ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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盲目の代償(後編)

 ネビル視点

 

『ドローレス・アンブリッジをアルバス・ダンブルドアに代わり、ホグワーツ魔法学校新校長に任命する』

 

談話室に張られた新しい掲示。僕はそれを見つめながら考える。

正直意外だった。あの人……アンブリッジが新校長に就任したことには別に驚きはない。ただ僕としては、正直もっと早くに就任すると思っていたのだ。ダンブルドアが追放されてからもう数日経っている。ハーマイオニーではなくても、それこそ頭の悪い僕にだって次の校長が誰かくらいは分かっていた。それがいいか悪いかはともかく。

今まで散々やりたい放題していたのに、校長になるには数日掛かった。それが僕には少し意外なことだったのだ。

そしてその疑問に答えてくれたのは、

 

「多分体面を気にしていたのでしょうね。ダンブルドアが学校を離れて、今は誰も校長室に入れなくなっているそうよ。あの女も例外ではない。校長室に入れない校長なんて情けないでしょう? だから何とか校長室に侵入してから校長になろうとしたのよ。どうやら無理だったようだけど」

 

いつだって僕等に正しい答えを教えてくれるハーマイオニーだった。

DA解散以来どこかやつれた表情を浮かべる彼女は、掲示板を僕と同じく見つめながら言う。僕の表情を見て、僕の内心の疑問を直ぐに見透かしたのだろう。

僕は何でもないように言う彼女を見つめながら思う。

やっぱりハーマイオニーは凄い。彼女も僕と同じように、そう多くの情報を持っているわけではないだろう。でも彼女は数少ない情報でここまで読み切って見せた。それこそ僕の内心の疑問も含めて。最近は眠れていないのか表情がやつれているけど、彼女の聡明さは少しも損なわれていない。

 

『ダリアがDAとダフネのことを忘れさせた理由なんて決まっているわ。……ダフネを守るためよ。ダリアの行動こそが、ダフネがDAへのスパイでない証拠なのよ』

 

そう……思えばダフネ・グリーングラスのことだって。

ハーマイオニーは最初から分かっていたのだ。

いつだってハーマイオニーは僕等が辿り着くずっと以前から答えを知っていた。何も今回のことだけではない。彼女が先に気付き、僕等はいつだって彼女に言われて初めて気付く。その繰り返しだ。

僕等が自分の力で気付けたことなんて一度だってない。

 

掲示板から、それこそここ最近ずっと考え続けていた内容に思考が絡み取られていくようだった。僕はハーマイオニーから視線を外し、ただその場に立ち尽くしながら考える。

……ダフネ・グリーングラス。最初、ただスリザリンだという理由だけで、僕が恐れ続けていた女の子。そしていつの間にか恐怖を感じなくなっていた……僕等の大切な()()

今なら嘗ての僕を冷静に見ることが出来る。半強制的とはいえ彼女と会話し、彼女の人となりを知り、そして彼女と離れ離れになった今なら。

結局のところ、僕は認めるのが怖かっただけなのだ。……今まで恐れていた少女が、本当は恐怖を感じる必要のない子だったという事実が。それを認めてしまえば、僕の今まで信じてきた世界が崩れてしまう。スリザリンだからという、()()()()()()()()()で考えなくて良かったことを、僕は真剣に考えなくてはいけなくなってしまう。それが僕は内心怖くて仕方がなく、その恐怖にすら目を逸らし続けていたのだ。嘗ての僕は何も考えてなどいなかった。

でも、今の僕はもうその恐怖から目を逸らすことは許されない。そうしたくても……僕はもうダフネ・グリーングラスのことを知りすぎてしまっている。ハーマイオニーに思い知らされてしまった。

DAで見た彼女の姿。どんなに冷たい視線に晒されようとも、誰よりも真剣に練習する姿。出来の悪い僕を最後まで見捨てずにいてくれた姿。

そんな姿を見てしまって、僕はもう盲目でいることなんて出来はしなかった。

……いや、これも自分の気持ちから目を逸らしている。これ以上自分の気持ちから目を逸らすことは出来ない。なら認めなくてはいけない。

 

僕はきっと……ダフネ・グリーングラスのことが()()になってしまったのだ。

 

今まで言葉にならなかった感情をようやく自覚する。彼女がいない時、いつだって僕は彼女の姿を探し求めてしまっている。彼女のことを考えると、恐怖ではなくもっと別の……何だか温かな感情を抱いてしまっている。

いくら頭の悪い僕にだって、ここまで時間が経てば分かることだ。こんなの恋としか言えないではないか。

 

思えばこうなることもハーマイオニーは予想していたのだろうか。彼女はいつだってダフネ・グリーグラスのことを庇い続けていた。そして僕をグリーングラスと引き合わせたのも彼女だ。他の生徒ではなく、いつだって僕だけを。ハーマイオニーなら最初からこうなることを見抜いてもおかしくない。

僕はそこまで考え、再度隣に立つハーマイオニーの顔を見る。彼女は未だに掲示板を見つめながら何か考え事をしている。

僕の予想が正しければ、これからのDAのことを。

尤も……彼女の頭脳でも答えは出ない様子だけど。

あの時、ハリーがDAからグリーングラスの記憶が奪われていることを伝えられた時、

 

『いい、ハリー? もし貴方の言う通りダフネがダリアのスパイだったとして、それでDAメンバーからダフネの記憶を奪うメリットなんて一つもないの。それならダフネは今頃ダリア以上の地位を与えられているはずよ。大々的な発表と共にね。でもアンブリッジはそんなことをしていない。それが何よりの証拠よ』

 

一瞬でダリア・マルフォイの考えを読み切った彼女でも……。

あの時彼女はこうも続けていた。

 

『そもそも何故ダリアは他のメンバーはともかく、私達にダフネのことを忘れさせなかったの? それは私達には覚えていてほしいから。ハリー、貴方だって気付いているのでしょう? ダフネはいつだって貴方の言うことを真剣に聞いていたわ。反感は間違いなくあっただろうけど、それでも練習だけはいつだって真剣にやっていたわ。そのことをダリアは私達に覚えて欲しかったのよ。決して()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

彼女の言葉を聞いた時、ハリーは勿論、僕ですらも今まで感じていた疑問を解消することが出来た。

ダフネ・グリーングラスのこと。そして……あのダリア・マルフォイのこと。僕が今まで……どれ程彼女達のことを誤解し続けていたかということ。

それを教えてくれた彼女でも、流石に今回ばかりは答えが出せないでいるみたいだった。

 

 

 

 

ハーマイオニーにも分からないものが僕に分かるはずがない。

DAがどうなるか。そもそもメンバーに対してアンブリッジがこのまま何もしてこないのか。……ホグワーツの外は今どうなっているのか。

僕には分からない。

分かっているのは……このままでは今後グリーングラスと再び会話をすることすら出来ないだろうということ。

そして、その事実をどうしようもなく悲しむ自分がいるという事実だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルーナ視点

 

ダンブルドアが追放されても、表面上あたし達の生活が大きく変わることはなかった。

ダンブルドア軍団メンバーが大勢所属していたグリフィンドールがどうかは知らないけど、少なくともレイブンクローに関しては特段変わりはない。

皆以前と同じようにご飯を食べ、勉強して、時折あたしを揶揄う。以前とまるで同じ風景。ほとんどの人がダンブルドア追放を真剣に考えてもない。

アンブリッジ先生が校長になることは嫌みたいだけど、結局はそれだけ。どうしてあんな人が校長になるのか、校長になって何をしようとしているのか、あの人の背後に()()()()()()。誰も真剣に考えようとしてない。あたしには皆がラックスパートに頭を弄られているようにしか見えなかった。

勿論皆の頭に本当にラックスパートが入り込んでいるとは、あたしだって本気では考えてない。本当にそうならいいのだけど、皆が特段何も考えずに日々を過ごしているのはずっと昔から。特段今に始まったことではない。『例のあの人』が復活しようとしまいと、この光景が変わることはないだろう。

 

……でも、全くの変化がないかと言えばそういうわけでもない。

 

「チョウ? どうしたの、ルーニーなんて見つめて。ほら、早く大広間に行くわよ」

 

「え、えぇ。そうね、マリエッタ」

 

一見いつも通りに見える二人。談話室から出ていくチョウ・チャンとマリエッタ・エッジコム。あたしは二人が遠ざかるのを見つめながら考える。

あの二人はレイブンクローの数少ないDAメンバー。チョウの方はさっきあたしのことを見ていた。普段のあの人は良くも悪くもあたしに興味なんて持ってない。そんな人があたしを何か言いたそうに見つめていた理由は、おそらくDAのことに尽きるだろう。

そしてもう一人のマリエッタ・エッジコムの方は……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

マリエッタ・エッジコムもDAメンバーだった。それまでただレイブンクローの上級生としか覚えていなかったけど、何回もDAで顔を合わせれば顔も覚える。そんなDAメンバーが全く今までと変わらず、まるでD()A()()()()()()()()()()()()()()行動しているなんてとても信じられない。というよりあり得ない。

皆には普段通りの光景に見えているのだろうけど、あたしには小さな変化……でも、だからこそ決定的な変化が見えていた。

そしてDAがどうしてあの日解散しなくてはいけなかったか……一体()()()()()()だったかもあたしには理解できたのだ。

 

「……結局、あんたはまた一人で抱えることを選んだんだね、()()()()()()()()()

 

DAメンバーで記憶を奪われなかったのは、あたしを含めて5人だけ。それ以外のメンバーは、話から察すると初回と最後以外のDA、そしてダフネ・グリーングラスの記憶を奪われてる。

そんな中マリエッタ・エッジコムだけ全ての記憶を奪われているとしたら、それはあの人に全ての記憶を消されなくてはならない要因があるからだろう。

あたしにはそれが何かは分からないけど、記憶を奪ったのはあのダリア・マルフォイだ。あの人の行動はいつだってダフネ・グリーングラスと家族のためのもの。ダフネも事あるごとにそう自慢してた。

なら今回の行動だってそうなのだろう。ポッターやロナウド・ウィーズリーはともかく、グレンジャーとあたし、そしてネビル・ロングボトムの記憶を消さなかったのは、DAでのダフネの味方を残すため。それが一番納得のいく理由。

それにあたしの予想が正しければ、マリエッタ・エッジコムから全ての記憶を奪った理由だって……。

DAでダフネからダリア・マルフォイのことは沢山聞いた。それこそ聞いてもいないのに。そんなダフネが語った印象から推測すると、マリエッタ・エッジコムをも守ろうとしたのかもしれないと思ったのだ。

エッジコムが裏切った理由自体は簡単に想像できる。エッジコムに限らず、DAメンバー全員が持っているリスク。それは自分の家族に他ならない。アンブリッジ先生は魔法省の高官だと聞いたことがある。なら今の状況で家族の立場を人質にすることだって容易だろう。あたしのパパみたいに周りのことを気にしないで済む人は珍しい……のだとあたしにだって分かる。

そして人質を守るために最も効果的な方法。それは結局のところ、争いにそもそも関わらないことが一番の方法なのだ。アンブリッジ先生に従うことも方法の一つだけど、それはそれで先生に骨の髄まで利用されつくされるのが落ちだろう。それにハーマイオニー・グレンジャーのかけた呪いが発動するはず。なら呪いが発動したようには見えず、DA全ての記憶を失ったと思われるエッジコムが何をされたかんなんて……考えるまでもないことだった。何のためにそんなことをされたのかも。

そんなの、エッジコム本人を守るため以外に考えられない。

これでDAで教わったことと引き換えに、エッジコムはアンブリッジ先生からの関心を失ったのだ。元々DAで熱心ではなかったのだから、どちらが得だったかは言うまでもない。

 

そこまで益体のないことを考えていたあたしは、手に持つ『ザ・クィブラー』に視線を戻し、これからのことに思考を移す。今頃はグレンジャーも考えていることだろうけど、あの人ばかりに任せるのは身勝手だ。あたしはあたしなりに今後のことを考えなくちゃいけない。

それがエッジコムと同じで守りたい誰かがおり、尚且つダリア・マルフォイに記憶を持つことを許された人間の義務だろうから。

 

 

 

 

状況は全てが全て『例のあの人』に都合のいいように進んでる。

アンブリッジ先生の校長就任もその一つ。あたし達DAメンバーが退学になっていないことは奇跡と言ってもいい。先生が諦めるとも思えない。あたし達はこれからも慎重に行動しないといけない。それも数名まで減ってしまったDAメンバーだけで。不安でないはずがない。

……それに、あたしは何だか漠然とした不安も感じるのだ。

何だかもうすぐ……今まで以上に良くないことが起こる。ホグワーツの中なんかではなく、もっと大きなことが外で起こる気がする。そんな予感がして仕方がなかったのだ。

 

そしてその予感は……残念だけど当たってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンブリッジ視点

 

……後から考えれば、ここで私は引き返しておけば良かったのだろう。

確かに()()を見た瞬間、本能で危険を感じ取ってはいた。これ以上踏み込んではいけない。これ以上見れば……私は後戻りできなくなってしまう。

それを知れば、私は破滅してしまう。

 

そう心のどこかで感じ取っていたのだ。

でも私は……。

 

 

 

 

ホグワーツ校長。私が手に入れた肩書は、肩書としてなら超一流のもの。この学校だけではなく、魔法省においてもそれなりの効力を持つ。事実アルバス・ダンブルドアはそうだった。あの老人がどれ程この肩書で得をしてきたか。

だからこそ、()()()()()()今の私は幸福の絶頂であるはずだった。ホグワーツの人事の全てを私一人が握る。もはや私に逆らうものは誰もいない。私の思うがまま、この学校の全てを手に入れるはずだったのだ。

……しかし現実は違う。

私は校長だというのに、そもそも校長室に踏み入ることすら出来ていない。……あの忌々しいアルバス・ダンブルドアが下らない小細工をしたせいで。そのせいで私は校長としての当然の権利すら行使できずにいるのだ。あの部屋にのみ、校長として必要不可欠の書類や道具が揃っている。校長室内にある歴代校長の絵画を使い、この学校中を監視することも出来る。校長として当然の権利よ。であるのに、私は何故このような屈辱を受けねばならないのか。これでは校長という肩書が逆に滑稽極まりないものになってしまうではないか。

 

「本当に忌々しい……もう以前の私ではないのよ。もう私は誰にも見下されたりなんてしない」

 

全てが台無しだった。完璧な計画に紛れ込んだ一点の間違いで、私の気分は最低なものに成り果てている。

今頃であれば私はホグワーツでも、魔法省でも、そして何より『闇の陣営』においても絶大な権力を手にしているはずだったのだ。指示された通りにポッターや教員達を追放し、学校中を私の理想とする空間に塗り替える。そして馬鹿な子供たちを大人しくさせることで、教育者としても成功し、更にはそれを以てダンブルドア以上の名声を魔法省から与えられる。ポッターを排除すれば、私は闇の帝王へ最も貢献した人間になれる。新校長になれさえすれば、何もかもが上手くいくはずだったのだ。

……それがアルバス・ダンブルドアに出し抜かれたばかりに、私はいらぬ苦労を抱えている。

今もそうだ。私は自室に籠り、手に持つ『ザ・クィブラー』なる下らぬ雑誌を見つめる。本来であれば手に持つことすらおぞましい程低俗な雑誌。しかし今回ばかりは無視することは出来なかった。

 

『ハリー・ポッターついに語る。名前を呼んではいけないあの人の真相。僕がその人の復活を見た夜』

 

何故なら雑誌の内容が、なんとあのハリー・ポッターのインタビューを前面に押し出したものだったから。

魔法省に真っ向から反抗するような態度に更に苛立ちが募る。何故『ザ・クィブラー』なんてマイナー雑誌がポッターのインタビューをしたかなどどうでもいい。子供は子供らしく、大人の言うことを黙って聞いていればいいのよ。そうすれば長生きできるだろうに、本当に馬鹿な子供だ。

 

しかし本当に腹立たしいのは……このような明らかな反抗行為に対して、私は何も出来ないということだった。

 

私がもし名実ともに真の校長であれば、誰が何と言おうともポッターを学校から追放しただろう。それは校長としての当然の権利。教員が何か言ってくるでしょうけど、結局のところそれだけ。校長の私が頓着する理由はない。

しかし現実は追放するためには魔法省、ひいては魔法大臣の許可が必要になる。そして腹立たしいことに、つい最近ダンブルドアを追放した今、ファッジ大臣は魔法学校に関して僅かに及び腰になっており、その許可も直ぐには出して下さりそうにない。あの大臣は……結局のところ臆病者でしかないから。

リスクを考えると、流石に自らに与えられた権利以上のことをすれば不興を買う恐れがある。余裕を完全になくした大臣に、今これ以上判断を仰ぐのは得策ではない。今の彼は不快という理由だけで私を遠ざける可能性もある。それだけ大臣にとって心のどこかで信頼していたダンブルドアの反逆行為は衝撃的だったのだろう。ここまで上り詰めたのに、それを崩す恐れのある行為はどんなに小さなものでも避けなければ。

何より記事を書いた人物も問題だった。リータ・スキータと言えば、今までポッターを貶す記事を書いてきた人間。それがここに来て急にポッターに味方する記事を書いている。出鱈目記事を書く記者であるが、影響力も無視できない。突然手のひらを返した理由が分からない以上、ここで急いでことを為せば、後々無視出来ない問題が発生する可能性もある。

そしてポッターがインタビューを受けたのは、『ダンブルドア軍団』を解散させる前のこと。後であればどうすることも出来たが、前では世間から反論される可能性が高い。

結果私は校長でありながら強権を発動することに躊躇いを感じずにはおれず、ポッターに首の皮一枚とはいえ逃げきられてしまった。今私に出来ることと言えば、『ザ・クィブラー』を即時禁止にすることくらい。それも生徒の何人かは既に手にしているだろう。それを回収し、これ以上行き渡らない様にすることだけだ。

こんな屈辱的なことが他にあるだろうか?

苛立ちのまま『ザ・クィブラー』を暖炉に投げ込み、私は次に目の前にうずたかく積み上げられた()()()()に目を向ける。何とか冷静にならなくてはと自身に言い聞かせるために。

このまま怒りに身を任せていては、次の手も打てなくなってしまう。このまま身の回りのものに当たり散らしてしまいたいが、栄光のためには次に進まなくてはならない。私は()()()()()()()()我慢してきた。ならば今回だって出来るはず。今は次の手を考えるために……目の前のことに集中するのだ。そう……目の前に積まれた()()()()荷物に。

そうすることでようやく、私は少しだけ怒りを忘れることが出来た。長い溜息を吐き出しながら、私は思考を巡らす。

ダンブルドア……決してお前の思い通りになんていかせてなるものか。十全とは言えなくても、生徒を監視する方法は他にもいくらでもあるのよ。

例えばこれ。生徒へ届く()()()()便()。私は秘密裏に、生徒へ届く荷物は全てこの部屋を経由して届くようにした。生徒が危険物を持ち込まないためにという名目で。これならば校長の権限内と言えるだろう。万が一露見したとしても、私に反論できる生徒はいない。無論絵画を使った監視の方が効果的だけど、それでも馬鹿な生徒の弱みを探す助けにはなる。ただあの老人の思い通りになってやるものか。子供の思考を読むことなど私には容易い。特にポッターなどは必ず郵便だけでボロを出すはず。簡単にこちらの挑発に乗るような子供など、今は無理でももはや時間の問題でしかない。

勿論すぐに効果がある手ではないことも確かだ。今探してみても、ポッターへの手紙は一通も見当たらなかった。そうそう毎日あの子への手紙が見つかるはずがない。残念ではあるが、これが現状出来る最も有効な手なのだ。それも必ず効果を得るであろう手段。私があの老人に負けるはずがないのだ。

荷物や手紙を検める度に、少しずつ自分の中にある怒りが鎮められていくようだった。今回は不発に終わったが、それでも私は先程までの苛立ちを感じることはない。私は次の手紙を手に取り、中身を検める。些細な情報であっても、どこでどうポッターの追放に繋がる情報を手に入れるか分からない。地道ではあるが、こういったことが最終的に私の栄光に繋がる。

私は次々と生徒達の手紙や荷物を検分し、ポッターへと繋がる情報を探す。

今回は手に入らなかった栄光を、今度こそ手に入れるために。

 

 

 

 

……そして、()()()そんな作業中の出来事だった。

 

「あら? これは……()()()()()()()()の」

 

私が偶々手に取った荷物が……あのダリア・マルフォイへの物だったのだ。

マルフォイ兄妹への宛名が記されている高級菓子の詰め合わせ箱。思い返せばあの兄妹に()()()()の頻度で、これくらいの大きさの荷物が大広間で届けられているのを見たことがある。特に気にも留めていなかったが……成程、他の生徒へ配るための物なのだろう。二人でこの量のお菓子を消費するのは無理がある。マルフォイ家がいくら純血貴族筆頭とはいえ、物わかりの悪い子供をそれだけで黙らせることは難しい。だからこそこういった細やかな()()()も必要ということだろうか。

何とはなしに箱を開け、私は中の菓子を弄びながら思考する。先程まで感じていたダンブルドアへの怒りを忘れ、今度はただミス・マルフォイについて考える。

私が幼い頃、こんな高級な物を目にする機会もなかった。それを毎月手に入れ、尚且つ他人に配ることが出るなんて……本当に純血貴族というものが羨ましい。私が忍耐に忍耐を重ねて得たものを、生まれたその瞬間から持っているのだ。

いえ、それは考えても仕方がない。この世界は虐げるか虐げられるか。そんな中、私は今虐げる側にいる。私がこの世界のあり様に……純血貴族が支配する仕組みに耐え続けてきたから。私がここまでのし上れたのも純血貴族あってのこと。なら感謝しなければならないだろう。現に私を更に偉大な存在にして下さるであろうお方は、あの純血の頂点であられる『闇の帝王』その人。私はあのお方のお陰で更に上がれる。更に虐げる側になれる。私を脅かす存在などいなくなる。

私はもう虐げられる存在ではないのだ。

……尤も、今のマルフォイ家に思うことがないわけではないけれど。

特にダリア・マルフォイ。あの子は学生にして、既に闇の帝王に気に入られている人物。あの娘の醸し出す空気は確かに同じ人間とは思えないものがある。まるで闇の帝王その人を見ているような……そんな錯覚さえ覚える程冷たい空気だ。あのような冷たい人間は必ずや闇の陣営で出世するに違いない。

ですが今回のことに限れば、あの娘のせいで私は出世を取り逃した節がある。()鹿()()()()ポッター達の活動が初回であったなどと話さず、その場で証言を捻じ曲げてさえくれていれば……私は今こんなことにならずに済んでいた。最も邪魔をしたのはアルバス・ダンブルドアだが、ダリア・マルフォイの対応に不満がないわけでないのだ。多少足を引っ張られたと考えるのは仕方のないことだろう。

まったくこれだけら子供は嫌いなのだ。

私はそこまで考え、手に持っていた菓子を元の位置に戻そうとする。多少の苛立ちを覚えたとはいえ、あの娘は今決して逆らっていい存在ではない。勿論荷物を検めらていると悟られていいはずがない。悟られればルシウス・マルフォイ氏からも非難されることだろう。だからこのまま元通りに……。

 

しかし、私の手はそこで止まる。

お菓子を戻そうとして……箱の中に他の物とはあまりにも()()()()()を見つけたのだ。

箱の中にあるものはほとんど全て詰め合わせの高級菓子ばかり。なのに一つだけ……明らかに本来入ってはいなかったと思われる()()()が入っていたのだ。

他の煌びやかな菓子類と違い、どこか武骨ささえ感じさせる魔法瓶。装飾など無く、ただ灰色一色のモノ。どう考えても元から入っていたものではなく、後から入れられたモノと推察できる。それ程一つだけ明らかに浮いた存在だった。他の菓子に隠されるように埋もれており、私が菓子をつまみ上げなければ気付かなかった。でも露わになれば、明らかに異物感がある。

まるで()()()()()()モノが露になったような……そんな違和感だった。

 

 

 

 

……後から考えれば、ここで私は引き返しておけば良かったのだろう。

確かにソレを見た瞬間、本能で危険を感じ取ってはいた。これ以上踏み込んではいけない。これ以上見れば……私は後戻りできなくなってしまう。

それを知れば、私は破滅してしまう。

 

そう心のどこかで感じ取っていたのだ。

 

でも、この時の私は……あまりの違和感に、好奇心から進んでしまった。

ここまで来たのだ。少し開けてみるくらいなら構わないだろう。魔法瓶に入っているのだから、何かの飲み物に違いない。あのマルフォイ家がここまでして送る飲み物だ。きっと特別なモノに違いない。それが何であるか確かめるくらいはしていいだろう。

そう安易に考えてしまったのだ。

 

だからこそ、

 

「うっ!? な、何なの、これ!? これは……まさか()!?」

 

本来であれば決して知ってはいけない、気付いてもいけないモノに気付いてしまったのだった。


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