ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ハリー視点
ケイティの事件の後、何の音沙汰も無かったダンブルドアからの誘いは、拍子抜けする程唐突にやってきた。
いつになく疲れた様子のダンブルドアは、今まであったことを報告しようとする僕に、まず次の記憶を見るよう言った。
ダンブルドアとヴォルデモート……嘗て少年であった頃のトム・リドルとの出会いを。
それは異様な光景だった。僕は最初ハグリッドから自身が魔法使いだと告げられた時、酷く困惑した。ハグリッドの言葉を信じてすらいなかった。でも、トム・リドルは違った。今まで魔法とは無縁の世界で生きていたはずなのに、奴はそれを酷くあっさりと受け入れた。奴は魔法を既に自覚し、それどころか使いこなしてすらいたのだ。それも他人を傷つける魔法を。
垣間見える人間性も、お世辞にも真面なものではなかった。年齢の割に大人びていたが、初対面からダンブルドアを警戒し、そしてどこか見下していた。前回見た母親の生い立ちから、奴が恵まれた環境にないことは想像していた。でも、それにしても奴の少年時代から感じる空気は、一種異様なものだった。
それはこの少年がいずれヴォルデモートになると、僕が知っているからなのだろうか。魔法界を恐怖に陥れ、僕の両親を殺す男に。
「……先生はこの時、もうお判りだったのですか? トム・リドルがヴォルデモートになると」
大量の情報と、湧き上がる形容しがたい感情に頭が一杯だった。僕はやや呆然としながら、ダンブルドアに尋ねる。
「……」
「先生? どうしたのですか?」
しかし、ダンブルドアは中々僕の質問に答えようとしなかった。何か考え込むように、『憂いの篩』を見つめている。僕の勘違いでなければ、どこか悲し気にすら見える。
そして数秒後、
「……すまなんだ、ハリー。少し考え事をしておった。そうじゃな……いや、正確に今の有様になると、ワシも予想しておったわけではない」
僕の方に向き直り、淡々と続けた。それはまるで、自分の中に湧き上がる感情を、無理やり抑え込もうとしている風に僕には見えた。
「無論、リドルに非常に興味を持ったことは確かじゃ。その生い立ちもあるが、注意して
いつになく疲れ果て、いつもの余裕を感じられないダンブルドア。僕はこんなダンブルドアを見たことがなかった。
この授業に来る前は、正直ダンブルドアに苛立ちを感じていた。先生はこの授業の重要性を僕に説きながら、第1回目と2回目はどうしてこれ程空いたのか。その間、どうして僕に何の連絡も無かったのか。ホグワーツでは大変なことがあったのに、先生は一体どこで何をしていたのか。聞きたいこと、文句を言いたいことは山程あった。でも、こんな風に疲れ果てている先生に、僕は自身の苛立ちをぶつけることなど出来なかった。
「非常に自己充足的。秘密主義で、友人を持たぬ。才能は豊かじゃが、それを他者のために使おうという発想がない。『トム』という在り来たりな名前を嫌悪し、常に悪名高くとも特別な者になりたがっておる。この数分の出会いで、ワシは彼の人間性をそう読み取った。……そして、ワシの読みは当たっていた。彼が成人しヴォルデモートになってからも、彼は誰も信用などしておらん。『死喰い人』の多くが、自分はヴォルデモートの信用を得ていると主張するが、その者達は皆欺かれておるだけじゃ。彼は友人を持たぬし、持ちたいとも思っておらん。そう、ワシの予想通りに、彼は成長した。たとえ『闇の帝王』などという、開闢以来の危険な闇の魔法使いになるとは予想しておらんくとも、彼の見下げ果てた人間性は見抜いておった」
僕と……そして何より、ダンブルドア自身に言い聞かせるように繰り返される、ヴォルデモートへの酷評。しかし、口調とは裏腹に、やはり表情だけは違っていた。
どこか悲し気に。何かを後悔するように。取り繕って尚、先生は悲し気に話し続けていた。
「ワシが今回の授業で君に伝えたかったことは、まず一つがこの点じゃ。彼の
僕はヴォルデモートの少年時代を見て、彼の異常性を感じた。生い立ちに同情すべき点があるのは確かだ。でも、奴が大人になってしたことを考えると、少年時代から異常だったのかと納得した。ダンブルドアもそう思ったからこそ、ずっと奴を監視していたのではないか。奴が『秘密の部屋』を開いた時も、先生だけは奴を疑った。そして今もこうして、奴の人間性を酷評し続けたのではないか。でも、結局最後まで先生は言葉とは裏腹に、まるでトム・リドルとの出会いを後悔したような表情だった。
先生は一体、記憶を通して何を考えていたのだろうか。僕には何一つ分からなかった。
「さて、今回の授業はここまでじゃ。……少し時間があるのぅ。ハリー、記憶を見る前、何かワシに話したそうに見えたが?」
でも、その疑問に先生が答えてくれることは無さそうだった。先生は窓から太陽が沈みゆくのを見てから、僕に尋ねた。口ぶりからすると、あまり多くのことを聞けそうにない。
先生に聞きたいことは勿論あるが、今の記憶に関しては僕も頭が一杯で、何を聞けばいいのかほとんど分からない。今日まで間が空いた理由も、先生の疲れ果てた様子から忙しいかったからだと、自分を納得させた。だからこそ、僕はここ最近の出来事で最も気になっていたことを聞くことにした。
「先生はケイティ・ベルのことは御存じですよね? なら、僕がドラコ・マルフォイについて、マクゴナガル先生に報告したことも聞かれました?」
僕の証言を真面に取り合わなかったマクゴナガル先生も、流石にダンブルドアには何かしらの報告をしているはず。それを聞いて、聡明なダンブルドアなら何かしらの対処を取ってくれるはず。僕が知らないだけで、ダンブルドアは何かドラコと……そしてダリア・マルフォイに対策しているに違いない。それを僕はダンブルドアに尋ねたかった。
でも、
「無論知っておる。君が彼を疑っておる。そう先生はワシに話してくださった。……しかしのう、ハリー。ワシもマクゴナガル先生と同意見じゃ。ケイティの事件は痛ましい出来事じゃった。じゃからこそ、ワシは事件に関わったと思わる者は誰であれ……そう、お主の疑うドラコ以外も含めて、適切に取り調べるよう措置するつもりじゃ。お主が心配する必要は何もない。さぁ、そろそろいい時間じゃ。今頃
先生はただそう言うのみだった。それは明らかに僕の質問に対するはぐらかしでしかなかった。
ダンブルドアの答えに、僕は内心燻っていた苛立ちを再び感じた。僕は校長室を出た後、肩を怒らせながら寮へ歩みを進める。
誰も僕の意見を真剣に捉えようとしない。マクゴナガルは勿論、あのダンブルドアでさえ。ダンブルドアならばと信じていたのに、僕は裏切られた気分だった。ロンはそもそもドラコが『死喰い人』であることに未だに懐疑的だ。そしてハーマイオニーは……僕の意見に同意はしても、それ以上に何かを隠している。
結果、僕は誰からも誰からも賛同されていないように感じ、それが無性に腹が立っていた。あのマルフォイ兄妹の悪事を掴む好機なのに、誰も真剣に考えてくれない。これではまた誰かがあいつ等の犠牲になってしまうではないか。
こうなれば僕だけで、必ずあいつ等の尻尾を掴まなくてはならない。僕はダンブルドアの態度から、いよいよその必要性を確信しつつあった。
ダンブルドア視点
怒りをにじませながら出て行くハリー。彼の後姿を見ながら、ワシは溜息を吐く他なかった。
彼の苛立ちは理解しているつもりじゃ。ワシはこの記憶を見る作業の重要性を彼に説きながら、これ程長く彼を放置しておったのじゃ。苛立たぬはずがない。じゃが、ワシにはどうすることも出来んかった。まずトムのことを知るために必要な記憶が十分に揃っておらず、それを集めに奔走する必要があった。先日などアズカバンにすら赴く必要があった程じゃ。吸魂鬼はもうあそこにおらんとはいえ、決して居心地の良い場所ではない。そしてそれに並行して、ヴォルデモートが自身の不死性の要を隠しそうな場所の探索。これもワシ一人で行う必要があった。右腕が使えず、尚且つ年老いたワシにとっては些か重労働であることは否めんかった。
結果、ワシはハリーの苛立ちを知りながらも、彼を放置せざるを得んかった。無論彼の苛立ちは、別に授業の事だけではないのじゃろう。今回のケイティのことも、ハリーを苛立たせておる大きな要因じゃと察しおる。ハリーの見解は間違っておらん。今回ケイティを傷つけた犯人は、ワシもドラコであると確信している。ワシがその気になれば、それを証明することは実に容易い。それを放置するワシに対し、ハリーが怒りを覚えるのは決して間違っておらん。
じゃが、やはりそれが分かっておっても、今それを認めるわけにはいかんかった。セブルスがこちらのスパイとして完璧に機能しておることを、あまり多くの人間に悟らせるわけにはいかぬのじゃ。ドラコの動向までワシが知っておると、たとえそれがハリー相手であっても、あまり大きな声で言うわけにはいかぬ。
そして何より、ワシはこのような事態に巻き込まれたドラコのことも救ってやりたかった。子は親を選べぬ。ルシウスとドラコは違う。自ら闇の勢力に加わったルシウスと、ドラコは全く違うのじゃ。ドラコの置かれている状況を考えると、彼に選択肢などない。今回の事件に関しても、杜撰な手段でしかなかった。おそらく衝動的に、且つ彼の内心では寧ろ失敗こそを望んだ犯行だったのじゃろう。結果的にケイティ・ベルが傷つくことになったが、彼の本意であったとは思えぬ。
彼にはまだ未来がある。巻き込まれただけであれば、ワシは彼のことも救ってやりたかった。
……じゃが、そこまで考えて思う。
ワシはドラコのことを救いたい。そう思っておる。それは本心じゃ。
じゃが果たして……同じ状況に置かれていたはずのダリアを、彼と同じように考えていたじゃろうか。彼女を救おうとしたことが、一体どれ程あったのじゃろうか、と。
ワシは今かつてない程疲弊しておる。ホグワーツ外での行動が、ワシの疲弊の要因の一つじゃ。じゃが、原因はそれだけではない。この後悔と言える思考こそが、ここ最近ワシを最も苦悩させるものだったのじゃ。
ダリアをここに呼び出した日からこの方、ワシは自身の内側から湧き上がる感情にただ苛まれ続けておった。
ハリーの出て行った扉から視線を外し、ワシは手で顔を覆いながら今日も考える。あの日から、何度も考え続けておる。他にやるべきことがあると知りながらも、湧き上がる思考を止めることが出来ぬ。
……ワシはダリアをトムと同類と考えていた。残酷さ、秘密主義。他者を路傍の石の様に見る視線。ワシは常々ダリアをトムに重ね、彼女のことを警戒し続けておった。彼女が様々な事件に関わるのは、彼女自身が望んだことじゃと……ワシはそう心の奥底で考えておった。
今考えると、ドラコとダリア……二人の置かれた立場に、何の違いも無いと言うのに。ダリアもただ巻き込まれただけ。振り返れば、ワシの中にその発想は欠片もありはしなかった。
ワシはそのことに気付き、自身の愚かさに愕然とした。ダリアのことも救いたい。そうワシは口にしながら、その実何の行動も起こしておらんかった。ただ彼女を警戒するばかりで、彼女の置かれている状況に何の関心も持たず、ただ彼女のことを理解したつもりにばかりなっておった。
そのことを、ワシはセブルスに何度も指摘された。セブルスはダリアを何度も庇い、ワシの過度な警戒心を何度も諫めた。じゃが、ワシはその全て無視した。セブルスの言葉を聞いたつもりで、ワシは何一つ、彼の言葉に耳を傾けておらんかった。
何がダリアを見捨てない、じゃ。そのようなことを抜け抜けと口に出来たものじゃ。見下げ果てたぞ、アルバス・ダンブルドア。
考えれば考える程、胸が締め付けられる。自分自身への罵詈雑言が自然と口に出てしまう。
ワシが常に念頭に置いておった彼女の情報は、彼女が見せる攻撃性を裏付けるものばかり。それは間違いなく、彼女の生まれ持った一面だった。じゃが、ワシはそれに固執するばかりで、他の情報を見ようともしていなかった。
それが何じゃ。彼女が吸血鬼だと分かった途端、彼女のことを知ろうとした。ワシはその時になって、ようやく彼女のことを全く理解しておらん可能性に気付いた。ただ表面上の彼女の肩書から、彼女の内面まで憶測したつもりになっておった。これが愚かと言わずに何と言おうか。
始末に悪いのが、ワシはそれでも尚、彼女のことを警戒ばかりしておった。彼女の善性を示す言葉をいくつも思い出しながら、結局はトムと同じじゃとばかり思い続けておったのじゃ。
思考と感情、そして実際の行動の不一致。それをワシはようやく、
『この記憶に救いがない……そのことが悲しかったのかもしれませんね』
『彼の本質がどうであれ、もう彼の苦悩はこの世のどこにもない。そのことが……私には堪らなく悲しく感じたのです』
『校長は……怪物と悪は同一のモノと考えておられるのですね。……いえ、その通りですね。私もそう思いますよ』
涙を流す彼女の姿で、心の底から自覚した。
彼女が涙し、そして何を語ろうとしたのか。ワシには今も殆ど分かっておらぬ。じゃが分かることが一つだけある。
ワシは結局のところ、教師であることを自身に課しながら……彼女に対して教師であったことなど一度としてなかったのじゃ。
トムとダリアを重ね、トムとの共通点ばかりに目を向けた。終ぞ善性を見出すことが出来ず、最終的に闇の帝王と成り果てたトム。ダリアも同様の存在であり、いずれ魔法界に大いなる禍を起こす。そんな未来ばかり注視し、ワシはひたすらに視野を狭めた。目の前にいる
これが教師のすることか。闇の帝王と戦う『不死鳥の騎士団』。その長としては正しいのじゃろう。ヴォルデモート一人でさえ勝利は困難であるのに、そこにまた違う巨悪が加わる。それは悪夢以外の何物でもない。
じゃが、ワシはそれでも教師なのじゃ。教師であることを、自身に課しておったはずなのじゃ。若かりし頃、自身が権力を得てはならぬ人間だと悟った時、ワシは自身に強く誓ったのじゃ。じゃが、実態は理想とは程遠いものでしかなかった。
後悔の多い人生であったが、最後にこれ程の後悔が生まれようとは夢にも思っておらんかった。
こうなると、ワシのトムに対する見解も怪しいものに思えてくる。
ハリーにはトムの人柄を悪し様に語ったが、本当にそれが彼の全てであったのだろうか。ダリアはワシの記憶を見ただけで、ワシには見えておらんかったトムの一面を見出していた。
彼には彼の苦悩があった。ダリアはそれを見出し、そしてそれがこの世にもう無いことを憐れんだ。ワシは果たして、彼の苦悩に一度でも向き合ったことがあったじゃろうか。彼の苦悩が、この世から消えてしまう……ヴォルデモートに成り果てる前に。彼の未来ばかり予想し、今現在を少しでも見ようとしたのじゃろうか。これでは嘗ての愚かだった若かりし頃と、何一つ変わってはおらぬではないか。
トムに罪悪感を感じた時期もあった。じゃが、それは疾うに昔のことであり、今は罪悪感の欠片も感じてはおらんかった。
今その罪悪感が、再びワシを苛んでおる。
ワシはトムを救えなかった。救おうともしなかった。
扉の向こうで足音が聞こえ、ワシは何とか顔を上げる。ハリーがここを出てから数時間経った。ダリアでもない。ワシは臆病にも、彼女と再び向き合う心の準備が出来ておらん。教員達は今頃明日の授業の準備をしておることじゃろぅ。
時計を見れば、約束の時間じゃった。
……どんなに嘆こうとも、トムはもはや救えない。ヴォルデモートはあまりに罪を犯し過ぎた。そして奴はそれを罪とも認識しておらん。
一方、ダリアを救うことはまだ出来る。その努力を、ワシは今こそすべき時なのじゃ。
マルフォイ家の娘。全てを見下すような無表情。そして無表情の裏から時折見せる残虐性。どの要素を取っても、彼女に明るい未来を見出すことは出来んかった。じゃが、先日見た彼女の姿は違った。ただ誰かのために涙する少女。ワシが見ようともせんかった、彼女の新しい一面。
ワシは理解する必要がある。いや、理解したいのじゃ。
彼女の事情を理解することが、ヴォルデモートとの戦いに必要じゃ。じゃがその必要性以上に、ワシ自身が心の底から、ダリアを今度こそ理解したいと思ったのじゃ。
じゃから、
「こ、こんばんは、ダンブルドア先生」
「……こんばんは、グレンジャーさん。まずはお礼を言わせてもらいたい。突然の手紙に、ようここまで来てくれた」
まずはもう一度、ダリアのことを真に知る者の話を聞く必要があった。
たとえそれが自身を更に苛む結果になったとしても、ワシには今度こそ彼女の話を聞く義務があるのじゃから。
ハーマイオニー視点
私が校長室に入るのは初めての事だった。
ハリーにこの場所のことを聞いたことはあるけど、自分の目で実際に見るのは初めてだった。
ここは本来私が足を踏み入れるような場所ではない。ホグワーツで起こる事件を何度も解決し、『例のあの人』と何度も対決したことがあるハリー。彼がダンブルドア先生に声をかけられるのは当然のこと。でも、私はただ一介の生徒に過ぎない。『選ばれし者』であるハリーと違い、私はあくまで彼の親友でしかない。事件解決のため、私がハリーに助言したことはある。でも、事件を解決してきたのはやはりハリーなのだ。どんなに知恵を絞ったところで、ハリーの勇気によってこそ、事件は最終的に解決しているのだ。だから私は本来、ダンブルドアに直接招かれるような立場にない。あったとしても、ハリーと同席する形でだ。
でも、私はその事実を理解した上でも、ダンブルドアと直接話す必要があった。それも二人きりで。ダンブルドアから声が掛からなくても、私の方からここに来る必要性があった。
全てはダリアを助けるために。
「こんばんは、グレンジャーさん。まずはお礼を言わせてもらいたい。突然の手紙に、ようここまで来てくれた」
私は内心の緊張を抑えながら、ダンブルドア先生に応える。
「大丈夫です、先生。寧ろ私の方が助かりました。先生には、私も相談したいことがありましたので。それに……ダリアのことであれば、私が来ないわけにはいきません」
校長室には奇妙な道具が沢山置かれている。壁には歴代校長と思われる肖像画が掛けてあり、私の好奇心を激しく刺激している。しかし、それは今気にするべきことではない。私は遊びに来たわけではないのだ。
「そうか……そうじゃのぅ。ハリーに内密で来てもらった手前、あまりお主を長時間拘束するわけにもいかぬ。何より、若者の貴重な時間を、このような老人に浪費することはあってはならぬからのう。すまんが、そこの椅子に掛けてくれるかのぅ」
そう言ってダンブルドア先生は、壁際の椅子を魔法で呼び寄せる。そして私に座るよう促しながら、先生はもう一つ魔法で椅子を作り出し、私の向かいに腰掛けた。
「さて、何から話したものじゃろぅか。……正直なところ、ワシは今困惑しておる。ワシの予想では、君はもっと緊張し、突然の呼び出しに困惑しておると思っておった。大抵の者がそうじゃ。じゃが、今のお主は実に落ち着いておるように見える。お主はホグワーツきっての秀才じゃ。常に冷静沈着に、今までホグワーツに起こった難事件の真相を暴いてきた。じゃが、その聡明さだけが理由でないように、ワシは感じておるのじゃが……どうじゃろうか?」
「……先ほども言った通りです、先生。私はただ、ダリアのことでここに来ました。失礼ですが、先生はダリアを誤解している。私はそう確信しています。先生は間違っている。だから、その誤解を解く機会があるのならば、彼女の友人である私が来ないわけにはいかない。先生のお声掛けは、私にとってもチャンスだと、そう考えたからです」
先生と話すうちに、自然と緊張が消えていくのを感じる。私は今、ただ目の前の校長と話すことだけに集中しつつあった。
ダリアを取り巻く事態は、もはや私にはどうすることも出来ない状況になっている。今までの様に手を拱いているだけでは、決して状況は改善しない。寧ろ時間が経てば経つ程、悪化の一途をたどる。私は何かしらの行動を取る必要性があった。
そこで考えたのが、まずはダンブルドアを頼ることだった。状況を動かすには、これ程の適任者はいない。先生の助けがあれば、私はホグワーツの外で起こっている出来事も知り、先生に何かしらの対策すらお願いすることが出来る。分不相応であることは分かっている。ダンブルドアに直接頼むなど、身の程を知らないにも程がある。でも、私が最初に思いついたのは、やはり誰かの助力を乞うことだった。思い返せば、私がいざ事態が急変した時、真っ先に頼るのはいつも先生方だった。賢者の石を守った夜はマクゴナガル先生。『秘密の部屋』に入る前はペテン師。シリウスが『例のあの人』に捕らわれたとハリーが言った時もマクゴナガル先生。ペテン師に関しては論外のことだけど、マクゴナガル先生も
暗殺を命じられたドラコ。そんなドラコを阻止しながら、代わり罪を被ろうとするダリア。事態の根本はホグワーツの外にある。
ホグワーツ外のことを含めて頼れるのは、ダンブルドアより他にいない。
……尤も、そのためにはまずダンブルドアのダリアへの誤解を解く必要性がある。私の話す内容によって、ダリアのことをダンブルドアに頼れるかが決まる。その重大な責任を前に、私は神経を集中させつつあったのだ。余計なことを考えている場合ではない。この役目は、スリザリン寮で過ごすドラコやダフネには出来ない。ダリアとは違う、本来犬猿の仲であるはずのグリフィンドール寮の自分だからこそ出来ることなのだ。
「……グレンジャーさん。君はワシの想像を遥かに超えて聡明な女性のようじゃ。……そうじゃのぅ、無礼な呼びつけじゃと自覚はしておるが、ここは君の聡明さに甘えさせてもらいたい。そうじゃ、無駄話をする程、状況は芳しくない。外で何が起こっておるか、そしてそれを解決するために何が必要か。君はよく分かっておるのじゃろう。そう、ワシは知らねばならぬ。ダリアについて。お主も知っての通り、今ホグワーツの外では闇の勢力が力を増し、魔法界は非常に危険な状態に陥っておる。その闇の勢力には……ハリーからも聞いておるじゃろうが、あのダリア・マルフォイも加わっておる。情報源は言えぬが、それは紛れもない事実じゃ」
私の言葉に、先生は姿勢を正して続けた。先生の表情に、相手が子供だからという侮りは一切ない。先生は真剣に私の話を聞いてくれようとしている。そう、私を感じられた。
「じゃが、ダリアがどのような感情を抱きながら、奴らに参加しておるのか……恥ずかしながら、ワシには何一つ分かっておらん。自分の意思でなのか、それとも止むにやまれぬ事情なのか。今までホグワーツで起こった事件に関してもそうじゃ。おそらくお主が感じておる通り、ワシは常に彼女の関与を疑っておった。その理由については後程話すつもりじゃが……今はまず、君の彼女への印象を聞かせてもらいたい。ワシが見えておらんかった彼女の話を。是非今こそ、ワシに聞かせてはもらえぬじゃろうか?」
夜は更けていく。夕日は沈み、窓からの明かりは無い。私達を照らすのは、今はもう校長室の蝋燭だけだった。
そんな私達を、先生のペットと思しき紅い鳥が見つめている。知性すら感じる瞳で、静かにジッと。まるで頃合いが満ちるのを、ジッと待つかのように。