ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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集会(後編)

 ハーマイオニー視点

 

「どうしていよいよハリーに教えてもらう場所まで教えないといけないんだい!? それではいつかアンブリッジにも僕らが何を学んでいるかまで詳細に伝わってしまうじゃないか!」

 

ハッフルパフの男子生徒、アーニー・マクラミンの大声がパブ中に響く。

……別にこの事態を予期していなかったわけではない。ダリアとダフネが他のスリザリン生とは違うことを私は知っている。それこそダリアに至っては、たとえ『例のあの人』の陣営に()()()()()()()いようとも、決して敵側に心の底からついているわけではない。どんなに立場が変わろうとも、彼女は今もただ表情を作るのが下手なだけで……本当は他者を思いやれる優しい女の子のままだ。その事実を私だけは知っている。でも他の人からしたら、私の方こそ異常なのだ。これから講師役をしてくれるハリーも例外ではない。今は一言も言ってはいないけど、表情は他のメンバーと同じく敵意に満ちてたものだ。

彼等からすれば、やはり彼女達は他のスリザリンと同等……それどころかスリザリンの主導的立場ですらある。だからダフネに対して皆がいい顔をするとは最初から思っていなかった。寧ろダリアも来ていたら、もっと騒ぎは大きくなっていたことだろう。

そしてそれはダフネもある程度予想していたと思う。ダリアだって同じ。私以外の生徒もいる集まりで、自分達が歓迎されるわけないと聡明な彼女達ならとっくの昔に理解していたはずだ。彼女達はそんな状態を、それこそ入学したその瞬間から味わっているのだから。

でも……それでもダフネは来てくれた。ダリアは立場的に来ることは難しいとは思っていたけど、それでもダフネをここに送り出してくれた。正直私は二人とも来ない未来すら予想していたのだ。手紙を送ったのは、親友として全くの放置は許されないと思ったから。本当は難しいと知っていながら、それでもせめて何か行動を起こしたくて知らせただけだった。でも彼女達はそんな私の呼びかけにも応えてくれた。それは偏に彼女達が私のことを信用してくれているからに他ならない。どんなに非難の声が上がろうとも、私が必ず彼女を守るはず。そう思ってくれたからこそ、ダリアはダフネがここに来ることを許してくれたのだ。

団結が必要な今、スリザリン生を排除するような風潮を肯定するわけにはいかない。他のスリザリン生ならいざ知らず、ダフネのことをスリザリンだからという理由で排除するのだけは絶対に間違っている。でもそれ以上に、ダリアやダフネからの信頼を、彼女達の親友である私が裏切るわけにはいかない。私はそう心を新たにしながら、一旦深呼吸してから話し始めた。

 

「……彼女は問題ないわ。先程も言ったはずよ。彼女は私が呼んだのよ。彼女は決してアンブリッジに私達のことを教えることはない。彼女はスリザリン生でも他の人とは違うもの」

 

でも私の簡単な言葉で直ぐに皆の敵意が止むはずもなく、寧ろより一層激しさを増しながら続く。

 

「だからそれが理解不能と言っているんだ! 何故君がダフネ・グリーングラスなんかを庇うんだい!? こいつはダリア・マルフォイの取り巻き! たとえ君の言う通りアンブリッジのスパイでなくとも、あのマルフォイのスパイであることは間違いないんだ! あの狡猾な女のことだ、必ず僕らの弱みを握ったと思うはずだ! どうして君はそんな人間を庇うんだい! ま、まさか、君……『服従の呪文』をかけられているのでは!?」

 

「そ、そうなのか、グレンジャー!? それなら納得だ! ダリア・マルフォイの奴!? まさかそんなことを!?」

 

挙句の果てに私に『服従の呪文』がかかっているのではと疑う始末。こういう場だからこそ努めて冷静に話さなくてはと思っていたけど、流石にこの発言には私も声を荒げて応えた。しかしそれがいけなかったのか、

 

「そんなわけないでしょう!? 皆何てことを言うの! それ以上のダフネとダリアに対する侮辱は私が許さないわ! いい機会だから言いますけど、皆はあの子達のことを勘違いしているだけよ! それを、」

 

「何が勘違いだ! ハーマイオニー、君は本当にどうしちゃったんだい!?」

 

「今までダリア・マルフォイがやってきたことを君は忘れたのか!? あいつはスリザリンの継承者だぞ!? 二年生の時だけじゃない、去年だって大勢の生徒に『闇の魔術』を使ったんだ!」

 

より一層冷静さを失った空間が広がっただけだった。もはや先程まであった穏かな空気は完全に霧散している。皆口々にダリアとダフネに対する罵詈雑言を口にし、彼女を追い出そうと躍起になっていた。しかもその言葉を向けられるダフネはダフネで、もはやどうにでもなれと言わんばかりに少し小馬鹿にした表情で彼らのことを見つめ返している。彼女からすればこの場に集まった人間……それこそ私を含めた全員が滑稽に映っていることだろう。挙句の果てに、遂には表情のまま小馬鹿にした声音で話し始めてしまう。

 

「本当に貴方達は馬鹿だね。私やダリアがハーマイオニーにそんな呪文をかけるわけがないじゃない。貴方達の言っていることはどれも事実でないことばかり。前から思っていたことだけど、本当に貴方達は自分自身で考える能力がないんだね。馬鹿みたい。ポッターのことを信じない連中と何も変わらない。話を聞いているだけで反吐が出る」

 

ここに来た瞬間から気付いていたことではあったけど、どうやら彼女はここに来たのは心底不本意なことだったらしい。来た瞬間も彼女は言っていた。

 

『別に……来たくて来たわけではないよ。こんな天気だし……早く終わらせて帰らせて。あの子が城で待ってるんだから』

 

来たのは私が誘ったから……以上に、ダリアがここに行くように指示したからなのだと発言から分かる。そんな不本意な心持でも来てくれたのだ。本来ならこんな風に敵意を向けられた瞬間に踵を返しても文句は言えない。なのにこんな風に嫌味を返しながらも決して自分からはここを出て行こうとしないのは、不機嫌ながらも私に気を遣ってくれているからに他ならない。

……でもそれが分かっていても、

 

「み、皆落ち着いて! ダフネも挑発は、」

 

「なんだと!? スリザリンのくせに!」

 

「こいつ、やっぱり俺達をただ馬鹿にしに来ただけだ! こうなったら力づくでも!」

 

私にはもはやどうすることも出来ない程状況は悪化していたのだ。

私がどんなに声を上げようとしても、もう誰も私の話など聞いてはいない。この事態を唯一収められるだろうハリーも、寧ろ私の方を見ながら言うのだ。

 

「ハーマイオニー。これで気が付いただろう。そろそろ君は現実を見た方がいいよ。皆は疾うの昔に知っているんだ。こいつはダリア・マルフォイの取り巻きで、そのマルフォイは学校内で一番危険な奴だって。それどころかもうヴォルデモートの仲間。つまり僕らの敵なんだ。君は今度こそこいつと縁を切らないといけないんだ」

 

黙ってこの事態を見ていると思ったら、そんなことを考えていたらしい。隣に座るロンももっともらしい表情で頷いている。

これはもう彼等には期待できない。このままではダフネに直接危害を加えようとする生徒が出てくるかもしれない。ならもう()()()()()を使うしかない。本当は最後に告知する予定だったのだけど、もう冷静に皆を説得することは不可能。このままではダフネに危害が加えられるかもしれないし、何より私がこれ以上彼女に対する侮辱を許容できない。

だからこそ私はハリーの言葉を無視し、ポケットに入れていた()()()を取り出そうとした。このいつまでも終わらない非難の嵐を強制的に鎮めるために。もっともその前に、

 

()()()もハーマイオニー・グレンジャーの言っていることは正しいと思うなぁ。だってダリア・マルフォイはあんなに綺麗なんだもん」

 

どこかフワフワした声音の言葉が響くことによって、一瞬皆そちらに目を向けることになる。

場違いな声音に驚いてそちらを見れば、そこには声同様にどこか夢見た表情で座るルーナの姿。彼女は目の前で怒号が飛び交っていたというのに、ここに来た時そのままの表情でただ漠然と私達のことを見つめていた。

 

 

 

 

彼女と出会ったのは今年の汽車が初めて。その後は寮が違うこともあり、全く会話をする機会はなかった。

でもその一度切りの出会いでも、私は彼女に対し好感を持ち続けていた。

時折非現実的なことを言うけれど、彼女は物事の本質を見誤ることはないのだと思う。だって彼女はこの学校の中で、私と同じく数少ないダリア達の真の姿を見れる生徒だったから。

そしてその判断は間違っていなかった。今もこうしてどこか夢見がちな表情をしており、皆その場違いな雰囲気に唖然としているけれど……その瞳だけは知性に溢れているように、私には見えているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルーナ視点

 

……ここにはラックスパートが一杯いるみたい。だって皆どこかボーっとしてるもん。

あたしは何とはなしに怒号を上げる皆を見ながらそんなことを考えていた。

ダフネ・グリーングラスがアンブリッジやダリア・マルフォイのスパイ?

皆声高に言っているけれど、そんなことは絶対にないと思う。少し考えれば簡単なこと。アンブリッジ先生がスパイを放つとすれば、こんな()()()()()()()()ような人選をするはずがない。あたしだったらもっと他の生徒を使うし、それをするだけの権力をあの人は魔法省で持っていると聞いたことがある。確かレイブンクロー内でもそんなことを話していた生徒が何人かいたはず。

そしてダリア・マルフォイのスパイである可能性は……アンブリッジ先生のスパイであること以上にあり得ない。……正確にはあの人はダフネ・グリーングラスからこの会の情報を聞き出すとは思う。でもそれは皆が口にしているような役割ではない。あの人がグリーングラスから話を聞くのは、おそらくあの人が純粋に友人のことを心配しているから。何故この会をグリーングラスを参加させたかは分からないけれど、あれだけ()()()()友人のことを大切にしている人がそんなことをするはずがない。そもそもこの会にはハーマイオニー・グレンジャーが参加している。ならばダフネ・グリーングラスをスパイのためだけに参加させる必要性すらない。あの様子だと放っておいてもグレンジャーがあの人に色々話すと思う。こんな疑われるような、友人を危険に晒すような行為を態々するはずがない。

そんなこと、少し考えれば簡単に分かるはずなのだ。そんなことも分からないのは、多分皆ラックスパートに取りつかれているから。だからあたしは、

 

「あたしもハーマイオニー・グレンジャーの言っていることは正しいと思うなぁ。だってダリア・マルフォイはあんなに綺麗なんだもん」

 

そう一言呟いた後、この部屋の中を飛んでいるであろうラックスパートを見つけるため空中に目を凝らすのだった。でもそんな私の呟きはどうやら思いの外大きかったらしく、皆一斉に黙り込んで私のことを見つめ始める。そして静まり返る空間の中、先程まで気取った口調で話してたハッフルパフの男子生徒が、どこか呆れた口調で話しかけてきた。

 

「……グレンジャーだけじゃなくて、こんなことを言う生徒がレイブンクローにもいたなんてな。君名前は何て言うんだい?」

 

でもその質問に答えたのはあたしではなく、何故か他のレイブンクロー生だった。レイブンクローの上級生はハッフルパフ生と同様呆れた表情を浮かべながら答える。

 

()()()()よ。この子レイブンクローの中でもとっても変わってるの。だから変わり者のルーニー」

 

……何故あたしの代わりに他人が答えるのだろうか。しかも名前も間違っている。あたしにはママから貰ったルーナという立派な名前がある。あたしは間違いを訂正すべく、ハッフルパフ生の方に視線を向けながら答えた。

 

「ルーナだよ。ルーナ・ラブグッド」

 

「別に名前なんてどうでもいいさ。で、君はなんでそんなことを言うんだい? この場でおかしくなってるのは、そこのポッターとグレンジャーだけだと思っていたんだけど」

 

なのにまたもや訳の分からない返事をされてしまった。自分で聞いておいて、何故この人はこんなことを言うのだろうか。確かザカリアス・スミスと名乗っていたけど……この人は嫌な人だ。この人がこんな馬鹿なことを言うのは、きっとラックスパートのせいだけじゃない。あたしは少し不機嫌な気持ちになり、思いっきりザカリアス・スミスのことを睨みつけた。……結局ザカリアスはそんな私の視線に肩をすくめただけだったけれど。代わりに私の言葉に応えたのは、隣に座る件のダフネ・グリーングラスだけだった。彼女は先程まで険悪だった雰囲気を少しだけ納め、あたしに、

 

「……ルーナと言ったよね。……飴いる?」

 

「……もらうもん」

 

優しい声音と共に、ハニーデュークスで買ったと思しき飴を一つくれたのだ。

やっぱりザカリアス・スミスと違って、ダフネ・グリーングラス()いい人だ。ダリア・マルフォイのことで……友達のことであんなに怒り、こんな風にあの人のことを褒めれば喜ぶのだから。悪い人がそんなことするとは思えない。

でも皆はそう思わなかったみたいで、黙り込んではいるけどジッと不信感の籠った視線をあたしとダフネ・グリーングラスに向けていた。それでも先程までの怒号が飛び交う状態よりはマシだと考えたのだろう。ここぞとばかりにハーマイオニー・グレンジャーが一枚の羊皮紙をかざしながら再度の大声を上げた。

 

「……皆の不安は分かったわ。でも先程も言ったけど、ひとまずは私の話を聞いてちょうだい! それにダフネに限らず、この中の人間()()が他の人に会のことを言えなくするつもりよ! だからダフネが万が一アンブリッジのスパイでも、他の人がスパイだったとしても絶対に大丈夫! そのためには皆、この羊皮紙に名前を書いてちょうだい! 日時に関しては後日連絡にするから、とにかくこの羊皮紙に名前を書いて!」

 

ハーマイオニー・グレンジャーがかざしたのは、一見何の変哲もない羊皮紙でしかなかった。何も書かれていない、ただまっさらな状態の羊皮紙。案の定皆何故そんな物をグレンジャーが出してきたのか分からず、不審な表情で羊皮紙を見つめている。そしてこれまた案の定、ザカリアス・スミスが厭味ったらしく羊皮紙を指差しながら尋ねた。

 

「なんだい、それは? 何故それに名前を書いたら、ダフネ・グリーングラスがスパイでないって証明できるんだい? 僕にはただの羊皮紙にしか見えないけど」

 

あの人は本当にこんな厭味ったらしい言葉しか言えないのだろうか。でも次の瞬間、

 

「ただの羊皮紙ではないわ。これには()()がかけてあるの。ここにいるメンバー以外にこの会のことを言えば、絶対にそれが分かるようになっている呪いよ」

 

グレンジャーの言葉にザカリアス・スミスだけではなく、この場にいる全員が黙り込むことになる。

 

「の、呪い?」

 

「えぇ、そうよ。これに名前を書けば、必然的にアンブリッジにも、その他の人にも私達のやろうとしていることを知らせないと約束したことになるわ。それにダフネに関しては皆がそう言うと思って、予め()()()()()()()に用意しておいたの。ダフネにはこちらに名前を書いてもらうわ。これで皆も納得してくれるわよね? さぁ、皆納得してくれたのなら名前を書いてね。大分時間を使ってしまったし、もうお開きにした方がいいわ。それとも……あれだけ私やダフネを馬鹿にしたのに、まさか名前を書かないわけないわよね?」

 

そう言って更にもう一枚の羊皮紙を出したかと思うと、勢いのまま皆に羊皮紙に名前を書くよう迫りだしたのだった。

 

 

 

 

『呪い』という強烈な言葉に皆驚いたのか、どこか怯えた様子で羊皮紙に名前を書いていく。ザカリアス・スミスは最後まで渋っていたけれど、皆の視線に耐えられなかったのか最後には名前を書き込んでいた。そして一番注目されたダフネ・グリーングラスも、

 

「ダフネ……ごめんなさい、こんなことになって。でも大丈夫。決して()()()にとって損になるようなことはしないから」

 

「はぁ……こう言っては何だけど、本当に面倒なことに巻き込んでくれたね、ハーマイオニー。でもまぁ……これを書かないとこの馬鹿達が帰してくれそうにないからね。名前を書くことは書くよ。……次の集会とやらに行くことはないと思うけど。……本当になんで私ここに来させられたんだろう」

 

「ご、ごめんなさい。だけど……また後で手紙を送るから」

 

ハーマイオニー・グレンジャーの特別に用意したという、やっぱり一見ただの羊皮紙にしか見えない紙に名前を書き込んだのだった。

辺りを見回しても未だに誰も納得した表情を浮かべてはいない。教師役のハリー・ポッターに至っては、グレンジャーの背後でまるで親の仇でも見る様な表情を浮かべている。グレンジャーは後で色々言われるに違いない。でも、それでも誰も何も言わないのは、皆グレンジャーのかけたという『呪い』を信用しているからだと思う。この学校で優秀だと有名なのは、ダリア・マルフォイの次にグレンジャーの名前が挙がる。あたしはそんな話には興味なかったけど、周りでそんな話をされれば嫌でも耳に入ってしまう。だからそんな実力のある人がかけた呪いなら、()()()()()信頼してもいいとでも考えているのだろう。

 

でもあたしにはグレンジャーの特別に用意したという羊皮紙が……皆の名前を書いた物と違い、本当に()()()()()()にしか見えなかった。

 

だってラックスパートを探すためにかけた魔法のメガネを通せば……皆の羊皮紙はキラキラ光っていたけど、グリーングラスの羊皮紙は何の光も出してはいなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラコ視点

 

「……ダリア、本当に良かったのか?」

 

「何がですか、お兄様?」

 

寮生のほとんどがホグズミードに出払った談話室。今この空間には僕とダリアしかいない。城には2年生以下の生徒も残っているが、学校内で最も恐れられているダリアがいる空間に好き好んでいたがる奴がいないのだ。……腹立たしい話だが、今この時で言えば都合が良かった。お蔭でこうして聞かれたくない話を堂々とすることが出来る。

本当は分かっているだろうに、それでも惚けた返事をするダリアに続ける。

 

「ダフネのことに決まってるだろう。いいのか、本当に行かせて。もう行ってしまったが、まだ連れ戻すことも出来るはずだ。お前だって分かっているはずだ。ポッターから魔法を教わる集まり? そんな奇特なものに集まるのはグリフィンドールの変人共くらいのものだ。グレンジャーがいるから怪我をするような事態にはならないだろうが……それでも歓迎されるなんてことは絶対にない。本当に……行かせて良かったのか?」

 

「……」

 

しかしすぐにダリアから答えが返ってくることはない。当然だろう。本当はダリアだって迷っているのだ。これが本当に正しいことなのか。本当にこれがダフネのためになるのか。全く見通せない未来の中、今できることを手探りで探しているに過ぎない。だが、

 

「……今はこれしかないのです」

 

結局のところ、ダリアはこの道をもうすでに選んでしまったのだ。……この道を()()()()()()()()のだ。ならばもう進み続けるしかない。どんなに未来が見通せなくとも、今立ち止まることだけは許されない。立ち止まってしまえば必ずダフネの身に取り返しのつかない事態が起こる。そんな強迫観念にダリアは今取りつかれている。だからこそ、ダリアは重い口調であるが続ける。

 

「ダフネがこの集まりに参加して、()()彼女が歓迎されないことは私にも分かっています。彼女は私の()()()親友です。今までの私の立場を考えれば歓迎されるはずがない。ですがこれをしなければ、彼女はもう()()いる側にいるしかなくなる。それでは駄目なのです。その道は……あの優しいダフネには似合わない。選ぶとしても最後の手段でなくてはならない。それにこれは決して向こう側に属するだけを意味するわけではありません。……アンブリッジ先生やスネイプ先生と同じです。これでいざという時……どちらにでも参加することが出来るようになる。彼等が属しているものとは違い、ダフネがこれから参加するのは所詮はごっこ遊びでしかない」

 

ごっこ遊び。無力で馬鹿な僕にはダリアが何を言っているのか正確に理解することは出来ないが、その言葉が意味することだけは僕にも理解出来た。成程、グレンジャーがどんなにご立派な口上を並べ立てようとも、奴らのやろうとしていることは所詮本物ではない。ポッターがいくら死線を潜り抜けたのだとしても、それ以外の奴らは結局いつまでもお遊び気分でしかないだろう。ポッターやダリアと違い、奴らにとって闇の帝王はまだ御伽噺の存在でしかないのだ。ポッターのことを詐欺師と呼ぶ連中達と何も変わらない。ただ立場が違うだけだ。

だが僕がそんなことに納得している間にも、ダリアの独白のような言葉は続く。当たり前だ。ダリアの言いたいことの要点はそこではないのだから。

 

「ですが彼らの背後にいる連中は違う。きっとあの老害……ダンブルドアも彼等の背後にはいるはずです。たとえごっこ遊びだとしても、それに参加するだけで奴等に多少含みを持たせることが出来るなら安いものです。それにいざとなればスパイをしていただけと言い訳することも出来る。スネイプ先生と同じ手法です。ダフネなら決して向こうに気を許しすぎることはないですから、万が一闇の帝王に『開心術』を使われてもどうとでも言い訳できる。だから、」

 

「ダリア……もういい。聞いた僕が悪かった。だからそんな辛い表情をするな」

 

僕から質問しておいて、冷静に聞けたのはそこまでだった。まるで言い訳のように紡がれる言葉の数々。どんなに将来のことを考えていても、ダフネが傷つく可能性が少しでもある以上ダリアが苦しまないはずがない。それは僕だって薄々分かっていた。

でも、今ならまだ間に合う。こんな不確かなことをしなくとも、ダフネを守る手段はいくらでもあるはずだ。それこそ取り返しのつかない事態になる前に、ただ我武者羅に前に進もうとしているダリアを一度立ち止まらせられるのは僕しかいない。この誰もいないタイミングこそが最大のチャンスだ。そう僕は思い、尋ねるなら今だと思って質問したわけだが……。

僕は感情のままに浅慮な質問をしてしまったことを恥じ、苦悶の無表情を浮かべるダリアの頭をそっと抱え込む。だがダリアの独白は止まらなかった。信頼する家族しかいない空間。ダフネだけでもこうはならなかっただろう。一度決壊してしまった思いは、僕以外誰もいないことでどんどん溢れ出していく。

 

「だから……私はこうするしかないのです。ダフネと一緒にいない時間なんて嫌です。でもこうするしか……あの子を守る術がない。それにポッターなら……いえ、グレンジャーさんなら、きっと正しい身の守り方を教えてくれる。少なくとも、もう私があの子に教える資格は……もうないのです」

 

僕は更に力を込めてダリアの頭を抱え込み、そっとその後頭を片手で撫でる。これ以上ダリアが自分を傷つけないように。思いを言葉にすることで、これ以上ダリアが必要以上に厳しい現実を見つめないように。

結局、僕にはそれくらいしか出来ることなどなかったのだ。

 

 

 

 

……だから、

 

「だから……もしダフネが傷つく様なことがあれば、()()()()()()()

 

僕に頭を撫でられるダリアが、今どんな表情を……どんな色の瞳をしているか僕には最後まで分からなかった。


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