ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
裏切り者の末路
ダリア視点
7月の末。この日は私の
毎年のように新調したドレスを着飾り、家族に囲まれながらいつもより少しだけ豪勢な食事を摂る。お母様は私にいつもドレスをプレゼントして下さり、お父様はそんな着飾った私を微笑ましそうに撫でてくださる。……そしてお兄様も着飾った私に少し頬を赤らめながら、少しだけ不器用な口調で褒めてくださるのだ。
そんなどこにでも有り触れた、でも私にとってはどうしようもなく幸福な一日。
……自身を怪物ではなく、マルフォイ家の人間だと
それが私にとっての誕生日である……はずだった。
そう、この日までは。
「お、お許しください! わ、私は決して裏切ってなど……。いやだ! 死にたく、」
『クルーシオ!』
「ぎゃあぁぁぁ!」
本来私はこの時間、例年のようにマルフォイ家の屋敷で誕生日に向けた準備をしているはずだった。いつもであればお母様に手伝ってもらいながら、普通の母と娘のようなどこにでもある時間を過ごしていたはずなのだ。
しかし現実は違う。今の私は屋敷ではなく、どことも知らない掘立小屋の中におり、しかも共に時間を過ごしているのは家族などではなく……闇の帝王や死喰い人達。そして涙と涎で顔をグチャグチャにした
押し黙る死喰い人達の前で、カルカロフ校長は闇の帝王の呪文でのたうち回っている。そこには嘗て見たどこか気取ったような態度など微塵もない。今まさに地面を転がりまわっていることもあるが、その服もあちこちが擦り切れており、髭も無秩序に伸び続けている。この姿を見ただけで、彼がここまでなりふり構わず逃げてきたことが伺える。ここまで来るのに随分と苦労してきたのだろう。
でもその旅もここで終わる。彼はここで……遂に闇の帝王に捕まってしまったから。だから彼の運命はもう既に決まっているのだ。
叫んだことで口内のどこかが切れたのか、遂に口から血まで吐き出し始めた彼に闇の帝王が囁く。
「あぁ、カルカロフよ。そう恐れる必要などない。俺様は寛容だ。だからお前の罪を許し……俺様は最後に必ずやお前に
「……あ、あぁ。だ、誰か助け……て」
カルカロフ校長が体を引きずりながら、必死に帝王から逃げるかのようにこの小屋唯一の、私達の背後にのみある出口に向かって這う。そんな彼が横を通り過ぎるのを闇の帝王は黙って見つめており、遂に彼は私の近くにまで這い寄ることに成功していた。
だが来れたとしてもそこまでだ。カルカロフ校長がここで死ぬことには一切の変わりはない。もう彼にはどこにも逃げ場は残されてはいない。ここまで逃げても、彼はこうして見つかってしまったのだ。
しかも死喰い人達への
闇の帝王と……そして
そしてそんな彼らの心情を全て分かった上で、闇の帝王はそれでも心底楽しそうに言葉を続ける。これこそが必要な事であり、そして何より最高に楽しく……
「た、助けて! どうかお許しを! これからは貴方様に忠義を誓います! 決して貴方様を裏切るようなことは致しません! わ、私は貴方様の忠実な僕! ですから、」
「……実に滑稽な末路だ。こうして俺様に口では忠誠を誓いながらも、体は実に正直なようだな」
闇の帝王はそこでこちらに振り返る。表情は案の定満面の笑み。その笑顔を見た瞬間、ただでさえ凍り付いていた死喰い人達は肩を震わせている。不幸中の幸いはこの場にお父様……そして
お父様は私を育て上げたという功労がある上、今は魔法省での仕事があるためここにはいない。そしてスネイプ先生は老害の動向を探るためという名目でここには連れ出されてはいなかった。
まったく……先生は本当にうまく立ち回っている。羨ましい限りだ。先生が死喰い人として戻ってきたことにも驚いたが、まさか闇の帝王が戻ってきた時のために老害の傍に侍っていた……などという
別に先生に死んでほしかったわけではないが、ここまで上手く闇の帝王を騙せるのなら私の苦労は一体何なのだと思ってしまう。
それにスネイプ先生の本当の所属が私の予想通りなら……これからの学校生活はより厳しいものに変わってしまうことになる。この段になればもはや今更の話であるが、鬱陶しいことに変わりはない。まったく先が思いやられるばかりだ。
しかしそんな
そして遂にその瞬間がやってきた。
「い、嫌だ! こ、こんなはずじゃなかったんだ! 私はこんな所で死ぬはずじゃ! だ、誰か助けて! まだ死にたくなんてない! そ、そうだ! ダ、ダリア・マルフォイ様! どうか私めをお助けください! 私は貴女様に……
「くくく。最後に縋りつくのがまさか
闇の帝王の杖から緑色の閃光が放たれ、その瞬間カルカロフ校長は私の足元に縋りついた状態から、絶望の表情のまま地面に倒れ伏す。口からは血がにじみ出ているし、体にも地面を転がりまわった時に出来たのであろう無数の傷が出来ている。もっともその全てが致命傷になりえるものでは決してなかったが……だが現実に彼は死んでいた。まるで虫でも踏みつぶすような……そんな気楽な動きでいとも簡単に殺されたのだ。
彼の死によって小屋の中の緊張感が最高潮に達する。死喰い人達の表情はもはや青を通り越して土気色をしていた。そんな中、闇の帝王はやはり気味の悪い満面の笑みで死喰い人達に話しかける。
「……これで分かったな、我が忠実な僕たちよ。これが裏切り者の末路だ。愚かにも俺様の下から離れ、俺様に不快な思いをさせた者の末路だ。本来であればお前達もこやつと同じ罰を与えるはずだった。だが俺様は寛容だ。一度だけその罪を許そう。だが次はない。次もう一度こやつのような愚かしい判断をすれば……分かっているな?」
死喰い人達の行動は早かった。恐怖に震えながらも一瞬で闇の帝王の前に跪き、そのうちの一人が奴に頭をたれながら返事をする。
「も、勿論でございます! 私どもは決して貴方様を失望させは致しません!」
しかしあからさまなお世辞を闇の帝王は寧ろお気に召さなかったのか、一瞬顔をしかめた後、
「その言葉が嘘偽りでないことを祈っているぞ。……そのように震えた臆病者に何が出来るか疑問だがな。だがそれに比べて……あぁ、
再び笑顔に戻りながら、唯一この中で恐怖に顔を青ざめさせていない私に話しかけてきたのだった。
私がこの中で唯一帝王を13年間見捨てていた死喰い人でないこともあるが、彼には余程今この状況で恐怖に顔をこわばらせていないことがお気に召したのだろう。カルカロフ校長を痛めつけていた時より更に気持ち悪い笑みを強くしている。
……まぁ、私も人のことを言えはしないが。
何故なら今の私も……彼と同じ表情を、気持ち悪い程の
私は自分の表情の変化が自分自身ではいまいち分からない。だからそうかもしれないと思ってはいたが、確信を持ててはいなかったのだ。
でも今なら分かる。先程カルカロフ校長が私の足元にしがみつきながら見上げた時……彼の絶望しきった瞳には、彼の死に際を笑顔で見つめる私が写りこんでいたから。
そして人が目の前で拷問され、最後には殺されたというのに、私は何も感じていないどころか……どこか興奮する自分を感じていたから。
そんな笑顔の私に気をよくした様子の闇の帝王は続ける。
「やはりお前は実に素晴らしい
「……はい、勿論です、ご主人様。貴方の期待に応えられるよう、これからも貴方に絶対の忠義を。私はそのためだけにあるのですから」
反射的に答えていたが、この蛇面男に声をかけられて内心では不快な気持ちですらあった。まずこの男にダリアと気安く呼ばれるのが気にくわない。その名は私の大切なマルフォイ家が付けて下さった名前だ。お前が気安く呼んでいい名前などではない。そして何より私はお前の右腕になるために存在するのではない。この命は全てはマルフォイ家のためにある。お前にこうして忠実な振りをして仕えているのも、全てはマルフォイ家のためを思ってのことでしかない。全てはお父様達が裏切り者として処分されないために……今しがた殺されたカルカロフのように。こいつは死からも蘇るような奴なのだ。どんなに不快であっても、裏切って殺されるよりは遥かにマシなはずだ。
だから私は今こいつに従ってこそいるが、こいつにこんな風に話しかけられ内心では不快で仕方がないはずなのだ。それこそ表情筋を自分自身でうまくコントロールできない私ならば、今の表情から一転不愉快そうな表情に変わるべきはずなのだ。
なのに……
「うむ。
未だに闇の帝王の機嫌が変わらないことから、内心とは裏腹に私の表情は決して変わっていない様子だった。
7月の末。この日は私の本当の誕生日として、例年であれば家族だけで細やかな宴が開かれる日だった。
自身を怪物ではなく、マルフォイ家の人間だと思い込める大切な一日。それが私にとっての誕生日であるはずだったのだ。
しかしこれからの誕生日は違う。もう私の人生において、これから先自分自身を人間だと思い込める瞬間など来はしないだろう。
闇の帝王が復活してしまったから。私はその復活を阻止することが出来なかったから。そして……私はセドリックを殺してしまったから。
私はもう怪物であるしか道はないのだ。
闇の帝王は私の返答に頷くと、もう用はないと言わんばかりに小屋を出て行く。小屋の中には未だに体を震わせながら闇の帝王と
そんな中、私は黙って自身の服を見下していた。服にはカルカロフ校長が縋りついた時にできたのだろういくつもの血の跡がついている。
私は何とはなしにその血痕を指で拭い、僅かに指に着いた血を舐めとりながら、
「……酷い誕生日になってしまいましたね」
そんなことを小さな声で呟くのだった。
自分が血を舐めることで、今どんな表情をしているかも知らずに……。
図らずも新調された服。誕生日に食べた最高の
本来最悪であるはずの誕生日を……私は何故か
ダンブルドア視点
ヴォルデモートの復活。それは想定される限り最も避けたかった事態の一つではあるが、いずれ訪れるであろう未来だとも予想はしておった。
ワシの予想が正しければ、奴を殺すには手段は一つしかない。いくら困難であっても、それを実行せねば奴を真の意味で倒すことは出来ぬ。
じゃから奴の復活自体は……最悪の想定であるものの、想定内ではあるものじゃったのじゃ。
じゃが、
「ではお主が伝え聞いた限りでは……ダリアは既にヴォルデモートから死喰い人として……それどころか奴の右腕として扱かわれておると?」
「……はい、吾輩はまだ彼女に直接会ったわけではありませんが、ルシウスの言を信じるのであれば」
ダリアのことに関しては完全に想定外と言えた。彼女はいつもワシの予想の斜めを行く。
勿論彼女が闇の陣営に属する未来自体は想定しておった。彼女の醸し出す空気、そして彼女の扱うであろう呪文を考慮しておらずとも……彼女がマルフォイ家の長女であることに変わりはない。ルシウスが今更こちら側に寝返る可能性は皆無じゃ。ならば彼女もいずれ闇の陣営に属するようになるじゃろう。どんなにワシが彼女のことを闇の陣営に属さぬよう見守っていたとしても……。
じゃがまさか既にそのような立場になりつつあるとは思いもよらんかった。ハリーの証言もあり、ヴォルデモートがダリアのことを既に認識しておることは分かっておった。それこそ彼女の優秀さから考えれば、奴が言うようにいずれ死喰い人を統括する立場になってもおかしくはない。じゃがまさかここまで早いとは……。
何故ヴォルデモートは……たとえ優秀であったとしても、今の所実績事態は皆無に等しいダリアを優遇するのじゃろうか。
これはかなり拙い事態になったと思うた。
彼女が敵側に回れば、一体どれだけの魔法使いが彼女に対処することが出来るじゃろうか。彼女はただの今年15歳になる女生徒ではない。その実力には底知れぬものがある。一年生の頃に既に『死の呪文』を使いこなすようなものに対峙できるのは極少数じゃ。ただでさえ敵の戦力の方が圧倒的じゃというのに、これで更にその差が開いてしもうた。
そして何より拙いのは……これで学校において彼女を必要以上に監視することが
勿論ハリーの証言がある以上、彼女への監視はある程度は仕方がない。じゃが必要以上に監視し……それこそ現在彼女が闇の帝王の右腕として扱われつつあると、こちらが既に気付いておると思われてしまえば……セブルスが二重スパイであると露見してしまう可能性がある。すぐにそのような疑いを持たれずとも、一瞬でもそうであるやもと疑われる可能性は排除せねばならん。今のところはヴォルデモートを騙せておったとしても、それがこの先も続く保証などどこにもないのじゃ。
あちらの情報がこちらに流れておる。そう一瞬でも思われることはセブルスの命を危険に晒し……それどころか敵に勝つことさえ難しくなるのじゃ。
ワシらはヴォルデモートと……そしてダリアを騙し続ける必要がある。たとえダリアが敵の側におり、尚且つ彼女が既に闇の陣営で高い地位に就き始めているとしても。ワシは闇の帝王を打ち滅ぼすために、今は素知らぬふりをしなければならんのじゃ。
校長室の中、ワシはセブルスの報告にため息を吐くしかなかった。ただでさえ魔法省のお陰で悪い報せばかりが届いておるのに、更に悪い報せが届いてしもうた。
セブルスもそれが分かっておるのか、いつも以上に不機嫌な表情を浮かべておる。尤も彼の場合は、ダリアがハリーの報告通りの立場になっておることに対する苛立ちじゃろうが。
いや、正確には、
「……だがまだ確定的な情報ではありません。先程も申し上げた通り、吾輩は彼女の姿を実際に見たわけではない」
まだ自身が手にした情報を信じ切れておらんのじゃろう。彼は不機嫌な表情のまま続ける。
「そもそもポッターの言う通り、本当に彼女が我々死喰い人を統括する立場であるのなら、吾輩がまだ彼女に会っていないのはおかしい。吾輩がルシウスから彼女の話を聞いたのだ、彼女もルシウスから吾輩の話を聞いているはず……。おかしい。必ず間違っているはずだ。どうせいつものルシウスの自慢話と……ポッターの戯言なのだ。あの小僧はポッターの息子だ。どうせ気にくわない人間の名前を適当にあげたに過ぎない、」
「そこまでじゃ、セブルス。気持ちは分るが、あまり自分の信じたいものばかりを見るものではない。特にお主は我々の計画において最も重要な仕事をしておるのじゃ。少しの判断ミスが敗北につながるのじゃ。確かにまだダリアのことは確定的な情報ではない。じゃが、じゃからこそワシらは尚のこと彼女のことをしっかりと見なければならん。無論お主も分かっておると思うが、彼女に警戒感を持たれぬ程度にの」
しかしワシはそんなセブルスの言葉を遮り、彼の本来あるべき思考に無理やり軌道修正する。
彼はスリザリンの寮監じゃ。その点において、ワシより遥かに彼女の人となりを掴んでいる……のじゃとは思う。いくらセブルスが自身の寮に肩入れする質とはいえ、校長であるワシよりかは彼女のことを知っておることじゃろう。じゃが今回のことに関しては、いくらなんでもワシの方が冷静にダリアのことを判断出来ておる。積み上げてきた事実が彼女を確実に闇の陣営と判断させておるのじゃ。もはや疑いの余地はない。その事実がある以上、このように間違った判断……どころかもはや私怨ともいえる理由でハリーを疑うなどあってはならぬ。
ワシはワシの言葉を受けても尚何か言いたそうな様子のセブルスに言葉を続けようとする。先程も彼に言うたが、これから先彼に課せられておるのは最も重要な任務。彼の働き如何によって勝敗が左右されると言っても過言ではない。
じゃから少なくとも彼女への警戒心だけは持ってもらおうと話を続けようとしたのじゃが……ワシの言葉は続くことはなかった。
何故なら、
「ダ、ダンブルドア!」
校長室の暖炉から突然第三者の声が響いてきたから。
暖炉を見れば、無精ひげを生やした、長い赤茶色のざんばら髪の男の頭が浮かび上がっておった。
それは今の時間、本来であればプリペット通りでハリーの警護を陰ながらしておるはずの不死鳥の騎士団の一人……マンダンガス・フレッチャーのもので間違いなかった。
今の状況において、校長室の暖炉で連絡を取り合うのは余程の緊急事態に限定しておる。そんな中でこの連絡手段を使ったということは、これは正しく緊急事態が起こったということ。
そしてその予想通りマンダンガスは目を血走らせ、焦りに焦った表情で急いで報告を始めたのじゃった。
「何事じゃ、マンダンガス?」
「ハ、ハリー・ポッターが襲われた! しかも
今ヴォルデモートは復活しても尚、闇に隠れて一向に姿を現そうとしておらんかった。
魔法省が彼の復活を未だに信じておらん、どころかその情報を必死に否定してすらおる今、奴にとっては勢力を陰で広げる絶好の機会なのじゃろう。
……じゃがそれは決して奴がこちらに攻撃してこんということではない。
奴は今勢力拡大と同時に、
そして今また奴は行動を起こした。
ハリーの守りを剥ぐ、その一手を……。
このままではまずい。おそらくワシの予想が正しければ、今この瞬間にも
ワシとハリーを貶めることしか考えておらん現在の魔法省のことじゃ。彼らは嬉々としてハリーを退学にすることじゃろう。
ワシとセブルスは即座にそのことに思い至り、
「報告ご苦労じゃった、マンダンガス。セブルス、ワシはすぐに魔法省へ行く。お主は騎士団に今の状況をすぐに伝えるのじゃ。……決して軽率な行動を取らせんように」
「了解しました」
行動を開始するのじゃった。
全ては未来を……ハリーを守るために。
彼こそがワシらにとって唯一の希望であり、闇の帝王を打ち倒すことが出来る唯一の男の子なのじゃから。