ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ダフネ視点
「ダリア……話して」
最終試練が終わった数時間後、どこかに行ったと思ったら、またふらりと戻ってきて談話室のソファーで項垂れているダリアに話しかける。
セドリック・ディゴリーの遺体を見てからというもの、ダリアの様子が明らかにおかしいのだ。どういう目的でダリアが彼に近づいていたかは知らないし、どうして彼が死ぬことでここまで様子がおかしくなるのかも分からない。
でもダリアが今とても悲しんでいることだけは私にだって分かる。傍から見れば彼女はいつもと同じ無表情なのかもしれないけど、親友である私には分かるのだ。
ならばもう黙っているわけにはいかない。秘密の部屋事件の時に犯した間違いを再び犯さないために、私にはもう沈黙は許されない。これまではダリアの心の整理がつくまで見守ろうとドラコと話していたけど、ここが最終ラインだ。ダリアが落ち込んだのならもう話さないわけにはいかない。
だから私は一人ソファーに座るダリアにそっと話しかける。他のスリザリン生はまだ外で噂話に花を咲かせているのだろう。今談話室の中には私とダリア、そしてただ黙って彼女の頭を撫で続けているドラコしかいない。
もうここで話すしかないのだ。たとえそれが……どんなに苦しくて、恐ろしい話であっても、
「ダリアが話したくないことは分かっているよ。……それも私のことを思ってくれているからだよね? でも……それを知らないと前には進めない。それを知らなければ、私は結局中途半端にしか貴女の悩みを分かってあげられない。もう私は貴女の苦しむ姿を黙って見ていることなんて出来ない。だから……教えて。一体何が起こったの? 私は貴女の力になりたいの」
彼女が話しにくそうにしていたことについて尋ねるしかないのだ。
そしてそんな私の思いを分かってくれたのか、ダリアも暗く沈んだ瞳をこちらに一瞬向けると静かに話し始める。
「……そうですね。もうこの段階になって隠しても無意味です。隠せば隠す程、寧ろ危険は増していく。本当はこんなことになる前に……。あぁ、本当に……全てが無意味だったのですね」
前置きにしてはあまりに暗い言葉。でも私とドラコはそんなため息交じりな言葉であっても、ダリアがようやく私に事情を話してくれるということ事実を一瞬喜んでいた。
これでようやく彼女の力になれる。どんな事実を話されようとも、私達が必ずダリアの力になってみせる。そう思い、私達は一瞬
それが本当に……
「……
「っ……」
「……え?」
私と、そしてダリアの後ろにいたドラコはその名を聞いた瞬間、今までの歓喜から一転恐怖に身を凍らせる。それはこの世界で最も恐ろしい者の名前だから。
……実のところ答えの予想自体は薄々出来ていた。クィディッチ・ワールドカップの時に打ち上げられた『闇の印』。『死喰い人』達の行動を予め知っていたかのようなダリアの態度。ポッターを狙い撃ちするかのごとき策略。ダリアがここまでひた隠しにする程恐ろしい人物。そんな人物は私の知っている限り一人しか存在しない。
それにダリアが何かに悩み苦しんでいる時は、自身の出生についてのことが多い。吸血鬼と史上最悪の闇の魔法使いの血を掛け合わせて造られた、人を殺すためだけの存在意義。ダリアの悩みは大体の場合ここに起因している。
だからこそ、その全てに共通している人物などたった一人しかいないのだ。
全ての元凶……10数年前まで多くの魔法使いやマグルを殺し、魔法界を恐怖のどん底に陥れた闇の魔法使い。『
今年一年起こり続けている一連の事件が全て繋がっており、それらの全てがダリアの悩みになっているとするとそれしか考えられない。
しかしダリアの態度からある程度予想していたとはいえ、別に以前からそうだと思っていたわけではない。
いや、
ここまでダリアが悩むなら、もしやまた闇の帝王や自身の出生に関する悩みだろうか。そんなことを薄々考えていたにすぎない。だからその可能性からずっと目を逸らし続けていた。
何より闇の帝王は世間では死んだことになっているのだ。何故今頃になって『あの人』が戻ってくるのだろうか。
どんなものであってもダリアの話をキチンと受け止める。そう思っていても、『例のあの人』と聞いて顔に浮かんでしまった恐怖を感じ取られてしまったのだろう。ダリアが申し訳なさそうな無表情を浮かべながら話しかけてくる。
「ごめんなさい、ダフネ、お兄様。本当は言いたくなかった。貴女達を怖がらせてしまうから。でも奴が復活した今、もう一刻の猶予もない。本当は、」
「ううん。いいの、ダリア。大丈夫。少しだけ……驚いただけだから。でも……そっか、『闇の帝王』か。で、でも、なんで今更? あの人は死んだと聞いていたのだけど。ダリアはどうして『あの人』が帰ってきたと思ったの?」
でも今更やっぱり信じられないなんて言えるわけがない。言うつもりもない。ダリアがそう言うのなら、間違いなくそれは今起こっている事実なのだ。
ただ話の大きさからすぐに完全に納得できないだけ。
根拠を尋ねる私に、ダリアが相変わらず申し訳なさそうな無表情で続けた。
「……最初の予兆はお父様の腕に浮かんだ『闇の印』でした。ダフネも私のお父様がかつては『死喰い人』であったことは知っていますよね? そんなお父様の腕に刻まれた闇の印。お父様によれば、闇の帝王がポッターに討たれた直後から、その印はほとんど見えない程薄いものに変わっていたそうです。だからこそお父様も疾うの昔に闇の帝王は倒れたものと判断していたのです。……ですがそれがまた浮かび上がってきた。それは紛れもなく闇の帝王が蘇った……死んでいなかった証。それから続けざまにクィディッチ・ワールドカップで闇の印が打ち上げられ、三大対抗試合が始まったかと思うと絶対に選ばれるはずのない人間が代表選手になった。だからこそ私は……」
ダリアはそこで一度言葉を切り、今度は先程と同じ悲しい表情に戻りながら話し始める。
その瞬間、私は……いや、私達は気付いた。
「だからこそ私は……セドリックを
ダリアの言葉に私とドラコは絶句していた。
勿論内容があまりに想像を超えていたということもある。闇の帝王関連のことであると薄々予想していたし、ダリアが裏でコソコソ何かしていることも知っていた。でもまさか私達の知らない裏で、ここまでダリアが色々なことを考えて行動していたとは思いもしなかったのだ。特にダリアの家族ですらあるドラコはいくら情報を隠されていたとはいえ、それでも一切この事実に気付いていなかった自分に恥じ入っている様子だった。
でも私とドラコが絶句した本当の理由はそんなことではない。
私達は本当に驚き、そして自分達の犯してしまった罪を今自覚したのだ。
セドリック・ディゴリーの話をした時、ダリアの表情が今まで以上に悲しそうなものに変わったから。
無表情であることに変わりはない。おそらくダリア本人ですら自身の表情の変化に気がついてはいないだろう。でも私達には分かる。彼女は本当にセドリック・ディゴリーの死を悼み、その死を自身の罪だと認識しているのだ。一度だけ彼とダリアが話しているのを見たことがあり、あの時の様子から別に
それこそ彼の死に対し、ここまで悲しい思いを抱くほどに。
私は悲しそうな無表情を浮かべるダリアに抱き着き、必死に声をかける。現状を全て理解したとは言い難いけど、それでも今私は彼女に言わないといけないと思ったのだ。
「ダリア、違うよ! そんな顔をしないで! ダリアが殺したわけじゃない! 私はダリアが今年何をしていたか本当に理解しているわけじゃない! でもこれだけは言える! ダリアは決してセドリック・ディゴリーを殺したわけじゃない! 貴女はただ彼が死んだことで困惑しているだけ! 貴女は人を殺したりなんてしない! それだけは絶対! だからダリア、どうか自分を責めないで! そんな表情をしないで!」
そしてその思いはドラコも同じなのか、私に続いてダリアに声をかける。
「そうだ、ダフネの言う通りだ。ダリア、確かに僕はお前と同じ屋敷に住んでいながら、今年起こっていたことにほとんど気付くことが出来なかった。僕は本当に不甲斐ないお前のあ……家族だと思う。だがそれでもそんな僕にだって分かることはある。お前は何も悪くない。お前はただ困惑しているだけだ。僕はセドリック・ディゴリーがどんな奴かなんて知らないが、あいつが優勝したのはあいつ自身の実力のお陰だ。お前が何をしようと、あいつは今年死ぬ運命だったんだ。だからダリア……お前が責任を感じる必要なんて無い。お前はセドリックを殺してなんていない。それより約束してくれ。もうこんな風に隠し事するのは止めてくれ。僕達は確かに不甲斐ないし、お前にとっては頼りないかもしれない。でも僕らはお前の味方だ。だからこれからはこんな重要なことを隠そうとするな。そうすれば僕等だってお前の力に……」
「いえ、ダフネ、お兄様。違うのです。私は確かに彼を殺したのです。何度も引き返せる瞬間はあった。それこそ優勝すれば彼に危険が及ぶやもと考えたこともあった。……ですがそれでも私は彼をただの駒として、彼を優勝へと焚き付けつづけた。これを殺したと言わずに何と言うのですか……。私は人を殺してしまったのです。その上涙の一つすら流すことも出来ない……」
しかし私達の言葉はダリアに届いている様子はなかった。
私達の言葉に対しダリアは一瞬寂しそうな表情で返した後、やはり暗い表情で俯き小さな呟きを漏らす。
「私はやはり怪物だった。でも、それでもやるべきことは変わらない。次こそは絶対に、私が貴女達を守ってみせる。……だから」
漏れ聞こえてきた言葉には相変わらず深い悲しみが刻まれている。私達の慰めなど少しも届いていない。
それは……もう無力でしかなかった私達にはどうすることも出来ない程、今年始まった悲劇が進んでいることを表しているようだった。
つい数時間前まで幸せな時間を過ごしていたのが嘘のようだ。
スリザリン寮は地下にあるため音は聞こえないけど、パンジー達が帰ってきていないことから未だに外で他の寮生から情報収集でもしているのだろう。
まるで噂話を楽しむかのように。パンジー達だけではなく、この学校の生徒全員が。
今この三大対抗魔法試合の裏で何が起こっていたのかも知らずに。……その過程でダリアがどれだけ苦しんでいたかも知らずに。
今年一年、ただ親友とダンスパーティーに行けるなんてはしゃいでいた私の様に。
ダリアの悩みを放置し続けていた私のように。
でも
『例のあの人』が復活するということがどういうことなのか……それが一体何の始まりを表すことなのか、私には、いや、
人は正義や、ましてや善人かどうかなんて関係なく、ただそれに巻き込まれたというだけで殺し合い、そして死んでいくのだということを。
その人がどんな生まれで、どんな人生を歩み、どんな悩みを持って、どんな信念を持っていようとも……それは一切の躊躇もなく、無秩序に人の命を奪うのだということを。
そんなどうしようもない事実を……私達は実際にそれが起こってから知ることになる。
もうすぐ……魔法界を混沌の渦に陥れる
ルシウス視点
私は本来であれば
本来この屋敷の主がいるべき書斎は
私は一人椅子に座り、部屋の外に見える中庭を眺めながら呟く。
「これでよいのだ。これでようやく難を逃れることが出来た。だからこれで……」
考えれば考える程、マルフォイ家の明るい未来が脳裏に浮かぶようだ。
私を含めた全員が跪く前で、それこそ闇の帝王以上のオーラを醸し出しながら私達を見下ろすダリア。そしてそんな彼女の父親として闇の帝王にも一目置かれる私。今まで以上に贅沢な暮らしをすることが出来る家族。ダリアの立場が本物になれば、それは遠からず必ずやってくる未来だと言える。今年一年どうなるかと思ったが、今や闇の帝王の復活に対する恐怖など微塵もない。あの
だが、
「あなた……少しいいかしら?」
この家でそう考えているのは、どうやら私だけであるようだった。
ドラコは帰ってきた時からずっとどこか不安そうな表情を浮かべており、シシーもこうしてことあるごとに私に話しかけ、
「なんだ、シシー? またいつもの話なら、」
「えぇ、でも、私は不安で仕方ないの……。本当に……本当にこれでいいのかしら? 何故か私、ずっと不安で……。ダリアは本当にこれで……」
いつも不安で仕方がないと言わんばかりの言葉を発するのだ。まるでこれではダリアが不幸になってしまう。そんなことを言わんばかりに。
だから私は何度でも言い聞かす。
「何度も言う。馬鹿なことを言うものではない、シシー。これこそが我々マルフォイ家が本来あるべき姿なのだ。闇の帝王はこの魔法界に
「……え、えぇ」
しかしシシーはやはり私の言葉にあまり納得した様子はなく、渋々と言った様子で元居た場所に戻ってゆく。あの様子ではまた消極的な発言を私にしてくることだろう。
まったく……彼女の気持ちが分からないわけではない。闇の帝王が復活した以上、元の生活を送ることは出来なくなる。私は任務に励まなければならぬし、ダリアも何かしらの責務を当られる可能性は高い。だからこそこれからの生活の変化を不安がる気持ちも分る。
だがそれでは私は一体どうすればいいというのか。
シシーの不安は分かっても、私にはこれ以上の答えなど出来はしない。何度考えても我々にこれ以外の選択肢はない。そしてこれこそが我々が最も幸福であり、正しくあれる道なのだ。
だから……
「これでよいのだ。だからこれで……ダリアも幸福になることが出来るのだ」
私は何度も繰り返す。シシーを納得させるために。そして……
繰り返さねば、私もシシー同様ジワジワと湧き上がり続ける不安に飲み込まれそうだったから。
……気を抜けば、
『初めまして、我が主。私の……
闇の帝王と遂に対面したダリアの、あの
偉大なお方に対面したというのに喜ぶでもなく、ただ無機質にあのお方を見つめるあの瞳を……。
私はダリアの父親であるにも関わらず、あの時のあの子の表情が読めなかった事実を直視したくないから。
私は繰り返す。ただ何度でも繰り返す。
「これでよいのだ。これで……」
だがそれでも、自分が何か決定的な間違いを犯し続けている。そんな不安は決して消えることはなかった。
次回騎士団開始