ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ダリア視点
「……何故、私も行く必要があるのかお聞きしても?」
優し気な表情をしているが、目だけはジッと警戒しているように見つめる校長に尋ねる。去年から分かっていたことではあるが、この校長は何故か私を非常に警戒している。今回だってそうだ。彼も先ほどのパーティーに参加していたのだ。ならば私がそこに参加していたのも知っているはずだし、だからこそ私がこれをやったという根拠は何一つないことは分かっているはずなのだ。
それなのに私を疑うこの老害に、私は内心では非常に腹を立てていた。
でも、
「そうだ! なんでダリアが行かないといけないんだ!? ダリアは今ここに来たばかりだぞ! そこのポッター達はともかく、ダリアが行かないといけない理由はないはずだ!」
「そうです! それにダリアが行かないといけないなら、私だってダリアと一緒に今ここに来たんですよ!? だったらダリアじゃなくて私でもいいはずですよね!?」
横にいた二人から総スカンを受けていた。
気持ちは非常にありがたいのですが、校長の話も聞かないと先に進まないのですが……。私のために烈火のごとく怒っている二人の姿を見て、私は何だか冷静になってしまった。
「いや、何、そう警戒しなくてもいいのじゃよ? わしはただ、ホグワーツ有数の頭脳を持つダリアの意見を聞きたかっただけじゃよ。偶然とはいえ、一番目につくところにおったしのう。理由はそれだけじゃよ」
お兄様達を宥めようとほがらかに言ってはいるが、やはり目だけは変わっていない。適当なことを言っているが、目は口ほどにものを言っている。
私には、彼の目が
わしは、君を疑っておる。
そう語っているように見えていた。
「ふん! そっちは曲がりなりにも、
「そうです! そりゃダリアの方が校長より
「分かりました。意見だけでよろしいなら」
「っダリア!」
お兄様達の怒鳴り声を遮って私は校長に従うことにした。これ以上放っておくと、お兄様達がどんどん失言を繰り出していく気がしたのだ。
事実、校長の横にいるマクゴナガル先生は怒ったような顔をしている。まだ黙っているが、もう少しすれば堪忍袋の緒が切れるだろう。ただ、普段であれば怒っているだろう先生がまだ何も言わない理由は、彼女自身ダンブルドアが私を呼んだ理由を測りかねているからだろう。スネイプ先生も校長の意図をはかりかねているのか、いつも浮かんでいる眉間のしわがさらに深くなっている。ロックハート先生は……空気も読まず、何故か私にウィンクを送っていた。何のためについて来たのだろう、この人は……。
それに、どうせここで断ったとしてもあんな目をしているのだ。後で適当な理由をつけて呼び出してくるだろう。
去年のクリスマス前夜のように。
それならば、二人っきりになる状況より、私の前に呼ばれた三人組や、スネイプ先生含む他の先生方が共にいる状況の方が好ましく思えた。他者がいる状況で下手なことはしてこないだろう。平然と生徒に開心術をするような老害だ、二人っきりになれば何をしてくるかわかったものではない。
去年、私にあんな鏡を見せたように。
「ダリア! いいのか!? お前は全く関係ないんだぞ!?」
慌てたように尋ねてくるお兄様に返す。
「わかっております。ですが、ここで行かないで、後で個人的に呼び出される方がよほど面倒くさいので……」
暗に去年の呼び出しのことを言及すると、お兄様は納得はしないまでも、ここで行く以外の選択肢がないことは理解された様子だった。
苦虫を噛み潰したような表情でお兄様は続ける。
「な、なら僕も行く!」
「わ、私も! ダリアを独りになんてしない!」
私が校長に同行する意志の固いことを悟ると、次案としてお兄様はそうおっしゃった。
私を心配してくださる気持ちは非常にありがたい。が、これも出来ない相談だった。
「大丈夫です。校長は、私の意見が聞きたいとおっしゃっていただけです」
「でも、ダリア、」
「お願いします。お二人が寮にいてくださった方が、私としては安心できるのです」
意見が聞きたいだけと言っていた以上、向こうで下手なことを校長が聞いてくることはないだろう。でもそれも絶対ではない。ならばダフネは連れていけない。そしてダフネを連れて行かないのに、お兄様を連れていく道理はない。
何より、向こうでお兄さまたちが出来ることはほとんどない。それどころか、これ幸いにとダンブルドアがお兄様に余計な質問をし、尚且つ開心術を使ってくる可能性もあるため、二人は足でまといになる可能性すらあるのだ。
私が暗について来ないで欲しいという意思を見せると、私の乏しい表情を読み取ったのか、
「……分かった」
凄く不満そうであるが、お兄様はこちらも首を縦に振ってくださった。ダフネも同様の表情をしているが、彼女もこれ以上何か言うことはなかった。
私は無表情ながら、私にできうる限りの笑顔を二人に送って、
「さあ、行きましょうか」
相変わらず警戒したようなダンブルドアに言った。
そんな私を、教師二人とグレンジャーさんは困惑したように、そしてグリフィンドール二匹は校長同様に警戒した眼差しで見つめていた。
ロックハートのみは相変わらず私にウィンクをよこしていた……。
「おお! そうか! では、行くかのう。どこか空いている場所は、」
「それならダンブルドア! 私の部屋をお使いください!」
今までウィンクをすることに忙しくて黙っていたロックハート先生が申し出た。
「ありがとう、ギルデロイ」
そう言ってダンブルドアが歩き出すと、人垣はパッと左右に割れて私達一行を通す。
彼らの間を通る際、やはりほとんどの生徒達は私のことを凝視していた。
そちらに目をやると、
彼らは先程以上に私を恐怖の眼差しで見つめていたのだった。
その怯えた生徒たちを見ながら、私は校長の狙いの一端を見た気がした。
ああ……だからこの場で私を呼んだのか……
本来、誰かをこの場でわざわざ指名してまで連れていくというのは、その人間を犯人だと疑っていると公言するようなものだ。しかも、お兄様がおっしゃっていたように、相手は曲がりなりにも今世紀最高の魔法使いと称される人間だ。本来なら誰かの助言等必要はしないだろう。それがただの生徒なら尚更だ。なのに、私を呼んだ。それは口実とは裏腹に、明らかに私を疑っていると公言しているようなものだった。
今世紀最も偉大な魔法使いに疑われるのだ、さぞ生徒達には疑わしい人間に見えたことだろう。
普通なら、多少疑っているくらいであれば、後日こっそり呼び出せば済むことなのだ。それこそそちらの方がよほど時間を作って尋問出来る。
なのに、彼はこの場で私を呼んだ。つまり、それだけ確信をもって私を疑っているということだ。いや、たとえ私が完全に犯人だと思っていなかったとしても、何かしらの関わりが私にあると思っているのだろう。
だから、この疑いではなく、半ば確信に変わった生徒たちの視線で、私をけん制しているのだ。
奴は、自分の言葉や教師たちではなく、生徒を使って私をけん制したのだ。
容疑者である私が、これ以上下手な行動をできなくするために。
これ以上犠牲者を出さないために。
本当に、嫌な奴……。
私は誰にも分からないように、殺意を込めて、静かに拳を強く握る。
殺意を込めた視線を向けた先には、前を颯爽と歩くダンブルドアの背中があった。
私達はロックハート先生の部屋に入り灯りをつける。壁一面に張られたロックハート先生自身の写真が、突然の来客に慌てふためく様子をしり目に、ダンブルドアはミセス・ノリスを机に置いていた。
他のメンバーは思い思いの位置に立っている。先生達は猫を調べるためか、比較的机に近い位置に。そして私たち生徒組は部屋の隅の方に立ち尽くしていた。管理人は泣きじゃくりながら猫に縋り付いている。
衝撃的な場面に出くわし、よほど精神的にきているのだろう。グレンジャーさんは隅の椅子にうなだれるように座っている。その傍にポッターたちは寄り添っており、私は彼らから少し離れたところに立っていた。
顔がくっつくかもという距離でミセス・ノリスを調べだすダンブルドアの横で、ロックハート先生が話し出す。
「猫を殺したのは呪いに違いありません! 多分『異形変身拷問』の呪いでしょう!」
その『異形変身拷問』なる呪いを私は知らない。名前からして私の大好きな闇の魔術だと想像できるが、私は特にそちらに興味を示さなかった。これがスネイプ先生辺りが口にしたことであったら、私はこの状況を放り出して話しを聞いていただろうけど、如何せん口にしたのはボンクラ教師だ。おそらくお得意の
「私がその場にいなくて残念です! 反対呪文を知っている私なら、猫を救ってやれたのに!」
終わりが見えない与太話の横で、ダンブルドアは呪文を唱えながら杖で猫を叩いている。効果は特になかったらしく、相変わらず猫は固まっていた。
それはそうだろう。なぜなら、そんなことで治せる状態ではないのだから。
ダンブルドアもようやく猫の状態に気が付いたのか、管理人に向かってやさしく言った。
「アーガス、猫は死んでおらんよ」
「死んでいない……?」
「そうじゃ。死んではおらん」
「な、なら一体?」
縋りつく管理人を手で制し、ダンブルドアは部屋の隅で黙り込んでいた私に尋ねた。
「ダリアはどう思うかのう?」
「ご自分で分かっておられるのではないのですか?」
私が不機嫌な声で返す。
「買いかぶり過ぎじゃよ。確かに見当はついておるが、確信が欲しくてのう。君の意見を聞きたいんじゃよ」
ぬけぬけとよく言う。おそらく、正直に話しても、あるいは分からないと嘘をついたとしても、どちらにしろ私を疑うのは変わらないのだろう。彼はただ私に揺さぶりをかけたいのだ。
正直に話すのは癪であったが、ここで嘘をつけば後でボロが出る可能性があるので、ここは正直に話すことにした。
「……おそらく、その猫は石になっているのでしょう」
私の見立てでは、猫はダンブルドアが言っているように死んではいなかった。ただ
そしてその見立ては正しかったらしく。
「おお! わしもそう思っていたのじゃよ! 流石は学内一の秀才じゃのう!」
「はあ」
大きく頷いている校長に、私は気のない返事を返す。
自分でも分かっていたくせに、よくもまあこんな茶番をする気になるな。そう思っていたが、
「では、ダリアよ。どうして猫が石になったか分かるかのう?」
今までの少しふざけた雰囲気ではなく、真剣なまなざしで私に尋ねてきた。
成程。この質問に対する私の反応が見たかったのだろう。これは犯人しか知らない情報だ。もっとも、私が犯人だとしても、こんなに分かりやすいカマかけには決してボロは出さないだろうけど。
それに、
「いえ……見当もつきません」
実際質問に対して、私は明確な答えを持ち合わせていなかった。
本当は相手を石にする方法
生き物を石にするような闇の魔術が使える人間は、おそらく教員を除けば私しかいない。私が犯人ではない以上、先生方の誰かが犯人か、あるいは生徒の誰かが私の知らない方法で犯行を行ったとしか考えられなかった。だから質問への答えは、文字通りわからないが正解だった。
私が去年同様ボロを出さないと思ったのか、
「そうか……おぬしでも分からぬか……」
ダンブルドアはいやにあっさり引いた。しかし、
「嘘だ!」
管理人はそうではなかったらしい。私を睨みつけながら大声をあげる。
「そいつがやったんだ! そいつが私の猫を!」
「違います! マルフォイさんは違います!」
怒鳴り散らす管理人に、私と同じく部屋の隅でかたまっていたグレンジャーさんが大声をあげた。
どうやら彼女だけは私を庇ってくれるつもりらしい。
「マルフォイさんは私たちの後で現場に来ました! だから彼女はやっていません!」
「だったら!」
私を睨み付けていた管理人は、今度はポッターに目を向けた。
「あいつが犯人だ! あいつはパーティーにいなかった! そ、それに、」
苦し気に顔をゆがめて続けた。
「わ、私が、出来そこないの『スクイブ』だって知ってるんだ!」
そう彼は懺悔でもするかのように叫んだ。
『スクイブ』。それは魔法使いの家に生まれながら、魔法を使えないほど魔力を持たない人間の蔑称だ。スクイブは非常に珍しい存在であるが、魔法界で知らぬ者はほとんどいない。しかし、
「ぼ、僕、ミセス・ノリスに指一本触れていません! それに、僕、『スクイブ』が何か知りません!」
どうやらポッターは知らなかったようだった。
「馬鹿な! お前は私の『クイックスペル』からの手紙を見たはずだ!」
ポッターがマグルの間で育ったのを知らないのか、はたまたただ冷静でなくなってるのか、管理人の叫び声は止まらなかった。
「校長、一言よろしいですかな?」
このままでは埒があかないと思ったのか、スネイプ先生が声を上げた。
「ポッターもその仲間も、単に間が悪くその場に居合わせたのではありませんかな。ミス・マルフォイはパーティーに参加していたのですから、論ずるまでもないでしょう」
そう若干険を持った口調でダンブルドアに話す先生に、私は少し驚いた。
私をここに連れていくとダンブルドアが言った段階で、先生は相当顔をしかめていたのだ。私には絶対に不利なことをおっしゃるとは思っていなかった。が、ポッター達まで庇われるとも思っていなかった。ポッター達もそうなのか、訝し気にスネイプ先生を見つめている。
「とはいえ、」
でも、それで先生の話は終わりではないらしかった。
「ポッター達はやはり非常に疑わしい状況ではあると思いますがな。大体、何故、パーティーに参加せず、あのような場所にいたのか。それをお聞きしたいですな」
「ぼ、僕たち、『絶命日』パーティーに参加してました。ゴースト達が証明してくれるはずです」
「では何故その後大広間に来なかったのかな?」
「そ、それは、僕たち疲れていて、すぐにでもベッドに行きたかったんです。お腹もすいていなかったし……」
段々と追い詰められ始めたポッターはそう言い訳したが、運悪くその直後にウィーズリーのお腹がなってしまい、部屋の中を微妙な空気が流れた。
彼らが何か隠しているのは明らかだった。無論それでも彼らが犯人だとは思わない。動機も実力も、そしてなにより
スネイプ先生は腹の音に何か言おうとしたが、
「セブルス。疑わしきは罰せずじゃよ」
ダンブルドアがきっぱりと言い切り、先生の言葉を遮った。どうやら、校長は彼ら三人に関してはまったく疑っていないようだった。
疑わしきは罰せず、か……どの口が言っているのだろうか。私は疑う理由すらないのに……。
私がダンブルドアのいいように苛立っていると、私とは違った理由で校長の発言に納得できないのか、管理人がダンブルドアに声を荒げていた。
「罰せず!? 私の猫が石にされたんだ! 刑罰をあたえなけりゃ収まらん!」
私とポッターを交互に睨み付けながら管理人は言った。
「アーガス、君の猫は治せるよ」
ダンブルドアは、管理人を落ち着かせようと穏やかな声で続ける。
「今温室でマンドレイクを育てておってのう。それなら薬を作ることができる」
石化した方法がなんであれ、あの状態になった者を救う手段は今のところ数は多くない。その数少ない方法の一つがマンドレイクから作られる魔法薬だった。
幸い、今ホグワーツではマンドレイクを教材として栽培している。あれさえあれば、一年以内に薬を作ることは可能だろう。
校長の言葉を聞いて安堵したのか、管理人は怒りが少しは落ち着いたのかその場にへたり込んでいる。
「ポッター君、ウィーズリー君、グレンジャーさん、もう帰ってよいぞ。ダリアは、」
「ミス・マルフォイも帰ってよろしい」
まだ何か言い募ろうとするダンブルドアの言葉を、今度はスネイプ先生がきっぱりと遮った。
私を庇うように立ちふさがるスネイプ先生に、私は感謝の念でいっぱいだった。これ以上この老いぼれに付き合っていられない。
少しの間ダンブルドアとスネイプ先生は無言で視線を交わしていたが、
「……そうじゃのう、ダリア、君も帰ってよろしい。すまなかったのう、わざわざ来てもらって。非常に助かったよ。スリザリンに5点差し上げよう」
これほど嬉しくない点数はロックハート先生のテスト以来だった。こんなことで誤魔化されるとでも思っているのだろうか……。
「……お役に立てたならうれしい限りです」
屈辱に拳を握り締めながら、私は先に去っていった三人に続き、その場を出来る限り急いで離れた。これ以上あの老害の姿など見たくもない。
これ以上あいつを見ていると、自分を押さえ込める自信がなかった。
ダンブルドアの若干未練がましい視線を断ち切るようにドアを閉め、私は足早に廊下を歩いていく。
きっと今頃、お兄様とダフネだけは私の帰りを今か今かと待ってくれていることだろう。
少しでもはやく、そんな落ち着ける空間にたどり着きたかった。
なのに……。
「マルフォイさん!」
三階からの階段の前に、先程まで同じ空間にいた三人組が待ち構えていた。
グレンジャーさんは疲れ果てた表情の上に、どこか不安と心配を混ぜたような瞳を、そして残りの二人は相変わらず私を警戒したような表情をして立っていた。
「皆さん、はやく寮に戻った方がよろしいですよ。もう夜遅いです。私はともかく、スネイプ先生に見つかれば面倒ごとになると思いますけど?」
私の言葉に今何時であるのか気がついたのか、三人ともギョッとした表情で慌てだすが、
「私、マルフォイさんに聞きたいことがあるの」
焦った様子ではあるが、グレンジャーさんはそう切り出した。
「手短にお願いします。私も早く戻りたいので」
はやく帰りたかったが、グレンジャーさんは今後危ない目にあう可能性が非常に高い。多少警告しておく必要性があると思い、私は付き合うことにした。
「ありがとう! さっきのことなんだけど、どうして私に気を付けろって言ったの?」
こちらから警告するつもりだったが、手間が省けた。
「お兄様もおっしゃっておられましたが、貴女がマグルのご家庭出身だからです」
「どうして私がマグル生まれだから気を付けないといけないの?」
「それは、『秘密の部屋』が貴女たちマグル生まれの方々を排除するために作られたからです」
彼女が知らないということはないと思うが、どうやら秘密の部屋のこと度忘れしている様子の彼女に説明しようとしたところで、
ボーン
どこかで時計のなる音が聞こえた。どうやら時間切れのようだった。
「時間切れですね。『秘密の部屋』についてですが、おそらく『ホグワーツの歴史』に書いてあると思います。貴女は入学時点で読んでおられた様子なので、そちらを再度読んでみてください。では、私はこれで」
これ以上ここにいれば、夜不必要に出歩いたと先生に言われてしまうかもしれない。最悪それを口実に校長に呼び出されるかもしれない。
それに、ここまで言えばグレンジャーさんなら全て理解するだろう。
「『ホグワーツの歴史』! そうね、どこかで聞き覚えがあると思ったら、あれに書いてあるのね! ありがとう、マルフォイさん!」
やはり彼女もどこかで読んだ覚えはあったのだろう。
時計の音に同じく慌てた様子のグレンジャーさんはそう言って今度こそ階段を上がっていった。
残り二人も彼女の後を追って階段を昇っていく。結局、彼らが私に口をきくことはなかった。
彼らは最後まで、私に警戒心を顕わにした視線を送っていた。
グレンジャーさん達と別れ、私は足早に階段を下りていた。
はやく。はやくお兄様達の元に戻りたかった。
去年のクリスマスと違い、直接ダンブルドアに何かされたというわけではないけれど、あの狸爺と同じ空気を吸うのはやはり体力と精神力を使う。じっとこちらを警戒する視線を送られるのは、いつも以上に気を張らなくてはならず疲れるのだ。
今頃、お兄様はお茶の準備でもして、私の帰りを待っていてくださるのかな。
そう考えると、私は居ても立ってもいられず、さらに速度を上げて寮への道を走るのだった。
しかし、寮に戻った私を出迎えたのは、予想とは違った光景だった。
「大丈夫だったか、ダリア!」
ドアを開けると、お兄様とダフネがすぐに私を迎え入れてくれる。そして、私を談話室で迎え入れたのは二人だけではなかった。
私は当初、こんなに夜が遅いのだ、お兄様達だけが談話室にいらっしゃると思っていたし、その方がありがたいと思っていた。その方が気を張らずに済む。
でも、現実は違った。
何故か談話室には、スリザリン生ほぼ全員の姿があった。
「マルフォイ様! おかえりなさいませ!」
本来静まり返っているはずの夜の談話室は活気に満ちていた。彼らは口々に帰還した私に挨拶を述べてくる。
でも、彼らはお兄様とダフネと違い、一定以上はこちらに近づいてくることはなかった。口では歓迎しているが、必要以上にこちらに来ようとはせず、また、その目は恐怖と畏怖に彩られていた。
まるで、先ほど廊下で私を避けた生徒たちのように。
「……ええ。皆さん、こんな夜遅くまで、一体どうされたのですか?」
想像と違った談話室の有り様に、私は訝しみながら近くの男子生徒に尋ねる。ダフネもいつまでも談話室に残る生徒達が不思議だったのか、私と共に彼の返事を待っている。
そんな私達の横で、お兄様だけは何だか苦い表情をしていた。
「も、もちろん、『継承者』であらされるマルフォイ様をお待ちしていたのです!」
私に尋ねられた生徒は、どこか怯えたような表情でそう言った。彼だけでなく、この場にいるほぼ全員が媚びを売るような表情で頷いている。
彼らはダンブルドアの狙い通り、私を『継承者』だと信じ切っていた。
他の寮であれば遠巻きに見られ、まるで恐ろしい怪物が近くにいるような対応をされるのだろうけど、スリザリンの対応は違うらしい。純血主義を体現する英雄とでも考えているのだろう。もっとも、口では英雄と言っていても、やはり誰かが襲われるというのは内心では怖くて仕方がない様子でもあったが。
なんにせよ、彼らが私を避けようが恐れ奉ろうが、『継承者』でも何でもない私には、ただただその認識は不快なだけだった。
「……私は『継承者』などではありません」
私がそう返すと、私の機嫌が悪くなったのが声から分かったのか、
「そ、そうでございますよね、勿論でございます! マルフォイ様が『継承者』だと、外では決して漏らしません! ……ですが、どうかお手伝いできることがあれば何なりと。スリザリン一同、必ずや貴女様のお役に立ってみせます」
それだけ言って、どこか逃げるように寝室の方に行ってしまった。他の生徒も、どうやら彼が皆の言いたいことを伝えてくれたと思ったのか、それぞれ恭しく私に挨拶をすると、やはりどこか逃げるようにして寝室に戻っていった。
結局、最後には談話室にいつもの9人のメンバーだけしか残っていなかった。
お兄様とダフネ以外のメンバーも残ったことに、正直意外な気持ちを禁じえなかった。が、よく考えればザビニ以外のメンバーは全員聖28一族なため、『継承者』に襲われる心配など全くないことに気が付いた。まあ、それも本当に犯人が『継承者』であればの話ではあるが。
お兄様とダフネさえいれば、後は全員寝室に帰ってもらって構わないのに。
そう思いながらソファーに腰掛けると、恐れこそないが、やはり私にどこか畏敬の念を持った様子のセオドールが私にお茶を注いでくれる。
「……ありがとうございます」
釈然としないが、一応礼だけ言うと、やはり恭しい態度で頭を下げてきた。その横から、
「ダリア! それで次は誰を襲う気なの? 決めてないならグレンジャーにしましょうよ! あいつ、穢れた血のくせに生意気じゃない!」
そう私にキンキン声で言うパーキンソン。同じ考えなのか、横でブルストロードもうなずいている。
その姿にお兄様とダフネが汚物でも見るような視線を送っていると気が付かないまま。
「……勘違いされているようですが、私は『継承者』などではありません」
「またまた。だって、あなた程継承者に相応しい人間はいないわよ」
「……何故、私が『継承者』に相応しいと?」
皆がなぜ私を『継承者』と疑うか分からず尋ねると、それは意外に単純な理由だった。
「だって、ダリアは純血筆頭のマルフォイ家よ! しかも学年首席どころか、今や上級生たちにだって貴女より優秀な人がいないことは分かっているわ! それに貴女……。ま、まあ、とにかく、あなた程『継承者』に相応しい人間なんて、今この学校にはいないわ」
最後だけ少しお茶を濁した様子だったが、どうやら家柄と成績で私が『継承者』だと考えたらしい。お兄様とダフネ以外も概ね同意なのか、パーキンソンの言葉にうなずいている。確かに、言われてみれば簡単な話だ。今現在スリザリン寮の中で最も家柄が高いのは我がマルフォイ家だ。それはお兄様も該当するが、ダンブルドアもその場で治療できないほどの闇の魔法を使えるとなると……確かに私しか考えられなかった。まだ他にも理由がありそうな様子ではあったが。
「ふん。ダリアが『継承者』なわけないだろう」
パーキンソンの話に頷いていたメンバーにお兄様は不機嫌そうに言った。
「なんだよマルフォイ。妹に嫉妬しているのか?」
ザビニがお兄様をそう揶揄したが、お兄様はとりあわなかった。
「嫉妬? 確かに、僕は『穢れた血』や『血を裏切る者』をこの学校から追い出そうとしている『継承者』には賛成さ。誰かは知らないが、どんどんやってもらいたいね」
でも、とお兄様は続ける。
「その『継承者』は、ダリアであるわけがない。僕はダリアの兄だ。ダリアが
そう言った切り、お兄様は私の手を安心させるように握って黙ってしまう。
談話室には奇妙な沈黙がおり、動いているのはお兄様に同意して頭を縦に振るダフネだけになっていた。