ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
アンブリッジ視点
「ア、アンブリッジ先生。グ、グリフィンドール、クィディッチ・チームの許可申請書です。……サインしていただけますか?」
部屋で悠々と紅茶を飲む私の前で、グリフィンドールのキャプテンと思しき女生徒が声を上げた。
今にも泣きそうな震えた声。そんな彼女を支える様にミネルバが立ち、私に非難がましい視線を投げかけている。
あぁ……本当に素晴らしい視線ですこと。今私は彼女達より上の立場にいる。
私はそんな高揚感のまま、勿体ぶる様に紅茶に口を着けながら応える。
「何故です? どうして私がそんな物にサインをしなければならないのです?」
そして私の言葉に対する反応も案の定な物。私が言葉を発した瞬間、女生徒は更に表情を歪めながら続けた。
「な、何故!? これはただのクィディッチ・チームの許可証ですよ! スリザリンはもうとっくの昔に許可を貰ったと聞いてます! それがどうして、グリフィンドールは駄目だと言うのですか!?」
本当にグリフィンドールらしい直情的な言葉ですこと。私が学生であった頃から何も変わっていない。何も考えず、ただ自身の正義や善とやらが絶対だと信じて疑わない。そしてそれはどうやら後ろに控えるミネルバも同じらしく、
「えぇ、ドローレス。私もミス・ジョンソンと同じ意見です。何を勿体ぶる必要があるのです? スリザリンに許可を出したのなら、グリフィンドールにも許可を出す。当たり前のことです。それとも貴女はただのクィディッチ・チームが魔法省に盾突くとでも言いたいのですか?」
実に愚かなことを口にしていた。
スリザリンが許可されたからグリフィンドールも許可されるべき?
これだからグリフィンドールは……。人を追い詰めるにはいくらでも方法があるのだ。見せかけの公平性など何の役にも立たない。正しさに価値などないの。この世界にいるのは、ただ虐げられる者と虐げる者だけ。理由や論理などいくらでも後付できる。虐げられる者にどんな理屈があろうと関係ない。虐げられる者は虐げられるべき者なのだ。そこに正義や倫理など存在しない。……そう、嘗ての私がそうであったように。そこから抜け出すには、自身が虐げる者になるしかない。このような泣き言を喚いたところで現実は少しも変わらない。
だからこそ、私は彼女達に徹底的に現実を突き詰めるべく応えた。
「あらあら、ミネルバ。貴女までそのようなことを口になさるのですか? 私が公正に物事を判断していないと? 酷い言いがかりですわ。私は常に公明正大に判断しております。私は魔法省に仕えているのですから、それは当然のことですわ。……ですが、だからこそ私はグリフィンドール・チームに許可を出すことが出来ませんのよ」
「……一体全体どういった理由があると言うのですか?」
「本当にお分かりにならないの? 副校長ともあろう方が随分と危機意識が無いのですね。いいですか? スリザリン・チームは皆家柄の立派な、そして品行方正な生徒達ばかりですのに、グリフィンドールときましたら……。ミスタ・ウィーズリー達は随分と素行不良だと聞いていますわ。それに何より、シーカーなどあのミスタ・ポッターではないですか。そんな生徒達の集まりに許可など出せるはずがないでしょう?」
理由など何でもよい。しかし折角チーム内にあのポッターがいるのに、それを利用しない手はない。私に与えられた任務は
尤もこの策に固執するつもりはない。これはあくまで布石に過ぎない。あの愚かな少年を追い詰め、私が
そしてそんな私の考え通り、ミネルバは不快感を露にしながら言い募り、
「貴女がポッターにどのような考えをお持ちなのかは知っていますが、これは明らかにやりすぎです。彼がシーカーであろうと、クィディッチを許可するか否かの判断基準にしていいはずがありません。何よりダンブルドアもそうお考えです。彼も今回のことで、」
「成程、ダンブルドア校長も同じお考えなのですね。ならばこれ以上何も言いませんわ。えぇ、言いませんとも。グリフィンドールに許可を出しましょう。ですが……私は今でも反対していることに変わりはありませんわ。ポッターが何か問題を起こした時、彼の立場がこれ以上悪くならなければ良いのですが……」
私にとって有利になる発言を発したのだった。
全てが思惑通りに進み、私はミネルバが前にいるというのに笑みを強める。何も私がこの学校から追放せねばならないのはポッターだけではない。ダンブルドアに……後はあの『占い学』のシビル・トレロニー。たかが『占い学』の教員如きを何故追放せねばならないかは知らないが、ルシウス・マルフォイ氏
私の言葉でようやく自身の失態に気が付いたのか、私のサインを奪い取る様に手に取ると、そのまま内心の苛立ちを隠せない様子でミネルバは部屋を後にする。グリフィンドール生も事態の深刻度に気が付いたのか、より一層不安げな表情を浮かべて後に続いた。
一人残された私は少し冷めてしまった紅茶を注ぎなおしながら考える。
本当に気分がいいわ。誰かを虐げるというのは。……私が虐げられる立場ではなくなったことを再確認できる。
そう、私はもう誰かに虐げられる立場ではないのだ。もう私が誰かに馬鹿にされることはない。馬鹿にされたとしても、その人間を文字通り消し去ることさえ出来る。雑音を打ち消すには権力が一番で唯一の方法。何がクィディッチの許可証よ。私からすればそんなことで一喜一憂出来ることを喜ぶべきなのだ。たかがクィディッチなどで悩めるのだから、悩みなどあってないようなもの。
……私は、
『あのスリザリン生、本当に気持ち悪いわね。
学生時代、それこそ自分が生きていることにすら悩みを抱いていたのだから。
思考の最中、私は学生だった頃を思い出し笑みを曇らせる。またこれだ。ここに帰ってきてからというもの、何度も昔のことを思い出す。夢見も悪いことがある。内容は思い出せないけれど、あまりいい夢ではなかった気がする。グリフィンドール生を見ていると、どうしても当時のことを思い出してしまうのだ。頭の奥底で響く、いつか投げかけられた言葉。誰がそんなことを言ったのかはもう覚えていない。というより、そんなことは
思い返せば私はそれこそ入学した瞬間から虐げられていた。
ホグワーツに入学したことで、私は貧困と……もはや冷え切った家庭から抜け出す切欠を得た。最初は入学費用すら払えないと母に反対されたけれど……奨学金という制度で何とか私は家から逃げ出すことが出来た。あんな誰も私のことを認めてくれない、それこそ家族だというのにまるで私をいない者として扱う連中から離れることが出来る。味方は唯一父だけ。その父も貧困故に、味方であっても力にはならない。近所も私のことを気持ち悪い子供扱い。しかしそんな生活からようやく解放される。そう私は入学許可書を手に喜んでいたのだ。
……実際に入学し、
『ねぇ、あの子のこと見た?』
『スリザリンに入ったあの子? ガマガエルそっくりの?』
『狡猾って言うけど、多分あの子ただの愚図だよね。あの見た目よ? そんなに器用であるはずがないもの。性格悪いことはこれで証明されたし、長所なんてまるでないんでしょうね』
現実に打ちのめされるまでは。結局環境が変わったとしても、世界に敷かれたルール自体が変わるわけではない。私は入学したその瞬間から、周りから漏れ聞こえてくる言葉に現実を突き付けられたのだ。
結局どこに行ったとしても、世界には虐げられるか虐げるかだけ。私はホグワーツでも虐げられる側だった。
私は紅茶を飲み自身の精神を落ち着かせ、学生時代と違い、幸福なことで満たされるであろう未来に思いを馳せる。
やることは単純。グリフィンドール生を貶め、スリザリン生にはひたすら誉めそやす。学生時代、マグルの血が半分入っている私はスリザリン内でもそこまで地位は高くなかったけど、少なくとも当時媚びへつらったお陰で今の地位に就く土台を得ている。厳しい現実の中でも、スリザリンだけは少なくとも態度に気を付けてさえいれば、必要以上に攻撃される空間ではなかった。どんなにマグルの血が半分入っていようとも、別に一番下位の存在というわけでもなかった。それこそ私の下には人間の血すら一滴も含まれていない存在もいる。今では私の後押しすらしてくれている。やることは今までと何一つ変わらない。
そう、何一つ変わりはしない。
私はただ自身に与えられた任務と……この世界に敷かれた絶対のルールに従うだけよ。
勝手に湧き上がりそうになる記憶を笑みで無理やり抑え込む私は……もう紅茶を飲んではいても味わっていなかった。
ドビー視点
「お嬢様、ただいま戻りましたです」
「ご苦労様、ドビー。それとありがとうね、こんな夜遅くに。……早速で悪いのだけど、グレンジャーさんには気付かれていないかしら?」
「も、勿論でございますです、お嬢様! グレンジャー様にはキチンと、ドビーめの意志でとお伝えしておりますです!」
深夜の談話室。スリザリン談話室に残られていたお嬢様とグリーングラス様が、真夜中であるにもかかわらずドビーめを優しく迎えてくださる。それもドビーめを労うような言葉で。
やはりお嬢様はお優しい。
ドビーめはそんな当たり前の認識を再確認しながら、お嬢様の優しいお心を煩わせないように
グレンジャー様にはお嬢様のお優しい気遣いは既にお見通しの様子だった。あの方はダリアお嬢様のご友人だ。それならばお嬢様の見え透いた嘘を見抜かれてもおかしくはない。お嬢様の優しさは表情がないことぐらいでは覆い隠すことなど出来ないのだから。グリーングラス様もそれがお分かりなのか、隣で何度もドビーめにウインクを投げかけておられる。結局ドビーめの細やかな嘘に気付かないのは、
「……そう、ならいいわ。本当にありがとう、ドビー」
当のお嬢様くらいのものだろう。相変わらずお嬢様は自己評価が低くていらっしゃる。
そんなドビーめの考えに気付かれず、お嬢様はどこか思案顔の無表情で続ける。
「これで場所は整いました。……まさかホグワーツにそんな場所があるなんて。『必要の部屋』ですか。私も彼女達が使っていない時に、こっそり使わせてもらいましょう。ダフネも一緒に来てくれますか? そこでなら人目を気にする必要はないですし」
「うん、勿論だよ! その時はドラコも誘おうね!」
何気ないお嬢様の言葉。しかしこのお嬢様の言葉にドビーめは僅かに恥じ入る気持ちになる。お嬢様がお使いになられるなら、ドビーめはもっと早くにお伝えすれば良かったのだ。ドビーめはお嬢様に求められ、グレンジャー様やハリー・ポッターに部屋の情報をお伝えしたわけだが……本当に部屋が必要なのはどちらかと言えばお嬢様のはずだ。
お嬢様は今この学校で孤立していらっしゃる。心底お優しいお方であるのに、家柄と表情によって多くの方がお嬢様のことを誤解しておられる。それはあのハリー・ポッターやダンブルドア校長も例外ではない。お嬢様の安心できる居場所は……この学校にはあまりにも少なかった。
しかし『必要の部屋』であれば、そんなお嬢様にも安心できる空間を提供出来る。何せ『必要の部屋』には何だってある。ドビーめ『しもべ妖精』が求めるものもあれば、それこそグレンジャー様の求めておられる、誰にも見られずに魔法の練習が出来る場所ですら提供できるだろう。お嬢様がただ静かにご友人と過ごすには最適な場所だ。
もしそのような空間を早めにお伝えできていれば、今のお嬢様の精神状態も多少は改善されていたやもしれない。学校の内と外どちらにも大きな問題を抱えておられるお嬢様が唯一逃げ込める場所。状況は変わらなくとも、お嬢様がゆっくり考えることが出来る場所。そんな空間さえあれば……。
今更そんなことを考えても仕方がない。しかしドビーめはお嬢様の何気ない言葉にそんなことを思わずにはいられなかったのだ。
恥じ入るドビーめの前で、お嬢様とグリーングラス様の会話は続く。
「楽しみだな~。私達だけになろうとすれば、こうやって夜遅くまで待つ必要があるものね。……いっそハーマイオニーに提供せずに、私達だけで使ってしまおうよ」
「……貴女が集会に参加するのは嫌なのは分かりますし、なるべく次回を先延ばしにしていたのも知っていますが……これも必要なことなのです。参加するだけで結構ですから、次の集会も、」
「分かってるよ。行くのは行くよ。ハーマイオニーもちゃんと私を守ってくれてるし、それに面白い後輩もいたからね。ルーナ・ラブグッドって名前のレイブンクロー生なんだけど、ダリアは知ってる?」
「……どこかで聞いた名前ですね。確か汽車の中で……」
お嬢様とグリーングラス様の会話から察するに、グレンジャー様の集会に参加するのはグリーングラス様だけであるらしい。それもお嬢様のためではなく、グリーングラス様のためだけに。危険な立場に立たされているお嬢様が、それでも尚ご友人であるグリーングラス様のことを第一に考えて行動されている。それにマグル出身であるグレンジャー様のことも……。
ドビーめはお嬢様の穏やかな無表情を見上げながら思う。
ただの『しもべ妖精』でしかないドビーめには、今の辛い状況におられるお嬢様を完全にお助けすることは出来ない。しかしどんなに無力であろうとも、ドビーめに出来ることが全くないわけではない。
ドビーめはお嬢様だけの『しもべ妖精』……家族なのだ。ならば必ずやドビーめの出来ることを全身全霊でしてみせる。たとえどんな小さいことであろうとも、それでお嬢様が救われるのであれば……。ドビーめは必ずそれを成し遂げてみせる。それがお嬢様
そうお嬢様のお顔を見つめながら、ドビーめはお嬢様に対する忠誠心を新たにするのだった。