ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ハリー視点
「……ねぇ、ハーマイオニー。本当にやるの? 僕が教師役だなんて……人が集まるとは思えないのだけど」
5年になって初めてのホグズミード行き。いつもであれば僕らは真っ先に『ハニーデュークス』で大量のお菓子を購入し、そしてその後『三本の箒』でバタービールを飲む。そんなホグワーツにいる時以上に開放的な日を送っているはずだった。天気も
でも僕等は今そんな誘惑に満ちた店を通り過ぎ、それどころか少し汚らしい横道を進んでいた。大通りに響いている生徒達の明るい笑い声もここまでは届かない。そんな暗い小道を進みながら質問した僕に、同じく隣を歩くハーマイオニーが何でもなさそうに応えた。
「えぇ、結構な人数が集まってくるはずだわ。それもグリフィンドールだけではないわ。
……こう言っては何だけど、こういう時の彼女の発言はあまり信用できない。彼女は僕なんかより遥かに頭がいいが、詰めがいつも甘い上、時折こういった突拍子のないことを言い始めるのだ。
そう本当に……何故かこんな突拍子のないことを。
そもそもハーマイオニーがこんなことを言いだしたのは、
『ッ! ハ、ハリー! て、手の甲のそれ! 一体どうしたの!?』
僕の手の甲に刻まれた文字を見たすぐ後のことだった。
もはや日常になってしまったアンブリッジからの罰則。その常軌を逸した内容を、僕はハーマイオニーとロンに言うつもりなんてなかった。内容を知られれば、彼女達は必ず僕のことを心配してしまう。最近は余裕がないため怒りに任せた行動を取ってしまうこともしばしばあるけど、それで彼女達に少なからず負担をかけてしまっているという自覚はあるのだ。これ以上彼女達を心配させるわけにいかない。そう思っていたのだ。
でも遂にバレてしまった。この手の傷を見られてしまえば、もう下手に隠し立てしても意味はない。寧ろ一層彼女達を心配させてしまう。
そう僕は観念し、今まであったことを洗いざらい話した。罰則初日からアンブリッジは魔法の羽ペンを僕に渡し、僕自身の手にこの、
『僕は嘘を吐いてはいけない』
という文字を刻み込ませたことを。
そして僕の話を唖然とした表情で聞いていたハーマイオニーとロンは、案の定話を聞き終えた瞬間怒りに顔を真っ赤にしながら大声を上げていた。
『あのアンブリッジの糞ババア! 嫌な奴だとは分かっていたけど、とんでもない奴じゃないか!』
『ひどい! こんなこと、どう考えてもおかしいことだわ! ハリー! 今すぐマクゴナガル先生とダンブルドア先生に訴えるのよ! こんなこと許されていいはずがないわ!』
黙っていたことを怒るのではなく、ただ純粋にこんなことをしたアンブリッジに対しての怒りの言葉。予想していた通りの反応に僕は罪悪感と同時に少しだけ安堵と嬉しさを感じていた。しかしそれでも最初から考えていた答えを僕は貫き通す。
『ロン、ハーマイオニー。……ありがとう。でも今あいつのことをマクゴナガル先生や校長先生に言うつもりはないよ』
『何故!? あの女のしていることは罰則の域を超えているわ! こんなの残酷すぎる! 今すぐこのことを、』
『いいや、言わない。これは僕なりの戦いなんだ。他の先生に言えば、僕はあいつに弱音を吐いたことになってしまう。あいつに屈したことになってしまう。それだけは絶対にしたくないんだ。それに今他の先生……特にダンブルドアは忙しいんだ。ヴォルデモートとの戦いに備えてね。そんな時に、こんな小さなことで皆を煩わせるわけにはいかない。……あいつが高等尋問官になった以上、どんなことで先生達をクビにするか分かったものではないんだ』
三人しかいない談話室に沈黙が満ちる。
表情から二人が僕に反論したいことは分かった。でも結局二人に反論することは出来なかったのだ。アンブリッジとの戦いに関しては僕の意地でしかないのは分かっている。でも僕があいつのことを先生方に報告し、その後その先生がアンブリッジに抗議した時何が起こるか。普段であればあんなことをした教師はダンブルドアが直ぐに追い出して下さることだろう。スネイプのいつもやっていることもどうかしているけど、アンブリッジの罰則はハーマイオニーの言う通り常軌を逸している。
でも今はそもそも普通の状態などではない。アンブリッジは魔法省がホグワーツに口出しするために送ってきている。それもダンブルドアや、その他の校長に忠誠を誓っている先生達を押さえつけるために。そんな中、僕の余計な一言で先生達が窮地に立ってしまう可能性を考えると……とても軽々しく相談など出来るはずがなかった。……それに今ダンブルドアは僕なんかに構っていられない程忙しいのだ。こんなことで頼ってしまえば、より一層僕のことを弱い人間と思うかもしれない。
それがロン達にも分かったのか、最初は何か言おうと口を開け閉めしていたけど、最後には渋い顔で何も言わなくなってしまっていた。
……もっとも、
『……それはそうだけど。でも、こんなこと許されていいはずがないわ。あの女は本当に酷い人よ。それもとんでもなく酷い人だわ。それを黙って見ていることなんて到底出来ないわ。……たとえ先生方に頼らないとしても、何もしなければ負けたことになってしまう」
ハーマイオニーは俯きながら、何か小言を言い始めたのだけど。
何かブツブツ言いだしたことを訝しがる僕らを横目に、ハーマイオニーは没頭したように小声で続けていた。
『そうよ。そもそもあの女の目的は生徒に何も学ばせないこと。それなら私達も当初の目的を果たせばいいのよ。それだけで誰にも迷惑をかけずに、あの女に反抗することが出来る。
その直後、天を仰ぎ見る様な動作をしようとした瞬間……僕のことが視界に入った瞬間、突然僕のことを凝視しながらハーマイオニーは続けたのだ。
『……そうだわ。何故今まで気付かなかったのかしら。あの子が一番ふさわしいのは間違いないけれど、ここにも教師役として相応しい人がいたんだわ。何故もっと早くに気付かなかったのかしら。彼なら経験豊富だし、何より多くの人に現実を伝えることも出来る。今の状況を打破するには守りに入るだけではだめなのに……。だったら』
そして彼女が言い始めたのが、
『ハリー、お願い! これは貴方にしかお願いできないことなの! ハリーがアンブリッジの授業で言っているように、私達は外の世界で待ち受けているものに対して準備が必要よ! 私達は外に出る前に、少なくとも自己防衛くらいは出来るようになっていなければいけない! それなのに、もしこの一年間何も学ばなかったら……それこそ『例のあの人』の思うつぼよ! だから私達は学ばなくてはならないの! 今までのような本から学ぶだけではなく、もっと実践的な内容を! 私達は必要なの! 呪文の使い方を教えてくれて、間違ったら直してくれる先生! そして本当に必要な呪文を選んでくれる先生! それが出来るのは……
そんな突拍子のない内容だったのだ。
今思い返せば、あの時の彼女は『SPEW』の話をする時と同じくらいの熱量を迸らせていたように思う。こういう時のハーマイオニーは感情のままに勢いよく行動するため、僕とロンにだって容易には止めることが出来ない。
勿論僕は最初反対した。ハーマイオニーの言いたいことは分かる。僕だって今のままアンブリッジの思い通りになることは避けなければとは思う。自主的に授業をすることも悪い案だとは思わない。
でもそれを僕が教えるということには……どうしても賛同できなかった。ハーマイオニーは僕のことをあいつと……ヴォルデモートと戦い続けてきた実績があると言ったけれど、そんなものはそもそもありはしないのだ。僕は今まで運が良かっただけ。いつだって誰かに助けられ、それでようやくヴォルデモートからギリギリ逃げおおせていたに過ぎない。一歩間違っていれば僕は殺されていただろう。僕は何一つ凄いことを成し遂げたわけではない。自分が人より危険な目に遭ってきたことは間違いないが、それをもって人より凄い能力を身に着けていると勘違いされては困る。
そんな僕があいつと戦うため、皆に『闇の魔術に対する防衛術』の授業をする?
どう考えても無理だ。ハーマイオニーは勘違いしているのだ。あいつと戦うのに知識や経験なんて何の役にも立ちはしない。必要なのはその場の運だけだ。去年だって僕にはそれがあり……セドリックにはそれがなかった。たったそれだけの違い。彼の方が僕なんかより遥かに優秀な魔法使いだったのに、ただ運がなかっただけで死んでしまい……そして僕はそれがあっただけで生き残れた。ただそれだけで分かれた明暗。そんな理不尽極まりないことが現実なのだ。何を練習してもその事実は変わらない。
それに何より、僕は今この学校の中で一番嫌われている。ヴォルデモートが復活したと嘘を吐く人間だと言われて。魔法省がそう僕とダンブルドアのことを連日のように非難しているから。ホグワーツ内で僕のことを信じてくれている生徒なんて一握りだ。そんな状況で僕から授業を受けようなんて人間がいるはずがない。
そう僕は思い、熱く主張を繰り返すハーマイオニーに反論した。あまりに現実を見れていない能天気な思考に怒り、声を荒げながら反論すらした。
でも結局ハーマイオニーが意見を覆すことはなかった。それどころかロンまで最終的には彼女の意見に賛同し始める始末。僕がどんなに声を荒げて反論しようと、
『君達は分かってない! あいつと正面切って戦うってことが、本当はどんなことか! 君達はどうせ、あいつと戦うには授業みたいにありったけの呪文を覚えて、それをあいつに向かって唱えればいいと思っているんだろう!? そんなわけない! 本当にその場になったら、今まで必死に覚えてきた呪文なんて何の役にも立ちはしない! ほんの一瞬で僕が殺されるか、それとも一緒にいる友人が死ぬかが決まるんだ! 真面な思考でその場にいられるものか! 必要なのは運だけだ! 僕は偶々それが今まであっただけ! 次もそれがあるなんて保証はない! 実績があるから僕が教えたらいいだって!? そんなことは君達が何も知らないからこそ、』
『そうよ! 貴方の言う通り、私達は何も知らない! だからこそ知らなくてはいけないの! 貴方に授業をして欲しいと言うのは、別に普通の授業をしろというだけではないの! 普通の授業なら、悪いけれど
そう言って押し切られてしまったのだ。
どんなに不満を抱いていても、ここまで言い切られてしまったら流石に反論し続けるのは難しい。というより、心のどこかでハーマイオニーの言っていることにも一理あると思ってしまったのだ。このまま何もしなければ本当にアンブリッジの思い通りになってしまう。それを防ぐために、出来ることは何でもしなくてはいけないのだと。
でもたとえ押し切られてしまったとしても、僕が完全に乗り気になったわけではない。だからこうして彼女が集会所として設定したホグズミードの中でも辺鄙な場所にある……ホグワーツでは胡散臭いと有名な『ホッグズ・ヘッド』に向かっている間も、僕はあまり気の乗らない質問を投げかけるのだった。
しかしどんなに質問しても、
「ハリーは心配し過ぎよ。人は必ず集まるわ。私が誘った時、皆本当に興味深そうにしていたもの。……
そう答えるばかりで、何一つ具体的なことを言おうとはしてくれなかった。
そしてそれは実際に『ホッグズ・ヘッド』に着いてからも変わらない。薄暗い横道を進み、ようやくたどり着いた小さな旅籠。ドアの上に張り出したボロボロの看板には、ちょん切られたイノシシの首から血が垂れている絵が描かれている。あまりにも胡散臭い外観に怖気づきながら中に入っても、やはり中は『三本の箒』とまるで違い、小さくみすぼらしく、何より酷く汚らしかった。中にいるのは長い白髪にぼうぼうと顎髭を伸ばした、常に不機嫌な表情を浮かべた年老いたバーテンだけ。
あまり生徒には相応しいとは思えない空間に怖気づく僕等に、バーテンダーが表情同様不機嫌な声音で尋ねる。
「注文は?」
「バ、バタービール三本お願いします」
「6シックルだ」
ハーマイオニーの注文に、愛想の全くない様子でバーテンが埃の被った汚らしい瓶を三本出す。あまりに歓迎されていない雰囲気に委縮する僕等はしばらく黙ってバタービールを飲む。
……やはりどう見ても、この汚いパブにいるのは僕らとバーテンだけ。ハーマイオニーの呼んだという生徒達の姿はどこにもありはしなかった。
「ハーマイオニー……。それで、一体誰が僕達に会いに来るの? そもそもここで合っているの? 誰も見当たらないんだけど……」
「あのバーテン……
何度も繰り返される曖昧な言葉に、僕は僅かに苛立った気分になる。何故ハーマイオニーはこんなにも誰が来るのか隠そうとするのか。彼女はただ僕が驚くと言っていたけれど、本当はもっと何かを隠しているような気がしたのだ。
しかしそれを追求する前に、遂にその時がやってきたのだった。
いよいよ本当にここであっているのかという疑念が確信に変わり始めた時、突然パブのドアが開き、この薄暗いパブには似つかない程大勢の人間が入ってきたのだ。
想像もしていなかった人数に驚く僕に、どやどやと多くの人間が近づいてくる。先頭にネビル、続いてディーンとラベンダー。その後ろにパーバティとパドマ・パチルの双子。ケイティ・ベルにアリシア・スピネット。マイケル・コーナー。新しくグリフィンドールのクイディッチキャプテンになったアンジェリーナ。いつも僕をカメラを片手に追いかけてくるコリンとデニスのクリビー兄弟。ジニーとジョージ、フレッド、二人と仲のいいリー・ジョーダン。アーニー・マクラミンにジャスティン・フレッチリー、ハンナ・アボット。この前汽車で一緒にいたルーナ・ラブグッドに……そして以前から僕が密かに思いを寄せているチョウ・チャン。僕が名前を知っている人間だけでもこれだけいた。更に名前を知らない生徒も何人か。グリフィンドール生が多いのは間違いないけれど、
ハーマイオニーの言う通り、そこには僕の想像を遥かに超える生徒が集まっていた。
あまりの事態に茫然とする僕とロン、そして一人だけ、
「……やっぱり来てはくれなかったのね。分かっていたことだけど……残念だわ。また迷惑をかけてしまったのね、私は……」
何故かこの人数を呼びつけた張本人であるにも関わらず、どこか悲しそうな表情を浮かべるハーマイオニーに、先頭に立っていたネビルが話しかけてくる。
「やぁ、ハリー、ロン、ハーマイオニー。この会に呼んでくれてありがとう! ぼ、僕も何かしなくちゃと思っていたんだけど、こんな凄いアイディアを思いつくなんて流石だよ!」
そんなネビルの発言に多くの生徒が好意的な表情を浮かべながら頷いている。……数人ここに来たというのに、僕のことを馬鹿にした視線を送っている生徒もいるのはいたけど。好意と敵意、そしてただ一人夢見た表情で何を考えているか分からないルーナ。様々な種類の視線を一身に受ける。それでも好意的な視線の方が遥かに多い。チョウ・チャンも僕に好意的な笑顔を浮かべていることもあり、僕は少しだけむず痒いような気持になっていた。
しかしそうこうしている間にも、事態は僕を置いてけぼりにして進んでいく。おそらく嘗てない程の人数を収容したパブの中、フレッドがバー・カウンターに近づきながら注文する。
「やぁ、全員分のバタービールを頼むよ。全部で……25本といったところかな」
そして相変わらず不機嫌なバーテンからバタービールの瓶を受け取ると、全員からお金を回収しながら瓶を配り……そのまま僕の方をニヤニヤ見つめながら黙ってしまった。見渡せば全員僕の方を見つめて黙り込んでいる。どうやら僕が演説を始めるのを待っているらしかった。
こんなこと僕は聞いていない。僕は抗議の視線をハーマイオニーに送る。授業をすることも乗り気でないのに、その上こんな視線を受けながらしゃべるなんて冗談ではない。あまりに想像もしてなかった事態に頭が回っていないのだ。今皆の前で喋れなんてどう考えても無理だ。
すると僕の抗議の視線に応え、最後に未練たらしくドアの方を見つめた後、ハーマイオニーが少し緊張気味に立ち上がりながら話し始めた。
もっとも彼女の言葉は、
「え~と、あの、こんにちは。こ、ここに皆に集まってもらったのは他でもありません。つまり私の考えでは……あ、
「……
皆が来た時のように、突然キーっという錆びた音を立てながら開き、一人の女子生徒が中に入ってくる。
そいつの姿を見た瞬間、この場にいるハーマイオニー以外の全員が敵意の視線を送った。
当然だろう。本来こいつがここに来るはずがない。
皆の視線の先には、金色の髪、そしてパッチリとした瞳を……バーテン以上に不機嫌に歪ませた生徒がいた。奴は僕らとは絶対に相容れない生徒達が身に着ける、緑色のネクタイを着けている。
つまりスリザリン生であり、尚且つその中でも最も警戒すべき生徒であるダリア・マルフォイ……その一番の取り巻きのダフネ・グリーングラスがそこに立っていたのだった。