ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ハリー視点
風を切って
そんな熱狂の視線の先。つまり今掲げている僕の右手の中には……金色に輝くスニッチが握られていた。
今年のクィディッチ杯を、グリフィンドールが獲得した瞬間だった。
未だかつてない程の歓声に包まれた僕の頬が自然と緩む。
嬉しかった。
グリフィンドールがクィディッチで優勝する。それは暗い事件が続く最中、僕にとっては最高の出来事だった。
でもそれ以上に、今この競技場の光景こそが僕には嬉しく思えた。
今この競技場にいる人間は、ほとんど全員が余すことなく笑顔を浮かべているのだ。
緑色のネクタイをした連中
僕は口笛や歓声を上げている観客を眺めながら思う。
僕は『生き残った男の子』などと呼ばれているけど、実際のところ人より優れたところなどほとんどない。
魔法界とはかけ離れた生活を送っていたため、こっちの世界での常識は全くないと言っていい。同じようにマグルの世界で育った人間と比べても、ハーマイオニーは勿論のこと、他者よりも優れた成績であるとは口が裂けても言えないものだった。
僕が本当に得意なものなんて、それこそクィディッチくらいのものだ。クィディッチだけは、それこそ箒にまたがった瞬間から得意だった。これだけは絶対に誰にも負けない。そう思えるものは、情けないことにクィディッチだけだった。
でも、今はそれでよかったと、僕は熱狂する観客を見て思った。
廊下を歩けば、皆ただ怯えたような表情を浮かべるだけだった。いつ襲われるか分からない不安。ダンブルドアさえ追放させてしまう
でも、今はどうだ。
皆城での事件などすっかり忘れ去ったように興奮し、今の城では決して出せないような笑い声をあげている。僕に向けられていた疑いの目だって、試合の興奮で今は称賛と感動に彩られていた。
これこそが……。これこそが僕の大好きな、僕の最も得意とするクィディッチの力なのだ。
ダリア・マルフォイがどんなに城に恐怖を振りまこうと、このクィディッチの力だけは折れないのだ。ダンブルドアは確かに追放されたけど、僕らは決して恐怖に屈したりしない。この光景はそれを証明するには十分なものに思えた。
興奮で鼻血を流し始めているウッドを先頭に、グリフィンドールのチームメイトが駆け寄ってくる。そんな仲間を横目に、僕は反抗心を込めて、
ダンブルドアは必ず帰ってくる。僕達もお前なんかに屈したりはしない。
そう決意を込めて、教員席で唯一暗がりになった場所を見やるのだが……あいつはそこにはいなかった。いつもあいつが座っている席。そこには白銀の髪をした少女の姿はどこにもなかった。
代わりに教員席に見えたのは……何故かハーマイオニーが、興奮したように拍手をしているマクゴナガル先生に走り寄っている姿だった。
なんでハーマイオニーがあんな所に?
どこか必死な様子のハーマイオニーは、マクゴナガル先生に駆け寄ると何かを叫んでいる様子だった。
その姿に、僕は言いしれない不安を覚えた。
ハーマイオニーが何を言ったのかは分からない。でも、決していい知らせではないのだろう。
マクゴナガル先生は、先程まで興奮していた姿が嘘だったかのように真剣な表情になると、リーが持っていた解説用のメガフォンを手に取った。そして、
「生徒は全員、しばらくの間ここに待機してください! 我々教員が城の安全を確認した後、教員の引率の元寮に速やかに帰るように!」
突然告げられた不穏な知らせ。あんなに熱狂していた生徒達の熱が、引いていく波のように消えていく。
何があったのかは分からない。でも、試合直後だと言うのに、あまりにも切羽詰まった声で発せられた宣告は……城で何かが、『秘密の部屋』に関わる何かが起こったことを表していた。
そしてその予想は当たっていた。
しばらくした後、先生たちの引率で寮に戻る途中、僕らはそれを見ることになる。
『彼女達の白骨は、永遠に『秘密の部屋』に横たわることだろう』
その見覚えのあるペンキで描かれた文字は、城で何があったのか知るには十分なものだった。
この日、ロンの妹であるジニーが……城から行方不明になった。
ハーマイオニー視点
「あいつだ! ジニーはあいつに攫われたんだ! 君に怪物の正体が『バジリスク』だってバレたから! あいつは破れかぶれになってジニーを『秘密の部屋』に攫ったんだ!」
「だから、ロン! 何度も言ったでしょう!? マルフォイさんはバジリスクに襲われそうになった私を助けてくれたのよ! マルフォイさんは『継承者』なんかじゃないわ!」
グリフィンドールの談話室に響くのは、ただ私達が上げる怒鳴り声だけだった。寮生のほとんど全員が集まっていると思しき談話室。私とロンの声以外、誰一人として声を上げようとしない。
でも、彼らが誰に賛成し、誰に反対しているかは一目瞭然だった。
皆ロンの話にはしきりに頷き、私の話にはただ眉をひそめるだけだった。
パーシーやジョージとフレッド。ジニーの兄である彼らもその例に漏れず、ロンの上げる大声に項垂れながら聞き入っている。
私の……いや、マルフォイさんの味方は、この空間には誰一人として存在しなかった。
「マルフォイさんは『継承者』じゃないわ! バジリスクから逃げる時、彼女は決して私の手を離そうとはしなかったわ! 彼女が『継承者』で、バジリスクを私に嗾けていたとしたら、絶対にそんなことしないはずよ! それに、壁には『
「……ハーマイオニー。なんであいつが君を助けたのかは知らないよ。でも、それは絶対にまともな理由じゃないよ。それに、『彼女達』って書いてあったのも、きっとあいつのアリバイ工作だ。今この学校で行方不明なのはジニーとダリア・マルフォイだけなんだぞ!? なら、あいつが『継承者』でなけりゃ、一体誰が『継承者』だって言うんだい?」
ロンの言葉に、私は言葉を失った。
確かに、ロンの意見を覆すことは現状出来なかったのだ。
怪物の正体がバジリスクだと伝えた時、これでマルフォイさんの疑いはいずれ晴れると思っていた。怪物の正体、私とマルフォイさんが襲われたこと、バジリスクが現れる前の出来事以外は、全て先生に伝えた。怪物の正体を知った先生達が、すぐに城の安全確認に向かう後ろ姿を見て、私はこれで今年の事件は終わる、マルフォイさんの疑いが晴れるのも時間の問題だと……そう思っていた。
でも現実は、私の楽観的な予想通りには進まなかった。
城に戻った私達が最初に見たのは、壁に書かれた不吉な文字だった。
そして寮に帰ってから知ったのが……ジニーとマルフォイさんがいなくなったというニュースだった。
状況証拠だけなら……私をマルフォイさんが助けたという事実を無視するのであれば、ロンの言う通り『継承者』がマルフォイさんだと疑わざるを得ない状況だった。
現状二人以外に行方不明になった人間はいない。方や純血主義でないどころか、純血主義を嫌悪してすらいるウィーズリー家の娘。もう一方は、冷たい表情の、そして純血主義の信奉者として知られるマルフォイ家の娘。
どちらを疑うべきかなんて考えるまでもなかった。
押し黙る私に、ロンの言葉は続く。
「あいつは純血だ。もしあいつが『継承者』でないと仮定しても、そもそも狙われるはずなんてないんだ!」
「……ジニーも純血よ。その理論が正しいなら、ジニーだって襲われる理由はないわ」
そう私は反論するが、ロンはもう私の話を聞いてはいなかった。気づかわし気にこちらを見ているルームメイト達の方に行き、そこでジニーのことで慰めの言葉を受けていた。
残された私は、全く釈然としない気持ちを抱えながら、談話室の片隅に腰を下ろす。
私とロンが話すのをやめたことで、再び談話室に居心地の悪い静寂が戻ってくる。聞こえるのは、ロンを必死に慰めるハリーとネビルの声。そしてウィーズリー兄弟が時折もらす大きなため息だけだった。
居心地が悪かった。グリフィンドール生から飛んでくる、若干の非難を含んだ眼差しが突き刺さる。自分が
ロンに悪気がないことは分かっている。彼だけではなく、パーシーやフレッドとジョージだって、ただ妹のことが心配なのだ。たった一人の妹がまだ無事なのか、ただそれだけを案じているだけなのだ。
勿論私だってジニーのことは心配だ。ジニーはホグワーツに入って出来た初めての後輩で、正直私にとっても妹のように可愛らしい存在だった。心配でないはずがない。
けれども、彼らの気持ちがわかるからと言って、彼らの疑いが間違った人間に向くのを許容するわけにはいかない。
それがマルフォイさんであれば猶更だ。彼女もジニーと同じで純然たる被害者なのだ。
彼女の行動に謎が残っているのは確かだ。バジリスクのことを知っていたと思われる言動。私に突如向けた杖。彼女が多かれ少なかれ、今回の事件に関りを持っているかもと思えるものばかりだ。
でも
それに……。
私はあの時の状況を思い出す。杖を構えるマルフォイさん。
あの時、私に杖を振り下ろそうとした彼女の表情は……無表情ではなかったのだ。
彼女の表情はその行動や瞳とは違い、今にも泣きそうなものだったのだ。
初めて見るマルフォイさんの表情と言える表情。それは今年何度も想像した、独りぼっちで泣く、まるで迷子のような表情だった。
あの時の表情を思い出しながら考える。
彼女は確かに私に魔法をかけようとした。でも彼女は……本当に私に魔法を
考えるまでもない。
彼女は結局……私に魔法を使うことはなかっただろう。
杖を突き付けられた時、私は動転してしまった。彼女の醸し出す空気と、彼女の何故か赤く見える瞳に、私はただ恐怖した。でも、心の奥では確信していたのだ。
こんな表情をしているマルフォイさんが、決して私に害を及ぼすようなことをするはずがない。
だから逃げなかった。私はマルフォイさんに恐怖しながら、最後まで逃げるのを思いとどまったのだ。
彼女は無事なのだろうか。
あの時のマルフォイさんの表情を思い出すと、ただでさえ大きかった不安がさらに大きなものとなる。
ジニーとマルフォイさん。彼女達は無事なのだろうか。特にマルフォイさんは、私が巻き込んでしまったようなものだ。マグル生まれの私に関わらなければ、彼女は『秘密の部屋』に連れ去られずに済んだのだろうか? 競技場に向かう時、もうここなら安全だ、マルフォイさんが襲われるはずがないと油断せず、私もあの場に残っていれば彼女は攫われずに済んだのだろうか?
答えはない。ただ時間ばかりが過ぎてゆく。この一刻一刻が過ぎていく間にも、ジニーとマルフォイさんの助かる可能性はなくなってゆく。
何か自分に出来ることはないか。そう苛立つ思考で、考え始めた時、
「クソ! ハーマイオニーのおかげで、怪物の正体自体は分かっているのに……。肝心の『秘密の部屋』はどこにあるんだ……? こんな時、ダンブルドアさえいれば……」
そう呟くロンの声が、私の耳に届いた。
ダンブルドア校長……。ロンの言う通り、校長さえいて下されば、こんな事態なんとかして下さったのかもしれない。
彼はマルフォイさんを『継承者』だと
そしてこんな事態だって、今世紀最も偉大な先生なら、必ずや
でも、ダンブルドア校長は城にいない。
この学校における最強の切り札である校長は……もう、いないのだ。
ダンブルドア校長がいなくなって、私達は誰に助けを求めればいいのだろうか。
他の先生が優秀じゃないわけではない。でも、どうしてもダンブルドア校長と比べれば力不足に思えた。
校長程偉大な功績を残した人物は、どこを探してもいはしな……。
いや……一人だけいた。
談話室のテーブルに置いてある、一冊の
「……そうだ。
どうして思いつかなかったのだろう。この学校には今、ダンブルドアの次に偉大な人物がいるのを忘れていた。ダンブルドア程ではないけれど、他の誰もが真似できない程のことをなしてきた人物。彼ならきっと……。
ここでこうしていても、何も事態は改善しない。それならいっそ、
そう思い立ち上がったところ、
「ハーマイオニー? どうしたんだい?」
項垂れるロンの傍にいたハリーが声をかけてきた。
「
これが軽率な行動だとは分かっている。マルフォイさんだって、マグル生まれの私が無警戒に出歩いていたから巻き込まれた。
でも、今はそれでも行動しないといけないのだ。今行動しなければ、マルフォイさんに謝る機会すら失ってしまう……。
そんな焦りを露にする私に、ハリーは少し考え込んでいる様子だったけど、
「そうだね……。うん。そうしよう。ここで何もしないよりかは遥かにいいよ……。だから僕も行く。それに、君はさっき襲われたばかりだ。君一人で行かせることなんて出来ないよ」
そう言ってからロンの方に振り返ると、
「ロン……。僕等は行くけど、ロンはどうする?」
なるべく刺激しないように、そっと優しい声音で話しかけた。ロンもハリーと同じように、少しだけ考えてからポツリとつぶやいた。
「……僕も行く」
多分彼も何もしないことに耐えかねたのだろう。
ロンの同意を得ると、私達はそっと談話室を後にする。皆すっかり落ち込んでいたし、ウィーズリー兄弟が気の毒で何も言えないのもあり、寮を出るまで結局誰にも止められることはなかった。
談話室を出ると、私達は闇に包まれた廊下をひた走る。
そんな中、ハリーが尋ねてきた。
「で、誰の所に行くの? マクゴナガル先生?」
私は闇の中、ハリーの方に振り返らず叫んだ。
「ロックハート先生よ! ロックハート先生なら、きっと何とかしてくれるわ!」
振り返っていないため、二人がどんな表情をしているのか、私には分からなかった。
スネイプ視点
「とうとう起こりました……」
突然集められた職員室で、現校長代行であるミネルバがそっと話し始めた。
「生徒が二人、怪物に連れ去られました。『秘密の部屋』そのものの中へです」
この場にいる全員が分かっていた。何を隠そう、あの文字を最初に見たのは、生徒ではなく我々教員だったのだから。
だが、やはり認めたくはなかったのだろう。どうか違ってくれと願いながらここに来たわけだが……ミネルバの言葉に、願いはたやすく打ち砕かれた。
静まり返る職員室に、一人ひとりが漏らす悲鳴、呻き声が響く。
吾輩も悲鳴こそ上げてはおらんが、気が付けば椅子の背を固く握りしめていた。
そんな中、フーチがポツリと、
「誰ですか?」
椅子にへたり込みながら呟いた。
「一体、どの子が連れ去られたのですか?」
ミネルバは全員から向けられる視線の中、そっとその名前を告げた。
「ジニー・ウィーズリーです。それと……ダリア・マルフォイ」
ミネルバの答えに、吾輩以外の全員の眉が吊り上がる。
「ダリア・マルフォイは……本当に連れ去られたのですか?」
スプラウトの言葉は、遠回しながらここにいるほとんどの教員の気持ちを代弁しているものだった。
我々教員は、ここの所ずっとミス・マルフォイを監視していた。彼女が人目に付かない所に行かぬように、教員による引率という名目で行動を制限していた。
何故か。答えは簡単だ。
ダンブルドアが、そうするよう我々に命じたからだ。
ダンブルドアが、ダリア・マルフォイこそが『継承者』だと疑っていたからだ。
勿論ダンブルドアは明言はしていない。だが、彼女を疑っているのは火を見るよりも明らかだった。
このダンブルドアの命令に教員の全員が納得していたかというと……完全には納得していなかっただろう。吾輩程完全に納得していない教員はいなかっただろうが、皆少なからず納得はしていない所があった。
確かに、彼女以外の人間に今回の事件を引き起こせる程の実力と家庭環境がないのは明白だ。だがそれだけで彼女を『継承者』扱いすることに。明確な証拠がないにも関わらず彼女を『継承者』だと断定することに抵抗があったのだろう。
だが、結局監視は実行された。
何故なら、ダンブルドアの言葉はいつも正しかったから。そして、ダリア・マルフォイ以外に疑える生徒がいなかったから。
かくいう吾輩も、教員の中で唯一ダンブルドアの言葉がいつも正しいわけではないことを知っておりながら、監視自体は実行していた。ダンブルドアの命令を遵守することを、リリーを助けるために誓ったからということもあるが、この監視があくまで生徒全員を対象にしていたからということが理由だった。
ミス・マルフォイにとっては、どちらも同じ監視であることに変わりはないのであろうが……。
吾輩がミス・マルフォイについて考えている間も、会話は続いていく。ミネルバはフーチの言葉に少し考え込んだあと、
「……分かりません。ですがこれだけはハッキリしています。今現在、この城の中で行方不明なのは、ジニー・ウィーズリーとダリア・マルフォイだけです」
事実だけを明言した。
だが、それは紛れもない事実であるからこそ、最もミネルバの言いたいことを表していた。
悲痛に満ちた沈黙が職員室に再び舞い降りる。
不安、恐怖、怒り、そして後悔。それぞれが思い思いの表情を浮かべている。
そんな中……突然ドアが大きな音を立てて開かれた。
そして扉の向こうには
「大変失礼しました。ついウトウトしていたもので。何か聞き逃してしまいましたか?」
ただでさえ苛立った心がさらに燃え上がる。
憎しみすら感じながら見やった先には、ロックハートがいつもの鬱陶しいほど爽やかな笑顔で立っていた。
こんな時にこんな奴に付き合っている暇はない。
ミネルバの方を見ると、彼女もまったくの同意見なのだろう。
吾輩に、
やってください。
とでも言いたげな視線を投げつけながら、そっと頷いた。
吾輩もそれに頷き返すと、この愚か者を速やかに排除するために一歩踏み出す。
「これは、これは……。まさに適任者のご到着だ」
いつもはこれ程鈍い人間など存在するのだろうかと思わされるほど、鈍すぎる程に鈍い男であるが、今回ばかりは吾輩の声音に不穏なものを感じ取ったらしい。笑顔が少しだけ引っ込んだ。
「まさに適任。ロックハート。女子が二人程怪物に拉致された。グリフィンドールの女生徒と、スリザリンの女生徒一人ずつだ。『継承者』の言を信じるのなら、今彼女達は『秘密の部屋』にいるらしい。さて、いよいよあなたの出番というわけですな」
吾輩の言葉が進むにつれ、血の気が引いていくロックハートにスプラウトが追い打ちをかける。
吾輩の第一声で、一体吾輩が何をしようとしているのか理解したのだろう。
「その通りだわ、ギルデロイ。いつも仰っていたではありませんか? 自分はとっくの昔に『秘密の部屋』を見つけていたとか」
「わ、私はその、」
わけの分からない言葉を口走る無能に、フリットウィックが口をはさむ。
「そうですとも。怪物がバジリスクであると、ミス・グレンジャーが気付く前から知っていたと。そうあなたは競技場で言っていたではありませんか?」
「そ、そうですか? 記憶にございませんが……」
「吾輩も覚えておりますぞ。ああ、そう言えば、ハグリッドが逮捕された時も、自分が怪物と対決するチャンスがなかったのは残念とおっしゃっていましたな? あの時は既に怪物がバジリスクだと知っておられたのですかな? いやはや、英雄殿は言うことが違いますな」
そこまで言った吾輩は、最後のとどめを任せるためにミネルバに視線を送る。それを受け彼女は、
「そうですね。では、ギルデロイ。あなたに全てお任せしましょう」
絶望的な目で周りを見渡すロックハートに、最後通牒を言い渡す。
「あなたが実力を示す絶好のチャンスです。どうぞご自由に、お一人で怪物と戦ってください。誰も邪魔することはありません。『秘密の部屋』の場所はお分かりなのでしょう? 怪物がバジリスクだと知っておられたのでしょう? なら大丈夫でしょう。どうぞお好きなように」
ロックハートは、なお助けを求めるように視線を泳がせていたが、誰も助けてくれないと悟ったのか、
「……よ、よろしい。で、では、部屋に戻って……支度をします」
どう考えても今から戦いに行くものではない声音で宣言し、ようやく職員室から出て行った。
職員室にいる全員が、どこか一仕事終えたような空気を醸し出している中、ミネルバが再び話し始める。
「……邪魔者は消えました。寮監の先生方は寮に戻ってください。明日一番の特急で生徒を帰すのです。支度をさせなくては。他の先生方は、二人ペアで見回りをお願いします」
彼女の通達が終わると同時に全員が一斉に動き出す。
吾輩もすぐにスリザリン寮に向かうため、人影一つない廊下に足を進めた。
一人地下へと向かっていると、思考が再びミス・マルフォイのことに戻り始める。
彼女が現状において、『継承者』と疑わざるを得ないことは間違いない。
現状城での行方不明者が二人しかいない以上、どちらかが『継承者』だと疑うのが最も妥当だ。そしてウィーズリーの末娘とマルフォイ家の娘のどちらが『継承者』に相応しいかと言えば、10人中10人がダリア・マルフォイと答えることだろう。
だが、理性ではそう思っても、どうしてもミス・マルフォイが『継承者』であると思えない自分がいるのも確かだった。
吾輩らしくないことは分かっている。理性ではなく、感情でミス・マルフォイが『継承者』でないと考えるなど愚の骨頂だ。だがそれでも、彼女の時折見せる冷たい外面とは真逆の行動に、吾輩の彼女に対する疑いは揺らがされているのもまた真実なのだ。
……愚かだ。こんなことを考えていても意味はない。それに彼女が『継承者』であろうとなかろうと、吾輩のやるべきことは変わらない。
吾輩が、教員が出来ることなど、今は生徒を一刻も早く家に帰宅させることくらいのものなのだから。
そう思考を無理やり切り替え、ちょうど辿り着いたスリザリン寮の扉を開けた。
このしばらく後、吾輩は気付くことになる。
ダリア・マルフォイとは別に、
妹が行方不明になったことで、意気消沈した様子のドラコ・マルフォイに意識が行き過ぎてしまい、吾輩はそのことにすぐには気付かなかったのだ。
この時。ダリア・マルフォイの