ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
セブルス視点
今、ダリア・マルフォイが杖をこちらに向けて立っている。
凄まじいプレッシャーだった。とても学生を相手にしているとは思えない。
まるで闇の帝王に相対しているような……。
そんな印象すら感じさせる冷たい空気だった。
勿論顔立ちなどはまったく違う。しかし、彼女の放つ空気は間違いなく帝王の物に似通っているのだ。
……確かに、この空気だけならダンブルドアがあれほど警戒するのも理解できる。
彼女の人間性を、彼女の家族関係、そして去年使った『死の呪文』を考慮すれば警戒するのは当たり前なのかもしれない。
だが理解はできても、納得は出来なかった。
彼女の家は確かにマルフォイ家だ。未だに親交を持っているが、同時にルシウス・マルフォイがまだ向こう側の人間だということは分かっている。今回の事件も、奴が裏で動いている可能性があると言われてもさほど驚きはない。
だが、だからと言ってダリア・マルフォイを完全に敵として認識することは、吾輩にはできなかった。
確かに彼女の今放つ空気はどこか帝王を思い起こさせる冷たいものだ。去年ハロウィーンで使った呪文も、何かを本気で殺そうと思う残虐性がなければ使えないものだ。ルシウスの件とて、彼女が完全に関係がないと言い切ることは出来ない。むしろ奴が裏でコソコソ何かしていると知って、ダリア・マルフォイこそが実行犯だと考える方がしっくりくるとさえ思える。
しかし、それでも吾輩は彼女を疑い切ることが出来なかった。
彼女は『死の呪文』を、おそらくグレンジャーを助けるために使ったのではと吾輩は考えている。いくら闇の魔法を使ったからと言って、それをもって彼女の本性を測るのは早計だ。ルシウスが裏で何かやっているからと言って、彼女が実行犯である可能性は高くとも、絶対にそうだと言い切ることは出来ない。
だから吾輩は、ダンブルドアと同じようにダリア・マルフォイを闇の勢力だと断じることは出来なかった。認めがたいことだが、
だが、だからこそ。だからこそ吾輩は、今、ダリア・マルフォイの実力を測らなければならない。
ダンブルドアが彼女に固執しすぎている印象を拭い切れないが、冷静に考えると論理的には彼の方が正しいのだ。彼女を今の状況だけで見たら、限りなく帝王側の可能性が高いのは事実だ。ただ吾輩がルシウスとの親交故に納得しきれていないだけやもしれない。
それでも未だに彼女を信じようとする吾輩は、彼女の実力を知っておかねばならない。
いざという時のために。
もし彼女が本当に敵だった時、吾輩が決して油断せぬように。
リリーの子供に危険が及ばないように。
我輩はそう己を無理やり納得させ、ダンブルドアの命令通り目の前の少女に杖を構えるのだった。
「用意はいいかね? ミス・マルフォイ」
「……ええ、いつでも」
冷たい空気を発しながら、彼女はゆっくりと頷いた。
「よろしい。では、1……2……3!」
動いたのはほぼ同時だった。
二年生相手に無言呪文を使うのはやりすぎだが、生憎相手はただの二年生ではない。ためらいなく彼女が先程使った『失神呪文』を無言で放つ。当たればロックハートと同じように即試合終了となるが、絶対にそんなことにはならないという確信があった。
このような空気を醸し出す者が、これくらいで倒せるはずがない。
案の定我輩が放った呪文は彼女に当たる直前掻き消える。おそらく『盾の呪文』を使ったのだろう。『盾の呪文』は高学年が学ぶ呪文だ。それを完璧に使いこなす彼女に一瞬驚きそうになるが、そんな暇は全くなかった。
彼女は呪文をかき消した瞬間、もう次の呪文を唱えていたのだ。
『エイビス、鳥よ』
何十羽の烏が杖から飛び出す。スリザリン生の何人かが何か思いだしたのか悲鳴を上げていたが、それをしり目にダリア・マルフォイは続けざまに呪文を唱える。
『オパグノ、襲え』
本来であれば小さな鳥が出てくるだけの呪文だが、彼女の力によって烏が凄まじい勢いで襲ってくるという驚異的なものになっていた。並みの魔法使いならこれで終わりだろう。
だが、我輩がこの程度をあしらえぬはずがない。
『デリトリウス、消えよ』
一つの呪文でこちらに襲い掛かる烏を一瞬で消す。何十羽もいる烏を一瞬で消されるとは思っていなかったらしく、ダリア・マルフォイは少しだけ目を見開いていた。
だが流石というべきか、彼女は驚きこそすれ決して油断はしていなかった。烏が消える前にはこちらに追撃の呪文を唱えている。
『ペトリフィカス・トタルス、石になれ』
『プロテゴ』
『盾の呪文』で飛んできた閃光を消す。
とても去年ホグワーツに入学したばかりとは思えない技の数々。本来であれば惜しみない称賛が送られるところなのだろうが、吾輩はこの段階になって、彼女の戦いに違和感を感じ始めていた。
呪文が一般的すぎるのだ。
速さ、威力。どれをとってもとても二年生のものとは思えないものだ。
だが、飛んでくる呪文があまりにも幼稚に過ぎる。勿論、並みの二年生では扱わないような呪文ではある。だがそれだけだ。彼女の実力では全く釣り合っていない気がした。
まるで本来の実力を隠すために、あえて不得意なものしか使っていないような。そんな印象を吾輩は感じていた。
やはり、ダンブルドアを警戒して本来の力は出してはくれんか。
彼女がこのようなホグワーツ在学レベルの魔法しか使わないとは到底思えない。
だが、魔法こそ在学生レベルを抜けきらないものの、魔法を放つ速度は非常に卓越したものだ。それこそ下手な『闇祓い』にすら勝ってしまうかもしれない。尤も『死の呪文』を使いだしてしまえば、彼女に勝てるものはそこまで多くは存在しないだろう。
彼女が魔法を出し惜しみしていても、吾輩は彼女の実力をある程度憶測することが出来た。
……そろそろよかろう。ダンブルドアは納得しないやもしれないが、吾輩の目的は達成することが出来た。
力を抑えて戦うことが少し苦痛なのだろう。このままでは押し切れないと分かっているのか、少しだけいつもの無表情が悔しそうに歪んでいる。
優秀とはいえ、まだ自分を律しきれない未熟さも残っている。
いくら優秀であろうとも、力を抑えた状態で、尚且つそのような未熟さを持ったものに負ける道理はない。
そして、その焦りが最高潮になった瞬間、吾輩は今まで以上の速さで魔法を放った。
決闘が始まって以来最も速い動きに驚いた様子のダリア・マルフォイに魔法を放つ。
『エクスペリアームス、武器よされ』
吾輩の呪文は、彼女の腕に命中した。
ハーマイオニー視点
「は、速すぎてよく分からなかった……」
ハリーが私の横で呻くような声を出していた。私も呻きこそしないが、ハリーと全く同じ感想だった。
二人の使っていた呪文は、二年生では習わないものの、あまり高度すぎる呪文ではなかったように思う。お互い終始無言だった上に、あまりにも威力が高そうだったため自信ははない。
しかし、呪文こそそこまで高度でなかったにしろ、その呪文を放つスピードは驚異的なものだった。多分私なら最初の呪文の段階で負けていた。
「やっぱり、マルフォイさんは凄いわ……」
負けたとはいえ、相手は先生。先生相手にこんな決闘が出来るのだから凄いとしか言いようがなかった。どうやらまだまだ目標は遠い存在みたいだ。
でも、どうやら負けたことが彼女にとっては不満なのか、遠目には少しだけ悔しそうな表情をしている気がした。そんな彼女に杖を返しながらスネイプが言う。
「ふむ。詰めが甘かったようですな、ミス・マルフォイ。押し切れぬからといってあのように焦るなど」
「……流石です、スネイプ先生。最後の動き……はじめは手加減されていたのですか?」
「いや、手加減はしておらん。確かに
「そう……ですか」
「詰めが甘いと言わざるをえない、ミス・マルフォイ。だが、詰めが甘いこそすれ君の動きは確かに素晴らしいものだった。君が
「……ありがとうございます」
点数こそ貰ったが、やはり負けたのが悔しいのかマルフォイさんは少し俯きながら返事をしていた。
俯くマルフォイさんに点数を与えると、スネイプ先生は今舞台の端の方で気絶しているロックハート先生に杖を向けた。
『リナベイト、蘇生せよ』
呪文を唱えた瞬間、打ち上げられたアザラシのように置き捨てられていたロックハート先生が飛び起きる。横にいたマルフォイさんが何故か残念そうな表情をしているのをしり目に、スネイプ先生がロックハート先生に話しかける。
「ッは! わ、私は何を!?」
「ようやくお目覚めかね、ロックハート先生?」
馬鹿にしたような声で、スネイプ先生は話しかける。
「君が寝ている間に、生徒たちには必要な模範は見せましたぞ。生徒を二人ずつに組み分けしたいのだが、手伝ってもらえるかな? もっとも、君がまだ無様にそこで寝ていたいなら話は別だが?」
「そ、そうですか。模範は終わりましたか! いや、ダリアの放った呪文が思いのほか強力でしてね! いえ、本来ならどうにでも対処できたのですが、学年主席の頑張りを無駄にするのは可哀想だったのでね。わざと受けて差し上げたのです……よ……」
ロックハート先生がそう言い終わるか終わらないかのうちに、スネイプ先生から凄まじい殺気がほとばしり始めたので、最後の方は尻窄みになっていた。
「……で、では、二人一組になって!」
慌てたように言うロックハート先生の指示で、皆動き始めた。
私は最初、近くにいたルームメイトのラベンダー・ブラウンと組もうとした。ハリーもロンと組もうとしていたのだけど、
「それはいかん、ポッター」
いつの間にかこちらに来ていたスネイプ先生に止められてしまった。一緒にいたマルフォイさんはどうしたのだろうと視線を舞台に向ければ、彼女はまだ舞台の上に立っていた。どうやら彼女は模範として呼ばれこそしたが、組み分けを手伝うつもりはないらしい。
残念ね……もしこちらに来ていたら、彼女と組んでみたかったのに。
私がそう残念に思っていると、うすら笑いを浮かべている先生は、
「ウィーズリー、君はフィネガンと組みたまえ。ポッターの相手は……ミスター・マルフォイだ。ミス・グレンジャーはブルストロードと組みたまえ」
そう言ってハリーを、少し離れたところで舞台をじっと見つめているドラコの方に引っ張って行ってしまった。代わりにこちらにやってきたのは、ひどくガッチリとした体格のスリザリン生だけだった。
……魔法使いの決闘より、レスリングの方が向いてそうねと、なんとなく嫌な予感を覚えながら思った。
ハリー視点
「ミスタ・マルフォイ。手持無沙汰のようですな。君はポッターをさばきたまえ。ミス・グリーングラスもさっさと相手を決めないか」
スネイプに無理やり引っ張られてきた場所には、ドラコ・マルフォイとダフネ・グリーングラスが立っていた。何をするでもなく、ただじっと舞台の上のダリア・マルフォイを見つめていた二人は、スネイプが話しかけることでようやくこちらに気が付いた様子だった。
「……ん? あ、ああ、先生。ごめんなさい、何か御用ですか?」
こちらにドラコより先に気が付いた様子のグリーングラスが、スネイプに聞き返していた。
とぼけた返事にスネイプは眉をひそめる。
「……今は二人ずつに組み分けている最中だ。ミスタ・マルフォイにはポッターの相手をしてもらおうと思っていたのだが……。やる気がないなら出て行ってもらっても構わんのだぞ」
「い、いえ! すぐに誰かと組みます!……まだ帰るわけにはいきませんし」
最後の方だけ小声で言ったかと思うと、グリーングラスは相手を探しに行ってしまった。スネイプもグリーングラスがどこかに行くのを見届けると、僕らの方を一瞬歪んだ笑みで見つめて去っていった。この組み合わせなら僕が最も不幸なことになるとでも思ったのだろう。
その場には僕、そして非常に迷惑そうな顔をしたドラコだけが残された。
ドラコは僕を一瞥して、再び壇上に視線を戻しながら言う。
「……はぁ。ポッター、今僕は非常に忙しい上に機嫌が悪い。今は正直お前の相手をしている暇はないんだ。痛い目を見たくなかったら、そこで大人しくしていろ」
「……怖いのか、マルフォイ? 僕に負けるのが。この前の試合も僕に負けたもんな」
お前など眼中にないと言った態度に、僕は思わず頭にきて言ってしまった。
僕の挑発にドラコは眉間のしわをさらに深め、視線を再び僕の方に戻していた。
「……いいだろう。この下らない会もまだ終わらない様子だしな。暇つぶしに付き合ってやるよ」
そう言ってマルフォイが僕に向き合った時、タイミングよくロックハートの声が響いた。
「さあ、皆さん組み終わりましたか? では、皆さん、向き合って! そして礼!」
ドラコも僕も、まったく礼をしなかった。
お互い頭に血が上っていた。
「杖を構えて!」
ドラコも僕もこの指示には従った。
「いいですか、皆さん。あまり危険なことはしないでくださいよ。事故はごめんですからね。では……1……2……、」
ロックハートのカウントが3になる前に、ドラコは呪文を唱えていた。
『リクタスセンプラ、笑い続けよ!』
ドラコの呪文は僕に命中し、僕はその場で笑い続けるはめになった。当然、呪文を唱えることなど出来る状態ではなくなった。
ドラコはその場で七転八倒する僕を一瞥してから、
「……ふん。お前はそこでそうしていろ。僕は忙しいんだ」
再び舞台の方を向いてしまった。笑いすぎで涙が浮かんでしまっている目でそちらを見ると、相変わらず無表情で大広間を見渡しているダリア・マルフォイが立っていた。
ダリア視点
大広間を見渡すと、そこは混とんを極めていた。
平和的に終わっている組などほとんどない。先生がスリザリンとグリフィンドールを組ませるという暴挙に出たせいだろう。中には魔法ではなく、取っ組み合いをしている組もあった。グレンジャーさん痛そうですね……。
「はぁ……。仕方ありませんね」
あまりの惨状を見かねて、私は呪文を唱えた。
『フィニート・インカンターテム、呪文を終われ』
私が呪文を唱え終わると、大広間のあちこちで起こっていた決闘もどきが終わりを告げた。まだ続いているのは、グレンジャーさんとブルストロードによるレスリングだけだった。あそこだけは魔法学校の決闘風景ではない。割って入ろうとも思ったが、私より先にポッターがブルストロードを引き剥がしにかかっていた。
「ダリア、止めてくれてありがとう。私も止めようと思えば止めれたのですが、学年主席に華を持たせてあげようと思いましてね。いやそれにしても……どうやら、非友好的な術の防ぎ方をお教えする方がいいようですね」
私の横で、何も出来ず大声を出すだけだったロックハート先生がスネイプ先生に提案した。スネイプ先生はそれをチラリと見ただけだったが、どうやらロックハート先生はそれを肯定の意味と捉えたらしい。
「……では、誰かにモデルをやってもらいましょう。ロングボトム君とフレッチリー君はどうですかな?」
「それはまずいですな。ロングボトムでは大惨事になるでしょうな。最悪、フレッチリーの残骸を医務室に運ぶことになる」
そうロックハート先生の意見を却下して、スネイプ先生は楽しそうに提案した。
先生には楽しくても、私にとっては全く面白くもなんともない提案を。
「……ミス・マルフォイとポッターはどうかね? 学年主席と英雄殿の対決。興味はないかね?」
何だか面倒くさいことをさせられそうな予感がした。
「おお! それは名案!」
スネイプ先生の意見に感激した様子のロックハート先生は、私の意見を聞くことなく、ポッターを壇上に手招きしていた。
私は一言もやるとは言っていないのだけど……。
「……スネイプ先生。何故私なのですか?」
ダンブルドアと違い、スネイプ先生に私を測ろうという意図はないだろう。おそらく、純粋にポッターの無様な姿を見たいのだろう。
……私が言えたことではないけど、人としてどうなのだろう。ダンブルドアにどこまで報告されるか分からない以上、呪文をごく一般的なものしか使わないで勝負したが、やはり自分があの場で出せる全力をああもあっさりやぶられたことの悔しさもあり少しぶっきらぼうな声を出してしまった。
しかしよほどポッターをいびるのが楽しみなのか、私の様子には気づかない様子でスネイプ先生は言う。
「なに、君ならポッターごときが何をしようと、絶対に怪我をせんだろう?」
私はこちらにやってくるポッターを見やるが、ポッターの横にいたお兄様と目が合いそうだったので慌てて視線を戻した。
「……ええ、まあ」
一応先生も建前はあるらしい。
確かに、私なら彼に怪我をさせることはないだろう。他の生徒ではそうとはいかない。実力が拮抗していれば、それだけ泥仕合になりやすくなる。その点私は理想的なのかもしれない。先生のポッターをいびりたいという欲求に目をつむればの話ではあるが。
「それに、君は先ほどと違って、呪文を選ぶ必要はない。今から吾輩が言う呪文を唱えるだけでよいのだ」
そう言ってスネイプ先生が選んだ呪文は、やはりあまり褒められたものではなかった。
呪文を選別しなければいけない私にはありがたいが、これで本当によいのだろうか?
「……本当にその呪文を使うのですか? その呪文はただ蛇を出すだけで、別に操ることができる呪文ではないはずです。下手をすればポッターだけではなく、周りの生徒が危険にさらされますが?」
「構わんよ。危険だと判断した場合は、吾輩が対処をする。それに、この程度のことがさばき切れんようなら英雄ではなかろう?」
スネイプ先生があまりに楽しそうだったので、私はそれ以上何も言えなかった。
……何かあれば先生に責任をとってもらいましょう。
そう考えながら、私はポッターの方に渋々杖を向けた。
ハーマイオニー視点
「や、やばいよ。ハリーが殺されちゃうよ!」
「相手はマルフォイさんよ? むしろ下手な生徒より安全よ。少なくとも折れた杖よりね」
ブルストロードに殴られた部分をさすりながら、私はロンに反論する。相手はあのマルフォイさんだ。万が一の事故も起こり得ないだろう。
「な、なにを言ってるんだ、ハーマイオニー! だってあいつは、」
「いいから! 黙ってみてましょう!」
まだ何か言い募ろうとするロンを黙らせ、マルフォイさんが立つ舞台に目を向けた。
目を向けると、二人は丁度向き合って杖を構えているところだった。
「それでは……1……2……3!」
先に動いたのは、やはりマルフォイさんだった。
『サーペンソーティア、蛇出でよ』
呪文を唱え終わると、マルフォイさんの杖先からどう見ても毒蛇と思しき蛇が飛び出した。
「ハ、ハーマイオニー! だから言ったじゃないか! ハリーが死んじゃうよ!」
「だ、大丈夫よ! ロックハート先生も言ってたでしょ!? これはハリーがどのように対処するかの模範よ! だからいざとなればマルフォイさんが何とかしてくれるはずよ! それにハリーにはロックハート先生もついているから大丈夫よ!」
ちょっと考えたものより危険な呪文に、私も少し動揺する。でも、それでもマルフォイさんがやるなら安全だと思っていたのだけど、事態は思わぬ方向に転がり始めた。
ダリア視点
『なんだここは!? 人間ばっかりじゃないか!』
スネイプ先生の指示で出した蛇は、どこか混乱した様子で辺りを見回している。
……だから言ったのに。この魔法は蛇を呼び寄せるだけ。別に蛇を操れるというものではない。勿論、私なら『パーセルタング』で操ることは出来るだろう。でも、それはこれ程多くの人が場所で出来ることではない。
「……先生」
私の反対側で硬直しているポッターを見かねてスネイプ先生を促す。私が対処してもいいが、元は先生が言い出したことだ。先生に対処してほしい。
「ふむ。やはりポッター如きでは対処できんか。仕方がない。吾輩が追い払ってやろう」
ポッターが慌てふためくのを見て満足した様子のスネイプ先生は、私の言葉でようやく重い腰を上げた。ポッターを煽るようにゆっくりと歩く先生。しかし、先生の思惑通りにはことは運ばなかった。
「いえ! スネイプ先生! 私が対処しましょう!」
ロックハート先生が突然飛び出し、蛇に杖をふるったのだ。
当然、彼に対処できるわけがない。蛇は2、3メートル飛んだかと思うと、消えることなく地面に激突した。
『うおおお! 誰だ! 誰がやりやがった! お前か! お前がやったのか! 許せん! 噛んでやる!』
……事態は悪化した。
蛇は鎌首を上げ、一番近くにいたハッフルパフ生、確かジャスティン・フィンチ-フレッチリーとかいう生徒に攻撃態勢をとったのだ。
まずい!
『パーセルタング』を使うわけにはいかない私は、咄嗟に魔法で蛇を消そうとした。が、それより先に蛇に近づくものが現れた。
『手を出すな! 去れ!』
今まで向こうで怯えていたポッターが、急に前に出て話し始めたのだ。
ポッターは……私と同じパーセルマウスだった。
ハリー視点
蛇を大人しくすることに成功した僕は、ジャスティンに笑顔を向けた。僕は彼を助けることが出来た。だから彼も、僕に安心した顔でお礼を言うものだと考えていた。
なのに、
「い、いったい何の冗談だ!」
ジャスティンは怒った表情をして叫んでいた。
思いもよらない反応に動転していると、ジャスティンは僕が何か言う前にさっさと大広間から出て行ってしまった。
……ジャスティンはいったいどうしてしまったのだろう?
そう訝しみながら周りを見る。
皆僕に鋭い視線を送っていた。彼らは皆、まるで恐ろしいものを見るような表情をしている。
何故そんな視線を送られるのか分からず焦っていると、
「ハリー、こっちに来て」
ロンが後ろからそっと話しかけてきた。ハーマイオニーも一緒に来ており、僕の袖を引っ張っている。
「ハリー、はやくここから出ましょう」
僕としても訳も分からず送られる鋭い視線に耐えかねていたので、ロン達の意見に従うことにした。
まるで僕を避けるように割れた人垣の中を通り大広間を出る。その間、ロンとハーマイオニーも何も言ってはくれなかった。
ようやく彼らが口を開いたのは、人気のない談話室にたどり着いてからだった。
「君、パーセルマウスなのかい?」
まるで怯えたようにロンは口を開いた。
「パーセル……なんだって?」
「パーセルマウスだよ!」
ロンは繰り返した。
「君は蛇と話せるのかい!?」
ロンの剣幕にたじろぎながら答える。
「そうだけど……。でも、そんな人間ここにはいくらでもいるだろう?」
僕がホグワーツに入る前、一度だけ動物園にいたニシキヘビと話したことがあった。それを僕は、当時度々身の回りで起こっていた不思議な現象の一つとしか考えていなかった。
「ハリー、それがいないんだよ」
ロンは困惑した顔で続けた。
「パーセルマウスはね、サラザール・スリザリンしか持ってない能力なんだ。それでスリザリンのシンボルは蛇なんだよ」
「そ、そんな。で、でも、僕があの時止めなかったら、確実にジャスティンは蛇に襲われてたよ! だから、」
「ハリー。残念だけど、そうは見えなかったわ」
どこか悩む表情をしながら、ハーマイオニーが言った。
「あなたが蛇に話しかけたとき、まるで蛇をそそのかしてるようにも見えたの。勿論私達はあなたがそんなことしないって分かってるけど。でも、この『継承者』が現れた時期にスリザリンの証であるパーセルマウスを持った生徒が現れる。皆あなたが蛇をけしかけたと思ってしまうかもしれないわ」
「そうだよ。きっと皆君のことをスリザリンの曾久久久孫だとか言い出しちゃうよ!」
「そ、そんな。そんなのって……」
どうやら僕が知らないうちに、事態は最悪の方向に向かったらしい。
ジャスティンを助けたことに後悔はない。あの時ああしなかったら、ジャスティンは蛇に噛まれていたかもしれないのだ。
でも、それなのに僕が疑われるというのには、非常に憤りを感じざるをえなかった。
僕たち、いや、あの場にいた全員が、あまりにも唐突に悪化した事態のことで頭が一杯で、周りを見る余裕などなかった。
だから気が付かなかった。
僕らのすぐ後に、舞台にいたはずの白銀の少女が、大広間からこっそりと抜け出していることを。
彼女の表情が、いつもの無表情ではなかったことを。
それに気が付いたものは誰もいなかった。
ダリア視点
「ふふふ……。あはははは! なんだ、答えはすぐそこにあったのですね! ああ、やっと。やっと分かるのですね! 私が何であるか! 人を殺すために作られた生き物が、何を考え人を殺すのか! それは本能なのか理性なのか。私はいったいなんでこんなにも人を殺したいと思っているのか! その答えが、今このホグワーツの中にある! 探さなくては! 問わなければ! それを理解しなくては!」
誰もいない図書館で、私は一冊の本を開きながら笑う。
ああ、こんなにも楽しいのは久しぶりだ。今までも、そしてこれからもきっと分からないし、ずっと私を苦しめていくのだと思ってた問題の答えが、ようやく見つかりそうなのだ。
だからきっと、頬を冷たいものが流れている気がするのは気のせいなのだろう。
「待っていてくださいね! 私が必ず見つけ出してあげますから!」
私はそう言って、本を本棚に戻すのも忘れてホグワーツの散歩に出かける。
今まではお兄様とダフネがいる場所から逃げるためだったが、今は目的があってホグワーツ内を歩く。
あの声を聞くために。あの声を見つけるために。あの声に問うために。
誰もいなくなった図書館。
その机には、
『バジリスク』のことが書かれたページが開かれた本だけが残されていた。