ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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神秘部での戦い(中編)

 ハリー視点

 

何かがおかしい。

そう僕が感じ始めたのは、魔法省に到着してからのことだった。

ルーナからセストラルに乗るという案を聞いた時はどうかと思ったけど、思いの外上手くいってしまった。確かに箒より速く、行きたい場所を伝えただけで魔法省まで真っすぐに飛んでくれた。ルーナのことを疑った僕の落ち度だ。彼女がいつも読んでいる雑誌から、彼女の言葉はどれも眉唾だと内心思っていたのだ。それがどうだ。僕なんかが考えるより遥かに早く、そして皆がここに魔法省に辿り着くことが出来た。ルーナのことを何も考えず疑った僕は間違っていたと言わざるを得ない。

……でも、そんな余計なことを考えている余裕は、実際に魔法省に辿り着いた僕にはありはしなかった。

僕は一度だけ魔法省に来たことがある。今年初めに呼び出された裁判の時だ。あまりいい思い出とは言えない。けど、あの時魔法省に立ち入った時の記憶は今でも覚えている。ロンドンの何の変哲もない電話ボックスから入り、地下に降りると大勢の魔法使いが歩いていた。お世辞にも静かな空間ではない。大鍋を抱えた魔女、号外と叫ぶ魔法使い。ダイアゴン横丁以上に色んな魔法使いがいて、静かとは程遠い場所だった。

なのに、今は僕等の他に誰もおらず、辺りは物音一つしない程静まり返っている。あの時あれ程賑わっていたことが嘘のようだ。

何かがおかしい。ここまで勢いで来てしまったけど、この時ばかりは僕も違和感を感じざるを得なかった。こんなことあるのだろうか。いや、シリウスを救いに来た僕には都合がいいのは間違いないのだ。すっかり悪い意味での有名に成り果てた僕だ。人が大勢いれば、それだけで騒ぎになってしまったかもしれない。それではシリウスを助けるのに足止めになってしまう。

でも、今はそれが無い。本来ならば、僕にとっては都合がいいはず。でも、ここまで静まり返っていると、何故か不安になってしまったのだ。

まるで僕が罠にはまってしまっているかのような……。ここまで誰かに誘導されているだけのような。

いや、弱気になるな。シリウスが捕まっているのは()()()()()のだ。僕が躊躇えば、誰が彼を救えるというのだ。

寧ろ全てにおいて僕に都合がいいのは間違いない。確かにハーマイオニーはいない。それどころか本来なら誰も連れてくるつもりはなかった。でも、ここにはハーマイオニー以外の心強い味方が一緒にいる。彼等を危険に晒すつもりはなかったし、今でも帰れるなら帰ってほしい。でも、彼等を説得する時間すらなかったこともある上、正直僕は彼等の存在を有難く思ってしまったのだ。本当は駄目だと分かっていても、僕は彼等に頼ってしまっていた。彼らがいれば、僕は何だって出来る気がする。その上ここまで僕に有利な状況が出来上がっている。ためらう理由がどこにあるのか。

僕は何とか内心で湧き上がった弱音をひた隠し、静まり返った魔法省の中を歩き続ける。目指す場所は『神秘部』。場所は……詳しくは分かっていない。ただ一つここまでくる間に思い出したのは、蛇の夢を見た時の廊下。あの廊下にはどこか見覚えがあるということだ。

今思い出すと……あの時の廊下は、僕が裁判に呼ばれた時に見たモノに似ているのだ。そして裁判の時、ダリア・マルフォイがいたのもあの廊下。これは偶然の一致だろうか。

ともかく、僕にはそれ以外の情報が無い。ならば少しでも可能性の高い場所に行かなくては。

ここまでなるべく最短で来たつもりだけど、シリウスがまだ無事である保証はどこにもない。ならば僕が不安なんて感じている場合ではない。皆も僕を信じてついて来てくれた。ならば僕は根拠のない不安に惑わされてはいけないのだ。それでシリウスが助かる可能性も上がるはずだ。

そしてそんな僕の予想は、()()においては正しかった。

記憶を辿りに魔法省の中を歩き、僕等は裁判所前の廊下、ダリア・マルフォイを見かけた廊下に辿り着く。そこには、

 

「神秘部……良かった。予想は正しかった。ここに……この中にシリウスがいるはずだ」

 

僕が探していた『神秘部』の表示が掲げられていたのだ。

やった! 禁じられた森から帰りついてから、ここまでは実に順調だ。僕は見覚えのある暗い廊下の先にあった、ただ黒い扉に手をかける。

その先で、僕の大切な家族が助けを待っていると信じながら。

 

 

 

 

……そう、僕の予想は()()()()においては正しかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルーナ視点

 

あたし達は……ハリー・ポッターは罠に嵌められてしまった。

その考えが至るのにそう時間はかからなかった。

ハーマイオニー・グレンジャー、ダフネ・グリーングラス。そしてダリア・マルフォイ。()()()機転で何とかアンブリッジから逃げ出して辿り着いた『神秘部』の中は、あまりにも複雑な作りだった。絶えず変化し続けるドアの行き先。あたしでも見たことも聞いたこともない正体不明の物体。先程通った大きな部屋には、一見何の変哲もない、人ひとりが通り抜けられる石のアーチが置かれていた。でも、あのアーチがただのインテリアなはずがない。事実アーチには、擦り切れたカーテンの様な物が掛かっており、そこから声が聞こえたのだ。

……幼い頃聞いた()()()()()、もう願っても二度と聞けない声で、あたしをアーチの中に誰かが呼んでいた。あたしには何だか、それがとても恐ろしかった。

でも、そんなアーチについていつまでも考えていられない。あたし達はアーチのあった部屋を抜け、更に奥へ奥へと進んだ。

そして辿り着いた場所が、

 

「ここだ。夢に見た通りだ。み、皆、静かに進もう」

 

辺り一面にたくさんのガラス玉が置かれた場所だった。天井は高いこともあるけど、部屋全体が暗くて上が見通せない。そんな部屋の中には所狭しと背の高い棚がいくつも聳え立っている。そしてその棚には、小さな埃っぽいガラス玉がぎっしりと置かれていた。

どうやらハリー・ポッターの目的地はこの部屋だったらしく、今まで以上に警戒した表情で足を進めている。ハリー・ポッターの表情が変わったことで、あたし達も真剣に辺りを見回した。当然のことだ。あたし達は別にここまで遊びに来たわけではない。あたし達は戦いに来たのだ。ここには『例のあの人』だっているかもしれない。警戒しない方がどうかしている。

 

「確かあいつは……そうだ、99。99の棚がどうとか。皆、99の番号が書かれた棚を探してくれ。そこにシリウスがいるはず……」

 

でも、あたし達の警戒とは裏腹に、部屋にはあたし達以外に誰もいなかった。響くのはハリー・ポッターの小声と、あたし達の足音だけ。一番恐れていた『あの人』の姿はどこにもない。……ハリー・ポッターが探しているであろう人の声も聞こえない。

ハリー・ポッターの言葉が正しければ、ここで誰かが『あの人』に捕まり拷問されているはず。なのに誰の声も聞こえないのはおかしい。

既にその誰かが殺されたか、別の場所に移動させられたか。あるいは……()()()()()()()()

 

「あ! あったわ! あったわよ、ハリー! ここに99って書かれてる!」

 

「ジニー! で、でもここにいるはずなんだ! なのになんで……」

 

「あら、ここに貴方の名前が書かれているわ。それも……()()?」

 

やっぱり何かがおかしい。あたしの中に先程までとは別種の警戒心と不安が急激に生まれる。でもそんなあたしを置き去りにして、事態が問答無用に進んでいた。

ジニーが棚の一つを指さし、皆の視線が一時的に集中する。ジニーが示したのは、無数に並んだガラス玉の()()

()()()()ガラス玉の下には、『闇の帝王とハリー・ポッター』と記されていた。

そしてもう1つには、

 

「どうしてここに君の名前が……。それに、なんでここだけ()()なんだ?」

 

『闇の帝王とハリー・ポッターと【…】』、そう書かれていた。明らかに誰かの名前が続きそうな空白には、しかし誰の名前も書かれてはいなかった。

そもそもこのガラス玉は何なのだろうか。先程のアーチのこともあるから、きっと良くないものなのだろう。でも、これが一体何なのか想像も出来ない。

名前の無い私達ですら気になったのだ。実際に名前の書かれていたハリー・ポッターが気にならないはずがない。彼は声を上げたロナウド・ウィーズリーに応えながら、半ば無意識と言った様子で2つのガラス玉を手に取った。制止する暇もなかった。それにガラス玉はあまり大きくはないため片手で両方握っているけど、バランスはあまり良さそうではない。

 

「……何か分からないモノを手に取るのはどうかと思う」

 

あたしに出来たのは、結局少しだけハリー・ポッターに苦言を呈したことくらい。それに対して彼は、まるであたしにだけは言われたくないといった表情を浮かべていた。

尤も、そんな不満を彼が実際に口にすることは無かったのだけど。

 

「よくやったぞ、ポッター。ここまでの案内もご苦労だった。成程、情報通り99の棚だったか。情報通りというわけだ」

 

突然、あたし達の背後からどこか気取った声がする。

あたし達は急いで杖を構えながら振り返ると、そこには黒いローブを羽織った人間が何人も立っていた。そいつらの先頭に立つ青白い顔をした男が、あたし達に手を伸ばしながら続けた。

 

「さぁ、それを渡しなさい。それは君には必要のないものだ。それは『闇の帝王』こそが……ポッター、何故()()()()()持っているのだ? そ、そんな情報は無かったはずだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルシウス視点

 

全ては『闇の帝王』の計画通りに進んでいた。

『神秘部』にあるという、全ての予言を保管された部屋。私を含めて全ての『死喰い人』は、その部屋の中に侵入することすら出来なかった。忌々しい『不死鳥の騎士団』に散々邪魔されていたのだ。少ない人数で、何の騒ぎも起こさずに侵入するのは不可能だった。

無論ただ手をこまねいていたわけではない。情報は常にかき集め続けていた。『神秘部』の連中は変わり者ばかりで、何を尋ねても要領の得ない答えしかなかったが、それでも分かったことはいくつもある。部屋には大量の予言が収納されていること。ハリー・ポッターの予言は99番の棚にあること。そして……予言は()()()()()()()()()()手に取れること。

たったこれだけの情報。されどこれだけの情報を手に入れるのに、どれ程労力と忍耐、時間を有したことか。そしてこの情報を『闇の帝王』にお伝えした時、遂にこの後戻り不可能な作戦が実行されることとなった。遅々として進まない計画に、遂に闇の帝王自らが重い腰を上げたのだ。私が必死にかき集めた情報。そしてあのお方がお気づきになった、ポッターと自身を結ぶ細い糸。今ならば騎士団員の警備が減っていることもある。闇の帝王は遂に機が熟したと判断され、この計画を私に授けられた。私はそれをただ辿れば良い。

遂にその時が来た。この作戦に失敗しなければ、私は今までの失態を全て帳消しにすることが出来る。

闇の帝王の深淵なお考えを全て理解することは出来ないが、私とてこれだけはわかった。

私が失敗しなければ、必ずや私は手にすることが出来る。今度こそ望んだ未来を。今まで当たり前だと信じていた栄光ある未来を。

計画の内容自体は実に単純なものだ。まず『闇の帝王』がポッターに()を見せる。奴の唯一の名付け親であるシリウス・ブラックが、『神秘部』で捕まり拷問される夢。実に馬鹿々々しい内容であるが、ポッター程度には十分すぎる内容だ。賢いダリアならば当然疑うだろうが、ポッターのような愚か者には効果は十分だ。奴のことだ。頭に血が上り、冷静な判断も出来ずに単身魔法省に乗り込んでくるに違いない。よしんば誰かに相談したとしても、最大の障害であるダンブルドアは城におらず、他の教員もドローレス・アンブリッジの手前大っぴらに行動は出来ない。ポッターは遅かれ早かれ、必ずこの『神秘部』に現れるはず。

そして私が出来るだけスムーズに奴らがここに辿り着けるよう、今日一日だけは魔法省の職員を出来るだけ出仕しない様に取り計らっていた。権力にものを言わせた手段であり、不死鳥の騎士団のみならず、一般の魔法省職員にすら疑念を抱かれかねない強引な行為。魔法省での私の地位は著しく失墜する可能性がある。この任務は極々単純なものであるが、二度目のチャンスはない。見返りも大きいが、失敗は許されない。私は必ず成功しなければならないのだ。全てはマルフォイ家のために。

 

だというのに、

 

「ポッター、何故()()()()()持っているのだ? そ、そんな情報は無かったはずだ!」

 

計画にない、全くの想定外の出来事が目の前で起こっていた。

本来であれば、我々はただ一つの予言を手に入れる手はずであった。そもそも『闇の帝王』とポッターに関わる予言は一つのみ。それ以外に存在したなど我々の情報にはなく、それこそ『闇の帝王』すらご存じない。

 

『七月の末、闇の帝王に三度抗った両親から生まれる子どもは、闇の帝王にはない力を持つ』

 

かつてセブルスが手に入れたという予言はここまで。どうやら続きがあったらしく、その続きを『闇の帝王』は必要とされた。ポッターには何かがある。私から見たポッターはどこにでもいる平凡な小僧であり、思考もごく単純な愚か者だ。事実この作戦にいとも簡単に乗せられている。だが、同時にそんな愚かな小僧が、幾度となく『闇の帝王』から逃げおおせたのもまた事実。たとえ全て奴自身の力ではなく、偶然によるものであったとしてもだ。奴には我々に知り得ない何かがあるのやもしれない。無論何もないかもしれないが、予言が無ければそれすら推測するしかない。

だからこそ我々はポッターを誘き出したというのに……予言が何故()()()あるというのか。

想定外の出来事に動揺し、思わず声を荒げてしまった。

だが私は直ぐに自身を落ち着かせ、何とか平静さを取り繕う。全く想定外のことであるが、目的自体に何の変りもない。ポッターが手に入れたということは、要するにそのどちらも奴に関係した物なのだ。ならばどちらとも手に入れれば何の問題もない。そうだ、よく考えれば何の問題もないのだ。それどころか、想定に無かったもう一つの予言すら手に入れれば、『闇の帝王』が更なる栄光を約束して下さるやもしれない。

 

「い、いや、今はどうでも良いことだ。さ、さぁ、ポッター。もう愚かな君でも分かっているはずだ。君は我々の罠にまんまと引っ掛かったのだ。逃げられはせんし、抵抗も無意味だ」

 

そう言って私は背後に控える『死喰い人』達にポッター達を囲ませる。ポッター達は僅か5人足らずの子供。それに対し我々はその倍の人数を有している上、皆『闇の帝王』に認められた本物の『死喰い人』だ。アズカバンに長年繋がれていたとしても、子供に太刀打ち出来るような存在ではない。

 

「そうだよ、ポッターちゃぁん! お前ら如きにはもう何も出来ないんだよ! 全てはあの御方の掌の上! 闇の帝王は全てをご存じなのさ!」

 

そしてこちらには、情緒不安定ではあるものの実力だけは確かなベラトリックスもいる。何をしでかすか味方であるはずの私でも分からないが、今この場の戦力としては十分以上だろう。

 

「……シリウスはどこだ? ここにいるはずだ。あいつがシリウスを捕まえて拷問しているところを、僕はこの目で見たんだ!」

 

「おやおや、ま~だ夢と現実との区別がついてないんでちゅか、ポッター坊や? これだけはルシウスの情報通りってわけだ。とんだ英雄気取りだね」

 

「止めないか、ベラトリックス。無駄に挑発するな」

 

私はベラトリックスを制止しながら、ポッターになるべく優しい口調で続けた。

 

「だが、確かにそろそろ夢と現実との違いが分かってもいい頃だろう。ポッター、君が見たのは、全て『闇の帝王』が作り出された幻想だ。君は罠に嵌められ、生き残る手段は一つしかない。さぁ、予言を渡すのだ。さもなければ杖を使うこととなる。それとも友人達共々ここで死ぬか?」

 

「シリウスがいない? ヴォルデモートが僕に魅せた幻想? そ、そんな。い、いや、今はそれより……。ルシウス・マルフォイ! これを……予言と言ったな! これを渡して、本当に僕達をお前達が黙って帰すと、僕が信じると思うか!? 僕はそこまで愚かじゃないぞ!」

 

聞き分けのない子供だ。やはりポッターは愚か者でしかない。私は更に愚か者に現実を教えるため続けようとした。

 

「信じようが信じまいが、そんなことは関係ない。ただ君にはそれしか生き残る術がない。そう言っておるのだ。だから、」

 

「おっと、だから……何だって言うんだ? ルシウス・マルフォイ。私の()()に一体何をする気なんだ?」

 

しかし、突然本来ならば()()()()()()()()()()()()の声が響き、私は杖を()()に向けざるを得なくなったのだ。

他の死喰い人達も一斉に杖を声のした方向に向ける。

そこには5人の魔法使いが立っていた。4人は『闇祓い』の人間だ。その内の一人は私がダリアに頼まれて推薦した狼人間もいる。

そして最後の一人が……

 

「さて、私の家族と友人達を傷つけようとした落とし前。きっちり払ってもらおうか」

 

ポッターの幻想でのみここに存在し、現実では絶対にこの場にいてはいけない……シリウス・ブラックだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドビー視点

 

……こんな形でマルフォイ家のお屋敷に帰ってこようとは、ドビーめは今まで夢にも思っていなかった。

辺りを見回すと、以前ドビーめがここで働いていた時と、()()()()()()であれば何も変わっていない。昔ながらの純血一族らしく気品のあるロビー。ホグワーツで働く今であれば、どことなくスリザリン寮の談話室に似通った雰囲気だと気付く。つい3年前までは毎日見ていた光景。今では二度と見ることはないと思っていた光景。3年前と調度品の位置などは何一つ変わっていない。

しかし、ドビーめには……それでも何かが決定的に変わっているような気がしてならなかった。

何一つ変わっていないはずであるのに、一枚カーテンをめくれば何か悍ましいものが隠れているような感覚。人の気配が全くせず、ただ何かを隠すために取り繕われているだけのような。そんな感覚を覚えていた。

 

「ドビー、ありがとう。貴方には今日一日だけで何度も助けられたわ。ダフネのことも。それに……グレンジャーさんのことも。何度も突然呼び出して、また貴方にここに飛ぶようお願いして。貴方にはここにいい思い出なんか無いでしょうに……」

 

だが、ドビーめにはそれも今は些細な問題でしかない。ドビーめの傍には、ドビーめが忠誠を誓うお嬢様の姿があるのだから。そしてそのお嬢様が……またもや一人で全てを背負い込もうとされているのだから。

グリーングラス様の護衛をしていたドビーめを再びお嬢様はお呼びになり、今度はマルフォイ家に飛ぶよう指示されたのだ。それもお嬢様をお連れした状態で。ホグワーツでは校長以外の魔法使いは『姿現し』をすることが出来ない。しかし『屋敷しもべ妖精』は魔法使いのような魔法を使うわけではないため、それこそ他人を連れた状態でも他の場所に飛ぶことが出来る。それをお嬢様はご存じだった。『しもべ妖精』のことをよく見ておられるお嬢様なればこそだろう。

しかし、このお嬢様の願いに従ったことが、果たして正解だったのかドビーめには分からなかった。無論お嬢様が願われれば、ドビーめはどこにだって行く。お嬢様はドビーめの負担を気にされておいでだが、ドビーめはお嬢様の家族なのだ。お嬢様の願いを叶えて差し上げたい。それこそ一度捨てた場所であるマルフォイ家の屋敷にだって、お嬢様の願いであれば飛ぶことを躊躇わない。だが、今回だけは違う。ドビーめは薄々気が付いているのだ。お嬢様がこれからどこに行かれるか。そして何をされようとしているのか。

それがお優しいお嬢様自身を傷つける行為。どんなに必要な事であっても……家族や御友人を守るための行為であっても、お優しいお嬢様が傷つかないはずがない。

それに、お嬢様の命の危険さえ……。

 

「い、いいえ、お嬢様! ドビーめのことをお気になさる必要はございませんです! で、ですが、お嬢様は行かれる場所はもしや、」

 

「えぇ。()()です。魔法使い同士が殺し合い、誰かが死ぬかもしれない場所。だからドビー。貴方はここで待っていて。ただ、もし私が帰ってこなかったら……迷わずホグワーツに戻りなさい。これは命令よ。……ごめんなさい、貴方を巻き込んでしまって。でも、これはマルフォイ家に必要な事なの」

 

なのに、それが分かっているというのに、ドビーめはお嬢様を強く御止めすることが出来なかった。

お嬢様の目的は、ただ家族と友人の安全のみ。それをドビーめも分かっているからこそ、ドビーめはお嬢様を御止めすることが出来ずにいた。お嬢様は自分自身より、家族や友人方が傷ついた事実に心を痛められるお方だ。それを御止めすることなど……家族の一人として見なされているドビーには出来なかったのだ。

 

「ではね、ドビー。ここまでありがとう。もし帰ってこれたら、ホグワーツまでまたお願いね」

 

ドビーめの目の前で、お嬢様は黒い靄のようなものを体の周囲に張り巡らされる。靄のせいでお嬢様のお姿は完全に見えなくなった。そして暖炉に煙突飛行粉(フルーパウダー)を投げ込み、

 

()()()

 

お嬢様は本当に行かれてしまったのだった。

おそらくお嬢様のご家族もおられるであろう戦場に。

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