ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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怪物の正体(前編)

 

 ハーマイオニー視点

 

ハグリッドの拘留とダンブルドア校長の追放。

そのニュースはすぐに学校中の知るところとなった。それに対しての反応など……考えるまでもなかった。

 

本当に……嫌になる。

 

()()()に決まってる! 自分を監視しているダンブルドアを、()()()が親に言って追い出させたに決まってる!」

 

先日その知らせがもたらされた時、シェーマスの叫び声が談話室に響いた。ダンブルドア()()()()()彼女を抑え込めていると()()()()()矢先に、ダンブルドアが消えたのだ。皆の動揺は並大抵のものではなかった。

あれからというもの、未だに皆混乱し、そして恐怖の形相を浮かべている。ネビルに至っては、純血だというのにまず自分が()()()狙われていると信じて疑わない様子だった。

そしてそんな光景は、何もグリフィンドールに限った話というわけではない。ハッフルパフもレイブンクローも、廊下ですれ違えば誰も彼もが緊張した顔をしていた。笑い声、それどころか話し声一つ廊下に響くことはない。皆怖いのだ。ダンブルドアという今世紀最も偉大な魔法使いがいなくなってしまったことで、『継承者』を止めるものがいなくなったと考えているようだった。辛うじて理性を保てているのは、()()()()()()()()()()()()のおかげだった。

 

私もその考えには同意だった。ダンブルドア校長がどんなに間違った生徒を疑っていたとはいえ、先生の存在こそが『継承者』に対する抑止力だったのは間違いない。次の犠牲者が出るのは、もはや時間の問題であることは疑いようのない事実だった。

不幸中の幸いは、誰もハグリッドが『継承者』だとは思っていないことだった。けれど、それも()()を犯人だと断定しているからだと考えると、なんとも不愉快な話にも思えた。

 

今までとは比べ物にならない程の恐怖感が学校中に広がっている。あれ程賑やかだった学校は今や静まり返っている。唯一廊下でも大声をあげているのはフレッドとジョージだけ。二人なりに必死に学校を盛り上げようとしている様子ではあったけど、あまり効果が出ている様子ではなかった。二人が何をしようとも、曖昧な笑顔を見せるだけ。二人もそれが分かっているのか、時折見たこともない程深刻な表情を浮かべていた。

 

いや……二人だけではなかったみたい。もう一人だけ、この状況でも大声を出している生徒がいた……。

 

それは()()()()()()()、次の授業へ向かう途中のことだった。

静まり帰る廊下に大勢の足音が響く。彼らのネクタイ色を捉えた瞬間、廊下にいた生徒の視線が恐怖に染まる。

皆の視線の先には、スネイプ先生に率いられている緑のネクタイをした集団がいた。スリザリンの二年生達だった。

 

その中には当然()()もいた。

 

すれ違うスリザリンの集団は、他の寮よりは遥かにまともな表情をしている。純血の多いスリザリンは襲われる心配がないと、彼らは本気で思っているのだろう。

それとも……()()と親しいから襲われないと思っているからなのだろうか……。

 

しかしそんな彼らも遥かにまともではあるが、僅かにどこか恐怖の滲んだ表情を浮かべている。その中にあって、恐怖などまるで無縁の表情を浮かべている生徒が三人いた。

一人はマルフォイさん。恐怖の視線を一心に集める彼女は、感情の見えない完全な無表情だった。あの無表情の下で、彼女は一体何を考えているのだろうか……。

 

いや……何を馬鹿なことを考えているのだろうか。彼女が辛くないはずなんてない。彼女が無表情だから感情が分からない。そんなことを、私が考えていいはずがない。

湧き上がる罪悪感を抑えながら、私はそっと彼女から視線を外す。そこには……

 

「ふん! ダンブルドアがいなくなってこの学校が少しはましになったって言うのに、何故皆暗いのか理解に苦しむね! ダンブルドアがこの学校が始まって以来の最悪の校長であることは間違いないんだ! 父上がやったのは当然の処置だ! 遅かれ早かれこうなっていたのさ!」

 

フレッドとジョージ以外で唯一声を出して廊下を歩く、マルフォイさんの兄、ドラコ・マルフォイがいた。ただ純粋にマルフォイさんを心配そうに見つめているグリーングラスさんの隣で、彼は怒りとも喜びともつかない表情で声を上げる。

 

「次はもっとまともな奴が校長になるのを祈るばかりだ。マクゴナガルがしばらく校長の代わりをするって話だが、それも単なる穴埋めだ。次はもっと、()()()()()()を持った人間がやるべきだな」

 

私の隣にいたロンがドラコに殴り掛かろうとするが、ハリーががっちりと羽交い絞めにして止める。しかしハリーも本当は止めたくないと内心では思っているのか、顔を不快気に歪めてドラコを見つめていた。二人は怒っているのだ。尊敬するダンブルドア先生を侮辱されたことに。こんな状況で、まるで『継承者』の最大の障害がなくなったことを喜んでいるドラコの姿に。

 

でも私は……ハリー達と違い、ドラコに対する怒りはほとんどわかなかった。それどころか、彼の気持ちに共感すらしているところがあった。

 

ダンブルドアを尊敬している気持ちは今でも変わらない。あの人は今世紀最高の魔法使いであることに間違いはない。あの人のなしてきたことは皆が認めることなのだ。

でもそんな先生も、今回ばかりは間違った判断をしているとしか、私には思えなかった。

ダンブルドアはマルフォイさんを疑っている。ダンブルドア先生のことだ。私なんかには想像もつかない理由で、彼女を犯人だと疑っているに違いない。

でも、私には断言できる。彼女は『継承者』なんかじゃない。ダンブルドアがどんな理由で彼女を疑っているとしても、今回ばかりは絶対にダンブルドアが間違っている。

 

そう思うからこそ、私はドラコの態度を責める気持ちが湧かなかった。

私はマルフォイさんと対等な存在、友達になりたいと思っている。だからこそ、彼女が無実であるにもかかわらず、どこまでも追い詰められていく様子を見ているしか出来ないのは非常に辛かった。

でもそんな私の気持ちも、家族であるドラコに比べたら遥かに小さなものなのだろう。

 

マルフォイさんの方を見る時、彼女の隣にはいつもドラコがいた。マルフォイさんと話している時の彼は、私達に突っかかってくるいつもの姿からは考えられない程優し気な空気を醸し出していた。そしてそんな彼を、無表情の上からでも感じられるほど、マルフォイさんもいつも優しく見つめていた。

彼らからはいつも暖かい、本当の家族愛を感じさせられた。彼らが本当にお互いを大切に思っているのだと、傍から見ているだけでも感じることが出来た。

 

だからこそ、いざマルフォイさんが貶められた時のドラコの気持ちは……想像を絶するものであったと思う。

あんなに妹思いの彼に、ダンブルドアに対する怒りを持つなという方が無理な話だとさえ思った。

彼には……ダンブルドアに対して怒る正当な権利があった。

 

「本当に……誰なのかしらね、『継承者』は……」

 

通り過ぎるスリザリン生達を眺めながら、私は誰にも聞こえない程の声量で呟く。無表情でどこを見ているのかすら判然としないマルフォイさん、そして内心の怒りを吐き出すように話すドラコとグリーングラスさん。彼女達を見ていると、どうしようもない程の焦燥感を感じた。

 

時間を無駄にしてしまった私には、もう立ち止まっている暇はない。行動を起こさなくちゃ。一刻も早く真実にたどり着かなくては、きっとマルフォイさんは壊れてしまう。そんな焦燥感を感じたのだ。

 

先日の出来事を思い出す。あの日、ハグリッドの小屋で聞いた事実を。ハグリッドの言う、『秘密の部屋の怪物』の真実を。

私はあの時、ようやく真実の一端を掴めると思っていた。ハグリッドには申し訳ないけど、これでマルフォイさんの無実を証明するきっかけが得られるかもと考えていた。

でも結局、私達が得た情報はまたもやマルフォイさんの無実につながるものではなかった。真実はいつもするりと私達の手のひらから零れ落ちていく。外堀ばかり埋まり、確信に手が届く情報は一切ない。

 

でも本当にそうなのだろうか……。私はこのどうしようもない無力感と同時に、どこか違和感のようなものも感じていた。

まるで既にパズルのピース自体はそろっている。ただそれを上手く組み合わせられてないだけのような……そんな違和感を感じていたのだ。

真実はもしかして既に私の手の中に……

 

「スリザリンの怪物……。人を石にすることが出来る怪物……。太古から生きる、蜘蛛が最も恐れる怪物……」

 

後一つだけ。後一つだけ怪物についてのピースがあれば、パズルは組上がる。そんな予感を感じていた。

 

 

 

 

そしてその最後の一ピースを、私が既に持っていることに、私はまだ気づいていなかった。

 

事件の最後の幕が、今上がろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

クィディッチの試合が迫っている。ダンブルドアがいなくなったことで、クィディッチの試合などなくなってしまうものだと僕は思っていた。そんなことをしている事態ではない。先生達ならそう判断すると思っていた。でも、どうやらダンブルドアはいなくなる直前、マクゴナガル先生に伝言を残していたらしく、

 

「こんな時だろうとも、学校は出来るだけ普段通りにやっていくようにとのダンブルドア校長の言付けです。ですからクィディッチの試合も行います。私はこんな時期に行うなど本当は反対なのですが、行動を制限されている皆さんのストレス解消にもなるだろうとダンブルドア校長が……」

 

そう話すマクゴナガル先生は、口調とは裏腹にどこか嬉しそうな表情をしていた。スリザリンに勝ったグリフィンドールは、次のハッフルパフ戦を制すればクィディッチ杯を獲得する。先生はどうしてもそれを逃したくはなかったのだろう。

その嬉しい知らせを受けたグリフィンドール生は、皆寮の中で歓喜した。ダンブルドアの追放、そしてそれを受け大幅に強化された()()()()。次の犠牲者を出さないようにするためとはいえ、行動が大幅に制限されるのは中々にストレスのたまることだったのだ。せめてクィディッチの楽しみぐらいがないとやってられない。

恐怖が蔓延る生活の中で、僕らは僅かに残った明るい話題に熱中するようになった。そしてそれは試合が近づくにつれより顕著なものとなり、談話室での話題はダリア・マルフォイの話かクィディッチ杯獲得かの二択になった。廊下に出れば皆怯えた表情になるが、寮に戻れば外のことを忘れようとするように、グリフィンドール優勝について熱く語り合う。そんなささやかな楽しみのある生活が続いた。

 

しかし、そんな楽しい気分に水を差す出来事が起こる。

 

それは試合前日。僕が練習を終え、寝室への階段を登っている時のことだった。

パニック状態のネビルが降りてきたのだ。

 

「ハリー! そ、その、僕、今見つけたばかりで……。だ、誰がやったのか分からないんだ!」

 

要領を得ないネビルの言葉を訝しみながら寝室に戻ると……部屋の中が荒らされていた。

僕のトランクはひっくり返り、その中身をそこら中にまき散らしている。それだけじゃない。マントどころか、ベッドのカバーもずたずたに引き裂かれ、辺りに羽毛が舞っていた。

 

あまりの惨状に呆気にとられている僕の後ろから、

 

「いったいどうしたんだ?」

 

ロンの声がかかった。僕は未だに現実に追いつかない頭で、

 

「さっぱりわからない……」

 

とだけ応えた。

しばらく変わり果てた部屋を三人で茫然と眺めていたが、ややあってロンが話し始める。

 

「取り合えず、片付けよう……」

 

その言葉に、僕とネビルは黙って頷き部屋を出来るだけ元の状態に戻そうとする。

そしてその途中、僕は気付いた。僕の持ち物がなくなっていることを。

 

「ない……」

 

僕はネビルに聞こえないように声を抑えてロンに言った。

 

()()がなくなってる!」

 

僕等が持っている中で、『秘密の部屋』の真実に最も近いであろう日記。ハグリッドの言葉を信じるなら、リドルがやったことはただの勘違いでしかない。でも、『秘密の部屋』が開かれた50年前のことを知ることが出来る、僕達が持ち得る唯一の証拠であることに変わりはないのだ。

 

僕とロンは急いで談話室に戻る。そして相変わらず本を開きながらも、1ページも前に進んでいない様子のハーマイオニーに話しかけた。

 

「『リドルの日記』がなくなってるんだ! 部屋が荒らされていて、日記だけが部屋からなくなってる! 盗まれたんだ!」

 

僕の『盗まれた』という声に、ハーマイオニーが訝し気に顔を上げた。

 

「盗まれた? いったい誰に?」

 

ハーマイオニーの質問に、僕は間髪入れず、

 

「そりゃ、あれは『秘密の部屋』について詳しく()()()()日記だよ? それを盗むなんて……」

 

()()()の名前を言おうとして……出来なかった。

 

「……言っておくけど、()()はあり得ないわ。だって、ここはグリフィンドール寮よ? 他の人は誰もここの合言葉を知らない。日記を盗むとしたら……」

 

ハーマイオニーはお茶を濁したが、僕にだって彼女の言いたいことくらい分かった。寮の談話室に入るには必ず合言葉が必要だ。寮ごとにある程度の特徴が存在するとはいえ、毎月変わる合言葉を予想するのは不可能だ。だから他の寮の生徒がグリフィンドールの談話室に入るのはあり得ない。()()()にだって無理だ。()()()でないなら、一体誰が日記を盗んだのか。

 

それはグリフィンドール生しかありえない。

 

「……でも、なんでグリフィンドール生が? それに、なんであの日記なんだろう……」

 

「……」

 

僕のつぶやきに、ハーマイオニーは考え込むばかりで応えることはなかった。

 

そんな謎の残る不愉快な事件は起こったが、別にクィディッチの試合がなくなるわけではない。

同じグリフィンドール生が何故日記を盗んだのかは分からない。ハーマイオニーは強く盗難届を出すことを勧めてきたが、結局僕はそれに従うことはなかった。

 

そんなことをすれば、先生に日記のことを全て話さなくてはならない。そうなれば、ハグリッドの疑いがさらに深まってしまう。

 

ハグリッドが拘留されたことで、彼を『継承者』として皆疑っているかというと……幸いなことに疑ってはいなかった。いてもロックハートくらいのものだ。

ハグリッドが捕まったのはただの言いがかり。真の継承者であるダリア・マルフォイが、自分から目を逸らすために選んだ憐れな生贄だとしか、皆思っていなかった。

 

でも、この日記のことが……50年前のことが知られてしまえば、この状態がいつまでも続くとは限らない。ハグリッドが50年前に『継承者』として追放されたと知れば、僅かながらダリア・マルフォイから疑いの目がそれてしまうかもしれない。それではあいつの思うつぼだ。

 

ハグリッドのため、そして少しでも真の犯人から皆の意識を逸らさないようにするために、僕は日記の問題を今は棚上げすることにした。

それに今の僕には昨日の犯人より、今日の優勝をかけた試合の方が大事なことだったこともある。それだけ今日の試合は大事なのだ。何しろクィディッチ杯の優勝は、寮対抗戦の優勝にも直結する。寮対抗戦自体はスリザリンに負けているので、是が非でもここで優勝しておきたかった。

 

「ハリー、がんばれよ! 今日は申し分のないクィディッチ日和だ! 今日勝てば我々グリフィンドールの優勝だ! そのためにも、朝飯はしっかり食っておくんだぞ!」

 

興奮したウッドが盛り付ける大量の朝ごはんを食べ終わると、僕とロン、そしてハーマイオニーは一緒に大広間を出た。玄関から見える景色は、確かにウッドの言う通りさわやかな天気だった。まさにクィディッチ日和。これなら最高の気分で空を飛ぶことが出来るだろう。

僕達が待ちに待った試合に向かって、玄関をくぐろうとしたその時、

 

それは聞こえた。

 

『殺してやる……引き裂いてやる……』

 

それは以前聞いたあの冷たい声だった。

あまりにも冷たい声に、僕は思わず叫び声をあげた。

 

「あの声だ! また聞こえたんだ! 君達には聞こえた!?」

 

ロンは驚いたように首を横に振っている。ハーマイオニーもそれに続こうとして……ハッとした表情で口に手を当てた。

 

「わ、わたし……なんで今まで気付かなかったのかしら……。もう、全部分かっていたのかもしれない……。ううん。きっとそうだわ。もし、本当にそうだとすれば……」

 

ハーマイオニーは何かブツブツ言ったかと思うと、突然今までとは逆方向に走り始めた。

 

「ハーマイオニー! いったいどうしたんだい!?」

 

ロンがハーマイオニーの後ろ姿に大声で話しかけると、

 

「図書館に行かなくちゃ! あなた達は先に行ってて!」

 

そう大声で返しながら、ハーマイオニーは走り去っていった。

 

「……彼女、一体何を思いついたんだと思う?」

 

「計り知れないよ……」

 

残された僕らは、あまりの突然の出来事に茫然としていたが、そろそろ試合の時間だということに気が付いたので慌てて競技場に足を進めた。

 

 

 

 

僕等は油断していた。いつもならハーマイオニーを一人で行動させることなんてしなかった。でも、最近強化された監視体制で、ダンブルドアが追放されたのに城は安全だとどこか油断していた。

油断と試合に対する興奮。これらで僕の思考は麻痺していたのだ。

 

「ジニー? どうしたの?」

 

「何でもないさ。ああ、先に行っててくれるかい? ()はちょっと野暮用が出来たからね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

遠くで歓声が聞こえる。グリフィンドール対ハッフルパフの試合が行われるのだ。この試合の勝者こそが、今年のクィディッチ杯をつかみ取るまさに大一番。窮屈極まりない生活のガス抜きもかねて、学校中の生徒、そして教師達がこの試合を見に行っているのだろう。

 

私を除いて。

学校中の人間が競技場に集まる中、私だけは競技場に行かず、今城の中をさまよっていた。怪物を探すために。私には、こんな時間くらいしか自由はないのだ。私の居場所は、あそこにはないのだから。

 

ダンブルドアがいなくなったとしても、私の監視がなくなったわけではない。寧ろ強化されたくらいだ。

確かに、ダンブルドア追放の決め手になったのは、老害の行き過ぎた私個人への監視だった。先生達もそれを分かっているのか、老害が追放された今、大っぴらに私個人への監視をしているということはない。しかしその代わりに行われているのが、全校生徒を対象にした()()()()だった。()()()が駄目なら、全校生徒を対象としてしまえという発想らしい。

ダンブルドアが追放された直後、生徒は寮ごとに教師の引率の元行動することが義務付けられた。建前としては生徒を守るためと嘯いているが、昨日の今日でそんなものを信じる人間など存在しない。皆分かっていた。この引率の本当の目的は、私を引き続き監視するために行われているものだということを。

 

より一層鋭くなった生徒達の視線。そして今までとは違い、私のすぐ傍にいる教員の引率という名の監視体制。

私の自由な時間は、完全に終わりを迎えたのだ。もう朝すら自由に行動することは出来ない。

 

だからこそ、もうこの時間しか私にはない。クィディッチの試合ともなれば、全校生徒が競技場に集まる。こんな時間に学校に残っている生徒は皆無だろう。私がいつもの教員席にいないことを訝しがるかもしれないが、競技場に集まるのは別に生徒の義務ではない。

犠牲になりそうな生徒もおらず、私が大手を振って城を歩き回れる時間。

この時間を逃すわけにはいかなかった。

 

それに……今怪物を探さないわけにはいかない。今が最大のチャンスなのだ。

 

何故なら、()この城には、確実に怪物が這いずり回っている。

 

それを感じたのは今朝のことだった。

あんなにしなかった怪物の気配が、今朝からはずっと漂ってくるのだ。私が求めてやまなかったものを、私は今日この日にようやく感じることが出来た。

自然と足が速くなる。

 

私はここにいる。早く……早く私の元へ。私は純血どころか人間でもない。あなたの襲う条件はそろっている。だから私の元へ早く来て……。

私にはあなたが必要なのだ。私は私自身のため、そして何より私の大切な人達のために、あなたに会わなくてはならないのだ。あなたに会って、私は答えを得なければならないのだ。

 

私は人のいない城の中をさ迷い歩く。怪物を探すために。私の存在に気が付いてもらえるように。

 

でも、私が最初に出会ったのは……

 

「……マルフォイさん?」

 

それは図書館の前を通り過ぎようとした時だった。誰もいるはずのない廊下。

そこには何故か、絶対にここにいるはずのない。いや、ここに決していていいはずのない少女が立っていた。彼女は今まさに図書館に入ろうとしている格好でこちらを見ている。

彼女も私と同じように、何故相手がこんな所にいるのか分からないという表情を浮かべていた。


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