ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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別れの夜(中編)

 

 ダリア視点

 

今私の目の前では二つの花火が打ち上がっている。

それは紛れもなく、今迷路の中で何か異常事態が起こっていることを表していた。

 

「あれはもしや……救難信号ではないですか?」

 

「……そのようじゃのぅ。しかも同時に二つ。ただ事じゃないようじゃ」

 

老害の話を信じるのであれば、試練には最大限の安全策が講じられているはず。だが今目の前で起こったことはどうなのだろうか。救難信号が上がるということは、それは代表選手の誰かが命の危険にあることを表している。一般の生徒ならいざ知らず、代表選手にまで選ばれた彼等が命の危険以外で救難信号を上げるとは考えずらい。

それを彼らの誰かが上げた。しかも二人同時に。これを異常事態と言わずに何と言うのか。

ダンブルドアも流石にそのことは分かっているのか、救難信号を確認した瞬間立ち上がる。そして私にどこか有無を言わせぬ口調で話しかけてきた。

 

「すまぬがダリア。一緒についてきてはもらえんかのぅ。お主も分かっておる通り、何か良からぬことが迷路内で起こっておる。学内一の聡明さを誇るお主の意見も聞きたいのじゃ」

 

「えぇ、勿論です」

 

それに私は一も二もなく頷く。何か起こった時即座に情報を得られるためにここに座っていたのだ。それこそいけ好かない老害の隣に座ってまで。ここで行かないという選択肢など私には存在しない。……たとえ私の監視を続けるための方便だとしても、今それを議論している暇はないのだ。

しかしそれに、

 

「ダ、ダリアも行くの!?」

 

「ダンブルドア! またダリアをこんなものに連れまわして! 一体お前はどういうつもりだ!?」

 

「落ち着いて下さい、ダフネ、お兄様。これは別に付き合わされているわけではありません。私が今何が迷路の中で起こっているかを知りたいだけなのです。ですからお二人はここで待っていてください」

 

お兄様達までつき合わせる必要性はない。

私が立ち上がると同時にお兄様達が抗議の声を上げるが、私は即座に彼らの言葉を抑える。だがそれでもお兄様の意志は強いらしく、更に抗議の言葉を続けるのだった。

 

「……なら僕達も連れていけ。お前が最近何か不安げにしていることは僕だって知っている。お前が何を考えているかは知らないし、今ここで聞く気はないが、ただ傍に居ることだけは出来る」

 

「そうだよ! これ以上貴女を放っておくことなんて出来ない! こんな嫌な奴の傍に居て、ダリアが苦しくないはずなんてない! だからせめて私達もついて行かせて!」

 

あまりの意志の固さに寧ろ私の方が気圧されてしまう。全てを隠し遂せているとは思っていなかったが、やはり私が最近不安な気持ちで過ごしていることはバレていたらしい。ここまで強硬に反対されるとは思ってもいなかった。

そこで私は一瞬逡巡し、二人をどうするかどうか考える。答えはすぐに出た。この学校で一番安全な場所はどこかと考えれば、おのずと答えは出る。一度は反射的にここに残るようお願いしたが、

 

「……分かりました。では決して私の傍を離れないで下さい。そういうことで校長。二人にも同行してもらいますが、よろしいですね?」

 

よく考えれば別に二人を態々ここに残しておく必要性はないのだ。

迷路に突入するなら話は別だが、ダンブルドアもそこまで私を連れまわすことはないだろう。ならばこの学校で一番安全な場所はこの老害の傍に他ならない。それに今は緊急時。ここで二人を説得している時間はあまりない。それはダンブルドアも同じだ。ここで話している暇も、そして二人に私の情報を聞き出すために『開心術』を使う暇もないはず。

なら二人を連れて行かない理由はない。

そしてそれは老害の方も分かっているのだろう。一瞬苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてはいたが、即座に私達に先を促した。

 

「……良かろう。ダリアにマルフォイ君、そしてミス・グリーングラス。ワシについてきておくれ」

 

私達はダンブルドアのどこか諦めたような言葉の後、即座に行動を開始する。観客席を降り、迷路の入り口まで歩みを進める。すると老害は守護霊の呪文を唱えたかと思うと、

 

「セブルス、ミネルバ、それにアラスター。今手が空いておるようであれば、入り口まで戻ってきておくれ。そして迷路で何が起こっておるか説明してほしい」

 

不死鳥の形をした靄にメッセージを託して送り出したのだった。

果たして効果はすぐに現れた。スネイプ先生とマクゴナガル先生が同時に迷路の入り口から現れる。……二人ともそれぞれ、ビクトール・クラムとフラー・デラクールを魔法で浮遊させた状態ではあったが。どうやら先程の救難信号を打ち上げたのはこの二人であるらしい。

入り口から現れた瞬間、まずスネイプ先生が口を開く。先生も今が異常事態であることを把握しているのだろう。一瞬後ろに控える私達に目を見開くが、今はそれを議論している暇はないと考えたのか前置きもなく言葉を発した。

 

「二人とも迷路の内で気絶しておりました。ただ命に別状はない様子です。詳しいことは医務室に連れて行かねば分からないでしょうがな。ただ一つだけ問題が……」

 

先生はそこで一度言葉を切り、どこか戸惑った様子で言葉を続けた。

 

「直前呪文で調べたところ、二名とも救難信号は出していませんでした。それどころかビクトール・クラムの方は……『磔の呪文』を行使した痕跡が」

 

想定外の報告にその場にいた全員が唖然とする。特に私を含めたスリザリン三人の驚きはひとしおだった。そこまでビクトール・クラムと話した時間が長かったわけではない。寧ろ警戒していたため彼と話す時間は最小限にとどめていた。全てはカルカロフ校長に届く情報を最小限にするために。ただその中でもビクトール・クラムのこと自体を疑ったことはそこまでない。少し話しただけでも彼が実直な性格であることは分る。だからこそグレンジャーさんのパートナーに推薦したのだ。そうでなければダフネの親友である彼女に彼を推薦するものか。

だからこそあり得ないと私達は思った。彼が『磔の呪文』を人に使うはずがない。だが直前呪文で調べた限りでは、彼の杖は確実に『磔の呪文』を行使している。到底信じられることではない。想定外のことが迷路の中で進行している。

それに……

 

「何と言うことじゃ。彼には起きた時に何が起こったのか聞かねばならんのぅ。それに……アラスターはどうしたのじゃ?」

 

もう一人外に来るよう指示されたあのクズ教師がまだ現れていない。

ダンブルドアの質問に、今度は厳しい表情浮かべていたマクゴナガル先生が答えた。

 

「アラスターなら先程迷路内で会いました。まだポッターが中で試練に挑んでいるため、自分はまだ迷路内に残ると。それにポッターもミスター・ディゴリー、()()()()今何の問題もなく試練をこなしているとも」

 

何故かとてつもない違和感を感じた。

クズ教師の伝言にはどこも矛盾している点はない。気絶している代表選手二人を運んでいるスネイプ先生とマクゴナガル先生はともかく、いくら校長の命令でも迷路内をがら空きにするわけにはいかない。それは間違っていない。

でも二人とも何の問題もなく試練をこなしている?

代表選手が二人同時に脱落し、その内一人は『磔の呪文』を使った可能性があるのに? 

私には他の二人が問題なく試練に臨めているとは到底思えなかった。

 

「セドリック……」

 

私は小さく一人の代表選手の名前を呟きながら、目の前にそびえる生け垣を見つめる。

 

 

 

 

もうそこには、いやもうこの世界のどこにも……彼の姿などないことも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

「セ、セドリック?」

 

何もかもが信じられなかった。今僕の目の前ではセドリックが大の字に倒れ伏しており、先程からピクリとも動かない。目は見開かれ、無機質な灰色の瞳は何も映してはいない。表情も少し驚いたような表情で固定されている。

 

信じられないことに……彼はどこからどう見ても()()()()()のだ。

 

数分前まで一緒に試練を乗り越えていたのに。優勝杯を共に取ろうと笑いあっていたのに。……ようやく彼と本当の意味で向き合えた気がしたのに。

彼は何の脈絡も、何の前触れもなく……僕の目の前で殺されていた。

信じられなかった。受け入れられなかった。信じられないという以外の全ての感覚が麻痺していた。頭痛と理解不能な感情で何も考えることが出来ない。

そんな硬直する僕をピーター・ペティグリューは引きずり、無理やりある墓石の上に縛り付ける。

 

その墓石には……『トム・リドル』と銘が刻まれていた。

 

縛り付けられた僕の目の前で事態は進んでゆく。ピーターは僕を墓石に縛り付けると、今まで小脇に持っていた小包を抱え直し、その小包に丁寧な口調で話しかけたのだ。

 

「ポ、ポッターを拘束しました、ご主人様」

 

そして驚いたことに……その小包から奴に返事がされる。

 

「よくやった! では大鍋で湯を沸かし、その中に俺様を入れるのだ! その後は手はず通りにな!」

 

それは先程セドリックの殺害を指示した声だった。身の毛のよだつような甲高い声。まるでこの世のものとは思えないような冷たい声。

でも僕は何故かこの声をどこかで……。ずっと昔どころか、つい最近聞いたような気がする。驚きでまるで靄がかかったような思考のせいか、声だけでは中々思い出すことが出来ない。

しかしその疑問はすぐに氷解することになる。ピーターが包みを開くとそこには、

 

「ヴォ、ヴォルデモート……!」

 

夢にまで見た奴がいたから。

縮こまった人間の子供の様な姿。ただそれは普通の子供などではなく、髪の毛はない上、肌も鱗に覆われたようなどす黒い色をしている。そして手足は異様に細長い形をしており、その顔は蛇の様なのっぺりした顔で、目はギラギラとした赤色をしていた。

たとえ弱弱しい姿をしていても僕には分る。

こいつこそが僕の両親を殺し……そして今セドリックまで殺した奴なのだと。

僕は奴を見た瞬間、恐怖と怒りに絶叫する。でもそれに頓着することなくピーターは指示通りどこからか取り出した大鍋に湯を沸かすと、奴をグラグラと沸き立つ湯の中に入れた。それで死んでしまえばいいと思ったが、話はそう簡単には進まない。

ピーターが間髪入れず何かの呪文を唱え始める。

 

『父の骨、知らぬ間に与えられん。父親は息子を蘇らせん』

 

その瞬間僕が縛り付けられている墓の足元が割れ、中から細かい塵のような物が浮かび上がり、奴が今しがた入っている鍋の中に降り注いでいく。

すると今までただのお湯だった水が突然鮮やかな毒々しい青色に変わった。

もはや何か悪いことが着実に進行していることは火を見るより明らかだ。

ピーターは今度はヒーヒー泣きながら、マントの袖から銀色に輝く短剣を取り出す。

そして、

 

『し、僕の肉、よ、喜んで差し出されん。僕はご主人様を……蘇らせん!』

 

自身の右手首にあてると、それを勢いよく切り落としたのだ。辺りにピーターの絶叫が響き渡る。もはや苦痛に息も絶え絶えな様子だ。なのにそこで儀式が終わればいいものを、

 

『敵の血……力づくで奪われん。汝は敵を蘇らせん』

 

最後に僕の方ににじり寄ると僕の腕に短刀を突き立て、血を回収すると再びそれを鍋に入れたのだ。

もはや棍棒で殴りつけられたような頭痛と腕の痛みを感じ、恥も外聞もなくもがき苦しむ僕を横目にピーターが呪文を唱え終える。

大鍋はグツグツと煮えたちながら、四方八方にダイヤモンドのような閃光を放っている。

 

そしてその閃光が止まった時、

 

「ローブを着せろ、ワームテール」

 

大鍋の中からゆっくりと、まるで骸骨のようにやせ細った高い影が立ち上がった。

 

 

 

 

骸骨よりも白い顔、細長い真っ赤な不気味な目。蛇のように平らな鼻に、切れ込みを入れたような鼻の孔。

 

……ヴォルデモート卿が()()したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴォルデモート視点

 

死を克服し、もはや悠久の時を生きる力を得た俺様にとって、しかしながらこの13年という年月は実に長く……そして惨めなものだった。

だがそれも今終わった。ようやくこの時が来た。今までの虫けらにも劣る状態とは違う。俺様は今ようやく嘗ての力を、いやそれ以上の力を取り戻すことに成功したのだ。

俺様は大鍋を跨ぎ、草が生い茂る墓場に降り立ちながら自身の体を確かめる。我が父の墓に縛り付けられたハリーや、たかが腕を失ったごときですすり泣くワームテールの声が少々煩わしいが、そんなことは今の俺様にとっては些細な問題だ。

 

「あぁ……ようやくこの時が……」

 

体を得ると言うことは何と素晴らしいことなのだろうか。13年前まではごく当たり前だと思っていたことが、今この瞬間はとても愛おしいことのように思える。両手で自身の体があることを確かめ、その感触を存分に楽しむ。そして一通り感触を楽しんだ後、俺様は未だにすすり泣くワームテールに話しかけた。

無論この男を労うなどという無駄な行為のためではない。自身の体は取り戻した。ならば次に必要なのは、

 

「ワームテール。俺様の杖を出せ」

 

俺様を真の特別にする、俺様が魔法使いである証である杖だ。

しかし愚か者は痛みに囀るばかりで中々動こうとしない。全く本当に使えない男だ。まだやるべきことは山ほどあるというのに、何をボさっとしているのだ。一応この復活に際して貢献をしていたことから生かしてはいるが、本来ならすぐにでも殺しているところだ。俺様は舌打ちを一つすると、未だに地面に転がるワームテールのポケットを探り俺様の杖を取り出す。

そして杖の状態を一通り確かめると、俺様はいよいよ最後の仕上げに取り掛かった。

 

「さて……これで何人戻ってくることか」

 

俺様は自身の偉大な力を取り戻しても、未だに全ての力を取り戻したとは言えぬ。それは組織力。嘗て魔法界を支配した程の組織力は地に落ちている。俺様を再び真に特別な存在にするには、俺様に忠実な僕である『死喰い人』の存在が必要なのだ。体を取り戻した今、俺様には奴らを呼び寄せる手段がある。

真に忠実な僕の多くはアズカバンに。一人はアズカバンから抜け出し、今はホグワーツで俺様の命じた仕事を。……そして奴らを統べるべく俺様の作った()()は、今もホグワーツにて研鑽を積んでいる。あれらを呼び寄せることは現在は不可能であるが、それ以外の連中を呼び寄せることは出来る。

何人戻ってくるかは分からぬ。戻ってきたとしても、約一名を()()()ある程度の仕置きは必要だ。

だがその洗礼の儀式を終えれば、再び俺様の復活は絶対的なものとすることが出来る。

 

今こそ俺様は、真の家族を取り戻す。そして再び偉大な存在に……特別な存在に返り咲くのだ。

 

そんな僅かな怒りと、それを上回る喜びを胸に、俺様は杖をワームテールの腕に押し当てる。片方の腕に描かれた、俺様の力を示す『闇の印』へと。

痛みのためかワームテールが再び耳障りな叫び声を上げるが、そんなものに俺様が頓着することはない。

俺様は叫び声に寧ろ笑みを強めながら、今から起こるであろう光景に思いを馳せた。

 

「あぁ、楽しみだ。実に……楽しみだ。お前もそうであろぅ、ハリー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルシウス視点

 

腕に激しい痛みを感じ、ローブを肘まで捲ればそこには未だかつてない程色濃い状態の『闇の印』が描かれていた。

それこそ嘗て闇の帝王が御健在だった頃程の……。

私はその『闇の印』を見て気付く。

 

あぁ、遂にこの日が()()()()()()のだと……。

 

何の手段も講じなかったわけではない。あの腕の痛みを感じた日からというもの、他の死喰い人と共にこの日に備えて準備を進めていた。警備の厚いクィディッチ・ワールドカップで騒ぎを起こし、魔法省にも盛んに根回しをしていた。いつ闇の帝王が復活しても……私が、いや、私の家族が決して裏切り者扱いされないように。

しかしそれでも準備不足としか言いようがなかった。闇の帝王は決して裏切り者をお許しにならない。亡くなったと早合点していたとはいえ、私はその消息を探そうともしなかったのだ。しかも『服従の呪文』にかけられただけと言い訳した上で……。闇の帝王がお許しになるはずがない。私が助かるためには、その失態を上回る功績を急ぎ成し遂げるしかない。いや、成し遂げるしかなかったのだ。全てが手遅れ。

この腕の痛みを感じるということは、遂に闇の帝王は復活し、我々死喰い人に今この瞬間に召集をかけていることだから。

もう時間はない。こうして躊躇している間にも、刻一刻と闇の帝王の心象は悪くなっているに違いない。

かくなる上は、

 

「せめて()()()()でも守らねばな……」

 

覚悟を決めて帝王の下に急ぎはせ参じるしかないのだ。

私はフードを深く被ると、死喰い人に与えられた髑髏の仮面を被る。そして……遂に13年ぶりに闇の帝王の下に姿現しを行う。

印を通して感じた場所は墓場だった。薄暗く、広い空間の所々に墓が立ち並んでいる。

その空間に、

 

「あぁ……我が君……」

 

やはりあのお方が佇んでいた。13年前。闇の帝王がお隠れになる直前と全く同じ姿形で。

何もかもを超越したような、まるで大蛇を思い起こさせる顔立ち。醸し出す空気は冷たく、一目で絶対的な強者であることが肌で感じられる。

……ここに来る時に覚悟を決めたつもりでいたが、そうではなかったらしい。闇の印が疼くのを感じていたが、やはり10年以上も信じていた認識を中々覆すことは出来なかったのだろう。

だが今は違う。今この瞬間、私は心の底から実感し、今目の前にある光景を信じた。

 

本当に闇の帝王は復活したのだと。

 

私は10年以上前まで絶対の忠誠を捧げていたお方に自然な形で近づき、その黒いローブの裾にキスする。そしてそれは私だけではなかった。辺りにバシリという音が響き、いくつもの影が墓場に突然現れる。それらは全員私と同じ仮面を被っており、誰かは判別できないが全員死喰い人であることが分かる。奴らは私同様一瞬闇の帝王に瞠目すると、やはり自然な形で近づき帝王の御傍に跪いたのだった。

闇の帝王はそんな我々を一瞥すると、静かな口調で話し始めた。

それはやはり13年前までよく聞いていた、聞いているだけで背筋が凍るような冷たい声だった。

 

「よく来た。我が忠実なる僕であり、俺様の真の家族と言える『死喰い人』達よ。13年……最後に我々があってから13年が経った。しかしお前達はそれが昨日のことであったかのように、今また俺様の呼びかけに応えた。やはりお前達は俺様の真の家族だ。我々は『闇の印』の下に結ばれておるのだ」

 

静かな口調。それこそ何の感情も感じさせない程の。

しかし私を含めた死喰い人全員が肩を恐怖で震わせる。全員が悟ったのだ。これは決して許されていない。これは闇の帝王が怒りを露にする前兆でしかない。そしてその認識は正しかった。静かな口調から一転激情を滲ませた声音で続けた。

 

「だが……これはどうしたことだ? 俺様にはお前達全員、無傷で健やかな状態に見える。魔力も全く失ってはおらん。今ここに来れず、今もアズカバンにおる真に俺様に忠実な死喰い人がおるにも関わらずだ! 何故今お前達は五体満足でここにおり、13年もの間俺様を放置したのか? 俺様は甚だ疑問だ。だから俺様は自問自答する。こやつらは信じたのだ。俺様がたかが赤ん坊如きの力に打ち破られ、死体も残らぬほど打ち据えられたのだと。俺様は死をとうの昔に克服しているにも関わらず……。そしてそんな愚かな考えに染まったこやつらは、あろうことか敵に無罪を主張し、まんまと敵の間にスルリと戻ったのだ。あぁ、失望した。俺様は失望させられたと告白する。どの面を下げて俺様の下にはせ参じたのだとな」

 

もはや恐怖しか感じなかった。やはり許されてなどいなかった。今までの対策は全くと言っていい程間に合ってはいなかったのだ。

恐怖のあまり、遂には隣にいた死喰い人の一人が闇の帝王の言葉を遮って大声を上げ始める。仮面で顔は見えないが、それはクラッブのもので間違いなかった。

 

「わ、我が君! ど、どうかお許しを! 我々は……いえ、私は決してご主人様を放置してなど、」

 

『クルーシオ、苦しめ!』

 

しかし即座にクラッブの声は途絶える。次の瞬間には奴は悲鳴を上げながら地面をのたうち回り、墓場には奴の悲鳴のみが響き渡る。

そして闇の帝王は一頻り悲鳴を楽しんだ後に、息も見絶え絶えの奴に話しかけ、

 

「何を勘違いしている、クラッブよ。許す? 何を戯言を言っておるのだ? 俺様は決して許さぬ。忘れぬ。13年だぞ。13年も俺様を放置したのだ。その分のツケは払ってもらうぞ。……勿論この場にいる()()全員にな。クルーシオ、苦しめ!」

 

そんな宣言と共に小さく悲鳴を上げる他の死喰い人達に杖を向けた。杖を向けられた全員がクラッブと同じく悲鳴を上げながら地面をのたうち回る。

 

……杖を向けられず、拷問もされずに立ち尽くすのは()()()だった。

 

周りでのたうち回る死喰い人達を恐怖の視線で見つめながら私は必死に頭を回転させる。

何故私は見逃されたのだろうか。いや、そもそも私は見逃されたのだろうか。これから『磔の呪文』とは言わず、もっと恐ろしい呪文……『死の呪文』をかけられてしまうのではないだろうか。もっとも早く敵の手元に潜り込み、今も純血貴族に相応しい生活を送れているのだ。殺される可能性とて十分にある。この危機を切り抜けるにはどうすればよいのだろうか。私は今殺されるわけにはいかない。私が殺されれば、私は息子たちの成長を見守ることも出来なくなる。それどころか息子達すら裏切り者として扱われるかもしれない。それだけは避けなければならない。

だがそう必死に考えても、いざ闇の帝王が私の目の前に迫ってこられた時に私に出来たことは、

 

「わ、我が君。わ、私は常に準備をしておりました。貴方様のなんらかの印があれば、必ずやご主人様の、」

 

クラッブと何も変わらない、ただの命乞いのような言葉だけだった。

これでは闇の帝王をより不快にさせてしまうだけだ。しかしいよいよ闇の帝王が私の目の前に立った時、帝王が口にされたのは他の死喰い人に対する冷たい言葉ではなく……意外にもどこか愉快そうなものですらあった。

 

「あぁ、ルシウスよ。そう怯えずともよい。俺様は言ったはずだ。この場にいるほぼ全員に罰を与えるとな。その中での例外は、お前とそこに転がっているワームテールのことだ。確かにお前は俺様を探しはしなかった。だがお前は俺様の命じた役目を十分果たしている。たしか()()()()()()()()()……そうお前は名前を付けたのだったな、()()に」

 

私は突然闇の帝王の口から出てきた名前に驚き目を見開く。視界の端で、何故そこにいるのかは分からないがとある墓に縛り付けられた状態の()()()()()()()()()目を見開いているが、今はそんなことに頓着している暇はない。

……確かにダリアはそもそも闇の帝王が私に預けた子供だ。死喰い人を統べるため、更に強大な死喰い人を育て上げる。そのために闇の帝王が私の娘として与えて下さったことがそもそもの始まりだ。闇の帝王がお亡くなりになったと考えても、私は出来るだけその目的に沿う形でダリアを育ててきた。純血の偉大さを体現する、誰よりも優れた娘として。マグル殺しこそさせることはなかったが、いつどこに出しても恥ずかしくない()()()()であるはずだ。その点で言えば、闇の帝王が当初求めた目標をクリアしていると言える。

だがまさか今闇の帝王がそのようなことを仰るとは夢にも思っていなかった。

 

……いや、それは正確ではない。私は自身の思考に僅かな違和感を覚える。

私は闇の帝王に言われる瞬間まで、ダリアの生い立ちをすっかり()()()()()()()。自分であの子を死喰い人として育てたにも関わらず……。

しかしそんな雑音交りの思考をする私を捨て置き、やはり闇の帝王は機嫌よさそうに続ける。

 

「俺様は3年前にアレの成長ぶりを聞いておるぞ。実によく育っていると。当に俺様の望んだ、お前達死喰い人を統べるに相応しい存在だ。後は俺様も多少の知識を与えるとしよう。更に強く、そして冷酷な存在にするためにな。その土台を作るのに、お前は見事役目を果たした。それをもってお前の罪を許そうではないか。どうだ、ありがたいだろぅ、ルシウス?」

 

「は、はい。勿論でございます、我が君」

 

半ば反射的に答えた私の返事に満足されたのか、闇の帝王はやはり私に何の呪文もかけることもなく次の僕の下へと向かう。

そして茫然自失する私を他所に、

 

「ワームテール。お前もその例外の一人だ。嬉しかろう? お前は俺様の下に戻ったのは忠誠心からなどではない。その上……ここにいる者はまだ知らぬだろうが、この者こそが俺様にポッター家の情報をもたらした張本人だ。お蔭で俺様は13年もの間実に惨めな時間を過ごす羽目になった。だが寛大な俺様はお前を許そう。お前がおらねば、俺様は体を取り戻すことすら叶わなかった。俺様は助ける者には褒美を与える。ほら、これがお前の新しい腕だ。今までの貧相な腕より使い心地がいいはずだ。これをもってお前への褒美とする。決して俺様への忠誠心を揺るがすなよ」

 

今まで地面に転がっていた小男の下に向かうのだった。

魔法で出来た銀色の腕を歓喜の表情で受け入れる小男をはた目に、私はようやく自身が助かったことを理解しながら荒い息を整える。

何故かは分からない……いや、私の今までの行動のお陰ではなく、()()()()()()()私は助かった。この一年気が気ではなかったが、何とか命を繋ぐことには成功した。これで家族が裏切り者の一族として扱われることもなくなっただろう。それどころかこれまで以上の待遇すら望めるかもしれない。

そこまで考えた私はようやく安堵のため息を吐き、寧ろこれからのことを考える。

何とか許された、それどころかお褒めの言葉すら頂けたのだ。これは好機だ。我がマルフォイ家が闇の帝王の下で確固たる権力を得るまたとない機会だ。そうすれば我々は更に純血貴族の中でも特異な存在になることが出来る。ダリアも()()()()()()()、闇の帝王の右腕として……それこそマルフォイ家である以上に偉大な存在になることが出来る。

だから私は……ダリアはもっと闇の帝王の力になれるよう励まねば。

 

そう……私は考えたのだった。

それがダリアの望む答えではないとも知らずに。

 

 

 

 

おそらく私は、いや闇の帝王すら意識してなどいなかっただろう。

この瞬間私を含むマルフォイ家は全員、闇の帝王のダリアに対する()()になったのだ。

 

内心では闇の帝王にいい感情を抱いていなかったダリアが、決してあのお方を裏切れないようにするための……。

 

この瞬間、ダリアは本当の意味で未来への選択肢を失ってしまったのだった。

 


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