ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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ポリジュース薬(前編)

 ハーマイオニー視点

 

いつからだろう。

 

一体いつから、私はマルフォイさんに惹かれていたのだろう。

 

彼女を初めて目にしたのは、ホグワーツ特急の中だった。

初めて彼女を見た時、私は彼女から非常に冷たい印象を受けた。

まるで流れるような美しい白銀の髪。真っ白な肌に薄い金色の瞳。

何もかもがまるで雪の様に真っ白だった。そしてその少し鋭い目つきや無表情と合わさって、同じ人間とは思えないほど美人ではあったけど、やはりどこか氷のように冷たい印象を持たざるを得なかった。

 

でも、冷たいのは容姿だけだった。

 

今でこそグリフィンドールの皆は私を優しく迎え入れてくれているけど、入学当初はそうではなかった。勿論入学当初の私は、今考えると非常に嫌な女だったと思う。魔法を知る前の私と何も変わらない。ただ他人に押し付けるだけ。子供っぽい正義感を持て余しているだけの子供だったと思う。

でも、それでもマルフォイさんだけは、私のことをしっかり見てくれていた。

私が孤立し、私が一番つらかった時に、彼女は私の努力をいつも認めてくれた。私の実力を、嫉妬も偏見もなく見つめてくれたのは彼女だけだった。グリフィンドールではなく、敵であるはずのスリザリンの彼女が……。

彼女は他寮だったため、そこまで多くの時間触れ合ったわけではない。でも、そんな少ない時間だけでも、彼女は私を励ましてくれた。私に初めての憧れと目標をくれた。

 

彼女は、いつだって私を助けてくれた。

 

ハロウィーンの夜、私はトロールを見て死を覚悟した。誰にも相手にされず、誰にも求められることなく、ただ孤独に死んでいくのだと思った。

でも、マルフォイさんが助けに来てくれた。

あの時、トロールの後ろから現れた彼女は、私には何よりも美しく見えた。相変わらず無表情だった上に、最後には距離をとられてしまったけど、彼女はあの瞬間、間違いなく私の救世主だったのだ。

今思えば……あの時からマルフォイさんへの気持ちが、憧れから違った感情に変わっていたのだと思う。私より何もかもが優れている彼女に、もっと近づきたい、対等になりたいと思っていたのは、今多い返せば彼女への憧れからではなく、もっと別の感情からだったのだと思う。

 

その気持ちが何であるか気づいたのは……二年生になってからだった。

 

マルフォイさんの兄であるドラコに、

 

「この『穢れた血』め!」

 

そう言われた時、私は思い知った。今まで漠然としか考えていなかったものを、私は初めて深く実感した。

マルフォイさんの言動、そして私に対する行動を考えれば、彼女が純血主義でないことは分かってる。

でも、彼女の周りは違うのだ。

彼女が所属しているスリザリンは勿論、彼女の家族も純血主義一色なのだ。

 

彼女と私では、絶望的に取り巻く環境が違う。

 

それを認識した時、私は『寂しい』と感じていた。

彼女にどんなに憧れていても、決して私と彼女が交わることがないかもしれない現実に。私は確かな喪失感を感じていた。

その時、ようやく私は自分の気持ちの変化に気が付いた。今まで言葉に出来なかった気持ちに、ようやく理解が追い付いた。

 

彼女はもはやただの『憧れる目標』ではなく、『どうしても友達になりたい』人間になっていたのだ。ハリーやロンと同じような、そんな唯一無二な親友に。

 

彼女ともっと話がしたい。彼女ともっと一緒にいたい。

彼女と、友達になりたい。冷たい容姿、そしてどこか拒絶している態度とは裏腹に、いつもさりげなく私を助けてくれる。そんな彼女と……。

彼女に追いつきたい、彼女と対等な存在でありたいという考えは、私なりの彼女と友達になりたいという思いからだったのだ。

 

でも、そんな気持ちに気付いたとしても、結局環境が変わるわけではない。私はグリフィンドールで、彼女がスリザリンであることに変わりない。彼女の環境が、マグル生まれである私との交流を許すとは思えなかった。

それが私には寂しくて仕方がなかったのだ。

 

そんなことを悶々と考えている時に、事件は起こった。

 

『秘密の部屋』が開かれたのだ。

 

『秘密の部屋』が開かれたと言われても、最初はそれが何を意味するのか分からなかった。『秘密の部屋』という単語には聞き覚えがあったのに、その中身についてすっかり忘れていた。でも、その意味をすぐ思い出すことになる。それを思い出させてくれたのは、やはりマルフォイさんだった。

 

「貴女は今後気をつけたほうがいい」

 

無表情ながら、どこか心配そうに彼女は言った。ハリーとロンは、いつもの冷たい彼女だと言っていたけど、私には彼女の表情がはっきり見えていた。

いつものように、そっけなくはあっても、そっと私のことを心配してくれていたのだ。

マグル生まれの私が狙われやしないかと、スリザリンである彼女が心配してくれていた。

 

嬉しかった。周りが許さなくても、相変わらず彼女なりに私を心配してくれることが、嬉しくて仕方がなかった。

 

なのに……真っ先に『継承者』だと疑われたのは、私の心配をしてくれたマルフォイさんだった。

理由は彼女の冷たい容姿、家、そして何より……彼女のことをダンブルドアが疑っているということだった。

 

ダンブルドア……私が魔法について勉強した時、最初に知った最も偉大な魔法使い。

 

魔法に関しての様々な研究を行い、その中には去年私達が守った『賢者の石』も含まれている。そして研究の分野だけではなく、『名前を言ってはいけないあの人』が現れる前は最も危険な闇の魔法使いとされていた、『ゲラート・グリンデルバルド』に勝利する偉業も達成している。

まさに20世紀で最も偉大な魔法使い。グリフィンドール寮出身ということもあり、私が最も尊敬する人物であることは間違いない。

 

でも……そんな偉大な人物がマルフォイさんを疑っている。

 

正直信じられなかった。マルフォイさんはミセス・ノリスが石になった時あの場にはいなかった。よしんばあの場に彼女がいたとしても、彼女はそんなことをする子ではない。私には偉大な魔法使いも今回ばかりは思い違いをしているとしか思えなかった。

 

しかしそんな私の思いとは裏腹に、ハリーとロンはマルフォイさんが犯人だと思っている。それどころか二人だけではなく、ホグワーツにいるほとんど全ての人間が彼女を疑っていた。マルフォイさんと同じスリザリン生ですら、彼女を『継承者』だと信じ、恐れ敬っているという話だ。

 

彼女の味方は……ごくわずかだった。

 

おかしいと思った。何故彼女が疑われないといけないのか分からなかった。

彼女が苦しんでいるかもしれないと考えると、居ても立っても居られなくなった。

 

だから証明しようと思ったのだ。

彼女が『継承者』などではないということを。

いくら校則を破ったとしても、それだけは私がしないといけないことだ。

いくら周りが許さないからと言って、彼女と友達になりたい私が、彼女を見捨てていいはずがない。

彼女は私をいつも助けてくれた。彼女はいつだって私を励ましてくれた。

だったら、今度は私が彼女を救う番だ。

 

だから……

 

「……完成」

 

証明するのだ。

このポリジュース薬を使って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

誰もいない廊下をただ一人歩く。クリスマス休暇が始まり、廊下には人っ子一人存在しない。窓の外は雪が降り続けており、城は今銀白色に覆われている。

静寂に包まれた城を、私はただひたすら歩き続ける。

 

この静寂の中に、あの声が響くのを待ち望みながら。

 

私は自分自身のことが分からない。あんな悍ましい望みがあることだって、校長に鏡を見せられるまで知らなかった。そして知ったからといって、何故そうであるかは相変わらず分からないままだった。

 

私は私自身のことが分からない。知るすべがない。

 

だから問うのだ。

あの声に。あの怪物に。あの私と同じ存在に。

怪物が何者であるか。……私が何者であるかを。

そうしなければ……私は安心して家族の近くにいることが出来ない。

 

あの鏡を見て、私の心は自分の正体を知った時に戻ってしまっていた。得体の知れない自分の体と心。今まで信じてきたものが足元から崩れていく感覚が堪らなく恐ろしかった。

それでも自分を必死にごまかし、自分自身からずっと目をそらし続けてきた。そんなはずはない、私は家族を傷つけたりなどしないと。

でも、ダフネに体のことがばれてしまい、もう自分から逃げ出せれなくなってしまった。自分から逃げても逃げても恐怖が追いついてくる。ダフネに私のことがバレた、私が怪物だと知られてしまったと考えるだけで、私はどうしようもなく自分が許せなくなる。あの私を優しく見つめる瞳に、ぬぐい切れない恐怖が映っているかもと思うだけで、私は怖くてたまらなくなる。

自分が何者かも知らないまま、無自覚に、無責任にダフネや家族の近くにこんな怪物を解き放っている自分自身が許せなかった。

 

人を殺すことが好きな怪物を、一体誰が大切な人の近くに置きたがるだろうか。少なくとも私はそれを許さない。

 

ああ、今思えばクリスマスに家に帰らないのは正解だったのかもしれない。

こんな状態の私を見せれば、お父様達はさぞ心配されることだろう。

きっとお母様は優しく抱きしめてくださるだろう。きっとお父様は優しく頭を撫でてくださるだろう。私を安心させようと、二人は私を優しく包み込んでくれるだろう。

 

私は、こんなにもおぞましい生き物であるのに。

 

私の中で、私自身がそっと囁く。

家族ならきっとこんな私を受け止めてくれる。私を許してくれる。大丈夫。今までマルフォイ家は私のことを愛してくれていたではないか。だからこれからだって……。

 

でも、また心の中で私が囁く。

本当にそうなのだろうか? お父様達は本当の私を知らないだけ。知ってしまったら、お父様達は本当に私を愛してくれるのだろうか? 

 

現に、お兄様は本当の私に何も言えなかったではないか。

 

あの時、お兄様はそっと私を抱きしめてくださった。そしてただ大丈夫だと、私を安心させるように声をかけ続けてくれた。

でも、お兄様は私の心について何もおっしゃらなかった。

優しいお兄様のことだ。何があっても私を見捨てようとはされないだろう。

 

でももし、それが本心ではなかったら? 兄だからという義務感でしかなかったら? お兄様を見上げた時、お兄様の瞳に恐怖が映りこんでいたら?

 

そんなことはないという期待感と、そんな優しい家族ですらという自己嫌悪が鬩ぎあい、私を苦しめる。

こんな風に悩んでいても意味はないことは分かっている。こうやって逃げ続けていても、お兄様に迷惑をかけるだけだ。

でも、私にはどうすればいいかわからなかった。私自身、自分のことが分からないのに、一体どう向き合えはいいのだろうか?

 

でも、今は違う。

答えは私の中ではなく、外を今も這いずりまわっているのだ。

 

あの声に問えば分かるかもしれない。

 

私が一体何であるか。私の生まれてきた意味は何であるのか。

 

それが分かるまで、私は家族の近くに安心していることが出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

目覚めは最高の気分だった。休暇に入ったことで、僕に向けられるあの警戒の視線はどこにもない。思いのままグリフィンドール塔で過ごすことが出来る。

 

でも、目が覚めると同時に視界に入ったクリスマスプレゼントの山に、少しだけ気持ちに陰りが生まれる。

ベッドの横にできていたクリスマスプレゼントの山の一番上に、ウィーズリーおばさんからのものがあったのだ。おばさんからの手編みのセーターは、いつもらっても本当に嬉しい。両親がいない僕には、それこそが家族の温かみそのものに思えたからだ。

でも、僕は今それを素直に喜びきれなかった。

車の件で多大な迷惑をかけてしまった上に、今夜再びロンと校則を破ろうとしていることが、とても申し訳なかったのだ。

 

ホグワーツのクリスマス・ディナーは去年も味わったし、そしておそらく今後も味わうことになると思う。でも僕がこのクリスマスに飽きることはないだろう。

クリスマスツリーが何本も立ち並び、ヒイラギとヤドリキの小枝が飾られ、天井からは魔法で温かい雪が降り注いでいる。そしていつになく豪華なメニューは、これからポリジュース薬を飲むことを忘れるくらい素晴らしい出来だった。

唯一気になることといえば、今回の最大の目標であるダリア・マルフォイが大広間に来ていないことだった。他のスリザリンのメンバーは、皆何故か暗い表情ながら席についてはいたが、彼女だけはどこを見回してもいなかった。今頃どんな悪だくみをしているかは分からないが、休みの間でも寮の門限は存在する。きっと食事が終わる頃にはあいつも談話室にいることだろう。上手くいけば、あと数時間であいつは罪の報いを受けることになるのだ。

 

そしてクリスマス・ディナーが終わり、いよいよその時間がやってきた。

ハーマイオニーに追い立てられるように入った女子トイレで、僕たちは最後の詰めを行う。

 

「ポリジュース薬はもうほとんど完成しているわ。でも、二人とも知ってる通り、まだ材料が一つだけ足りてないの」

 

「……あいつらの一部だよね」

 

厳かに話すハーマイオニーに、ロンがいかにも憂鬱だと言いたげな表情で応える。

 

「そうよ。だからあなた達は、今からクラッブとゴイルの髪の毛を取ってきてほしいの。あの二人なら簡単だろうしね」

 

そう言ってハーマイオニーは、ポケットの中から二つほどチョコレートケーキを差し出した。

 

「眠る薬が入っているわ。これを二人の目の前に置けば事足りるわ。後は髪の毛を二三本もらって、二人を箒用の物置にでも突っ込んでおいてくれたらいいわ」

 

「……」

 

あまりにも杜撰な計画に、僕もロンも開いた口が塞がらなかった。こんな計画がはたして上手く……

 

いってしまった。

 

今僕とロンの目の前には、廊下で眠りこけているクラッブとゴイルがいた。

玄関ホールにチョコレートケーキを配置していると、大広間から出てきた二人は何の躊躇まなくケーキを口にしたのだ。

あまりにも馬鹿な二人に、僕とロンは呆れとも喜びともつかない感情を持ちながら、容赦なく髪を数本引っこ抜いた。

そして巨大な二人を何とか物置に押し込めると、急いで『嘆きのマートル』のトイレに駆け込む。

 

「取ってきたの?」

 

鍋をかき混ぜながら尋ねるハーマイオニーに、とれたてほやほやのクラッブとゴイルの髪を見せる。

 

「よかったわ。ああ、服はこちらで用意しておいたわ。洗濯物置き場から取ってきたの。()()()服は多分入らなくなると思うから」

 

三着ほど巨大なローブを僕たちに見せる。僕たちはそれぞれ個室で着替えると、皆ぶかぶかのローブで外に出てきた。ハーマイオニーもどうやら体の大きな人物に変身するつもりらしい。

 

「そういえば、君は誰の髪を使うの?」

 

「これよ」

 

ハーマイオニーは小瓶をポケットから取り出した。よく見ると、中には髪の毛が一本入っているようだった。

 

「これはミリセント・ブルストロードの髪よ。決闘クラブで取っ組み合った時、彼女の髪を少し引っこ抜いていたの。彼女も家に帰ってるから鉢合わせることはないわ」

 

確かにブルストロードはお世辞にも小柄だとは言えなかった。

そう話しながら、彼女は鍋の薬を三つのグラスにとりわけ始める。グラスの中の薬は黒っぽい泥のようで、とても飲めるような代物には思えなかった。

 

「では最後の仕上げよ。ここに各自の髪の毛を入れてちょうだい」

 

指示のまま髪の毛を入れると、ブルストロードの物は黄色に、ゴイルの物はカーキ色、そしてクラッブのものは暗褐色になった。

……もっと飲みたくない色になってしまった。

 

「そ、それじゃあ飲むわよ」

 

この中で一番やる気に満ち溢れているハーマイオニーではあったが、どうやら流石にこの薬を飲むのには抵抗があるらしい。顔を盛大にしかめながら、味を感じる前に飲み干してしまえと言わんばかりな勢いで薬を飲みほしている。

僕も毒を飲むような気持で薬を流し込む。

 

飲み込んだ瞬間、体中が焼けるような感覚に満たされる。まるで全身が溶けてしまうような気持ちだった。あまりの気持ち悪さに四つん這いになると、僕の目の前で手が大きく、そして太くなり始めていた。両肩はベキベキと広がり、胸囲もみるみる大きくなってゆく。

 

そして痛みが完全に消えた時には、僕の姿はクラッブに変わっていた。

 

横を見ると、ゴイルとブルストロードもいた。

 

「ロン? ハーマイオニー?」

 

「え、ええ。ハリーよね?」

 

「うん」

 

驚いたことに、僕らは声まで本人のものに変わってしまっていた。少しの間僕らは自分の変わり果てた姿に硬直していたが、ブルストロードの姿のハーマイオニーがハッとした表情になって言った。

 

「こんなことしている場合ではないわ! この薬、一時間くらいしか効果がないのよ! さあ、行くわよ!」

 

時間がないとハーマイオニーにせかされ、僕らはトイレから出る。スリザリン寮の場所自体はハーマイオニーが知っているらしく、その足取りに迷いはない。

……ただ、最後の最後に問題が生じた。

 

「合言葉は何かしら……」

 

「ハーマイオニー……」

 

ハーマイオニーは、最後の最後で詰めが甘かった。スリザリン寮の入り口にたどり着いたものの、その合言葉を調べ忘れていたのだ。

ハーマイオニーに任せきっていた僕に言えたことでないけど。どうしてこんな重要なことを忘れてしまうのだろうか。

 

「ど、どうするんだ!? ここまで来ておいて!」

 

「し、仕方がないじゃない! 薬を完成することで頭が一杯だったのよ!」

 

「おいおい! 君は、」

 

最後の最後で失敗したハーマイオニーに文句を言おうとするロンのわき腹をつついて黙らせる。

 

何故なら、

 

「クラッブ、ゴイル。あと……ミリセント? あなた、家に帰ったんじゃなかった?」

 

ダリア・マルフォイの取り巻きの一人、ダフネ・グリーングラスが廊下の向こうから現れたのだ。大広間で見た時同様どこか疲れた様子の彼女は、訝し気な様子でこちらを見つめている。

 

「あ、ああ。家で少し問題があったの。だから急遽ホグワーツに戻ることになって……」

 

「そっか。で、なんでこんな所で固まってるの?」

 

グリーングラスは未だに不思議そうな表情を浮かべながら、今一番聞いてほしくないことを聞いてきた。背中を嫌な汗が流れている僕をしり目に、ハーマイオニーもどこか慌てた様子で応える。

 

「え? あ、合言葉を忘れてしまって。……クラッブとゴイルが」

 

「……あなたは覚えてるでしょう?」

 

「う、うん、まあ。で、でも、クラッブとゴイルを甘やかしてはいけないと思ったから」

 

大分苦しい言い訳だった。しかし、どうやら僕達にそこまで興味がなかったのか、グリーングラスはなお訝し気にしていてはいたが、

 

「……クラッブとゴイルには悪いけど、私はさっさと入らせてもらうね」

 

入り口に向き直る。

 

「純血」

 

そしてスリザリンの合言葉と思しきものを告げた。

扉の方を向くグリーングラスの後ろで、僕らはそっと安堵の息をもらす。

一時はどうなるかと思ったが、何とかスリザリンの談話室に入ることが出来る。

 

グリーングラスに続いて中に入ると、そこは緑色のランプに照らされた部屋だった。壁と天井は荒削りの石造りで、前方には壮大な彫刻が施された暖炉がある。

 

そしてその前のソファーに、

 

「ドラコ……。ダリアは?」

 

「まだだ……」

 

ドラコ・マルフォイがグリーングラス同様疲れ果てた表情で座っていた。

 

ダリア・マルフォイは、談話室の中にはいなかった。


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