ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ダリア視点
ただでさえ家族と接する機会が減ってしまったというのに、これからまたホグワーツの生活が始まってしまう。
唯一の朗報はこれで闇の帝王の仕事からも離れられることだが……家族といられない時間など何の価値もないものだ。
それに私の
『……そうですか。ではダフネも……。あの老害……よくも私達の時間を……』
『う、うん。最初だけ……それこそ一瞬だけ監督生車両に行かないといけないみたいなの。で、でもダリアが望むなら私はここに、』
『いいえ。ダフネもお兄様と共に行って下さい。……私はここで帰りを待っていますので』
あの老害の下らない裏工作によって私から引き離されてしまった。僅かな時間とはいえ私からダフネを引き離したのだ。これでまた無意味で無価値な時間が増えてしまった。
本当に余計なことばかりをする老害だ。
そもそも私を監督生にしないのもあまりに露骨な嫌がらせなのだ。別に監督生になりたくもなかったが、私に少しでも特権を与えたくないという魂胆が見え透いている。それ程までに私に自由を与えたくなかったのだろうか。これでは実際にホグワーツに着けば一体どれ程の監視体制が敷かれていることか……。
まったく想像しただけで嫌になる。何故私は学校に行くだけでここまでの心労を負わねばならないのだろうか。ただでさえ吸血鬼であることを隠さねばならないのに、更にこれからは……。
私は憂鬱な内心のままに、一つのコンパートメントを魔法で占拠しながら一人黄昏れる。いつもであればここに一応の幼馴染であるクラッブとゴイルがいるはずだった。しかし今こんな気分で、それこそお兄様やダフネもいない中、ただ二匹の豚の飼育係になる心の余裕などない。パーキンソンやブルストロード、ノットやザビニも然りだ。今ダフネやお兄様以外の人間と話す元気など私にはないのだ。ここで不愉快なまでのお世辞やゴマすりを言われれば、私は彼等にどんな対応を取るか分かったものではない。特に『死喰い人』の親を持つ人間とは……。
だからこそ私は一人になるため、コンパートメントに『人避けの呪文』をかけていた。夏休み中
だからこそここには新任監督生への話が終わらない限り誰も立ち入らない……はずだった。
なのに、
「あ、ダリア・マルフォイだ」
何故か私の魔法を突破し、あまつさえどこまでも気軽な調子で話しかけてくる女生徒がコンパートメントに乱入して来たのだった。
しかも入ってくるだけでは飽き足らず、
「どうやってここに……部屋には『人避けの呪文』を。いえ、そういう貴女は?」
「あたしはルーナ。ルーナ・ラブグッド」
そのまま自己紹介らしきものをした後、私の目の前の席に腰掛けてしまった。
訳が分からなかった。突然起こった予想外の事態に頭が混乱している。そもそもこの女子生徒は誰なのだろうか。いや、名前は先程名乗られはしたが……それでも彼女が何者であるのかサッパリ分からない。
濁り色のブロンドの髪が腰まで伸び、バラバラと広がっている。眉毛がとても薄い色のため目が飛び出しているように見え、普通の表情であるはずなのにどこかビックリした顔のようだ。普通にしていればそれなりに美人であろうに、あまりに格好や表情に無頓着なせいでどこからどう見ても変人にしか見えない。挙句の果てにバタービールのコルクを繋ぎ合わせたネックレスを掛けていたり、杖を左耳に挟んでいたりともう理解不能だった。
そして彼女はそんな変人な見た目通り、どこまでも無頓着な様子で私の目の前に座るとそのまま『ザ・クィブラー』という今まで見たこともない雑誌を読み始めてしまった。
許可を求めずコンパートメントに居座る態度もそうだが、彼女からは一切の私に対する恐怖心は伺えない。
……本当にこの子はどういう生徒なのだろうか。
今まで見たことも聞いたこともないタイプの女生徒にただ私は困惑する。しかしここで黙っていても何も話は始まらない。このまま放っておけば彼女はいつまでもここに居座るだろう。何故か雑誌を
だからこそ私は不本意ながらも、何とか混乱する内心を抑えて彼女に話しかけたのだった。
「……それで、ラブグッドさん。一体どうやって……いえ、どうしてここに入ってきたのですか?」
しかし意を決して話しかけたものの、我ながら実に曖昧な質問だと思った。一方それに対する答えも、
「ラックスパートがいたと思ったんだもん。そしたらここにダリア・マルフォイがいたの」
見た目相応に頓珍漢なものでしかなかった。コンパートメント内に再び奇妙な沈黙が舞い降りる。
一体私はどうすればいいのだろうか。もはやどうするべきか全く案が浮かばない。分かるのは彼女が私に対して恐怖心を抱いていないという荒唐無稽な事実のみ。……ラックスパートって何?
いくらでも疑問はある。なのに私の口から次に出て飛び出したのは、突然浮かんだひたすらどうでもいい疑問でしかなかった。
「ラックスパート? 寡聞にして聞いたことのない生き物……なのでしょうか? それは一体何ですか?」
「人間の耳から頭に入り込んで、その人の頭をボーっとさせる生き物のことだよ。目に見えないけど、ここにいっぱいいる気がしたんだもん」
……質問しておいてなんだが、私は一体何の話をしようとしていたのだろう。
何だか平然と返されてしまったが、本当にそんな生き物は存在するのだろうか?
益々疑問符だらけになる思考。もはや私は次に何を言えばいいのかも分からず、目の前の女生徒は女生徒で再び雑誌を読みふけっている。
しかしそんな沈黙は突然、
「あっ、ジニーだ。あたし、あの子の所に行くね」
他ならぬこの混乱をもたらした少女自身によって終わりを告げたのだった。
雑誌を真剣に読んでいただろうに、外を偶々通りかかった忌々しい赤毛に突然顔を上げ、そのまま勢いのままふらりとコンパートメントを後にした。
残されたのは、突然のことに未だ驚き……それ故に先程まで感じていた鬱屈とした感情が吹き飛んでいる私のみだった。
本当に一体彼女は何だったのだろうか?
ダフネ視点
「それじゃあ、ハーマイオニー。後はホグワーツに着いてからね。私達はダリアの所に戻るよ」
「え、えぇ。……ダリアにもよろしく言っておいてね」
「うん。……まぁ、伝えるだけ伝えておくよ」
ようやく監督生の話や仕事が終わり、私はドラコと共にダリアのいるコンパートメントを目指す。早く行かなくては。この夏休み中ずっと心労に晒され続けた彼女をこれ以上一人にすることは出来ない。どうせ今頃はクラッブやゴイルだけならいざ知らず、裏の事情をよく知るスリザリン生に絡まれているに違いない。
彼女が無表情の下でどんなことを考えているかも知らずに。
だから私達は先頭車両から全てのコンパートメントを覗き込み、彼女のあの美しい白銀の髪が見えないか探す。
しかしようやくダリアのいるコンパートメントを探し出したわけだけど、
「ダリア! ようやく終わったよ! もう無駄に長くて……あれ? ダリア一人だけ?」
意外なことに彼女のコンパートメントには彼女一人しかいなかった。それに表情も別れる前まで浮かべていた暗い無表情ではなく、何故かポカンとした表情を浮かべている。そして表情同様どこか驚いた様子の声で私の質問に答えたのだった。
「え、えぇ……
何故ダリアがこんな表情を浮かべているのかは分からないけど、彼女が独りでいた理由は理解した。
結局のところスリザリン生はどんなにダリアにすり寄ろうとしても、内心では彼女に対して強い恐怖心を抱いている。それは純血主義であればある程寧ろ強いのかもしれない。お近づきになれば圧倒的な権力が手に入るものの、もし睨まれれば社会的どころか物理的に死ぬ可能性がある。そう奴らは考えているに違いない。ならばこそ彼女の魔法を潜り抜けられるのは私とドラコ、そして他寮ではハーマイオニーしかいないのだ。
私はダリアが苦しい思いをしていなかったことに嬉しさを感じる一方、どこか釈然としない気持ちを抱えながらダリアの前に腰掛ける。
しかしドラコの方は彼女の事情は最初から分かっていたと言わんばかりに、ダリアの隣に腰掛けながら私がもう一つ気になっていたことを尋ねた。
「ダリア……どうかしたのか? 何か
そしてその質問にダリアはやはりどこか不思議な表情を浮かべながら、
「ラックスパートです……。ラックスパートが入ってきたんです」
更に意味不明な返答をしたのだった。
ラックスパート?
ダリアが悲しい思いをしていなかったことを喜んでいた様子のドラコも、この意味不明な答えには流石に困惑した表情を浮かべている。おそらく私も同様の表情を浮かべていることだろう。
「……ラックスパートってなんだ?」
「さぁ、私にも。……なんでも耳から頭に入り込んで、その人の頭をボーっとさせる生き物なのだそうです」
しかしダリアはそこまで答えると、ようやく意識がこちらに戻ってきたのか小さく、
「すみません。少し不思議なことがあったもので。……あんな子もホグワーツにいたのですね。そ、それより、お待ちしていましたよ、ダフネ、お兄様。この部屋には貴方達しか入れないはずですから、これからはずっと一緒にいましょうね!」
呟いた後、気を取り直したように渾身の笑顔を浮かべてくれていた。
そこには汽車に乗るまで浮かべていた暗い表情はどこにもなく、以前まで私達だけに見せてくれていた無表情の上からでも分かる笑顔があったのだった。
私達がいない間に何があったかは分からない。でもダリアの笑顔が少しでも戻ったのなら何でもいいや。たとえこれが一時的なものでしかなく……状況が何も変わっていなくとも、この時間もまた本物なのだから。
そう思い、私もようやく笑顔を浮かべることが出来ていた。
少なくとも汽車を降り、あのいつも見ていた透明な馬に引かれた馬車を見るまでは……。
ハーマイオニー視点
あれ程明るかった外は今は昏くなり、車内を照らすのは窓から入り込む月明りと車内ランプのみ。そんな中、
「やっと着いたみたいね」
「あぁ、早くご馳走にありつきたいよ。腹減って死にそうだ」
汽車がいよいよ速度を落とし始めたため、私達は急いで汽車から降りる仕度を始めたのだった。
私は膝の上で寝ていたクルックシャンクスを抱き上げ、元のケージの中に入れてあげる。彼は本当に賢い猫だからその間も文句ひとつ言わない。そしてそんな彼を愛おしく見ている私に
「賢い猫だね。多分ニーズルの血が入っているんだと思うな」
空腹を訴えながら仕度を整えるロンの隣から、今日初めて知り合った彼女の声。
私はその声の主である
「えぇ、私の自慢の家族よ。……
ルーナ・ラブグッド。ハリーやジニーと共にこのコンパートメントにいた彼女は、バタービールのコルクを繋ぎ合わせたネックレスを掛けていたり、『ザ・クィブラー』という胡散臭いことで有名な雑誌を読んでいたりと見るからに変人だと分かる見た目をしている。
でも私はそんな
何故なら彼女は……私と同じく、ダリアとダフネに全く偏見を持っていない数少ない生徒の一人だから。
彼女はロンが部屋に入るなり言い始めた言葉に真っ向から反論したのだ。
『やっと終わったよ! 何が監督生だよ。まったく、スリザリンの監督生が誰だか分かるかい!? あのドラコとダフネ・グリーングラスだよ! ダリア・マルフォイでないだけいいとはいえ、よりにもよってあのグリーングラスを、』
『あれ? 監督生はダリア・マルフォイじゃないんだ。ダンブルドアも変な人選をするんだね。ダリアはいい人だとあたしは思うけどな。だってあの人あんなに綺麗なんだもの』
つい数時間前の瞬間のことを私は忘れはしない。
ジニーの友人である彼女はどうやらレイブンクロー生らしく、私は彼女のことを全く知らなかった。だから彼女のようにダリアに全く偏見を持っていない生徒がいたことに……私は少なくない驚きと感動を覚えたのだ。
考えればそもそも彼女の考えこそが正しい物であり、周りの人達の方が間違っていると言える。でも、それでも彼女のような生徒に会ったのは初めてなため、私はどうしよもなく嬉しくて仕方がなかった。
だから私は彼女への最初の第一印象など忘れ、もはや彼女のことを大好きな後輩だとすら感じていた。
今なら彼女の父親が編集者だという『ザ・クィブラー』でさえ素晴らしい雑誌に思える。内容が出鱈目であることは間違いないけど、今なら寛容な気持ちで読めることだろう。
そしてそんな私の気持ちを感じ取ったのかは知らないけど、
「そうなんだ……。ダリア・マルフォイも……」
ルーナも私の答えに僅かに口元を綻ばせていたのだった。
不安しか感じない一年の始まりだったけど、こうして素晴らしい後輩と知り合うことも出来た。そんな小さな幸福を私は噛みしめながら汽車を降りる。
……しかしその幸福感も、
「一年生はこっちに並んで! 一年生はこっちだよ!」
すぐに強烈な違和感によって遮られることになる。
いつもであればここでハグリッドの、
『
という独特な声が聞こえてくるはずだった。でも今聞こえるのはグラブリー・プランク先生という、去年一度だけハグリッドの代わりに『魔法生物飼育学』を代行した先生の声だけ。見れば突き出した顎とガリガリに借り上げた髪が特徴的な先生の姿のみ。あの懐かしい大きな体はどこにも見当たらない。
しかも去年までとの違いはそれだけではなかった。
どれだけハグリッドの不在を心配しても、私達がすぐにホグワーツに向かわなくてはならないことに変わりはない。しかしそのいつも通りの道のりの途中、
「な、なんだ、この
突然ハリーがそんなことを言い始めたのだった。
目の前にはいつも通り
私達の……ハリー以外の人間が驚いている様子は一切ない。
でもハリーだけは恐怖したかのように馬車の前で立ち竦み、私達には見えない馬をひたすら見つめていた。
ルーナ視点
ダリア・マルフォイ。
あの人をあたしが初めて見たのは一年生の頃、奇しくもあの人が『継承者』として疑われている真只中だった。
あたしが見た時、あの人は一人で廊下を歩いていた。それもいつもの無表情の上からでも分かる程、どこか寂しそうな表情を浮かべた状態を。
あたしは周りのレイブンクロー生が話しているのを聞いたことがあった。
『私……本当に怖い。私は純血なんかじゃないわ。きっとあいつに襲われてしまうわ。本当に……どうして学校はあんな奴を退学にしないの!? あんないつも人を見下すような目をして、偉そうに取り巻きを連れて歩くような奴を……。あいつが継承者であることは間違いないのに、どうしてまだ学校に残しておくのよ!』
でも実際にあたしがあの人を見た時の姿は、決して他の人達が言っていたような姿などではなかった。
無表情であることは間違いないけど、とても寂しそうで……どこまでも孤独で悲し気な姿だったのだ。その姿を見れば、決してあの人が『継承者』だなんてあたしには言うことが出来なかった。
……あたしにはあの人がただの表情を作るのが下手なだけな人にしか見えなかった。
だからこそあたしは決してダリア・マルフォイのことを恐れたことはないし、恐らくこれからもあの人に恐怖を覚えることはないと思う。あの人が『継承者』ではなかったのなら尚更。あたしがあの人を恐れる必要なんてない。
それにダリア・マルフォイは……あたしから見てもとっても綺麗な人なのだ。皆から変わっているとよく言われるあたしでも、あの人が本当に綺麗な人だということくらいは分かる。おそらく皆もあの人が綺麗だからこそ……寧ろ綺麗すぎるからこそ怖がっているのだと思う。
そしてそんなあたしの考えは正しく、
『ラックスパート? 寡聞にして聞いたことのない生き物……なのでしょうか? それは一体何ですか?』
『人間の耳から頭に入り込んで、その人の頭をボーっとさせる生き物のことだよ。目に見えないけど、ここにいっぱいいる気がしたんだもん』
実際ダリア・マルフォイはあたしの話を決して嫌がらずに聞いてくれていた。
あの人のコンパートメントが空いていたのを見つけたのは本当に偶然だった。ラックスパートを探して汽車の中を歩いている時、汽車の中で一番キラキラした部屋に入ったらあの人がいたのだ。まるで御伽噺に出てくるような綺麗な女の子。あたしが今まで見てきた中で一番綺麗だと思う人が、少し物憂げな無表情を浮かべながら窓の外を見ている。その光景に思わずラックスパートのことも忘れて中に入り、驚きながら質問してくるあの人に応えた。
交わした言葉は数秒だけ。でもあの人が他の人達とは違い、あたしを決して馬鹿にしていなかったことだけは分かる。
あたしはダリア・マルフォイがやはり皆が言うような人ではないという確信を得たのだ。
それに今日知り合ったハーマイオニー・グレンジャーも私と同じ意見の様子だった。いつもスリザリン生と反目しあっているグリフィンドール生が言うのだから間違いないと思う。
皆ハーマイオニー・グレンジャーのように、素直にあの人のことを綺麗だと思えばいいのに。そうすればあの人がただ表情を作るのが下手なだけで、本当は表情を隠すのも下手だと分かるのに。
そうあたしは考えていた。
でも同時に……
「な、なんだ、この馬!?」
それは今年も叶わないだろうとも思っていたけれど。
ホグワーツ城に向かう馬車が立ち並ぶいつもの光景。そんな光景にハリー・ポッターの声が響き渡る。声の方に目を向ければ、先程まで一緒のコンパートメントにいた彼がある一点を凝視して硬直していた。
そう、本来なら他の人に見えるはずのない……死を見たことある人しか見えない馬、セストラルの姿を。
肉の全くない、まるで骨に黒い皮だけを張り付けたような体。背中にはまるで蝙蝠のような翼を生やしたセストラルの姿が、確かに彼の緑色の瞳には映りこんでいた。
あの反応からすると、彼は
そしてもう一人……ハリー・ポッターの向こうで、
「ダリア? どうしたの?」
「……」
同じようにこの子達を見て驚いている様子の
あの人が誰の死を見たかは分からない。でもそれはあの人の家庭環境を考えると……決して本来見ていいものではなかったように思えて仕方がなかった。
だからこそあたしは改めて思う。
おそらく……今年もあの人の辛い状況は変わることはないのだろうな、と。