ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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束の間の幸福(後編)

 ダリア視点

 

休暇明け直後の夜。私は今ダフネと、

 

「……凄いですね。ここが監督生用風呂ですか。マルフォイ家の風呂よりも広いですね。これなら監督生に皆がなりたがるのも納得です」

 

本来であれば監督生のみが入ることを許される、まさに絢爛豪華と言える大浴場に足を踏み入れていた。

見れば見るほど一般の生徒が入れる風呂とは大違いだ。別にいつもの風呂に不満があるわけではないが、これは比べ物にならない。蝋燭の灯った豪華なシャンデリアが一つ、白い大理石造りの浴室を照らしている。床に掘られた大きな浴槽も勿論大理石だ。浴槽の周囲には百本程の金の蛇口があり、取っ手には一つ一つ違う色の宝石が嵌め込まれている。窓には真っ白なカーテンがかけられ、浴室の隅にはフワフワの白いタオルが積まれている。

夜の散歩で入口を見かけたことはあっても入ったことはなかった上、正直ここに来るまではあまり期待してもいなかった。しかし、このようなマルフォイ家以上に豪華な光景を見せつけられれば流石に興奮してしまう。

そしてそんな私の内心を無表情の上から即座に読み取った様子のダフネは嬉しそうな声を上げた。

 

「そう言ってくれると思ってたよ! まぁ、私も来たのは初めてなんだけどね。話には前から聞いていたんだけど、まさかここまで凄いとは思わなかったよ!」

 

その嬉しそうな声音に私の心も更に浮き立つ。隣を見れば、声音同様本当に嬉しそうな表情を浮かべたダフネの姿。最近は()()()()()暗い表情ばかり浮かべさせてしまっていたが、ようやく本当のダフネの笑顔を見れた。それが私には無性に嬉しく、ピクリとも動かないはずの表情筋が綻んだ気がした。

そんな私の内心を読んだのだろう。ダフネは笑みを更に強めながら続ける。

 

「さて! では早速お風呂に入るとしましょうか!? まずは服を脱ごうね! 手伝ってもいい!?」

 

微笑ましいことではあるが……どうやら彼女は興奮のあまり少し冷静さを失っているらしい。余程久しぶりの私との時間が嬉しいのだろう。私の方を見つめる彼女は若干鼻息を荒くしてすらいる。

ダフネの言動はともかく、彼女の笑顔が見れたのだ。監督生ですらなく、初代尋問官親衛隊隊長などという訳の分からない地位。そんなものに感謝などしたことなんてなかったが、そのお陰で大手を振ってここに来れたのだ。ならば少しぐらいアンブリッジ先生に感謝してもいいだろう。

勿論城での私にかけ続ける心労に目をつぶればの話だが。

 

「何を言っているのですか、ダフネ。ふざけてないで早く入りましょう」

 

私は興奮するダフネを適当にあしらい、服を所定の場所に畳んでから浴槽に向かう。そして浴槽脇の蛇口を2本ほど捻ってみれば、それぞれから違った色の泡が噴出した。どうやら一本一本違う種類の入浴剤の泡が出る仕組みになっているらしい。知れば知る程、これだけで監督生になる価値はありそうだ。私は勢いよく服を脱ぎ捨てるダフネを横目に見ながら、ゆっくりとした動作で湯につかる。

 

「どう、ダリア? 気持ちいい?」

 

「……えぇ。素晴らしいです。足も伸ばせますし。これはいいものですね。ダフネ、ありがとうございます。ここに連れてきてくれて。私一人では来ようとも思わなかったでしょうから」

 

「よかった~。貴女が喜んでくれて、誘ったかいがあったよ」

 

ダフネも私の横に腰掛け、私達の間にのんびりとした空気が流れる。こんな時間は何時ぶりだろうか。こんな風にダフネとゆっくりした時間を過ごすのは久しぶりだ。広々としたお風呂なのに、寄り添うように入っていることから時折ダフネと素肌が触れ合う。それが無性におかしく、嬉しくて、私達は何とはなしに笑いあっていた。お互いわざとと触れ合っている節もある。この他愛もないやり取りが私には無性に嬉しかったのだ。

まるで今この瞬間だけは、私が普通の女の子になれたかのように思えて……。

本当に、本当に久しぶりの時間だ。家ですらこんな時間を過ごすことが出来なかったのに、本来は警戒を怠ってはいけないはずのホグワーツでこんな穏やかな時間を過ごせている。

お兄様も誘えば良かっただろうか? ダフネが悪戯っ子な笑みを浮かべながら誘っていたが、お兄様は顔を真っ赤にしながら断っていた。私も何故だか恥ずかしいという思いが強かったためそのままにしたが……お兄様もいたら本当に完璧な時間だっただろう。見たところ男女に風呂が分かれている様子もない。ならば私と違い本物の監督生であるお兄様は大手を振ってここ来れたわけだけど……今更そんなことを言っても仕方がない。今はただダフネとの穏やかな時間を楽しむだけだ。

 

……尤も、

 

「あ、あら。き、奇遇ね、ダフネ、ダリア。こ、こんな所で一緒になるなんて!」

 

「ハーマイオニー! ほ、本当に奇遇だね!」

 

他人であるべきグレンジャーさんが、この場に唐突に現れなければの話であるが。

浴場に突然響いた声音に振り返れば、そこには私を見つめながら顔を真っ赤に染めているグレンジャーさんの姿。言葉の割に、私達の存在にそこまで驚いている様子ではない。

……考えるまでもない。彼女はダフネに誘われたからこそ、こんな時間にここに来たのだろう。

最初からある程度予測できていた事態。ダフネの性格上、グレンジャーさんを誘っていたことはある程度予測できていた。ダフネは隠しているつもりでも、時折見せる態度があからさまだったこともある。

私は半ば予想していた事態に無表情を僅かに歪め、いそいそと服を脱ぐグレンジャーさんを見つめ続けていた。

 

 

 

 

……心のどこかで、彼女の来訪に喜ぶ自分を感じながら。

そう、()()()()()()()()()……。

そしてその幸福感を感じた瞬間、私の中の感情が急速に冷えていくのだ。

頭の中で()()()()()()()()()が響く。

 

()に彼女と話す資格などあると思いますか? 大勢の人間を不幸にした()に?』

 

……その声が頭の中で聞こえた瞬間、先程まで感じていた感情が突然消え失せる。

残されたのは……幸福感とは似ても似つかない、冷たい罪悪感のみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー視点

 

私は監督生風呂に入ったことは一度もない。

ここが素晴らしい場所だとは以前から聞いていた。パーシーからも、ここだけでも監督生になる価値はあると。ここに来ることに憧れたことがないかと言えば嘘になるだろう。

でも、実際に私がここに来たのは今回が初めてだった。監督生になってもう半年以上は経ったというのに、私はここに来ようとすら思わなかったのだ。

理由は簡単。私は別に何かしらの特権が欲しくて監督生になったわけではない。私はただ自分の今までの努力を認められたかっただけ。その努力の見返りが欲しかったわけではない。

それに何より、ハリーが監督生ではなく……それどころか監督生になれなかった事実に少なからずショックを受けているみたいだから。今は他の問題を抱えていてそこまで悩んでいるわけではなくとも、以前悩んでいた事実に変わりはない。そんな彼の目の前で、まさか監督生の特権をこれ見よがしに振りかざすことなど出来るはずがないのだ。ロンもそれが分かっているのか、私同様ここに来ようとすることはなかった。

 

……でも今日は違う。ハリーやロンに内緒とはいえ、私は今日初めてここに来た。

何故なら今日は、

 

「あ、あら。き、奇遇ね、ダフネ、ダリア。こ、こんな所で一緒になるなんて!」

 

「ハーマイオニー! ほ、本当に奇遇だね!」

 

「……」

 

彼女達と会う絶好のチャンスなのだから。この機を逃せば、彼女達と会話する機会がいつ巡ってくるかも分からない。ダフネはDAでも話すことは出来るけど、ダリアに関しては……。DA設立する時くらいの大きな相談事がない限り、彼女をこのような場に呼び出すなんてことは難しいのだ。

折角ダフネが用意してくれたこの機会を、私は何としても逃すわけにはいかなかった。

ダリアは去年までとは違い……私と関わることすら許されない立場になってしまったから。

尤も、だからこそ、

 

「ダ、ダリアもこんばんは。わ、私も入っていいかしら?」

 

「……」

 

ダリアは私の登場にも決して声を上げようとしなかったけれど。彼女はただジッと、私の方に吸い込まれそうな程綺麗な無表情で見つめるだけだった。

目の前に広がる光景に思わず怯みそうになりそうだ。それは部屋の設備に圧倒されたかではなく、目の前の二人があまりに綺麗だったから。ダフネはその可愛らしい瞳で、私とダリアのことをにこやかに見つめてくれている。でも今の彼女は愛らしいだけではなく、その金色の髪を僅かに濡らしていることでどこか色っぽさも醸し出している。……今の彼女をネビルに見せたら、彼はもう少し素直になるだろうか。

そして……こちらを無表情で見つめるダリア。今までもこの世の者ではないと思える程綺麗だと思っていたけど……今の彼女は今まで以上だった。数年前に、()()()()()()()()()()()()()成長が止まったダリアは、体だけで言えば少し子供らしさを残した体形に落ち着いている。でも今はそんなこと全く気になることはない。寧ろダフネ同様どこか色っぽい雰囲気。濡れた白銀の髪に、透き通るような金色の瞳。そして何より、いつもと違い手袋も外しているため、それこそ指先まで陶器のような真っ白な肌が露になっている。どこにもシミ等なく、女である私も思わず顔が赤くなる程綺麗な姿だった。

どこか非日常を感じさせる光景。そしてそんな綺麗な光景に見とれる私を、ただジッと無表情で見つめ続けるダリア。私は二つの理由で怯んでしまい、中々前に進みだせずにいた。

でもいつまでもそんなことを言っている場合ではない。

私は怯みそうになる自分を何とか奮い立たせながら、服を脱ぎダフネの隣に腰掛けた。そんな私にダフネが明るい口調で話しかけてくる。

 

「もう、ダリアってば。ごめんね、ハーマイオニー。でもダリアも喜んでくれているみたい、」

 

「喜んでいません」

 

「……まぁ、そういうことにしておくよ。そんなことより、凄いよねこのお風呂! 蛇口なんて一つ一つ違う泡が出るんだよ! うわ! この蛇口! なんか緑色の泡が出るよ! あ、でも見た目は変だけど、香りは凄くいいね」

 

そう言って蛇口の一つを捻るダフネ。まるで非日常的な光景にたじろぐ私を、日常の中に連れ戻してくれるような穏やかな声音だ。ダリアもダフネの無邪気な声音に毒気を抜かれたのか、穏やかな瞳で今度はダフネを見ている。気が付けば、先程まで内心感じていた気まずかった空気がダフネのお陰で一瞬で取り去らわれていた。

私はそんな無邪気な仕草を全力で()()()ダフネに感謝の気持ちで一杯になる。

ダフネの行動で、私達の間に気まずい空気が流れ続けずに済んでいる。……そのお陰でだろう。ダリアが私の存在を受け入れずとも、何も言わずにおいてくれている。ダフネは何時だってそう。彼女だって辛い立場なのに、いつだって私の背中を押してくれる。彼女がいたからこそ、私は今まで頑張ってこれたし、これからも頑張れるのだ。

だからこそ私は勇気を振り絞り、もう一度今でも黙っているダリアに話しかけた。

 

「ダリア。ほ、本当に久しぶりね。こうして話すのは……4年の最後以来かしら? あの時はあまり話が出来なかったけど、ちゃんと元気に……いえ、これは愚問だったわね。ちゃんと食事は摂れていた?」

 

無論なけなしの勇気を振り絞ったとしても、口下手な私に出来る質問はこんな愚かなものでしかない。でもダリアの事情をある程度知る私には、これ以上踏み込んだ質問をすることも出来はしなかったのだ。当然ダリアの反応もあまり芳しいものではない。

 

「……えぇ、食事はそれなりに摂れていますよ。御覧の通り、体調は良好そのものです」

 

私にも分かる程の、どこか呆れた様子の無表情。久しぶりに見た彼女の表情と言える表情が、休み明け直後の悲しみに溢れたモノや、こんな風に呆れかえったものなのは悲しい。

でも同時に、これこそが本当に久しぶりに彼女と交わした会話であることもまた事実だった。

こんな馬鹿みたいな会話だとしても、久しぶりに直接ダリアと交わした会話なのだ。

彼女は『例のあの人』が戻ってきてからというもの、決して私と会話すらしようとしなかった。DAのことは例外中の例外。何気ない会話なんて望むべくもない。それは彼女自身のためではなく、おそらく全ては私のための行動。決して私を闇に近づけないように、私のいる陣営から疑われないようにするための行動。しかしそれが私には分かっていたとしても、どうしても悲しい気持ちを抱かずにはいられなかった。

 

当然だ。だってダリアが私のことをどう思っていたとしても、私は彼女のことを掛けがえのない友人だと思っているのだから。

一年生の頃からずっと私のことを助けてくれた。1年生の時はトロールから。2年生の時はバジリスクから。3年生の時は、私のためにバックビークを見逃してくれた。4年生の時、私のために出鱈目記事に怒ってくれた。そして今年もそれとなくドビーに言付けまでして……。

どんなに立場が違っても、それこそ寮どころか、所属する陣営が違ったとしても、私は彼女を恩人であり友人であると思い……同時にそれが理由でずっと苦しい思いを抱えていたのだ。

 

それがこうして、どんなに意味不明な会話だとしても交わすことが出来た。現実は一つも変わっていないし、外に出れば再びダリアは私のことを無視することだろう。

でもせめて今だけは……今だけは昔みたいに。

そう思い私は決意を新たにし、

 

「……」

 

「……」

 

結局黙り込んでしまったのだった。

踏み出せたのは最初の一歩だけ。それ以上に何か話そうと意気込んでいても、そもそも口下手な私には次の会話が思いつかない。ダリアもダリアでどこか困った無表情を浮かべている気がする。ダフネはそんな私達を微笑ましそうに見つめているけど、当事者である私達二人は内心気が気ではない。どうやら今回は助け船を出してくれる気はないらしい。

そして数秒後ようやく口を開いたのは、

 

「……グレンジャーさん。そういえば、まだお礼を言っていませんでしたね」

 

今まで返事をするばかりだったダリアの方だった。

ダリアの方に顔を向ければ、そこには先程までと同じ無表情。

……でもどうしてだろう。私にはその表情が……先ほどまでとは違った感情を映し出しているように思えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ視点

 

ハーマイオニーの登場。私の予想通り、ダリアは当初態度こそ頑なだったものの、表情自体は決して否定的なものではなかった。

彼女も久しぶりにハーマイオニーと話せる機会が嬉しかったのだろう。ダリアはハーマイオニーのことを拒絶していても、別に嫌いだからそうしているわけではない。寧ろ気に入っているからこそ、彼女を拒絶しているのだ。

ハーマイオニーと会話しているところを誰にも見られないように。ただの生徒同士の会話。でもそれだけで、自分の大切な人や、何よりハーマイオニー自身にどのような影響が出るかダリアは知っているのだ。ダリアは今のホグワーツが、そして外の世界がどんな風に変質してしまっているかを理解している。

……でも、それだけではあまりに悲しすぎるではないか。

外で拒絶するのは仕方がない。守られるだけの私がダリアの決定に何か言える資格はない。でもそれではダリアの心がいつか壊れてしまう。

だから、私はせめて私達以外誰もいない空間を無理やり提供してあげたかった。ハーマイオニーからの相談という形ではなく、もっと気軽で日常的な空間を。彼女が態度を変えられなくとも、今でも私達は貴女の優しさを知っているのだと。私は彼女にそれをどうしても伝えたかったのだ。切欠なんて何でも良かった。ただ折角の監督生権限。折角の親衛何とかの権利。これを使わない手はないと考え、この何もかもが開放的になる空間を選んだのだ。

 

なのに、

 

「……グレンジャーさん。そういえば、まだお礼を言っていませんでしたね」

 

ようやく自ら話し始めたダリアの表情は先程までとは違い……何故か決意に満ちた無表情に変わっていた。

それもどこか悲壮感に満ちた決意の表情に。

ハーマイオニーもダリアの変化に気が付いたのだろう。どこか不安げな表情でダリアの方を見つめている。

そんな彼女に、ダリアはやはり決意に満ちた無表情で続ける。

 

「お、お礼? わ、私何か、」

 

「貴女が開催している自習教室のことです。名前は確かDAと言いましたね。ありがとうございます。大変なことだと分かっていながら、その会にダフネを受け入れてくれて。……ダフネを守ってくれて」

 

ダリアの話が進むにつれ、頭の中で鳴り響く警鐘がどんどん大きくなっていく気がした。

ハーマイオニーはダリアとの話題にとてつもなく気を使っていた。だからこそ彼女は中々話題を見いだせずにいた上、結局だんまりを決め込まずにはいられなかったのだ。なのにダリアは突然、それこそハーマイオニーが敢えて避けていた話題に躊躇なく踏み込んだ。ただの学生のお遊びの延長とはいえ、紛れもなくダリアの愛する日常とはかけ離れた話題。本来ダリアはそんな話題を態々選択するだろうか。ましてや今まで拒絶してきたハーマイオニー相手に。何かがおかしい。

そしてその違和感は、

 

「……思えば貴女に真面にお礼を言ったことなどありませんでしたね。本当に……今までありがとうございました」

 

ダリアの言葉が続けば続く程、より大きなものに変わっていくのだ。

 

「貴女はいつだって私を信じてくれました。こんなにも汚れた化け……モノである私を。その素直さに私は少なからず救われてきましたし、だからこそダフネをこれからも安心して預けられる。ダフネに必要なのは私の知識などではなく、貴方の言う身を守るための技術です。決して()()()()()()()呪文ではない。これからもダフネをよろしくお願いします。たとえ私が敵になったとしても……」

 

ダリアの言葉が終われば、浴場に響くのはもはや蛇口から時折落ちる滴の音だけだった。

何故? 

私の頭はただひたすらに疑問や不安で満たされる。先程まであんなに幸せそうな表情を浮かべてくれていたのに。ハーマイオニーが入ってきた時も、特段嫌な表情を浮かべてはいなかったというのに。どうして今はこんな苦しそうにさえ見える表情を浮かべているのだろう。

何もかもがおかしいことばかりだ。

何故ダリアは突然こんな話をし始めたの? 何故ダリアはこんな辛そうな表情を浮かべているの? 

 

何故こんな……まるで()()ともとれる言葉を言うのだろう?

 

「ダ、ダリア、と、突然どうしたの?」

 

「ダ、ダフネのことは当然のことをしているだけよ? お礼なんていらないわ。で、でもどうして、」

 

当然私とハーマイオニーは即座にダリアに声をかける。何かがおかしいのだ。先程まであれ程幸福な時間が流れていたというのに、どうしてこんな風に突然彼女の醸し出す空気が変わってしまったのだろうか。分からないけど、このままでは決していいことにはならない気がする。

だからこそ私とハーマイオニーは半ば必死にダリアに声をかけようとした。でも、

 

「私が言いたいのはそれだけです。ダフネ、本当にいいお風呂でした。また()()()来ましょうね。では、私はもう上がります」

 

ダリアはそう言った切り、どこか逃げるような仕草で浴槽から出て行ってしまったのだ。

 

「ま、待って! どうしてしまったの、ダリア!? わ、私何か貴女の気に障ることを言ってしまったの!? お願い、待って!」

 

あれだけ幸福だった時間の唐突な終幕。ハーマイオニーが慌てた様子で引き留めようとするも、ダリアは決して振り返りもしない。

 

「ま、待っ、ダリア! ハ、ハーマイオニー! 私も取り敢えず行くね! この埋め合わせはまた今度!」

 

そして彼女は慌てて仕度する私をも置いて、服を着てそのまま浴場からも出て行ってしまった。

当然私もダリアを追いかけ、慌てて外に出る。まだ茫然と浴場に残されるハーマイオニーも気になるけど、今は彼女よりダリアの方が最優先だ。あんな表情を浮かべて、ダリアの精神状態が真面であるはずがない。

 

私はまた何か大きな間違いを犯してしまったのだろうか?

思えば私は幾度も間違いを犯してきた。その度に大切な友達を傷つけ、何度もあの綺麗な顔を歪ませてきた。

今回もなの? 私はまたダリアの心を傷つけてしまったというの?

結局私のやることなすこと全て……。

 

そしてその私の考えは、

 

「ま、待ってよ、ダリア! はぁはぁ、よ、ようやく止まってくれた。どうしたの、突然飛び出したりして?」

 

「……」

 

どうしようもないことに的中してしまったのだ。

浴場を飛び出し、半ば走るようにスリザリン寮に向かうダリアがようやく立ち止まる。そこは地下牢に向かう薄暗い廊下。僅かに灯った蝋燭の明かりが壁に私達の影をボンヤリと映し出している。

でも、何だか全てのものが朧げな光景の中……振り返ったダリアの瞳から流れる()だけはハッキリとしていた。

髪を拭く暇もなかったことから、ダリアの髪からはポタポタと水滴が零れている。しかし瞳から溢れるものが別物であることだけは、薄暗い廊下の中でも見間違えることはなかった。

 

「……ダフネ、ごめんなさい。折角貴女が気を使ってくれたというのに、私は逃げてしまった。貴女の優しさを踏みにじってしまった」

 

「ダ、ダリア、泣いてるの? 私のことはどうでもいいよ。でも、どうしてそんな悲しそうな顔をしているの? 訳を話してくれないと分からないよ」

 

「泣いてる? この私が?」

 

そこでダリアは初めて自分が泣いていることに気づいたらしい。目元を拭い、そこに自分の涙が付いていることに酷く驚いた無表情を浮かべていた。

 

「……愚かですね。私にはもう、涙を流す権利すらないというのに」

 

そして何事か小声で呟いた後、ダリアは観念した様に続けた。

 

「……ただ悟ったのです。認めがたいことですが、私は確かにグレンジャーさんが来てくれたことを喜んでいました。貴女が呼んでくれなければ、私からは決して彼女と会話すらすることはなかった。それを優しい貴女がそっと寄り添わせてくれた。認めましょう。私はグレンジャーさんのことが、別に嫌いではありません。寧ろ好意的に思っています。でもだからこそ……私にはもう彼女と会話する権利などない」

 

ダリアの独白に声が出ない。出来ることなら今すぐに彼女の言葉を否定していましたい。この子はいつだってそうだ。もっと気楽に生きられればいいのに。持つ必要のない罪悪感をいつだって抱いている。今回もそうだ。ダリアの言葉で、ようやく私はダリアの表情の変化の理由を理解できた。結局この子はハーマイオニーに……自分が傷つけてしまう()()()()()()人達に強い罪悪感を抱いてしまっているのだ。特に冬休み中、ダリアは闇の帝王から重要な任務を与えられていた。その任務が今後どれ程の人間を傷つけるものなのか、いくら愚かな私でも理解できているつもりだ。でも、だからと言ってどうすればいいというのだ。ダリアが闇の帝王に無策に逆らえば、彼女の大切な家族が危険な目に遭ってしまう。ルシウスさんがそれに気が付いているかは知らないけど、言うなればマルフォイ家はダリアに対しての人質同然な立ち位置になってしまっている。そんな状態のダリアに他の選択肢があるはずがないのだ。

ならばこそ、私は彼女の行動を全肯定する。誰かも知らない人達のことなんてどうでもいい。私はただ目の前の人が幸せならそれでいい。正直なところ、今までダリアを傷つけてきた人間など心底どうでもいい。ダリアが罪悪感を持つ必要なんてない。……そう私は()()()()()()

 

でも……私にはそんなこと、口が裂けても言えるわけがなかったのだ。

 

「そ、そんなこと、」

 

「出来ませんよ。私はもう後戻りできないところまで来てしまったのです。私はもう選択してしまった。……今更どのような顔をしてグレンジャーさんと話せばいいのか分からないのです。今も敵対し続けている、敵対するしか道がない私には、そんな資格などあるはずがない。……もう全てが遅いのですよ、ダフネ」

 

ダリアの続けざまに放たれた言葉に、私はようやく理解した。

 

結局のところ……もはやダリアにとって幸福は幸福ではなく、その罪悪感から幸福こそが()()に変わってしまったのだ。

私や家族と共に過ごす時間は、彼女にとって当たり前の日常。でもそれ以上の幸福は、ダリアはもう望むことすら出来なくなってしまった。

幸福であればある程、ダリアは考えるのだ。

 

自分には本当に幸せになる権利があるのだろうか、と。

まさに今この瞬間がそうだ。久しぶりのハーマイオニーとの会話にダリアが何を思ったのか、唐突にどのような感情を抱いてしまったのか、私には理解できてしまった。

 

私が呑気にクリスマス休暇を過ごしている間に、全てが変わってしまったのだ。

 

そして同時に、その一見偏執的とも受け取れる罪悪感を……私が否定しきれないのもまた事実だった。

守られるだけで、常にダリアの重荷であり続けている私には……

私に出来ることは、

 

「ダリア……」

 

「ごめんなさい……。ごめんなさい、ダフネ……。わ、私はいつも、」

 

「いいんだよ。私の方こそごめんね、ダリア。苦しいよね。苦しかったよね。でも大丈夫。私は絶対に離れたりしないよ……」

 

結局のところ、ただダリアに無言で寄り添うことくらいのものだった。

 

 

 

 

……時間の流れというものは残酷だ。

どんなに私たちが無力な存在であろうとも、決して私達の準備が整える余裕など与えてはくれはしない。たとえ世界がどのような状況か理解していても、どんなにダリアがつらい立場であるかを分かっていても、

 

『アズカバンから集団脱獄! かつての死喰い人、シリウス・ブラックを旗印に結集か!?』

 

敵は決して無力な私のことを待ってくれはしないのだ。

数日後の朝刊第一面の記事を読んだ時、私は改めてそのどうしようもない事実に気づくことになる。

 

()()()絶望が……もうすぐそこまで迫っていた。

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