ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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ハロウィーン(後編)

 

 ダリア視点

 

大広間とスリザリン寮は他の寮に比べて比較的に近い位置にあるため、私達はすぐに寮にたどり着くことができた。結局、はじめ心配していたように、スリザリン寮までの道のりでトロールと出くわすというようなことはなかった。

寮にたどり着いたことで皆安心し気が抜けたのか、談話室のソファーや、ふかふかの絨毯に座り込む生徒がそこかしこに散見される。

そんな中、私もお兄様の安全が確保されたことに安心感を覚えていたのだが……安心した途端、急に何かを忘れているような気がしてきた。

 

何か……何かを見落としている。

 

そんなことを考えていた私の耳に、ソファーに沈んでいたパーキンソンが安堵感からか大きな声で話し出す声が入ってくる。

 

「そういえば、あのグレンジャーどうなったのかしら?」

 

「グレンジャーがどうしたの?」

 

「あの穢れた血、午前の授業が終わってからずっとトイレの中に引きこもって泣いてるらしいのよ。しかもさっきのパーティーにも来てなかったわ。つまりトロールが入ったことも知らずにまだトイレでメソメソしてるのよ。このままトロールと鉢合わせたらいい気味なのに」

 

パーキンソンとブルストロードの会話を聞いて、先ほどから感じていた違和感に急速に思い至る。

そういえばそうだ。トイレに引きこもっていることまでは知らなかったが、先程大広間にいなかったことから、まだトロールがいることを知らない可能性がある。

寮に引きこもっているなら安全だが、女子トイレでは話が違ってくる。あそこは階は違えども、地下に比較的近い場所にある。最悪の場合鉢合わせてしまう可能性は十分にありえるのだ。

しかし、

 

「ダリア? どうしたの?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

私は即座に、そんなことを考えても仕方がないと思いなおす。

そうだ。なんということはない。別に彼女がどうなろうとどうでもよいことだ。何故私が彼女の心配をしなければならないのだろうか。

 

そう理性では思うのだが、なぜだろう。

なぜ私はこんなにも心がざわついているのだろうか。

 

「グレンジャーが心配なのね?」

 

そうどこか私を見透かしたような表情をしながらダフネが尋ねてくる。

 

「……いいえ。何故そのようなことを? 私が彼女を心配する理由などありませんが?」

 

「ううん。ダリア。あなたは確実にグレンジャーのことを心配している。だってあなた、グレンジャーのこと、結構気に入っているでしょ?」

 

「……いいえ。それはダフネの勘違いですよ。私がなぜ、彼女を気に入らねばならないのですか?」

 

「……ダリアも強情だね。でも、顔には心配ですって書いてあるよ」

 

そう言われて談話室にあった鏡を見るが、別にいつもと変わらない。

いつもの無表情だ。

 

「そんな風には見えませんが?」

 

「ううん、そういう表情だよ。ね、ドラコ?」

 

そうダフネは近くで私たちの会話を聞いていたお兄様に話かける。

お兄様は少し不機嫌そうに、私の顔をのぞき込み、やっぱり不服そうに頷く。

 

「ああ……。ダリア、お前は今不安そうな顔をしてるよ」

 

どんなに私自身が私自身を誤魔化しても、お兄様には分かってしまうらしい。

 

「いいえ、そんな顔などしていません。お兄様でも読み間違えることもあるのですね」

 

でも結論は変わらない。こんなことを私は気にしてはいけないのだ。

そう私はこれで終わりだと女子寮に行こうとする。

だが、

 

「ダリア。今からグレンジャーのいるトイレに行ってくれるか?」

 

お兄様が突然、私に思い切ったように告げたのだった。

 

「何をおっしゃっているのですか? 先程私は、」

 

「そうだ。()()()気にしていないかもしれない。でも、()()気にしているんだ」

 

「どういうことですか?」

 

私は訝しみながらお兄様の真意を尋ねる。

 

「僕はグレンジャーみたいな穢れた血のことなんて嫌いだ。だが、ホグワーツで人死にが出たら目覚めが悪い。それにもしあいつが死んだら、ホグワーツの理事である父上にも迷惑がかかるだろ。トロールが校舎に入るなんてどうなってるんだ? みたいにな」

 

そう早口で言い訳するように話すお兄様を見ながら、私は考える。

これは9割方お兄様の考えた、私を女子トイレにいかせるための適当な言い訳だ。

だが、確かにと思う部分もある。トロールは頭が悪く、普通は決してホグワーツに入りこめるような生物ではない。それが入ってしまったというのはスクープだ。それで人死にが出たとなれば尚更だ。何者かが入れたにせよどうであれ、ホグワーツの警備に関する重大な失態だ。最大の責任者はダンブルドア校長であり、理事まで責任問題が降りかかることはないだろうが……リータ・スキーターを代表する忌々しい記者連中が、理事であるお父様の周りをうろつくのは必至だろう。

それを考えるとグレンジャーの安全だけは確実に確保した方がよいだろう。

 

大分暴論であるが、それで自分がグレンジャーにトロールのことを知らせに行くことに納得することができた。

そう自分の言い訳を完成させることが出来た私は、やってしまったと後悔し始めている様子のお兄様の顔を見ながら、

 

「……そういうことにしときます。でも、確かにお父様のこの学校で人死にを出すわけにはいきませんものね」

 

そう言ってダフネとお兄様の横を通り、こっそりとスリザリン寮を抜け出したのだった。

廊下に出た私は、静まり返る廊下で一人呟く。

 

「ありがとうございます、お兄様……」

 

ダフネに言われるまで気付かなかった。

いや、気付くことを拒絶していた。

私は確かに、グレンジャーのことが気に入っていた。

最初に興味を持ったのは組み分けの前だった。つい最近魔法を知ったであろう少女が、既に普通の一年生どころか、小さい頃から英才教育を受けたであろう純血の子供より多くの知識を短期間で身に着けていることに驚いた。

しかし、それはただの彼女に興味を持つきっかけに過ぎない。

私が彼女を気にする理由。それは彼女の私に対しての無邪気さだった。

彼女はグリフィンドール生でありながら、私に対してずっと無邪気な憧れの視線を送ってくるのだ。

最初は魔法界にある純血主義のことを知らないからだと思った。でも時が経ち、スリザリンの嫌がらせを受けるようになってからも、彼女は私を他のスリザリン生と同じように見ようとはしなかった。彼女はただただ私という存在に、無邪気な憧れの視線を向けているだけだった。

 

ただ、私に憧れ、私の中を見ようとしていた。

それは純血主義の蔓延するスリザリンにおいて、ただ私の血筋だけを見る人たちと会話する日常の中で、本当は純血でもなんでもない私が感じる、ダフネと同じようなちょっとした清涼剤だったのだ。

 

でもだからこそ、私は彼女を()()()()()()()()()()

私には秘密がある。私の純血貴族という仮面の中にある、私自身をのぞき込もうとする人と、必要以上に仲良くするわけにはいかない。

 

そう思い、先程は見捨てようとした。

 

でも、どうしてだろう。もしあそこでグレンジャーを見捨て、本当にトロールと鉢合わせていたら……。私はそれを知ったとき、自分が心の中で捨てきれずにいた何かを永遠に失ってしまう。そんな気がしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラコ視点

 

「あれでよかったの? あれだとダリアが危ない目にあうかもしれないよ?」

 

ダフネが安心と心配を混ぜ合わせたような表情で話しかけてくる。

 

「トロールのことは心配ないさ。ダリアはもう正規の闇払いにも勝てる実力があると父上もおっしゃっていた」

 

ダリアは既にホグワーツ卒業レベルをとっくの昔に過ぎており、闇魔法も含めればそこらの魔法使いを圧倒するレベルに達している。加えて手袋をとれば、トロールなども問題にならない程の力、再生能力を発揮することもできる。

ダリアがトロールに負ける理由などないのだ。

 

「僕は穢れた血のことなんてどうでもいい。正直ダリアがなんであんな奴の心配をしてるのか理解に苦しむよ。ただ……」

 

「ただ?」

 

言葉に窮する僕の言葉を、ダフネが不思議そうに諭す。

 

「ただ……もし、ここでダリアがここに残って、あのグレンジャーにもしものことがあったと後で知ったら、ダリアがどこか、()()()()()()()()()()()()()()に行ってしまう、そう感じたんだ」

 

「そう……だね。うん、私もなんとなくそんな気がする。ダリアが周りに壁を作っていることは知ってる。でも、なんだろう、もし今回彼女を見捨てる選択肢をダリアが選んでいたら、その壁が二度と外れることがなくなったように、私も思う」

 

「だから、お前も黙って見送ったのか?」

 

「そうだよ。私はダリアの友達だもん。あの子がそう思わなくても、私はダリアのことを友達だと思ってるよ。たとえ、()()()()()()()()()()()()()。それがどんなことだろうと、私はダリアを裏切らないよ」

 

以前、図書館でした会話を思い出す。

ダリアが戻ってくるのを待つ間、二人で交わした約束を。

 

「……これからもダリアをよろしく頼むぞ」

 

小声でつぶやいた僕の声に、ダフネはしっかりと頷いていた。

 

「さて、ダリアが戻ってくるまで、ソファーにでも座ってるか。お前はどうする?」

 

「私もダリアを待ってるよ。ダリアが強いって知っていても心配なことは心配だし」

 

そっと笑いあいながら、ダリアが出て行ったことに気づかず未だにグレンジャーの悪口に夢中なパンジーたちからソファーを奪うために、ダフネと共に歩き出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

私は周りに細心の注意を払いながら、手袋を外した状態で全速力で走っていた。手袋を外した状態で走ることなんていつ以来だろうか。周りの景色がぐんぐん過ぎていく。階段を一気に駆け上がり、女子トイレのある階まで登ってくると、途端にあたりに異臭が漂いだす。

ニンニクほどの臭さではないが、まるで掃除をしていない便所と、汚れた靴下を混ぜたような悪臭があたりに立ち込めていた。

 

遅かったかと焦りながら、女子トイレに走っていくと……トイレのドアの前になぜかポッターとウィーズリーが立っていた。

 

「やった! これであいつを閉じ込めたぞ!」

 

ハイタッチをかましている二人の姿をとらえた私は、慌てて手袋を付け直し、なるべく急いで二人の前に走ってゆく。

 

「そこのあなた達!」

 

「うお! なんだ、お前! なんでマルフォイ妹なんかがここにいるんだ!?」

 

私の姿を向こうも認識した瞬間すぐに噛みつこうとするウィーズリーを無視してポッターに尋ねる。

 

「もしかして、ここにトロールを閉じ込めたのですか?」

 

「あ、ああ。そうだよ」

 

突然現れた私に戸惑いながらも、ポッターは頷く。

 

「では、ここにグレンジャーはいないということですか?」

 

「え? それは、」

 

そう言って顔を青ざめさせているポッターを見るに、おそらくグレンジャーがここにいる可能性を失念していたな、と私も焦っていると、

 

「きゃああああ!」

 

中から甲高い悲鳴が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー視点

 

なんでこんなところにトロールが!?

こんな所にいるはずのない存在に立ち尽くしていると、トロールが私の存在に気付いてしまった。

濁ったその瞳でこちらをじっと見つめたのち、奇妙な唸り声をあげて、手に持った棍棒を振り上げる。

悲鳴を上げながら初撃こそよけることに成功するも、恐怖で足がすくんでしまい、尻餅をついた状態から立ち上がることができない。ドアの方に逃げようにも、いつのまにか扉が固く締まっている様子だし、何よりドアまでたどり着くためには目の前のトロールを何とかする必要がある。

まさに絶体絶命。トロールが今まさに、棍棒を振り上げ、今度こそ私の命を奪おうとしている姿が目に映る。

 

ああ、私、ここで死ぬんだ。誰とも友達になることもできず、誰とも理解しあえないまま。

 

恐怖と諦めを感じながら、スローモーションのようにその光景を見ている。

 

しかし、

 

ばーん!!

 

という轟音と共に、今まで固く閉ざされていた扉が吹き飛ぶ。

 

突然の出来事に驚いた様子のトロールの向こう側には……私の憧れていた、ダリア・マルフォイが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

何とか間に合ったようですね。今まさにグレンジャーに棍棒を振り下ろそうとして固まっているトロールを見て、間一髪だったことを悟る。あと少しでも到着が遅かったら、彼女は死んでいただろう。その事実に私と同じく気が付いたのか、横にいるポッターとウィーズリーも顔を青ざめさせている。

一瞬の間、驚いた様子のトロールと私たちは見つめあっていたが、グレンジャーの危機が未だに去っていないことに気付いたポッターが、

 

「こっちに引き付けるんだ!」

 

そう言って無我夢中に、その辺に散らかっている瓦礫を投げ始める。

トロールはグレンジャーと私たち、先にどっちを襲うべきか悩んでいる様子だった。しかしポッターが投げる瓦礫がうっとうしかったのか、こちらに目標を変え、棍棒を振り上げながら近づいてくる。

 

「やーい!ウスノロ!」

 

トロールの横に回り込んでいたウィーズリーの叫び声に反応して、再び目標を変える。その間にポッターがグレンジャーのもとに走っていくのを見ながら、私も爆竹魔法でトロールの気をそらす。だが、グレンジャーが恐怖で足がすくんでしまっているため、この状況から抜け出すことができずにいた。

このままではじり貧だと焦っていると、ポッターとグレンジャーが動けないことにようやく気付いたのか、トロールが私とウィーズリーの邪魔にも目もくれず二人に向かって走り出した。

 

このままではまずい!

 

そう思った私がとっさに選択してしまったのは、私が()()()()()()()()()()()()()()、今まで生きているものには使ったことのない呪文だった。

 

『アバダケタブラ!』

 

途端に緑の閃光がトロールに当たり、その命はあっけなくこの世から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー視点

 

ダリア・マルフォイの唱えた、私の知らない呪文によってトロールはあっけなく倒された。

トロールが現れてから始まった目まぐるしい状況の変化に混乱しながら、ダリア・マルフォイの方を見る。いつもの冷たい無表情ながら、どこか気まずい雰囲気を醸し出すダリア・マルフォイを見ていると、彼女たちに助けられたのだという安堵がようやく私の頭に追いついてきた。

マルフォイさん、ハリー、そしてロンに助けられた事実を噛みしめていると、マルフォイさんがどこか慌てたように、その無表情な口を開く。

 

「申し訳ありませんが、後のことはよろしくお願いします。トロールの手柄はお譲りしますので、くれぐれも私がいたことはご内密に」

 

そう言って踵を返そうとする彼女に、慌てて話しかける。

 

「マ、マルフォイさん、ど、どうして、せっかく助けてくれたのに!」

 

「私が使った呪文……。それは少し世間体の悪い呪文でして。トロール相手ですので、法律的には問題ないのですが、あまり使ったことがばれない方がよい呪文です。ですから黙っていてくださるとありがたいのです。先生方に聞かれても適当にごまかしておいてください」

 

早口でそう言った彼女は、さっさとトイレを出ていこうとする。

その背中に私はこれだけは今言わないといけないと思い、大声で声をかける。

 

「マルフォイさん! 助けてくれてありがとう!!」

 

ドアのあたりで再び彼女は立ち止まり、こちらを振り返ることなく言う。

 

「別に助けに来たわけではありません。私自身はあなたがどうなろうと、どうでもよかったのです。ただ、私の父が理事をする学校で人死にを出したくなかっただけです。次からはこんな愚かなことにならないようにお願いしますね。迷惑ですので」

 

「おい! なんだその言いぐさ!」

 

あまりのいいように、ハリーとロンは憤慨していた。

 

でも私には、どこか無表情な声色で紡がれた声が、彼女の本心ではないように感じられていた。

 

今度こそ彼女が行ってしまったのを確認しながら、ロンが口を開く。

 

「まったく! なんだあいつ! まさか助けに来たのかと思ってちょっと見直しそうだったのに! やっぱり冷たい嫌なやつだったな! スリザリンなんかが助けに来るわけがないんだ!」

 

そう憤慨するロンに反論しようと思い口を開こうとするが、聞こえ始めたバタバタという足音に気付き、口をつぐんだ。

 

そのあと、やってきたマクゴナガル先生、スネイプ先生、そしてクィレル先生に事情を聞かれた。すごい剣幕のマクゴナガル先生に、ハリー、ロン、そしてマルフォイさんを庇うために、とっさに嘘をついてしまい、それで私は5点も減点されてしまったが……ハリーとロンは5点ずつ点数をもらい、うまくマルフォイさんのことも隠すことができた。

ただトロールの様子を調べていたスネイプ先生が、どこか探るような目でずっとこちらを見ていたのが気になった。

 

帰り道、共通の経験をしたためか今まであった壁が取り払われ、すっかり友人となった二人と歩いていると、ロンが相変わらず憤慨したように話し始めた。

 

「まったく、マルフォイ妹のことなんて庇う必要なかったと思うぜ! あいつも助けるつもりはなかったって言ってただろ! だったらこっちも庇う必要なんてないぜ!」

 

「そんなことないわ! たとえ助けるつもりはなかったとしても、助かったことにかわりはないもの! それになんだかあれは彼女の本心ではない気がするの」

 

「まったく君はお人よしが過ぎるよ! あれは間違いなく本心だぜ! 見たかよあの冷たい目! あれは心底君のことなんてどうでもいいと思ってたね!」

 

そんなロンに反論しようとするも、ふと、先程からハリーが暗い表情でだんまりしていることに気が付く。

 

「おい、ハリーどうした?」

 

ただならぬ様子のハリーにロンも気が付いたのか、声をかける。

 

「……僕。マルフォイがかけた呪文知ってる気がする」

 

「え、私でも見たことない呪文よ? 気のせいではないの?」

 

ハリーに疑問を呈するも、

 

「いや、なんの呪文か知ってるわけじゃないんだ。ただ見覚えがあるんだ。ずっと昔、まだ僕が小さかった頃に……」

 

そう暗い瞳で語るハリーに、私は言いしれない不安を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

何とか誰にも見つからずに寮にたどり着くことができた。もし彼らが先生方に話してしまったらそれでおしまいだが、そうなったらもうどうしようもない。記憶を消すという方法もあったが、あの短時間にそれを三人に施す時間はなかった以上、結局私にできることは彼らを信用することだけなのだから。

 

それにしても……

 

私は先程のことを思い出す。

とっさに助けてしまった後でなんだが、これ以上彼女と仲良くすることはできないので、とっさに適当なことを言って嫌われようとしたが……本当にあれで私のことを嫌ってくれるだろうか。何だか背中に感じた視線は今まで以上のものだった気がする。

 

助けたことで今まで以上に人間関係に気を付けないといけないなと考えながら、私は寮の扉をくぐる。もう皆寝てしまったのか、誰もいなくなってしまった談話室には、お兄様とダフネだけがソファーに座っていた。

 

「お帰りダリア」

 

私の帰りに安心したように笑いかけてくるお兄様。

 

「その表情を見る限り、うまくいったようだな」

 

「ええ、なんとか人死にを出すことは防ぎました」

 

「そうか……」

 

そう話すお兄様の横から、ダフネが私に飛びつく。

 

「よかった! 無事で! 大丈夫とは思っていたけど、心配なのは心配だったよ!」

 

「ええ、ありがとうございます、ダフネ。()()()()()()()()()、心配をかけてしまってみたいで」

 

「相変わらず強情だね……」

 

苦笑しながらダフネはそうつぶやき、私から離れる。

グレンジャーと同じで、ダフネともこれ以上接近するわけにはいかない。でも、これだけ心配してくれたのだ、これだけは言わないといけないだろう。

 

「ありがとう、ダフネ」

 

蚊の鳴くような小さな声が聞こえてしまったのか、ダフネは苦笑から一転、飛び切りの笑顔になっていた。

 

 

 

 

私はこの時、吸血鬼とか蛇語だとか、そんな秘密しか私にはなく、これからもずっとこんな家族以外とは理解しあえないでも、どこまでも穏やかな日々が続いていくものだと思っていた。

 

しかし、そんなことはなかったのだ。

私、そして家族でさえも知らなかっただけで、私という()()は、どうしようもなく人々の幸福とは真逆に存在する()()でしかなかったのだ。

 

そう後になって気が付いた。

 

 

 

 

「そういえば、トロールと遭遇したのか?」

 

「ええ、ちょうど襲おうとしている所に」

 

「ええ、大丈夫だったの!? けがはない!?」

 

そう言って私に怪我がないことを確認するダフネを眺めながら、思い出す。

 

ああ、そう言えば私はトロールを、人間ではないとはいえ、生物を殺してしまったのですね。

思い出したら急に殺害したという実感と後悔がわいてきた。

 

「怪我はなさそうだな。トロールはどうしたんだ?」

 

そう声をかけてくるお兄様に、真実を告げる

 

「はい、()()()()()()()()()。とっさのことでつい」

 

闇の帝王の造った道具であると知った日、帝王への反抗心から、はたまた別の何かから忌避していた、誰かを傷つけるという行為に対する後悔が私を襲う。

あの雪の降る庭での会話を覚えているのかお兄様は、私の後悔を知ってか心配そうにこちらを見やるが……こちらを見た瞬間、

 

ぎょっとした表情をしていた。

 

怪我がないことを確認していたダフネも同様の表情をしている。

今私は余程酷い顔をしているのだろう。

それもそうだろう。生き物を殺してしまった後悔と、目まぐるしく変わる状況に、酷い疲労感を感じていた。

 

「お兄様、そんなに酷い顔をしていますか?」

 

「ダリア、お前……もしかして、気が付いていないのか?」

 

そう酷く狼狽した様子でお兄様は答える。

どうやらよほど疲れた顔をしているらしい。

 

「私はもう寝ますね。ダフネ行きましょう」

 

お兄様と同様な表情をしているダフネに話しかけるも、彼女は首を横に振るだけだった。

 

「い、いや。私はもうちょっとドラコと話してから上がるね。ダリアは先に上がっていてよ」

 

「そうですか……ではそうさせていただきますね」

 

私はそんなダフネの様子を訝しみながらも、押し寄せる疲労感と睡魔にあらがえずにベットに向かう。

寝巻に着替え、横になると、やはり相当疲れていたのかすぐに意識が薄れてゆく。

 

 

 

 

私は夢の世界に入っていくその瞬間まで、後悔と、そして何故か()()()を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラコ視点

 

ベットに向かうダリアの背中を見やる。横にいるダフネもじっとダリアの背中を見ている。

ダリアの姿が女子寮に完全に消えると、ダフネが静かに口火を開く。

 

「ねえ、ダリアのあの表情は一体……?」

 

「わからない。わからないんだ! あんな顔今まで見たことがないんだ!」

 

そう今までダリアが、他人でもわかる表情をしたのは数えるほどだ。

まず血を飲むとき。そして幼い頃、一度だけ見せてくれた、僕がダリアを守ると決めたあの日の表情。

 

さっきの表情はどれでもなかった。

 

「どうして、ダリアはあんな顔をしてたの? トロールを殺したって言ったとき、どうしてあんなに()()()()()()をしていたの?」

 

そう、ダリアはトロールの殺害を告白した時、今まで見たことがないほど、()()()、そしてまるで満たされたような、()()()()()()()()()()を浮かべていたのだ。

 

どうして殺したなんて。あの自分の体について知ってしまった時からの彼女なら、後悔するだろうことなのに、どうしてあんな表情をしていたのか分からない。

 

今までダリアは表情はなくても、とても優しい子だと思っていた。だれかが死ぬのを見るのは嫌な子だと。

でも、さっきの表情は……。

 

そこまで考え、自分で自分の頬をひっぱたく。

今まで僕は何を見てきたんだ。先程の表情がどうあれ、ダリアは後悔しているはずだ。今まで彼女を見てきた僕が、何を考えているのだ。僕がダリアのことを信じないでどうするというのだ!?

 

「前にも言ったが、ダリアにはお前はもちろん、僕にさえ言えない秘密がある。父上すら知らないことがあるかもとおっしゃっていた。だからこれから先、何があってもおかしくはない。それでも僕は、どんなことがあってもダリアの味方でいると決めた。お前はどうなんだ?」

 

そう、ダフネの覚悟を尋ねる。

ダフネは一瞬目を閉じた後、再び目を開く。

そこには先ほどまであった、戸惑いと恐怖などなく、ただ決意だけがあった。

 

「私もそうだよ。私は誰がなんと言おうと、ダリアの友達だよ。だから、何があってもダリアのそばにいる。そう決めたから。もう私が彼女に抱いているのは()()だけじゃないんだから」

 


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