ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ハリー視点
ハーマイオニーは突然トイレのあちこちを探し回ったかと思えば、突然、
「見つけたわ!」
大声を上げ、銅製の蛇口の一つを指示した。近づいてみると、蛇口には蛇の彫刻が施されている。スリザリンとは全く関係ないはずの、何の変哲もないただの女子トイレ。そんなところにスリザリンを象徴する蛇の彫刻がされていることなど本来はあり得ない。ならこここそが、
「本当だ……。ハーマイオニーの言う通りだ。ここだよ。こここそが、『秘密の部屋』の入り口だ」
僕が興奮したように言うと、ロンも僕同様興奮したような表情を、反対にロックハートはひどく怯えた表情を浮かべていた。
「ハリー、何か蛇語で言ってみろよ。ここが本当に入り口なら、蛇語が合言葉のはずだよ。
ロンの言葉を受け、僕は必死に蛇語を話そうとする。僕が今まで話したことのある蛇は、全部本物の蛇だった。昔行った動物園の蛇。決闘クラブでダリア・マルフォイが僕に嗾けた蛇。全部生きている本物の蛇ばかりだった。
僕は蛇口の彫刻を見つめ、必死にそれが本物であると思い込もうとする。
そうやってじっと見つめていると、ふとろうそくの明かりが揺らめいた。それに合わせ、蛇の彫刻も動いているように揺らめく。
そして、
『開け』
自分の言った言葉なのに、その言葉を僕は正確には聞き取れなかった。ただ
『シュー……シュー……』
という音が耳に届いただけだった。でも、それは紛れもなく、部屋を開くための合言葉だったのだろう。
蛇口が突然光り始め、次の瞬間には手洗い台が動き始める。見る見るうちに沈み込んだかと思うと、代わりに太いパイプがむき出しになり始める。
そして全てが終わった後残されたのは、大人一人が滑り込めるほどの大きな穴だけだった。
言葉はなかった。僕、ロン、そしてハーマイオニー。三人とも、突然現れた伝説上の『秘密の部屋』の入り口に、ただ圧倒され息を吞んでいたのだ。
そんな中、一番初めに声を上げたのはロックハートだった。いつもの無駄に自信に溢れた声からは想像できない程弱弱しい声を上げる。
「わ、私はもう必要ないみたいですね。では、私はこれで、」
でもロックハートの言葉はそこまでだった。ロックハートの声を認識すると同時に、ハーマイオニーは無理やりロックハートをパイプの前に立たせると、
「や、やめて! わ、私は本当に何の役にも、」
パイプの中に放り込んだ。
ロックハートの消えたトイレの中に、奇妙な沈黙が満たされる。僕とロンが唖然とした表情で見つめる中、ハーマイオニーは穴を覗きこみながらポツリと、
「安全確認は出来たわね」
どこかスッキリしたような声で呟いた。耳を澄ませると、穴の中からロックハートのうめき声が聞こえていた。
……確かに、とりあえずここを下りても、いきなりバジリスクに出くわすことはなさそうだ。
気を取り直し、僕は二人の方に視線を上げる。
僕は行かなければならない。ジニーが生きている可能性は、正直なところほんの僅かなものだろう。でも、それが僅かでもある限り、僕は行かなくてはならない。
ダリア・マルフォイから、僕はジニーを救うのだ。
「じゃあ……僕は降りるよ。君達は、」
出来ることなら、僕は二人を巻き込みたくはない。下にいるのはダリア・マルフォイだけではない。視線だけで人を殺すことが出来るという怪物も、この下には待ち構えているのだ。友達を巻き込むわけにはいかない。
でも、
「僕も行くに決まってるだろ。ジニーは僕の妹なんだ。僕が行かないわけないだろう」
「私もよ。それに、あなた達と
ロンとハーマイオニーは僕の言葉を遮った。二人とも本当は怖いのだろう。手が少しだけ震えている。
しかしその目は、恐怖ではなく決意に満ち溢れていた。
去年もそうだった。二人は危険も顧みず、賢者の石を守るために僕に最後までついてきてくれた。彼らはいつも僕に勇気を与えてくれた。この二人がいるからこそ、僕は行動を起こせるのだ。
本当に……僕はいい友達を持った。
これ以上彼らに言葉は不要だ。
僕は二人の決意が固いことを悟ると、何も言わずただ頷き、パイプの中に飛び込んだ。
ヌルヌルとした滑り台を急降下していく。パイプはあちこちで四方八方に枝分かれしていたが、僕が今滑っている物ほど太いものはなかった。
どこまで続いているのだろう。地下牢よりもずっと深くまで落ちている気がする。
そして本当に下まで落ちて行って大丈夫なのかと不安に思い始めた頃、
「うわ!」
急にパイプが平らになったかと思うと、出口から放り出された。
薄暗い場所だった。それに空気もジメジメしている。
僕は放り出されるとすぐに立ち上がり、辺りにバジリスクがいないか警戒する。でも周りにいたのは、少し離れたところで腰を抑えているロックハートだけだった。
僕がホッとして杖を下げているのをしり目に、ロンが、そして彼に続いてハーマイオニーが落ちてきた。
「ここ、学校の何キロも下よ。たぶん湖の下だわ」
立ち上がると、ヌルヌルと湿った壁を見やりながらハーマイオニーが言う。
僕はハーマイオニーの言葉に頷きながら、杖に明かりを点した。
『ルーモス、光よ!』
効果は僅かだった。明かりが点っても、目と鼻の先くらいしか見通すことが出来ない。
でも、僕達は進むしかない。ジニーのために。
「行こう」
真っ暗な闇の中、僕らは足を進める。明かりを点す僕が先頭になり、ハーマイオニーに後ろから杖を突き付けられているロックハートが続く。全員が息をひそめ、時折聞こえるのはロックハートの息を呑む音のみ。途中、後方からドスンと大きな物音が響いた時は全員が飛び上がったが、それ以外に大きな音は聞こえてこない。皆出来る限り音を立てないように細心の注意を払っていた。
そんな中、ロンが急に声を上げた。
「ハリー! あ、あれ!」
決して大きな声ではなかった。でも、僕達にはどんな叫び声よりも大きなものに思えた。
何故なら、ロンの指さした先には、
何か大きく。そして曲線を描いたようなものが横たわっていたから。
全員に緊張が走る。覚悟を決めていたとはいえ、実際に怪物が目の前に現れるとどうしても恐怖が勝ってしまう。僕達は凍り付いたようにその場に立ち止まってしまう。
しかし、そんな僕らの緊張をよそに、横たわっている巨大な影は動かなかった。
「……眠っているのかもしれない」
僕は息をひそめ、なるべく声を殺して後ろの三人に言った。そしてゆっくりと近づき、杖明かりで影を照らしだした。
ドラコ視点
談話室は騒然としていた。全員が思い思いに声を上げている。
だが、話している内容は全員同じものだった。
全員が、ダリアが何故ウィーズリーの末っ子を攫ったのかを話し合っていた。
「怪物の正体が『バジリスク』だとバレたからだろう? マルフォイ様は、あの『血を裏切る一族』を人質にダンブルドアと交渉なさるおつもりなんだろう」
「いや、マルフォイ様がそんな安直なことをすると思うか? それに、バジリスクだってバレたからと言って、すぐにマルフォイ様がやったという確定的な証拠になるわけではないだろう? きっと俺たちには想像もできないような計画をお持ちなのだろう」
……馬鹿馬鹿しすぎる。あまりにも愚かな内容に加わる気にもならない。
もしダリアが『継承者』だと仮定したら、こんな安直な手を使わないだろうということには僕も同意する。生徒を一人誘拐したのだ。『秘密の部屋』がどんな部屋かは知らないが、いつかは必ず出てこなければならない以上、ダンブルドアか闇祓いがどこまでも追いかけてくることだろう。怪物が『バジリスク』だとバレたくらいで、ダリアがそんなやけっぱちとしか思えないような行動をするとは到底考えられない。
だからこそ、こいつらはダリアの行動の裏を考えようとしているわけだが……。
そもそも前提が違う。
こいつらが話しているのは、ダリアが『継承者』だった場合の話だ。ダリアが『継承者』でない以上、こんな議論は無価値だ。
ダリアが『継承者』ではないという、
あの文字を見て、僕の時間は止まってしまったような気がした。
『彼女達の白骨は、永遠に『秘密の部屋』に横たわることだろう』
グレンジャーはあの時、ダリアは大広間の前にいると言っていた。なのに大広間の前に僕とダフネがたどり着いても、ダリアの姿はどこにもなかった。それが示す事実はたった一つだ。
ダリアが攫われた。
そんなことあり得ない。僕は最初その事実を否定した。
ダリアはどんな奴にも負けないくらい強い、僕の自慢の妹なのだ。そんなダリアが、たかだか生徒数人を石にしただけの『継承者』なんぞに負けるはずがない。『秘密の部屋』の怪物にだって、ダリアであれば負けることはない。
だからこのメッセージはただの嘘っぱちだ。それかあまり考えにくいことではあるが、ダリア以外にもクィディッチの試合に行かなかった生徒がいたのだろう。いや、そうに違いない。そうでなくては間違っている。
そう、僕は思おうとした。
でも、現実は非情だった。
生徒全員が教師共の指示で寮に戻っても……ダリアは寮にはいなかった。
周りの生徒達の話によれば、ダリアと同時にウィーズリーの娘もいなくなっているとのことだが、そんなことはどうでもいい。ダリア以外の人間がどうなろうが、知ったことではない。
ダリアが本当に攫われたかもしれないという事実を、いよいよ受け入れなければならない状況になった時、僕の頭は真っ白になった。
ダリアは無事なのだろうか。『秘密の部屋』なんかに連れ去られて、ダリアは本当に生きて帰ってこられるのだろうか。
攫われるはずのないダリアが攫われた。もう何が起こってもおかしくはない。もうダリアの無事を無邪気に信じることなんて出来るわけがない。
不安な気持ちを抱えながら、僕は心の中で呟く。
ダリア……僕は今、不安な気持ちでいっぱいなんだ。お前が帰ってこないのではないかと思うと、僕は怖くて仕方がないんだ。
なのにどうして……お前は今僕の隣にいてくれないんだ?
お前はいつだって、僕が辛い時は僕のそばにいてくれたじゃないか。
ダリアがいたから、僕は辛い時、悲しい時、腹がたった時、どんな時だって立ち上がることが出来たんだ。お前がいないと、僕はどうしようもなく駄目な人間になってしまうんだ。
だから……お願いだから、早く帰ってきてくれ。僕を一人にしないでくれ。お前がいない人生なんて、何の意味も価値もない。お前がそばにいない時間なんて、ただ苦しいだけのものなんだ。
僕は今すぐにでも寮を飛び出したい衝動を抑えながら、ただ祈るように、
「
僕はダリアの秘密を知る、この学校におけるもう一人の共犯者の名前を口にしていた。
ハーマイオニー視点
照らし出されたのは、巨大な蛇の
あの時見たものと同じ、毒々しい程の緑の皮。あまりに巨大な抜け殻は、『バジリスク』の巨大さをこれでもかと雄弁に物語っていた。
「……なんてこった」
ロンが弱弱しい声を出した。
彼の気持ちは尤もだ。一度本物の『バジリスク』を見た私ですら、この抜け殻を見て震えあがりそうなのだから。
ジニーとマルフォイさんはまだ無事なのだろうか。
バジリスクの抜け殻を見ていると、酷く不安な気持ちになった。
こんな怪物を相手にして、到底
震える手を必死に抑える。
逃げ出したい。今すぐここから逃げ出してしまいたい。こんな大きな怪物を、私達だけでどうにか出来るはずがない。マルフォイさんだって、怪物を目の前にしたら逃げ出すしかなかったのだ。私達が逃げ出したところで、誰も私達を責めはしないだろう。
そう思い私は足を……
怖いという気持ちは本物だ。正直、必死に足を前に進めなくては、私の足は無意識に反対方向に進んでいることだろう。
でもそれは出来ない。
だって、マルフォイさんを助けたいという思いも本物だから。
バジリスクに対して、私達が何が出来るか分からない。寧ろ何も出来ない可能性の方が高い。でも私達は行動だけはしなくちゃいけない。行動しなければ、確実にジニーとマルフォイさんは死んでしまうのだ。
それに私達以外の人間が、ジニーはともかく、マルフォイさんを助けるために行動するとは思えない。
マルフォイさんは今、学校中から『継承者』だと、ジニーを『秘密の部屋』へと攫った人間だと思われている。よしんば私達以外に『秘密の部屋』を見つけた人間がいたとして、マルフォイさんを助けるために行動するとは思えない。最悪、マルフォイさんは『継承者』として対処されてしまうことだろう。
私は必死に恐怖を抑え込み、『バジリスク』の抜け殻の向こうへと踏み込もうとする。ハリーとロンも恐怖に屈しなかったのか、顔を青ざめさせながらも足だけは前に進ませている。
私達は決意を新たに、いざ『秘密の部屋』の奥深くへと進もうとして……出来なかった。
もう一人の同行者である
……まったく、なんでこんな奴が偉大だと信じ込んでいたのかしら。
「立て」
ロンが冷たく言い放つ。でも、ロックハートは余程抜け殻が恐ろしかったのか、すぐには立ち上がらない。ロンは軽く舌打ちすると、杖をロックハートに突き付けて立たせようとする。
杖を突き付けられたことで、ペテン師はようやく進むしか道がないことを理解したのか立ち上がろうとして……ロンに跳びかかった。
突然の出来事に、私とハリーは対応できない。いつもの無能な姿からは想像できない程俊敏にロンの杖を奪い取ったかと思うと、輝くような笑顔と共に杖を私達に突き付けた。
「お遊びはここまでです! こんな怪物を相手に、君達に何が出来るというのですか!?」
ペテン師は興奮したようにまくし立てる。
「有名になりたいという気持ちは分かりますが、引き際も肝心ですよ! 私は付き合いきれませんね! だから、私はこの皮を持って帰り、女の子達を救うには遅すぎたと報告しましょう! そして君達は彼女達の死体を見たことで、哀れにも気が狂ってしまったと言おう! どうせこのまま進めば死ぬのです! それなら、たとえ記憶をなくしたとしても、ここで生きて帰った方がいいですよね!? 君達の抜け殻は、私が有効に使ってあげますよ! さあ! 記憶に別れを告げるといい!」
ペテン師はそう叫ぶと、ロンの
『オブリビエイト、忘れよ!』
杖の爆発に自分自身が吹っ飛ばされた。
轟音がトンネル内に響き渡る。天井が崩れたのか、大きな岩が落ちてきたのだ。土煙にぼやける視界の中、
そして音が鳴りやみ、崩落が終わったのを確認した私達は、急いで辺りの様子を確認した。
幸い私達の
でも『秘密の部屋』に続く道の方には……壁が出来上がっていた。岩の塊が道を塞いでいたのだ。
それに、
「ハリー! 大丈夫なの!?」
岩の向こうに向かって私は大声を上げる。
ハリーが見当たらないのだ。ロンは私の隣にいる。この状況を引き起こしたペテン師も……すぐそばに転がっていた。
「アイタッ!」
ロンが試しにペテン師の脛を蹴ってみると、どうやら生きてはいるらしい。
私は再度蹴り上げようとするロンを横目に、ハリーの返事を待つ。
どうか返事があってと願う。そうでなければ、ハリーはこの岩の下にいるということになるのだから。
「大丈夫! 僕はこっちにいるよ!」
でもどうやら私の心配は杞憂だったらしい。ハリーの声は、岩の向こうからすぐに返ってきた。
私はホッと胸をなでおろしながら、再度大声を出す。
「少し待ってて、呪文で岩を壊すから。でも一気に壊すとまた崩れてしまうかもしれないから、ちょっとづつ壊すわね。だから少しの間だけ、」
「いや、ハーマイオニー! もう時間がない!」
私の切羽詰まった声に、同じく切羽詰まった声が返された。
「僕は先に進むよ! 君達はロックハートとそこで待ってて! もし一時間たっても戻らなかったら……君達は戻ってくれ」
「いいえ! 私達もすぐに行くわ! お願いよ、ハリー! そこで待っていて!」
ここで引き下がることなんて出来ない。私はマルフォイさんを助けないといけないのだ。
私の言葉にハリーは少し逡巡している様子だった。少しの時間沈黙が私達の間に舞い降りる。
でも結局、ハリーは私の決意が固いことを悟ったのか、ため息を一つはいた後返事をした。
「……分かった。でも、僕は先に進むよ。君達は後から来てくれ! ゆっくりでいいから! また崩れたら元も子もないんだ! だから、ハーマイオニー、君は
そう言ったきり、ハリーは進んでしまったのか返事をしなくなった。
ハリーは……行ってしまった。
「早くいかなくちゃ。ハリー一人だけで『バジリスク』の相手をするなんて危険すぎるわ」
私は内心の焦りを抑えながら、なるべく急いで岩を崩す。本当は一気に崩したいところだけど、またトンネルが崩れたら元も子もない。じれったくはあるけど、ここは慎重にやっていくしかない。
倒れたままのロックハートの脛を蹴り上げるロンをしり目に、私は慎重に岩を崩していく。
早くハリーに追いつかなくちゃ。
ジニーを、そしてマルフォイさんを助け出すために。
私はこの時、目の前の岩を崩すことに集中するあまり、自分たちの背後にまったく気を配っていなかった。
だから私達は気が付かなかった。
私達の後方の闇の中で、一人の女子生徒が佇んでいたことに。
そして彼女が、ジッと私達に
私達は気が付くことはなかった……。
ハリー視点
ハーマイオニーが岩の後ろでよかった……。
僕は暗いトンネルを進みながらそんなことを考えていた。
ハーマイオニーは未だにダリア・マルフォイを信じている。あいつがジニーと同じ被害者だと無邪気に信じ切っている。
そんな彼女がこの先にあるだろう光景を見た時、何を思うのだろうか。
考えるまでもない。間違いなく、裏切られたと感じることだろう。
ハーマイオニーはロックハートに裏切られたばかりなのだ。そんな辛い思いを、彼女に今させるわけにはいかない。
友達に傷ついてほしくない。
全てが終わった後、真実を知れば彼女は必ず傷ついてしまうだろう。でも、少なくとも今は彼女をそっとしておきたかった。これが先延ばしでしかないことは分かっている。でも、もう少しだけでも、彼女に猶予を与えてあげたかったのだ。
僕はくねくねと曲がりくねったトンネルを進み続ける。
進むにつれ、心臓が嫌な音を立て始める。
怖かった。
ジニーのために前に進まなくてはいけないとはいえ、曲がり角から『バジリスク』が出てくるのでは。『継承者』であるダリア・マルフォイが襲い掛かってくるのではと思うと、怖くて仕方がなかった。
早く『秘密の部屋』にたどり着かなくてはという思いと、なるべくそんな所に行きたくないという思いが複雑に混ざり合っていた。
そして……その時が遂にやってきた。
何度目の曲がり角だっただろう。そっと曲がったその先に、それはあった。
二匹の蛇が絡み合った彫刻の施された壁。蛇の目には大粒のエメラルドがはめ込まれ、侵入者である僕をじっと睨みつけている。
『秘密の部屋』の入り口に間違いなかった。
僕は唾を飲み込むと、恐る恐る入り口に近づく。
本物であると思い込む必要はなかった。思い込もうとしなくても、蛇の目はどうしようもなく生き生きとして見えたから。
『開け』
再び僕の口から掠れたような異音が漏れる。
そして僕の口から洩れた異音が辺りに鳴り響いたその瞬間、
ゴゴゴ
壁が二つに裂けた。
絡まっていた蛇が動き出し、スルスルとどこかに這ってゆく。
『秘密の部屋』の入り口が、ついに開かれたのだ。もう後戻りすることは出来ない。
僕は震えながら中に入っていく。
もう少しも油断することは出来ない。どんな小さな音も聞き漏らすまいと全神経を研ぎ澄ましながら前に進む。
そんな僕の耳に突然、
『アバダケダブラ!』
大きな叫び声が届いた。
それは間違いなく……ダリア・マルフォイの声だった。
部屋の奥に緑色の光が輝いていた。