ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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騎士団

 ハリー視点

 

『優勝杯を掴もう。……でも二人ともでだ。二人一緒に取ろう。それならホグワーツの優勝に変わりはない。二人で引き分けだ』

 

あの時の夢を見る。何度も何度も。それこそ毎晩のように。

三大魔法学校対抗試合の優勝杯前で、僕がセドリックに言ってしまった言葉を。……そしてその後、

 

『ワームテール、余計な奴は殺せ!』

 

『ア、アバダケダブラ!』

 

彼がヴォルデモートに殺された瞬間を。

だからこそ何度も思い知らされる。夢を見る度に、僕はそのどうしようもない事実を毎回突き付けられる。

 

僕が殺したのだ。直接手を下したのはヴォルデモートとペティグリューだったけど、本当に彼が死ぬきっかけを作ったのは……他ならぬ僕なのだ。

そんなもう覆しようもない事実を……僕は毎晩のように思い出すのだ。

 

……でも、今の僕を憔悴させているのはそんなどうしようもない事実だけではなかった。

いつものように夏休みを監獄のようなダーズリー家で過ごす僕。それ自体は例年のことではあるのだけど……そもそも今年は去年までとは状況が違う。

去年まではたとえダーズリー家であっても、心配すべきものはバーノン叔父さんの嫌味かダードリーの強烈なパンチくらいのものだった。でも今年からは常にそれ以外のことも気にしなければならない。ヴォルデモートが復活した今、いつ敵がこのダーズリー家を襲撃しに来てもおかしくはない。それこそヴォルデモート本人が来ることすら……。24時間常に警戒して、身の回りで起こるどんな些細な物音にも驚かなければならないのは精神的に辛かった。

しかもそんな状況に僕が陥っているにも関わらず、誰も僕のことを()()()()()()()()()()()()尚更僕の精神状態を追い込んでいる。

誰も僕に今何が起こっているか連絡すらしてくれない。ヴォルデモートが今何をしているかだとか、それに対してダンブルドア先生が何をしただとか。手紙を送って尋ねても、

 

『今教えることは出来ない』

 

そんな内容の手紙が返ってくるばかりだ。ハーマイオニーからの手紙も、それこそロンからのものだって。誰も僕に現状を教えてくれはしないのだ。お蔭で僕は毎日マグルの新聞を読んで情報を探るしかなく、毎回そこには何の手がかりにもなりそうにない情報しか載っていないことに打ちのめされるのだ。まるで見えない敵と常に戦っている気分だった。

 

どうすることも出来ない現状に不安と恐怖、そして苛立ちばかりが募っていくようだ。

何故皆僕を放置しているんだ? 

僕はヴォルデモートに狙われている。そしてそもそも奴の復活を皆に知らせたのはこの僕だ。ダリア・マルフォイがあいつの右腕になったのを聞きだしたのも僕だ。僕が何とか奴の魔の手から逃れられたからこそ、皆奴の復活をいち早く知ることが出来た。ダリア・マルフォイがやはり危険な存在であると再確認出来たのだ。それなのに何故僕はこのような仕打ちを受けなければならないんだ?

こんなのあんまりだ。不公平だ。どう考えてもおかしい。何故僕ばかりこんな思いをしなければならないのだろうか。

 

鬱屈とした思いばかりが日々募っていく。家に籠っていても安全面は決して改善せず、それどころかバーノン叔父さんから浴びせられる嫌味で余計鬱屈とした思いになるばかりだ。

だから今日僕は意を決して、少しだけ外に出てみることにしたのだった。あの家にいれば更に頭がおかしくなりそうなのだ。気分転換のためにも外を少し歩いた方がいい。このままでは親友達や、尊敬しているダンブルドア先生にだって嫌な感情を持ってしまいそうだ。そう考え僕は少しだけ家の外を歩くことにする。

 

それが最大の間違いだとも気付かずに……。

その行動を後悔するのにそう長い時間はかからなかった。

 

それは丁度家に帰ろうとしているダードリーに出くわし、彼に杖をちらつかせながら嫌味を言っている時に起こった。

自分でも性格の悪いことをしていると思ったけど、この鬱屈とした思いを誰かにぶつけてやらずにはいられなかったのだ。

 

「やぁ、ダードリー。今お帰りか? 今日は誰を殴ったんだい? また10歳の子かい?」

 

「黙れ!」

 

「もしかしてまた生意気なことを言われたのかい? まるで二足歩行の豚みたいだとか。でもダードリー。悪いがそれは本当のことだと思うよ」

 

今まで散々やられていたことを仕返しするのは最高に気分がいいものだった。どんなに意地の悪いことでも、それこそどことなくドラコ・マルフォイと似たようなことをしている自覚があっても、今この瞬間はこれこそが僕にとっての最大のストレス解消だった。

でも次の瞬間、突然周りの温度が急激に下がったことで事態は急変することになる。

 

突然暗くなり、息が白くなる程の気温低下。そして何より……あの()()()()()()()()()()()()()()()()という感覚。

まさかと顔を上げれば……本来ここにいるはずのない吸魂鬼、それも()()頭上で旋回していたのだった。

 

それからはまさに怒涛の展開としか言えない。

家を離れてしまったことに後悔を覚える間もなく、吸魂鬼たちはまるで最初から僕達を狙っていたかのように僕等の幸福感を吸い始める。ダードリーなど一歩間違えれば魂すら吸い取られていただろう。そして何とか『守護霊の呪文』で奴らを追い払うことに成功はしたと思えば、今度はダーズリー家の近所に住んでいたフィッグおばさんがいきなり僕らの前に現れ、実は自分はスクイブで、更にはダンブルドアから頼まれてマンダンガス・フレッチャーという魔法使いと共に僕の護衛をしていたのだという。

吸魂鬼が襲ってきた時、マンダンガスの方は丁度違法の大鍋取引をしていたとのことだったけど……。彼がちゃんといれば、僕らは吸魂鬼なんかに襲われることはなかったのに……。

しかしそんなことに怒っている暇もなく、家に何とか辿り着いた僕等に二枚の手紙が届く。

一枚目は魔法省から。僕を魔法を使った罪でホグワーツから退校にするというもの。

そしてその後立て続けに届いた、

 

『ハリー。ダンブルドアが魔法省にたった今到着した。それで何とか事態を収拾して下さったよ。君はすぐに退校になるようなことはない。君の退学は後日開かれる尋問会で決まる。きっと大丈夫だ。君が退校になるようなことは絶対にない。だからこれ以上魔法を使わないで、絶対にそこから離れないこと』

 

ウィーズリーおじさんさんからの手紙だった。

色々なことが立て続けに起こりすぎて何が何だか分からない。僕は結局退校になったのだろうか、それとも退校になっていないのだろうか。何だか自分の置かれている状況すらよく分からない。

つい数時間前まであれだけ苛立ち、このままではまずいと外に出ていたのが嘘のようだ。

 

 

 

 

……でも僕が茫然としていられるのもまた、そう長い時間ではなかった。

 

退学の知らせに部屋で一人震えていた僕の耳に、突然階下から物音が響いてきたのだ。ダーズリー家は今ダードリーを病院に送っているはず。この家には僕以外の誰もいないはずなのに……下から物音が響いてくるのだ。

数時間ほどあまりの事態に忘れていた警戒心が一気に膨れ上がる。

そしていよいよ物音が階段を上ってきて、部屋の目の前で音は止まる。その時にはもう僕の緊張感は最高潮に達していた。

そんな僕がまず最初に聞いたのは、

 

「やぁ、ハリー。()()()()()()。君と会うのは()()()()かな? 迎えに来たよ」

 

敵の声などではなく、なんと三年生時の『闇の魔術に対する防衛術』の教員である……ルーピン先生の声だった。

扉の向こうには4人の人物。一人は去年僕が授業を受けていたと思い込んでいたムーディ先生。そしてやたら派手な色合いをした髪の魔女と背の高い黒人の魔法使い。その一番前でルーピン先生が……以前見たときよりはるかに()()()()()の格好をし、尚且つ以前よりはるかに()()()()()顔色で僕の方に手を振っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルシウス視点

 

本来ならこの作戦第一段階の成功に私は喜ばなければならないのだろう。だが目の前の人物の存在によって……。

魔法省における私の執務室。その中で私の前にたたずむ()()を眺めながら、私は取り留めのない思考をする。

私は基本的に()()()()の者に悪感情を抱くことはそこまで多くはない。

クラッブやゴイルのように役に立たない、取るに足らない者達という印象を抱いている者は多くいるが、それでも嫌悪感さえ抱くような者はそう多くはないのだ。

そう一部の例外、

 

「マルフォイ様。()()()()()、ポッターに吸魂鬼を送りつけることに成功いたしました。証拠は何もありませんわ。これであの少年の進退は魔法省のものです」

 

私の目の前にいる、ドローレス・アンブリッジを除けば。

ずんぐりした大きな顔は締りがなく、首は短く、反比例して口はパックリと大きい。丸い大きな眼はやや飛び出しており、まるでガマガエルを二足歩行させたような容姿。闇の帝王が復活し、それを魔法省が否定している現状において、このように()()()()()恩を売る形で意地汚く立ち回る狡猾さ。それに対し生理的嫌悪感を抱いていることもある。

だが私が彼女に対して最も嫌悪感を抱いているのは……その()()()に対しての差別感に他ならなかった。

魔法省高官である彼女が今まで推し進めてきた政策を振り返れば、ダリアの父親である私が嫌悪感を抱かぬはずがない。特に狼男が公職に付けぬようにする政策を推し進めようとしたのは記憶に新しかった。

正直狼男がどうなろうとも私にはどうでもよい。半亜人など()()()()()()我々魔法使いに比べて劣った存在にすぎない。その点彼女が言っていることも全てが全て間違っているわけではない。奴らは我々魔法使いに、マグル同様管理されてしかるべき存在のはずだ。

だが彼女が熱心に推し進めようとしている半亜人全てを差別する法案……つまり()()()()()差別する法案が可決した時、一体我が娘が何を思うか……想像するだけでも身の毛がよだつ思いだったのだ。それだけは何としても阻止しなければならない。

この女が吸血鬼を含む亜人に対し苛烈な政策を取ろうとする限り、それをダリアの父親である私がこの女と相容れることはない。どんなに今魔法大臣に気に入られようと……そしてどんなに同じ陣営に属していようと、私がこの女を真に信用することなど有り得ないのだ。

だが今はそんなことを言っている場合ではないことも確かだ。この女は忌々しいことに役に立つ。闇の帝王が陰で行動されることを選択されている以上、この女は現状実に役に立つ駒と言えるだろう。

だから私はどんなに忌々しい存在であっても、()()この女に嫌な顔をするわけにはいかないのだ。

 

それに今年はこの女が……

 

私は無理やり笑顔を作りながら、気持ち悪い笑顔を浮かべる目の前のガマガエルに応えた。

 

「あぁ、よくやってくれた、アンブリッジ女史。これであのお方も……いや、失敬。今のはただの世迷言だ。少なくとも()()世間にはな。……これで魔法界も本来あるべき秩序を取り戻すことだろう」

 

「勿体無いお言葉ですわ。聖28一族筆頭であるマルフォイ家当主に喜んでいただけて、これほど名誉なことはありません」

 

「そうか……」

 

しかし話していて嫌悪感が湧き上がること自体が止むわけではない。

媚びるようなニタニタ笑いに、まるで絡みつくような甘ったるい声。言葉も媚びるようなことを言ってはいるが、その目だけは決して獲物を逃すまいとギラギラさせているようだ。まるでハエを狙うカエルと同じだ。会話をすればする程嫌悪感が増していく。

これ以上この女と話していれば、私はなにか不用意なことを言ってしまうやもしれぬ。

ただでさえ同じ目的、同じ陣営とはいえ……この女を正式に死喰い人として迎え入れたわけでも、闇の帝王の復活を本当の意味で伝えたわけではないのだ。あくまでこの女が勝手に事情を憶測し、勝手に行動しているという体にしているのだ。これ以上余計な情報与える訳にはいかない。

だからこそ私は態とらしく時計を確認した後、咳払いを一つしながら言う。

 

「もうこのような時間か。では、アンブリッジ女史。これからもよろしく頼むぞ。ポッターは何としてもホグワーツを退学にならねばならぬ。あのような愚かな少年が魔法学校にいれば、これからの魔法界も……何より我が子供たちの教育に悪影響だ。君のこれからには期待している」

 

そしてそんな私の言葉に対しやはりこの嫌な女は絡みつくような甘ったるい声で、嫌悪感すら覚えるニタニタ笑いを強めながら応えたのだった。

 

「えぇえぇ、必ずやご期待に応えてみせますわ。……特に()()()は純血貴族の皆様の間でも有名なお方。必ずやお嬢様のことも()()()()()()

 

……私の苛立ちが強まったのは言うまでもない。部屋を意気揚々と行った様子で出て行くガマガエルの背中に溜息が漏れる。

少なくとも、今年の『闇の魔術に対する防衛術』が満足いくものにならないことは決まっているのだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルーピン視点

 

()()()()。後ろは誰もついてきてはいないかい? ……アラスターではないけど、警戒するに越したことはないからね」

 

箒から降り立った私はハリーを背後に隠しながら、後から降りてきた()()に声をかける。

振り返れば色白のハート型の顔、()()キラキラした黒い瞳に、強烈な紫色の髪をしたトンクスが返事をする。よく見れば彼女の唇は青くなっており、体も少し震えている。何時間も空を飛んでいたのだ。寒くて早く家に入りたいと思っているのは火を見るより明らかだった。

 

「大丈夫! マグルにも見られていないはずよ! これだけ何回も進路変更したんだから、誰もついてこれはしないわ! それよりもう凍え死にそう! 早く中に入りましょう!」

 

「待て、馬鹿者。まだポッターは本部の場所を知らん。それではこいつは本部を見ることすら出来んのだ。だから少しだけ待て」

 

しかし彼女の返事に、同じく背後を警戒していたアラスターの声が被さる。どうやら彼はまだハリーに秘密を伝えていなかったらしい。

……やはり彼は私みたいな闇祓いの成り立てなんかより遥かに警戒心を持っている。

私は不満そうに腕をさすっているトンクスに苦笑いしながら話しかけた。

 

「まったく、なんで先に教えておかないのよ……」

 

「仕方ないさ。彼は途中で襲われたときのことを考えていたんだよ。護衛しているとはいえ、もし襲われたら最も危険なのはハリーだ。彼は今魔法を使うわけにはいかないからね。そんな彼が襲われて、もし本部の場所を吐き出されたとしたら……今度こそヴォルデモートに対抗することが出来なくなってしまう」

 

「……それもそうね。今は文句なんて言っている場合ではない。いくら寒くたって、今はそうした方がいいものね。それにすぐ気づくなんて、やっぱりリーマスは凄いね……」

 

そんな会話を私とトンクスが繰り広げている間にも、アラスターはハリーに本部の住所が書かれたメモを読ませ終えた様子だった。

訳も分からず連れ出された上、今度は意味不明なメモを読まされたことに困惑していたハリーの表情が驚いたものに変わっている。おそらく今まで見えていなかった扉が、今この瞬間から見えるようになったのだろう。

そう、『秘密の守人の呪文』で守られている、我ら『不死鳥の騎士団』の本部であるグリモールド・プレイス12番地の扉が。

我々は誰も欠くことなく、ハリーを無事ここまで連れてき終えたのだ。

 

ハリーが秘密を知り終えたところで、我々はようやくその扉をくぐり家の中に入る。

そして全員が家に入り終え、扉を閉めたところで私はハリーに話しかけた。

 

「ハリー、ようこそ我ら不死鳥の騎士団の本部へ。さっきはろくに挨拶できなかったからね。君と会えたのは実に1年ぶりだ。元気にしていたかい?」

 

おそらく今の私の声音には計り知れない安堵感が溢れていることだろう。

彼を無事ここまで連れてこれたということもあるが、彼が少なくとも1年間肉体的には健康に成長していたことに安堵したのだ。

彼の背丈は私が見なかった一年の間に随分と伸びている。顔立ちも彼の父親であるジェームズに似てハンサムになってきている気さえする。無論彼がこの1年大変な経験をしたことは知っている。でもそれでも、私は彼が少なくともこうして無事に成長していることが喜ばしくて仕方がなかった。

それはハリーも同じなのか、僕の1年前とは様変わりした格好を見ながら応えた。

 

「え、えぇ、ルーピン先生。先生もお元気そうで……。前より何だか……」

 

おそらく前より格好が清潔になったと思っているのだろうが、それを指摘するのは失礼だと考えているのだろう。私はそんなハリーの様子に苦笑しながら続ける。

 

「あぁ、構わないよ。見違えるようだろう。実は今闇祓いで働いているんだ。()()()()()()()()()()()()()()()けれど、まだ一応闇祓いにいるよ。それでこうして身だしなみを整えられているというわけさ」

 

この一年のことを思い出し何とはなしに口元がほころぶ。今でこそコーネリウス・ファッジ魔法大臣がダンブルドアに連なる人間を目の敵にしているため私の職は危ぶまれているわけだが……それでもこの一年の充実ぶりからするともはや些細なことであるように思えた。

誰かに必要とされ、誰かの役に立っている実感。この一年は本当に楽しい一年だった。それこそホグワーツで教鞭を執っていた頃と同じくらいに。

そして何より闇祓いに就職して、私は掛け替えのない仲間たちを得た。そう、

 

「リーマスは凄いのよ、ハリー。最初はスクリムジョール長官も渋っていたのだけど、彼の働きぶりを見て闇祓いの正式職員に認めたんだから。今では上から辞めさせろって圧力があっても抵抗しているくらいよ」

 

僕のことをこうして信用してくれるトンクスを含めて。彼女のように私が狼人間だと知っても尚変わらぬ態度を取ってくれるのは、トンクスの他にはリリーと……私をこの仕事に推薦してくれた()()()だけだ。

私はハリーに話しかける彼女にニッコリと笑いかける。そんな私に彼女が少し顔を赤らめたところで、

 

「……またか」

 

「……近況報告はいいが、そろそろ奥に進まんか。ワシらはいつまで玄関に居ればいいのだ? ……乳繰り合うのは後にしろ」

 

私達の背後から苛立ち気な声が掛かってしまったのだった。

振り返ればアラスターとキングズリーが何とも言えない表情で私とトンクスを見ている。どうやら完全に場違いなことを考えてしまっていたようだ。ハリーも同様の表情で私達を見ていた。

それに本部に帰ってきた以上、いつまでもここで油を売っているわけにはいかないのも確かだ。アラスターの言葉に急に恥ずかしくなった私達に、今度は奥の方から声がかかる。私達の話し声で気がついたのだろうモリーが玄関ロビーに顔を出し、ハリーに抱きつきながら私たちを奥に促した。

 

「あら、貴方達! 帰ってきていたのね! あぁ、ハリー! よく無事だったわね! 貴方が吸魂鬼に襲われたと聞いたときどれだけ心配したことか! ……どうしてこんな所に固まっているの? はやく中にお入りなさいな。もう会議は始まっていますよ。ハリーは上にお上がりなさい。ロンやハーマイオニーが待っていますよ」

 

その言葉に今度こそ私達は奥へと進み始める。ハリーのみは上に追いやられていたが、ここで長話をしている場合ではない以上に、まだ未成年である彼を不死鳥の騎士団の会議に参加させるわけにはいかない。

 

「そうだね、モリー。では、ハリー、また後で話を聞かせてくれるかい? モリーが言うように、上にはハーマイオニー達がもう到着している。彼女達も君のことを本当に心配していたよ。行って彼女達を安心させてあげるといい」

 

私は不満そうな表情を浮かべているハリーに別れを告げ、この家の食堂に当たる部屋の方に向かって足を進める。

そして食堂に足を踏み入れると、モリーの言う通りもう会議は始まっていたのか騎士団の主要メンバーが私達を出迎えた。

この家の本来の主であるシリウスにアーサー・ウィーズリー、敵側に潜入するという非常に危険な任務についているセブルス、それに……

 

「皆無事だったようじゃな。ようやってくれた。ハリーはワシらにとって唯一の希望。彼をよう守ってくれた」

 

この騎士団の創設者であり、今世紀最も偉大な魔法使いであるダンブルドアが。

ダンブルドアは多忙のためあまりこの本部にすら顔を出さない。そんな彼がこの本部に集合する。やはり事態は緊急なものであるという証拠だ。

私達は急いで席に着く。そして私は久しぶりに全員集まった騎士団の主要メンバーを見回しながら尋ねた。

 

「いいえ、ダンブルドア。騎士団の役目ならどんな危険な任務でもこなしますよ。それにハリーはリリーとジェームズの忘れ形見だ。騎士団でなくとも、私は必ずや彼を守ります。それより状況はどうですか?」

 

「……あまり良いとは言えぬ」

 

私の質問にダンブルドアが重々しく答える。

 

「魔法相に掛け合って何とかハリーの即時退学を防ぐことは出来た。彼らも分かっておるのじゃ。ハリーが使ったのは『守護霊の呪文』。それは他でもなく、彼が自身の身を守ろうとしたことを意味しておる。それ以外にあの呪文の使い方をハリーは習得しておらんからのう。守護霊にメッセージを載せるのはワシら騎士団のメンバーしか出来ぬ。法律的に見れば、ハリーの無罪は疑いの余地もないものじゃ。……じゃが魔法相は諦めてなどおらん。ハリーを退学にできれば、ワシをも失脚できるものと信じて疑っておらんのじゃ。それに何より……そう思うよう魔法相の中で彼らを誘導しておる者がおる。入念に対策を考えねば最悪の事態もありうる」

 

まさに一難去ってまた一難。ダンブルドアの言葉に私達騎士団のメンバーは沈み込む思いだった。先程までテーブル越しにセブルスと睨み合っていたシリウスも陰鬱とした表情になっている。そして私も先程までハリーの無事を喜んでいた気分は吹き飛んでいた。ハリーの危機は決して去ってはいないらしい。もしハリーが退学にされるようなことがあれば……これ幸いにと敵は必ずやハリーを今度こそ襲撃することだろう。

それを何より理解しているダンブルドアも決して楽観的なことを言いはしない。慢心や油断をしていて勝てるような戦いでないことを何よりも分かっておられるのだ。だからこそ厳しい表情で何かを考え込んでおられる様子だった。

そんな中、今まで黙っていたキングズリーが声を上げる。

 

「……その魔法相を唆しているのは、やはりルシウス・マルフォイですな?」

 

その名前を彼が上げたのは、彼こそが今現在奴の動向を監視する任務についているからだろう。今年初めて騎士団に参加した彼だが、その優秀さを買われて重要な任務を既に与えられている。それが敵側の幹部とも言うべきルシウス・マルフォイの監視だった。

成る程奴ならば魔法相を裏で操ることも可能だ。いや、寧ろ奴ぐらいしか考えられない程だ。他にも魔法相の中枢に在籍している死喰い人はいるが、奴ほどの影響力を持っている人間は他にいない。皆もそう思ったのか、セブルス以外の人間はキングズリーの言葉に頷いていた。

そしてそんな我々のダンブルドアも同感なのか、我々と同じく一つ頷きながら答え、

 

「おそらくそうじゃろう。彼ほど魔法相に影響力を持つ者はおらんからのう。おそらくファッジも彼に思考を誘導されておるところがある。お主がルシウスを監視していて何か不審な行動をしてはおらんか? 特に()()()に関して……」

 

「……はい。貴方が仰る通り、いくつか不審な行動が」

 

ルシウス・マルフォイ……いや、敵の今現在最も集中しているであろう問題に話題を移すのだった。

キングズリーがダンブルドアの質問に報告を始める。

 

「奴が魔法大臣やその他の高官とよく関わっているのはいつものことなのですが……それ以外にも、最近どうも『神秘部』の近くを彷徨いているのをよく見かけます。しかしあそこは関係者以外には完全なブラックボックスですから、未だに侵入自体は出来ていないようです」

 

ようやくもたらされた明るい知らせに僅かに場の空気が明るくなるが、同時にこれで敵の狙いがハッキリした。敵はやはり()()()を求めている。そうでなければ神秘部なんかにルシウス・マルフォイが近づくものか。

ダンブルドアはキングズリーの報告を受けて再度頷き、厳かな口調で次の指示を出す。

 

「そうか……ということはやはりセブルスの報告通り、ヴォルデモートの狙いは()()というわけじゃな。ならばそれをワシらは阻止せねばならん。奴が全てを聞けば、それだけでハリーの危険は今以上に増してしまうことじゃろう。キングズリー、それにセブルスよ、引き続き敵の監視を頼む。アーサーにリーマスにアラスター、そしてトンクスや。お主らはハリーの警護じゃ。ハリーがホグワーツに戻るまで、彼を何としても守り通してくれ。そして彼が戻れば、今度はお主らには神秘部に行ってもらうようになるじゃろう。厳しいとは思うが、ワシらには余裕などないのじゃ。どうかよろしく頼む」

 

その指示で私はこれで会議は終わりだと判断し立ち上がりかける。

上でハリーは友人達と共に待機しているはずだが、今頃彼は鬱屈とした思いでいることだろう。それもそうだろう。彼はいくたの試練を乗り越えたというのに、こうして何の情報も与えられずにいるのだ。いくら子供だからとはいえ、彼からしたら理不尽な仕打ちだと思うに違いない。

だからこそ私は、夕食間近であるが彼を少しだけ慰めに行こうと思ったのだ。

 

 

 

 

しかし……

 

「待ってください。まだ私の報告は終わっていません。ルシウス・マルフォイに関して、もう一つ報告しなければならないことが……」

 

キングズリーの更なる発言によって私は固まらずにはおられなかった。

何故なら彼が次に挙げた名前が、

 

「ルシウス・マルフォイは先程述べた通りなのですが……実は最近もう一人、彼とは別に神秘部の近くで見かける人物がいるのです。おそらく彼女の名前は……()()()()()()()()()

 

他ならぬ私を闇祓いに推薦し、そして私を狼男だと知りながら受け入れてくれた彼女のものだったから。

 




次回更新少し遅れます

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