ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ダリア視点
ホグワーツ新学期が始まってしばらく、ようやく冬が終わり、だんだんと春の足音が近づいてきた。
そんなある日の図書室、いつものメンバーで宿題をしていると、
「ダリア、明日のハッフルパフ対グリフィンドールの試合、観に行くのか?」
隣で私と同じように宿題をしていたお兄様が話しかけてくる。
「いえ、今回は行かないことにしました」
今回はと言ったが、正直あのニンニク教師があの場にいる限り、私はクィディッチを見に行く気が起きない。臭い対策があるとはいえ、臭いものは臭いのだ。
それに今回はもう一つ、絶対に試合に行きたくない理由があった。
「今回の試合は、教員席を使えないので」
「ああ、そうか。スネイプ先生は今回教員席にはいないものな。誘われなかったのか?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
そう、今回の試合はいつも審判役をなさっているフーチ先生ではなく、スネイプ先生が審判をなさることになっていた。おそらく、前回ポッターが呪いをかけられたということで、その時反対呪文をかけていた先生自ら、ポッターの近くで警護するということなのだろう。
だが、それが理由ではない。
つい先日スネイプ先生は、今回自分は教員席にはいないが、今後とも気が向いたら教員席を使ってもよいとおっしゃってくださっていた。
『ありがとうございます。しかし、なぜ今回は審判をなさるのですか? やはりポッターの警護で?』
私の言葉に、心底不本意な仕事だと言わんばかりの表情で、
「ああ、そうだ。だが、吾輩がそんなことをしなくとも問題なかろうがな」
「なぜです?」
「今回の試合は、校長もご覧になることになっているのだ。吾輩にポッターのお守りを命じた後に決めたことのようだがね」
まったく忌々しい、とでも言いたげな先生の話を聞きながら言葉を反芻する。
今回の試合は校長もご覧になることになっている。
校長が来るとしたら、当然教員席に座るだろう。私はクリスマス前の一件から、校長に苦手意識があった。嫌いといってもいい。
そんな人物とニンニクの臭いが立ち込める中、対して興味もないスリザリンの関わらない試合を観る。考えただけで地獄だ。
そう言ったわけで、スネイプ先生の厚意はありがたかったのだが、私は今回の試合は行かないことにしたのであった。
「そうか……。残念だが仕方がないか。今回もしグリフィンドールが勝つようなことがあれば……スリザリンが首位ではなくなってしまうかもしれない大事な試合だったんだけどな。だが、まあ、それももう関係ないか。審判がスネイプ教授なら大丈夫だろう」
そう言ってほくそ笑むお兄様。周りを見ると、ダフネ以外も同様の笑みを浮かべている。おそらくスリザリンらしく、何か狡猾な手段を考えておられるのだろう。
「あまり危ないことをなさらないで下さいよ。下手をすればスリザリンが減点されるのですからね?」
「ああ、分かってるよ。なぁ、クラッブ、ゴイル?」
二人を見ると、何故か腕をゴキゴキ鳴らしていた。ついでにブルストロードも鳴らしていた。どうやら腕力に頼るらしい。魔法界も落ちたものだ……。せめて魔法を使いなさい、魔法を。
「はぁ、ダフネ。お兄様達のことをよろしくお願いしますね」
「うん、わかった。
……スポーツというものは、人間を変えてしまうところがあるらしい。
そう思いながら、優しくも狡猾な、私のルームメイトを眺めるのだった。
そしてクイディッチ試合から数週間が経つと、まだ試験は10週間も先であるのに、先生方はやたらと多量の宿題を出すようになった。
私としては特に難しいものではなかったので、あまり苦労をしなかったのだが……どうやら他の人間にとってはそうではなかったらしかった。
「ダリア。お願い。ここ教えて」
いつもはお
お兄様も大量の宿題に圧殺されかけている。ただ、お兄様はまだ比較的ましな方だ。私の次に優秀なスリザリン生であろうダフネ、そしてセオドールとブレーズはそこそこ大丈夫そうだが、いつも勉強などしていないパーキンソン、ブルストロードはもはやパンク寸前であった。クラッブとゴイルの方は、一見余裕そうな雰囲気を出していた。だが実際は、そもそも宿題の設問が読めているのかも怪しく、ただ
あれでもお兄様の友人のようなもので、私の幼なじみでもある。大変不本意ではあるが。一応助け船は出すが、これで駄目であれば見捨てる他ないだろう。
そういうわけで、この中で唯一他人の宿題を見る余裕がある私に、パーキンソンとブルストロードはすり寄っていた。しかも、いつの間にか私のことをダリアと呼んでいる。許可したわけではないが、いまさら戻せとも言えない。
「はい、どこですか?」
これでも同じルームメイトだ。断るわけにもいかない。本当はお兄様につきっきりになりたかったのだが、ここまできたらやるしかない。
そう思い、二度と同じような質問をされて時間の無駄にされないように、なるべく丁寧にわかりやすく教えたのだが……逆にそれが評判になってしまい、怖がりながらも同じスリザリン一年生どころか、上級生にも質問されるようになってしまった。
おかげで私とお兄様の時間が減ってしまった。
そんな勉強づけのある日。談話室で勉強をしていると、先ほどまでどこかに行っていたお兄様が、突然大声を出しながら談話室に入ってきた。
「ドラゴンだ! あの野蛮人とポッターが、ドラゴンを隠している!」
私は僅かに顔を上げ、お兄様の表情を見て確信する。
お兄様……勉強のしすぎでとうとうおかしくなってしまったのでしょうか。やはり時々でいいからクィディッチなどの息抜きをさせてあげるべきでした。
「お兄様……申し訳ありません。そこまで思い詰めていらっしゃったのですね。そんな妄想まで……」
「いや、何故そうなる!?」
「ですが、ドラゴンですよ? 飼育は法律で禁止されています。まず一般人が手に入れることが不可能です」
「でも、さっきあの野蛮人の小屋で見たんだ! 今日の魔法薬学の授業で、ポッター達がこそこそ話しているのを聞いて、怪しいと思ったから小屋を覗きにいったんだ。そしたらそこであいつら、ドラゴンを孵化させていたんだよ!」
おそらく十中八九お兄様の見間違いだと思うが、本当にお兄様の見たものがドラゴンだったとすると、森の番人は、一体どうやってドラゴンを手に入れたというのだろうか?
お兄様が思っているほど、ドラゴンの卵を手に入れるというのは簡単なことではない。
ドラゴンは魔法生物の中で、特に危険な生物とされている。それもそうだろう。魔法の効きにくい、硬い鱗に覆われた体。牙には毒があり、その口からは灼熱の炎を吐き出す。専門のものでないと対処できないような、一度人里に現れれば、そこに甚大な被害をもたらすのは必至な生物なのだ。
だからこそドラゴンを飼うことなど、法律で厳しく禁止されている。卵を売るのも、そして買うのもだ。勿論、闇の住人、非合法という裏側の世界に通じているのなら、手に入れることくらいは可能だ。ドラゴンはすごいスピードで成長するため、飼育までは無理だと思うが。
それを、あの闇と関わりのなさそうな男が持っている。大変不可解なことだった。
どうせお兄様の見間違いだろう。おそらく巨大なトカゲか何かと見間違えたのだろう。
「ドラコ……」
私と勉強していたダフネも同意見なのか、お兄様にどこか同情したような視線を送っている。
「あなた疲れているのよ、ほら、こっちに来てお茶でも飲みましょう」
「……本当なのに」
お兄様はどこかしょんぼりしていた。
それから数日、いつものメンバーで朝食を取りに大広間に向かう。ところが私はお兄様の元気があまりないことに気付いた。
「どうかなさったのですか、お兄様?」
「い、いや。なんでもないよ」
そうおっしゃるのだが、やはりお兄様の元気がない。訝しみながら大広間に向かうと、寮の得点を記録している砂時計の前に人だかりができていた。
「どうしたのでしょうね?」
「さあ?」
別に無視してもいいのだが、大広間に入るのに邪魔な位置で人だかりができている上に、ここまで皆が集まるということに興味もある。
「どうしたのですか?」
先に来ていたスリザリン生に尋ねると、話しかけたのが私だと気付き、怯えながら答える。
「は、はい。どうも昨日の夜、グリフィンドールの点数が150点も減ったみたいで」
私は表情こそ変わらなかったが、内心びっくりしていた。
「ひゃ、150点!?」
ダフネ達も驚いたのか驚きの声を上げている。
「どうしてそんなに減ったのですか?」
「さ、さあ。でも、どうもポッター、グレンジャー、そしてロングボトムのせいらしいですよ」
確かに遠目からでしか見えないが、昨日まで大量にあったグリフィンドールの砂が大幅に減っている。
「あいつら、何をしたか知らないけど、これでスリザリンの優勝は決定ね、ドラコ!」
「あ、ああ」
嬉しそうにパーキンソンが、お兄様に飛びつく。が、お兄様はやはりどこか浮かない顔をしている。こんな時真っ先に喜ばれそうなのに。
だが、理由はなんとなく察しがついていた。グリフィンドールの砂時計を見たとき、ちらりとスリザリンの砂時計も見えたのだ。
スリザリンの点数も20点減っていた。
朝食の席、私はお兄様に小声で話しかける。おそらくお兄様の元気がない理由は……
「お兄様、スリザリンも点数が減っておりましたが、あれは……」
「ああ、ダリア……。お前の想像の通りだ。僕のせいだ」
「そうでしたか……。何をなさったのです?」
「ポッター達がドラゴンを逃がす決定的証拠をつかんだんだ。それであいつらが来るのを待ち伏せしていたんだが、マクゴナガルに見つかってしまって……」
「そうでしたか……」
「ダリア、ごめん。お前がせっかく稼いでくれていた点数を減らしてしまった……」
お兄様はそう私に謝る。
「そんなことはいいのです。点数などいくらでも稼いでみせます。ですから、お兄様がそんなことで謝る必要などないのです」
「ああ……」
私はそう慰めるのだが、どうもお兄様の元気はまだ戻らない。
「何か、他に気になることでも?」
「それなんだが……」
お兄様はそこで言葉を切り、
「実は罰則があるんだ」
そう、重い口調でおっしゃった。
ハリー視点
フィルチの後につづいて歩く僕は最低な気分だった。
真っ暗な校庭を歩き、禁じられた森に向かう。
僕の他にはハーマイオニー、ネビル、そしてマルフォイがいた。皆これから何が起こるか不安な様子だった。ネビルはずっとメソメソ泣いているし、マルフォイはただでさえ青白い顔をもっと青白くしている。ハーマイオニーはずっと下を見て歩いている。たぶん、ひどくあの時のことを後悔しているのだろう。
どうしてこんなことになったのだろうか?
ハッフルパフ対グリフィンドールの試合の後、スネイプがクィレル先生を脅して何かを聞き出そうとしているのを僕は見た。やはりスネイプが賢者の石を盗み出そうとしているのだと、改めて確信していた。のだけど、そんな矢先、ハグリッドがドラゴンを飼うなんて馬鹿をやらかしたことで、石のことはすっかり頭から消えてしまった。
しかもマルフォイにドラゴンのことがばれてしまい、急いでロンのお兄さんのチャーリーにドラゴンを引き取ってもらうことになったのだけど、ドラゴンを引き渡した後、僕とハーマイオニーは、透明マントをかぶるのを忘れてしまい、マクゴナガル先生に見つかってしまった。
先に見つかったマルフォイは、20点減点されていた。
でも、そんなことで喜ぶことはできない。だって、グリフィンドールは150点も減点されていたのだから。
僕とハーマイオニー。そして僕たちにマルフォイがいることを忠告しようとしたネビル。一人50点の減点。合計150点も、グリフィンドールは一夜にして失った。
翌日から地獄は始まった。一夜にして僕は、学校中の嫌われ者となった。同じグリフィンドールからは勿論、ハッフルパフとレイブンクローからも。これでスリザリンの寮杯が決まったようなものになってしまったからだ。
それでも受難は終わらない。今日ついに、罰則の日がやってきたのだ。
フィルチに連れられ、僕たちは夜の禁じられた森の前に集まる。真っ暗な森はひどく恐ろしく見えた。そんな中、引率のハグリッドの存在だけが頼もしくみえた。
「あそこを見ろ。地面に光った銀色の物が見えるか? ユニコーンの血だ。何者かに傷付けられたユニコーンがこの森の中にいる。今週になって2回目だ。皆でかわいそうな奴を見付けるんだ。助からないなら、苦しまないようにせねばならん」
処罰の内容は、禁じられた森のどこかにいる傷ついたユニコーンを保護する事だった。
僕たちは二手に別れて行動することになった。僕とハーマイオニーはハグリッドと。マルフォイとネビルはファングというハグリッドのペットと同行し、森の中へ入った。
でも途中、ネビルの班から緊急を知らせる赤い火花が発射され、探索が一時中止された。マルフォイはどうなってもかまわないけど、ネビルは元々僕たちが巻き込んでしまったようなものだ。急いで駆けつけたのだけど、ついてみれば、ただのマルフォイの悪戯でネビルが驚き、火花を発射したことがわかった。
カンカンに怒ったハグリッドは、ハーマイオニー、ネビルと共に行動し、僕にファングとマルフォイを任せることにした。
「こんなこと、父上に絶対言いつけてやる」
「怖いのかい?」
「そ、そんなわけないだろ、ポッター」
そういうマルフォイはやはり恐怖が顔ににじみ出ていた。僕も正直怖かったのだけど、マルフォイの前でそれを見せたくはなかった。それに、せっかくマルフォイと二人になったのだ。いつも彼は妹のダリア・マルフォイと一緒にいる。だから彼女のいない今こそ聞くチャンスだと思った。
「マルフォイ」
「な、なんだ」
「お前の妹のことで聞きたいことがあるのだけど」
そう言った瞬間……今まで恐怖で歪んでいたマルフォイの顔から恐怖が消え、まるで能面のようなものになっていた。
「なんだ? ダリアについて聞きたいことって?」
「い、いや、その」
僕はマルフォイの変化に狼狽する。彼が恐怖で思考が染まっている今、クィディッチでのことや、スネイプと共犯であるのかと、ゆさぶりをかけようと思ったのに、マルフォイは急に頑なな態度になってしまった。
「ダリアの何を探ってるか知らないが、これだけは言っておくぞ。僕がダリアについてお前に話すことなんて一つもない」
そう言ってずんずん前に歩いて行ってしまった。
それから30分間、僕たちは無言で歩いた。とてもダリア・マルフォイについて聞けるような空気ではなかった。最初はまるで勇気が戻ったかのように歩いていたが、今はまた、ダリア・マルフォイについて尋ねられる前のように恐怖に顔が歪んでいる。
いつも彼と共にいる美しくも冷たい表情の少女。
一体こいつにとって、ダリア・マルフォイはどういう存在なのだろうか。
僕はそれが少しだけ気になった。
尤もその疑問も思い出せない程、強烈な出来事がこの後すぐ起こることになる。
木立がびっしりと生い茂った森を歩いていると、急に開けた場所に出た。
そこには純白に光り輝くユニコーンの死骸が転がっており、その血を啜る何者かがいたのだ。
「ぎゃああああァァァ!」
マルフォイが恐怖で腰が抜けたのか、叫びながらへたり込んでしまう。
ファングも同様の様子だった。
叫び声で気付いたのか、血を啜る何者かがこちらを見る。頭をフードで覆ったそれは、ゆっくりと立ち上がり、こちらに近づいてくる。
その時、今まで感じたことのないような激痛を頭に感じ、思わずよろめいてしまう。
そんな僕たちに構わず、どんどんフードの何者かが近づいてくる。
もうだめだと思ったその時、
「お兄様に、何をしようとしているのですか、あなたは?」
振り向くとそこには白銀の髪をした、真っ白な美しい少女が……いつもの薄い金色ではなく、真っ赤な瞳で、いつものように冷たくフードの何者かを見つめていたのだった。
ユニコーンの死骸に、血を啜るフードの何者か。でも僕にはそれら以上に……この場にいるはずもない少女の方が恐ろしく思えた。