ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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閑話 お嬢様

 ドビー視点

 

バンっ……バンっ……

 

壁に頭を打ち付ける度、激しい痛みがドビーめを襲う。

しかし、ドビーめはこの痛みに耐えなければならなかった。

 

何故なら、きっとハリー・ポッターの方が遥かに痛い思いをされたはずだから。

 

そして、今こうしてハリー・ポッターを救いに来ていることこそが、ダリアお嬢様に対する裏切り行為だから。

 

「ドビーは悪い子! ドビーは悪い子!」

 

『名前を呼んではいけないあの人』が権力の頂点にあった頃、屋敷しもべ妖精はまるで害虫のような扱いをうけていた。失敗をするたびに殴打され、魔法をかけられ、殺された方がまだましだと思える程の責め苦を与えられた。いや、失敗に対する罰ならまだましだった。時にそれは、ただご主人様達の気分で行われることもあった。

 

全ての屋敷しもべ妖精は、本能のまま家に仕えこそしていた。が、心の中では皆主人に恐怖し、出来ることなら、ここよりもましな主人に仕えたいという、ありもしない幻想をいつも抱いていた。

そんな日は永遠に来ないと思いながら。

 

だが、そんな状況が唐突に終わりを遂げた。

 

闇の帝王が負けたのだ。しかも全くの無力であるはずの()()()に。

闇の帝王の失墜で、世の中は嘘のようによいものになった。害虫のように扱われていたしもべ妖精も、その例外ではなかった。

屋敷しもべ妖精の多くは古くから続く純血の家に仕えている。でも、その家のほとんどの人間が『死喰い人』であり、そして屋敷しもべ妖精に酷い扱いをする連中だった。

それが一遍に捕まったのだ。多くの屋敷しもべ妖精たちは、これ幸いと解放され、夢に見たよりよい主人の元へ旅立っていった。

まさに新しい夜明け。家に縛られていた屋敷しもべにとって、永遠に終わらないと思われた暗闇が突然明るく照らされたのだ。

そしてその暗闇を照らした希望の光こそ、生き残った男の子、ハリー・ポッターだった。

 

多くの屋敷しもべ妖精は、救世主の如くお生まれになったハリー・ポッターに感謝しながら、素晴らしいご主人のもとに旅立っていった。

 

ドビーめを除いて。

 

確かに多くの『死喰い人』達は捕まった。でも、それには例外が存在した。

それこそがドビーのご主人様、ルシウス・マルフォイ様だった。

ご主人様は闇の帝王が倒れてすぐに自らの潔白を主張なされた。

 

『服従の呪文』にかけられていただけだと。

 

おそらく、ほとんどの人間はそんなこと信じてはいなかったことだろう。

でも、結果としてご主人様の主張はまかり通った。ご主人様は何の罰も受けず、勿論逮捕もされなかった。

 

闇の帝王が倒されても、ご主人様は捕まらず、勿論ドビーめが解放されることもなかった。

 

多くの屋敷しもべ妖精が新しい環境を謳歌する間も、ドビーめの生活が変わることはなかった。闇の帝王が倒されたというのに、ドビーは相変わらず害虫のように扱われていた。

光はドビーめだけは照らさなかった。

 

ハリー・ポッターの与えてくださった希望の光は、決してドビーには届かず、このままドビーめは絶望したまま死んでいくのだと思った。

 

しかし、確かにハリー・ポッターの救いの光は届かなかったが、代わりに別のお方がドビーめを救ってくださることになる。

 

それこそが、ご主人様の娘である、ダリアお嬢様だった。

 

ダリアお嬢様はある日突然マルフォイ家にやってこられた。

奥様がお産みになったマルフォイ家の子供は、ドラコお坊ちゃまだけだ。しかも奥様はお体が弱く、それ以後は子供が産めないとのことだった。

 

そこにご主人様が突然、どこからか女の子をお連れになってきたのだ。

 

初めはただの親戚筋からの子供を預かっただけだと思っていた。女の子が欲しい奥様に、ご主人様が連れてきた子供だと。

しかし、お嬢様が大きくなられるにつれ、それが間違いだということに気が付いた。

 

お嬢様は、人間ではなかった。

お嬢様は吸血鬼だった。

 

吸血鬼といえば、屋敷しもべ妖精のような魔法生物程ではないが、『亜人』という人間より下の生き物として分類されている。そんな存在が、純血であることを誇りとするマルフォイ家の親戚筋にいるはずがない。

では何故そんな存在がマルフォイ家に受け入れられているのだろうと疑問に思ったが、どうやらマルフォイ家よりさらに高貴なお方から預かった子供であるとのことだった。

それをご主人様達が偶然話しておられるのを聞いてしまった時、ドビーは戦慄とした。

マルフォイ家より高貴な血筋のお方。そんなものは、この世にそう多くはいない。

 

たとえば、スリザリンの末裔を自称する闇の帝王……。

数少ない純血の中で、マルフォイ家を超える程の血筋。それは闇の帝王が掲げる、サラザール・スリザリンの血筋だけだった。

 

ドビーは恐ろしくなった。

もし、ダリアお嬢様が本当に闇の帝王の血筋だというのなら、将来闇の帝王のように恐ろしいことをなさるのではないか?

最近ご主人様同様ドビーめに辛く当たられるようになったドラコお坊ちゃまのように、いつかはドビーめに気分次第で罰を与える様な恐ろしい方になってしまうのではないか?

 

今まで子供だということでつい可愛く思い、命じられた以上にお世話をさせていただいていたが、もしや非常にまずいことをしていたのではないか?

本当は自分より劣った生き物に触れられ、非常に不愉快な思いをなさっているのではないか? あの無表情はドビーめのことがお嫌いだからではないか? 将来そんなドビーめに復讐をされてしまうのではないか?

そう考えると、思わずこの先今まで以上の苦しみが待っているのではないかと思われ、ドビーは人知れず絶望していた。

 

でも、そんな日はこなかった。

 

お嬢様は成長されてもなお、ドビーに優しく接して下さった。

相変わらずの無表情ではあったが、ドビーめが失敗しても、ドビーめを罰しようとはせず、寧ろドビーめの心配までしてくださった。

ドビーめの仕事を褒めて下さり、それどころか労ってまで下さった。

 

そして何より、お嬢様のお蔭でご主人様達から酷い扱いを受けることがなくなった。

 

ある日、いつものようにドビーめはご主人様に罰を与えられていた。きっかけは、ご主人様のお食事に焦げ目をつけてしまったことだった。

 

「お前は本当に使えない奴だ!」

 

そう怒鳴りながら殴られていた所を、たまたまお嬢様に見られたのだ。

 

「お父様、何をやっておられるのですか?」

 

酷く狼狽した無表情で、お嬢様がご主人様に問いかけられた。お嬢様にドビーめが罰を受けている所を見られるのは初めてだった。

最近ようやく、無表情ながら微かに浮かぶ感情を、ドビーめは読み取れるようになっていた。

 

「何でもない。この使えないしもべ妖精に罰を与えていただけだ。ダリアは部屋に戻っていなさい」

 

そうご主人様は言われた後、再びドビーめに向き直り、罰を再度与えられようとしたところ、

 

「お父様!」

 

突然、ダリアお嬢様がご主人様に抱き着いた。

突然のことに驚いた様子のご主人様は、ドビーめに振り上げたこぶしを下し、ダリアお嬢様に問いかける。

 

「ダリア! 突然どうしたというのだ!?」

 

「お父様! 家族同士で争わないで!」

 

無表情だが、いつになく嫌そうなお顔をされたお嬢様はそうおっしゃった。

 

ドビーめは、そこで初めてダリアお嬢様がドビーめにお優しい理由を知った。

ダリアお嬢様は、ドビーめのことを家族だと思われていた。だから家族同士で争ってほしくないと、家族が殴られているところを見たくないと、そうおっしゃったのだ。

 

それを聞いた時、ドビーは助かったと思う以上に、恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。

 

ドビーは一体今まで何を見てきたのだろうか。

ダリアお嬢様は小さい頃から、無表情ではあってもその実感情豊かで、そして何より優しい女の子だった。屋敷しもべ妖精であるドビーめによくなついて下さったし、ドビーめに優しく、それこそ家族の様に接して下さった。

そんなこと最初から分かっていた。なのに、ドビーめはお嬢様が闇の帝王の血筋かもしれないという可能性だけで恐れ、将来を絶望した。

そんな愚かなドビーめを、お嬢様はまだ家族だとおっしゃって下さる。

ドビーめは自分をとてつもなく恥ずかしく思った。

 

ご主人様の手を煩わせることなく、自分で自分に罰を与えようと思うほどに。

 

「ドビーは悪い子! ドビーは悪い子!」

 

ご主人様とお嬢様は、突然頭を地面に打ち付け始めたドビーめに仰天した様子だった。

 

「ド、ドビー! いったい何をしているの!?」

 

「お嬢様! お止めにならないでください! ドビーめは、自分で自分を許せないのです!」

 

「そ、そこまでの失敗をしてしまったのですか!? お、お父様、ドビーは一体何をしたのです!?」

 

どうやらドビーめがご主人様の罰では満足できない程自らの失敗を悔いていると思われたのか、お嬢様は頭をさらに打ち付けようとするドビーめを抑えながらご主人様に問う。お嬢様と同じく突然の事態に唖然としていたご主人様だが、

 

「……ふん。これからは私が罰を与えんでも、自分で罰を与えるのだな。これ以上、私やダリアに手間をかけさせるな」

 

そう早口でおっしゃった後、まるで逃げるようにその場から出て行かれた。

残されたのは、必死に頭を打ち付けようとするドビーめと、それを同じく必死に止めようとするお嬢様だけだった。

 

その日から、ご主人様達がドビーめを殴ることはなくなった。今でもドビーめに厳しい言葉は投げつけられるが、まるで害虫の様に扱われることはなくなった。おそらく、お嬢様を可愛がられているマルフォイ家の方々は、ドビーめを気に入ってくださっているお嬢様に嫌われたくはなかったのだろう。

その日、ドビーはようやく地獄のような日々から解放され、本当に忠誠を持てる新しいご主人様を得た。

 

屋敷しもべ妖精を救ったのはハリー・ポッターだったが、ドビーめを救ってくださったのはダリアお嬢様だった。

ドビーめは、マルフォイ家ではなく、お嬢様に忠誠を誓うことにした。

 

たとえお嬢様が吸血鬼だろうと、闇の帝王の血筋だろうと関係ない。ドビーはこの優しいお嬢様に与えられた恩を必ず返してみせよう、お嬢様に心から仕えよう。そう心に誓った。

 

 

 

 

それなのに……

 

「ドビーは悪い子! ドビーは悪い子!」

 

いったい、ドビーめはどこで間違ってしまったのだろうか?

 


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