼は二年生の時、大勢の前で男子生徒に蛇をけしかけたと。また彼の友人には狼人間や巨人がいるとも。これにもまた『闇の魔術に対する防衛術連盟』の会員の一人は匿名希望で我々の質問に答えた。

 

『個人的には蛇と会話することが出来る者は、それだけで非常に怪しいと思いますね。というより間違いなく犯罪者です。直ちに尋問し、アズカバンに収監する必要がある。何しろ蛇というのは、闇の魔術の中でも最悪の術に使われることが多いですし、歴史的にも邪悪な者達と関連性がありますから。また邪悪な生き物と親交を持つなど、それは暴力を好む傾向がある証拠です』

 

ハリー・ポッターは一体どうなってしまったのだろうか。これでは彼が赤ん坊の頃に打ち倒したという『例のあの人』とまるっきり同じだ。アルバス・ダンブルドアはこのような少年を本当に三大魔法学校対抗試合に出場させるべきか考慮する必要がある。彼が承認欲求の赴くまま、他の代表選手に闇の魔術を使わないか心配するばかりだ』

 

朝食の時届いた記事を読み終えた私は、また馬鹿な記事が出たなと思った。阿保らしくて頭が痛くなりそう。

何から何まで愚劣極まりない内容。唯一の救いは、

 

「僕に愛想が尽きちゃったみたいだね」

 

記事で扱き下ろされたハリー本人が、あまりに頭の悪い内容に逆に気にしていないことだろう。ハリーは記事を片手に馬鹿笑いをしているスリザリン席を無視し、どこか気軽な口調で言いのける。

私はそんな彼の態度に少しだけ胸をなでおろしながら、今回のこの記事で最も心配なことを尋ねた。

 

「ねぇ、ハリー。この記事では占い学の教室にリータ・スキータがいたと書いてあるけど……あの女はあそこにはいなかったのよね?」

 

「うん、それは間違いないよ。いくらあの部屋が蒸し暑くても、流石にあいつが教室にいれば僕にも分かるよ」

 

そう、正直この馬鹿な記事自体は其処まで問題ではない。勿論不愉快極まりないけれど、あの記者が頭の悪い記事を書くのは今更のこと。喜ぶのはダリアとダフネ以外のスリザリン生くらいのものだ。

だから一番の問題は……あの女がどうやってハリーの情報を手に入れたかということだった。

占い学の授業にスリザリン生はいない。同じグリフィンドール生がハリーのことをあの女にペラペラと話したとは思えない。ならそれは間違いなく、記事の通りリータ・スキータがあの場でハリーの姿を目撃したということを表している。

でもそれもまたハリーの証言が否定している。今回のことといい、ハグリッドのことといい、その場にあの女の姿はなかった。一体あの女はどうやって情報を得ているの……。

そんな疑問で頭が一杯になる私にハリーが話しかけてくる。

 

「あいつは本当にどうやって聞き耳を立てているんだろう……。窓が開いていたんだけど、そこから聞いていたのかな?」

 

もっともそれはあまりにも馬鹿馬鹿しい意見だったけど。私は少し呆れながらハリーに返事をした。

 

「馬鹿言わないで。貴方は北棟の天辺にいたのよ! 塔の壁に()()()()()()()()()()そんなこと出来っこないわ!」

 

「そ、そうだよね……。う~ん。だったらもしかして僕に()でもつけているのかな?」

 

「虫って?」

 

「盗聴機のことだよ。マグルが使う機械のこと」

 

「へ~マグルってそんなものを使うんだね」

 

苦し紛れのハリーの言葉に続き、彼とロンがまた見当はずれの会話を始める。

 

それに対し私は何を馬鹿なことをと言おうとして……思考にとてつもない()()()を覚えた。

 

ハリーの言っていた()。私は何故かその単語にひどく引っかかりを覚えたのだ。勿論彼らの言う盗聴器が正解だとは思えない。このホグワーツではマグルの使う機械は全て使い物にならなくなる。

それは私だって分かっている。ホグワーツの歴史を知っているなら最早それは常識と言える。でも何故だろう。その虫という単語に私は……一つの答えを見つけたような気がしたのだ。

 

そうよ。虫なら気付かれずにハグリッドの話を聞くことが出来る。虫ならダンブルドアにも気付かれずにホグワーツに侵入し、スリザリン生のインタビューを受けることも出来る。

……虫なら誰にも気付かれずに北棟の窓際に陣取り、ハリーの奇行を目にすることも出来る。

 

そしてそれを可能にする手段が……この魔法界には存在する。

それどころか私達は、その手段を()()目の辺りにしてすらいる。

 

確証があるわけではない。可能であるというだけで、それが実際に行われた証拠は皆無。全くの思い付きと言っていい。

でももし私の思い付きが本当なら、あの女は明確に魔法界の法に触れていることとなる。シリウスと同じ無登録の……。

 

私はそこまで考え、自分の中に生まれた思い付きでしかない発想を頭の隅に追いやる。

今まで知っていながらも思いつかなかった方法に思い至ったことは確かだ。でもこれだけに囚われてはいけない。もし違っていたら目も当てられないことになる。

 

だってもしこれ以上あの女の傍若無人なふるまいを許せば……。

 

私はそこで意識を切り替え、決意を新たにしながらスリザリンの一角に視線を送る。

そこには今日の『日刊予言者新聞』を紙ごみでも投げ捨てる要領で脇に置くダリアとダフネの姿。

ハリーやリータ・スキータの問題以上に、()()にして唯一それこそ()()()()()()()()()()()()悩み事を抱えながら、私は一人心の中で自問自答する。

 

何が何でもあの女の問題を今年中に解決しなくてはいけない。今はドビーを介したやりとりをしているけど、私は彼女達と直接話をしたいのだ。それにはあの女がいつどこで私達を監視しているかを知っておかねばならない。

そうでなくては……多くの秘密を抱えるダリアに迷惑がかかってしまうから。

 

彼女は本当は吸血鬼だから。

そして彼女は……()()()()()秘密を抱えているから。

 

白イタチ事件の時、ダフネは私に言った。

 

『ダリアには貴女はもちろん、私にさえ言っていない秘密がある。彼女の家族すら知らないことだってある』

 

あの口ぶり……ダフネは私が吸血鬼に関する事実を知らないと思っていることもあるのだろうけど、それだけではないように私には思えたのだ。

人を傷つける時見せた笑顔。時々彼女が感情の高ぶった時に発する言葉。謎めいた行動。

そして……

 

「本当にあの時彼女が()()()のは……ただの偶然なのかしら?」

 

ハリーが倒れた時とほぼ同時刻と思われる時間に、彼女もまた『数占い』の授業で倒れたこと。

彼女は寝てしまっただけだと言い張っていたけど、隣に座っていた私には到底そうは見えなかった。まるでいきなり意識が途切れたような……。それに机に突っ伏している時だって、奇声こそ上げなくても酷く苦しそうな無表情を浮かべていたのだ。息もどこか苦しそうなものだった。あれがただ授業中に眠ってしまっただけだとは思えない。

そしてそれがもし偶然でなかったらと考えると……私はそこに何か恐ろしい事実が隠されているのではと不安に思えて仕方がなかった。

 

 

 

 

不安は尽きることはない。ハリーのこと、リータ・スキータのこと。そしてダリアのこと……。

何一つとっても確かなことはなく、不確かな事実のみが積もっていく。

 

それでも時間は容赦なく過ぎ、いよいよ運命の日が始まりを告げるのだった。

 

第三の試練がいよいよ始まる。


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