ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ダリア視点
ホグワーツ最初の金曜日。
ニンニクのせいで木曜日にある『闇の魔術に対する防衛術』は、最も楽しみな授業から最も受けてたくない授業になってしまった。せめて授業内容だけはまともであってほしいと思っていたのだが、クィレル先生が前で話しているのをただ聞くだけの授業形態な上に、クィレル先生がひどくどもりながら講義をするので、何を言っているのかすら判然としないものとなっていた。
あれをこれから毎週受けないといけないのですね……
これからのことを思うと憂鬱な気分になりそうだが、授業である以上受けなければマルフォイ家に迷惑になってしまう。
図書館に行って、匂いを一時的に感じなくなる魔法でも探すしかない。
そう今日の予定を考えるのだが、その前に今日の授業を受けなければならない。
今日の午前の授業予定は魔法薬学だ。幸い、金曜日の授業は午前しかないので、これが終われば図書館に行くことができる。
授業は基本的に一つの寮しかその時間にその授業を受けないのだが、この魔法薬学は違う。二つの寮が同じ時間に同じ授業を受けることになる。薬草学以外の授業も時々他の寮と合同になるが、ずっと二つの寮が合同なのは魔法薬学のみだ。
そして、スリザリンはグリフィンドールと同じ時間帯だった。
この一週間でわかったことだが、スリザリンとグリフィンドールは非常に仲が悪い。
廊下で会えば罵り合い、大広間で会っても罵り合う。
そんな二つの寮を同じ空間に閉じ込めたらどうなるか。
答えが目の前に広がっている。
見事に席が二つに分かれている。左が緑、右が紅といった具合だ。
そしてお互い、いかにも『同じ空気も吸いたくない』と言わんばかりに息をこらえているのか、教室内は教授が未だ来てもいないというのに、非常に静かだった。
私は初対面で何故そんなに仲が悪くなれるのだろうかと考えながら、お兄様の横に座って教授が来るのを待つ。
数分経過しただろうか。そろそろ息をこらえるのが限界になったのか、生徒の顔が少し青くなりだしたころ、彼は現れた。
突然教室の扉が開き、育ちすぎた蝙蝠のような、セブルス・スネイプ教授が入ってくる。
黒く長いマントを靡かせて足早に歩き、生徒たちの前に来ると出席を取り出す。
私を含めて出席はよどみなく進んでいたのだが、突然
「ああ、左様。ハリー・ポッター。我らが新しいスターだね」
一瞬どこか弄ぶような空気を醸し出したが、再び出席を取りだす。
「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ」
そして出席を取り終わると、何か教授が語り始めた。
「このクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。そこで、それでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。フツフツと沸く大釜、ユラユラと立ち上る湯気、人の血管をはいめぐる液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。吾輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である―ただし、吾輩がこれまでに教えてきたウスノロたちより諸君がまだましであればの話だが」
どうやら余程魔法薬学がお好きらしい。私も闇魔法が大好きだからこそわかる。
『闇の魔術に対する防衛術』は肩透かし以前の問題だったが、どうやらこちらの授業は期待できそうだ。お父様のお友達とはいえ私の秘密が露見しないように、必要以上に親しくはできないが、先生に質問しにいくぐらいなら構わないだろう。
そう期待を膨らませていると、
「ポッター!」
突然の大声で、比較的近くの席にいたポッターが飛び上がっている。
「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」
それ、一年生の授業内容でしたっけ?
おそらくお兄様がかろうじて知っているか知っていないかの内容だろう。
まあ、私は知っているが。
視界の端に映るグレンジャーも知っているのか挙手をしている。
ポッターは分からないらしい。
「ポッター、もう一つ聞こう。ベゾアール石を見付けて来いと言われたらどこを探すかね?」
これはもうお兄様は知らないだろう。
まあ、私は知っているが。
視界の端に映るグレンジャーも知っているのか挙手をしている。
今回もポッターには分からないらしい。
「最後だポッター、モンクスフードとウルフスベーンの違いは何だね?」
「わかりません……。ハーマイオニーがわかっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう?」
これもお兄様は知らないだろう。
まあ、私は知っているが。
視界の端に映るグレンジャーも知っているのか挙手をしている。
ポッターには分からない。
「お兄様はわかりますか?」
隣でポッターを笑っているお兄様が押し黙る。
……もしかして一つ目も知らないのですか?
流石に一つ目は分かるものだと思っていたのですが。これは将来のためにも、みっちり勉強させねば……。
そう決意している私に気付いたのか、青ざめた表情で、
「ダリアは全部わかるんだろ?」
そう話題転換しようとしてくる。しかし、
「ええ、まず、」
「ほう? ミス・マルフォイ。全て解るのかね?」
私たちの会話が耳に入ってしまったらしい教授が質問してきたのだった。
どうあってもグレンジャーに聞くつもりはないのですね……。
まあ、聞いて答えられてしまったら、グリフィンドールに点数を与えなければならないかもしれない。スリザリン贔屓と噂のスネイプ教授としては防ぎたい事態だろう。
「はい。まず一つ目、アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを混ぜたら、それは『生ける屍の水薬』という強力な眠り薬となります。二つ目、べゾアール石は山羊の胃からとれる石です。最後に、モンクスフードとウルフスベーン、これらは同じものです」
「よろしい。全て正解だ。スリザリンに10点与えよう」
それを受け、スリザリンは嬉しそうにガッツポーズしている。代わりにグリフィンドールからは睨まれている。先程ずっと手を挙げていたグレンジャーもにらんでいるが、これはおそらく他のグリフィンドール生とは違った理由だろう。他のグリフィンドール生の目にあるのは敵意と侮蔑だったが、彼女の目にあるのは、嫉妬だけだった。
気持ちはわからないでもないが、相手を間違えないでほしい。
「ところで諸君、何故今のをノートに書き取らんのだ?」
今までにらみ合っていた生徒が一斉にノートに書き取りをはじめるのだが、
「ポッター、君の無礼な態度で、グリフィンドールは1点減点」
ポッターだけは再び絶望に叩き落されていた。
スネイプ教授は、生徒達におできを治す簡単な薬を調合させた。二人一組になるように指示されたので、当然私はお兄様と組む。
先ほどの質問が分からなかったとはいえ、流石はお兄様、この程度の薬には苦労されることはなさそうだ。
お兄様と二人で作業した結果、クラスで一番早く、そして一番正確なものが出来上がった。周りを見回してみても、まだ半分の工程も終わっていない上に、いくつかは何が出来上がるか分かったものではないものもある。
「ほう、マルフォイ兄妹が完璧に調合したようだな」
そう私たちをほめてくださる。この程度で褒められても困るのだが、まあ、褒められてうれしいのはうれしい。
内心うれしく思っていると、ふと視界の端に、とんでもない光景が見えた。
私たちの近くにいたグリフィンドールの丸顔の男の子が、山嵐の針を大鍋を火から降ろさないうちに投入しようとしている。
あれをやると、鍋が割れてしまい、中身が周りにこぼれてしまうのだ。
私はそれを視界にとらえた瞬間、お兄様を守るべく、保護呪文を私の前に展開し、私とお兄様を魔法で覆う。
そして次の瞬間、丸顔の鍋が割れ、中身があたりにまき散らされた。
皆悲鳴をあげ、椅子の上に避難することで被害は最小限にとどまった。
だが丸顔は大鍋の中身をモロに被ってしまったようで、全身に真っ赤なおできを噴き出している。
「バカ者!」
教授が怒鳴り、魔法の杖をひと振りすることでこぼれた薬を取り除いた。
「おおかた、大鍋を火から降ろさないうちに、山嵐の針を入れたんだな?」
そんな風に説教をしている教授をしり目に、私はお兄様の安否を急いで確認していた。
「お兄様、お怪我はありませんか?」
「ああ、ダリアのおかげで大丈夫だ。しかし、あのロングボトムの馬鹿は、教科書すらまともに読めないのか?」
どうやらあの丸顔の男の子はロングボトムというらしい。
お兄様と話している間に説教は佳境になったのか、
「この馬鹿を医務室に連れていけ」
教授はロングボトムとペアをしていた生徒に言い放つと、ロングボトムの隣で作業をしていたポッターとウィーズリーに怒りの矛先を向け始めた。
「ポッター、針を入れてはいけないと何故言わなかった? 彼が間違えば自分の方がよく見えると考えたな? 先ほどの無礼な態度と合わせてグリフィンドールは2点減点だ。」
彼の受難はまだまだ続きそうだった。
セブルス視点
忌々しい子供だ。やはり思った通り、ジェームズ・ポッターに似ている。奴の父親に似た雰囲気が吾輩をいらだたせる。
そんな苛立ちを抑えようと、一つの薬を眺める。
それはマルフォイ兄妹が提出したものだった。
確かにこの薬は難易度としては、下の下。一年生が初めて作るのにふさわしいものだ。
だが簡単だからと言って、ここまで完璧に作るのは難しいだろう。色、粘り、そして効果。どれをとっても完璧だ。おそらく相当な腕前を持っているのだろう。
兄の方はそこまでには見えなかったので、妹の方だとは思われるが。
他の教員から聞いている彼女の優秀さを思い出しながら、そう考える。
やはりあのルシウスが我が子とはいえ、手放しにほめちぎるだけのことはある。
ポッターを筆頭に今年もウスノロばかりだろうが、彼女だけは吾輩を感心させてくれるだろうなと思いながら、その薬を眺めるのだった。