ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
セドリック視点
客観的に自分を見つめなおしても、僕はおそらく生まれた頃から所謂いい子だったと思う。
両親に反抗したことは数える程しかないし、寧ろいつだって彼らの希望通りに行動したいとさえ思っていた。
勿論そうでない子が一杯いることは知っている。そちらの方が大多数ですらある。近所にいる子はよく親に反抗していたし、悪戯だって山ほどしていた。それこそウィーズリー兄弟と並ぶほどの子もいた。彼等から見たら僕は実につまらない生き方をしているだろうし、何故そんな
でも僕はそれでいいと思っているのだ。別に両親のことが嫌いではないのだから、態々彼等が悲しむことなんてしたくはない。
それに、
『セド! また一番の成績をとったのか! 本当にお前は自慢の息子だよ!』
何より僕が頑張った時、両親が手放しに喜んでくれるのがただただ嬉しかったのだ。段々と年をとってきた両親が満面の笑みを浮かべて喜ぶ。それが僕にとっての最高の喜びであり、もはや義務と言ってもいい目標だったのだ。
そしてその目標はホグワーツに入ったことで更に広がることになる。
『ディゴリー、頼んだぞ! このまま首位を独走してくれ!』
『他の代表選手なんかに負けないで! 今こそハッフルパフから三大魔法学校対抗試合優勝者を出すんだ!』
ハッフルパフに入ってから、僕はまるで家族が増えたような心持だった。
ハッフルパフは劣等生の集まり。
他寮ではそんな口さがない噂話をしているらしいけど、僕は寧ろこの寮こそが最高の寮だと思っている。他者への思いやり、寛容さ、誠実さ。そんな人間にとって最も大切な物が揃っている素晴らしい寮。それが僕にとってのハッフルパフだった。
ハッフルパフの皆は僕にとって最早第二の家族だ。だからこそ……僕は彼らを何としても喜ばせてやりたいと思った。僕に出来ることであればなんだって。
それこそが僕の義務であり、誇りであり……僕自身の喜びだから。
だから僕はこの試合に代表選手として立候補した。そりゃ多少の自己顕示欲や、莫大な金貨に惹かれる気持ちがなかったとは言わない。でもそれ以上に僕は、自分がもし優勝した時に皆が見せてくれるであろう笑顔が欲しかったのだ。
……それこそずっと隠し続けてきた臆病な本性を抑え込んででも。僕はこの試練を通して、初めて自分が今まで演じてきた理想の自分になることが出来る。もう演じる必要なんて無く、ようやく自分の価値を認めることが出来る。優しい家族やハッフルパフ生だけではなく、もっと大勢の人に認めてもらえる。そうすれば僕はより胸を張って、皆を本当の意味で喜ばせることが出来るようになる。
……そんな僕の願いはもうすぐ叶うのだ。
最終試練直前、僕らは大広間脇の小部屋に集合をかけられる。そこで僕らを待っていたのは満面の笑顔を浮かべる家族の姿だった。
フラーにそっくりの母親や妹、これまたクラムそっくりの両親。ハリーの家族だけは、本当の両親が亡くなっているため親友のウィーズリーの家族だったが……そんな小部屋の中で待機している家族の中に当然僕の両親もいた。
「セド! あ~やっと来たな、我が自慢の息子よ! お前の活躍は聞いているぞ! あのハリー・ポッターを抑えて一番なんだろぅ!? リータ・スキータの記事ではやたらハリー・ポッターだけを良くも悪くも取り上げていたが、実力では嘘をつけん! まったく愉快痛快だな!」
「あなた、声が大きいわ。彼に聞こえてしまったら可哀そうよ」
「なに、気にすることはない! 事実セドは勝っているし、今日もまた息子が勝つのだからな!」
僕は出会い頭に大声を上げている父の姿に苦笑する。やり玉に挙げられているハリーには申し訳ないと思う。事実父の話が聞こえてしまったのか、ウィーズリー夫妻と何とも言えない表情でこちらを見ている。でもこの喜びようも偏に僕のことを思ってのこと。ハリーの記事ばかり出て僕の記事は一切なかったことに腹を立てていた父は、こうして二位につけているハリーを牽制すると同時に僕に発破をかけているのだ。態々ここまで来てくれたこともあり、あまり父を咎めるようなことも言えない。
僕はハリーに謝罪の仕草を送った後、両親に微笑みかけながら話しかけた。
「ありがとう、父さん。大丈夫だよ。僕は必ず勝つ。正々堂々と戦ってね。だから僕の勝つところを見ていて」
僕の言葉を受け両親は感激したように頷いてくれる。自分の言葉に嘘はない。優勝すれば本当は臆病な自分を変えることが出来る。そう思っていたのに、何だか既に優勝が決まっているような気分なのだ。別に油断しているわけではない。ハリーにクラム、それにフラーのことを見下しているつもりは一切ない。彼らは正しく強力なライバルだ。実力的には誰が優勝してもおかしくはない。でも、それでも僕は彼等に負けるつもりはなかった。
……正しく言えば、僕はたとえ優勝できなくても、試合が終わった時点でもう本当に得たかったものを得ている……そんな予感がしたのだ。
そして少しの間家族と談笑した後、いよいよその時がやってくる。
「代表選手の皆さん、時間です。今から最後の試練が始まります。代表選手は競技場の方へ」
部屋に入ってきたマクゴナガル先生の掛け声で僕らは一斉に行動を開始する。代表選手の家族も観客席に向かうために一緒に部屋を後にする。
城の外に出ればもう夜のため、空は満天の星空。月明りや背後の煌々と明かりの点るホグワーツ城のため、周りにいる代表選手や家族の表情もうかがうことが出来る。
家族は皆一様にどこかワクワクした表情を。そしてハリーを筆頭に代表選手は緊張した表情を。ハリーに至っては今にも死にそうな表情をしていた。
……でも何故だろう。僕はそんな代表選手の中でも、何故かあまり緊張を感じていなかった。
第一の試練の時、僕はそれこそハリーくらい緊張していた。第二の試練の時も、最初の試練の時よりもマシだがかなり緊張していた。
でも僕は今最終試練に際して、前回までの緊張を感じてはいない。
いや、理由は分かっている。第二の試練の時と同じだ。あの時も第一の試練の時と比べて遥かに緊張していなかった。正確には緊張していても、それが和らぐことを
今回も必ず、
「っ! 父さん! 先に行っておいて! 少し忘れ物をしてしまった」
「なんだって!? それはちゃんと間に合うのか!?」
「大丈夫。必ず試合には間に合うから。だから先に行って」
城を出て競技場に向かう時、僕には一瞬見えたのだ。月明りの下真黒の格好をしてはいるものの、あの特徴的な白銀の髪が綺麗に物陰から輝いているのを。
僕は両親に先に行くように言うと、皆が背中が見えなくなった頃に物陰に隠れている彼女に話しかけた。
「やぁ、ダリア。今回も来てくれたのかい?」
「……えぇ、貴方に優勝してもらわなくては私が困りますので。それに前回のお礼をまだしていませんでしたから。……グレンジャーさんを助けるために、自分の順位も顧みずに助けを待ってくれたのですよね。ありがとうございます。貴方のお陰で
「それは良かった。他でもない君の頼みだ。
「……何を勘違いしているのですか? 私の友達ではありません。あくまでダフネの友達です。私の友人などでは……」
相変わらずの物言いに思わず苦笑する。何が私の友達ではない、だ。自分の友人でもないのに、あのリータ・スキータの記事を読んであそこまで怒るものか。全てを分かっているとは言い難いけど、僕だって少なからず彼女の人となりを理解し始めたと思っている。だから彼女がただ強がったことを言っているだけだと僕には理解出来たのだ。
そんな僕を何とも言えない無表情で見つめた後、彼女は表情同様無機質な声音で続けた。
「……まぁ、今はそんなことどうでもいいことです。そんなことより、最後の課題は迷路だと聞きました。私にもそれ以上の情報は入ってきていませんが……大丈夫なのですか?」
「あぁ、今回は今までの試練と違ってヒントがいることもないからね。迷路と障害物。純粋に能力が試されている。なら自分でやるしかないさ」
僕はそこで言葉を切り、彼女の薄い金色の瞳を見つめながら続ける。
最初は恐ろしくて仕方がなかった瞳を、今は綺麗な瞳だと思いながら……。
「今まで僕が上手くやってこれたのは全て君のお陰だ。君の情報がなければ僕は今の順位でいることなんて出来なかっただろう。君には感謝しきれないよ。改めて礼を言わせてほしい。……ありがとう、ダリア」
何だか初めてなんの警戒心もなく彼女にお礼を言えた気がした。あれだけ入学当初から彼女に抱いていた警戒心が嘘のようだ。
そしてそれは彼女も感じたのだろう。無表情の上からでも分かる程一瞬目を見開き、驚きを露にする。しかしそこからの反応はいつもの彼女らしく、
「いえ、礼を言われる程のことではありません。私が貴方に情報を渡したのはただの気まぐれです。貴方は私に感謝する必要などない」
やはりいつも通り素っ気ない声音で応えたのだった。
僕はその応えにさらに苦笑を強める。本当に自分はどうしてしまったのだろう。試練前の興奮で、少し思考回路がおかしくなってしまっているのだろうか。
僕には何故か彼女の素っ気ない答えが……ただ強がっているようにしか見えなかったのだ。まるで恥ずかしがる気持ちを隠すために必死になっているような……そんなただ恥ずかしがりやな普通の女にしか見えなかったのだ。本当にどうかしている。でも僕はあの彼女の笑顔を見てからずっと……。
何故僕は本来目的も分からない彼女のことを、こんなにも警戒せずに……。
そしてそんな僕の反応の変化にまた気付いたのか、彼女はやはり訝し気な雰囲気で僕の表情を見つめた後、咳ばらいを一つしてから話題を変える。
それすらただ恥ずかしがりやな女の子の行動だと、僕に思われているとも知らずに。
「どうやらそこまで緊張はしていないようですね。これから行く先にあるのは迷路。聞くところによると教師陣が罠を仕掛けているとか。貴方が言う通り、そこに私が介入する余地は少しもない。……今回は
「何だか照れるな。この学校一番の成績の生徒に褒めてもらえるなんて。君の言う通り不思議と緊張をあまり感じていなかったけど、君の言葉でより自信が出たよ。……今回も観戦してくれるんだよね?」
「えぇ……今回は観客席に多少の
何だか引っかかる言い方だったが、観戦してくれるならいいかと考え、僕は歩き始めながら続けた。もう大分長いこと話し込んだ、そろそろ競技場に向かわなくてはと思ったのだ。
「そうか、なら良かったよ。そしてそろそろ時間だ。遅れたら折角一番に迷路に入る権利を得たのにそれをふいにしてしまう。歩きながら話さないかい?」
「えぇ、勿論です。と言っても、私は貴方と共にいるところを見られるわけにはいきません。こちらの事情もありますが、これは貴方のためでもあります。……
「……僕は別に気にしないよ?」
「いいえ、私が気にします。それに私の事情もあると言いました。だから競技場前で私は観客席の方に行かせていただきます。……今回は席が指定されていますから」
そう言って彼女は僕の隣を歩き始める。僕もそんな彼女に小さな声音で、
「……本当に僕はもう気にしないのに。寧ろ君がいるからこそ、僕はこうして……」
そんなことを呟きながら、彼女に歩調を合わせて歩くのだった。
そして彼女の宣言通り、僕にとって楽しい時間はすぐに終わる。競技場が近づくにつれ、周りに屯している生徒達の姿が遠目にも見えるようになる。
本当にあっという間の時間だった。満天の星空の下彼女と歩いていると、僕はやはり不思議と落ち着く気持ちになっていたのだ。それこそずっとこうしていたいと思う程。
しかし彼女の意志は決して変わることはなく、人だかりを遠目に見た瞬間別れの言葉を告げ始めた。
「ではセドリック・ディゴリー。ここでお別れです。私は観客席の方に向かわなくてはならないので、貴方はここから控室の方に行ってください」
だが同時に、彼女の言葉はそれで終わりでなかった。彼女はそこで一度言葉を切り、今度はどこか不安そうな声音で続けた。
「……これは貴方を不安がらせるだけだと思いますし、貴方なら大丈夫だと思いますが……気を付けてください。迷路の中で何があるか分かりません。……試練とは関係ないような、何かもっと恐ろしいことが進行している可能性がある。絶対に油断せず、必ず
……その言葉は何故か、どこか壁を作っているいつもの言葉と違い、本当に心の底から言われた言葉の様な気がした。
僕は心配の言葉を口にした後観客席に向かっていく彼女を目で追いながら呟く。
「勿論だよ。僕は必ず優勝するよ。家族のために、ハッフルパフの皆のために……チョウの……いや、
僕の視線の先には、僕にとって今年改めて加わった大切な人の姿が。満点の星空の下煌めく白銀の髪は本当に綺麗で、
「……あぁ、そうか。僕はチョウではなく……もう君のことが
だから僕はようやく、自分の中の感情の変化を認めたのだった。
ずっと警戒心しか抱いていなかった彼女のことを、僕はもう同じ視線では見つめられなくなっている事実を……。
観客席に消えるまで、僕はずっと彼女の後姿を目で追い続ける。
決してこの光景を忘れないために。
いつまでも……いつまでも……。
ダリア視点
また余計なことを言ってしまった気がした。
セドリック・ディゴリーと私はただ利用し合う関係のはず。いや、そうでなくてはならない。
なのに最後に私が彼に言った言葉はそれを明らかに逸脱していた。私は彼を優勝させたい。彼を優勝させなくてはならない。それが夢を見て私が出した
であるのに、私は最後の最後に彼の優勝より、まるで彼の無事を優先するような言葉を……。
まったく度し難い。闇の帝王が何か仕掛けてくるとしたらこの最後の試練でだ。私は今こそ冷徹に彼を利用しきれないといけないのに、何故私は彼のことを心配して……。矛盾しているにも程がある。
いや、今それを考えるのはよそう。私がやっていることに私自身も自信を持てずにいるのだ。それに反した行動を取ったところで何もおかしなことはない。こうしている間にも闇の帝王が何か企んでいるかもしれないと思うだけで、正直私は不安で仕方ないのだ。
しかも私には今決して真面な精神状態ではないもう1つの理由がある。何故なら私が今から観客席で一緒にいるのはダフネやお兄様だけではなく、
「おぉ、ダリア。よく来てくれたのぅ」
忌々しい老害までいるのだから。
観客席に踏み入った私を心配そうに見つめているダフネやお兄様の向こうから、ダンブルドアが表情だけは朗らかに話しかけてくる。
「すまんのぅ、この席に態々来てもろうて。君はおそらく本来であればこのミス・グリーングラスとミスター・マルフォイと共に観戦したかったのじゃろうが、今回はワシも共に観戦させてもらうのぅ。君達には悪いと思うのじゃが、こうせねばムーディ先生が納得しなかったのじゃ。少しの間我慢してくれるとありがたい」
奴が私に同席するように手紙を寄越してきたのは今朝のこと。なんでもあの
しかし鬱陶しいことに、考えようによってはそう悪いことばかりではない。ムーディに私の監視などではなく、きちんと迷路内の巡回をしてもらわなくては私が困る。そのために奴は城に呼ばれたのだから、キチンと仕事をしてもらわなくては。当初は私がこっそり迷路に突入することも考えたが、もしそれが『闇の帝王』に露見した時大変なことになる。ならば実力だけは優秀な人間に頼った方がいい。寧ろそれしか選択肢がない。
それに老害の近くにいれば、それだけ何かあった時に情報を得やすくなるメリットもある。
……もっとも、いくらメリットがあるとはいえ、心情的に嫌であることもまた確かだったが。
夢を見てからというもの何かしなくてはならないと焦っているのに、こんな所に縛り付けられるというのは決して気分がいいものではない。
それにダンブルドアと同じ空気を吸っていること自体がそもそも気にくわない。今年は二年生時のように私が監視下に置かれることはなかった。それはムーディはともかく、ダンブルドア自身は私のことを
今だってどこか申し訳なさそうな声音で話しかけてくるものの、瞳だけは決して油断なく私を見つめている。
それをダフネ達も分かっているのか、
「すみません、校長。申し訳ないと思っているのなら空気になることに徹してくれませんか? ダリアが来たんですから、これ以上喋らないで下さい。というより、息もしないで下さい」
ダフネに至ってはいきなり失礼極まりない言葉をダンブルドアに投げつけていた。ここに来ることに当初からかなり反対していたが、やはり今でもその意見に変わりはないらしい。
突然投げつけられた暴言に、ただでさえこちらに警戒した視線を送っていた周囲がざわめく。私はそんな彼らを一睨みして黙らせると、気が立っているダフネがなるべく安心できるような声音で話しかけた。
「ダフネ、落ち着いて下さい。私は校長に言われて
「でもダリア……こんな嫌な人と一緒にいたら、やっぱり貴女が、」
「そうだ。お前が嫌なら今すぐにでもここから離れて、」
「いいえ、いいのです。それに遠目からずっと見られるより、ここにいた方が遥かにマシですから」
「……ダリアがそう言うのなら。でも我慢できなくなったらすぐに言ってね。すぐにここから離れるから」
そこまで話した私はようやく老害の方に視線を向け、彼にぞんざいな一礼をする。最早こいつに失礼な態度を取るのは今更のことだ。向こうもこちらが普通の態度を取るとは思っていないだろう。老害は一瞬物憂げに目を伏せた後、やはり意見を変えることなく続けた。
「……すまんのぅ。じゃがムーディ先生を安心させるにはこうするしかなかったのじゃ。お主らも知っておるじゃろうが、彼は少し大げさな程の心配性なのじゃ。すまぬがしばらくこの老人の願いに付き合ってほしい。それにほれ、ワシとおればお主も面倒な人間に煩わされずにすむからのぅ」
一瞬老害が見やった先には、こちらに歯軋りせんばかりの表情で視線を送っているカルカロフ校長。……どうやらまだ私に取り入ることを諦めてはいないらしい。しかし老害の言う通り、奴と共にいることで私に近づけないのだ。秘密の話をダンブルドアに聞かれたくないために。
想定外のメリットに鼻を鳴らして応えると、私は黙って老害の隣に座る。そしてやはり黙って隣に座るダフネと手を握り、私は遂に迷路入り口前に現れた代表選手……セドリックに目を向けたのだった。
見逃すわけにはいかない。私にはその責任と義務がある。
たとえ何か起こるとしたら今回の試練だとしても、彼にはそんなことは関係ない。彼は私の思惑通りに優勝して、そして無事に帰ってきてくれさえすればいいのだ。
……家族や友達のために頑張る人間は必ず報われて欲しい。そう私は心のどこかで思っているから。
そんな大きな不安とほんの少しの希望を乗せた視線の先で、いよいよセドリックが迷路に突入する最初のホイッスルが鳴った。
ダンブルドア視点
ダリアや彼女の友人達がワシのことを嫌っておることは分かっておった。
それはそうじゃろう。いくら彼女に警戒すべき要素が多くあるとはいえ、その警戒を実際に向けられる本人はいい気分であるはずがない。無論それでも警戒せねばならん要素がダリアにはあるわけじゃが……それを分かっておっても、それに気づく技量が彼女にある以上、気付いた以上は不愉快に思うに違いない。
かつてのトムと同じように。
それに今回はワシ自身にも納得しきれておらん所があるにはある。
『今回の試練……ワシが迷路内の巡回に回るのはいいのだが……。ダリア・マルフォイ。その間奴の警戒はどうするつもりなのだ、ダンブルドア? ワシは奴こそがポッターの名前をゴブレットに入れたと考えとる。証拠は数えきれんほどある。もはや奴かカルカロフ以外の犯人など考えられん。それなのに奴を野放しにするなど、油断大敵にも程があるぞ。無論ダンブルドア、貴方自身が監視にあたってくれるのだろうな? そうでなければ巡回など出来んぞ』
先日のアラスターの言葉を思い出す。物事全てに警戒心の強い彼が心配する気持ちは分る。じゃがそれでも今回の件に関しては、ワシは何故かダリアを警戒しきれんところがあった。寧ろ彼女を疑うことこそが敵の目的であるようにさえ思える。冷静に考えれば、彼女こそ唯一と言っていい程の容疑者であるにも関わらず。
じゃがそれでも納得しきれんところは確かにあったのじゃ。それでもアラスターの要望に応えたのは、彼を納得させねばならんと思ったからに他ならん。迷路の巡回、つまりハリーの護衛を滞りなく行うにはこうするしかなかったのじゃ。ダリアがこのような要望を受け、不愉快に思うであろうと分かっておるにも関わらず……。
まったく考えれば考える程自身の思考が嫌になる。いくらハリーの……正義のためとはいえ、このような思考をせねばならんとは。まったく嫌な年の取り方をしてしまったものじゃ。
そこまで考え、ワシは思考を急いで切り替える。
今はこのような感傷に浸っている場合ではない。セブルスを含む教師陣は全て巡回係として出払っており、今ダリアを監視できるのはワシしかおらん。今は自身の出来ることに徹するのじゃ。それこそがダリアを守るためにもなるのじゃから。
ワシはいよいよ代表選手たちが迷路に突入するのを眺めるダリアにそっと話しかける。
「いよいよ始まったのぅ。これが今年最後の試合じゃと思うとどこか寂しいものじゃ。ダリアは誰が優勝すると思う?」
しかしワシへの返答は三人からの冷たい視線のみじゃった。ミス・グリーングラスに至ってはこちらを呪い殺さんばかりの視線を送ってきておる。ワシの声など聞きたくもないということじゃろぅ。
本当に随分と嫌われてしもうた。
じゃがそれでもダリアだけは全く返事をしないのも体裁が悪いと考えたのじゃろぅか。しばらくして無表情で一つ大きなため息を吐くと、彼女は渋々と言った声音で答えた。もっともその答えは、
「……セドリック・ディゴリーでしょう。今までの試練においても、彼は一番の実力を発揮しています。それに彼は他の代表選手とは
何を言っておるのかよく分からんものじゃったが。そもそもワシに返答しておるようで、本当にワシの話しかけているのかも怪しい声音。内容も意味不明じゃ。
唯一分かることは……何故かは知らぬが、ダリアがセドリック・ディゴリーのことを褒めちぎっておるということだけじゃ。
彼女のことじゃから、ワシはてっきり試合自体に対し無碍な発言をすると思うておったのじゃが……。一体どこでセドリックと知り合ったのじゃろぅ。全く繋がりを想像出来ぬ。彼女の行動すべてを監視できておるわけではないが、マルフォイ家の長女とハッフルパフの好青年であるセドリックが知り合う可能性など考えられぬ。
ワシはダリアの返答に驚き、彼女に発言の真意を尋ねようとする。彼女が真面に応えてくれるとは思えぬが、聞かねば分るものも分らぬ。
……じゃが結局ワシが彼女に質問することはなかった。
何故なら尋ねようとした瞬間、
「あれはもしや……救難信号ではないですか?」
迷路の中から赤い花火が上がったのだ。
しかも同時に
試合開始早々に起こった異常事態。迷路の中で明らかに何か良からぬことが起こっておる。
そんな事態にワシは結局、彼女の不可解な発言を考えている余裕などなくなったのじゃった。
セドリック視点
聳える様な生け垣が通路に黒い影を落としている。生け垣は分厚く、魔法がかけられているのか観衆の声も迷路の中からは聞こえない。
そんな暗い迷路の中、僕は今全力疾走で走り抜けていた。
息が上がり、気を抜けば意識が飛びそうになるくらい苦しい。もはや僕に迷路突入前の余裕などありはしなかった。観客席から僕と
この迷路は本当に……
どう考えてもダンブルドアが今年初めに言っていた安全対策が施されているとは思えない。何故ならまだ迷路突入から数分しか経っていないというのに、
「ッ! またか! し、しかも……何故こんな奴がここに!?」
もう既に
曲がり角を曲がった先にいたのは巨大な蜘蛛。僕の記憶が正しければあれはアクロマンチュラという種類の危険生物だ。飼育禁止の生物な上、その危険度も折り紙付きだ。いくら怪物好きで有名なハグリッドだって、あんなものを迷路の中に解き放つとは到底思えない。今まで遭遇していた奇形のロブスターのような怪物すら可愛く思える。
蜘蛛は僕がここに来ることを
『ステューピファイ! 麻痺せよ!』
何とか弱点と思しき腹に向かって『失神の呪文』を打ち込んだのだった。
巨大な蜘蛛が長い脚を道に投げ出して転がる。僕は何とか息を整えながら、このどう考えても狂っている迷路について思考を巡らせた。
この状態がこの迷路の平常運転なのだとしたら、とても安全対策が施されているものとは思えない。寧ろ積極的に命を奪おうとしているのではとすら思えてしまう。代表選手はこれくらいこなせということなのかもしれないが、今回はハリーという例外もいるのだ。もし彼が同じ頻度で怪物に遭遇していると考えると……。彼は『闇の帝王』を赤ん坊の頃に打ち倒した英雄だが、これとそれは話が別のように気がした。彼が無事だといいが……。
しかし僕が息を整えながらそんな呑気なことを考えていられるのはそこまでだった。
人の心配などしている暇などない。怪物なんかより遥かに異常な事態が起こったから。
ようやく息が整い、そろそろ走り始めようと思った時、
『クルーシオ、苦しめ』
「きゃあぁぁぁ!」
すぐ近くから本来なら聞くはずのない恐ろしい呪文と、フラーのぞっとする悲鳴が響き渡ったのだ。何か良からぬことが起こっているのは確かだった。
僕は声のした方に急ぎ走る。そしてそこで見たのは……どこか虚ろな表情をしたクラムが、道に横たわるフラーに『磔の呪文』をかけている場面だった。
しかもあまりのことに呆気にとられる僕に、
「セドリック・ディゴリー……僕は君を脱落させなくては……」
クラムが杖を向けてきたのだ。
危ないと思った時には時すでに遅く、クラムは呪文を唱え始めている。しかもフラーにかけたものと同じ、人に決してかけてはならない呪文を。
しかし今度も突然のことが起こり、僕は呪いをかけられずに済んだ。僕に呪文をかけようとしているクラムの後ろから、
『クルーシ、』
『ステューピファイ! 麻痺せよ!』
突然ハリーが現れ、クラムを失神させてくれたから。
ハリーの呪文が当たったクラムはその場でピタリと止まり、芝生の上にうつ伏せに倒れる。そしてそんな彼を跨ぎながらハリーが心配そうに話しかけてくる。
「セドリック、無事!?」
「あ、あぁ、何とか……。ハリー、ありがとう。助かったよ」
僕はハリーに何とか返事をしながら、今もピクリとも動かず地面に倒れ伏すクラムを見つめる。
信じられない。クラムのことをそこまで知っているわけではないが、だが決してこのような凶行に及ぶような人間でないことは確かだ。不愛想だが、芯は真面目で優しい人間。それが僕が彼に抱いていた印象だった。それが何故こんなことを……。それにあの虚ろな瞳。あれは一体……。
そしてハリーも僕と同意見なのかあれ程のことをしたにも関わらず、どこか丁寧な仕草でクラムを上に向けてやると、
「……セドリック。僕等でクラムとフラーの救難信号を出さないかい? フラーも気絶しているみたいだし。このまま放っておくと、二人ともスクリュートの餌になっちゃうよ。だから僕がクラムの分を上げるから、セドリックはフラーの分を頼むよ」
そう提案してきたのだった。
僕はハリーの意見に一も二もなく頷くと、ハリーと同時に杖を掲げ赤い花火を打ち上げる。
これで二人は迷路の中で巡回しているという教師に助けてもらえるだろう。僕は人心地付くと、横で同じく安心した表情のハリーに話しかけた。
「しかし、ハリー。君も無事で良かったよ。この迷路の中でよく無事だったね。こんな怪物だらけの迷路の中なんて。僕が君の年だったらすぐに救難信号を出していたと思うよ。本当に君は凄いね」
しかし僕の言葉に対するハリーの反応は不可思議なものだった。
彼は僕の言葉に訝しそうな表情を浮かべると心底不思議そうに返事をしたのだ。
「えっと……。そんなにここって怪物だらけなの? 僕、今の所
僕は驚いてハリーの顔を凝視する。本当にそんなことがあるのだろうか。運がいいというレベルの話ではない。若しくは僕の運が悪いだけなのだろうか。ともかくこれは果たして運だけで片付けていい話ではない。
まるで誰かの作為が働いているような……そんな気さえしたのだ。
ハリー視点
試練が優しすぎる……というより、迷路に入ってから何の怪物にも遭遇していない。ただ迷路をさまよっているだけ。『四方位呪文』で正しい方向を探し、それに従って歩いているだけ。ハグリッドや先生達が仕掛けた障害物など一つもない。あったのはフラーに『磔の呪文』をかけていたクラムだけ。異常な光景ではあったけど、あれと迷路は無関係だろう。
つまり僕は今まで一度として試練の難題に遭遇してはいないのだ。
最初はこんなものなのかと拍子抜けしていたけれど、セドリックの話を聞いて嫌でもそうではないと分かってしまった。セドリックは怪物と何度も遭遇しているのに僕は一度もない。明らかに変だと思った。ヴォルデモートが僕を殺すつもりなら全くの逆ではないのか?
でもいくら不可思議なことが起こっているからといって、それを理由に救難信号を上げるなんて恥ずかしいことは出来ない。
優勝がいよいよ目前まで迫っている欲望もある。でもそれだけではなく、敵の目的が分からない以上今は全力で試練に臨むしかないと思ったのだ。
僕の名前を入れたのがカルカロフにしろダリア・マルフォイにしろ、そしてそれが僕を殺すためなのか僕に恥をかかせるためなのかにしろ、今は全力でやるしかない。個人的にはダリア・マルフォイがセドリックに肩入れし、僕に恥をかかせようとしているという比較的平和的な事態であることを祈っているけど……今はそんなことを考えている場合ではない。
試練の背後で何が起こっているか分からないのは今更のことだ。夢のこと。ゴブレットから出てきた僕の名前。セドリックに肩入れするダリア・マルフォイ。失踪したバーサ・ジョーキンズやクラウチ氏。そして……
「クラム……どうしてあんなことを」
フラーに『磔の呪文』をかけたクラムのこと。
確かに最初はクラムも警戒すべき対象だとは考えていた。一番の容疑者であるカルカロフの生徒。疑わないはずがない。でも共に試練を乗り越え、その間で話しているうちに、僕は彼が悪い人間でないと思ったのだ。決して優勝のために『許されざる呪文』を使うような人間ではない。彼に何かが起こったのは明らかだ。
考えれば考える程混迷を深める事態に頭が付いてくることはない。でも更に考える猶予など僕には与えられはしなかった。
なんと杖の示す方位に従い中心を目指し歩き続け、いよいよ迷路の中が暗くなってきた時……暗闇の向こうに見えたのだ。
暗闇の中で燦然と輝く
それは僕から見て百メートル先の台座にドッシリと置かれていた。
僕は思わず目をこすって自分が今見ている光景が本当かどうか確かめる。でも現実は変わりはない。あの堂々と輝く杯。とても偽物や幻とは思えない。とても信じられなかった。今まで本当に一度だって怪物と出くわさなかった。最後の試練がこんなに簡単なはずがない。これではまるで僕が優勝に
しかも優勝杯までの道のりも不可解の物だった。生け垣があるのに、まるでそこに
……でも僕は優勝杯を見た瞬間、そんな些細なことを考えられなくなってしまった。
夢にまで見た優勝杯が目の前にあるのだ。あれを掴みさえすれば僕はこの三大魔法学校対抗試合における優勝になることが出来る。そうすればチョウ・チャンだって僕に振り向いてくれるかもしれない。
僕はフラフラと優勝杯の方に引き寄せられながら、自分が優勝した時の光景を夢想する。
優勝杯を手にし全校生徒の大歓声の中祝福される僕。その中にはチョウ・チャンも含まれており、彼女が僕だけに向かって称賛の笑顔を向けてくれる。そんな彼女に、僕もやはり彼女だけに向けて笑顔を返す。夢にまで見た光景が今僕のすぐ近くに。
でも事態はそう簡単には進まなかった。
いよいよ優勝杯に近づき、杯を置いてある広場に足を踏み入れた時、広場の別の入り口から違う人影が現れたのだ。
それは数分前に会った時より傷を増やした状態のセドリック・ディゴリーだった。あれからも怪物に何度か出くわしたのだろう。傷をいくつも増やし、肩で荒い息をしている。
彼は優勝杯を見た瞬間それに向かって走り出す。
別方向から優勝杯に走る僕や……彼の横から巨大な影が走り寄っていることにも気付かずに。
それは巨大な蜘蛛だった。生け垣の上から現れた蜘蛛は、音もなく生け垣から降り一直線にセドリックに向かって駆け寄る。
セドリックはまだ気付いていない。
「セドリック! 左を見て! 蜘蛛だ!」
僕の叫び声に彼は一瞬驚いたように僕を見てから、指示通りの方向に目を向ける。その時には既に蜘蛛は彼のすぐ近くに迫っていた。
「こ、こいつ! まさかさっきの!?」
蜘蛛にのしかかられセドリックは悲鳴を漏らす。
この時にはもう僕の頭の中に試練や優勝などありはしなかった。僕はただ蜘蛛に襲われている彼を助けるために呪文を放つ。
『ステューピファイ、麻痺せよ! インペディメンタ、妨害せよ!』
しかし蜘蛛が大きすぎるせいか、呪文をかけても蜘蛛を怒らせるだけで終わった。蜘蛛は遂に剃刀のようなハサミをセドリックの喉元に突き立てようとしている。
このままでは彼が殺されてしまうのは火を見るより明らかだ。
僕は意を決して蜘蛛に飛び掛かり、無理やり奴の意識をこちらに向かせる。そして僕の行動に驚いた様子の蜘蛛に我武者羅に飛びつきながら、再度先程と同じ呪文を放った。
『ステューピファイ、麻痺せよ!』
どうやら今回は効いたらしい。運が良かったのか、たまたま蜘蛛の弱点である部分に呪文が命中し、蜘蛛は僕を掴んだ状態であるもののゆっくりと倒れた。
たった一回の戦闘だったというのに、その一回だけで僕は満身創痍の状態だ。蜘蛛に掴まれた時にやられたのか僕の足からは夥しい血が漏れている。僕は蜘蛛の脚を何とか引き離し、喘ぎながら何とか立ち上がり辺りを見回す。
そんな僕に、僕と同じく満身創痍な様子のセドリックが話しかけてきた。
「大丈夫かい、ハリー? それにありがとう。君には二度も救われてしまったね」
僕はまだ肩で息をしながら答える。
「僕は大丈夫だよ。それに君を救ったと言ってもお互い様だ。セドリックが卵のことを教えてくれなかったら、僕は第二の試練に臨むことも出来なかった。これでお相子さ」
「そんなことはない。君はドラゴンのことを僕に教えてくれようとしたじゃないか」
「……でも君はあの時もうドラゴンのことを知っていた」
「いや、知っていたかどうかは問題ではないさ。同じ代表選手なのに関わらず、貴重な情報を教えてくれようとしたかどうかが重要なんだ。それに先程助けてもらっていなかったら……僕は間違いなく蜘蛛に殺されていた。僕はこの試練でリタイアしたも同然だ。だから……」
そこまで話した時、セドリックは突然不可解な行動を取り始める。
一瞬心底悔しそうな表情を浮かべた後、酷く長い溜息を一つ吐き、僕を優勝杯の方に押しやり始めたのだ。
「だから……この優勝杯は君にこそ相応しい。僕だってこの優勝杯が喉から手が出るほど欲しい。これを持って帰るよう、僕をずっと支えてくれた子もいるからね。でもここで僕が優勝杯を掴めば、僕は後々必ず後悔してしまう。こんな勝ち方では何の意味もない。だから君がこれを取るんだ」
意味不明な言動に僕はセドリックの顔をまじまじと見つめる。声もまるでありったけの意志を最後の一滴まで搾り取ったような声音だし、表情もやはりどこまでも苦々しいものだ。でも意志だけは固いのか、腕を組み、決してここから動かないぞというポーズを取っていた。
僕は彼のそんな態度を見て……初めてセドリックという人間自身を見た気がした。
あぁ……そうか。こいつは本当に……いい奴なのだ、と。
彼だって優勝杯が欲しくないはずがない。ダリア・マルフォイなんかの助力を受けるくらいだ。何としても優勝杯を掴みたいという気持ちは間違いなくあるはずだ。
でもそれでも今僕に優勝杯を譲ろうとしている。ダリア・マルフォイの手を借りても、決して卑怯な手段で優勝杯を掴みたいとは思っていない。正々堂々と競い、その果てに栄光を掴みたい。そう彼は考えているのだ。
その姿に僕は……とても共感すると同時に、とてもカッコいいものだと思った。これではチョウをダンスパートナーに取られても当然だと思う程に。
しかしセドリックの考えは僕の考えでもあった。僕だってここで、はいそうですかと優勝杯を掴みたくはない。それでは今までの試練で助言をしてくれ、尚且つ僕より多くの怪物と戦いながらほぼ同時にここに辿り着いた彼に申し訳ない。とても不公平な気さえする。
だから僕はしばらく真剣に思い悩み……
「分かった。優勝杯を掴もう。……でも二人ともでだ。二人一緒に取ろう。それならホグワーツの優勝に変わりはない。二人で引き分けだ」
そんな提案をセドリックにしたのだった。
その選択に、一生後悔することになるとも知らずに……。
セドリック視点
家族のため、ハッフルパフ生のため……そしてダリアのために優勝したい。いや、優勝しなければならない。そう思う気持ちに変わりはない。
でもそれはどんな手段を使っても優勝したいというわけではないのだ。
誰にも恥じないような勝利を収める。勝ったのに後で後ろ指をさされるような結果では意味はない。それでは僕は一生臆病な自分のままになってしまう。本当の意味で家族や仲間を喜ばせられなくなってしまう。そして彼女にも……決して正面から顔向けできなくなってしまう。
僕は試合開始直前に決めたのだ。
もし優勝したら、彼女に今まで警戒していたことを謝るんだ。そしてこれまで支えてくれたことの感謝をもう一度言葉にし、
『君のことが好きだ』
この温かな気持ちも伝えるのだと。
しかしハリーに命を救ってもらったにも関わらず、厚顔無恥にも彼の目の前で優勝杯を掴んでしまえば……僕は純粋な気持ちでその言葉を発することが出来なくなってしまう。
それだけはどうしても嫌だったのだ。僕を優勝させようとした彼女には申し訳なく思う。彼女に何か目的があったのは間違いないが、それでも彼女にこれからもキチンと向き合うためには、これはどうしても必要なことだと思ったのだ。
……だからこそ、
「分かった。優勝杯を掴もう。……でも二人ともでだ。二人一緒に取ろう。それならホグワーツの優勝に変わりはない。二人で引き分けだ」
ハリーがその提案をしてくれた時、僕は本当に嬉しかった。
何故ならそれは、彼女の望みと僕の望み、その両方を同時に叶えてくれるものだったから。
僕は突然の言葉に驚き、思わずハリーの方を凝視する。彼はどこか朗らかな笑顔でこちらを見ていた。
「き、君……自分が何を言っているか分かっているのかい?」
「勿論だよ。でも僕はそれが一番いいと思ったんだ。お互いにとってね。僕達は助け合って試練に臨んできた。そして二人ともここに辿り着いた。だから一方が優勝杯を掴むなんて間違ってる。僕が取ったら、僕もセドリックと同じように必ず後悔すると思う。だから一緒に取ろうよ。……ただ優勝賞金も山分けだけどね」
僕の戸惑った声にも、ハリーの意志は決して変わらない様子だった。
本気で彼は僕と優勝杯を掴むのが、彼にとっても一番いいと思っている。そんな心情がハッキリと分かる程の笑顔だった。
成程。これが『闇の帝王』を赤ん坊の時に倒した英雄。実力だとか、魔法力なんてそんなものは関係ない。彼は間違いなく、これこそが英雄だと思える程のいい奴だと思った。
僕はハリーの魅力的すぎる提案に引き寄せられるように、彼と一緒に優勝杯に近寄る。
そしてもう一度彼の意志を確かめ、
「……もう一度聞くけど、本当にいいのかい?」
「勿論。寧ろこれ以外の結果なんて受け入れられない」
「……分かった、ハリー。なら一緒に優勝しよう。では三つ数えるね。いち……に……さん!」
僕等は同時に優勝杯の取っ手を掴んだのだった。
掴む瞬間、僕は今から起こるであろう光景を幻視する。
ハリーと共に優勝杯を掲げ、そんな僕等に駆け寄る観衆たち。両親が歓喜のあまり僕の頭を撫でまわし、ハッフルパフ生も僕のことを興奮したようにもみくちゃにする。
そしてそんな観衆たちの向こうを見れば、そこにはこちらをあの時と同じ笑顔で見つめているダリアの姿。いつもの無表情ではなく、本当に喜んでくれていることが分かる綺麗な笑顔で僕に拍手を送ってくれている。
そんな光景を僕は幻視し、その光景を与えてくれたハリーに感謝した瞬間……僕は、いや、僕らは臍の裏側の辺りを引っ張られるような感覚を覚え、気が付いた時には……何故か薄暗い空間に立っていた。
「な、なんだここは? もしかしてこの優勝杯は『
想像もしていなかった事態に困惑しながら僕らは当たりを見回す。
城を取り囲む山々はどこにもなく、暗い空間には所々墓と思しき物が乱立している。そして近くには丘があり、その上に古い館が建っていた。
ここはホグワーツとは全く違う場所にある、どことも知らない墓場であることに間違いはなかった。
何故僕らは優勝杯を掴んだと同時にこんな所に連れてこられたのだろう。これが三大魔法学校対抗試合の続きであればいいのだが、あまりに薄気味悪い場所に嫌な予感が止まらない。
『気を付けてください。迷路の中で何があるか分かりません。……試練とは関係ないような、何かもっと恐ろしいことが進行している可能性がある』
僕はダリアの試合直前の発言を思い出しながら、そっとあたりに杖を構えた。あの時は試合前の興奮で彼女の発言を深く考えなかったが、もしや彼女はこのことを言っていたのだろうか。
しかしそんなことを考えている暇はなく、今度は、
「ぐぁ! な、なんだ!」
僕同様辺りを見回していたハリーが、突然激痛に耐えるように頭を押さえながら倒れこんだのだ。
尋常ではない様子に僕はすぐにハリーに駆け寄る。
「ハリー、大丈夫か!?」
だがそれがいけなかったのだろう。
僕がハリーに駆け寄った隙に、暗がりから何者かが現れ、
「ワームテール、余計な奴は殺せ!」
『ア、アバダケダブラ!』
僕にあの呪文を浴びせたのだ。
声に振り返った僕の目の前に緑色の閃光が迫る。
僕が
「父さん……母さん……。ダ、ダリア……」
視界一杯に広がる緑色と、その中に見える