ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
今日も私はあの場所に行く。あの日から毎日、私にとってはもはや日課のようなその行動。気が付けば自然とあの場所に足を進めている。
それで何かが変わるわけでもない。何も得ることはない上に、寧ろ毎日失い続けている気分にすらなる。
失ったものはもう二度とは戻らない。
得るためではなく、ただ失ったことを確認するだけの毎日。
「あなた……今日も行くの?」
「あぁ……」
だが私は止めることが出来ない。それは妻も同じことだろう。私にどこか窘める様な口調で話しかけてきても、彼女も私同様既に支度は整えている。
彼女も私と同じなのだ。失ったものを……心の欠けてしまった物を何とか埋めようと、ただひたすらに無駄だと知りながらも同じ行動を繰り返す。
あの時から時間の止まってしまった私達には……もはやそれくらいしか出来ることが残っていないのだから。
だから私達は、
「
今日もあの子のいる場所にやってくるのだ。『姿くらまし』で現れた場所は、昼間だというのにどこか薄暗く寂しい場所。
そんな空間の中私と妻はいつもと同じく心の奥底から湧き上がる喪失感を胸に、嘗ての息子が埋まっている墓を見つめるのだった。
ここに立つだけであの子との思い出が溢れてくる。明るい思い出も、悲しい思い出も全て。
……私には自慢の息子がいた。
同年代のどの子供より優れた息子。それこそあのハリー・ポッターよりも。あのポッターにクィディッチで勝利し、成績に至っては彼など比較にすらならない。相手はあの生き残った男の子。この魔法界で最も有名な男の子にだ!
本当に自慢の息子だった。
思えばあの子は昔から他の子供とは違っていた。我儘などほとんど言わない、本当に大人しい子供だった。小さい子供など我儘ばかり言う存在だと同僚から聞いたことがある。あれが欲しいだの、あれが食べたいなどと、常にやかましく騒ぐばかりの存在だと。いくら自分の子供であろうとも、時折どうしようもなく疲労感を感じてしまうことがあるのだと。
だが私の息子は違った。幼い頃から大人しく、本当に我儘などほとんど言わない子供だった。偶には我儘を言ってもらうこともあったが、それこそ私の我儘というものだろう。
それにあの子はいつも私の期待に応えてくれた。私は純血の家であるがそこまで家柄は高くはない。魔法省でもそこまで高い地位についているわけではない。つく見込みもない。だがそんな私は、ならばせめて息子だけは高い地位に行ってほしい、そう思い常に息子に過度な期待をかけていた。思い返せば自身の身の丈に合わない、実に理不尽な要求ばかりだったように思う。
だがそれでも私の息子は常に私の期待に応え続けてくれた。応えようと努力し続けてくれた。小さな頃から勉学に励み、ホグワーツに入学してからは常に上位の成績を保っていた。その上あの子はシーカーまで務めた。当に文武両道。人の上に立つには十分すぎる素養だ。性格も勿論申し分ない。誰に対しても優しく接し、自分の有り余る才能を鼻にかけたりなどしない。ただ周りの人間を……私と妻を喜ばせたいという思いで努力している。そんな私には勿体ない息子だった。
寧ろ彼のことを自慢したくて仕方がなかったのは私の方だ。あの子が謙虚な分、私だけはあの子の才能を周囲に自慢し続けた。
私の息子は凄い子なのだ! あの有名なハリー・ポッターにだって負けない! あの純血貴族の間で有名なダリア・マルフォイにとて負けない! 私の息子は世界で一番なのだ!
だからこそあの子が三大魔法学校対抗試合の代表選手に選ばれたと知った時、それはもう喜んだものだ。妻も私程興奮してはいなかったが、やはり知らせを受けた時はその瞳を喜びに輝かせていた。
やはり私の目に狂いはなかった。あの子は公平な審査を受けたうえでホグワーツの代表選手として選ばれたのだ。ホグワーツの誰よりも優秀で、誰よりも優れた人格者なのだと、炎のゴブレットに証明されたのだ!
……だが今なら思う。
何故私はあの時あんなにも喜んでしまったのだろうか。いくらセドリックが優秀とはいえ、三大魔法学校対抗試合には危険がつきものなのだ。それこそ歴代の試合の中で代表選手が命を落としたことなどいくらでもある。本当に息子のことを思うなら、私はあの時不安に思うべきだったのだ。あの子に命の危険があるかもしれない。そのことに私は多少なりとも不安を感じるべきだったのだ。
だからこれは罰なのやもしれない。そう全てを失った後にようやく私は自覚した。
私が息子の打ち立てる栄光の記録を称賛するばかりで、決してあの子のことを心配していなかったことに対する罰。
気を抜けば何度でもあの瞬間の光景が脳裏に浮かぶ。
三大魔法学校対抗試合最後の試練。その巨大な迷路の入り口に突如として現れた、体中傷だらけになりながら荒い息をつくハリー・ポッター。
そして……地面に横たわり、ハリー・ポッターと違いピクリともしない私の息子。
割れんばかりの歓声が段々と悲鳴に変わっていくあの瞬間を。つい数時間前まで元気に私と会話していた息子が、物言わぬ躯となって帰ってきたあの瞬間を……。
妻と共に墓の前に立てば、いつもあの子との思い出がよみがえる。だが最後に残るのは……やはりあの瞬間の記憶のみだった。
日に日に喪失感のみが大きくなっている。失ってから、改めて私達の中で息子がどれほど大きな存在であったかを認識する。あの子は私達にとって生活の中心とすら言える存在だったのだ。
なのにあの子は……もうこの世のどこにもいないのだ。それこそ毎日ここに来たところで、決してあの子の声を聞くことなどないのだ。
息子が生きていれば、一体今頃何をしていただろうか。
息子は本来であれば今年でホグワーツ最終学年のはずだった。今頃なら他のホグワーツ生と同じく、今年もホグワーツに行く準備を整えていたに違いない。
そしてホグワーツに行ってからは、一体あの子はどのような生活を送っていただろうか。最終学年ということもあり勉学により一層励まねばならないだろうが、優秀な息子のことだからきっと他のこととも両立出来たはずだ。それこそ優秀な上に、私とは似ても似つかぬ程整った顔立ちをしていた。きっとさぞ女生徒にモテていたはずだ。私達には隠していたが、ガールフレンドの一人や二人いてもおかしくはない。一体あの子は将来どんな女性を私達の下に連れてきたのだろうか。
考え出せばきりがない。息子を中心に生活していた私達が日々考えることはそのようなことばかりだ。あの子がいなくなった今、もう何の意味もないことだが……。
自然と涙がこぼれ、息子の墓石を僅かに濡らす。思い出ばかりが溢れかえり、思考が一歩も前に進みはしない。世間ではハリー・ポッターのことが再び騒がれているが、そんなことは私達にとってどうでも良いことだ。彼が嘘をついていようが、嘘をついていまいがどうでもよいのだ。
闇の帝王にセドリックが殺された?
それが本当であれ、ポッターの嘘であれ、私の息子が死んでしまったことには何の変わりもない。魔法省の発表通り事故であっても、あの人に殺されていようとも、それはもはや等しく事故のようなものだ。抗いようのない死だ。ただ息子に二度と会えないという結果のみが私達に残される。
だからこそ私達は、
『あの……この賞金、貴方達に差し上げます。これは本来ならセドリックのものだと思うから。だから、』
『……いいえ、それは貴方の物です。それを受け取る資格など私達にはありません。どうか貴方が受け取ってください。そうでしょう、あなた?』
『……あぁ』
あの日ハリー・ポッターから差し出された、三大魔法学校対抗試合の優勝賞金も受け取りはしなかった。いや、受け取れなどしなかった。受け取りなど
それを受け取ってしまえば、私達はあの子の死に何か汚点を残してしまうような気がしたから。……あの子の死を、本当の意味で受け入れねばならなくなってしまうから。あの子の死んだ理由を考えてしまえば、私はどんなことを考えるか分かったものではないのだから。
あの子の死の意味……そして価値など考えたくもない。
まるで本当に世界が止まったみたいな気分だ。世界の全てから色が失われたようだ。何を見てももう私達は感動することはない。何を見ても私達はあの子がもうどこにもいないという事実を思い出してしまう。
世界は私達を置き去りにしてしまったのだ。
……だがそんな時だった。
そんなことを取り留めとなく考えている時、私はふと視界の端に昨日までなかった物を発見する。
昨日まで殺風景だった墓の横。そこに昨日まではなかった一輪の花が供えられていたのだ
ホグワーツが夏休みに入った直後はここにも息子の友人達が供えた花が多く置かれていた。それこそ色とりどりの花が。だがそれも日が経つにつれ段々と少なくなり、最後には誰も供えなくなってしまった。まるで息子のことなど忘れてしまったかのように。ただホグワーツの準備が忙しいからだとは分かっていても、どうしてもそう私には思えて仕方がなかった。
だがこのホグワーツ新学期直前に再び一輪だけとはいえ花が供えられた。おそらく
それにこの花の花言葉は確か……。
「そう……私達も、
妻が私の隣でそっとそんなことを呟く。
そして、
「……ありがとう。セドのことを覚えていてくれて……」
ハンカチで目元を拭きながら、そんな風に続けるのだった。
その言葉を聞いて私は……少しだけこのどうしようもない寂寥感や孤独感が薄らぐのを感じていた。
近くの木陰に、一瞬だけ
ダリア視点
セドリックの両親が墓場から去っていく。
その足取りはやはりどこまでも重く、それはここに何度も足を運んでも決して彼らの悲しみが和らぎはしていないことを表していた。
当たり前のことだ。彼らはセドリックの両親なのだ。きっと彼らはお父様達が私のことを愛して下さったのと同様、自分の息子であるセドリックのことを愛していたに違いない。だからこそ彼はその愛に応えようと常に努力し続けていたのだ。それは彼と交流していた時間が短い私にも分かること。
……だからこそ彼らの悲しみを思うと胸が引き裂かれそうだった。
彼等は失ってしまった。いや、
闇の帝王によって。……彼に造られた私という怪物によって。
私はとてつもなく大きな罪を背負ってしまった。そしてこれからも……私は奪い続けていくしかない。闇の帝王がこの世に君臨する限り。
私は決して、この悲しみを忘れてはならない。そうでなければ……私は本当に
そんな存在に本当になってしまえば……私は決してマルフォイ家にいられなくなってしまうから。
怪物はあの尊い家族には相応しくない。
そこまで考え、私は少し自嘲気味に笑う。勿論表情筋自体はピクリとも動いていないが、私は心の中で自分を嘲笑いながら考える。
私は結局自分のことばかり考えている。セドリックの死をようやく実感出来たとしても、私は結局……。
だから私は繰り返す。一瞬切れてしまった『目くらましの呪文』をかけなおしながら、去り行く両親の背中に向かって小さく呟く。
「決して忘れはしません……。忘れてはいけない。忘れられるはずがない。彼は私にとってかけがえのない……」
傍には私の供えたカーネーションの花。これで誰かが救われるわけでもなく、寧ろ両親にはいらぬ心労をかけてしまったかもしれない。
それに何より、私は今彼等に何の謝罪も出来ていはしない。それどころか私は今年の夏休みから奴に協力してすら……。
「忘れはしない。忘れてたまるものか……。私は決してあいつと同じには……」
夏休みが終わり、いよいよ次の学年が始まろうとしている。
であるのに少しも明るい気持ちになることなどない。ダフネが待っている学校生活であるというのに、私は未来に決して希望など……ない。
私はもう……戻れない所まで足を踏み入れるしかなかったのだから。
……いよいよ私にとって5年目のホグワーツ生活が始まろうとしていた。今までの平穏とは程遠い、ただホグワーツを楽しむだけでいい学年とは違う生活が……。