ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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一人目

 

 ドラコ視点

 

地面に落ちるように降り立つ。空虚な視線を向けた先には、

 

170対160

 

そんなどうしようもない結果だけが相変わらず示されていた。

スリザリンの敗北が嬉しくて仕方がないのか、酷く惨めな気持ちの僕を、スリザリン以外の三寮の歓声が盛大に包み込む。

 

ああ、これは僕が一瞬でも油断してしまったゆえの結果なのか。

 

そう思うと、思わず僕の目頭が熱くなってしまった。こんな結果をもたらしてしまって、一体僕はどの面を下げてダリアに会えばいいのだろう。

 

この試合、僕たちスリザリンが負ける要素はほとんどなかった。現にクアッフルでの戦いにおいてはスリザリンが圧勝していた。シーカー対決も、僕がポッターの近くを飛んでさえいれば、油断して奴から離れさえしなければ勝てたはずだった。

 

なのに、僕はブラッジャーが危険だというだけで、奴から離れてしまった。

あいつにはこれ以上スニッチを気にしている余裕なんてないと、僅かな慢心が生まれてしまった。

 

だから今回の試合、僕のせいで負けてしまったようなものだった。

 

地面に這いつくばるように項垂れる僕の周りに、他のスリザリンチームメンバーが集まってくる。皆一様に厳しい表情をしている。彼らも分かっているのだ、僕のせいでスリザリンは負けたのだと。

キャプテンであるフリントが僕の前に立ちながら大声を上げる。

 

「ドラコ! どういうことだ! お前の箒はニンバス2001だぞ! それが何故ニンバス2000如きのポッターに負けるんだ!?」

 

「……」

 

フリントの言う通りだ。僕は反論することが出来ず、またする気力もなかったため黙って聞いている。

 

「まったく! お前は相手より遥かに優れた箒を持っているのに負けたのか!? それでもお前は栄光あるスリザリンなのか! 純血として情けないぞ! お前は、」

 

「黙りなさい」

 

黙っている僕にさらにつづけよとするフリントの言葉は、突然遮られた。

その声は、僕がいつもは最も聞きたいと同時に、今は最も聞きたくない声だった。

僕は今、彼女にどんな顔を向ければいいのか分からなかった。

 

「マ、マルフォイ様!」

 

突然かけられた冷たい声音に、フリントは慌てたように振り向いた。他のスリザリン選手も、今まで聞いたこともない程の冷たい声音に固まっている。僕もノロノロと顔を上げると、やはりそこに立っていたのはダリアだった。肌の露出を極限までなくした格好をし、さらには片手に日傘をさして、ダリアは僕たちの前に佇んでいた。

そして日傘から覗き見える表情には、隠しようもない苛立ちがあるように見えた。

 

でも、それが向けられる対象は僕ではなかった。

 

「何故、お兄様が責められねばならないのですか?」

 

相変わらず冷たい声に、フリントが恐る恐る応える。

 

「マ、マルフォイ様。この試合、ルシウス氏の送って下ったニンバス2001のお蔭で、絶対に負けるはずのない試合でした。それをドラコは、」

 

「あなたは何を言っているのですか? 負けるはずのない試合? そんなものは存在しません」

 

そこでため息を一つつき、ダリアは続ける。

 

「クィディッチにおいてシーカーだけは運も重要になってきます。たとえ相手より優れた箒を持っていたとしても、絶対ということはあり得ない。それを分かっておられるお兄様は、今回油断ないプレーを行っておられました。途中こそブラッジャーの暴走というイレギュラーで惑わされましたが、お兄様は最後まで堅実なプレーをされていました。ですからお兄様に落ち度はありません。それに、チームが負けた原因を一人に押し付けるなどナンセンスです。箒が優れていたというなら、シーカー如何に関わらず、クアッフルで150点以上の差をつけておけばよかったではないですか。そのためのニンバス2001ではないのですか?」

 

「し、しかし、」

 

「とにかく、これ以上のお兄様に対する嘲笑は許しません。さあ、お兄様」

 

そう言ってダリアは僕に手を差し伸べてきた。その手をまじまじと見つめる僕に、ダリアは優しく話しかける。それは昔からよく聞く、ダリアが僕を慰めてくれる時に聞く声だった。

 

「試合にこそ負けてしまいましたが、お兄様が頑張っておられたのは、私もお父様も知っております。先程の試合も、お兄様の姿は決して惨めなものではありませんでした。果敢に相手に挑む姿は、私にはとてもかっこよく見えましたよ」

 

ダリアは一向に手を取ろうとしない僕に、さらに手を伸ばしながら続ける。

 

「お兄様はかっこよかったですよ。本当に素晴らしい時間でした」

 

僕はその言葉に、先程とは別の理由で涙があふれてきた。ダリアは先程と一転し、どこか晴れやかな無表情をしてこちらを見つめている。その表情には、最近ダリアに浮かんでいた疲労感は薄くなっていた。

 

ああ、僕が試合に勝ちたかったのは、この表情を見るためだったのだ。

ポッターに勝ちたいという思いもあったが、勝利が目的ではなかったのだ。

試合に勝って、少しでもダリアの支えになりたかったのだ。

 

僕は溢れる涙をそのままにダリアに問いかける。

 

「……ダリア、試合は楽しかったか?」

 

僕の言葉にダリアは一瞬瞠目し、そして微かな笑顔で応えた。

やはりそこには、僕を責める色は一切なく、心の底から楽しそうな表情をしていた。

 

「ええ。本当に楽しい時間でした」

 

「そうか……なら、いい」

 

試合には負けてしまったが、どうやら目的は果たすことが出来た。なら、僕がこれ以上後悔する必要はない。

僕は、安心した気持ちで差し伸べられた手を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルシウス視点

 

「ダリア、行ってやりなさい」

 

スリザリンが敗北したことがショックなのか、どこか覚束ない飛び方で降りていく息子を見やりながらダリアに言う。

 

「で、ですがお父様は?」

 

ドラコのことが心配なのだろう。チラチラとドラコが地面に向かう様子のを目で追っている。ただ、ここに私を置いて行っていいものなのかを迷っている様子だった。

だが、

 

「私のことは気にしなくてもよい。それに、試合が終わった以上、私はすぐに帰らねばならん。ダリア、ここでお別れだ。次は夏休みになってしまうが、元気にしているのだぞ」

 

「……分かりました」

 

クリスマスの立ち入り調査は、結局立ち消えることはなかった。ウィーズリーの奴は今回の調査に余程力を入れているらしく、空飛ぶ車の件で相当追い詰められているものの、この調査だけは行われることになっていた。

奴の計画が私にばれている段階で、それは無駄な努力でしかないわけだが。

奴を出し抜けていることには喜びを感じているが、クリスマスを楽しみにしているダリアには非常に可哀想なことだとも思う。

現に私が言外に立ち入り調査の続行を伝えると、悲しそうな表情をして頷いていた。

今回の試合で少しは余裕を取り戻せたのか、以前のように取り乱したりこそはしないが、やはり辛いものは辛いのだろう。

 

……無表情ながら顔を歪ませる娘に、私は非常に胸が苦しくなる。

悪いのは全てウィーズリーだと分かっている。が、何故か私が悪いことをしている気分になった。

 

私はそんな俯くダリアに言葉をかけようとして……何も言えなかった。

本当は娘に、

 

『今年だけの辛抱だ。今年でダンブルドアはいなくなる』

 

そう安心させてやる言葉をかけてやりたかった。だが、それをここで言うことは出来ない。

近くにいるダンブルドアが、一見試合を観戦しているように見えるが、その実意識をこちらからまったくそらしてはいないからだ。

こちらへの警告のつもりなのかは知らないが、全く隠そうともしない警戒に私は、ダリアの立場を危うくさせかねないようなことは言えなかった。

 

だから私にできたことは、ただダリアの頭を撫でてやることだけだった。

ダリアは昔から私に頭を撫でられるのが好きだ。マルフォイ家の娘として、そのように甘やかしてはならないと分かってはいるのだが、いつもの無表情を多少ほころばせるのを見る度に、どうしてもこうして甘やかしてしまう。

案の定言葉はかけてやれないものの、頭を撫でてやることで多少元気を取り戻したダリアに言う。

 

「では、ダリア。また夏休みに。だが何かあれば手紙は送るのだぞ。ドラコはよく送ってくるが、お前は送ってきても自分のことを隠しすぎる。去年も言ったが、もっとお前は我儘を言いなさい」

 

「……はい、お父様」

 

迷惑をかけろという部分に一切同意していない様子だが、一応と私の言葉にうなずくダリア。いつまでも中々甘えようとしないダリアに苦笑する。

 

「さあ、ダリア。ドラコの所にいくのではなかったのか?」

 

私がそう言うと、ダリアは今思い出したように、

 

「ああ! そうでした! ではお父様! またすぐに手紙を書きますね!」

 

ダリアは今度こそ慌てたように観客席を出て行った。

その背中には、試合前ほどの疲労感はなくなっている様子だった。

 

そんなダリアの背中に、私とダンブルドアは全く異なる視線を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

久しぶりにお会いして、そしてまたしばらく会えないお父様と別れるのは非常に嫌だったが、今落ち込んでおられるはずのお兄様を放っておくわけにもいかない。

 

そう思い泣く泣くお父様と別れ、教員席から降りている時、

 

「待ってください、ダリア!」

 

後ろから突然声がかかった。

それは教師の発するものだった。が、私はその声を完全に無視する。

何故なら、それは先程私を日向に引きずり出そうとした男のモノだったから。

 

「ダリア、先程は申し訳ありませんね。何しろあなたの肌のことを知らなかったのですよ。しかし、あなたの肌のことがあっても、大丈夫だったと思いますよ! なぜなら、私は『闇の魔術に対する防衛術』だけではなく、治療魔法にも少々心得がありましてね。あなたの肌も治して差し上げられると思いますよ!」

 

聞いてるだけで疲れる様な話だった。すぐにお兄様の元へ向かいたい私としては、こんなゴミに付き合って時間を使いつぶしているわけにはいかない。私は急いでいるから聞こえないという風を装いながら、手袋をつけた状態の全力で階段を下りていく。

しかし無視する私を意に返さず、全力で階段を下りる私についてくるために多少息が上がった状態のロックハート先生は続ける。

 

「次の試合はきっと私と共に見ましょうね、ダリア! 私ならあなたの肌を治して差し上げるのですから!」

 

……次に試合を見に来ることはないだろうなと思った瞬間だった。この人は全く反省していない様子だった。

お兄様の試合なら無理をしてでも来るが、残念ながらスリザリンは今日負けてしまった。次の試合があっても相当先のことだ。だから不幸中の幸いに、クィディッチに来る必要性がしばらくは全くない。

お兄様の素晴らしいプレーや、久しぶりにあったお父様に癒された心に、少しだけ疲れと殺意が戻ってきていたが、日傘をさして競技場に出た直後、

 

「では、私がそれを証明してきましょう! 先程ハリーが怪我をしていましたね!? それを今から華麗に治してきます! 大丈夫です! 何と言ったって、私には治療魔法の心得もありますから!」

 

ようやく後ろに纏わりついていたゴミがいなくなった。チラっと後ろを見ると、ちょうどボンクラが向こうで倒れているポッターに走っていくところだった。

 

ポッター、あなたの犠牲は忘れません。

 

そう心の中でポッターの冥福を祈りつつ、私は地面で項垂れているお兄様の元に走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

どうしても勝ちたかったスリザリン戦。その勝利の代償は、思った以上に大きなものとなってしまった。

スニッチを掴み、その後地面に落ちると同時に気を失ったらしい僕が一番初めに目にしたのは……輝くような真っ白い歯だった。

ロックハートが、僕を満面の笑みで見降ろしていた。

 

「ハリー! 気が付いたようだね! 君は腕を折ってしまったのだよ! 心配めされるな! 私なら君の腕を治してあげられるよ!」

 

「や、やめて!」

 

一瞬ロックハートが何を言っているのか理解できなかったが、彼の今からすることを脳が理解した瞬間、僕は大声をあげていた。

この教師が口だけであることは、もうホグワーツの生徒のほとんどが気が付いている。そんな先生がこの折れた腕をどうにかできるはずがなかった。

でも僕の声はいつものように彼に届かなかったらしい。

 

「さあ! 横になってください! 私はこの呪文を何度も使い、多くの人間を助けてきましたからね!」

 

「せ、先生! 僕、医務室に行った方がいいと思います!」

 

刻一刻と迫る最悪の事態に、何とかロックハートを説得しようと試みつつ、周りの人間が僕を助けてくれないか見回す。

しかし残念ながら周りにいたのは、いち早く駆けつけて僕の骨折の写真を撮るコリンと、少し離れたところで今なお暴れ続けるブラッジャーと格闘するグリフィンドール選手達だけだった。ロンとハーマイオニーはまだこちらにたどり着けていないようだ。

もう少し離れたところにスリザリンチームがいないでもないが、彼らが僕を助けてくれることなど絶対にない。寧ろ嬉々としてロックハートにやらせるだろう。

 

「では!」

 

そうこうしているうちに、どうやらタイムリミットが来てしまったようだ。 

ロックハートは大げさに杖を振り回し、次の瞬間、それをまっすぐに僕の腕に向けた。

 

効果は劇的だった。

勿論、悪い方向に。

 

腕の激痛がなくなったかと思った瞬間には、先程まであり得ない方向に曲がっているものの、曲がりなりにも真っすぐだった腕が、まるでゴムのように弾力を失い垂れ下がっていた。

 

折れた骨は治るのではなく、僕の腕の中からいなくなっていた。

 

「あ~。まあ、そうだね。こういうこともあるね。うん。でもね、ハリー。腕はもう折れていないことに変わりはないだろう? それこそが大事だと、僕は思いますね」

 

ロックハートもこの結果にはさすがに狼狽したのか、何故か離れ所にいるスリザリンチームと教員用観客席の方をチラチラ見ていたが、

 

「あ! これはいいところに! ミス・グレンジャー! ウィーズリー君! 彼に付き添ってもらえるかな!? 彼の折れた腕は大分治ったのですが、やはりまだ治療の必要性がありますからね! 彼を医務室まで!」

 

そう言って逃げるように立ち去った彼と入れ替わりに、ロンとハーマイオニーが駆け付けた。

彼らは僕の変わり果てた腕に一瞬瞠目していたが、今何をすべきかを早急に判断し、僕を黙って医務室まで運んでくれた。

 

「今夜はここに泊まらないといけないのか……」

 

医務室につくと、マダム・ポンフリーは激怒しながら僕に入院を宣告した。僕の読み通り、骨折くらいならすぐになんとか出来たらしいのだが、どうやら骨をはやすというのは簡単ではないらしい。一日入院しなければいけないとのことだった。

ロンと僕が盛大にロックハートの悪口を言い終わった後、ロンはおもむろに言った。

 

「とにかく、僕らは勝った!」

 

顔中をほころばせるロンに、ロックハートの悪口大会中、少し所在なさげにしていたハーマイオニーが同意する。

 

「そうね。ハリー、すごいキャッチだったわ! でも、まさか腕を一本犠牲にするなんて! 大怪我したらどうするの!」

 

「……今の大怪我は、試合のせいではなくロックハートのせいだけどね。それに、ピッタリ僕にくっついてたマルフォイを出し抜くにはああするしかなかったんだ」

 

「と、とにかく! あんな危ないことはもうしないでよね!」

 

またロックハートの話に戻りそうになり、一度は僕を叱ろうとしたハーマイオニーは慌てて話をまとめた。彼女に引き続きロンが話を続ける。

 

「しかし、あのブラッジャー。一体あれはなんだったんだ? ハリーしか狙ってなかったけど」

 

首をかしげるロンに、ハーマイオニーが恨めしそうな顔をして言う。

 

「そうね。あんなことやるとしたらスリザリンチーム。多分ドラコだと思うけど、彼、一体どうやったのかしら?」

 

「もしくはあいつに頼まれた妹だな。ダリア・マルフォイが勝手にやった可能性もあるけど」

 

「ロン……何度も言うけど、マルフォイさんは、」

 

ロンの発言に、いつものようにハーマイオニーは何か言おうとしたが、その前に医務室のドアの方が非常に騒がしくなった。

何事かと思いドアを見やると、丁度泥だらけのグリフィンドール選手全員が入ってくるところだった。

 

「ハリー! いい作戦だったぜ!」

 

ジョージが僕の骨がなくなっていない方の腕を叩きながら言った。

 

「さっき、マーカス・フリントがマルフォイを怒鳴っていたぜ。いい箒持ってたのに負けたのは何事だってね! まあ、その直後にダリア・マルフォイに黙らされていたけど」

 

「ハリーよくやってくれた! よくぞあの小賢しいマルフォイに勝ってくれた! これで寮杯も近くなったぞ!」

 

ジョージに続き、喜色満面のウッドが喜びの言葉を言っている時、

 

「あなた達! 何をやっているのですか!? その子には休息が必要なんですよ!? 出ていきなさい!」

 

丁度薬をとってきたマダム・ポンフリーに皆追い出されてしまった。

医務室には、僕一人だけが取り残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダリア視点

 

最高級の箒が選手全員分そろったことで、スリザリンは勝利を確信していた。皆試合前だというのに、まるで既に勝っているかの如く振舞っていた。

それが試合の後どうなったかというと……。

夜の談話室、皆一様にまるで葬式にでも来ているかのような顔をしている。皆項垂れ、まるでこれは夢で、明日になれば本当の試合がある、そんなことを祈っているような仕草をしていた。時折現実に返ってきた者も、ソファーに座るお兄様に非難がましい視線を送りかけ、同じくソファーに座る私を見て慌てて祈りに戻っていった。

 

「空気が重いですね……」

 

試合後の反省会すら開かれない程暗い空気に、私は小さくため息をつく。おそらく私がいなければ、盛大にお兄様への非難合戦が始まっていたのだろう。でも、私という抑止力の存在で皆俯くしかない様子だった。それを分かって私もここで睨みをきかせていた。

同じく私の前に座るダフネも同意なのか、神妙な顔で周りを見回していた。が、こんな空気を換えようとするように、努めて明るい声で私に話しかけてきた。

 

「ダリア、お父さんとの時間はどうだった?」

 

私の顔から疲れが大分抜けていることを見抜いているのだろう。疑問形ではあるが、どこか確信を持ったような笑顔をしている。

私も小さく微笑みながら応える。もっとも、表情自体はあまり動いてはいないだろうが。

 

「ええ。お父様もお元気そうで何よりでした。お母様も、後、もう一人いる家族も元気だとのことでしたし」

 

「そっかそっか」

 

私の答えに、ダフネはやはり笑顔で応えてくれていた。私が慰めたと言っても、やはり負けたことで多少暗くなっているお兄様も横で小さく微笑んでくださっていた。

 

 

 

 

その間、ホグワーツ内では、猫が石になる以上の事件が起こっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

真っ暗な医務室。眠っていた僕は、突然額に感じた冷たさに目が覚めた。何事かと思いそちらを見ると、闇の中で何者かが僕の額をぬぐっているみたいだった。

 

「や、やめて!」

 

恐怖で目が覚めた僕は、腕から感じる痛みに耐えながら大声を上げた。

 

「だ、誰なんだ!?」

 

「……ハリー・ポッター。ドビーめです。ドビーめでございます」

 

僕の声に応えたのは意外な人物だった。暗闇にようやく目が慣れ、闇に浮かび上がっていた生き物は、以前僕をダーズリー家に縛り付けようとしたドビーだった。テニスボールほどの目玉に涙をためながら、ドビーは言う。

 

「ハリー・ポッター……どうして学校に戻ってきてしまったのですか?」

 

それはまるで、僕を労わると同時に、どこか非難するような響きだった。

 

「ドビーめは、なんべんもハリー・ポッターに警告いたしました。なのに、何故あなた様は帰ってきてしまったのですか? どうして汽車に遅れたというのに、ここに今いらっしゃるのですか?」

 

僕はドビーの言葉に怒りがわいた。僕は体を何とか起こしながら尋ねる。

 

「……何故、僕が汽車に乗り遅れたことを知っているんだい?」

 

何故彼がこんな所にいるのか等、疑問に思うことは山ほどあった。でも、怒りで満たされた僕の頭がひねり出したのはこの質問だけだった。

ドビーは僕の怒りを受け身を震わせている様子だったが、

 

「ハ、ハリー・ポッター、ドビーはよかれと思って……」

 

そう小さくつぶやいた。

 

「やっぱり君だったんだ! 僕がどれだけあの後苦労したと思ってるんだい!? 下手すれば僕とロンは退校になるところだっったんだ!」

 

「た、確かに入り口を塞いだのはドビーめでございます。で、でも、それはハリー・ポッターがホグワーツに戻れば危険だと思い、」

 

「今すぐここを出て行ってもらえないかな? 僕は正直今君を絞殺したくて仕方がないんだ!」

 

腕の骨さえあれば、僕は本当にそうしていたことだろう。それほど僕は今怒り狂っていた。

でも、ドビーは僕の脅しを聞いて、僕の思った通りの反応はしなかった。

一瞬僕の脅しに瞠目していたが、その後何故かとても穏やかな表情になっていた。

 

「な、なにがおかしいんだい? 僕は本気だぞ」

 

突然のドビーの変化に僕がそう続けると、

 

「……ドビーめは昔、屋敷では一日5回もその脅しを受けておりました」

 

ドビーは笑いながら、穏やかに、でもどこか懺悔するように話し始めた。

 

「昔はそんな言葉を言われてもへっちゃらでした。慣れていたのであります。でも、今ハリー・ポッターに言われ、ドビーめは一瞬身が震える思いでした。慣れている……ドビーめはそう思っていたのですが……。どうやらドビーめは、あの頃が遠すぎて、また弱くなってしまっていたみたいです……」

 

何故か寂しそうにそう語るドビーに、僕の怒りは鎮まっていく。穏やかで、でもどこか迷子のような表情をするドビーをこれ以上怒鳴りつける気分ではなくなったのだ。

 

「ドビー、なんで君はそんなものを着ているの?」

 

怒りが収まり、次に僕の中に沸いたのは好奇心だった。以前から気になっていたのだが、ドビーはなぜか真新しい枕カバーを身に着けていた。

 

「これでございますか?」

 

ドビーはどこか誇らしげに自らの服を指示した。

 

「屋敷しもべ妖精はこれを身に着けることによって、ご主人様のものであることを表しているのです。屋敷しもべ妖精が家を出る時、それはご主人様から衣服を本当の衣服を与えられた時なのです。もしソックスの片方でもドビーめに与えられれば、ドビーめはご主人様の家から永久にいなくならねばならないのです」

 

ドビーは続ける。

 

「ドビーめは、昔そのソックスの片方でも与えられないものかと祈っておりました。ですが、今は全くそのようなことは思いません。今は昔と違い、ドビーめの身に着けているものも気にして下さるお方がいるのです。昔は使い古した枕カバーを身に着けておりました。ですが、今ではこの通りです」

 

そう言ってやはり誇らしげに枕カバーを指示したドビーだったが、ふと真剣な面持ちになった。

 

「ドビーめは、()()()()によって救われました。ですが、他の屋敷しもべ妖精は違うのです。皆、ハリー・ポッター、あなた様に救われたのです。だからハリー・ポッター、あなた様は家に帰らなければならない!」

 

「前にも言ったけど、僕は家に帰らないよ! ここが僕の家なんだ!」

 

「いえ! 帰らねばならないのです! だからドビーめはブラッジャーを使って、」

 

「ブラッジャーだって?」

 

ドビーの言葉に、僕の鎮まっていた怒りが再燃した。

 

「君だったのかい? 手紙や特急だけじゃなく、あのブラッジャーさえ君がやったものなのかい!? 君は僕を殺そうとしているのかい!?」

 

ドビーは驚愕しながら応えた。

 

「殺すなど滅相もございません! むしろドビーめはあなた様を助けたいのです! 今年のホグワーツは危険なのです! あなた様は積極的に狙われる可能性すらある! だから、ドビーめは大怪我をしてでも帰ってもらおうと、」

 

「その程度の怪我なわけがないだろう! 僕は危うく死にかけたんだ! もし本当に帰ってほしいなら言ってよ! 今年はホグワーツのどこが危険なんだい!?」

 

僕の怒りの声に、ドビーはノロノロと話し始めた。

 

「今年、『秘密の部屋』が再び開かれたのです。闇の帝王を倒したあなた様は必ず狙われてしまう……」

 

「待ってドビー」

 

僕はドビーの言葉の一部に違和感を覚えた。

 

「君の言い方だと、本当に『秘密の部屋』はあるんだね? それに再び開かれるって言ったよね? それじゃ以前にも部屋は開かれたのかい!? ドビー、教えてよ!」

 

「ド、ドビーはこれ以上しゃべるわけにはいかな、」

 

ドビーが言葉の途中で突然凍り付いた。何事かと思ったが、僕もすぐそれに気が付いた。

廊下の外で、こちらに向かってくる足音がしていた。

 

「ド、ドビーは行かねば! ハリー・ポッター、あなた様はすぐに家に帰ってください!」

 

それだけ言って、ドビーはまるで最初からそこにはいなかったかのように掻き消えた。

僕も医務室で騒いでいる所をみられるわけにはいかず、すぐにベッドに倒れこんで狸寝入りを始めた。

僕がベッドに倒れこんだ直後、医務室のドアが開き、数人の人間が部屋に入ってきたみたいだった。複数の足音は僕のベッドの端を通り過ぎる。そして僕とは離れたベッドに()()()置く音がしていた。

 

「何があったのです!?」

 

再び入り口から声がする。今入ってきたのはマダム・ポンフリーみたいで、先程入ってきた人たちに声をかけていた。

 

「また襲われたのじゃ。それも今度は生徒がのう」

 

マダム・ポンフリーに答えたのはダンブルドアだった。

僕はダンブルドアがいることに、そして彼が言ったことに驚き、薄目をあけて様子をうかがった。

僕の視線の先には、マクゴナガル先生、マダム・ポンフリー、そしてダンブルドアが、まるで石像のようなものを乗せたベッドの周りに集まっていた。

 

「グリフィンドール一年生のコリン・クリービーです。階段のところにいました。おそらく、この葡萄をポッターのお見舞いに届けようとしたのでしょう。その途中で……」

 

マクゴナガル先生の言葉で、僕は胃がひっくり返るような思いだった。

確かによく見れば、ベッドの上に置いてあるのは石像なんかではなく、カメラを構えたまま石になったコリンだった。

 

「この子も石に?」

 

「そのようじゃ」

 

マダム・ポンフリーに応えながら、ダンブルドアはコリンの構えたカメラを慎重に取り外していた。

 

「襲った者の写真が撮れているとお考えなのですか?」

 

マクゴナガル先生の質問に何も言わず、ダンブルドアはカメラの裏ぶたをこじ開けた。

するとまるでカメラの内側が溶けてしまったかのように、中から蒸気が噴出した。

 

「そんな!」

 

「これで確定じゃな」

 

ダンブルドアが静かに宣告した。

 

「『秘密の部屋』は再び開かれた」

 

マダム・ポンフリーはショックで今にも倒れそうになり、マクゴナガル先生はそんな彼女を支えながらダンブルドアに尋ねる。

 

「でも、アルバス……一体、誰が?」

 

「……さてのう。しかし、一体どうやっておるのじゃろうのう」

 

ダンブルドアの視線は、石になったコリンから離れることはなかった。

 

 

 

 

生徒がついに、『継承者』によって襲われた。


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