ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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魔法省からの監視員

ダリア視点

 

セストラル。人の死を見ることで、初めてその異形な姿を捉えることの出来る魔法生物。

おそらく魔法界の中では死の予兆を表すグリムやオーグリーと並んで不吉なことで有名な生き物だろう。名前だけならほとんどの魔法使いが知っている。

しかし知名度に反比例して、グリムとオーグリー同様この生物の姿を見たことのある魔法使いはそれ程多くない。何せ目の前で人が死にゆく姿を直に見なければならないのだ。身近な人の死とてそうそう見ることはない。

かくいう私も、()()()()()去年までセストラルの姿を見ることは出来なかった。透明な馬から何となくの予想自体はしていたが、姿が見えない以上予想に過ぎなかった。

 

でも今は……。

 

私とお兄様、そしてダフネを乗せた馬車は悠々とホグワーツ城への夜道を進んでゆく。馬車の窓にはホグワーツ城を囲む鬱蒼とした森が見え、空には満天の星空が輝いている。

ここまではいつも通りの光景。もう少し進めば学校の入り口にそびえ立つ猪の像も見えるはずだ。

しかしそんないつも通りの光景に、今年は去年までは決してなかったものが映りこんでいる。

この馬車……どころか他の生徒も乗る全ての馬車を引いている、まるで骸骨のような不気味な姿をした生き物が。それは人の死を見ることで初めて見ることが出来るセストラルの姿に他ならなかった。教科書のみでしか知らないはずの姿が、今私の目の前に実在しているのだ。

 

「……ダリア、大丈夫? さっきから様子が変だよ? 何か……何か馬車の前に見えるの?」

 

「……」

 

私はこちらに心配げに話しかけてくれるダフネに応える余裕もなく、ただ茫然とセストラルの歩く姿を見つめながら考える。

何故。一体何故私はこの生き物をこの段階で見えるようになってしまったのだろうか?

いや、そんなことは考えるまでもない。今年の夏休みに見た死。いくら闇の勢力に仕方なく身を置いているとはいえ、目の前で見た死など一つしかない。

 

『い、嫌だ! こ、こんなはずじゃなかったんだ! 私はこんな所で死ぬはずじゃ! だ、誰か助けて! まだ死にたくなんてない!』

 

カルカロフ元校長が足元に縋りついてくる感覚。小屋に響く彼の叫び声。呪文を受け、段々と冷たくなっていく彼の手。そしてその時覚えた()()()()……。

今でもあの時の感覚を鮮明に思い出せる。思えばあの時本当の意味で何かが変わった気がする。実際に初めて見た、人が目の前で死にゆく姿。それも寿命や病気ではなく、誰かに殺されるという()()な死に方で。

思えば闇の帝王が復活し、実際に目の前に姿を現しても本当には実感していなかったのかもしれない。

 

私の愛する日常は……本当に終わってしまったのだということを。

もう決してマルフォイ家は……私は後戻りできない、もう前に進むしかないということを。

 

それをカルカロフ元校長が目の前で死ぬことで、ようやく私は実感したのだ。そして今もこうしてセストラルの姿が私に再確認させる。この一見いつも通りの日常の足元には、もはや日常とはかけ離れた何かが蠢いているのだ。

 

「ダリア! ……どうかしたの?」

 

しかしそこまで考えた時、ダフネの大声が私の意識を現実に引き戻す。

大声に視線を戻せば、そこにはこちらを不安そうに見つめるダフネとお兄様の姿。お兄様も声こそ上げていないが、こちらに心配げな視線を送っていることに変わりはなかった。

私はそこで初めて自身の余裕のなさを自覚し、これではいけないと無理やり笑顔を浮かべようとする。ある意味で先程まで突然の出会いに全てを忘れていたことも、自身の今の状況を表していた。いつもの私であれば、あの程度の出来事にも適当に対処出来ていたはずなのだ。なのにただ私の魔法を突破され……聞いたこともない生き物の名前を言われただけで思考能力を奪われていた。

後から考えれば、どう考えても先程の私はいつもの私ではなかった。何故あのような得体のしれない生徒に、数分とはいえ同じコンパートメントに同席することを許したのだろうか。

 

結局あの不可思議な雰囲気の少女も、ただ私のことを知らなかったからこそ私を恐れていないだけなのだ。

私という存在を認識さえすればきっとあの女生徒も……。

 

尤もそれを今悔いても仕方がないのも事実。私はいつもの無表情に精一杯の笑顔が浮かんでいるのを祈りながら、目の前の大切な人達の視線に応える。

 

「……なんでもありません。ただ少し……外に見える景色に見とれていただけです。お二人が心配するようなことは何もありません」

 

「……ダリア」

 

しかしそれは逆に二人の不安を煽ったらしく、彼らはより一層何とも言えない表情を浮かべるだけだった。

 

 

 

 

夜は更ける。私達の事情などお構いなしに。たとえセストラルという不吉な生き物が見えようと、それは決して変わることはない。

しかも今夜私を憂鬱にさせる出来事は……

 

()()()()()()()! 皆さん初めまして。わたくし、この学校に再び戻ってこられて本当に嬉しいですわ!」

 

まだまだ終わりではなかったのだから。

この日自分の最も好きで、しかし同時に()()()()()を除いて最も嫌いな科目が……やはり例年通りの時間になることを知ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー視点

 

汽車の中でも薄々感じてはいた。たとえ監督生バッジに浮かれていはしても、決して周りに目を向けていなかったわけではない。

それに、

 

『あ、ハーマイオニー……ハリーは一緒ではないの? ということはようやく貴女も分かったのね。彼の()()に。夏休みの間、貴女がまだ彼とべったりしているのではないかと思って心配していたのよ』

 

同じグリフィンドールであり、尚且つ私のルームメイトであるはずのラベンダーにあんなことを言われれば嫌でも分かってしまう。

ハリーの今年置かれるであろう立場を。

去年まで彼女は決してハリーに対してあんなことを言う子ではなかった。あの忌々しい占い学を信じる辺り、何事にも感化されやすい子ではあると思っていたけど……決してあんなことを言う子では。

振り返れば車両の中で彼女のようにどこか嫌悪感の籠った視線を送ってくる生徒は他にもたくさんいた。ハリーといつも一緒にいる私でさえこうなのだ。実際にハリー本人が向けられる視線はいか程の物だろうか。

そしてそんな私の懸念は見事に的中することになる。

()()な馬に引かれた馬車で城に辿りつき、いつも私達が食事を摂る大広間の中に入る。大広間には四つの寮の長テーブルが並んでおり、それぞれの席で大勢の生徒達が既に着席し、思い思いに夏休みについて話していたわけだけど……ハリーが大広間に足を踏み入れた瞬間、大広間の中が一斉に静まり返った。そして皆額を寄せ合い、ひそひそとこちらに軽蔑した視線を送りながら噂話を始めるのだ。

彼等の声が聞こえるわけではないけれど、彼等が一体何の話をしているかなど火を見るより明らかだった。

私は隣で今にも堪忍袋の緒が切れかけているハリーに話しかける。

 

「ハリー、放っておくのよ。あの人達はただ魔法省の出す下らない記事を信じ込んでいるだけよ。その内否が応でも自分達が間違っていたことに気が付くことになるのだから。それより早く座りましょう」

 

ハリーが辛い思いをしているのは間違いない。こんな侮蔑や警戒の籠った視線を受けて耐えられるのは、それこそダリアくらいのものだろう。傍に居るだけの私ですら嫌な思いをするのだから、ハリーの内心は本当に辛いものだと思う。

でもこんな状況になるのは今年の初めから分かっていたこと。そしてこの状況は魔法省が『あの人』が復活した事実を認めない限り続く。

だからこそ私は自分の嫌な予感が現実になってしまったことを嘆きながらも、本当は自分も怒りの声を上げたいのを我慢してハリーを諭すしかなかった。ここで怒りの声を上げようものなら、今以上に辛い思いをするのは目に見えている。一時の感情に流されれば、それだけ相手にハリーを攻撃する材料を与えてしまうことになる。だから今はとにかく冷静になるしかないのだ。

そしてそんな私の思いが少しでも通じたのか、ハリーも私の言葉に小さく頷いてから席に着く。未だに表情は硬いままだけど、少なくとも周りの人間に当たり散らすことはなさそうだった。

私はハリーの様子に安堵しながら彼の隣に座る。そう、今はこれしか方法がない。たとえどんなに辛くても、今は耐えるより方法がないのだから。

 

それに同じような境遇にあるダリアとは違い……ハリーには味方も沢山いる。

 

「そうだぜ、ハリー。ハーマイオニーの言う通りだ。ファッジが君に謝りに来るのも時間の問題なんだ。その時にあいつらがどんな顔をするか……見ものだよ」

 

ハリーを守るように、彼の対面に腰掛けるロン。私と同じくハリーの隣に座るジニー。他寮であれば、いつの間にかレイブンクローの席に行ってしまったルーナ。そして教員にはダンブルドア校長を筆頭に多くの先生方がハリーに気づかわし気な視線を送っているのが見える。

その証拠に、

 

『あぁ、願わくば聞き給え

 歴史の示す警告を

 ホグワーツ校は危機なるぞ

 外なる敵は恐ろしや

 我らが内にて固めねば

 崩れ落ちなん、内部より

 すでに告げたり警告を

 私は告げたり警告を……

 いざいざ始めん、組み分けを!』

 

新一年生が大広間に入り、いざ組分け儀式が始まった時……例年であればただ一年生を歓迎する歌を歌うはずの『組み分け帽子』が不吉な歌を発したのだ。

一年生達が入ったことで一旦は静まり返っていた大広間も、帽子が歌い終わったことで再び喧騒で満ち溢れる。皆ハリーの言葉を信じていなくても、否が応でも悟ったのだ。魔法省は否定していても、この学校の教師陣は勿論、あの今世紀最高の魔法使いであるダンブルドアも彼のことを信じているのだと。そしてこうして組み分け帽子を通して私達に再び警告して下さっているのだと。

そう、どんなに辛い状況であっても、ハリーは決して一人などではない。私を含めた大勢の仲間がいる。彼のことを信じ、彼の存在に希望を持つ人達が。

 

今は苦しくても、決して絶望する必要性なんてないのだ。

 

……もっともたとえ味方が多かったとしても、やはり、

 

「保持すべきは保持し、正すべきは正し、禁ずるべきやり方と分かったものは何であれ……()()であれ切り捨て、いざ前進しようではありませんか」

 

敵が多いことにも変わりはないのだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ視点

 

私にとってホグワーツにいる時間とは、すなわちダリアやドラコ……それに最近ではハーマイオニーと共に過ごす時間に他ならなかった。

特に人生で初めてできた親友であるダリアと一緒にいるのなら、それはたとえどんな時間でも輝いているものなのだ。たとえどんな場所、どんな時間であっても。

……でも今は違う。たとえどんなに豪華な食事が目の前に並んでいようとも、ダリアと一緒にいたとしても、彼女が幸せそうでなければ何の意味もない。あの透明な馬車を見てから、彼女の様子が明らかにおかしいのだ。本人は隠しているつもりでも私にはまるわかりだ。その上ただでさえダリアが不安そうな表情を浮かべているというのに、それに追い打ちをかける様に、

 

「マルフォイ様! お、お久しぶりです。ご、ご機嫌いかがですか?」

 

「……えぇ、それなりに」

 

去年にも増して、ダリアに対するゴマすりが数分毎にされているのだから。

恒例……とは今年の様子からは言い難かったけれど、無事組分け儀式も終わり、目の前に豪勢な食事が並んでいるというのに、ただでさえ固いダリアの無表情が更に冷たいものになっているのだから間違いない。まぁ、元々ダリアはこういう()()()()が嫌いだったのだからそれも当然だろう。その上こいつらがこんな風に話しかけてくる理由も、彼らの親が誰かしらの『死喰い人』に繋がっているから……水面下で蠢いている闇の勢力のことを知っているからと思えば、ダリアにとって愉快な話であるはずがない。

彼等は知っているのだ。魔法省の報告とは違い、本当に闇の帝王は復活していることを。口ではハリー・ポッターのことを馬鹿にしているけれど、内心では真実がどちらにあるのかとっくの昔に気付いている。その上で尚ポッターを馬鹿にしているに過ぎない。どちらが闇の勢力にとって有利に働くか知っているから。だからこそこうした場では、なりふり構わずダリアに媚びを売ろうとしている。15歳の少女でありながら、あの闇の帝王にも目をかけられている彼女に。

それが誰よりも聡明である彼女には分かっているからこそ、こうしていつもの無表情を不愉快そうに歪めているのだ。

 

「……ダリア、大丈夫?」

 

でも無力な私には今の彼女に気の利いた一言もかけてあげることが出来ない。何度も同じ質問ばかり。

大丈夫か?

そんなの大丈夫でないに決まっているのに。闇の帝王が復活したことによりダリアの生活は一変してしまった。あれだけ大切にしていた家族との時間も、任務やら教育とやらで時間を潰されてしまった。そして今もこうして自分が誰の物であるかを再確認させられる。どれもダリアが一番嫌がることばかりだ。大丈夫であるはずがない。

私はそれを彼女からの手紙で知っていたはずなのに……。ダリアは去年までのように事情を隠すことなく話してくれた上、夏休みの間だって時間はいくらでもあったはずなのに、私はこんなにも……無力だった。ダリアに真の意味で寄り添ってあげることも出来ていない。

でも優しいダリアはそんな無力な私に、寧ろ気づかわし気に、

 

「大丈夫ですよ。……貴女が心配するようなことは何もありません」

 

そんなとても信じられないようなことを、これまたどう考えても無理のある笑顔で応えるのだった。無理をしているのか口角がまるで痙攣しているかのように動いている。

私の無力さが、寧ろ彼女に負担をかけているのは明白だ。そしてそれはドラコも同じなのか、もはや悲痛そのものの表情でダリアのことを見つめていた。

しかしどんなに私達が心配していたとしても、ダリアの事情が変わるわけではない。媚びた表情を浮かべた男子生徒が去った後、今度はいつも私達を取り囲んでいるパンジー達がやってくる。

 

「あら、ドラコ! それにダフネに……ダ、ダリアも。汽車の中でも探したのよ。それなのに全然見つからないんだもの。一体どこにいたのよ」

 

「……」

 

……おそらく彼女も、そして彼女の背後に控えているミリセントやセオドール、クラッブにゴイルにブレーズもダリアのことを知っているのだろう。特にクラッブとゴイルは勿論、セオドールの父親は本物の『死喰い人』だから事情を知っていても何もおかしくはない。セオドールを含めて、どこか全員がダリアに対していつも以上に媚びる様な……そしてどこか恐怖したような表情で席に着いた。ドラコが不機嫌そうな表情でパンジーの質問にも黙り込んでいるのにはお構いなしだった。

しかし恐怖の方が勝っているのか、席に着いたものの中々話し始めようとはしない。いつもであれば口々にダリアに話しかけるであろう男子陣も、ダリアの垂れ流すどこか不機嫌な雰囲気に口をつぐむしかない様子だった。でもいつまでも黙っているわけにはいかない。気まずい空気が流れ始める中、パンジーが目ざとく私とドラコの胸に付けたバッジについて話し始める。

 

「あ、あぁ! ドラコ、そのバッジ! それって監督生バッジよね! 流石はドラコだわ! やっぱり貴方が今年の監督生に選ばれたのね! 貴方以外なんて考えられなかったけれど、あの爺なら何をしでかすか分からないのよね。それに……あ、あら!? 女子の監督生って、ダリアではなくダフネなの!?」

 

そこでようやくダリアに話しかける話題を手にしたと思ったのか、今まで黙り込んでいた男性陣も一斉に話し始める。

 

「そ、そんな馬鹿な! まったくふざけた話です! ダリア以外に監督生に相応しい生徒などいないというのに!」

 

「お、俺もそう思います!」

 

「俺も」

 

そこから始まる罵詈雑言の嵐。皆口々にこの采配をしたダンブルドアを馬鹿にし始める。ダリアの関心を引きたいがためにダンブルドアを貶していることもあるのだろうけど、ダリアが監督生に選ばれていないことに納得できないこともまた間違いなさそうだった。

かくいう私もその意見自体には全面的に賛成だし、今でもダンブルドアは愚かな選択をしたと思っている。

しかし彼らは絶望的に間が悪かった。あまりの大声に今まで監督生の件に気が付いていなかった生徒の視線も集めてしまった上、ただでさえ機嫌が悪かったダリアが、

 

「……私は監督生などに全く興味はありませんよ。それに皆さんは……もしやダフネが監督生に相応しくないとでも言いたのですか?」

 

そんなことを苛立たし気な口調で尋ねたのだった。曲解この上ない上に、ダリアは普段こんなことを言うはずはないのだけど……やはり余程余裕がなくなっているのだろう。彼らの思惑は完全に裏目に出てしまったのだ。

 

「そ、そのようなつもりでは……ど、どうかお許しを」

 

そんな言葉を最後に、パンジー達どころか辺り一帯の生徒達がダリアの殺気に黙り込む。もはやダリアの幼馴染であるクラッブとゴイルですら恐れをなしたように完全に黙り込んでいた。しかも表情を完全に恐怖に歪ませて。

それにダリアも自身の失敗に気が付いたのだろう。今度はダリアの方が慌てた様子で彼等に言葉をかけようとする。しかし、

 

「い、いえ、私の方こそ申し訳ありません。私はただ、」

 

「さて、皆またしても素晴らしいご馳走に満足したことじゃろう!」

 

毎度のことタイミングの悪い老害の言葉で、ダリアの言葉は遮られてしまったのだ。

私を含めた苛立ちの視線にも気付かず、老害は機嫌よさそうに話を続ける。もっともその言葉も、

 

「皆が眠くなってしまう前にいくつか連絡事項じゃ。例年と同じく『禁じられた森』は立ち入り禁止じゃ。一年生諸君および、上級生の幾人かは決して立ち入らぬように。そして次に今年は先生が二人替わった。ハグリッドが()()()()休養を取っておるため、以前まで教鞭をとっておられたグラブリー・プランク先生が『魔法生物飼育学』にお戻りになる。更にもう一人、今年はこちらのドローレス・アンブリッジ先生が『闇の魔術に対する防衛術』を担当される。さて最後に、今年のクィディッチ寮代表選手の選抜の日じゃが、」

 

()()()()()()()!」

 

あいつの紹介する新任教師によって遮られることになるのだけど。

ダンブルドアのことは大っ嫌いだけど、あまりに初めての事態にダリアも私も苛立ちの表情から一転、驚愕のものに変わる。何故なら老害の一年始めのスピーチが遮られることなんて一度もなかったのだ。そもそもそんなことをする教師がいるなんて想像もしていなかった。あの空気を読まないことで定評のあるスネイプ先生だって、どんなに不機嫌な時でもそんなことはしないだろう。それが遮られたことで私は驚きの後、少しだけ小馬鹿にした感情を抱きながら新任教師の方に視線を向ける。見ればずんぐりとした体の、それもけばけばしいピンクのアバンドの魔女が、まるで今からスピーチをしようとするかのように立ち上がっている。恰好同様、やはりどこまでも空気を読めない質の人間であるらしい。それは他の大勢の生徒も同じ感想らしく、大広間のあちこちから鼻で笑うような音が聞こえていた。

 

 

 

 

約二人の例外を除いて……。

一人はグリフィンドールの女子生徒、そしてもう一人は私の隣に座る女の子。いずれも私の親友である彼女達だけは、決して周りの生徒達とは違い……新任教師に侮った視線を送ってはいなかったのだ。

それどころかその瞳には酷く警戒したものが含まれていた。それこそダリアのものに至っては……ダンブルドア以上に警戒した視線を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

ドローレス・アンブリッジ。その魔女の名前は、実はかなり昔から知っていた。

お父様から以前より耳にしていた、狼男の杖の所持まで禁止にしようとしていた高官魔女。聞けばその他の亜人に対しても同様に露骨な差別意識を抱いているらしい。狼人間に対する法案も含めて陰でお父様が潰しているからこそ何とか事態は収まっているが、放っておけば魔法界は私にとって更に生きにくい世界に変わっていたことだろう。

 

「ダンブルドア、素敵な紹介ありがとうございます。ぇへん、ぇへん! 皆さん初めまして。わたくし、この学校に再び戻ってこられて本当に嬉しいですわ!」

 

そしてその高官魔女の名前こそが……今私達生徒の前で演説している新任教師。ドローレス・アンブリッジに他ならなかった。

何故魔法省の人間が『闇の魔術に対する防衛術』教師に?

そんな疑問が咄嗟に浮かぶが、その答え自体はすぐに思いつくことが出来た。

現在闇の帝王は秘密裏に行動している。そしてそれを後押しするように、奴の復活を一切信じようともしない魔法省の愚図共。彼等が闇の帝王に対抗するために動いている老害をけん制しないはずがない。

 

だからこそ奴らは送り込んできたのだ。ダンブルドアが支配するホグワーツ城へ。教師という名の……

 

「さて皆さん、()()()()()は若い魔法使いや魔女の教育は非常に重要であると、常にそう考えてきました。皆さんが持って生まれた類まれなる才能は、」

 

()()()を。

私の警戒心を他所に、役人らしい回りくどく、何が言いたいのか結局よく理解出来ない話が続く。全身ピンク色の女が突然話し始めたことに注目していた生徒達も、話が進むにつれ興味を失ったのか好き勝手におしゃべりを始めている。真剣に話を聞いているのは教員達と、私を含めた数人の生徒くらいのものだ。

しかしそんな騒然としつつある大広間内でも、彼女は何も気にした様子もなく延々と何の益体もない話を続け……最後の最後に、

 

「保持すべきは保持し、正すべきは正し、禁ずるべきやり方と分かったものは何であれ……()()であれ切り捨て、いざ前進しようではありませんか」

 

決定的なことを発言したのだった。

それは紛れもなくダンブルドアへの宣戦布告に他ならなかった。

ダンブルドアの拍手でようやく生徒も彼女の演説が終わったことに気付いたのだろう。まばらな拍手が巻き起こる中、私は退屈な話にめげずに、今しがた再び老害の隣に腰掛けるガマガエルに視線を送りながら考える。

彼女が魔法省の監視員である以上、今年の『闇の魔術に対する防衛術』も望むべくもない。ダンブルドアの足を引っ張ることしか考えていない以上、彼女が真面な授業をすることはない。今年の授業も実に不愉快な授業になることだろう。

 

 

 

 

……そして同時にこうも考える。

本当に……彼女はただの魔法省から送り込まれた監視員なのだろうかと。

彼女の立場を考えれば、最も効果的に闇の帝王に取り入るには……。もし私の予想が正しければ、彼女は決して侮っていいような人物ではない。その思想や信念はともかく、彼女は決して……。

 

今年は始まったばかりだというのに不安が尽きることはない。カルカロフ元校長の死、闇の帝王に課せられた任務、見えるはずのないセストラル。そして……ドローレス・アンブリッジ。

 

あぁ、本当に……私の日常生活は終わってしまった。騒然とする大広間の中、私はそう思わずにはいられなかった。


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