ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ハリー視点
去年までにおいて、僕のホグワーツ内での最大の敵はスネイプに他ならなかった。いつも僕に嫌味を言い、隙あらばグリフィンドールの点数を減点する嫌な奴。ドラコやダリア・マルフォイを除けば、あいつこそ僕の最も嫌いな人間だったのだ。
でも今は違う。勿論今でもスネイプのことは大っ嫌いだけど、今この学校にはスネイプなんかより遥かに嫌な奴がいる。スネイプ以上に僕を貶めようと画策し、スネイプ以上に僕の仲間達を目の敵にする嫌な奴が……。
それこそが、
「ぇへん、ぇへん」
今年ホグワーツに新しく赴任した、あの魔法省の役人であるドローレス・アンブリッジに他ならなかった。
今僕達の前の前ではマクゴナガル先生の授業が執り行われてる。であるのに、この授業には何故か本来ここにいるはずのないアイツが存在していた。
魔法省から任命された『高等尋問官』として……。他の先生の授業にひたすらケチをつけるためだけに。
……本当に嫌な奴だ。
最初の方は完全にあいつの存在を無視していたマクゴナガル先生も、何度も何度もわざとらしく咳ばらいをされれば流石に無視できなくなったのだろう。眉を真一文字に結びながら、教室の隅で嫌らしい笑みを浮かべるアンブリッジのことを睨みつけている。
「何か?」
今まで聞いたマクゴナガル先生の声の中で、最も苛立ったものと思われる声音。しかしそんな声音にも更に笑みを強めながら奴は応えた。
「いえね、私がここに視察に来ていることにお気づきでない様子でしたので。私、今は『高等尋問官』として貴女方教員の査察をしておりますのよ。少しでもこのホグワーツに相応しくない教員を是正するために」
建前はそれっぽいことを言っているけど、こいつが本当はただ他の先生に嫌味を言いたいだけだということを僕らはもう知っている。マクゴナガル先生の授業の前に、既にいくつかの授業でこいつが査察している所を見たのだ。そのどれもが査察とは名ばかりのものだった。あのスネイプに授業中、
『本当は『闇の魔術に対する防衛術』の教員を希望されたと聞きましたが、どうして魔法薬学の教授をなされているの? 何か問題ありと判断されたのかしら?』
そんな嫌味なことを尋ねていた時は流石に吹き出しそうだったけど、それでもアンブリッジが嫌な奴であることに変わりない。トレローニーのこともあまり僕は好きではないけれど、ただひたすら授業中に存在否定までされる姿を見るのは忍びなかった。
そしてそれは、
「そうですか、ならばご心配なく。私も貴女がここに来ることは知っておりました。さもなければ私の授業に何の用かと尋ねています。ですから貴女はただ静かにそこにいるだけで結構です。私は通常自分の授業で私語は許しておりません」
どんなにマクゴナガル先生がアンブリッジをやり込める発言をしようとも同じだった。先生の言葉にもアンブリッジは気にした素振りを見せることなく、まるで見せつけるかのようにユックリと手元の書類に何か書き込んでいる。あの見ているだけで腹が立つ厭味ったらしい笑顔付きで。アンブリッジから目を逸らしたマクゴナガル先生も言及こそしないが、よく見れば表情が僅かに引きつっていた。
何をどうすればあんな嫌な奴が出来上がるのだろうか。本来なら楽しいはずのホグワーツ生活が、あいつのせいでただただどす黒いものに変わっていく。
しかも『高等尋問官』に就任してからどの授業にだって現れるものだから、もはやホグワーツ生活であいつの姿を見ない時間の方が少ないくらいだ。
マクゴナガル先生の授業を耐え忍ぼうとも、あいつに苛立たされる時間は続く。午後のスリザリン合同の魔法生物飼育学。案の定ひょっこり現れたアンブリッジは、不在のハグリッドの代わりに授業をしていたグラブリー・プランク先生に質問する。
「あらあら、貴女は確か、えっと……何と言いましたかしら、あの
内容もそうだが言葉の端々にハグリッドへの侮蔑が現れており、彼の友人である僕は思わず反論の声を上げそうだった。ハーマイオニーが腕を抓らなかったら、僕は思わずあいつに殴り掛かってすらいただろう。
「ハリー! 今は我慢するのよ! 今声を上げれば貴方だけの問題ではなくなる。あの女がハグリッドを攻撃する口実になるかもしれないのよ」
「……それは分かっているけど、」
「私、彼が今頃何をしているか不安ですの。このクラスではミスター・マルフォイが大怪我をしたと聞きましたので。また危険な生物を連れてくるのではないかと思うと、私心配ですのよ。貴方もそう思うでしょう、ミスター・マルフォイ。お父様からお聞きしましたよ。貴方は
「ッ! 何が被害者だ! あれはそいつが馬鹿で、ハグリッドの言ったことを聞いてなかったからじゃないか!」
しかしどんなにハーマイオニーに注意を逸らされても我慢の限界がある。相変わらず生徒達から投げかけられる馬鹿にしたような視線、毎日のように僕やダンブルドアを扱き下ろす新聞。そして四六時中聞かなければならないアンブリッジの嫌味に……今まで受けたこともない屈辱的な罰則。どう考えてもマルフォイが悪かったことを、まるでハグリッドが悪かったように言う言葉。僕の忍耐はとっくの昔に擦り切れていて、些細なことで自分でも制御出来ない程僕は常に怒り狂っていた。
しかしそんな自分の行動で引き起こされる事態を想像出来ない程我を忘れていたわけでもない。僕の湧き上がる反抗心にも、やはりアンブリッジはその嫌らしい笑みを崩すことなく応える。
声を上げた時から半ば予想していた言葉と共に……。
「ハリー・ポッター。貴方はまだ分かっていないみたいね。あそこまで
僕は右手の甲から感じる痛みを僅かに感じながら、嫌らしい笑みを浮かべてこちらを見るアンブリッジを睨み返す。
これこそが僕が今できる奴への最大の反抗と思いながら。
アンブリッジに話しかけられながらも、始終不機嫌な表情を浮かべていたマルフォイの横で……。
ハーマイオニー視点
学年で最も優秀な生徒であるダリアによる授業。ダフネからその案が出された時、私はなんて素晴らしい案なのだろうと感動した。ダリアが教えてくれるのなら、必ずそれは今後の戦いに役立つ知識に違いない。彼女程多くのことを知っている生徒はこの学校に、それこそ上学生も含めて存在しないのだ。彼女以上に代理の先生として相応しい人物はいないと断言できる。何故こんな当たり前のことに気付かなかったのか。自分の頭の固さを改めて自覚させられる思いだった。
でもそんな素晴らしい案が現実になることはなかった。
他ならぬダリアに断られてしまったから。……ダリアの置かれている立場がそれを許しはしないから。
そもそもあの場にいてくれたことが彼女の最大の譲歩であり、それ以上のことを彼女に望むなんて烏滸がましいことだったのだ。
あの時ダフネの言葉に一瞬でも喜んだ自分自身を恥じ入るばかりだ。けど、それを今言っていても仕方がない。ダリアという最高の選択肢が消えた以上、私は私で出来ることをしなければならない。もはや悩むばかりで行動しないなんてことは許されない。
それこそ最後まで私の相談に乗ってくれたダリアとダフネのためにも。
しかしそう覚悟を新たにしたところで、やはり状況自体が好転しているわけではなかった。振出しに戻ってしまった状況に私は頭を抱え込みそうだ。ダリアが駄目となると、一体誰に先生役を頼めばいいのか想像も出来ない。やはり彼女という最高の選択肢を失くしたことが少なからず私の思考を乱し続けている。それに私の悩みの原因はもう一つ……。
「……ただいま」
「お、ハリー! ようやく終わったのか? アンブリッジのババァの罰則は何だったんだい?」
「……いつもの書き取りだよ」
そもそも根本的な問題が、私の力だけではどうしようもないものであることだった。
もはや真夜中に近い時間になって、ようやくあの女の罰則から解放されたハリーが帰ってくる。そんな彼を談話室で待っていたのは私とロンだけ。いくら真夜中とはいえ、それが今のハリーの立場を如実に表している気分だった。
「お帰りなさい、ハリー」
「……うん。ありがとう、ハーマイオニ、ロン、こんな遅くまで待ってくれて」
疲労困憊で談話室のソファに座り込むハリーに紅茶を注ぎながら、私は授業の他にもう一つ抱えている大きな問題について思考を巡らす。
確かにハリーのアンブリッジに対する行動は軽率だと思う。マクゴナガル先生も罰則を受け続けるハリーを見かねたのか今は反抗するなと忠告していたのだけど、それでもハリーは必要以上にあの女の挑発に乗り続けている。
でも彼の置かれた状況を考えると、彼があれ程短慮に走ってしまう程余裕をなくしているのも仕方がないのだ。それにハリーの怒り自体は正当な物。その行動だってあの女に屈しない人間もいると示すことだけなら成功していると言える。ハリーを責めるわけにはいかない。悪いのは全てハリーを煽るあの女であり、それを裏で指示している魔法省なのだ。
……だからこそ同時に、今の私にはどうしようもない相手でもあるのだけど。
魔法省はこのイギリス魔法界を牛耳る強大な組織。いくら私達が正しいことを言っていようとも、彼等が本気でこちらの意見を潰そうとするならばどうすることも出来ない。現にあの『今世紀最高の魔法使い』であるダンブルドアですら今は大っぴらに行動出来なくなっている。現状『不死鳥の騎士団』に出来ることは陰で行動することのみの様子だった。シリウスに至っては騎士団本部にほぼ軟禁させられている。そんな中、私のような一介の生徒でしかない人間が何か大きなことが出来るはずがない。それこそどんなに憤ろうとも、苦しいハリーの立場をいきなり変えることなど出来ないのだ。
私はどんなに悩もうとも一向に答えが出ない問題を二つも抱えながら、疲れ果てた表情でソファーのハリーを見やる。これまで苦労し、そしてこれからも苦しい立場に置かれ続けるだろう彼に同情しながら。
しかし、
「ッ! ハ、ハリー! て、手の甲のそれ! 一体どうしたの!?」
そんなどこか諦観に満ちた思考も、彼の手の甲に刻まれた文字を見た瞬間吹き飛ぶことになる。
しまった!
と言わんばかりに体をこわばらせるハリー。でも一度見てしまった以上、その強烈な文字を忘れることなど出来はしなかった。
思い返せばここ最近のハリーはいつも右手の甲を隠していた。その行動に意味があるとは思えず、それこそその文字を見るまで思い至りもしなかったわけだけど……。成程、見てしまえば直ぐにハリーが隠していた理由に思い至る。
こんな文字を刻まれているのを見てしまえば、それこそ彼の親友である私とロンが心配しないはずがない。現にその文字を見た私とロンの表情は一瞬驚いたものを浮かべた後……怒りに満ちたものに変わっていたから。
私達の視線の先。つまりハリーの右手には、
『僕は嘘を吐いてはいけない』
そう、まるで
何度も何度も、まるで尖ったもので刻み込まれたかのように。
ドラコ視点
あのアンブリッジとかいう女は、実は魔法省から派遣された監視員である。それもダンブルドアを魔法省が抑え込むために。
……それはもはやスリザリン内において公然の事実に他ならなかった。
このタイミングであのような授業をされれば嫌でも気づくこともあるが、そもそもスリザリン内にはその辺の事情を詳しく知る親を持つ生徒が、他の寮よりも遥かに多く在籍していることが要因の一つだろう。この寮には魔法省高官は勿論……父上のように『死喰い人』として活動している両親を持つ人間が多く存在している。アンブリッジの活動目的が寮内で知れ渡るのは時間の問題でしかなかったのだ。
だがたとえ事情を知っていようとも、実のところそれを歓迎的に受け入れている生徒はそれ程多くはなかった。
スリザリンには他の寮と違い、あの女から実害を被った生徒はいない。寧ろスネイプ以上に僕たちスリザリン生のことを贔屓しているとさえ言える。奴のお陰で今年のスリザリンの点数は他の寮を既に圧倒しつつある。本来ならば、手段を選ばないことを信条としている僕等にとってこれ程有難い教師はいないはずであった。
しかしそれにも関わらず……スリザリン内でもあの女のいい噂を聞くことはほとんどない。
理由は簡単だ。何故ならあの女のあの甘ったるい……まるで粘着く様な声が癇に障って仕方がないから。あのまるで僕達に媚びることで……僕達の両親が自分に感謝するのは当然であると思っているような、どこまでも押しつけがましい態度が気にくわないから。
「ポッターの奴、また今日もアンブリッジに罰則を言い渡されてたぞ。本当に馬鹿な奴だな。学習能力がないんじゃないか?」
「一体どんな罰則を受けてるんだろうな」
「でもあのアンブリッジの奴も……調子に乗ってるよな。あのふざけた格好。あれは何とかならないのか? あれじゃまるでピンクのガマガエルじゃないか。それにあの声。ポッターじゃないが、あのべたつく様な声なら誰だって反抗したくなるさ」
「それもそうだよな」
だからこそ、本来であれば称賛されるべき奴の行動も、最後には奴への悪口で締めくくられていた。スリザリン談話室での会話。ここでは身内しか聞いている人間はいないと、平然とあの女への悪口も囁かれる。
かくいう僕もあいつのことは嫌いだった。勿論理由は他の連中と同じく、あの押しつけがましい態度が気にくわないから……ということもあるが、実際はそれが最大の理由ではない。
僕のあいつを嫌う最大の理由はただ一つ。それはダリアがあいつのことを……酷く警戒しているから。
ダリアはあの女のことを、それこそ出会った瞬間からこう言っていた。
『お兄様。あの人を見かけで判断しては痛い目を見ることになります。あれは決して侮っていい存在ではない。あの人は……そもそも
ダリアのあの警戒心に満ちた口調。僕は口が裂けても今のダリアの事情を全て理解しているなんてことは言えない。でもあのダリアの言葉を聞けば、嫌でもあの女の今の立場を察することが出来た。
あの女は……ダリアの敵なのだということを。それも魔法省の人間だとか、そんな小さな理由ではなく……。
それに僕は父上からあの女のことをいくつか教えられている。あの女が教員として赴任してきた日、父上から手紙が送られてきたのだ。あの女が今までどのような主張で魔法省の中をのし上がってきたか。あいつが査察中に言っていた言葉を思い出す。
『何故貴女のような真面な人間が、あのような
それはダリアを家族に持つ僕達マルフォイ家には到底容認できない話だった。
勿論あの野蛮人がどうなろうと知ったことではない。巨人のことだって別に好きではない。奴らが生きようが死のうがどうだっていい。だがダリアの中に同じ亜人である『吸血鬼』の血があるからと言って、ダリアまで差別される未来は断固として容認できない。そんな主張を繰り返す女に僕が好感を持てるはずがない。
僕は近くから漏れ聞こえてくる罵詈雑言から目を離し、目の前のソファーに座るダリアに意識を戻す。5人は座れるだろうソファーに、ダフネと二人だけでゆったりと腰掛けるダリア。しかしダフネと寄り添うようにしているというのに、ダリアの表情は決して明るいものではない。傍から見ればいつもの無表情なのだろうが家族である僕には分かる。それはダフネも同じなのか、隣に座るダリアに頻りに心配そうな視線を寄越していた。
原因は考えるまでもなくあのアンブリッジのことに他ならないだろう。正確にはあの女の背後にいる存在だろうが、直接的な原因はあの女に違いない。
そんな簡単なことは僕にだって分かるのに……。
「ダリア……大丈夫か?」
なのに僕はいつだって、今まで通り無力な人間でしかなかった。今年何度したか分からない質問を再び繰り返す。
当然その答えも、
「……えぇ、お兄様が心配されるようなことは何もありませんよ」
いつもの答えだと知っていながら。
この悲しみに溢れた無表情で、決して何も無いはずがないというのに……。
今学校の外では世界が大きく動いている。愚かな記事を垂れ流す新聞の陰で蠢く闇の勢力。その事実をマルフォイ家である僕は知っている。なのに僕はこんな壊れた蓄音機みたいに……ただ無力にダリアに同じ質問を繰り返すしかなかった。
僕は3年前……ダリアが『継承者』として疑われた時、自身の無力さをひたすら呪ったというのに……あの時から何一つ進歩などしていなかった。
……何が、大丈夫か、だ。
大丈夫であるはずがない。ダリアのあの表情を見て大丈夫だと信じるのなら、もはやあの子と家族であると口が裂けても言えなくなる。なのに僕はそれが分かっていて……いつだって自身の無力さを再確認するような質問を。
僕は無力感に苛まれながら、ただ不安と悲しみを滲ませた無表情で教科書を眺めるダリアを見つめ続ける。
それで何かが変わるわけではないと……僕がどれほど心配したところで、ダリアの取り巻く状況が変わるわけではないと知りながら。
夜は更ける。談話室には去年と同じく、能天気に世間話に興じる生徒達の姿。窓の外を見れば、月明りに照らされた湖底に水草が揺蕩っているのが見える。生徒達の会話からは所々物騒な内容も聞こえるが、それはスリザリン寮内では日常的な光景と言える。概ねいつもと変わらない平和そのものの光景だ。
だが外の世界は違う。喚き散らすポッターに共感するわけではないが、決して外は無防備に出て行けるような状況ではなくなってきている。
そしてその影響は、
「ダ、ダリア。何かテーブルの上に置いてあるよ? さっきまではなかったのに……」
「……本当ですね。こんなことが出来るのは……ドビーですね。こんな時間に手紙なんて、何かあったのでしょうか」
ゆっくりとだが、でも確実にこの城にも近づいているのだった。
その手紙は音もなくテーブルに、それこそいつの間にか置かれていた。ダフネが気が付かなければ、僕らがその手紙を読むのはもう少し後になっていただろう。
しかしいつの間にか置かれた手紙など怪しいにも程があるが……実のところ僕達は全員何の疑問もなくそれを読み始めていた。
こんな風にいつの間にか目の前に手紙を置くなど、そんな芸当が出来るものは『屋敷しもべ妖精』しかいない。そしてこんなことをダリアにするのも、この城にいる屋敷しもべの中に一人しかいない。同時に奴を連絡手段として使う人間も……一人しかいない。無論、老害辺りが違う屋敷しもべを使ってこんなことをした可能性もある。が、内容からそれは違うことがすぐに分かった。
何故なら手紙には、
『ダリア、ダフネ。再度の呼び出しでとても申し訳ないのだけど、次のホグズミード行きの日。天気が良ければでいいから、『ホッグズ・ヘッド』というパブに来てほしいの。そこでもし私の意見に賛同してくれるのなら、一緒に『闇の魔術に対する防衛術』の授業を受けましょう。先生役は
そんなあの老害ではあり得ない……実に能天気なことが綴られていたから。
手紙を読み終えたダフネが少し呆れたような表情を浮かべる。ダリアに至っては手紙を受け取った瞬間からどこか苛立ち気な表情であったが、読み終えた後は更にその表情を深めている。
そんな僕の考えに、一応あいつとの親交があるダフネも同じことを思ったのだろう。呆れ顔ながらも少しだけ擁護する言葉を探し……やはり最終的に言葉が見つからなかったのか、ため息を一つ吐いた後続けた。その言葉を、
「な、なんと言うか……少し切羽詰まっていたのかな、彼女も。で、でも、これで断りやすくなったね。彼女のお願いも聞いてあげたいところではあるけど、流石にこれは、」
「いいえ、ダフネ。これは私からもお願いします。……ダフネ、貴女はこの誘いに乗ってください。
今まで黙っていたダリアに遮られるまでは。
僕とダフネ、二人同時に弾かれた様にそんな言葉を発したダリアの方に顔を向ける。
そこには先程までと同じ苛立った無表情の上に……どこか決意に満ちたものを浮かべたダリアの姿があった。
城の中は日常的な光景に溢れている。アンブリッジのような人間が城に来ていても、結局は概ねいつもと変わらない平和そのものの光景。
だが外の世界は違う。闇の帝王が復活した以上、否が応でも世界は変わりつつある。
そしてその影響は……ゆっくりとだが、でも確実にこの城にも近づいているのだった。