ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ダンブルドア視点
「……下にはワシの仲間がおったはずじゃが。無論その者達は無事なのじゃろうな? 答えによってはワシも手加減出来ぬのじゃが」
返答があるはずがない。それは分かっておる。じゃがワシは尋ねずにはおられんかった。ワシの予想では、奴らは全員下で倒されておるはずじゃった。現にヴォルデモートもそう思ったからこそここに現れ、そしてベラトリックスのみ回収して去ったのじゃ。ここから撤退するに当たり、回収できる部下のみ回収した。それ以外の死喰い人を助けなかったのは、奴らを助ける時間は無いと考えたから。そんなところじゃろう。ワシはそう考えたからこそ、数瞬前まで危機は去ったと確信しておったのじゃ。
じゃが……現実は残念ながら違うたらしい。
「……」
「答えは無しか。それとも話して正体を知られとうないのかのぅ。他の仲間と違い、お主は随分恥ずかしがり屋のようじゃ」
こうなればワシは最悪の想像をせざるを得ぬ。死喰い人が無事である以上、騎士団員が敗北したと考えるのが順当じゃ。その場合、奴らが態々騎士団員を生かすとも思えん。予言を手にしておる者は見えぬが、黒い靄に包まれた死喰い人が持っておる可能性がある。というより、そう考える他ない。
予言の全てがヴォルデモートの手に渡る。それも
それに……いくら戦いで誰かが殺される可能性があるとは知っておっても、それを許容出来ようはずがない。彼等はこんなワシを信じ、秘密の多いワシについて来てくれた。そんな彼らが殺されて、ワシは黙っておることなど出来ぬ。ワシは先程までとは違い、内心の怒りのままに杖を黒い死喰い人に向けた。
ハリーを含めた周囲の人間は、新たな死喰い人に地面に組み伏せられておる。彼等を助けるためにも、一刻も早くこの者を倒さねばならん。そして下におる者らの仇を。
じゃが、
「こ、これは? ま、待て。ダ、」
『クルーシオ!』
ルシウスに予言を投げ渡し、それに対し彼が何かを言おうとした瞬間、奴の方から攻撃を仕掛けてきたのじゃ。それも人間には到底考えられぬ速度で迫った上、とてつもない速度で杖を振るい……
一瞬あまりのことに驚愕し、思考が空転してしまう。これ程の脅威とは想像しておらんかった。ヴォルデモートもそうじゃが、ワシはまだまだ敵の脅威を見誤っておったのじゃ。異常としか言えぬ身のこなし、そして杖無しでの呪文。それを『磔の呪文』と同時に放つ悪辣さ。他の騎士団員では決して敵わぬじゃろう。それもこのように不意打ちとなれば、対応出来たとは思えぬ。尤も、ワシには効かぬ。流石にこのような不意打ちに敗北する程衰えてはおらん。
ワシは即座に思考を切り替え、奴の呪文や雷を逸らしながら、逆に黒い靄に呪文を放った。それを奴は予想しておったのか、やはり人間とは思えぬ動きで横に飛びのき、ワシの呪文を避ける。背後の死喰い人の一人にワシの呪文が当たったが、気にもしておらん。それどころか、今度は黒い靄を纏いながら宙を飛び始めたのじゃ。箒を使っておるようには思えぬ。ならば奴は杖無しで飛んでおることになる。そしてワシがまたもや驚いておる暇はなく、次の恐るべき呪文を放ってくる。
「っ! よもやこれ程とはのぅ」
それは『悪霊の火』と呼ばれる闇の魔術じゃった。バジリスクの形をした灼熱の炎がワシに襲い掛かってくる。それも完璧に制御されておる様子で、暴走しておる様子はなかった。
本当に何者じゃろうか。これ程完璧な程に闇の魔術を使いこなす残虐性、意表を突く立ち回り、そして何より人間とは思えぬ動き。このような死喰い人は前回の戦いにはおらんかった。正体不明の死喰い人は、予想通り新たな敵で間違いないのじゃろう。
ここまで考え、ワシはようやくヴォルデモートと先程まで戦っておった時と同程度に意識を切り替えることが出来た。確かに驚くべきことの連続じゃった。じゃが脅威であると分かれば、それこそトムと対する時と同様の心持で挑むまでじゃ。
ワシは多少の
『フィニート、終われ!』
「無駄じゃよ」
ワシの呪文を止めようとしたが、無論逃がすはずもない。奴を包む水は動きこそ止まりはすれ、奴を解放するまでには至らんかった。
そう、解放するには至らんかったが……動きは完全に止まっておった。
ワシは先程感じた違和感を再び覚える。ワシは決して油断しておらん。ほとんど全力を使い、敵に圧勝するつもりで戦っておる。事実奴は脅威でありこそすれ、ヴォルデモートやワシには及んでおらん。少しずつワシの方に有利に状況が推移しつつある。これはワシの実力が勝っておる上、やはり杖の力も勝っておるからじゃろう。
であるのに、奴を包む水は動きを止めてしもうた。ワシは奴が止めようとしても、問題なく動くように力を籠めておった。じゃが、現実は違う。先程の『悪霊の火』も、思い返せば必要以上の力を掛けねば抑え込めれんかった。実際の実力差が、何か
そしてその違和感は、次の瞬間更に強まることとなる。
『ゲーレ、穿て!』
「……これは」
奴は呪文が失敗したのを瞬間的に悟ると、今度は水の中からワシめがけて呪文を放ってきた。ワシを攻撃する方が手っ取り早いと思うたのじゃろう。その目論見自体は正しく、ワシは大人しく水を操るのを止め、即座にワシの方も奴に呪文を放つ。そして奴とワシの呪文は互いにぶつかり、ワシ等の杖の間に魔法の橋が出来上がった。
このような時、本来であれば実力が高い方が相手を押し切ることが出来る。その上ワシの杖は『ニワトコの杖』。負けようはずがない。
じゃというのに、ここでもまたもや不可思議な現象が起こった。
なんとワシと奴の力が
これは奴の力が脅威じゃとか、そういう次元の問題ではない。ワシが見落としておる違った要素があるのじゃ。そうでなければこの現象の説明がつかん。
そしてここにきて、目の前の敵とは別の問題が発生する。今までワシと黒い靄との戦いに茫然としておった『死喰い人』共が、遂に現実に認識が追い付き始めたようじゃった。奴らの一人が、茫然と立ち尽くすルシウス・マルフォイに言い募り始める。
「ルシウス! い、今のうちだ! この場はあの方に任せて、我々は直ぐに撤退するぞ!」
「だ、だが、ダ……あの方が戦っておられるのに、私が逃げるわけには。そうだ、私も手助けをせねば。私は何を呆けているのだ。それが私の出来る、」
「馬鹿を言うな! あんな戦いに巻き込まれて……い、いや、これは逃げるのではない! お前の持っている物は、『闇の帝王』が求めておられた物だ。ならばそれを無事に持ち帰る義務が我々にはあるんだ! さぁ、さっさと行くぞ! あの方がダンブルドアを食い止めておられる間に!」
「は、放せ! 私は
遂に逃げ始める死喰い人共。その上奴らに引っ張られるように連れていかれるルシウスの手には、我々が守るはずであった予言もある。じゃが、ワシには奴らを追う余力はありはせんかった。この場におる他の魔法使いも、ハリーを含めて未だ地面に倒れ伏しておる。それどころか、幾人かに至ってはワシ等の戦いの余波で地面を転げまわってすらおった。奴らを止めることは出来そうにない。これではいくら目の前の新たな死喰い人に勝ったとしても、ワシ等は敗北したと言わざるを得んじゃろぅ。何より不確定要素のため、ワシが今ここで奴に勝てる見込みも無くなってしもうた。ワシが負けることはないが、奴にも敗北はない。
そして不確定要素を考える時間もありはせんのじゃ。
死喰い人共が暖炉の向こう側に消えてゆくと、それに合わせて黒い靄も後退し始める。杖同士の間には未だ光の橋が架かっており、辺りに激しい火花と衝撃を放っておる。その状態を維持しつつ奴は後退りし、遂に呪文を終わらせたと同時に、奴も暖炉の向こうに消えてしもうたのじゃった。
後に残されたのは、倒れ伏した多くの魔法使い。そして全てを守り切ったつもりで……実のところほとんど何一つ守れておらんかったワシだけじゃった。
僅かな時間の出来事じゃったというのに、ワシはヴォルデモートと対峙した時以上の徒労感を感じておった。
ハリー視点
「そうか……シリウスは逝ってしもうたか。年は無駄にとりとうないのぅ。良い人間は皆逝ってしまい、ワシはまた残ってしまった」
魔法省から何とかホグワーツに帰ってきた僕は、今校長室でダンブルドアに、魔法省であった全てのことを話していた。
本当に危険な戦いだった。敵は大勢の死喰い人に、挙句の果てにヴォルデモートの登場。生きて帰れる保証なんてどこにも無かった。
しかしそんな危険な戦いをしたというのに、僕等は何も得なかったどころか……僕の世界で唯一残っていた家族まで失ったのだ。それも僕の愚かな行動が原因で。戦いが終わった直後、幸いダンブルドアによってシリウス以外のメンバーの無事は確認されたけど、シリウスがいなくなった事実に変わりはない。
ダンブルドアは他メンバーの無事を確認後、魔法省から僕を即座に連れ出した。それは僕を群がる人混みから隔離する意味もあったのだろうけど、一刻も早く僕から何があったか知りたいのもあるのだろう。他のメンバーは皆下の階で倒れていて、まだ完全に意識が回復したわけではなかったから。
だからこそ僕は話した。……自分自身の罪を懺悔するために。
僕がシリウスが拷問される夢を見たこと。拷問は神秘部で行われていたため、僕はそこに行こうとしたこと。途中でアンブリッジやダリア・マルフォイの妨害にあったが、ハーマイオニーの機転で奴らを森に誘導したこと。アンブリッジは森でケンタウロスに連れていかれたが、その後ダリア・マルフォイはハーマイオニーを医務室送りにした上、どこかに消えてしまったこと。僕は何とかホグワーツに戻ることができ、神秘部に向かうのにDAの仲間がついて来てくれたこと。
……だがいざ神秘部に辿り着けば、実はそれが敵の罠であったこと。敵の狙いである二つの予言を手に入れた直後、死喰い人に囲まれてしまったこと。
そして騎士団員が救援に来てくれたが、予言の一つは割れてしまった上、シリウスが……ベラトリックスに殺されてしまったこと。
あの時の光景が脳裏に焼き付いて離れない。ベラトリックスが放った呪文がシリウスに当たり、そのまま彼が石のアーチに吸い込まれてしまった光景が……。
僕は全てを話した。僕は……罰して欲しかったのだ。自分の愚かさが嫌になる。今考えると、夢の中に矛盾点はいくつもあったのだ。ただ夢の凄惨さに目が眩み、何一つ自分で考えようとはしていなかった。アンブリッジの暖炉を使った時もそうだ。あの時騎士団本部に繋がった時、暖炉傍にいたクリーチャーは言っていた。
『今日はご主人様を見ておりません』
どこにいるかを尋ねても、シリウスの所在は知らないの一点張り。更に聞き出そうとした時には時間切れになってしまった。
でも少し考えれば分かることだった。クリーチャーはシリウスのことを嫌っていた。その逆もそうだったため、二人の関係は良好とは程遠かった。いつもシリウスはクリーチャーの悪口を言っていたし、クリーチャーもシリウスのことを無視していた。だからクリーチャーにいざシリウスの所在を尋ねても、決して真面な回答が得られるはずがなかったのだ。それなのに僕はクリーチャーの回答に更に慌てて、最後には大切な人達を大勢危険に晒してしまった。
シリウスを殺したのは、他ならぬ僕自身なのだ。
「先生……僕が、僕が殺したみたいなものです。セドリックだけじゃなく、シリウスまで僕は……」
「いや、お主のせいではない。……そしてましてやクリーチャーでもない。ハリー、お主が気に病む必要はないのじゃ」
「何故そんなことが分かるんですか!?」
でも、ダンブルドアはそんな僕に批難も罰も、何一つ与えてはくれなかった。僕に責任が無いなら、一体シリウスは何故死んだのか。ただ仕方がなかった。そう彼が言っているように僕には聞こえた。
だから僕は怒った。罪悪感で押しつぶれそうだった心が反転し、目の前の人間にただ大声を上げる。
これが八つ当たりでしかないことは分かっている。でもこの瞬間、シリウスの死という大きな衝撃もあったことから自分自身を抑えられなかったのだ。ダンブルドアには今年一年、様々な不満が溜まっていた。その不満がダンブルドアの言葉に対する反感を生じさせていた。
「先生は何も分かっていない! 先生に何が分かるっていうんです!? 先生は今年、一体何をしていたんです!? シリウスはずっとあの屋敷に閉じ込められていたし、僕もずっと先生に無視されていました! そんな先生にシリウスと僕の何が分かるっていうんです!?」
「ハリー、無論何もかも分かっておるとは言わぬ。ワシとてそこまで傲慢な人間ではないと思っておる。じゃが、今のお主に関しては理解しているつもりじゃ」
でも、僕の大声にもダンブルドアはどこまでも冷静であり、静かに言葉を続けるだけだった。
「お主は父や母を失い、そして今最後に残った唯一の家族を失った。それが悲しくないはずがない。自分自身を責める気持ちも分かる。じゃが、今回のことに関して、ワシは断言できるのじゃ。ハリー、お主は自身を責めてはいかん。そして、お主は同時にワシにも怒りを感じておるのじゃろう。残念ながら、そちらに関してはワシは否定せぬ」
こうもあっさり自分に責任があると言われて、僕は一瞬困惑してしまう。僕はダンブルドアに不満を感じてはいても、今回の責任を押し付けるつもりなんて毛頭なかった。そんな無責任なことが出来るはずがない。ただ、僕とシリウスに対しての言い様と、今年一年の態度が気に食わなかっただけなのだ。なのに思わぬ方向に話を進められてしまい、どう答えれば分からなくなっていた。
「それはどういうことですか?」
「簡単な事じゃよ。全てはワシの傲慢さが原因なのじゃ。ワシはシリウスを、そしてハリー、お主に対し、今年一年ひどい仕打ちをしたと思う。シリウスは今年一年、片時も騎士団本部より外に出ることを許さんかった。それは彼の安全のためでもあるのじゃが、思えばもっとやり様があったはずなのじゃ。一年同じところに、それも嘗て家族より追い出された場所に縛り付ければ、シリウスでなくても我慢できんかったはずじゃ。それをワシは安全のためと言うだけで、何の思案もせんかったのじゃ。それは彼をアズカバンに収監し、彼のことを一顧だにしなかったことと何ら変わらぬことじゃ。それをワシは彼を失った今、ようやく気付くことが出来たのじゃ」
先生は静かな口調で、でも有無を言わさぬ重たい口調で続ける。
「そしてお主に関してもそうじゃ。ワシはお主に関しても、今年一年不当な扱いをしておった。お主をダーズリー家に閉じ込め、情報も碌に与えんかった。城に戻ってからも、お主にただ忍耐を要求し、理由も話さず『閉心術』を習得するようせまりもした。そんな中でもお主が出来る限りのことをしてくれたのは知っておる。ダンブルドア軍団。素晴らしい考えじゃったと思う。お主はワシの期待に十二分に応えてくれた。じゃが、ワシはお主に甘えるばかりで、やはり何一つ与えることをせんかった。そのために起きた悲劇が今回のことじゃ。お主は何も責められる謂れはない。全ての責任はワシにある。これはお主の様な責任感から来る罪悪感ではない。厳然とした事実じゃ」
ここまで言われては、僕も再度大声を上げることは出来なかった。罪悪感が消え去ったわけではないが、今ここでそれを議論しても仕方がないと思ったのだ。何より、悲しみが強すぎて、これ以上大声を上げるのも疲れてしまった。正直なところ、今はもう誰とも話したくない。ただベッドに籠り、誰にも邪魔されずに泣き叫びたい。しかし先生の話は更に続く。
「ワシはのう、ハリー……恐ろしかったのじゃ。ヴォルデモートがお主と何かしらの繋がりがあるのは分かっておった。そのことで、奴がお主に目をつけるのが、ワシには恐ろしかったのじゃ。じゃからこそ、ワシはお主を特別扱いせず……それどころか、気にも留めておらん振りをせねばならんかったのじゃ。じゃが、そのせいでお主に随分辛い思いを抱え込ませてしもうた」
そこでようやくダンブルドアは言葉を止め、部屋は重い沈黙に満たされる。視線を上げれば、そこには僕同様項垂れる先生の姿があった。
そこには誰もが知る今世紀最高の魔法使いはおらず、ただ現実に打ちのめされる老人の姿があるだけだった。
その姿を見て、僕は改めて実感する。
あぁ、僕等は完全に敗けたのだ。それも最低最悪の形で。もう、シリウスが帰ってくることは永遠にない。
僕はそのどうしようもない事実を、ダンブルドアの姿を見て再び認識してしまったのだった。
ダンブルドア視点
ハリーが部屋を去り、校長室にはワシとフォークスのみが残される。
久方ぶりの校長室。アンブリッジは終ぞこの部屋には入れんかったらしく、部屋はワシが去った当時のままじゃ。じゃが、そんなことで一々感傷に浸れん程の悲しみを、今のワシは抱えておった。事情を聞き出した後ハリーを解放したのは、何もハリーの心情を慮ったからだけではない。寧ろハリーのことのみを考えるならば、ワシは即座に様々なことを彼に伝える必要がある。彼は直ぐにでも戦いに備えなければならん。
じゃがワシはそうせんかった。何故なら他でもない、ワシ自身にも考える時間が必要があったから……。
考えるのはまずシリウスのこと。ワシは彼が幼い頃から知っておる。ホグワーツに入学してからというもの、ワシは常に彼を導いてきたつもりじゃった。じゃが、実際にはつもりでしかなかった。ワシは実際のところ、彼に一体何を与えてやれたのじゃろうか。ホグワーツで長年彼を見ておりながら、彼を信じ切ってやれんかったことで、不当にも彼をアズカバンに長年追放する結果となった。そして解放されれば解放されたで、ワシは今度は彼の生家に収監した。ワシはただシリウスの人生を弄んだだけ。ワシは何一つ彼に与えてはおらん。
彼の人生を思えば、ワシは罪悪感で胸が締め付けられる思いじゃった。思い返すのはグリフィンドールの友人達と城を駆け回り、悪戯し、笑い合う光景。卒業してもワシのことを慕い、盲目的とも言える程ワシを信じてくれた眼差し。純粋。そう、純粋過ぎる程純粋と言える、実に真っすぐな人間じゃった。そんな彼をワシは貶め、悲劇としか言いようのない人生にしてしまった。悲しみ以上に罪悪感の方が強いくらいじゃ。
……じゃが悲しいことに、ワシはシリウスの死に責任を感じ、それに押しつぶされる程繊細かつ純粋な人間ではなかった。ワシ自身でも嫌悪感を禁じ得んことに、ワシの僅かに残る冷静な部分が、これまた冷徹な程に次なる問題点を考え続けるのじゃ。傲慢にして非道。当にワシに相応しい言葉じゃろぅ。
嫌悪感に苛まれながらも、ワシは頭のどこかで冷徹な判断をし続ける。
あの死喰い人は何者なのじゃろうか。それにあの戦いの時に感じた違和感は一体?
いや、今は優先順位が違う。あの死喰い人は後でいくらでも考えられる。『憂いの篩』を使えば、あの時の光景を
今考えるべきは、今後に最も直結すること。これを考えねば、ハリーに伝えるべき事実、そして逆に伝えてはならん事実を選別することも出来ぬ。
そう、今考えるべきは奪われてしまった予言についてのこと。
奪われてしまった予言は一つのみ。ハリーは予言を割ってしまった時、微かに内容を聞いたという。
『選ばれた子が生まれる七月の末……気をつけよ、帝王の敵よ。……味方にもなりえない。……破滅をもたらすことだろう』
戦闘中に聞いたため、ほとんど内容は聞き取れぬかったらしい。じゃが、それでもワシには十分な情報じゃった。これも不幸中の幸いと言えるじゃろう。二つの予言の内、相手はもう一つの残り半分を手に入れたに過ぎぬ。その上敵にはもう一つの存在自体は露見しておる。これで敵はまた予言を完全には知らぬ状態に戻り、未知の予言の存在に疑心暗鬼になることじゃろう。それだけで奴らをある程度牽制出来るというものじゃ。尤も、その僅かな隙に、ワシは新たな予言の意味を理解せねばならんわけじゃが。
「……ままならぬものじゃのぅ」
ワシは椅子に深く腰掛け、天井を何とはなしに見上げながら呟く。
悲しみと罪悪感で心の中は荒れ狂っておる。じゃがそんな荒波の中でも、やはりワシの傲慢極まる脳みそは、現状を冷徹に分析し続けておった。
あの予言の存在を知るのは世界に唯一ワシ一人。それは秘密を知る者が少なければ少ない程良いということもあったが、それ以上に予言を聞いたワシですら意味を理解しておらんことが理由じゃった。ワシのみが予言を聞き、それを神秘部に預けたのじゃ。ハリーの見た、
『闇の帝王とハリー・ポッターと【…】』
という予言の表記を聞いた時も、ワシは特に驚きも、また落胆もせんかった。予言を寄贈したワシですら何者を示した予言かは分からぬのに、プレートに正確な名前が書いておるはずがない。無論それで何かプラスに働くこともないわけじゃが。
「……選ばれた子が生まれる七月の末、闇の帝王はついに僕を完成させる。気をつけよ、帝王の敵よ。そして気をつけよ帝王よ。その子が司るのは破滅なり……か」
何度も『憂いの篩』で聞き直すうちに、ワシは自然にあの予言を諳んじれるようになっておる。じゃが一向に内実が見えてこぬ。何か一つだけ……そう、何か一つでも手掛かりがあれば、何かしらの突破口が開けるのじゃが。
ワシは現状出来ることのあまりの少なさを再認識し、溜息を吐くしかなかった。そして現状を再認識した後に考えるべきは、次回ハリーを呼び出した時、彼に何を伝えるべきかじゃ。
ハリーは新たな予言を微かとはいえ聞いてしまった。今はシリウスのことで頭が回っておらんが、当然彼は後々疑問を感じるじゃろう。じゃが今の彼に話したところで、余計な心配事を増やすだけじゃ。内容を聞かれても、今は知る必要はないと言うしかないじゃろう。その代わり、彼には奪われた予言の内容を告げ、今度こそヴォルデモートと戦う真の覚悟を持ってもらう。ヴォルデモートが予想以上に強大であり、新たな敵が現れた。いつまでもワシが無事でいられる保証はなく、最終的に奴を倒すのはハリーなのじゃ。彼にはそろそろ本格的に戦う準備をしてもらわねばならん。『ダンブルドア軍団』なる会合での戦闘訓練や、セブルスとの閉心術訓練ではない。彼には敵を……ヴォルデモートがいかなる者であり、奴の不死の秘密を知らせねばならんのじゃ。それこそが今後のハリーの戦いに必要不可欠な、真っ先にせねばならぬことじゃろう。そうでなければヴォルデモートとの戦いの前提条件にもならん。幸い閉心術は今後必要性は減るじゃろう。ヴォルデモートは今回こそハリーを誘導することに成功したものの、自身の考えが逆に読み取られる危険にも気が付いたはず。奴が再びハリーに幻覚を見せる可能性は低い。ならばこそ、今できることを早いうちにしておかねば。
これで方針は決まった。しかしそれと同時に再び罪悪感、そして自己嫌悪感に思考が満たされる。
本来であればもっと考えるべきことはあるのじゃろうが、一先ず現状の思案がまとまったことで、ようやくワシの冷徹な思考を止めることが出来たのじゃった。
ワシは緩慢な動作で『憂いの篩』に近づき、今回の全ての記憶を流し込む。後日魔法省での光景を俯瞰し、改めて敵の手掛かりを掴むために。
……記憶を入れ終え、再び棚に仕舞い込まれた篩には、
『は、放せ! 私は
仲間の死喰い人に引きずられながら、必死に黒い死喰い人に手を伸ばすルシウス・マルフォイの姿が映し出されていた。