ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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かつての教え子(中編)

 

 ダンブルドア視点

 

ハリーがいなくなり、ワシは一人残された校長室で()()の到着を待つ。

……正直、ワシは今緊張しておる。相手はただ一介の生徒。ただそれだけのことで、ワシは何故このような緊張を感じておるのじゃろうか。

答えは決まっておる。彼女はただの一介の生徒ではないからじゃ。彼女が入学した時よりずっと、ワシは彼女のことを警戒し続けておった。

今でも彼女が入学した時のことは鮮明に覚えておる。

当時大広間におった全員が、彼女のことを食い入るように見つめておった。

まるで目を離してしまうことに恐怖を覚えたように。まるで目を離したすきに、何かよからぬことが起きるのでは、と思っておるように。

視線を集める少女はひたすらに美しく、そしてなにより冷たかった。白銀の髪、そしてその髪にあわせたような真っ白な肌。じゃがその美しい顔は、恐ろしいまでに無表情。少女が浮かべるような表情でない。じゃが、それこそが彼女にとって自然なものであるようにワシには思えた。

 

思えばワシは最初から彼女のことを……まるで人間ではない()()のように感じておった。彼女の()()()()()を知り得るより先に。

 

誰も寄せ付けず、ただ無表情で周囲を観察する()()。長年教員をしておったが、あのような生徒は二人目じゃ。笑顔で周囲を魅了しながらも、その実常に周囲を警戒し、そして何より軽蔑していたトム。彼も周囲の人間を決して同じ人間とは思っておらん様子じゃった。周囲への表面上の態度こそ真逆な二人じゃが、彼女に抱いた印象に最も近いのはおそらく彼だけじゃろぅ。じゃからこそワシはトム同様、彼女に明るい将来を予見することが出来んかった。トムがヴォルデモートになった様に、ダリアもいつか必ず……。

無論彼女のことを見捨てたつもりはない。見捨ててよいはずがない。ワシはホグワーツの教師。どんなに将来に希望を持てずとも、ワシには彼女を導く義務がある。()()()()()()、ワシはトムを警戒した様に、彼女を常に警戒し続けておったのじゃ。彼女が決して悪を為さぬように。トムの時は失敗した。彼の凶行をワシは止めることが出来んかった。だからこそワシは同じ失敗を繰り返さぬように努めた。トムと同じく、学生でありながら他者を傷つけぬように。たとえ彼女が既に闇の陣営に属し、トムの右腕と成り果てようとも……。彼女がホグワーツ生である限り、ワシは彼女を見捨ててはならぬ。

 

……じゃが、ここに至ってワシは彼女のことが分からぬようになっておった。

ワシが今まで知り得ておった……いや、常に念頭に置いておった彼女の情報は、彼女が見せる攻撃性を裏付けるものばかりじゃった。マルフォイ家の長女。純血貴族の間で囁かれる噂。闇の魔術のかかった手袋。彼女の情報を知った者は、誰であろうと彼女に多少なりとも警戒感を抱いたはずじゃ。トムという前例により、ワシが必要以上に彼女に警戒感を持っていた。それも否定しきれん事実じゃろぅ。少なくともセブルスはそう考えておる。じゃが、そうであったとしても、嘗て闇の勢力と対峙した者であれば、誰もが彼女に警戒感を抱くには十分すぎる存在じゃったのじゃ。

それがどういうことじゃろぅ。彼女は『吸血鬼(人間ではない存在)』やもしれん。その可能性を感じた瞬間、彼女への認識の大前提にほころびが生じてしまった。警戒せねばならぬのは間違いない。が、同時に単純な敵とも言い切れぬ何かがあるように思えたのじゃ。

純血貴族の間に生まれた子が純血思想に染まり、闇の勢力として他者を脅かすようになる。極論を言ってしまえば、彼女も概ね同様の事例じゃと思っておった。じゃが、彼女が純血ではないとすれば、いかなる背景が彼女にあるのか何一つ分かっておらんことになる。

決定的な証拠こそ掴めておらぬが、魔法省で戦った存在は彼女で間違いない。ルシウス・マルフォイの言動からそうとしか考えられん。じゃが同時に、あの時戦った存在が彼女だとすれば、彼女が吸血鬼であることもほぼ間違いない事実じゃ。

一体何故マルフォイ家の長女に、吸血鬼の血が混じっておるのか。何故純血思想と亜人と言う、本来なら交じり合うはずのない存在が一つ屋根の下に同居しておるのか。マルフォイ家の彼女への溺愛だけは嘘偽りない。じゃが彼女が吸血鬼である場合、どのような事情と思考の下で、彼女はマルフォイ家に受け入れられたのか。

 

答えは出ない。出るはずがない。何せワシは彼女を警戒するばかりで、彼女を常に()()()()()()()でいたのじゃから。

 

彼女はヴォルデモートの配下。それも学生でありながら、奴の右腕と呼ばれる程の。おそらくワシとある程度互角に戦うことが可能であり、そもそも純粋な人間ですらない。今までも警戒しておったが、今後も警戒せぬ方がどうかしておる。程度はともかく、完全な野放しにするわけにもいかぬ。

じゃが、ワシは今年こそは……いや、今年だけは勇気を持って、真に彼女に向き合わねばならぬ。その事実をワシは受け入れざるを得んかった。

そう、

 

「こんばんは、ダリア。就寝前に呼び出して申し訳ないのぅ」

 

「……」

 

たとえ今しがた音もたてずに校長室に入ってきた少女……ダリア・マルフォイが、どれ程殺気に満ちた瞳でワシを見つめておろうとも。

その姿は相変わらず普通の生徒とは言い難く、やはり美しくも危険な存在にしか……()()()()ワシには見えんかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

私にとって目の前の老害……アルバス・ダンブルドアとは、いつだって私の邪魔をする人間でしかなかった。

私の家族や友人との団欒を邪魔し、私の目立たぬ学校生活の邪魔をする。常に私に注目し、警戒感を抱き続けている。秘密を抱える私にはあまりにも危険すぎる相手だった。

無論彼に悪意が無いことは分かっている。彼は『今世紀最も偉大な魔法使い』、常に正義の側に立つ人間として世間では持て囃されている。そしてその評価は全く以って正しい。

彼がいたからこそ、ゲラート・グリンデルバルドを打倒すことが出来た。彼がいるからこそ、魔法界は『闇の帝王』の支配を辛うじて免れている。彼こそ現在の魔法界における正義の代名詞。その評価に異論をはさむ余地など無い。

翻ってマルフォイ家は純血貴族であり、嘗て『闇の帝王』に付き従った存在だ。『闇の帝王』が隠れ潜んでいた間も、決して純血思想だけは捨てることはなかった。それもダフネのような穏当な純血主義ではなく、過激で排他的な純血主義。私にとっては愛すべき家族でしかないが、『闇の帝王』と敵対していた人間達が警戒しないはずがない。マルフォイ家を警戒し、同時にそのマルフォイ家の一員である私をも警戒する。私は純血を重んじているわけではないが、愛する家族を否定することは決してない。ならばこそ、彼等が私を警戒するのは実に正しい行為ですらあるだろう。特に私は普段から闇の魔術がかかった手袋をしている。この手袋は私にとって必要不可欠な道具であると学校側には報告している上、事実として私にとっては必需品だ。だが、そんな物を入手できた背景を加味すれば、私は彼等にとって危険な存在であることに変わりない。

ダンブルドアが私を警戒するのは全く以って正しい行為。それは分かっている。彼は既に私が闇の勢力に組みしていることも知っているはず。それこそ私が魔法省で戦った相手であるとも。スネイプ先生が二重スパイであれば、必ず私の情報も伝わっている。決定的な証拠を残してないが故に退学になっていないだけ。言うなれば彼の善性に私が都合よく甘えている。決定的な証拠が無ければ、彼はいくら危険な生徒とはいえ、決して退学などという生徒を見捨てる行為をしないだろう、と。無論彼にも打算的な思考はあるだろう。私を退学にすれば、それは私を野に放つことと同義。ならばいっそのこと学校の中に閉じ込めておいた方が幾分かマシ。そんな打算もあるだろうが、いずれにしろ彼の判断が正しいことに変わりはない。

 

だが闇の世界で生きるしかない私にとって、そんなことは何の救いにもならない。ダンブルドアは正しいが故に、私にとって邪魔でしかないのだ。

 

それに何より『闇の帝王』が復活した以上、もはや老害に勝ち目はない。死からすら復活するような存在に誰が勝てると言うのか。それは目の前の老害も例外ではない。彼は永遠には生きられないが、『闇の帝王』は永遠に生きられる。そして何より『闇の帝王』に対抗する勢力があまりにも貧弱すぎる。魔法省はようやく『闇の帝王』と戦う姿勢を示したが、実際のところ魔法省内部で闇の勢力と対抗できる者は限られている。何より裏切り者が多すぎる。魔法省が闇の勢力に有効的な対策を執ることは出来ない。

ならば私は……マルフォイ家はどうするべきか。選択肢は一つだ。正義か悪かなど関係ない。私にとって、マルフォイ家の安寧こそ至上命題。私に『闇の帝王』に従う以外の選択肢など最初からありはしない。

私の使命……マルフォイ家の安寧を守るために、この老人は邪魔でしかない。私は必ずこの老人を殺さなくてはならない。全てはマルフォイ家を守るために。

 

「こんばんは、ダリア。就寝前に呼び出して申し訳ないのぅ」

 

「……」

 

しかしそうは言っても、この老害を殺すことは容易ではない。今もこうして静かに校長室に入り込んでも、奴は眉一つ動かさずこちらに声をかけてくる。

片腕は相変わらず黒く染まり、僅かにも動く気配がない。であるのに、何故か隙が全く見当たらない。私が唐突に攻撃を仕掛けたとしても、老害が涼しい顔をして対処する未来しか見えない。それだけ私と老害の間には隔絶した実力差がある様に思えた。魔法省でこそ何とか逃げ切れたが、決して勝つことは出来ないだろう。お兄様の計画こそ徹底的に邪魔するつもりだが、私の方が成功する見込みも限りなくゼロに近い。だが事は出来るか出来ないかの話ではない。私がやるしかない以上、私は我慢強く機会を窺うしかない。

隙は無くとも、機会だけはこの先もあるはずだ。何せ、

 

「ダリアよ、そう厳しい目で老人を見んでくれ。手紙にも書いた通り、ワシは今年……時折こうしてお主と話したいと思うておる」

 

手紙にこいつが書いた通りであるのなら、こいつが私とここで会うのは今夜が最後ではないのだから。

 

「思えばお主と実際に話したことは数える程しかない。何度もお主に無理な頼みをしたというのにじゃ。この学校で最も優秀なそなたに申し訳なく思っておる。そして何より……ワシはお主を理解したいと思うておるのじゃ。ワシ等の間には大きな誤解があるように思う。……実に今更の事じゃがな」

 

老害が何か話しているが、こいつが本当のことを言っているはずがない。現にこんなことを言っていても、こいつは今年の始め生徒に私を警戒するよう誘導した。その他に対策をとっているようには今のところ見えないが、私からすれば迷惑以外の何物でもない。それに何より、こいつの私に向ける瞳は今までと何も変わっていない。

私をどこまでも警戒し、私の秘密を暴こうとする者の目だ。

 

「そうですか……。校長がそのように仰って下さって、私も嬉しい限りです。……私も貴方と今後()()()()お会いしたいですから」

 

だからこそ、私の方も殺意を隠さず応える。スネイプ先生の反応から、こいつが私の目的が露見していることは分かっている。今更隠しても仕方がない。それを知った上で、老害は私をこの部屋に招いているのだ。ならば隠すだけ無駄な労力と言うものだ。

私は敵意を隠すことなく、ただジッと奴の隙を窺いながら言葉を続けた。

 

「それで校長。手紙には私に何か見せたいものがあるとか。……以前にこの部屋で大変()()な鏡を見せて下さったことがありましたが、今回もあの鏡ですか? 確か心の奥底にある望みを写すとか。……私は幸せ者ですので、ただの鏡でしかありませんでした。また見せられても、答えは全く同じだと思いますよ」

 

「……いや、あの鏡ではない。あの鏡は既に別の場所に移してしもうた。またお主に鏡を見てもろうても、おそらく答えは同じじゃろうからのぅ。今回見てもらいたいものは別の物じゃ」

 

ただの会話のとっかかりを掴む話題でしかなかったが、正直なところ老害の答えに内心安堵していた。またあんな光景を見せられるなど堪ったものではない。特に私が()()()()に闇の帝王に仕えるよう作られた、ただの殺人のための怪物であると分かった今は。

しかし内心安堵したところで油断するわけにはいかない。

 

「じゃがお主に見てもらう前に……いくつか質問したいことがあるのじゃよ。例えば……そう、最近世間を騒がせた魔法省での出来事のことじゃ」

 

「はぁ、魔法省での? 先生もご存じの通り、私は一学生に過ぎません。知っていることは新聞に載っている程度のものと思いますが?」

 

自分でも白々しい受け答えとは思うが、奴も答えが欲しいわけではないのだろう。奴は私のことを誤解していた、理解したいと話していたが、当然それが全てのはずがない。寧ろ私はその言葉はただの建前だとすら思っている。スネイプ先生は違った見解を語っておられたが、今までのことを考えればそんなはずがないのだ。よしんば先生の見解が間違っていなかったとしても、老害の考えがそれだけのはずがない。

 

「その通りじゃ。じゃが……ワシとてこのようなことは言いとうないが、お主はマルフォイ家の子じゃ。勘違いせんでほしい。ワシは親の罪が子にもあると言いたいわけではない。じゃが、少なくも他の子より多少なりとも事情を知っておると思うのじゃ。特にお主の父、ルシウス・マルフォイはあの魔法省での現場におった。そして誠に残念なことに、現在魔法省から指名手配を受けておる。娘のお主にこんなことを言うのは酷な事じゃが、お主の父はこれからも罪を重ねる可能性があるのじゃ。じゃから……何でも良い、お主の知っておることを話して欲しいのじゃよ。……特にあの場には、他にも強力な闇の魔法使いがおった。ワシから逃げおおせる程の実力を持ったのぅ」

 

老害はそこで言葉を切り、やはり探るような視線を投げかけながら続けた。

 

「あのような力を持った闇の魔法使いは、以前の戦いにはおらんかった。ワシが言うのもなんじゃが、ワシは誰にも負けぬほどの力を持っておる。それこそヴォルデモートよりもじゃ。じゃからこそ、このホグワーツは安全じゃと皆信じておる上、それはワシも同意するところじゃ。じゃが、あの魔法使いはワシと正面から戦いながらも、ワシから逃げおおせることに成功したのじゃ。これはハッキリ言って異常事態じゃ。あのような闇の魔法使いが敵陣営に属しておるのならば、今後どれ程の犠牲が出るか分からぬ。ヴォルデモートの勢力が力を増し、今まで以上に罪のない者が犠牲になることじゃろぅ。奴に逆らう者だけではない。それこそホグワーツに通う生徒達の親、時には生徒自身が害されるやもしれぬ。ワシは僅かな手掛かりでも欲しいのじゃ。……ダリアよ、何でも良い。お主が知っておることを話して欲しい。大勢の善良な魔法使いのために。そして何より、君の父君や……その闇の魔法使いのためにも。父君はあの場で、随分と奴のことを気にかけておったようじゃからのぅ」

 

ぬけぬけとよく言う。それ以外に浮かぶ言葉はなかった。白々しいにも程がある。牽制のつもりなのか。あるいは私に良心の呵責でも感じさせるつもりなのか。私は感情のまま杖を振るいそうになるのを我慢し、ただ淡々とした声音で応える。

 

「……私が知るはずが無いでしょう。お父様は確かに『死喰い人』として指名手配されております。ですが私はこの休み中、お父様と顔を合わせておりません。私はお父様が闇の帝王の下で何をしておられるのか知らないのです。それはお兄様も同様。……闇の帝王が()()()()()()()()()()()()()、私達の様な学生を戦力に数えるはずがありません。それとも……先生は私が闇の帝王に組みし、既に悪事を働いていると仰るのでしょうか? 『秘密の部屋』が開かれた際、随分私に注目されているように感じましたが……まさかあの時と同じことを仰るつもりですか? 私の記憶違いでなければ、あの時『秘密の部屋』を開いたのは、憐れなウィーズリー家の娘であったはずですが?」

 

はっきりとした拒絶の言葉に、老害は数秒黙って私のことを見つめていた。この沈黙こそ、私と老害の間柄を示す全てだろう。もはや私達はどんなに言葉を重ねたところで、ただ意味のない言葉の応酬に終始する他ない。本当にお互いを理解したいのであれば、いっそ黙っていた方がマシと言える。彼は私を警戒し、私は皮肉を交えながら応酬する。不毛以外に表す言葉がない。

ダンブルドアはともかく、スネイプ先生が期待していたことは無意味なものなのだ。老害と私の立場はどうしても断絶しており、お互い警戒しない方がどうかしている。結果為されるのはこんな不毛なやりとりというわけだ。今までがそうなのだから、これからも何も変わらない。

だがこれ以上険悪な会話を続け、老害との会談をこの一度切りにするわけにもいかないのも事実。私はこいつを殺さなくてはならないのだ。機会はあればある程いい。

私は押し黙る老害に、少し譲歩した言葉を続けようとする。

しかし、

 

「……そうじゃのぅ。いや、ワシが愚かじゃった。お主はただの学生に過ぎぬ。父親のことを持ち出した段階で、配慮が足りんかったのはワシの方じゃ。たとえお主がどんな情報を持っておったとしても、ワシが失礼極まりないことを言ったのは確かじゃ。どうか、ダリア。今のワシの愚かな言葉を許してほしい。お主が不快に思うのも当然の事じゃ」

 

意外なことに、先に折れたのは老害の方だった。老害は今まで私に向けていた警戒心溢れる視線を和らげ、どこか苦し気な……後悔に苛まれた表情を浮かべながら続けた。

 

「ワシはのう、ダリアよ。始めに言うた通りじゃ。本当はこんなことをお主と話すつもりではなかったのじゃ。ワシは今まで何と失礼な態度をお主に取り続けておったか……それを反省せねばならん。今回もワシは同様な態度をとってしまった。それは()()()本意ではないのじゃ。お主は嘘と思うやもしれんが、今度こそお主のことを理解したいと思うておる。今までワシは、お主に失礼なことばかり話しておったか。先程のこともそうじゃ。ワシは些かお主に配慮が足りておらんかった。この通りじゃ、ダリア。愚かな老人を許してはくれぬか」

 

謝罪と共に軽く頭を下げる老害が一体何を考えているか分からない。そもそもこいつが私に謝罪をする必要はない。事実私は老害の言及する闇の魔法使いであるし、その事実に老害が確信を持っていることも知っている。そのような認識を私が持っていることすらも、老害は承知の上だろう。無意味な牽制に苛立ちもするが、お互いの立場を考えれば当然のことだろう。しかし、老害の言葉は続く。

 

「じゃが、お主と話をしようとも、気が付けば先程同様ワシは配慮の足りぬ言葉を吐くような気がするのじゃ。お主もワシと何を話せばよいか分からぬじゃろうしのぅ。幸いお主もワシとの対話自体は賛成のようじゃし、ここは一つ新しい試みを為そうと思うのじゃ。聞けばマグルの世界では、映画なる物を見る文化があるとの話じゃ。マグルの写真は動かぬが、この映画なるものは中の人物が動くのじゃとか。内容は千差万別じゃが、おそらくは劇の様なものじゃろぅ。劇を共に鑑賞し、共通の話題を作る。そのようなものじゃ。手段は違えども、マグルと魔法使いでは行っておることはそう変わらぬのぅ」

 

そして奴は杖を振るうと、私の背後の棚からゆっくりと()()のような物がせり出す。

縁にぐるりと不思議な彫り物が施してあるが、それ以外は特に何の変哲もない水盆。しかしその中に満たされている水は銀色をしており普通の水ではない。明るい白っぽい銀色の物質は絶え間なく動いている。

 

「これは……『憂いの篩』ですか?」

 

他者、あるいは自身の記憶を取り出し、それを()()()()()眺めるもの。老害が取り出したものは、そのような魔道具だった。

 

「さよう。流石はダリアじゃ。『憂いの篩』を知っておるとは」

 

想定もしていなかった物に再び警戒感を強める私に、老害はやはり努めて穏やかな表情を崩さずに応える。

 

「お主ならもう気付いたじゃろう。お主に……いや、ワシと共に見てもらいたいのは、かつての記憶。それもワシの記憶なのじゃ。劇と言うには退屈な内容の上……何よりこの物語に救いはない。実につまらぬ記憶に映るやもしれぬ。じゃが、お主にどうか見てもらいたいのじゃ。ワシが出会った……とある()()の物語を」

 

そして奴はそこで一度言葉を切り、心から申し訳なさそうな表情を浮かべながら続けた。

 

「彼の名は()()()()()()。彼も嘗てはこの学校で学んだ生徒じゃった。その男の子は今では違った名で呼ばれておる。そして大変申し訳ないのじゃが……ワシはこれからまたもお主に失礼なことを話そうと思う。じゃが本音で話さぬ方が敏いお主には酷な事じゃろぅ。ワシはお主がこの話をされ、どのように感じるか理解しておるつもりじゃ。じゃが、ワシの方から胸襟を開かねば、お主も何も話したくはないじゃろぅ。率直に言えば、以前お主に話したことがある通りじゃ。お主にあの()を見せた時じゃよ。昔、ある生徒がおった。誰よりも優秀な生徒で、皆から慕われていた。じゃが彼は、間違った道に進んでしもうた。……誰も彼の残虐さに気付かず、結果恐ろしい災厄をおこしてしもうたのじゃ。そしてワシが嘗て言うたように……彼はお主と非常に似通ったところがある。境遇などではなく、どこか彼の醸し出しておった空気が、お主のそれと実に似通っておるのじゃ。それがダリア……お主をワシが()()しておる理由じゃ」

 

今までの建前を全て取り払った言葉に、私は『憂いの篩』が取り出された時以上に驚きを隠せなかった。奴は私への警戒心を気付かれていると知りながら、それでも依然表面上は普通の生徒に対するように接していた。その態度と言動の違いに苛立ちを感じていたのだが、こうも突然率直な言葉を言われるとは。無論こちらの方が分かりやすくていい。実に分かりやすい。

しかしこうも突然こんなことを言われれば、私はただ困惑するしかない。無言で見返す私に、奴は更に続けるのだった。

 

「じゃが、お主が彼の様になるとは思いとうない。じゃからこそ、ワシはお主と共に見て欲しいのじゃ。彼のことを。彼が何者で、何を思い、何を為してきたのか。そして教えて欲しい。それを見て、お主が何を感じるのかを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンブルドア視点

 

今年だけは勇気を持って、真に彼女に向き合わねばならぬ。

 

その決意が早くも挫けそうになっておった。

 

真の彼女と向き合う。それは言い換えれば、彼女の善性を探し出す。そういう類のものじゃ。

実のところ、その善性が垣間見える兆候はいくつかあった。ワシが常に念頭に置いておった彼女の情報は、彼女が見せる攻撃性を裏付けるものばかりじゃった。が、振り返れば兆候自体はいくつかあったのじゃ。

ハリーの親友であるハーマイオニー・グレンジャー。彼女はいたくダリアに信頼を寄せておる様子じゃった。彼女が何故ダリアをあれ程信頼するかは不明じゃが、ワシに見えておらん一面がダリアにある証拠じゃろぅ。ミス・グレンジャーはまだ未熟な面もあるが、時にワシより物事の本質を捉え、ハリーを正しく導いてくれる聡明な少女じゃ。彼女が完全に間違っておるとは思えん。彼女はきっと、ワシが見つけられんかった彼女の何かしらの善性を見出すことに成功したのじゃ。

そしてリーマス。彼もまた、ワシの知らぬダリアの一面を知っておる。思えば彼は教師として、セブルスを除けば最もダリアに関わった人間やもしれぬ。何せ彼女に『守護霊の呪文』を個人指導する機会があったのじゃ。彼女の為人を知る時間はあったじゃろぅし、実際彼がダリアを擁護する場面は多かった。今までワシは彼の言葉を聞きこそしておったが……彼女の危険性ばかりに目を向け、彼の話を真に聞き入れてはおらんかった。じゃが、今こそ彼の言葉を思い返す必要がある。

 

『私は信じられないのです。あの子は本当に……あちら側の人間なのでしょうか。私はどうしてもそう思えないのです。あの子は嫌々あちら側にいる。あの子の気質を考えると、私にはそう思えて仕方が無いのです』

 

皮肉なことに、ワシが思い返せば思い返す程、彼女の善性を窺わせる話はいくつも出てくる。それらを全てワシは黙殺……いや、言い訳をするならば、それ以上の警戒心ばかりを持って、彼女のことを見つめておった。

彼女とただいつものように売り言葉に買い言葉をお互いに投げつけ始めた時……ワシはようやく彼女に対する己の感覚が如何に間違っておるかに気が付いた。

彼女がどのような背景、考えを持っておったとしても、この学校におる限りは一生徒に過ぎぬ。じゃからこそ、ワシは彼女のことを警戒しながらも、教師として彼女を正しく導かねばならぬと思っておった。そう思っておったはずなのじゃ。

じゃが、ワシの思考と感情は必ずしも一致したものではなかった。導かねばと思いながらも、やはり警戒心ばかり先行してしまう。その結果、彼女を呼び出したのはワシ自身じゃと言うのに、ただ彼女を尋問するような態度をとってしまった。これは間違いなくワシの落ち度。それをまず認めねばならぬ。そうせねば、ワシは真に彼女に向き合うことすら出来ぬ。

 

そう考えながら、当初の予定通り彼女と共に『憂いの篩』に入ったわけじゃが……やはりワシには、どうしても彼女をトムと同類にしか見ることが出来んかった。

 

「ここは……孤児院ですか」

 

「左様。この場所こそが彼と……トム・リドルとワシが初めて出会った場所じゃ」

 

記憶の中、ワシ等は高い鉄柵に囲まれた陰気な建物の前に立っておった。

ワシは隣に立つダリアの表情を盗み見る。まさか『憂いの篩』をワシが持ち出すとは予想しておらんかったのじゃろぅ。警戒より困惑の方が勝ったのか、想定外にすんなり記憶の中に入ってくれた。じゃが、孤児院を見つめるダリアの表情は相変わらず冷たく、何もかもを無価値なモノとして捉えているようにしか見えぬ。顔立ちどころか性別すら違っておるのに、ワシにはダリアとトムが被って見えておった。

この記憶を見せたところで、ワシは本当に彼女のことを理解……いや、善性を見つけることができるのじゃろうか。

この記憶を見せるのは、正直リスクがあるのは間違いない。この記憶はハリーに見せる予定の物。それも次の授業で。ハリーにトムと言う人間を理解してもらうために用意したものじゃ。無論ハリーへの授業の目的は、トムの為人を理解するだけではない。奴の不死の秘密を探り、奴を永遠に葬るためのものじゃ。じゃからこそ、ハリーにはトムの出生に纏わる記憶も見せた。トムの秘密の在処を探すには必要な事じゃから。

そしてダリアにこの記憶を見せる目的は、当然ハリーに対してと同じものではない。ワシとハリーがトムの秘密を探っていると露見するわけにはいかぬ。もし露見するようなことがあれば、ワシ等はヴォルデモートに勝つことが出来ぬやもしれぬ。じゃからワシは彼女に見せる記憶は、あくまでワシ自身がトムに関わった記憶に限らねばならぬ。そうでなくては、何故トムの過去を他人の記憶を掘り出してまで探っているのかと疑問を持たれかねぬ。ワシの記憶を見せるだけでも、敏いダリアに露見する可能性があるのじゃ。そのリスクは最小限に留めねばならぬ。

じゃが、そのリスクを負ってでも、この方法しかダリアの為人に近づく方法がない……いや、ワシにはこれしか思いつかなかったのも確かじゃ。それ程までに、ワシとダリアの間にはどうしようもない程壁があった。何一つ共通の話題もなく、ただお互いを警戒し合うのみの関係しか構築出来ておらんかったのじゃ。

じゃが危険性はあるとはいえ、少しでも彼女の人間性を見る足掛かりになり……かつ、トムと彼女の関係に楔を打ち込める機会でもある。

彼の生い立ちを見て、ダリアが彼に幻滅するか、あるいは崇拝の念を濃くするかは分からぬ。じゃが彼女が知らなかったトムの一面を知る機会にはなるじゃろう。『死喰い人』の多くは奴の過去をそれ程多く知らぬ。何故ならば奴自身が自身の過去をあまり語らぬからじゃ。半分マグルの血が入っておるなど、奴が明言するはずがない。そして人間性。甘いマスクで覆い隠されておっても、ワシの記憶ではそのマスクの裏側が垣間見える瞬間は何度もあった。完璧な人間とは程遠い。寧ろワシから見て、彼は見下げ果てた人間性じゃった。誰かを傷つけることを厭わず、常に誰かを軽蔑し、その実臆病な自分自身を隠しておった。今のヴォルデモートである彼自身に魅力を感じておるのであればそれまでじゃが、彼の幼い頃を知れば何かしらの反応を得られよう。

 

……じゃが、隣に立つダリアの無表情から、ワシは何かを得ることが出来るのじゃろうか。彼女が正しく自身の感想を教えてくれるとも思えぬ。隣に立つ彼女を見れば見る程、ワシはこの試みが徒労に終わる気がしてならんかった。

無論一度始めてしまった以上、もはや後戻りすることは出来ぬ。ワシは溜息を溢しそうになる自身を叱咤し、何食わぬ顔で振り返りながら続けた。

 

「ワシが登場したようじゃのぅ。では、ダリア。一緒に行くとするか」

 

振り返った先には、濃紫の背広を着たワシがこちらに向かって歩いておった。今のワシよりずっと若い姿。今のワシよりずっと力強い。

この頃のワシであればヴォルデモートを倒せたのじゃろうか。ハリーに運命を押し付けるのではなく、自分自身の力で世界を守ることが出来たのじゃろうか。

昔の自分自身を見ることで、今の自身がより一層不甲斐なく感じた。

ワシはダリアを促しながら、自分自身を追い孤児院の中に入る。やはり意外にも無言でワシに続くダリアの前に、痩せた老女が新しく登場した。

 

『どちら様ですか? ここは見ての通り孤児院です。関係のない方は、』

 

『いえ、関係のない者ではございません。先日手紙を送らせていただきましたアルバス・ダンブルドアというものです。是非件の子の入学に際し面会をお願いしましたところ、本日ここにお招きいただいた次第です』

 

『あ、あぁ、そうでしたか……。え、えぇ、ではこちらに。まずは事務室でお話ししましょう』

 

嘗てのワシが小さな部屋に案内されるのを横目に、ワシはダリアに話しかける。

 

「この方はミセス・コール。この孤児院の院長じゃ。この時は随分警戒されておってのぅ。それも当然のことじゃろぅ。突然ワシの様な格好をした人間が訪ねてくれば、マグルの方であれば当然警戒を……どうしたのじゃ、ダリア?」

 

しかし当のダリアはワシの話を聞いておるのか怪しい様子じゃった。校長室に入った時のように、ワシの隙をひたすら狙っておるわけではない。どこか困惑した様に辺りを見回し、院長のことも不思議そうに見ておる。

まるでこの場所や彼女を、()()()()()()()()()()()()()()かのような仕草で。

じゃがワシの視線に気が付いたのか、即座にいつもの冷たい態度に戻りながら応えた。

 

「……いいえ、校長。何でもありません。おそらく気のせいです」

 

「そうか……何か気になることがあれば何でも話しておくれ」

 

違和感のある態度であったが、ここは記憶の序盤でしかない。ワシ等は再び黙って、嘗てのワシと院長の会話に耳を傾けた。

 

『さて。ではミスター・ダンブルドア。先日の手紙と言いますと……何やらトムをどこかの学校に入学させたいとか。それはどのような学校ですか? 確かホグ……ホグワール?」

 

『ホグワーツです、院長。トムには我々が求める能力が備わっている。そのためこうして私が迎えに来たわけです』

 

『能力? あの子は一度も試験を受けたことはありません。どのようにその能力を確かめたのですか?』

 

『試験ではありません。彼は生まれた時からその能力を認められ、我々の学校に入学するよう記されているのです』

 

『……意味が分かりません。誰かが登録したということですか? 彼のご両親が? それはあり得ない。正直なところ、私は貴方を詐欺師ではないかと疑っております。トムの両親は何せ、』

 

今振り返っても鋭い女性じゃった。お世辞にもこの孤児院の環境は良いものではなかった。院長を含め、子供の教育にどれ程真剣じゃったかも分からぬ。じゃが完全な無関心というわけでもなかったのじゃろう。ワシの様な怪しい人間を警戒するだけの、子供達への関心は持っておったのじゃ。

じゃが詳しい話をマグルの方にするわけにもいかず、当時のワシは些か強硬な策に出る。背広から杖を取り出し、さっと院長に振る。するとミセス・コールの目がボンヤリし、虚ろな瞳で嘗てのワシを見つめ返しながら続けた。

 

『あー、それでどこまで話しました? 入学で……その前にトムにお会いになりたいとのことでしたか?』

 

ふと視線を感じ振り返ると、ダリアがどこか非難がましい視線でワシを見ておるのに気が付いた。いつもの無表情じゃが、それ以上に冷たい視線を向けておるような気がした。

ワシは咄嗟に言い訳しようとして気が付く。何故ダリアがこのような反応を示すのじゃろうか。正直褒められたことではない。『許されざる呪文』を使ったわけではなく、単なる『忘却呪文』の延長でしかない。じゃからと言ってワシもこのようなやり方は、魔法界におけるマグルへの横暴じゃと思う。じゃが同時にこのような手段をとるしかないのも実情なのじゃ。魔法界のことをマグルに知られてはならぬ。その原則に従えば、このような方法しか選択肢には無い。それをダリアが知らぬとも思えぬ。

それに何より、何故ダリアがマグルに対することに反応したのじゃろうか。マルフォイ家は純血主義を掲げた家系。何よりダリアは既にヴォルデモートに組みしておる。それがどうして一々一人のマグルに対してこのような反応をするのか。ワシはその事実に今までにない違和感を感じたのじゃった。

しかしワシがダリアの視線に応える前に、ワシと院長の会話は続いてゆく。その時にはもうダリアはこちらを見ておらず、どこか食い入るように二人の会話を聞いておった。

 

『えぇ、その通りです。ですがまず、彼の生い立ちについて聞かせていただけませんか? 彼はこの孤児院で生まれたのだと思いますが?」

 

『はい。今でもはっきり覚えています。大晦日の夜、一人の女性がここを訪ねてきたのです。酷くやつれて、もはや立っているのがやっとの有様でした。別にここでは珍しいことではない。私は直ぐに中に入れてやり、その一時間後に……あの子が生まれたのです。そして更に一時間後に、その女も亡くなりました』

 

『……亡くなる前に、その方は何か言いましたか?』

 

『言いましたとも。あの子の名前です。父親と同じ……トム・リドルと名付けを。そして自分の父親のマールヴォロを加えてくれと言いました。あの子がトムに似ますようにとね。そう言った直ぐに亡くなったわけですが、その願いも当然でしょう。あの女性は残念ながら美人とは程遠かった。だが神に願いが通じたのか、顔立ちだけはハンサムになりましたよ父に似たのでしょう。当のその父親はあの子のことを一度たりとも探さなかったようですがね』

 

そこで院長は一度溜息を吐き続ける。

 

『まぁ、探さなくて正解だったかもしれません。何せあの子は……本当におかしな男の子ですから』

 

意識がやや不明瞭であるだろうに、院長はその言葉だけはハッキリと恐怖感を持って吐き出していた。

思えばこの段階で、当時のワシは既にトムに対する違和感を持っていた。マグルの世界で生まれ育ち、生まれ持った素質故に排斥されてきた子供達をワシは何人も見てきた。じゃがここまでハッキリとした恐怖……それも明確に院長本人が子供自身の悪意に晒されただろう場面に出くわしたのは初めてじゃった。マグルの大人が、魔法を発現した子供に恐怖感を抱き排斥する。それはままあることじゃ。じゃがワシは院長の反応から、逆に魔法を発現した子供がマグルの大人を攻撃していたと感じ取ったのじゃ。

それは間違いなく、今のヴォルデモートに繋がる片鱗じゃった。

 

『……私が何を話しても、あの子は間違いなく貴方の学校に入学する。そうですよね?』

 

『えぇ。無論です。たとえ何を仰ろうとも。そこは私が保証いたします。必ずあの子を連れて行きますとも』

 

『良かった……。あの子は他の子を……いいえ、子供だけではなく、私達大人すら震え上がらせる何かがあるのです。事件が色々あって。ですが、現場を捉えられないのです。気味が悪い事ばかりあの子の周りで起こる。それもあの子の意思に従って……。ですが、証拠が何一つない。例えばビリーの兎。トムと口論になった子の兎です。どうやったら兎が自分で天井の垂木から首を吊るのです? そんなことあり得ない。でも、子供があの高さの場所に兎を連れて行くことも出来ない。他にも喧嘩した子や、あの子に逆らった子……皆体中が膿だらけになったり、突然意識を失ったり。一年に一度行く海辺……そこにある()()に一緒に入った二人の子は、それ以来ずっとおかしくなってしまって。もう何が何だか。もう誰もあの子に逆らおうとする子はいません。私達大人ですら。だからあの子が連れていかれて、正直誰一人として悲しい思いをすることはないでしょう』

 

入学前に魔法を自在に操る子は珍しい。しかしそれ以上に、ここまで明確な悪意ある魔法を使う子は珍しかった。

強い魔法力を備え、それを幼い頃から悪意を持ってのみ使いこなす。闇の魔法使いに繋がる要素としては十分すぎるものじゃ。

……嘗て友情を深め、そして殺し合うこととなった()を思い出す程に。じゃが邪悪であっても、同時に高潔であった彼とは違いトムは……。

思い出に浸りかけるワシを前に、院長は嘗てのワシが前言を撤回しないか心配したのか、声音を改めながら急いで続けた。

 

『あの子のことは以上です。では早速彼と会いに行かれますか?』

 

『ぜひ』

 

院長の案内に従い、ワシ等全員が部屋を出て廊下を進む。ダリアも何を思っておるのか、表情こそ変わらぬものの黙ってワシに付いて来ておる。ワシも些か感傷に浸っておるため、この時彼女に何も言わなかった。

同じ灰色のチェニックを着た子供達と何人もすれ違い、ワシ等は一つの部屋に辿り着く。

 

『ここです。トム? お客様ですよ。こちらはダンブルドアさん。貴方の入学の案内に来て下さったのですよ。ホグワーツという学校で先生をされているの。では先生、後はよろしくお願いしますね』

 

殺風景な部屋。古い洋箪笥に木製の椅子、そして鉄製の簡易ベッドしかない。そのベッドの上に、一人の少年が座りながらこちらを見つめておった。

まだ11歳と言う幼い年齢ながら、どこか冷たさを感じさせる表情を浮かべながら。その表情はやはりダリアのものと酷似しているように思えた。

 

『はじめまして、トム。私はダンブルドア教授だ』

 

椅子に腰かけながら、嘗てのワシがトムに話しかける。

 

『私は先程も言った通り、ホグワーツという学校で教鞭をとっている者だ。今回は君に、私の学校への入学を勧めにきたのだよ』

 

反応は劇的なものじゃった。少年は怒りを露わにしながらワシに返す。 

 

『騙されないぞ! 何が学校だ! どうせ精神病院だろう! それに……『教授』? ……ふん、何が『教授』だ! 本当は医者か何かだろう!? 僕は絶対に行かないぞ! 僕は狂ってなんかいない!』

 

『私は精神病院から来たのではない』

 

『君は狂ってなどいない。それに、ホグワーツは狂った者の学校ではない。魔法学校なのだ』

 

ここまでの反応は他の子供とそう大して変わったものではなかった。突然知りもしない学校に入学を勧められれば、誰とて多少の警戒をする。じゃが、やはりここからの反応は他の生徒と一線を画すものじゃった。

 

『……魔法?』

 

『その通り。その反応だと……君には心当たりがあるようだね?』

 

『……ある。僕は他の人間が出来ないような、『特別』なことが出来る』

 

『ほう。例えばどういうことかな?』

 

あぁ、やはり幼いながらに、彼の中には確実にヴォルデモートの片鱗があった。ワシの考えは決して間違っておらんかった。そう改めて思う程に、トムは嬉々として自身が今まで成してきたことを語り始める。

 

『いろんなことさ。物や動物、それに人を触れずに動かしたり、従わせたりできる。その気になれば()()()()ことだって。僕は……『特別』な存在なんだ』

 

思い返すのは先程の院長との会話。兎に始まり、挙句の果てに同じ孤児達や先生にまで。彼は詳細こそ語らぬかったが、それは何を周囲の人間に成してきたかを如実に表すものだった。

嘗てのワシもそう思ったのじゃろう。もはや警戒心を露わにしながら、将来の闇の帝王に応えるのだった。

 

『……『特別』かは分からんが、確かに君は魔法使いのようだね』

 

トムがワシを一瞬喜色満面に見つめ返したが、即座に冷たい無表情に戻る。じゃがワシにはその満面の笑みが彼の押し隠していた全てに思えた。

ハンサムな顔立ちであるのに、寧ろ端正な顔立ちは粗野なものに見え、ほとんど獣性を剥きだしたような笑みだったのじゃ。

その本性が即座に無表情の仮面に覆われる場面見た後、同じく彼の目撃者である少女の方へ振り返る。些か感傷に浸っておったが、今重要なのはダリアの反応を見ること。彼女が彼にどのような見解を持ち始めているか気になったのじゃ。

じゃが、

 

「ダリア、この者がトムじゃ。まだ少年じゃが、今では違った名前で……ダ、ダリア?」

 

ワシが振り返った時……そこにはいつもの無表情な少女は立っておらんかった。

いや、表情こそはいつもの無表情ではある。じゃがいつもと全く違う点があった。それは、

 

「ダリアよ、どうしたのじゃ? どうして其方は()を流しておるのじゃ?」

 

ただ黙って嘗てのワシとトムを見つめながら、静かに涙を流し続けておったのじゃった。

 

 

 

 

……思い返せば、それはワシがダリアの人間らしい表情を見た初めての瞬間じゃった。

いつも無表情で他人を冷たく見つめる彼女が、今ワシの目の前で……ただ悲し気に過去の出来事を見つめておった。

この時の彼女はトムと同類では決してなかった。何を考えておるのか相変わらず分からなくとも、この時の彼女は普通の少女にしかワシには見えんかった。

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