ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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挑発

 ハリー視点

 

今年も僕の家であるホグワーツに帰ってこれた。ダーズリー家の中に僕の居場所なんて元よりない。騎士団本部の置かれているグリモールドはシリウス達がいて居心地こそ良かったけれど……やはり家とまで思えるのはここホグワーツしかない。ダーズリー家にゴミのように扱われていた僕を初めて受け入れてくれた、僕を認めてくれた居場所。それこそがホグワーツだったのだ。

そう()()()、のだ……。なのに、

 

「ほら、あそこ……あれが()()ハリー・ポッターだよ。新聞に書いてある通り、ホグワーツで一番頭がおかしい奴さ」

 

「あ、あれが……僕大丈夫かな。僕この学校に来るのが楽しみで仕方がなかったのに……。あんな人がいるなんて」

 

何故僕は朝からこんな嫌な気分にならなくてはならないのだろうか。

隣のハッフルパフ席から新一年生と上学年生との会話が漏れ聞こえてくる。しかも同様の会話は大広間のあちこちから聞こえてくる。同じグリフィンドール寮も例外ではない。昨日グリフィンドールに入った一年生が僕のことを何度も嫌悪感の籠った瞳で盗み見ている。

昨夜ホグワーツに帰ってきた後、談話室でルームメイトであるシェーマスに言われた。

 

『僕、ママに学校に戻るなって言われたんだ。ダンブルドアと……()()()()()。君が変な嘘をついて、それをダンブルドアが鵜呑みにしているからね。なぁ結局のところ、セドリックはどうして死んだんだい?』

 

同じ仲間だと思っていたはずのグリフィンドール、それも今まで苦楽を共にしてきたルームメイトからの言葉。

僕のことをよく知ってくれているはずのルームメイトですらあんなことを言うのだ。新しく入学した一年生なんて、まるで僕を怪物か何かだと思っている視線を投げかけていた。グリフィンドール席の一年生には新監督生であるロンがその都度鋭い視線を返しているけれど……残念ながら威厳がいまいち足りないのか効果を発揮していない。

唯一例外があるとすれば、それは意外にもグリフィンドールの()であるスリザリン寮くらいのものだ。ホグワーツ初日だというのに、一年生を含めて誰一人として声を上げようとしない。それどころか僕の方に視線すら送ってこない。

しかしそれは奴らが僕を馬鹿にしていないわけではなく、単純に僕以上の怪物が自身の寮にいるからに他ならなかった。スリザリン一年生達は、監督生であるダフネ・グリーングラス……の隣に座るダリア・マルフォイのことをチラチラと盗み見ている。まるで少しでも行儀の悪いことをすれば殺されるのではないかとでも思っているかのように。どうやら監督生バッジなどなくても、あいつは今年もスリザリンの生徒を完全な支配下に置いているようだった。あいつは敵側の人間だ。しかもダンブルドアでさえ警戒する、危険極まりない闇の魔法使い。あんな奴のお陰で僕に対する視線が減ったのだとしても、僕にとっては何の有難味もない。

僕は朝だというのに、心の奥底から沸々と怒りが湧き上がってくるのを感じていた。しかしそんな僕の内心に知ってか知らずか、目の前に座るハーマイオニーが淡々とした口調で話しかけてくる。

 

「ハリー、無視するのよ。昨日も言ったでしょう? あの人達はただ魔法省の出す下らない記事を信じ込んでいるだけなのよ。いつか必ず貴方が正しかったということに気付く。だから今そんな風に怒っていても労力の無駄よ。ロン、貴方もよ。そんな風に一年生を睨みつけては駄目よ。貴方は監督生なのだから、しっかりお手本にならないと」

 

あまりに淡々とした口調に僕は思わず彼女を睨みつける。しかも腹立たしいことに彼女はあろうことか僕のことをひたすら扱き下ろす記事を書き続ける『日刊予言者新聞』を開いていた。

僕はついに我慢できず、内心の苛立ちのままに彼女に返事をする。

 

「……君はそう言うけど、実際にこんな馬鹿な視線を受ければ嫌味の一つも言いたくなるよ。それに、なんで君はまだそんな新聞を読んでるんだい? クズばっかりだ。読む価値なんてない」

 

しかしそんな僕の吐き捨てるように吐いた言葉に反応することなく、ハーマイオニーは相変わらず新聞に目を向けながら応えたのだった。

 

「敵が何を言っているのか知るためよ。どんなに不愉快な内容でも、これを知っているか知っていないかで全然違うわ。それにハリー。貴方が苛立つのは分かるけど、私に当たらないでくれるかしら。もし気付いていないようなら言いますけど、私もロンも貴方の味方なのよ。決して貴方を裏切ったりなんかしていなし、貴方を馬鹿にする連中に同調したりなんてしていないわ。それだけは忘れないで」

 

その言葉に僕は僅かに冷静さを取り戻し、自分が如何に余裕がなくなっていたかを自覚する。

……確かにハーマイオニーにこんなことを言っても仕方がない。彼女も僕の大切な仲間だ。こうして淡々と話しているのだって、僕を冷静にさせたいと思ったからなのだ。どんなに腹立たしくても、僕のことを本当に思ってくれているハーマイオニーに当たるのは間違いだ。

僕は大きなため息を一つ吐いて内側の苛立ちを追い出す。そしてその後小さな声ではあるが彼女に謝罪する。

 

「……ごめん」

 

「いいのよ。貴方が苛立つのも仕方がないわ。こんな状況になれば誰だって腹が立つもの。我慢できる人なんて()()()()いないわ」

 

しかし彼女は僕の謝罪に頓着することなく、それにと続けたのだった。

 

「それに、今重要なことは団結することよ。組み分け帽子も言っていたでしょう? ……ホグワーツ校は危機なるぞ。外なる敵は恐ろしや。我らが内にて固めねば。崩れ落ちなん、内部より。組み分け帽子が昨日歌ったものよ。今私達が分裂するなんてあってはいけないのよ。学校の皆もそのうち分かるわ。……団結するべきなのよ。この学校の()()が……いずれね」

 

 

 

 

ハーマイオニーの言葉はある()()()()()()いつだって正しかった。思えば彼女のことを、僕はいつだってダンブルドアの次くらいに信用していると思う。

今回のこの発言だって……彼女が『全員』という言葉にスリザリンという絶対に相容れない敵も含めていることを除けば、至極尤もなことを言っているのだ。

ヴォルデモートは僕らのことを分裂させたがっている。そうすれば奴はそれだけ魔法界を支配しやすくなるから。

だからこそ僕らは奴に対抗するためにも団結しなければいけない。今はあの馬鹿な新聞に踊らされていても、いつかはきっと……皆も分かってくれるはず。昨日あんなことを言っていたシェーマスだって。

そう僕は彼女の言葉を聞き、自身にそう言い聞かせていた。

 

「皆さん。ここではっきりとさせておきますわ。皆さんはある闇の魔法使いが再び蘇ったという話を聞かされてきました。それもこの学校の校長から……。ハッキリ言います。これは真っ赤な嘘です。それは魔法省が保証しますわ。貴方達は一人の目立ちたがり屋な生徒の嘘に唆されているのです」

 

尤もそんな僕の中に束の間生まれた思考も、今年現れた最大の敵によって粉砕されてしまったのだけど。

今年初めての『闇の魔術に対する防衛術』授業。そこであのガマガエルのような顔をした女が生徒に告げる。

 

そう言う奴はその顔立ちそっくりの、まるで獲物の蠅を見つけたガマガエルのような表情を浮かべていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

学校に戻り、いよいよ授業開始の日を迎えた時……私が感じていたのはどうしようもない違和感だった。

正直覚悟していた。スネイプ先生が『死喰い人』として闇の陣営に参加している。それは数年とはいえ彼のことを知っている私としては……彼が二重スパイをしている事実に他ならなかった。

あの先生が老害に面従腹背であり、実は闇の帝王に忠誠を誓っていた?

馬鹿も休み休み言ってほしい。何故そんな馬鹿らしい嘘を信じるのだろうか。確かにスリザリン生を依怙贔屓する先生ではあるが、死喰い人であるにしては……()()()()が違う。あれは人の死を……殺人がどういうものか()()()()()人の目だ。闇の帝王においそれとなびくとは思えない。そもそも今までの行動と辻褄が合わない。

だからこそ私は自分の今の立場のことが老害に既に伝わっているものと考え、今年から更に厳しい監視下に置かれるものと考えていた。2年生時のようなあからさまな物でないにしても、何かしらの策が講じられるのだと。想像するのも身の毛がよだつが、私が奴の立場でも同じことをする。敵の首魁に気にされている()()など警戒しない方がおかしい。

であるのに、奴は特段私を気にした素振りを見せてはいない。生徒達の鬱陶しい視線はいつものことだが、教師陣が特段私に注意を払っている様子はない。監視に最も適しているゴースト達も。巧妙に隠されている可能性はあるとはいえ、それにしては何の素振りもなさすぎる。『屋敷しもべ』まで動員されたら私が気付かないことにも納得できるが、それならドビーが何かしらの合図を送ってくれるはずだ。

……私が勘違いしていただけで、本当はスネイプ先生も忠実な死喰い人なのだろうか?

それとも老害の手下であっても、私のことを奴に伝えていない……のだろうか?

いや、決めつけるのはまだ早計だろう。まだホグワーツに来て一日しか経っていない。教員の目が多少こちらに向いていないだけで判断するのは早すぎる。あの老害のことだ。知っている上で敢えて私を放置している可能性だってあり得る。

それに何より、

 

「さぁ、こんにちは! あら? どうしたのかしら? 皆さんの返事が聞こえませんね。いけませんねぇ。皆さんどうぞこんな風に、『こんにちは、アンブリッジ先生』。もう一度いきますよ。はい、こんにちは、皆さん!」

 

今年はスネイプ先生とは()()()()()()()が学校にいるのだから。彼女がいる限りあの老害も決して下手な真似は出来ない。

『闇の魔術に対する防衛術』の教室に粘りつくような声が響く。教壇にはフワフワのピンクのカーディガンを着たアンブリッジ先生が。相変わらず趣味の悪い恰好も合わさって、気色の悪いピンク色のガマガエルにしか見えない。それは他の皆も同じ感想なのか少し馬鹿にした表情で彼女のことを見ている。挨拶を返す声もどこか笑いをこらえたものだ。

 

……この中で何人の生徒が気が付いているのだろうか。

確かに彼女の声は甘ったるく、表情もガマガエルがニッコリ微笑んでいるようにしか見えない。しかしその目だけは……決して笑ってなどいない。まるでこちらを品定めするようにジッと瞳だけで観察している。

あれは決して見た目に騙されていいような相手ではない。そもそも現状の時点でそれこそ()()()()()都合のいいように動いている。これは事態がどう転んでも彼女に都合のいいようにするために他ならない。このような姑息とも言える状況判断の出来る人間をどうして侮ることが出来るだろうか。

 

しかしそんな事実にも気付くことなく、相変わらずグレンジャーさんを除く生徒全員はどこか馬鹿にした表情で先生のことを見つめていた。

馬鹿にした視線の中、先生は皆の返事に頓着することなく、

 

「まぁ、今度は素晴らしいお返事ですね! では皆さん、杖をしまって羽ペンを出してくださいね。私が教えるのは、今まで貴方達が教わってきたものと違い……本当の『闇の魔術に対する防衛術』ですから」

 

やはりどこか回りくどい言い回しをした後、黒板にその文字を書き込んだのだった。

 

『基本に返れ。原理を理解すれば、実践なくとも行える』

 

頭が痛くなるような言葉を前に先生は白々しく続ける。

 

「この学科のこれまでの授業は実に乱れ、何を目的にしているかも分からない程曖昧なものでした。先生は一年毎に変わり、しかもその先生方の多くは魔法省指導要領に従ってはいません。その結果、昨今の学生のレベルは著しく劣化しています。だからこそ、今こそこの問題を是正しなければなりません! 今年は魔法省が慎重に構成した、()()()()の指導要領通りの防衛術を学んでもらいます。では教科書を開いて。5ページの『第一章、初心者の基礎』です。おしゃべりはせず、それを授業中しっかりと読んでくださいね」

 

そしてそこで話は終わりだと言わんばかりに黙り込み、ただ静かに生徒の観察に戻ってしまった。

……最初の演説でも明らかであったがこれで確信を得た。本当に彼女は……私達に何も教えるつもりがないのだ。

全ては自身の立場をより強固なものにするために。

少し考えれば簡単に分かる。今闇の帝王にとって最も都合のいい状況。それは自身の復活が世間に露呈しないことに他ならない。対策が遅れれば遅れる程、敵対するダンブルドア勢力が弱体化すればする程、闇の帝王が姿を現した時魔法界を簡単に支配できる。もし万が一彼女が闇の帝王の指示を受けて行動しているのだとしたら、彼女の今後の地位は安泰と言えることだろう。

そしてもう一つの可能性として……どうせどこからか情報を得ているのだろうが、もし闇の帝王の復活が魔法省の発表通り嘘であった場合。その時もただ魔法省の指示通りに行動していたと言い訳することが出来る。逆に世間がダンブルドアの言葉を信用するようになっても同じことだ。全てを魔法省の責任に押し付け、ただ闇の勢力に寝返ることが出来る。リスクが最小限に抑えられた、手っ取り早く権力を手に入れることが出来る身の振り方。それが今年の授業で示されたアンブリッジ先生の行動原理だった。

 

しかしそんなことにダンブルドア勢のスターであるポッターが納得できるはずもなく、先生の言葉に訝し気な様子で質問する。

 

「せ、先生。魔法を練習しないのですか?」

 

狡猾な彼女のことだ。おそらくこの質問を、そしてこの質問を()()()()()()がすることすら予想していたのだろう。ただでさえガマガエル顔だった物を、一瞬まるで蠅を捕まえたようなものに変化させながら、彼女はゆっくりとした口調でポッターに応える。

 

「ミスタ・ポッター。私の授業ではまず手を挙げること。それに聞き捨てならない言葉ですね。どうして貴方方が魔法を練習する必要があるのですか? 貴方が防衛術を使う必要のある状況など、この教室内では決して起こりませんよ」

 

「で、でも教室外は!? 理論だけで何の役に立つんだ!? もし外で僕達が襲われたら、」

 

「挙手を忘れていますよ、ポッター」

 

決して好意的とは言えない周りからの視線。自分の知る真実とはまるで違う魔法省の発表。今まで受けてきたことのない状況に、ポッターの堪忍袋の緒ははち切れる寸前だったのだろう。しかしそれでもこのただでさえストレスの溜まりやすい状況で我慢できていたのは、偏にグレンジャーさんがそれとなく彼のことを抑制していたからに他ならない。今は交流を絶っていてもそれくらいのことは分かる。

だがもうそろそろそれも限界だろう。グレンジャーさんが慌てた様子で、

 

「ハリー、駄目よ!」

 

と小声で話しかけても、分かりやすい挑発に乗ってしまっているポッターはアンブリッジ先生を今にも呪い殺さんばかりに睨みつけている。

しかも先生の挑発は終わらない。ポッターの視線を無視したまま、今度は手を恐る恐る挙げているグリフィンドール生の一人に話しかける。

 

「貴方は……ディーン・トーマスですね。それでミスタ・トーマス。貴方はどんな質問があるのかしら?」

 

「せ、先生。でも、これはハリーの言う通りだと思います。もし僕達が襲われるとしたら危険のない方法なんかじゃない」

 

闇の帝王の復活自体は信じていなくとも、流石に学校の外で襲われる可能性が万に一つもないと信じる程生徒は馬鹿ではない。特に去年の授業を一年も受けたのなら尚更だ。中身はともかく、学外への危機感のみならあの男も十二分に伝えていた。

それに彼らの視点からすれば()()()にも……。

チラチラと向けられる視線を無視する私を他所に、アンブリッジ先生は歌うような声音で続けた。

 

「あらあら、ミスタ・トーマス。先程も私は言いましたよ。一体誰が貴方達を襲うと言うのですか? ハッキリ言いますがそんなことはあり得ません。恐らく貴方方は疑心暗鬼になっているのです。去年は一日おきに闇の襲撃を受けると信じ込まされていたみたいですからね。無理もありませんわ」

 

おそらくこの応えに納得した生徒は皆無だろう。皆納得いかない表情を浮かべている。しかしこのまま同じ質問をしても埒が明かないと思ったのだろう。次は外のいるかも分からない襲撃者より、より心配な直近の危機について質問を始める。

 

「はい、ミス・パチル」

 

「先生! でもOWL(ふくろう)はどうするんですか!? 試験には実践もあるんですよね!? 一回も実践をしなくて、試験は本当に大丈夫なのですか?」

 

「安心なさい。魔法省の見解としては、理論を学べば十分試験は合格できます。結局学校というものは試験に合格するためのものなのです。たとえ一度も魔法を練習しなくとも、理論さえ十分に理解すれば実戦はいつでも可能です」

 

その頓珍漢な回答の瞬間、私は何かがはち切れる音が聞こえた気がした。

視線を向ければ勢いよく拳を上げながら立つポッターの姿。瞳は相変わらずアンブリッジ先生を鋭く睨みつけたままだ。

 

それは明らかに彼の我慢を超えた瞬間だった。

……ようはポッターなどより先生の方が遥かに上手だったのだ。

 

「そんなものが何の役に立つんだ!? 理論が現実世界にどんな役に立つんですか!?」

 

「……ここは学校ですよ、ミスタ・ポッター。それに外の世界に……一体どんな脅威が待ち受けているというのですか?」

 

「そんなの……()()()()()()()に決まっているじゃないか!」

 

あまりに考えなしの言動に、私は誰にも聞こえないようにため息を吐くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー視点

 

「ハリー……いきなり罰則になったけど大丈夫かな? あのアンブリッジとかいう性悪ババア。絶対真面な罰則じゃないぜ」

 

『闇の魔術に対する防衛術』の授業があった夜。大広間の夕食にハリーの姿はまだない。

ハリーの発言に対し、あのアンブリッジとかいう新任教師が罰則を言い渡したのだ。まるでハリーを挑発するような態度に言葉、そしてあの発言を聞いた時の舌なめずりするような表情。あの人がもし私の想像通り()()()()意向通りに行動しているのだとしたら……ハリーが一般的な罰則のみで終わるとは思えない。

あの人の魔法省から与えられた任務は、おそらく私達に何も教えないことだけではないだろうから……。

でもだからと言って、教師の正式な権限として与えられた罰則に監督生である私が乗り込むわけにはいかない。どんなに不安でも、今私達に出来ることは我慢することだけ。今ハリーと同じく軽率な行動をとってしまえば、それこそ敵を喜ばせる結果になってしまう。

 

だから今は……我慢するしかない。

 

それにいくらあのアンブリッジ先生が嫌な人だからだって、

 

「……大丈夫なはずよ。ここはホグワーツなのよ。流石に、」

 

「ハーマイオニー、ロン」

 

流石に食事を摂らせない程非常識ではないだろうから。

声のした方に振り返れば、そこには無理やりな笑顔を浮かべたハリーの姿。時間が経ち少しだけ冷静さを取り戻したのか、最近見ていなかった私達を心配させまいという気遣いが見えた。

でもそれも一瞬のこと。私達が彼を笑顔で出迎えようとしたその瞬間、近くの席から……いえ、大広間のそこらかしこから聞こえてくる声がハリーの顔を曇らせる。

 

「セドリック・ディゴリーが殺されたのを見たって言ってる」

 

「それだけじゃない。あろうことか『例のあの人』と決闘したなんて……」

 

「誰がそんなこと信じると思ってるんだ? 自分を特別な人間か何かだと勘違いしてるんじゃないか?」

 

「まったく、あんな奴が同じホグワーツにいるなんて」

 

もはやハリー本人に聞かれても構わないと言わんばかりの声音。それどころか積極的に聞かせようとしてすらいるように思う。そうすればハリーが怒って、再び何かしらの情報を叫んでくれると言わんばかりに。

それがハリーにも分かっているのか、先程まで浮かべていた無理な笑顔が引っ込み、今はまた怒りに震えた表情に変わっていた。

もはやここにこれ以上いる方がハリーの精神状態に悪い。私は罰則のことをここで聞くのは得策ではないと覚り、急いで隣に座るロンも立たせながら言った。

 

「ハリー、ロン、行きましょう。ロン、少し食べ物を持って。談話室で食事を摂るのよ。少なくともここよりかは落ち着けるはずだから。そこで罰則についても聞くわ」

 

事態は日に日に悪い方向に向かっている。まだホグワーツ初日だというのに、もうハリーは罰則を言い渡されるはめになった。ハリーが少し軽率なこともあるけど、アンブリッジとかいう新任教員が魔法省から来ていることが一番の原因だと思う。ならばこれからもハリーに挑発だけではなく様々な難癖をつけてくるだろうし、授業も決して真面なものになることはない。そしてそんな事態を受けても、生徒達は罰則を受けるハリーが悪いとばかり判断し、決して『例のあの人』の復活を信じはしない。まだ初日だというのに、私達の未来への希望はあまりにも少なかった。

 

「何とかしなくちゃ……少なくとも、授業だけは何とかしなくちゃ。ただでさえ今年はOWL(ふくろう)があるのに……『あの人』と戦わなくてはならないのに。授業だけは少なくとも()()()で……」

 

不機嫌に大広間を後にしながら、私は後ろの二人にも聞こえない声で一人呟く。

状況がたとえ絶望的であろうとも。たとえ相談できる()()()()と中々相談する時間を作れなくても、私は決して立ち止まるわけにはいかない。ハリーが授業中叫んだ通り、学校の外には敵がいるのだ。絶対に相容れない、倒さなくてはならない大いなる敵が。

 

だからこそ私は、

 

「何とかしなくちゃ……」

 

自身の内に浮かびつつある、未だ朧気な私達に少しでもできることを必死に考えるのだった。

 

 

 

 

私の後ろを歩くハリーが、何かを()()()()()右手の甲を終始抑えていることにも気付かずに……。

あのアンブリッジが私の想像を遥かに超える女であることに気付くのは……まだもう少し先のことだった。


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