ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ハーマイオニー視点
「まったく、信じられないぜ!」
私の後ろを歩くロンが大声を上げた。
「あいつ、サインする時、僕たちが借りる本を
『ポリジュース薬』を作るにあたり、私たちは薬の作り方がより詳しく載っている本を借りなくてはならなかった。以前の授業で大まかな材料などの話はされていたのだけど、やはり実際に薬を作るためには本を読まなくては危険だと考えたのだ。
しかし、そこで問題が浮上した。
『ポリジュース薬』の製法が載っている本は、禁書棚に分類されていたのだ。
魔法薬学の先生であるスネイプ先生にサインを頼もうにも、グリフィンドールの私達に許可を下さることなど絶対にない。
それに、薬の材料のいくつかは今後先生の倉庫から盗み出さなくてはならない。私達が『ポリジュース薬』に興味を持っているとばれていれば、盗みに入ったあと先生は確実に私達を疑う。そうなれば、グリフィンドール嫌いの先生のことだから、私達を喜んで退学処分にするのは火を見るより明らかだった。
だから私達は、
私はそんなことをしてくれる先生がいるとは思えず、頭をしきりにひねっていた。
けど、ロンとハリーは……ロックハート先生を候補として挙げた。
本に書いてあるような偉大な事をなしてきた先生を利用するのは、私には躊躇われた。それに、
「あいつは他の先生と違って無能だから。僕たちが借りた本から何を作ろうとしているか分かりっこないよ」
そう
でも、どの道誰かにサインをもらわなくてはいけないのだ。しぶしぶではあるけど、私はハリー達の案を取ることにした。
そして現在。
予想以上の簡単さで手に入れることができてしまったサインを片手に、私達は図書館に向かっている。
授業終わりにサインを頼んでみたところ、先生は私達が何を借りようか見もせずにサインをしてくださったのだ。まるでファンレターにでもサインをするような気軽さだった。
「あいつはやっぱり能無しだな。まあ、欲しいものが手に入ったからいいけど」
「ロックハート先生は能無しなんかじゃないわ」
「でも実際僕らの言った通り、借りる本が何かなんて気にもしなかっただろう?」
ロンに言い返したいけど、実際彼の言う通りの簡単さでサインが手に入ったのだから、私はそれ以上何も言えなかった。
何だか釈然としない気持ちのまま図書館につくと、さっそく目的の本を借りるためにサインをマダム・ピンスに差し出す。
「こ、この本をお願いします」
今のところはやましいことなど行っていないけど、
マダム・ピンスはそんな私を非常に疑わしげに見つめながらサインを受け取る。
「『最も強力な魔法薬』を? このサイン、偽物ではないわよね?」
「ほ、本物です! ほら、ここにロックハート先生のサインもあります!」
ロックハート先生のサインと聞き、より一層胡散臭そうな表情をマダム・ピンスはしていたけど、サインがある以上問題には出来ないと判断したらしい。
非常に不本意そうな表情で禁書棚の方に歩いていき、数分後には大きく黴臭そうな本を持って帰ってきた。
「期日までには
「わ、わかっています。あ、ありがとうございました」
まだ疑わしそうにこちらを見つめるマダム・ピンスの視線から逃げるように、私達は図書館を後にした。
図書館から少し離れたところで、先程まで緊張からかずっと黙っていたロンが口を開く。
「ふう。危なかったな。あれ絶対僕たちのこと疑ってるよ。まあ、本を借りる
「そうね。でもこれで本を手に入れることができたわ」
私達は『ポリジュース薬』を作るため、誰にも見られない場所を探す必要があった。
そこで私が提案したのが……三階にある
「な、なあ、ハーマイオニー。本当にここで薬をつくるのかい?」
ロンは以前の説明にも関わらず、やっぱり女子トイレを使うということに抵抗がある様子だった。でも、私が知る限りここほどプライバシーが守られる場所はなかった。
「ええ、そうよ。ここなら絶対に誰も使わないから安心よ」
ミセス・ノリスが石にされた現場の近くにあるこの女子トイレは、とある理由で誰も入りたがらないトイレになっていた。ここであれば、私達の薬作りを見られる心配はない。
私達は一部が水浸しになっている廊下を通り、これまた水浸しになっているトイレに足を踏み入れる。
「なんでこんなに濡れてるの?」
ハリーが訝し気に尋ねてくるのに対し、
「ここには『嘆きのマートル』がいるからよ」
私は本人に聞こえないように小声で返事をした。
『嘆きのマートル』はホグワーツにいるゴーストの中で、特に気難しいゴーストの一人だった。このトイレに住み着いている彼女は、どうにも生前いじめられていた記憶が忘れられないらしく、ことあるごとに発作的な癇癪をおこし、トイレどころか廊下まで水浸しにしていた。
今はどうやら奥の小部屋ですすり泣いているらしく、トイレの奥からくぐもった音が聞こえてくるのみだった。ひどい時にトイレの水をそこらじゅうにひっくり返すので、今は比較的大人しい方だ。
「だ、大丈夫かな?」
「平気よ。いつものことだから。それに、これでも機嫌がいい方なのよ」
どうしてもトイレの奥が気になる様子の二人を横目に、私は借りた本を開く。
魔法薬学の本は比較的禁書棚に分類されやすいとはいえ、この本は一目で禁書棚にあるべき本だとわかるような内容だった。人が内側からひっくり返っている絵など、見るからに悍ましい薬だと思われる薬の数々を読み飛ばしていくと、ようやく目当てのページにたどり着く。
「あったわ。このページよ」
そこには人がまさに他人に変身していく様が描かれており、挿絵の上には『ポリジュース薬』と書かれていた。
「スネイプ先生が言ってた通りだわ。生徒用の棚にある材料が大半みたいだけど、中には先生の倉庫にしかないようなものもあるみたい。この毒ツルヘビの皮とかがそうね。それに、夏休みに読んだ通り、すっごく複雑な調合をしないといけないみたいね」
予想以上に高難易度な薬であることに驚く私に、
「……ハーマイオニー、肝心なものを忘れてないかい?」
「何よ、ロン? 肝心なものって?」
本を横からのぞき込んでいたロンが突然話しかけてきた。
「ハーマイオニー、前君が言っていたじゃないか。薬を作るには、変身する相手の一部が必要だって」
私が『ポリジュース薬』を使うことを提案した時、相手の体の一部を使うことを説明すると、
『君は僕に腐れスリザリンの爪の垢を飲めってのかい!?』
と言って激しく抵抗していたのを私は思い出した。
「そうよ。でも、これがないとスリザリン寮には潜入できないわ。この方法が一番確実で最速の方法なの。ロンもそれには賛成でしょう?」
「……そうなんだけどさ。でも、どうやって手に入れるんだい、そんなもの」
「それも考えなくちゃいけないわね……。でも、それはまだ大丈夫よ。最後の仕上げに必要なだけだから」
「うえ~。僕、クラッブの爪とかが入ったものを飲まないといけないのか……」
「そうね。マルフォイさんは勿論論外だし。彼女に質問しやすいような身近な人間となると、私達が知ってる限りでは数が限られてくるわね。思いつくのは8人だけね」
「あの連中の体の一部を飲まないといけないのか……」
ロンはよほど嫌なのか、まだまだ先の話なのに不快気な顔をしている。
私達が見える範囲においては、マルフォイさんの交友関係というのはあまり広いものではない。まるで自ら交友関係を狭めようとしているかのように、彼女の周りにはあまり人が寄り付かない様子だった。
私が知っている限りでは、彼女がいつも一緒にいるのは8人だけだった。
ダフネ・グリーングラスはよく分からないけど、その他の人間の一部が入った薬を飲むのは、私だって嫌だった。特にパーキンソンの薬なんて想像もしたくなかった。
そんないずれ訪れる不快な瞬間の話をしている私達に、
「いや、ハーマイオニー。7人だよ」
ハリーはどこか思いつめた表情で言った。
「どういうこと、ハリー?」
いつになく真剣な様子のハリーに聞き返す。それに対してハリーは、どこか不安をはらんだ声で答えた。
「ドラコは数に入れない方がいいよ。だって、ダリア・マルフォイとは兄妹だよ? 絶対不審に思われるよ。それに……」
「それに?」
私が先を諭すように問うと、ハリーは絞り出すように、
「……あいつに偽物のドラコだとばれたら、多分迷わず殺されるよ……」
いつものように、
マルフォイさんがそんな人殺しなんてするわけないでしょ?
と言いたかったけど、ハリーの醸し出す鬼気迫る雰囲気に、私は何も言えなかった。
ダリア視点
猫が石にされてから数日、もともと気の休まる場所が少なかったホグワーツに、私の安心できる場所は完全に存在しなくなっていた。生徒達は私が現れると、皆一斉に私に警戒の視線を向けてヒソヒソ話を開始するのだ。秘密を抱える私としては、彼らが警戒しているものが全くの的外れなものと知ってはいても、どうにも落ち着かない気持ちにならざるをえなかった。視線がない所に行けば、それはそれで何かあった時に私を疑う材料になってしまう。そのため、下手に誰もいないところには行くこともできない。そもそも、誰にも視線を向けられない場所など知らないのもあったが。
唯一スリザリンの談話室のみは、そんなあからさまに警戒する態度を取られることはなかった。が、代わりに今まで以上に媚びるような視線と、ひどい時には、
グリフィンドールのあいつは『穢れた血』ですよ。是非、次の標的はあいつに。
などとどうでもよい告発をしてくるのだ。『継承者』でもない私にそんなこと言われても困る上に、そもそもマグル生まれのことを何とも思っていない。そういうことは本物に言って欲しい。
そんな状況に辟易としている私の横で、
「まったく! ダリアをなんだと思ってるのよ! 言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに!」
「まったくだ! これも全部あの老いぼれのせいだ! 少し考えればダリアでないことくらい分かるだろうに!」
ダフネとお兄様は今日も盛大に怒っていた。
二人は私に対して警戒した視線が向けられる度に、不快感を顕わに周りに怒鳴り散らすのだ。媚びを売ってくるスリザリン生に対しては、怒鳴り散らすことはしないまでも、いつもなら考えられないほど邪険な対応を取っていた。マルフォイ家とグリーングラス家という上位の純血貴族に睨まれて、すごすごと立ち去っていくスリザリン生の姿を談話室で散見した。
私のために怒ってくださる二人の気持ちは非常にうれしい。しかし、残念ながらそれは空回りしている節があり、一概にありがたいと思うことができなかった。
二人が、特にお兄様が怒って周りに当たり散らすたびに余計に視線が増えている気がするのだ。今もお兄様の大声に反応して、こちらに気づいていなかった生徒までも視線を向けてくる。そして今誰か襲われたのかと警戒するように、こちらを凝視していた。
「……気にしても仕方がありません。私が『継承者』でないことは、私が一番分かっているのですから。ここで下手にうろたえてしまえば、それこそ校長の思うつぼです」
少し落ち着くよう言外に伝えても、また怒鳴りはしないが不快気な様子で周りににらみを利かせておられた。
そんな二人を引き連れながら、私は今図書館に来ている。
「ダリア、今日は何の本を借りるの?」
私がごそごそとポケットを探っている横で、にらめっこから戻ってきたダフネが話しかけてくる。
「今日は魔法薬学の本を借りようかと。前回、ある魔法薬学の本を探していたのですが、どうも禁書棚に分類されているようだったので。それで今回はこうしてスネイプ先生のサインを頂いてきたというわけです」
「なるほど」
そう言ってポケットから出したサインを、受付にいるマダム・ピンスに差し出す。
「申し訳ありません、マダム・ピンス。こちらの本をよろしくお願いできますか?」
禁書という危険なものを取り扱うためなのか、それとも元々の性格からなのか、マダム・ピンスはひどく疑わしそうに私のサインを受け取る。以前はもう少し穏やかに対応されていたのだが、どうやら前回図書館で騒いでしまった件で、私への信頼感は振り出しに戻ってしまったようだ。別に仲良くする気はないが、図書館によく来る人間としては、ある程度友好的な関係を築いておきたかった。
そんな司書は、偽物であることを見破ろうとでもするかのようにサインを調べていたが、
「あら? 『最も強力な魔法薬』?」
サインをした先生の名前を見て、そして借りる本の題名に視線を向けたところで、何故か訝し気な声を上げた。
「あの? スネイプ先生のサインがどうかなさいましたか?」
私が問いかけると、彼女はひどくぶっきらぼうに、
「この本ならミス・グレンジャーが先ほど借りていきましたわ。また後日にしなさい。ミス・グレンジャーが期日以内に返却していれば、その時に貸し出します」
そう言って私のサインを放り出すように返すと、再び手にしていた本に顔を戻してしまった。
残念ではあるが、借りられているのなら仕方がない。ここでいくら粘ってもここにないものはないのだ。
私はサインがあるのだからまた後日来ればいい、と今回は諦めて図書館をあとにする。
「残念ですね。グレンジャーさんに先を越されてしまいました。おそらく私と同じで、前回魔法薬学で出てきた『ポリジュース薬』について調べたかったのだと思います……。まさか先を越されるとは。スネイプ先生がグリフィンドールに貸し出し許可を出すとは思えなかったので、少しのんびりしすぎていたのかもしれませんね」
前回一般の本棚になかったことで、サインをもらってからまた来ようと思ってはいたが、私以外に借りる人間などいないと高をくくっていたのが悪かった。それに、私が不覚にもダフネの前で
それにしても……。
「でも、魔法薬学の先生以外が許可証を出すとは思えないよ?」
ダフネの疑問に私は首肯する。
基本的に禁書のサインは、その本の専門の先生が出すのが普通だ。しかし、グリフィンドールの彼女に、スリザリンびいきのスネイプ先生が許可書を与えるとは思えない。
ということは、例外的に他の専門分野の先生が許可を与えたと考えるしかなかった。あまり聞いたことはない。が、可能かと言われれば、まあ有り得ないことではなかった。
「そうですね。私の記憶が正しければ、『最も強力な魔法薬』はかなり危険な魔法薬が載っている本です。だから他の先生が許可を出したとすれば、それは本の内容も想像できない
「う~ん。一体誰だろうね、そんなまぬけな先生って」
「……」
ダフネは疑問形で話しているが、多分私と同じ人物を思い浮かべているに違いなかった。
そんな先生は一人しか思い浮かばない。
ホグワーツの先生のほとんどは素晴らしい先生達なのに、何故私の一番好きな『闇の魔術に対する防衛術』だけ毎年……。
何だかただでさえ落ち込んだ気持ちがさらに落ち込みそうになっていると、
「そういえばドラコ、クィディッチの試合もうすぐだよね?」
ダフネがお兄様に話しかけていた。
ダフネの言葉を聞き、私の沈みかけていた気持ちが急浮上する。
お兄様の初試合。暗いことばかり続く中で、それは唯一明るくなれるニュースだ。
怪我をしてほしくないと心配になる気持ちは山ほどあるが、それでもやはりお兄様の初の晴れ舞台というのは妹として非常にうれしいものだ。
はやくお兄様のシーカー姿が見たい。練習見学のおあずけを食っている私としては、次の試合が楽しみで仕方がなかったのだ。
「ああ、来週の土曜日にな」
少しだけ硬い声でお兄様は返事をする。
やはり初戦ということで緊張しておられるのだろう。でも、選抜試験の時のように、体が無駄に固くなるような緊張をされている様子ではなかった。
そんなお兄様を微笑ましく眺めていると、
「そういえば、ダリアは今年も教員席で見るのか?」
お兄様が突然そんなことを聞いてきた。
「ええ。今年もスネイプ先生のご厚意で」
去年はそうでもなかったが、今年はお兄様が試合に出る関係上、私は試合をどうしても見たかった。だから今年もスネイプ先生が誘ってくださった時、私は小躍りしたいほどうれしかった。
それがたとえ、私を教員席で監視したい
スネイプ先生が私を教員席に誘う際、それとなく教えてくれたのだ。
今回の試合にはダンブルドアが来ると。
おそらくスネイプ先生は、ダンブルドアの指示がなくても
ダンブルドアの観戦で、私の心は一瞬揺らいでしまったが、やはりお兄様の晴れ舞台をみたいという思いの方が強かった。
ここで行かないと、私は一生後悔する。
そんな葛藤を胸に観戦に行くことを伝える。すると、
「よかった」
私が自分の試合を観戦しに行くのがうれしいのか、お兄様もはにかんだような笑顔をして答えてくださった。
その笑顔を見て、たとえどんなに嫌な奴がいようとも、必ず観戦には行こうと、私は心に誓った。
この笑顔が見れるのならば、たとえどんな場所で、どんな人間がそこにいようとも私は行こうと思った。
しかし、それは結果的には杞憂に終わった。
寧ろこの後私は、教員席に
「そうだ」
図書館から大広間に向かう最中、お兄様は突然思いだしたように、私に告げた。
「来週の試合。父上も観戦に来るぞ」
それを聞いた瞬間、もはやダンブルドアのことなどどうでもよくなってしまった。
次こそ試合です。