ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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新しいファイアボルト

 ハリー視点

 

最初の『ダンブルドア軍団』は正しく大成功と言っていい程の出来だった。

『武装解除術』に最初は懐疑的だった生徒達も、練習をすることで呪文の重要性に気が付いたのか一生懸命練習していた。それこそ嫌味ばかりを言っていたザカリアス・スミスでさえも。まだまだ練習する必要はあると思うけれど、あのネビルも含めて概ね及第点には達したと思う。最初の滑り出しとしては大成功だ。これで次回以降も自信を持ってDAを行うことが出来る。皆にせめて自分の身を守るだけの術を身に付けてもらう。その目的だけは何とか果たせそうだ。何よりあのチョウ・チャンとの距離も縮まった気がする。僕の指導を頬を赤らめながら聞いてくれていた。少なくとも僕に嫌な気持ちは持っていないはずだ。

 

……でもそれ以外の点においては、あまり順調とは言えない事態になりつつあることもまた事実だった。DA以外の点においては全て悪化しているように思える。

 

それは最初のDAが終わった直後から始まっていた。最初の成功を収めた直後から様々なことが立て続けに起こっているのだ。

まずはトレローニー先生がいきなり教職を解雇され、学校を追放されかけたことだ。

アンブリッジがトレローニーを何故か目の敵にしていることは、以前の授業視察で分かっていたことではあるが……まさか追放までするとは思っていなかった。今までの嫌味を言うだけの関係とは一線を画している。それもこれも、DAから数日、昼休みに大広間前で怒鳴り声が聞こえたため行ってみると、

 

『ホ、ホグワーツは私の家です! きょ、教師から外しただけでなく、私をこの家から追い出すなんて! 一体何の権利があって、』

 

『それが私には権利があるのよ、トレローニー()先生。私は『ホグワーツ高等尋問官』。貴女達教員を評価し、そして解雇する権限すらあるの』

 

涙を瞳に浮かべたトレローニー先生と、いつもの不愉快な笑みを浮かべたアンブリッジがいたのだ。

トレローニー先生の周りには先生の物と思われる荷物が散乱しており、今まさに追い出されようとしていることが伺われた。恥も外聞もなく泣き叫ぶトレローニー先生と、それをまるで舌なめずりする様に眺めるアンブリッジ。どう考えても同じホグワーツに勤める教員に対しての態度ではない。教員を解雇する程の権限をアンブリッジは手にしている。それを生徒全員に示すには十分すぎる光景だった。

結局騒ぎにかけつけたマクゴナガル先生とダンブルドア校長によって追放こそ免れたものの、トレローニー先生の解雇自体を覆すことは出来なかった。しかも、

 

『……いいでしょう、ダンブルドア。確かに今は私に彼女をここから追放する権利はありませんわ。それは未だ校長である貴方の権利です。()()ね……。ですが肝に銘じてくださいな。私は『ホグワーツ高等尋問官』。私は常に貴方方が魔法省に対して忠実であるかを監視していますわ。それをお忘れなきよう』

 

ダンブルドアにすら厭味ったらしい言葉を吐くアンブリッジの様子から、あいつはまだ諦めてはいないことだろう。

別にトレローニー先生のことが好きではないことから、先生自体にそこまで同情しているわけではないけれど……アンブリッジの権力を見せつけられることで、僕らが折角成功させたDAを台無しにされている気分だった。

 

そして何より問題はアンブリッジだけではない。寧ろアンブリッジのことはある程度最初から分かっていたことだ。だからこそ僕らはDAを作ったわけだから、今更アンブリッジの横暴について一々ショックを受けていても仕方がない。

最大の問題はもう一つの方。アンブリッジ同様最初から分かっていた問題ではあるけれど、それこそDA直後に再認識させられた最大の問題。

それは、

 

()()はお前達を統べる者。アレが真に完成した時、どれほど俺様の力になることか……今から実に楽しみだ』

 

この学校に紛れ込んでいる、学生でありながらもう敵の勢力の中枢にいるダリア・マルフォイのことだった。

僕はDAが終わり、メンバー達が無事に部屋から出て行くのを見送った直後、その夢を見た。いつものまるで……僕自身がヴォルデモートになってしまったかのような夢。奴の感情や言葉が僕の中に突然流れ込んでくる。ただの夢にしてはあまりにも現実感があり、今までの経験からもあれが決して夢ではないことは分かっている。ならあの時、確かにヴォルデモートはダリア・マルフォイの話をしていたのだ。文脈を理解するにはあまりに情報がないため正確なことは分からない。でも確かに、あいつがダリア・マルフォイのことを()()と呼び、自身の右腕として褒めちぎっていたことだけは間違いなかった。いよいよ僕のあの墓場で聞いた情報が正しかったことが証明されつつある。なのにそのことをハーマイオニーに話しても、

 

『……貴方が今見た夢の内容を信じるのなら、確かにハリーの言う通り、ダリアは『あの人』の勢力に属しているのかもしれないわ。でもそれで直ぐに彼女のことを危険だと判断するのは早計だと思うわ。彼女には彼女の事情があるの。嫌々従わされているに決まっているわ。本当は私達の味方のはずよ』

 

などという寝言のようなことを言うのだ。もうここまで来ると、彼女はロックハートの時と同じ状態になっているのだと思う。どんな証拠を突き付けられても自分に都合のいい解釈ばかりして現実を見ようとしない。いよいよ彼女の身に危険が迫っているような気がした。このまま行けば、いつかロックハートの時と同じくとんでもない裏切りにあってしまう。敵はあのダリア・マルフォイや、その背後にいるヴォルデモートだ。決して待ってと言って待ってくれる奴等ではない。いつかハーマイオニーは危険な目に遭う可能性がある。

そしてそんな危機感を抱くのが僕一人だけではなかったことが、より一層僕の考えを強固な物にしていた。それはハーマイオニーと同じく僕の話を聞いてくれていたロン。そして教員を解雇されたトレローニーの代わりに、新しく『占い学』を教えることになった()()()()()()のフィレンツェだった。

 

『ハリー・ポッター。また会えましたね。君に会うことは以前から星によって予言されていました』

 

一年生の時に『禁じられた森』で出会ったケンタウルス。明るい金髪に胴はプラチナブロンド、淡い金茶色のパロミノ。新しく『占い学』の教室になった一階の空き部屋に行くと、彼が一年生の時と同じ姿形で佇んでいたのだ。

聞けば彼はダンブルドアに乞われて一時的に『占い学』の教員になったらしい。アンブリッジは人間以外の生物のことを酷く嫌っている。だから直ぐに追い出されるだろうが、それまで少しでも生徒達を導いてほしいと言われたのだとか。勿論ダンブルドアとしては彼の教え方も考慮に入れたところもあるのだろう。彼の授業はトレローニー程頓珍漢なものではなかったが、やはり『占い学』という学問の性質なのかどこかフワフワしたことばかり言っていた。

 

『さぁ皆横になって、あの星を御覧なさい。あの星々の瞬きはこれからの世界を表しています。戦いをもたらす火星が明るく輝いている。もうすぐ大きな戦いが始まろうとしている。これを我々ケンタウルスは何年も前から予見しています』

 

正直誰一人として彼が指示した星とやらの話を理解してはいないことだろう。教室の天井に魔法をかけたのか、僕らの頭上では確かに現実そっくりの星が光り輝いていた。でも彼が指し示す星を誰も見つけることが出来なかったし、そもそも彼も僕等が理解することを求めているようにも思えなかった。内容も僕達……と言うより僕の話を信じてくれている生徒には分かり切ったものばかり。具体的な内容は一つもありはしない。ダンブルドアはきっと彼の授業がそもそも長続きするような内容でないことを知っていたに違いない。

でもそんな中で、授業終わり、彼は僕とロンを引き留めながら言ったのだ。

 

『ハリー・ポッター。そしてそのご友人。気をつけなさい。今世の中には危険が満ちている。気をつけなさい。……()()、ダリア・マルフォイにもね。彼女の星は異常だ。ある日()()()()()()かと思えば、常に破滅の光を放ち続けている。()()()()()()()()()()()()()()。そのような運命をあの娘の星は暗示しているのだ』

 

……思い返せば彼は一年生の時も同じことを言っていた。ダリア・マルフォイに気をつけろ。占いなんて信じてはいないけど、彼の真に迫る言葉を邪険にすることなんて僕には出来はしなかった。何よりダリア・マルフォイの危険性は今までの行動が実証している。占いだからと言って、トレローニー先生のインチキ話と同列にしていいようなモノではなかった。

勿論いよいよダリア・マルフォイの危険性が現実のものになったところで、僕に出来ることなんてほとんどない。出来ることと言えば、あいつの行動を出来る限り『忍びの地図』で監視すること。そしてあいつの仲間であるダフネ・グリーングラスをDAに縛り付けておくことくらいだ。それなら少なくとも学校内であいつが悪だくみをすることは難しくなるはずなのだ。尤も学校外に関しては僕にはどうすることも出来ないし、学内においてもあいつを止められなかったがために、二年生の時の惨劇が起こってしまったわけなのだけど。

 

DAが成功したというのに、その成功の直後から起こっている出来事に喜びきることが出来ない。何故こうも焦りばかり募っているのだろうか。前に進んでいるはずなのに、実は全く進めていないような……全て相手の手のひらの上なのではないかという気さえする時がある。

 

そしてそんな鬱屈とした気持ちを打ち破ってくれるはずのクィディッチでさえ、

 

「お、おい、マルフォイが持っている箒……。あ、あれは、」

 

「そ、そんな! 何故ドラコ・マルフォイがあの箒を持っているの!?」

 

どうやら僕の気持ちを晴らしてはくれないらしかった。

アンジェリーナがアンブリッジから許可を貰って安心していたというのに、いざ今年初めての試合……それも因縁のスリザリンとの試合が始まった瞬間、僕等グリフィンドールチームはとんでもない衝撃を受けることになる。

大勢の歓声に包まれた競技場に現れたスリザリンチーム。緑のユニフォームを身に着ける彼らを応援する声はほとんどない。グリフィンドールは勿論、ハッフルパフもレイブンクローも僕等の方にこそエールを送ってくれている。それはグリフィンドールチームに、今学校内で()()()()嫌われている僕が属していても変わりはなかった。競技場一杯にグリフィンドールコールが鳴り響いていた。

それがスリザリンチームが入った瞬間……正確にはドラコが手に持つ箒を認識した瞬間、一瞬で競技場は困惑した静寂に満ちる。スリザリンの生徒ですら黙り込んでいることから、どうやら彼等にも徹底的に秘密にされていたのだろう。競技場にいる全員がただ茫然とドラコの箒を見つめていた。

 

それもそうだろう。何故なら奴が持っていた箒は今までのニンバス2001ではなく、僕と同じ……世界最速の箒である『ファイアボルト』であったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

「ミス・マルフォイ。どうですか、ここならば貴女のお兄さんの姿も存分に見ることが出来ますわよ。何よりここは日陰。貴女の体のことも気にしなくて済みますわ」

 

「……えぇ、ありがとうございます、アンブリッジ先生。先生には感謝してもしきれません」

 

「えぇえぇ、そうでしょうとも。ですが私はただマルフォイ家の御息女のお役に立ちたかっただけですの。それに試合に関しても……いえ、これは()()言わずにおきますわ。安心してお兄さんの試合をご覧になってくださいね」

 

「……はぁ」

 

大歓声に包まれる競技場の中、私は()()()試合を観戦している教員席に座っていた。今回はスネイプ先生のお誘いではなく、アンブリッジ先生の誘いで。

いつもの席であるというのに、アンブリッジ先生は何故か当に自分の手柄だと言わんばかりの表情を浮かべている。しかもお父様にまで媚びる様な声音で。

正直鬱陶しいことこの上なかった。ここには私の味方など一人もいはしない。唯一私を助けてくれそうなスネイプ先生も、アンブリッジ先生に関わることは嫌なのか、少し離れた席から私のことを心配げに見つめるばかり。あの様子では直接こちらに来てくださることはないだろう。

しかも敵はアンブリッジ先生だけではない。更に隣にはアンブリッジ先生以上に面倒な奴もいたのだ。

 

「こうしてダリアとクィディッチを見るのはいつ以来じゃろうのぅ。去年は『三大魔法学校対抗試合』があったからのぅ。ダリアも久しぶりに見るクィディッチは楽しみじゃろぅ?」

 

アンブリッジ先生の言葉を遮り、実に薄っぺらな内容の言葉が投げかけられる。相手は当然あの忌々しいダンブルドア(ろうがい)。おそらく私の監視もあるのだろうが、どちらかと言えば私とアンブリッジ先生が繋がることを阻止したい意図が窺われた。アンブリッジ先生と私との会話にまるで割り込む様なタイミングに、あまりに薄くて返答もする気が起きない言葉。そもそも返答も期待してはいないはずだ。

 

「……えぇ、そうですね」

 

だからこそ私は老害の言葉に短い言葉だけで応え、そのままお兄様がもうすぐ現れるであろう競技場の入り口に目を向ける。

 

この胸の中で灯るどこか温かい感情を決して消されないように。

 

最近は色々なことが立て続けに起こった。ダフネの所属するDAとやらのこと。闇の帝王からの指示だと思われる、『占い学』教師へのアンブリッジ先生の行動。そして何より……闇の帝王の夢。

今でもお父様に呪いをこの手でかけた感触が残っている。私はそんなこと絶対にしないのに、私の手にはまだあの悍ましい感覚が……。

どんなに手を洗っても拭えない感覚に頭がどうにかなってしまいそうだ。しかも奴は夢の中でこうも言っていた。

 

『今でも休暇の時期は変わっていないことだろう。予言についてはまだお前に頼るしかないが……少なくとも俺様の最も信頼するアレの力で前に進むことは出来るであろう』

 

闇の帝王が今推し進めている計画で、お父様が最も関わっているのは3つ。魔法省を骨抜きにすること。とある()()とやらを手に入れること。そして山奥深くに隠れ潜む『巨人族』を陣営に引き入れること。あの口調では、おそらく私が強いられるであろう任務は最後の物。クリスマス休暇中に私はとんでもない所に行かされるに違いなかった。

何が楽しくて、お父様を嬉々として傷つけるような人間の手先として働かなければならないのだ。しかもクリスマス休暇。私が家族と過ごせる数少ない時間にだ。

最近の私の内心は怒りや不安に満ちていた。ダフネやお兄様には、その内心はおそらく完全にバレていたことだろう。何せ私の表情筋は私にも上手く操ることが出来ない。無表情からでも感情を読むことが出来るお兄様やダフネにはさぞかし筒抜けだったと思う。私が何が起こったのか話していなくとも、時折私に心配そうな視線を投げてよこしていた。

でも、だからこそ、

 

『ダリア……僕の試合、必ず見ていてくれ。お前が最近落ち込んでいることは分かっている。だから……僕はこの試合でお前を少しでも元気づけたいんだ。クィディッチなんかでとお前は思うかもしれないが……でも、僕に今出来ることはこれくらいなんだ。僕は無力な奴だ。でも、だからと言って、僕がお前を笑顔に出来ないわけではない。見ていてくれ、僕の試合を。僕はお前の笑顔が見たいんだ』

 

お兄様とダフネの私への気遣いがどれ程……それこそ涙が出そうな程嬉しかったことか。

試合直前、お兄様は私にいつにも増して真面目な顔で言ったのだ。あんな平時では言わないような言葉を。でも、それこそがお兄様の真剣さや必死さを表していた。お兄様はきっと本当にただ私の笑顔のためだけに試合に臨む。ダフネもそんなお兄様の横で、私に涙ぐんだ瞳を向けてくれていた。

私はあの時思えたのだ。

 

あぁ、私は一人ではない。()()()()をこんなにも心配してくれている人がいる。この人達の為なら、私は何だってする。たとえ意に沿わないことだとしても、この人達の為なら何だって……。

 

だから私は今は少しだけ明るい気持ちだった。たとえアンブリッジ先生や老害が近くにいようが、この心の中の温かさを完全に消すことなど出来ない。させはしない。

そしてそんな私の忍耐がそう長く必要はなかった。遂に選手達が競技場に姿を現し、観客が爆発的な歓声を発した後……突然黙り込んでしまったのだ。

皆の視線の先にあるのはお兄様の新しい箒であるファイアボルト。この学校ではハリー・ポッターしか持っていなかった最高級の箒。それこそニンバス2001ですら足元にも及ばないものだ。皆はその存在に一瞬唖然とし、そしてどこか否定的な視線をお兄様に投げかけ始めている。ニンバス2001と同じく、金にものを言わせる卑怯者だとでも言いたいのだろう。

でも私は、

 

「お兄様は……頑張って。私はお兄様の味方です。たとえ皆がお兄様を否定しようとも、お兄様は私の中で一番かっこいいのです」

 

そんな愚かな視線を無視し、ただひたすらお兄様だけを見つめ続ける。

そもそもお兄様に箒を渡したのは私だ。ただお兄様がハリー・ポッターと同じ土俵に立てるように。ただお兄様の、自身の弱さを受け入れながらも、そこから決して逃げずに戦う高潔さを見るために。誰が何と言おうとも、私のお兄様は誰よりもかっこいいのだと証明するために。

お兄様もそれが分かっているのか、観客の愚かな反応など気にせず……私同様ただ私の方を見つめて下さっている。唯一好意的な視線を投げるスリザリンや、馬鹿の一つ覚えで愚劣な視線を投げる3寮など無視して。世界にはまるでお兄様と私しかいないみたいだった。

数秒経っただろうか。いよいよ試合が始まる段になり、ようやくお兄様が私から視線を外し、試合相手であるハリー・ポッターに視線を向ける。そこに油断などありはしない。3年生の時と同じだ。相手と自分の実力差を認めた上で、決してそこから目を背けずに戦おうとしておられる。唯一()()()があるとすれば……。

 

 

 

 

いよいよ試合が始まる。

待ちに待ったお兄様の晴れ舞台が。今までの試合とは意味がまるで違う。本当の意味でのお兄様の戦いが。

そしてそんな私の予想は正しく、

 

「あぁ、やはりお兄様は誰よりもかっこいいですよ。手が届かないと知りながら、必死に手を伸ばしもがく。それを滑稽だと誰が否定出来るでしょう」

 

お兄様は今までとは違い、ハリー・ポッターの邪魔に専念するのでは()()……彼と同じく、必死な形相でただスニッチを探し始めていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラコ視点

 

いよいよこの時が来た。僕がダリアにしてやれる唯一のこと。沈みがちのダリアを、今度こそ僕が笑顔にしてやるのだ。

今競技場は静寂に満ちている。いつもであれば耳を塞ぎたくなるような喧騒も、今は全員僕の箒に驚いているのか静まり返っている。ダリアが練習の度に透明化の呪文をかけてくれたことが功を奏したのだろう。この静けさは僕らの作戦が上手くいったことを如実に表していた。観客は勿論、敵であるハリー・ポッターも唖然とした表情で僕のファイアボルトを見つめている。

でも僕はそんな奴の表情を見ても決して油断はしなかった。相手はあのハリー・ポッターだ。僕は何度もあいつに敗北し、チームが勝った時も奴個人に勝ったとは言い難かった。油断して勝てるような相手ではない。今は驚いていても、時間が経てば必ず本調子に戻ってしまうことだろう。この僅かな優越感に浸って負けてしまえば何の意味もない。

そう、僕の目的は別にファイアボルトを見せびらかすことでも、この世界最高の箒で飛び回ることでもない。

僕の目的はただ一つ。闇の帝王やアンブリッジ。そんな連中のせいで辛い目に遭っているダリアを笑顔にしてやる。それがたとえ一時的な物だとしても、僕にはそれをただ我武者羅に追い求めるしかないのだ。

 

僕はダリアを……家族として以上に愛してしまっているのだから。

 

僕は自分の決意をより強固にするため、観客の反応など無視して教員席の一角に視線を向ける。もはや自分が試合に臨む時にいつもとっている行動と言えるだろう。試合前はいつだってこうして、僕は教員席で日陰になっている場所を見つめていた。そしてそこには案の定ダリアの姿があった。

白銀の髪に、目を見張るような綺麗な顔立ち。いくら暗がりであり、今の僕から遠い場所にいようとも見間違えるはずがない。僕には彼女のいつもの無表情が僅かに曇っている所までハッキリと見えていた。

可哀想に……あんなにこの試合を楽しみにしていたのに、今はアンブリッジやダンブルドアが近くにいるせいで辛い思いをしているのだろう。本来であれば、あんな屑みたいな連中がいる場所になど来たくはなかったことだろう。でも、それでもここに来てくれているのは……他でもない僕を見に来てくれているからだ。

だから僕は決してみっともない試合など出来ない。

僕はそんな決意を胸に、ダリアと静かに見つめあい続ける。距離は遠くても、不思議とお互いが見つめあっていることが僕には分かっている。

そしてそうしている内にいよいよ、

 

「ふぁ、ファイアボルト……い、いえ、今は言うべき時ではありませんね。ではキャプテン同士、握手! 正々堂々と戦うのですよ! 全員箒に跨って!」

 

絶対に負けたくない戦いが始まったのだ。

マダム・フーチのホイッスルの音と共に、選手14人全員が一斉に飛翔する。しかしグリフィンドールは僅かに遅れて飛び上がっていた。どうやらまだ僕のファイアボルトに受けたショックから立ち直り切っていないらしい。あのポッターでさえまだ驚いた表情で箒を見つめ、次いでそれに跨る僕のことを憎々し気に見つめている。

でも僕はそんな奴の視線を完全に無視し、すぐにスニッチを血眼になって探し始めたのだった。

 

今までのようにポッターの邪魔に専念するのではなく……グリフィンドール的に言えば()()()()と。ポッターと純粋にシーカーの腕を競う。これが僕が今回選んだ戦い方だった。

 

僕は今まで箒の性能ばかりポッターと競い合っていた。僕が奴と戦い始めた頃から、僕と奴の箒が同等だったことは一度もない。でも今回は違う。僕と奴の箒は同じファイアボルト。箒に差などない。あるのは乗り手の技量差だけ。だからこそ僕は、こうして今までとは違う戦い方をしているのだ。

勿論僕だって、箒の性能が並んだ以上、今までと同じくポッターの邪魔をした方が勝機はあると分かっている。僕とポッターの箒が同じだとしても、チーム間の箒は決して変わったわけではない。未だに僕等スリザリンチームの箒はニンバス2001であり、グリフィンドールの箒はそもそも箒と言えるのかも怪しい物だ。だからこそ僕は今まで通りに邪魔に徹していれば、チームとして負ける確率を限りなく下げることが出来るだろう。

でも駄目なのだ。今回もその戦法を取ることだけは駄目なのだ。僕は確かにこの戦いに負けたくなんてない。でも、それはチームの勝利ではなく、ポッターとの……いや、僕自身との戦いのことだ。

ダリアが望んでいるのは僕の勝利ではなく、僕が成長している姿そのもの。なら去年と同じ行動を取るなんて何の意味もない。僕は示さなくてはならない。僕にだってダリアを守れるのだということを。今は無力でも、僕だってダリアを守るために成長していることを示さなくてはいけないのだ。

たかがクィディッチ。でもその小さな一歩ですら歩めないなら、僕には到底ダリアを守ることは不可能だ。だから僕はここで証明しなければならない。

 

それこそがダリアの笑顔につながるのだと信じて。

 

ダリアが今どんな表情をしているかは分からない。一瞬でも目を向ければ確認できるが、そんなことをしていて負ければ目も当てられない。こうして競技場を見回している間にも試合は進んでいるのだから。

 

「さ、さぁ、いよいよ試合が始まりました! マルフォイの奴がまたもや金にものを言わせて、」

 

「ジョーダン!」

 

「じょ、冗談ですよ、マクゴナガル先生! うっかり口が滑っただけです! さて、気を取り直して! おっと! アンジェリーナがクアッフルを取った! 本当に見ていて惚れ惚れする選手です! おそらくホグワーツ内で一番の……あぁ! モンターギュにクアッフルを取られた!」

 

グリフィンドール解説員の叫び声から、順調に下の戦いはこちらに有利に傾いていることが分かる。しかしクィディッチの勝敗はクアッフルの取り合いで決まるわけではない。シーカーにはシーカーにしか出来ない仕事がある。

しかも……僕が今最も警戒しているポッターが、既にいつもの状態に戻ってしまっているのだ。

一瞬僕の視界に映った奴は既に僕のことを見てはいなかった。いつもと同じく真剣な表情で競技場を見回している。そこには僕の箒に対する驚き等は微塵もない。もはや僕のことなど眼中にない……わけではないだろうが、少なくともシーカーとしての役割に徹することが出来ているのは間違いない。僕には余所見をしている暇などありはしなかった。

 

「どこだ……どこにあるんだ、スニッチ」

 

僕は必死に辺りを見回し、あの黄金に輝いたボールが飛んでいないかを探す。

下ではチーム同士が激しくクアッフルを奪い合い、その都度会場から歓声が沸いている。だがそんな喧騒は僕とポッターには関係なく、ただ二人だけの静かな戦いを繰り広げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

ドラコの箒を見た時、まず初めに感じたのは驚き、次いで生じたのが怒りの感情だった。

現在世界最速である『ファイアボルト』。二年生の時と同じだ。あいつはまた性懲りもなく金で地位を買ったに違いない。そう僕は瞬間的に思ったのだ。

……でも今は違う。

あいつは箒と同時にシーカーの地位まで買ったわけではない。思い返せば、あいつは確かにお金に物を言わせて箒をチーム全員分買い揃えたりしてはいたけど、あいつのプレー自体は全くと言っていい程驕りなどありはしなかった。ただ純粋に僕に勝つために。卑怯な手段ばかりだったけど、そこにあいつの油断や慢心などありはしなかったし、クィディッチ自体には真摯に向き合っていたとすら思う。……やはり正々堂々とは到底言えないプレーだったけど。

それに今だってそうだ。正直空に上がってから、僕はファイアボルトを見た時以上に驚かされた。

 

あいつは……いつものように僕の邪魔に徹するのではなく、ただシーカーとしての本分を果たそうとしていたのだ。

 

最初は僕と同じ『ファイアボルト』を手に入れたことによる慢心かとも思った。でもあいつの目を見れば、それが違うってことは僕にだって分かる。ドラコは本気だ。僕と同じ土俵に立ったことで、今度こそ僕を正々堂々とした勝負で倒そうとしている。それが相対する僕には痛い程分かり、同時に……本当に慢心していたのは()()()であることに気が付いた。

確かに実力で言えば僕の方が上だろう。あいつだってそれは分かっているはずだ。同じ箒を手にしたからと言って、僕がドラコに劣っているとは思えない。

でも僕には分かる。2年や3年の時より、今のドラコの方が遥かに強敵だ。油断すれば負けるのは僕の方だ。チームとして負けても、僕自身は一度もドラコに負けたことはない。でも今回は違う。僕も全力で戦わなくちゃ勝てない。ドラコの鬼気迫る姿に、僕はそう認識を改めざるを得なかった。

何が金にものを言わせて箒を買った、だ。それは僕だって同じことなのだ。あいつは僕と同じ箒を手にしただけ。僕はシリウスからプレゼントされ、ドラコは家のお金で買った。たったそれだけの違いだ。僕の方こそが自分の箒に慢心していたのだ。思えば三年生の時には、僕はそれでも尚自制心を保てていた。箒が優れているからといって勝つとは限らない。そう謙虚に考えることが出来ていた。それがいつの間にか……僕は勝つのが当たり前だとすら自惚れていた。

最近の憂鬱な気分を晴らしてくれる可能性のあった唯一のイベントが、こんな予想外の展開になると誰が予想できただろう。嫌な奴を打ち負かして気分を晴らすだとか、そんな軽い気持ちで臨める試合ではなくなった。クアッフルでの戦いもすんなりとはいっていない。寧ろ負けに傾きつつある。まだ決定的な点数は入れられていないけど、このままでは……。なら本当に頑張らないといけないのは僕だ。

 

僕はドラコ同様、試合が始まって直ぐにスニッチを探して競技場中を見回す。

でも中々スニッチが見つからない。ピッチの周囲を飛び回り、時折マルフォイともすれ違う。お互いに意識を向け合うことはない。ただ意識を向けるのはスニッチのみ。視線も合わせることはなかった。これ程集中した試合が他にあっただろうか。まるで世界に僕とドラコしかいない気分だ。でも……それでもスニッチの影すら捉えられていない。聞こえるのは、

 

「よし! グリフィンドールがゴールを決めた! これで60対40! まだ挽回できるぞ、グリフィンドール! あぁ! またスリザリンにクアッフルを取られた! モンターギュがクアッフルを投げた! これは……あぁ、ゴール! 70対40! また突き放されてしまった!」

 

ファイアボルト登場の混乱からようやく立ち直った観衆と、必死にグリフィンドールの応援をするリーの声ばかりだ。

その内どんどん試合が進んでいく。下ではいよいよスリザリンが100点を獲得し、対するグリフィンドールはまだ50点。差は縮まるどころか拡がるばかり。焦りは禁物だけど、やっぱり焦りばかりが募っていくようだった。このままではドラコに勝ったとしても、チーム自体が負けてしまうかもしれない。時間が経つにつれ、そんな焦りばかりを感じ始めている。

 

……そしてそんな焦りがいよいよ頂点になり始めた時、

 

「140対60! どうしてしまったんだ、グリフィンドール!? ずっと点を入れられてばかりじゃないか! スリザリン野郎共なんかにどうした!? ファイアボルトにまだビビってるのか!?」

 

ついに僕は見つけた。小さな金色のスニッチが、丁度僕とドラコの中間辺りに浮んでいるのを。

最初の動きはほぼ反射的なものだった。あの黄金の輝きを瞳がとらえた瞬間、僕は気が付いた時にはもう既に前屈みになり、ファイアボルトに出せる最大速度で飛んでいた。

でもそれはドラコも同じだった。何とあいつも僕と同じ瞬間にスニッチを見つけたらしく、ほぼ同時に飛び出していたのだ。

スニッチは僕とドラコのほぼ中間、そして地面から数十センチの所に浮んでいる。同時に飛び出し、箒の性能が同じなのだから後は乗り手の技術で勝負が決まる。しかもチームの点数差はまだ80。スニッチを掴めば十分逆転が可能な点数だ。だからこそ僕らは未だかつてない程真剣に、必死の形相でただひたすらスニッチ目がけて飛ぶ。観客も僕等の動きに気付いたのか騒然としているが、そんなこと僕らには今関係ない。

スニッチまでの距離は大体10秒以内くらいでたどり着く距離だ。10秒。されど10秒。短い時間がとんでもなく長く感じられてしまう。

あと5秒の距離。いよいよ僕もドラコも右手をファイアボルトから離し、スニッチに向かって手を伸ばす。

 

あと少し……4……3……2……もうここまで来ると、ドラコの息遣いまで聞こえてきそうだ……1……。

 

そして、

 

「あぁ! ポッターとマルフォイが激突した! 二人とも箒から転落しています! だ、大丈夫か、ハリー! そ、それにどっちがスニッチを……」

 

僕とドラコは最高速度をそのままに、ほぼ正面衝突と言っていい角度でぶつかりあい、そのままファイアボルトから転落する。

一瞬の出来事で、気が付いた時には地面に仰向けに転がり、僕は空を見つめていた。今日の天気は晴れ。太陽が地面に転がる僕を照らしている。正直眩しくて仕方がないけど、全身が痛くて起き上がることも出来ない。

 

でも僕はそれでも……右手に()()()スニッチだけは決して離しはしなかった。

 

「やった! ハリーが! ハリーがスニッチを掴んでる! マルフォイのファイアボルトにハリーが勝ったんだ! これで140対210! グリフィンドールの勝利だ! ハリー! 凄いぞ、君は英雄だ!」

 

最初は騒然としていた観客も、僕の右手のスニッチに気が付いた瞬間爆発的な歓声を上げる。

点数は140対210。僕等グリフィンドールは二年前の雪辱を晴らし、遂にスリザリンにチームとしても勝利したのだ。

倒れ伏す僕の周りに次々とチームメイトが駆け寄ってくる。負けを覚悟しつつある中掴んだ勝利に皆大興奮している。アンジェリーナなど嬉しさのあまり咽び泣いている程だ。キャプテンになってからウッドの情熱が乗り移っていたこともあるけど、一時はチーム解散の危機もあったことが原因だろう。フレッドとジョージに揶揄われても涙が止まらない様子だ。

勿論僕も全身に痛みを感じていながらも、内心嬉しさを爆発させていた。絶対に勝ちたい試合に勝てた。一時はどうなるかと思ったけど、僕は確かにスリザリンに……マルフォイに勝ったのだ!

DAの成功以来、久しぶりに掴んだ勝利と言える勝利。

僕は再び掴んだ勝利に、胸に積もりに積もっていた鬱憤が晴れていくのを感じていたのだった。

 

 

 

 

そう、この瞬間()()は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラコ視点

 

……あと少しだった。距離で言えば数センチくらいのものだろう。勝利はそんな小さな距離にあったのだ。スニッチに気が付いたのはほぼ同時。箒も同じ。ならばあとは単純な技術と運にかかってくる。あと数センチこちらにスニッチがあれば……今僕の目の前に広がる光景は随分と違ったものになっていたことだろう。たとえばスニッチがもう少し僕の近くにあれば。あともう少し僕の腕が長ければ。僕が勝てた可能性は考えればキリがない。

でもその小さな差が……このクィディッチでは大きな差なのだ。その小さな差を埋めてこその実力だ。僕は正々堂々ポッターに挑みながら、確かに完膚なきまでに負けたのだ。

 

なのに僕は何故か酷く晴れやかな気持ちだった。負けたことは悔しい。チームとしても負け、ポッター個人に対しても負けた。大歓声の中漏れ聞こえてくるスリザリン生の声も、もはや悲鳴に近い絶望的なものばかりだ。倒れ伏していて確認したわけではないが、近くからスリザリンチームの悔しがる声も聞こえてくる。スリザリンシーカーとして僕だって悔しくて仕方がなかった。

でもそれだけだ。僕は負けたことが悔しくても、あの時違う戦術を取るべきだったとは思わない。どんなにポッターの邪魔に徹した方が勝率が高くても、それだけは決して後悔していない。

理由は分かっている。僕は今回……確かに全力を出し切ったのだ。結果は残念でも、それでも僕は確かにポッターに全力で挑んだ事実は変わらない。しかもたとえ大きな差であっても、奴との差をあと数センチまで。僕は以前より遥かに奴に肉薄していた。それが嬉しくて仕方がなかった。

僕は結局勝負に勝ちはしたかったが、それ以上にダリアに自分の進歩を見せたかったのだ。ダリアは僕の飛ぶ姿と、そして何より僕の成長こそを楽しみにしてくれている。それこそを喜び、あの無表情を綻ばせてくれるのだ。だから僕はその結果こそを手に入れられれば、それだけで満足することが出来るのだ。

不思議な気分だった。ポッターを格上と認めた以上、勿論負ける可能性だって考慮していた。そしてその可能性を考慮した時、僕は必ず悔しくて仕方なく、それこそポッターに嫌味の一つでも言ってやりたくなるに違いないと思っていた。でもそれが今はない。清々しい気持ちで目の前に広がる青空を見上げている。もう少しで僕の下に、駆け寄ってくれたダリアの明るい表情が映るのを期待しながら。

 

……だからこそ、

 

「お兄様! お怪我はありませんか!?」

 

「あ、あぁ、ダリア。体は痛むが、そう大したことはない。動けないことはなさそうだしな。それより試合は……どうしたんだ、ダリア?」

 

競技場に現れたダリアの表情を見た時、僕はそれが理解出来なかった。

確かに今の僕は怪我をしている。ダリアには大丈夫だと言ったが、正直体中が痛くて仕方がない。家族や親友の怪我に敏感なダリアが心配しないはずがない。でもこれくらいならクィディッチではよくあることだ。医務室に行けばすぐに治ることだろう。最終的にはダリアも安心してくれる。そして僕の成長をこそ喜んでくれるだろう。あの僕の大好きな笑顔を見せてくれるだろう。

 

そう思っていたのに……何故かダリアはいつまで経っても()()()()()無表情をして僕を見つめていたのだ。

そこには僕の成長への喜びなどなく……ただ()()()に苛まれた悲しみだけが湛えられていた。

 

「ごめんなさい……お兄様。私は……」

 

僕は事態が呑み込めず、ただ黙ってダリアの顔を見つめ続ける。日光対策はしっかりしており、ダリアの顔は日傘のせいで暗がりになっている。でも僕にはそんな中でもダリアが罪悪感に打ちひしがれていることだけは分かっていた。

何故だ? 僕はダリアの笑顔のためだけに今回の行動を取った。なのに何故ダリアはこんな表情を浮かべている?

こんなことはどう考えたっておかしい。これでは僕の行動は全て無意味だったことになる。僕は大切な家族を……愛してしまった女の子すら守れない無能の極みになってしまう。

何故なんだ? 何故こんな結果になってしまったのだ? 一体何がいけなかったんだ?

 

しかしそんな困惑は次の瞬間氷解することになる。

何故ならスリザリン以外の歓声が響き渡る中に突然、

 

「えへん、えへん! ホグワーツの皆さん、盛り上がっている中申し訳ありませんが、私から重大な発表がありますわ」

 

あの忌々しい()の声が響き渡ったのだから。

解説員のマイクを奪ったと思しきアンブリッジは、あの聞く者を不快にさせる声音で続けたのだ。

 

「私、こういう事態に備えて良かったと心底思っていますわ。私が危惧した通り、今目の前でこのような事態が起こってしまったのですから。私、ドローレス・アンブリッジがここに宣言いたします。高等尋問官として、この試合は()()()()()()()()とします! これは今朝大臣から許可されたことです! 高等尋問官は学校の腐敗の温床であるクィディッチ大会を管理更生する権限を持つこととする! 故に私はこの現状を看過できません! ミスター・ポッターの行った途轍もない()()()()を! あのように箒で()()()()に及ぶなど、私は信じられませんもの! ミスタ・ポッター、いえ、グリフィンドールは()()()()クィディッチを禁止します! ゆっくりと自身の罪を自覚するように!」

 

先程まで喜びにあふれていた競技場が一瞬にして怨嗟の声に満たされたのは言うまでもない。

 

「ふ、ふざけるな! 何が不正だ!」

 

「ポッターのプレイのどこが不正なんだよ! スリザリンじゃあるまいし!」

 

しかしアンブリッジの下した判定が覆ることはない。教員が横やりを入れないことが何よりの証拠だ。マクゴナガルなど真っ先に怒鳴り込みそうなものだが、一向に奴の声が聞こえない。つまり全員が全員……アンブリッジの権力に判断を覆すことができなかったのだ。

僕の努力に水を差す判定を嫌悪するだろうダリアも含めて……。

 

 

 

 

僕は証明したかった。

今は小さな一歩でも、その一歩こそが重要なのだと。たかがクィディッチ。されどクィディッチ。僕のプレーが必ずやダリアの笑顔につながる。そう信じて疑っていなかった。

 

でも結局は……

 

「ごめんさい、お兄様……」

 

クィディッチはクィディッチでしかなく、小さな一歩は本当に小さなものでしかなかった。

ダリアが抱える事情に比べれば……やはり僕は無力なものでしかない。

そう僕はこの瞬間思い知らされたのだった。


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