ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ダリア視点
またこの時間がやってきた。私たち家族は去年と同じように、ホグワーツ特急の前で別れの挨拶をしていた。
「では、お父様、お母様、行ってまいります」
「ああ」
「気を付けて」
いつものようにお父様に頭を撫でられ、お母様には優しく抱擁してもらう。私にとってこの時間は辛いと同時に、お父様達の愛を感じられてるとても幸福な時間でもある。
それに、もう初めてのホグワーツではもうないのだ。次いつ会えるかも十分分かっている。
「では、また
私は内心の寂しさを隠し、私に出来る精一杯の笑顔をして、お父様達に別れを告げた。
のだけど……。
何故か、お母様は固まっていた。お父様はその横で、なぜか痛みを堪えるかのような表情をなさっている。
「あ、あの? 私、何か変なことでも言いましたか?」
あまりの表情の変化に思わず尋ねる。が、
「……ダリア、もしかして知らないの?」
お母様に、訝し気な表情で逆に問い返されてしまった。
「い、一体何をです?」
お母様たちが何を訝しがっているのか、私にはさっぱり分からなかった。
「あなた……。もしかして、まだダリアに……」
「……すまない。言おう言おうと思っていたのだが、言えずじまいだったのだ……」
小声で何やら話あっていた二人は、再び私達の方に向き直り言った。
「ダリア、ドラコ。今年のクリスマスは、
私の頭は真っ白になった。
ルシウス視点
「ダリア、ドラコ。今年のクリスマスは、帰ってこなくてもよい」
クリスマスを非常に楽しみにしているダリアに、こんなことを言うことが中々できず、ついにこのタイミングで言うしかなくなってしまった。我ながら情けないことだが、どうしてもダリアの傷つく顔を見たくなかったのだ。
「お父様、申し訳ありません。一瞬、少し耳が遠くなってしまったようでして、うまく聞き取ることができなかったようです。申し訳ありませんが、もう一度だけお願いいたします」
案の定、ダリアのただでさえ乏しい表情が、完全に抜け落ちている。私の言ったことが相当ショックだったのだろう。
こうなることは分かっていた。だが、それでも今年はどうしても、クリスマスに帰らせるわけにはいかないのだ。
「父上、クリスマスに何かあるのですか?」
比較的にショックが少なかったであろうドラコに答えようとするも、
「嫌です!」
先程まで完全に表情の抜け落ちていたダリアが突然、私に取りすがってきた。
「どうしてそのようなことをおっしゃるのですか!? クリスマスは、私達マルフォイ家にとって大切な家族の日ではないですか!? お父様! 嫌! 嫌です!! クリスマスに家に帰れないなど!! 一年間家族に会えないなんて耐えられません!」
私はダリアがここまで取り乱しているのをはじめてみた。自分が吸血鬼だと知った時も。自分が闇の帝王に造られた存在だと知った時も、ダリアは私の前で取り乱すことはなかった。今回のことなんかより、よほどショックな話だっただろう。しかし、相当落ち込んではいたが、取り乱すようなことはなかった。おそらく、私、そしてシシーに迷惑をかけまいと思い、表面上我慢していたのだろう。
だが、今この子はこんなにも取り乱している。
今までなら辛そうにしながらも、表面上は我慢していただろうことに。
去年、私とシシーがこの子を見送ったとき、私たちはダリアが我儘の言える子供になっていることを願った。そうしなければ、この子がいつか壊れてしまうと思ったからだ。この子は、あまりにも頑張りすぎる。
だが、なんだこれは。
ダリアは、我慢しなくなったのではなく、ただ、我慢の限界を超えだしているだけに見えた。
私は改めて再確認した。
何故ダリアはここまで、この一年でこんなにも壊れかけているのか。
答えは決まっている。
ダンブルドアのせいだ。
あの老いぼれさえいなければ……。
しかし、そこで私は頭を振って奴への憎しみを頭から追い出す。
奴のことは今はいい。どちらにしろ、もう罠は仕掛けたのだ。奴の命運も今年限り。
それより今は、私に取りすがるダリアを何とかせねば。
「ダリア、落ち着きなさい」
「で、ですが、お父様」
「いいか、ダリア、よく聞きなさい。今年のクリスマス、お前たちを帰すわけにはいかないのだ」
「それはどうして!?」
「今年のクリスマスに、我がマルフォイ家に立ち入り調査が入るからだ」
「……え?」
今年に入ってから頻度の増してきた立ち入り調査。おそらく裏でウィーズリーが主導しているだろうそれを、なんとか今まであの手この手で封じ込めていた。だが、遂に抑えきれなくなってしまった。我が家にも遂に立ち入り調査が行われることとなり、私にできたことは、それが行われる日を掴むことだけだった。
そして、その立ち入り調査が行われる日というのが……。
「よりにもよって、クリスマス……」
「ああ、そうだ。ウィーズリーめ、おそらくその日なら私も油断しているとでも思ったのだろう。まったく、忌々しい奴だ」
「そう……だったのですね」
「分かってくれたか、ダリア。だからお前たちをクリスマスに帰すわけにはいかない。特に、ダリアの持っている品などを調べられたらやっかいだからな」
ダリアの持っている手袋は、まぎれもない闇の道具だ。これをもし、立ち入り調査で調べられでもしたら、ダリアにも危険が及んでしまう。それだけは避けねばならない。
「分かりました、お父様。我儘を言って申し訳ありませんでした」
「お前が気にする必要はない、ダリア」
そう言ってダリアの頭を軽く撫でてやる。
私に頭を撫でられるダリアは、先程のように取り乱した様子はもうなかった。
だが、瞳だけは先程にはなかった不穏な光をしていることにも、そして、
「私が、こんな体だから……」
ダリアの小さなつぶやきにも、私が気が付くことはなかった。
ダリア視点
汽車の窓から見える景色は、非常に明るく、のどかな風景だった。まさに青天。どこまでも続く緑の草原。
でも、私の気分はそれに反比例するように暗かった。
「ダリア……そろそろ元気を出してくれないか?」
私は今、クラッブとゴイル、そしてお兄様と同じコンパートメントで汽車に揺られている。このコンパートメントは非常に重い空気に包まれていた。
原因はもちろん私だ。
日光の関係で窓から少し離れた位置で項垂れている私が、放つ空気で委縮してしまっているクラッブとゴイル。そして項垂れる私をそっと撫でてくれているお兄様。
「……ですがお兄様。クリスマスが……」
「ああ、分かってる。全く、あの忌々しいウィーズリーめ! あいつらが本当に純血なのか怪しいものだ」
そう言って、盛大にウィーズリーと、なぜかついでにハリー・ポッターの悪口大会がお兄様と、クラッブとゴイルの間で始まった。
それを横目に見ながら考える。
勿論、ウィーズリーが全ての原因であることは間違いない。あの忌々しい一族がこんなことしなければ、私がクリスマスを台無しにされることはなかった!
書店で会ったとき、もっと徹底的に叩き潰しておくべきだった。
でも、それ以上に……
『特に、ダリアの持っている品などを調べられたらやっかいだからな』
ウィーズリーが立ち入り調査を実施したとしても、本来であるなら帰れない理由にはならないのだ。マルフォイ家にある闇の道具は、既に皆隠されているか売られるかしている。だから、私たちは彼らが家探ししているのを横目に、優雅に紅茶でも飲むことだってできた。
でも、実際はそうならなかった。
何故なら、私が
これがもし、立ち入り調査の現場で調べられでもしたら……お父様達の迷惑になってしまう。
結局、私とお兄様が帰れないのは、私のせいなのだ。
私がいるから、私は、そしてお兄様も巻き込まれて、家に帰ることができない。
「本当に、嫌になる……」
私の小さなつぶやきは、誰にも届くことはなかった。
暗い空気を払拭しようと、必死にお兄様達が悪口大会をしているのを横目に見ていると、
「ダリア、ここにいた! 久しぶりだね! 元気にして……って、どうしたの!? そんなに項垂れて! どうかしたの!?」
夏休みの間、手紙を頻繁に送ってきていたダフネがコンパートメントに入ってくる。
最初は私の特徴的な白銀の髪を見つけて喜んだ様子だったが、このコンパートメントに立ち込める暗い空気の元である、項垂れる私に気が付く。
「ダフネか。久しぶりだな」
「うん。ドラコも久しぶり。クラッブとゴイルもね。それで、ダリアはどうしたの? 元気がないよ?」
「ああ、それなんだが……」
お兄様が、ダフネに先程のお父様達とのやり取りを説明する。
「そうだったの……。それにしても立ち入り調査か。先週、家にもきたな~」
どうやら、ウィーズリーの標的は、私達だけではなかったらしい。
「グリーングラス家にもか? で、どうだったんだ?」
「グリーングラス家だけじゃなくて、他の純血の家は軒並み調べられているみたいだよ。それで、なんか突然来て色々調べられたんだけど、何点か倉庫の中にあった品物を持っていかれたかな。どうも闇の魔術がかかってるものだったらしくてね。パパとママ、もちろん私もそんなものあるとは知らなかったんだけど。グリーングラスの倉庫って物が溢れすぎてて、私達にもよく分かってないものもいっぱいあるんだよね。で、そのうちの何点かがそうだったわけ。でも、私達も知らなかったということで、罰金だけですんだみたいだよ。まったく、ご先祖様にも迷惑しちゃうよ」
「……純血なら、自分の家の倉庫の中身くらい把握しておけ……」
呆れた様子のお兄様を無視して、ダフネが心配そうに話しかけてくる。
「ダリア、大丈夫? 元気出して」
「……ありがとうございます、ダフネ。そうですね。そろそろ切り替えないといけませんね……。ご迷惑をおかけしました」
ダフネも入ってきたことだし、これ以上落ち込んでいる所をみせるわけにはいかない。
「そんなことないよ! クリスマスに家族に会えないのは誰だってつらいもの! でも、そっか。じゃあ今年のクリスマス、ダリアとドラコはホグワーツに残るんだね」
「ええ。帰れませんので」
言っててまた辛くなってきた。
しかし、私が再び落ち込む前に、
「そっかそっか。じゃあ、今年は私もホグワーツに残ろう!」
そう、ダフネは満面の笑顔で宣言した。
「……何故ですか? ダフネもクリスマスにはご両親にお会いしたいでしょう?」
「まあ、そうなんだけどね。でも、クリスマスにダリアといられる機会なんてそんなにないだろうし。私は今年のクリスマス、
去年と同じだ。私には、これを断らなければならない
でも……ダフネの方をチラっと見やる。
するとそこには、期待で目を一杯にして、上目遣いをしてくるダフネの姿があった。
それを見てしまった私は、
「……物好きですね」
思わず、断りの言葉ではなく、そんな曖昧な返しをしてしまった。
「やった! 今年はダリアと一緒のクリスマスだね!」
「僕もいるんだが……」
「ダ、ダリア様が残るなら、俺も」
「お、俺も」
またやってしまった。グレンジャーさんの時もそうだったが、ダフネにはそれ以上に曖昧な態度を取ってしまいがちだ。こんなこと、私と家族、そしてダフネに対しても悪いことだと分かっているのに。
そう後悔する中、先ほど感じていた寂しさが薄らぎ、少しだけクリスマスが楽しみになっている自分に、私が気が付くことはなかった。
窓の外がすっかり暗くなった頃、ホグワーツ特急はようやくその長旅を終える。
汽車を降りると、私達は去年と違い馬車を使ってホグワーツに行くことになっていた。
「イッチ年生はこっちだ!」
去年聞いた呼び声をしり目に、プラットホームからでて馬車道に出る。
そこには100台近い馬車が列をなしている。
しかし何故か、馬車を引く馬はいなかった。
「これは、このまま乗り込んでいいのかな?」
「おそらく。魔法でもかかっているのでしょう。それか透明な馬、セストラルかもしれませんね」
おそるおそる馬車に乗り込むと、案の定馬車はひとりでに走り始めた。
鋳鉄の門を走り抜け、長い上り坂を登る。そこには暗闇に荘厳にたたずむ、巨大な城ホグワーツが私達を待っていた。
「ダリア、ホグワーツに着いたよ」
「ええ」
馬車を降り、お兄様に続いて石段を登る。しかしその途中、
「マルフォイさん!」
どうやら近くの馬車に乗っていたらしいグレンジャーさんが話しかけてきた。
「おい、グレンジャー。一体何の用だ」
お兄様が不快気な表情でグレンジャーさんの方へ振り向く。
「貴方じゃないわよ! あなたの妹さんに用があるだけ!」
「ふん。一体何か知らないが、お前ごときがダリアに気安く話しかけるな」
「なんですって!?」
出会った瞬間何やら始まりそうだったので、ため息をつきながら
「はぁ。グレンジャーさん、手短にお願いします」
「あ、ありがとう、マルフォイさん。それでね、ハリー達を見なかった?」
「……いえ? 見ていません。私たちはコンパートメントから特に出ませんでしたので」
「おいおい、グレンジャー。ポッター達はいないのか?」
先程までの不快気な表情から一変、お兄様は非常に興味深そうにグレンジャーさんの話を聞いていた。
そんな様子に聞く相手を完全に間違えたことを悟ったのか、グレンジャーさんは慌てたように、
「い、いえね、ちょっと汽車の中で見つからなかったものだから。ご、ごめんなさいね。じゃあ!」
そそくさとグリフィンドール生と思しき集団の中に戻っていった。
「グレンジャーに感謝しないとな。これはもしかすると、大変なことかもしれないぞ!」
「そうですね。もし、グレンジャーさんの見落としでなければ、大変由々しき事態ですね。汽車に乗り遅れた、ということですから」
「しかもあの口ぶりからすると、ポッターだけじゃなさそうだ。ウィーズリーもだろうな」
「それは大変
ポッターはどうでもいいが、ウィーズリーに関しては未だクリスマスの件で苛立ちが残っているので、少しだけ愉快な気持ちになった。
「ドラコ! こっちこっち!」
大広間に入ると、すでにスリザリンのテーブルにはパーキンソン、ブルストロードの他に、セオドールとザビニも座っていた。
「ドラコ、久しぶりね! 元気にしていた!」
「ああ。パンジー、お前も元気そうだな」
しっぽがあれば思いっきり振っているであろう様子のパーキンソンに、お兄様は少し硬い表情で返している。
その横でセオドールとザビニが私に挨拶をしてくる。
「ダリア。お久しぶりです」
「ええ、セオドールもザビニも、お元気そうでなによりです」
その瞳はどこか私に媚びるような色をしていた。私に近づこうとしても無駄だというのに。まったくご苦労なことだ。
そして、私の気の抜けない日常が再び始まった。
お兄様達が額を寄せ合って何やら小声で話し合っている中、教員席に先生方が座りだす。その中には、ダンブルドアは勿論、去年大変お世話になったスネイプ先生、そして新任教師であるロックハート先生までいた。
ロックハート先生は、席に着きながらそこかしこにウィンクをしている。その度に女子生徒たちが黄色い声を上げているのを聞きながら、私は非常に不安な気持ちだった。
書店から帰ったあと、教科書だということだったので、彼の本を全部読んでみたのだ。
正直、本を途中で読みたくなくなるという経験は初めてのことだった。
お父様のおっしゃっていたことは正しかった。確かに、本来教科書となるような本ではなかった。よくて三文小説だ。
彼の本当にやったかもわからないおとぎ話が延々と書いてあるだけ。
本当にやったことだとしたら偉大な人物なのであろうが、如何せん、誇大な表現が使われ過ぎているせいでうさん臭さが漂っていた。
『闇の魔術に対する防衛術』の授業を今年こそまともに受けたい私としては、それが本当のことであってほしいところだが、お父様の反応からすると期待薄だろう。
まあ、去年と違い、普通の人並みレベルであればいいでしょう。少なくとも、苦痛でなければいいか。
そう、自分に言い聞かせようとするのであった。
入学式がはじまり、一年生が大広間に入ってきている間も、お兄様達は額を寄せ合って何やら小声で話し合っていた。
もれてきた声で想像するに、どうやらグリフィンドールの席に現在もポッターとウィーズリーの二名が座っていないことについてのようだった。グレンジャーさんの見落としというわけではなかったらしい。
しばらくすると、
「ダリア!」
「どうかなさいましたか? お兄様」
私がちょうど、忌々しいウィーズリーの末っ子が組み分け帽子をかぶっているのを眺めている時、お兄様が小声で話しかけてきた。
「ポッター達がどうなったか分かったぞ!」
「
「ああ、さっき新聞に載ってたらしいんだが、あいつら、どうやら汽車に乗り遅れて、代わりにウィーズリーの空飛ぶ車で来たらしい。しかも、マグルに目撃された上に、暴れ柳に激突までしたらしいぞ! これはいよいよあいつらも退校かもな!」
「……ウィーズリーの空飛ぶ車、というのは?」
確か、その手の魔法道具は他ならぬウィーズリー氏自身が、法律で禁止していたはずだ。
「抜け道でもあるんじゃないか? 闇の魔法具と違って、使うつもりがなかったら大丈夫とかな。でも、これでもう奴らもお終いだ」
「それが本当なら、最高のニュースですね」
「だろう?」
お兄様は、ポッター達が退学になったかもしれないことを喜んでいる様子だったが、私はそんなことで喜んでいるわけではなかった。私がうれしかったのは、このことでウィーズリー氏の力が弱まるかもしれないことだった。何しろ自分の作った法律を破ったのだ。魔法省においての地位に打撃を与えられるのは必至だろう。
うまくいけばクリスマスの立ち入り調査を消すこともできるかも。
そう考えて、私はお兄様と笑いあう。
「グリフィンドール!」
笑いあう私達をしり目に、ウィーズリー家の末子、ジネブラ・ウィーズリーがグリフィンドールに組み分けされていた。