ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ハリー視点
今まで感じたこともない程の激痛に耐えながら、突然、まるで最初からそこにいたかのように現れた少女を見やる。
いつもの薄い金色の瞳ではなく、真っ赤に染まったその瞳は……いつもの感情の見えない表情と違い、はっきりとした激情を現わしていた。
「安心してください。お兄様を襲おうとしたのです。ただでは殺しません。ユニコーンの血を飲んでまで生きたいのでしょう? 少しの間だけ生かして差し上げます」
そう言い終わると同時に、僕の目には見えないほどのスピードで杖を構える。
「尤も死んだ方がましだとすぐに思うでしょうが」
するとダリア・マルフォイの杖から白色の呪文が飛び出す。何者かは咄嗟に避けようとするも、彼女の登場と彼女の雰囲気に呑まれていた。その場からほとんど動けず、呪文に直撃してしまった。
「ぎゃああああああ!」
僕は生まれて初めて、人がこれほど苦痛の叫びをあげているのを見た。信じられないほどの苦痛を与えられているのか、フードの何者かは、聞いたこともないような叫び声をあげながら地面をのたうち回っている。
激痛で朦朧とする意識の中、僕はその叫び声を聞く。先ほどまで感じていた恐怖の対象は、今や違う人物に移っていた。
いつもの無表情ではなく、呪文をかけた後から彼女は、今まで見たこともないような残酷な表情で笑っていたのだ。
「ふふふ。あはははははは! 苦しいですか? 苦しいですよね!? 私のお兄様を襲おうとしたのですから、これくらい当然ですよね! ねえ!?」
こんなことを、こんな表情でやっている彼女が、僕にはとても恐ろしいものに感じられた。まるで彼女が僕たちと同じ人間ではないような、そんな恐怖を覚えた。
マルフォイも突然の事態に驚いているのか、尻もちをついた状態から動けていない。
数分もすると、絶え間なく与えられ続ける苦痛に声も出なくなったのか、フードの男は叫び声をあげることも出来なくなって、ただ地面を這いずり回っている。
その姿をダリア・マルフォイは、見たこともない笑顔で眺めていた。
「そろそろいいでしょう。苦しかったでしょう? すぐに楽にしてさしあげます」
呪文が終わり、息も絶え絶えの男に彼女は優しさすら感じられるような声をかけ、再び杖を向けた。
「死になさい。アバダ、」
だが、彼女は最後まで呪文を唱えることはなかった。
「それはだめだ!」
呪文が放たれる前に、今まで動けていなかったマルフォイが、彼女の杖に飛びついて邪魔をしたのだ。
突然杖に飛びつかれ、驚いた様子のダリア・マルフォイ。
「な、なにをなさるのですかお兄様!?」
「お前が
二人がもみ合っているうちに、ローブの男はこれが好機と思ったのか、まるで痛みに耐えるかのように重く体を起こし、するするとどこかに逃げおおせてしまった。あの男がいなくなった途端、さっきまであった激痛が消えてなくなった。
「逃げてしまいましたか」
心底名残惜しそうな声で、彼女は悔しがる。まるで
「お兄様、何故邪魔なさったのですか?」
「ダリア。お前、」
マルフォイが何か言う前に、突然後ろの方から蹄の足音があたりに響く。
何事だと思っていると、草むらから突然、腰から下が馬、上半身が人間の男といった生き物が飛び出してきた。それは、マグルの世界では空想の生き物とされるケンタウロスだった。
明るい金髪に胴はプラチナブロンド、淡い金茶色のパロミノのケンタウロスの登場に警戒する僕らに、
「ケガはないかい?」
そう優しく声をかけてきた。
「え、ええ。大丈夫です。あ、あなたは?」
「ああ、ケンタウロスを見たのは初めてかい? 私はフィレンツェだ」
信じられないくらい青い目で僕を優しくみつめ、そして一瞬後ろにいるダリア・マルフォイをひどく警戒したような眼でみたあと、再び僕に目を向ける。
当のダリア・マルフォイは突然現れたケンタウロスを警戒していた。が、こちらを攻撃する気がないことが分かると、こちらのことより兄に怪我がないかの方が気になるのか、マルフォイの体のあちこちを調べだしてこちらをもう見ていなかった。
「お、おいダリア!」
「ケガをされていないか確認するだけです。くすぐったいと思いますが、少しの間じっとしていてください」
そんな会話を後ろに聞きながら、僕はフィレンツェと話す。
「はやくハグリッドのもとに帰りなさい。今森は危険な場所だ。特にポッター家の
「わ、わかりました。で、でもあれは一体?」
「ハリー・ポッター。ユニコーンの血は一体何に使われるか知っていますか?」
「い、いいえ」
「それはね、命を長らえるために使うんだよ。だが、それは不完全な命だ。無垢な命を殺すんだ。その血に口を触れた瞬間、そのものは呪われる。生きながら死ぬことになるんだ」
「一体誰がそこまでして……」
「しかし、それにも逃げ道がある。例えば、ユニコーンの血とは別の、完全な力を取り戻してくれるようなもの。永遠の命すら与えるようなもの。そんなものを手に入れるまでの、つなぎでしかないとしたら?」
僕はそれを知っている。それがこの学校にあることも。
「賢者の石!?」
「そう、そしてそれを手に入れてまで、力を取り戻そうとしている誰か。誰か思い浮かびませんか?」
そこまで言われ、僕は思い浮かべてしまった。僕の両親を奪い、僕の額にこの傷をつけた男。
「そ、それじゃあ、あいつはヴォ、」
「ハリー! 無事か!?」
ハグリッドの声があたりに響く。声の方向を向くと、ハグリッドとハーマイオニー、そしてネビルがこっちに走ってくるところだった。
「ハリー! 大丈夫だった!?」
「ああ、僕は大丈夫だよ」
心配そうに話しかけてくるハーマイオニーに答えながら、先ほどたどり着いた答えについて考える。推測が正しければ、今ここにいた男は、
「おう、お前さんも怪我はないか?」
「ああ……」
ハグリッドにそう答えるマルフォイの方を見るが、そこには妹の姿はなかった。現れた時と同じく、まるで最初からそこにいなかったかのように、彼女の姿はそこになかった。
どこにいったんだろうと思っていると、そっと、フィレンツェが僕の耳元に話しかけてきた。
「今世の中には危険が満ちている。気をつけなさい。……
談話室に帰り、僕は先ほどあった一部始終を、ロンとハーマイオニーに話した。
ハーマイオニーは最初、ダリア・マルフォイがいたと言ったことで反発していたが、話を最後まで聞くと、
「それじゃあ、マルフォイさんが
「うん……。でも助けたっていうより、兄が傷つけられたのが許せないって様子だったけどね」
彼女のあの時の表情を思い出す。
まるで、誰かを苦しめるのが心底楽しいといった、あの残酷な笑顔を。
「でもなんでだろうな」
ソファーに座っているロンがつぶやく。
「あいつはスネイプとグルなんだろう? そしたら「あの人」の邪魔をするなんて変だろう?」
スネイプが石を狙う理由。それはヴォルデモートに石を差し出すため。
それは分かった。でも、それならスネイプとグルであるはずのダリア・マルフォイが、何故ヴォルデモートの邪魔をしたかがわからない。
「ねぇ、そのことなんだけど……」
ハーマイオニーがおずおずと言った様子で話し始める。
「やっぱり、私には彼女がスネイプ先生の仲間だとは思えない」
「ハーマイオニー、」
「最後まで聞いて、それに、もしかして、スネイプ先生も犯人ではないのかも……」
「は? 何を言ってるんだい? クィディッチの時やクィレルの件だって、」
「そうなんだけど! でも、あの時、マルフォイさんは言ってたわ! 呪いをかけるのも、呪いを解くのも同じ動作だって!? 私たちは何か大本から勘違いしてるのかも……。何か、何かを見落としている気がするの……」
それっきり、ハーマイオニーは何かを考え込むように目を閉じてしまった。
僕とロンは、そんなハーマイオニーに肩をすくめる。ハーマイオニーはああ言っていたが、やっぱり僕はスネイプとダリア・マルフォイが犯人だと思う。
クィレルとの会話を聞いていた僕には、スネイプが石を狙っているとしか思えない。
そしてダリア・マルフォイ。
フィレンツェの言葉を思い出す。
『気をつけなさい。……彼女にもね』
そう言った彼の目には、彼女に対する警戒と不審、そして恐怖が映り込んでいた。
ダリア視点
談話室にお兄様が入る。案の定夜遅いこともあり、中には誰もいなかった。
「もういいぞ」
そうお兄様が話しかけてくる。
私はそれにあわせ、自分にかけていた『目くらましの呪文』を解いた。
「いつからいたんだ?」
「最初からです」
そう、私はお兄様が談話室を出たときからずっと、お兄様の近くにいた。
今度の罰則は「禁じられた森」で行われると、お兄様から聞いていた。
禁じられた森。
ホグワーツのすぐ近くに広がるこの森は、その名前の通り、入ることを禁じられるほど危険に満ちた森だ。危険な動植物に満ちており、一説では人狼もいるとか。
そんな森にお兄様一人で向かわせるなんて絶対に出来ない。別にお兄様だけが森に入るわけではないのだが、他に森に行くメンバーが、いざという時お兄様の盾になるとは思えない。
だから私は『目くらましの呪文』を使うことで、お兄様のそばにいようと思ったのだ。
「そうか……。ありがとう。さっきは助かった」
「いえ、妹として当然のことをしたまでです」
愛するお兄様を守ること、妹として当然の行為だ。
「でも、もう今度からはついてくるな。お前が危ない目にあってしまう」
「ですが、」
「それと!」
私が反論しようとするも、お兄様はどこか諭すような顔をしてそう切り出した。
「ダリア。さっきは何の呪文を使おうとしたんだ?」
「死の呪文です。それがどうなさいました?」
以前トロールにも使った呪文。お兄様が邪魔をしなければ、即座にあのフードの男を殺せるはずだった。
「そうです、お兄様、先程は何故邪魔をされたのですか?」
「ダリア、お前、気づいていないのか? お前はあんなに嫌がっていたじゃないか、それを……」
「……?」
私が一体何に気付いていないというのだろうか。私には最初、お兄様の言わんとしていることがまるで分からなかった。
「僕もあの呪文は知っている。その効果も」
しかし、そんな私の疑問は直ぐに氷解することとなる。
お兄様は言葉を一度切った後続ける。
「ダリア、お前は
「それは、」
私はそこで気付いてしまった。私が一体何をしようとしていたのかを。
急速に先ほどまであった高揚感が消えていく。
なんてことを私はしようとしていたのだろうか……。
よりにもよって……私は、
前回のようにトロールではない。人をだ。
確かに、私はあの時冷静ではなかった。お兄様が襲われそうになったことで、頭に血が上ってしまい、いつもの冷静さを失っていた。
だが、そうだとしても、私は確かに人を殺そうとしていた。
それどころか……私は
人を殺すという行為を。
いつもなら私が最も忌避する行為を。
私が帝王の人形などにはならないために、私がマルフォイ家の家族であるために忌避していたものを、私はあんなにも簡単に。
勿論、お兄様が傷つきそうな時、お兄様を守るためならなんだってやる。
だが、先程は違った。もう奴に反撃することはできなかった。あれ以上何かする必要はなかった。それなのに、あんなにも簡単に人を殺そうとしてしまった。
先程までの高揚感は消え、私の背に冷たいものが走る。
「わ、私は。い、一体なにを」
まだ私の中には先ほどの感覚が残っている。
怒りで我を忘れた私は、人を殺すことがとても当然の行為で、尚且つとても楽しいものだと、確かに感じていたのだ。
???視点
「も、申し訳ありません、ご主人様」
「よい、ユニコーンの血自体は必要量飲んだのだ。俺様は寛大だ。今回小娘ごときに敗北したことを許そう」
「あ、ありがとうございます!」
俺様はこの体に憑依しているとはいえ、この体と感覚を共有しているわけではない。だから先ほどの「磔の呪文」の苦しみを感じることはなかった。受けていたら許すことはなかったが、所詮この駒が受けた苦しみだ。
それに、
「まさか許されざる呪文すら使いこなすとはな……」
「ど、どうなさいますか?」
「お前が気にすることではない。お前は賢者の石を手に入れることだけを考えればよい。罠を突破する目算はもうたっているのであろう?」
「は、はい」
「では後はタイミングを待つだけだ。失敗すればどうなるか、分かっているな?」
「は、はい! も、勿論でございます!」
情けなく言い訳を始める駒を無視し、物思いにふける。
こんな愚図に頼らねばならないのは口惜しいが、それももうすぐ終わる。
あの石さえ手に入れば俺様はまた力を取り戻すことができる。
あの駒はやはり俺様の期待以上に育っている。早ければ来年にも使うことができるかもしれないな。
予想以上に使えそうな駒のことを考えながら、愚図の後ろで
森に来るとき、クィレル先生はターバンをしていなかったため、ニンニクの臭いはせず、ダリアも先生だと気付いていません。
そろそろ賢者の石終わります。