ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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造られた怪物(後編)

 ハリー視点

 

「ふん……。大人しく黙っておけばよいものを」

 

忌々しいと言わんばかりに言い放つトムを尻目に、僕は今しがた床に倒れ伏したダリア・マルフォイを見つめていた。

 

彼女が何を言っていたのかは分からない。

 

純血に相応しくない? 怪物を造った? 

 

彼女の放った言葉は支離滅裂で、彼女がトムに何を言いたかったのか僕には理解できなかった。

でもこれだけは分かる。

ダリア・マルフォイは……まだ何かを隠している。

彼女は『継承者』ではなかったけど、やはり危険人物ではあるのだ。

 

でも……それを今トムに問いただしている暇はない。

何故なら、

 

「さて、今度こそ邪魔する者はいなくなった。では、ハリー。答えてもらおうか。君はどうやって僕から逃げ延びたんだい? 君の知っていることは全て話すのだ。そうすれば君は少しでも長く生きることが出来る」

 

そう言って僕に杖を向けるトムのぼんやりとしていた輪郭が、時間が経つにつれハッキリとしたものに変わってきているから。

 

もう時間はない。それは分かっている。でも僕とダリア・マルフォイの杖は、今どちらともトムの手の内にある。僕は完全な丸腰だ。

どうする。どうすればいい?

僕は必死にこの事態を打開する方法を考えながら、少しでもトムに隙を作るために口を開く。

 

「……君が僕を襲った時、どうして君が力を失ったのかは分からない。でも、これだけは分かる。君が僕を殺せなかったのは、母が僕を守ったからだ!」

 

口を開くたびに、僕の心に怒りが湧き上がってくる。

こいつはただの人殺しだ。こいつは大勢の命を奪った。その中には僕の両親もいたのだ。

こいつに殺されていなければ、僕はダーズリー家なんかではなく、もっと温かい家庭で育っていただろう。こいつさえいなければ、僕は家族を失うことはなかった。僕の家族を奪ったこいつに、僕は怒りの声を上げずにはいられなかった。

 

「君は僕の母に負けたんだ! 君が誇っているような純血じゃない! 君はマグル生まれの母に負けたんだ! 僕は本当の君を去年見たぞ! 辛うじて生きている、ただの残骸になり果てた君を! 君は今逃げ隠れすることしか出来ない! 本当に汚らしい! 君が偉大な人間であるものか! この世界で最も偉大な魔法使いはダンブルドアだ! 現に君は、全盛期ですらダンブルドアに敵うことはなかった! そして今も、君は彼から逃げ続けているんだ!」

 

僕は息を切らしながら言い終えた。トムは端整な顔を歪ませていたが、それを無理やりぞっとする笑顔で取り繕った。

 

「……そうか。やはり君には特別な力なんてないわけだ。僕はね、ハリー。君にはもしかして、僕にも感じ取れないような力があるのではと思っていたのだよ。君と僕はどこか似ているからね。混血、孤児、マグルに育てられた環境。僕と共通点の多い君なら、僕の力に匹敵する何かを持っているのではないかと思っていたのだが……やはり思い違いだったらしい。君が助かったのはただの偶然だ。君の母が死ぬ直前、君に()()()()反対呪文をかけたからに過ぎない」

 

トムは笑顔をさらに広げながら続ける。その手には、相変わらず僕の杖が握られていた。

 

「それに、ダンブルドアが僕よりも偉大だって? 君をがっかりさせて申し訳ないが、ダンブルドアは僕に負けたんだ。記憶に過ぎない僕にね。彼は追放され、この城にはもういない」

 

「ダンブルドアは負けていない! 彼は言っていた! 自分がホグワーツを去るのは、彼に忠実な人間がいなくなった時だと! ならきっと、彼はすぐに戻ってくる! 君が思っているほど、ダンブルドアは遠くへは行っていない!」

 

当然、そんなこと信じてはいなかった。リドルに言い返したかったために吐いた、ただの願望。

そうあってほしい。そうあってくれと思い口にしただけの願い事。

 

でもそれは……思わぬ形で叶うことになる。

 

突然、どこからともなく音楽が聞こえてきたのだ。

リドルにも聞こえたのか、凍り付いた表情で辺りを見回している。音楽は段々と大きなものとなり、そして……突然ドーム型の天井から、深紅の鳥が炎を纏って現れた。

 

孔雀の羽のように長い金色の尾羽を輝かせて飛ぶその鳥は……以前校長室で見た、『不死鳥』フォークスで間違いなかった。

 

それは紛れもなく、ダンブルドアが送ってくれた援軍だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルシウス視点

 

「は?」

 

バリン!

 

静まり返る書斎に、取り落としてしまったインク瓶の砕ける音が鳴り響く。

辺りにインクが飛び散り、書斎の高価な絨毯を染め上げていく。遠い先祖から受け継がれてきた非常に高価な絨毯であるが、今はそんなことを気にする余裕などなかった。

 

私は目を見開き、ただただ自分が今開封した手紙の中身を見つめることしか出来なかった。

 

最初はただこの手紙の送り主の名前に苛立つだけだった。

あの()()……。追放してやったというのに、まだ未練たらしくこのような手紙を……。

どうせただの命乞いに違いない。未練たらしく校長への復職を頼み込むだけの手紙。

読む価値もないとも思ったが、どれ程惨めな文言が並んでいるのか眺めるのも一興だと思い直し、私は手紙を開いてみたわけだが……。

 

そこに書かれていたのは、復職への嘆願でも、ダリアへの謝罪などでもなく……

 

『ダリア・マルフォイが『秘密の部屋』に()()()。ジネブラ・ウィーズリーと共にじゃ。すぐにマクゴナガル先生の部屋に来てほしい』

 

そんな内容が、ただ淡々と書かれているだけだった。

私はただ茫然と手紙に書かれた文字を凝視する。暫くしてようやく()()()()()を理解し始めた私の頭は、理解が進むにつれさらなる混乱に満たされ始めた。

 

『秘密の部屋』に消えた。

 

意味が分からない。この手紙の送り主は違った意味を含めて、ダリアが『()()()』と表現しているのだろうが……私にはダリアの()()()正しく理解できている。

ダリアは『継承者』ではない。そんなことは、私が他の誰よりも理解している。何故なら、私は本物の『継承者』を知っているのだから。

 

だが、だからこそ、ダリアが()()()()意味を理解できない。

何故ダリアが『秘密の部屋』に、私が選んだ生贄と共に消えるのだ? あの子はこの事件に無関係なはずだ。いや、それどころかダリアは()()()()()()()()()なのだ。『継承者』の()()になるなどあり得ない。

 

意味が分からないことだらけだ。もう校長でも何でもないはずの()()からの手紙。そしてその中に書かれていた、ダリアが『継承者』に攫われたことを意味する内容。

理解不能な状況に頭が追いつかない。だが一つだけ理解出来たこともあった。

 

今ダリアは良からぬ状況に陥っている。この手紙が嘘であれ真であれ、ダリアは今確実に危機的な立場にある。今私がすべきことは、ここで頭を抱えていることなどではないのだ。

 

……何はともあれ情報を得ねば。この手紙だけではダリアの状況がどうなっているかなど分からない。

()()の指示通りに動くのは癪だが、今はそれに従うより他に方法はなさそうだ。

 

私は善は急げとホグワーツへ『姿くらまし』しようとして……止めた。

 

これが最速の手段ではないことを思い出したのだ。

ホグワーツの内部に『姿くらまし』することは出来ない。出来るとしても、広大な敷地の外にある門前にくらいだ。そこから徒歩で敷地を踏破し、副校長の部屋まで行かなくてはならない。

 

時間の無駄だ。ダリアが危険な状況にいるかもしれないというのに、そんな悠長に時間をかけている暇など私にはない。

私は一瞬の逡巡の後、普段は絶対に使わない手段に頼ることにした。

 

偉大な純血魔法使いである私が、あのような()()()()の手を借りるのは癪だが、それが最も迅速な手段であることも確かなのだ。

純血としての誇りとダリア……どちらが大切かなど、比べるまでもない。

 

「ドビー! 来い!」

 

私の大声と共に、書斎にバシリという音が鳴り響く。

目をそちらに向けると、我が()()()()()()の『屋敷しもべ』がこちらを怯えたような表情で見上げていた。

 

「ご、ご主人様、ど、どうかなさいまし、」

 

「ドビー。すぐに私を連れて、ホグワーツへと『姿くらまし』しろ。行先は副校長室だ」

 

『下等生物』に付き合っている時間すら惜しい。そう思い私はドビーの言葉を遮り、ツカツカと歩み寄るのだが、

 

「ひっ!」

 

ただ怯えたように蹲るばかりで、一向に『姿くらまし』しようとはしない。

あまりに愚鈍な対応に、私は思わず蹴り上げたいという衝動にかられた。ダリアが危ない状況だというのに、この愚図はどこまで愚鈍なのだ!

 

私は衝動のままドビーを蹴り上げようとしたが、すぐに思いなおすことになる。

ここで蹴り上げるのは簡単だ。ダリアが止めるまでは、私は毎日のようにこいつを蹴り上げていたのだから。

だがそれは出来ない……ダリアが嫌がるというのもあるが、何よりそんなことをしている場合ではないのだ。

 

「ドビー……。一度しか言わん。よく聞け。ダリアが『継承者』に攫われたやもしれん」

 

逸る気持ちを抑え、私はただ単純な事実をドビーに告げた。

そしてそれは正解だった。今まで怯えるだけだったドビーの表情が一変し、ただ驚いたものに変わった。

 

「勿論間違いである可能性の方が高い。ダリアはマルフォイ家の人間だ。『継承者』がダリアを襲う理由は皆無だ。それに『継承者』は私が……いや、これは今は関係ないことだな。……とにかく、ダリアが今危ない状況にあることは間違いないのだ。あの()()から手紙がきた以上、私はすぐにでもホグワーツに行かねばならん。後はドビー……いかに愚鈍なお前でも、私の言わんとしていることは分かるな」

 

どこまでも愚かな生き物ではあるが、こやつがダリアに対して忠誠心を持っているのも確かなのだ。

私の言葉を受けたドビーの反応は劇的だった。怯えた表情は何処へやら、今は決意を固めたような表情で、

 

「はいです! す、すぐに!」

 

私の袖を掴み、即座に『姿くらまし』を行った。

腹の辺りが引っ張られるような感覚の後、目の前には石でできた廊下が続いており、その先に木の扉が佇んでいる。

 

そこは間違いなくホグワーツの廊下だった。

 

「行くぞ」

 

私は即座に扉に向かって歩き出す。下らん生き物のために数秒を無駄にしてしまった。

半ば走るように足を進める私のすぐ後ろをドビーが付いてきているのを感じながら、私は勢いのままドアを開いた。

 

焦る気持ちのまま辺りを見回すと、部屋の中には4人の人物がいた。

 

一人はこの部屋の主であるミネルバ・マクゴナガル。どこか難しい表情でこちらを見つめている。そして私と同じ理由で呼ばれたであろうウィーズリー家夫婦。愚かにもダリアが小娘を攫ったとでも思っているのであろう二人は、こちらを何か言いたそうに睨みつけている。

 

だがそんな下らない連中に構っている暇はない。

私は三人を無視し、ひたすら暖炉の前に佇むもう一人の人物に目を向けていた。

 

「おお。ルシウスも来たようじゃな。()()()()()早かったのう」

 

そこには私が追放したはずの()校長、アルバス・ダンブルドアが怒りに燃える様な目をしながら、こちらを見つめ返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リドル視点

 

「不死鳥と……それは、『組分け帽子』か?」

 

突然どこからともなく現れた鳥は、紛れもなくダンブルドアのペットである不死鳥だった。

一瞬恐れていたことが現実のものとなったのかと思った。今の僕は()()ただの記憶に過ぎない。今僕がダンブルドアと戦っても、残念ながら万に一つも勝ち目はないだろう。

だから僕は、一瞬追放されたはずのダンブルドアが舞い戻ってきたのかと思ったわけだが……。

 

どうやらそういうわけではないらしい。

 

不死鳥が現れても、ダンブルドア自身が現れる様子はない。

それどころか、不死鳥が運んできたものは……ただの『組分け帽子』でしかなかった。

 

「……ふふふ。あはははは! なんだ! ダンブルドアが君によこしたのは、その鳥と帽子だけか! ハリー! さぞ心強いだろう! 実に安心できたのではないかい! なら、君の力を見せてもらおうか! 君に聞きたいことは全て聞けたからね! 最後に『生き残った男の子』である君が、君の言う最も偉大な魔法使いからの贈り物でどこまで戦えるか見てみようではないか!」

 

やはりあの爺は耄碌したに違いない。まさかこんな鳥と帽子を送っただけで、ハリーが『秘密の部屋の恐怖』に立ち向かえると思うなんて……。もはやダンブルドアも恐れるに足らない。あれはもうただの老人でしかない。彼が偉大だった時代はもう終わったのだ!

 

僕は実に愉快な気持ちのまま振り返ると、サラザール・スリザリンの石像に向かって口を開いた。

 

『スリザリンよ。ホグワーツ四強の中で最も強きものよ。我に話したまえ』

 

僕がスリザリンの血統である何よりの証拠。偉大な魔法使いしか使いこなすことが出来ぬパーセルタングを使い、僕は……バジリスクを解き放った。

 

開かれた石像の口から、『秘密の部屋』に長年()()()()()()()()()怪物が這い出して来る。

 

この光景は何度見ても興奮を禁じ得ない。

人を一睨みで殺すことの出来る怪物。スリザリンの叡智によって造り出された、世界で最も偉大な事業をなすための道具。

それが今、僕の()()()()()()()にある。

 

やはり僕は特別な存在だ……。バジリスクという本物の怪物を、僕以外の一体誰が制御することが出来る? ダンブルドアでさえ不可能だ。

ダンブルドアさえも超越した、真に偉大な魔法使い。

 

それが僕……ヴォルデモート卿なのだ!

 

ダンブルドアはもう耄碌した。確かに、僕は彼のことを倒すべき敵として、僕が越えなければならぬ壁だと認識したことはある。事実彼にはいつも邪魔ばかりされていた。ハグリッドが犯人だと皆がいう中、唯一僕のやったことを見抜いていたのも彼だ。僕の優等生としての仮面は完璧だった。なのに、彼は僕と()()()()()()()()から僕のことを疑っていた。そして僕が怪物を使って女子生徒を一人殺した時など、彼はついに僕への警戒を隠すこともしなくなった。彼は忌々しいことに、いつも僕の真実を見抜いているような視線を送っていたのだ。

それがどうだ。今彼がやったことと言えば、絶体絶命のハリーに古ぼけた帽子を送っただけ。それどころか、彼は今でも違った物を『継承者』と誤認していることだろう。彼はハリーに、ダリア・マルフォイと戦うためにあの帽子を……。

 

『貴方のやっていることはただの誤魔化しだ!』

 

ダリア・マルフォイのことを思い出した瞬間、僕の陶酔した思考に一瞬のノイズが入り込む。

それは紛れもなく、先程ダリア・マルフォイが僕に言い放った言葉だった。

折角いい気分に浸っていたのに、一瞬余計なことを思い出したせいで興がそがれた。

僕はバジリスクが降りてくるのを横目に、そっと人形の方に目を向けた。

 

ダリア・マルフォイ……。今無様に床に転がっている人形は、おそらく未来の僕が造った存在なのだろう。自らの陣営の強化のために。

吸血鬼の他に一体何を混ぜ合わせたのか……。支離滅裂な言葉だったため今は想像するより他にないが、もし、僕の()()の想像が当たっているのなら……吸血鬼と混ぜ合わせたのは、他ならぬ僕の血の可能性がある。

未来の僕は……結局のところやはり僕なのだ。思考回路も僕と全く同じものだ。

なればこそ、もし吸血鬼の血を使って配下を創造するとすれば、自分であれば自らの血でその穢れを濯ぐだろう。もしくは僕の血を吸血鬼の血を使って穢すことで、僕に匹敵しないだけの特別性を備えた配下を創り出すかだ。

 

しかしそれが事実だとすれば……僕は僕自身を馬鹿にしていたことになる。

 

僕の血が入っているのなら、あれはマルフォイ家に相応しくないなんてことは決してない。

僕の中にあるスリザリンの血は、決して何物にも穢されることのない程の偉大な血だ。マグルの血が半分入ったくらいで色あせることはない。それ程に尊い血であるはずなのだ。

 

であるのに僕は……ダリア・マルフォイを純血に相応しくないと言った。

それは紛れもなく、僕自身に返る言葉でもあり……。

 

いや、何を馬鹿なことを考えているのだ。僕は何か致命的なことを考えそうになっている思考を無理やり断ち切る。

そもそも僕とは前提が違う。僕は人間であるのに対し、あれはそもそも人間などではないのだ。

 

そうだ。何を馬鹿なことを考えそうになっているのだ僕は。僕は偉大な()()だが、あれはそもそも人間でも、ましてや亜人ですらない。

あれはただの人形だ。確かに僕の血を一滴でも持っている以上、僕の配下を統率するだけの能力と資格はあるだろう。

だがそれだけだ。所詮は駒に過ぎない。僕の偉大さを世に知らしめるための道具。僕と比べるなど実に烏滸がましい話だ。

 

僕はかぶりを振ると、今度こそハリー・ポッターの方に振り返る。

未来の僕から二度までも逃げ延びた男の子。僕のように特別だからではない。ただその幸運だけで生き延びてきた男の子は……今はただ怯えた表情で立ち尽くしていた。

苛立った心が、それを上回る嗜虐心に塗りつぶされてゆく。

 

可哀想に……。僕から偶然逃げ延びてしまったばかりに、こんな恐怖を味わわないといけない。彼は赤ん坊の時に死ぬべきだったのだ。そうすれば、彼はこうして『バジリスク』に立ち向かう必要もなかった。恐怖もなく、何の苦しみもなく死ぬことが出来たのだ。

だから今度こそ終わらせてあげよう。君の母親の犯した()()()()、今僕が正してあげよう!

 

僕は湧き上がる嗜虐心のまま、床に降り立った『バジリスク』に()()()

 

『あいつを殺せ』

 

パーセルマウスであるハリーには、僕の言った言葉が分かったのだろう。ハリーは目を閉じた状態で、一目散にバジリスクとは反対方向に走り出した。

 

「ははははは! ハリー! さっきまでの威勢はどうしたんだい! 君にはダンブルドアの助けがあるのだろう! なら逃げずに『バジリスク』と戦いなよ!」

 

ハリーのあまりに無様な姿に、僕は思わず笑い声をあげる。

やはり彼が生き残ったのはただの偶然でしかない。こんな情けない少年に、僕の偉大な経歴が傷つけられたと考えると実に腹立たしいが……それももうすぐ終わる。ハリーはバジリスクに手も足も出ず、この『秘密の部屋』で死ぬのだ!

 

そう思い、今まさにハリーにその毒牙を突き立てようとするバジリスクを見やった僕の眼に……信じられないような光景が飛び込んできた。

 

何の役にも立たないと思っていた『不死鳥』の嘴が、バジリスクの眼に突き刺されていたのだ。

 

凄まじい悲鳴が『秘密の部屋』に響き渡る。どす黒い血を目から滴らせながら、バジリスクは苦痛にのたうち回っている。

滅茶苦茶に振り回される尾が偶然『組み分け帽子』をハリーの手元に弾き飛ばしているのを横目に、僕は再び苛立ちながら声を上げる。

 

『鳥にかまうな! 目が潰されたくらいで、僕の命令を果たせないとはどういう了見だ! お前は偉大なるスリザリンに()()()()怪物だ! 目が駄目なら臭いで探し出せ! はやくその小僧を殺せ!』

 

そう命じると僕はバジリスクから目を離し、地面に這いつくばっているハリーの方に視線を戻す。

……確かに、『不死鳥』は強力な助っ人だった。ダンブルドアが何を思ってあの鳥を送ったのかは知らないが、確かに無価値な存在ではなかったらしい。

だがこれで終わりだ。バジリスクの眼はつぶれたが、まだその強力な毒がある。あれに噛まれれば、ハリーは確実に死に至る。『不死鳥』で目は防げても、バジリスクの牙を防ぐ手段はない。

何故ならハリーはまったくの丸腰だか……ら……。

 

僕は目を見開きハリーを見つめる。

 

まさか、あり得ない。そんなもの今まで持ってなどいなかった! いったいどこからそんなものを出したというのだ!

 

僕が凝視する先、そこには『組み分け帽子』を片手に、()()()()()()()を構えたハリーが立っていた。

 

ハリーは丸腰などではなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

それは無我夢中の行動だった。

目を潰されたとはいえ、一切の安心は出来ない。バジリスクにはその巨大な体と猛毒がある。それらは僕を殺すには十分すぎる程のものなのだ。

僕は滅茶苦茶に暴れまわるバジリスクから離れながら、必死な思いで『組み分け帽子』を被った。

 

ダンブルドアが無駄なことをするはずがない。フォークスだってこんなにもバジリスクと戦ってくれているのだ。ならこの帽子にだって、何か意味があるはずなのだ!

 

僕は何か起こってくれと願いながら、帽子を深くかぶった。

 

そして……僕の願いは届くことになる。

突然帽子が重くなったのだ。先程まで何もなかったというのに、今は確実に帽子の中には何かがあった。

 

僕は即座に帽子を脱ぎ、帽子の中に手を突っ込む。果たしてそこには……何か細長いものが存在していた。

 

僕は手に触れたものを一気に引き抜く。これこそがダンブルドアの送ってくれた、それこそバジリスクにだって打ち勝つことが出来る武器に違いない!

 

その考えは正しかった。

中から出てきたものは()だったのだ。

しかもただの剣ではない。眩いばかりに光を放つ銀の剣。柄には卵ほどもあるルビーが埋め込まれたその剣は、持つものに勇気を与えてくれるような不思議な光と力を放っていた。

 

この剣なら、バジリスクを倒すことが出来るかもしれない!

 

剣に勇気を与えられた僕は立ち上がり、それを構えた。視線の先には、少し落ち着きを取り戻したバジリスクが鎌首をもたげている。

 

来るなら来い! 今の僕は逃げも隠れもしないぞ!

決意を胸に剣を構える僕に、バジリスクが口を大きく開き襲い掛かる。人一人くらいなら簡単に飲み込めると思える程大きな口が僕に迫る。

 

その口に向かって僕は……手に持った剣を突き立てた。

 

ズブリといった感触が手につたわる。視線を向けると……僕の高く掲げた剣が、バジリスクの口蓋に深々と突き刺さっていた。

 

『ぎゃあああああああ!』

 

バジリスクの悲鳴が再び響き渡る。口蓋を貫いたのだ。明らかに致命傷のはずだ! やはりダンブルドアの判断は正しかった! この剣はバジリスクだって打ち倒すことが出来たのだ!

そう勝利を確信した次の瞬間。

 

ブスリ

 

肘のすぐ上に強烈な痛みを感じた。目を向ければ、僕の腕にバジリスクの牙が一本深々と突き刺さっていた。

 

それは紛れもなく、バジリスクの猛毒を含んだ牙だった。

僕は確かにバジリスクに勝利した。でも、僕も無傷では終わらなかったのだ。

 

バジリスクが倒れ、僕の腕に折れた牙だけが残される。

 

『ぐが……。が……』

 

床に倒れ伏しただヒクヒクと体を震わせるバジリスクの横で、僕は剣を横に置いて突きたった牙を引き抜く。

体中が熱い。全身に毒が回っているのか、意識も段々と薄らいでゆく。

 

ああ……バジリスクには勝てたのに……。ジニーを救うことは……僕には出来なかった……。

 

満足感と後悔の入り混じった感情を胸に横たわる僕の視界に、うっすらと紅いものが見えた。

 

「フォークス……」

 

それは間違いなく、ダンブルドアが送ってくれたフォークスだった。薄らいでゆく視界の中見えたのは……フォークスが涙を流す姿だった。

 

「フォークス……ごめん……。せっかく君が……頑張ってくれたのに……。僕は……」

 

「ハリー。君はよく頑張った。まさかあのバジリスクを倒すなんて……。()()()()()()、君はよく頑張ったよ。しかし……それももう終わりだ。偉大なるヴォルデモート卿から逃げおおせた君も、ようやく終わる。寧ろ長すぎたんだ。十二年間も君は生き延びてしまった。その代償に、君はそうやって苦しみながら死ぬことになった。下らない母親を恨みながら死んでいくといい……。僕はここで君の最期を見届けさせてもらおう」

 

僕がフォークスに話しかけているのを遮り、酷く不愉快な声が聞こえた。

目を向けると、にやけた表情で僕の前に座り込むトムの姿が()()()()()見えた。

 

こんな奴に負けたのか僕は……。ジニー……ごめん。君をこいつから救えなかった……。

 

僕は段々と()()()()()()痛みの中、そう思いながら目をつぶろうとして……逆に目を見開いた。

 

痛みが消えた! それどころか、意識もはっきりとしてきている!

 

辺りを見回すと、視界も実にハッキリとしている。さっきまで死にかけていたというのに、一体何が!?

そう思い僕は牙が刺さっていた傷を見ようして……傷がなくなっていることに気が付いた。

 

「どけ! 鳥!」

 

トムの焦った声がした。

僕の杖をフォークスに向け何か呪文を放っている。トムは呪文をよけて舞い上がるフォークスを忌々しそうに眺めながら、低い声で呟いた。

 

「忘れていた……。そうだ。不死鳥の涙には癒しの力があるのだ……。まさかバジリスクの毒も消せる程とは……。くそ! 僕としたことが!」

 

トムは悔しそうに表情を歪めた後、僕の顔をジッと見つめながら続ける。

 

「だが結果は同じだ! バジリスクではなく、この僕自ら殺すのだから!」

 

そう叫んだかと思うと、トムは杖を振り下ろそうとした。

しかし、それは未遂に終わった。

どこかに舞い上がったと思っていたフォークスが、僕の前に何かを落としたのだ。

 

僕の足元に落とされたのは……トムの日記だった。

 

僕に迷いはなかった。それが当然のことであるかのように……僕はバジリスクの牙を掴むと、日記帳に()()()()()

 

効果は劇的だった。

日記に牙が突き刺さると同時に、トムが耳をつんざくような悲鳴を上げたのだ。

日記帳からインクがほとばしり、床の一部を黒く染め上げていく。その間にも、トムは悶え、苦しみ、悲鳴をあげながらのたうち回り……消えていった。

 

残されたのは、未だに苦しみの声を微かにあげているバジリスク、息も絶え絶えの僕、そして未だに床に倒れ伏すジニーとダリア・マルフォイだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

「ジニー! 目を覚ましたんだね!」

 

目が覚めた時に聞いた第一声はそんなものだった。

 

確か私は……『継承者』に『失神呪文』をかけられて……

 

眼だけを開け周りの状況を掴もうとする私の耳に、先程とは違った声が届く。

 

「ハリー! あぁ! 私、何度も打ち明けようと思ったわ! で、でも、その度に、もしかして退学になるかもしれないと思うと……どうしても言えなかった! 私が……私が全部やったの! でも、そんなつもりはなかったわ! 全部トムがやらせたことなの! ト、トムは私に乗り移って……だ、だから……」

 

「分かってるよ、ジニー。全部分かってる。大丈夫。ジニーが()()()悪いことはしていないって、ちゃんと分かってるから」

 

どうやら私が寝ている間に状況は動いたらしい。先程から()()の声が一切聞こえてこず、尚且つこんな風に能天気な話が繰り広げられていることから、帝王はおそらくハリー・ポッターが倒したのだろう。先程から聞こえるのはポッターとウィーズリーの末娘の声だけだ。よく見れば、私のすぐそばに私の杖も転がっているのも見えた。

 

本当に愚かな男だ……。私が手を下すまでもなく、こんな少年に負けてしまうのだから。

あんな男が私を造ったなんて……本当に反吐が出る。彼はスリザリンの血をひたすら()()()()()()()()誇示していたけれど、私はそんなものいらない。私が欲しいのは、ただマルフォイ家の血なのだから……。

 

……さて、帝王が敗れた以上、私もいつまでも寝たふりをしているわけにはいかない。そう思い私はそっと起き上がろうして、

 

「もう大丈夫だよ、ジニー。ほら見てごらん! トムはもうこの通りおしまいだ! 日記を破壊したからね! それに、」

 

すぐに計画変更することとなる。意気揚々といった雰囲気で語るポッターから、私の絶対に容認できない言葉が飛び出したから。

 

「『バジリスク』もだ! ダンブルドアが送ってくれたこの剣のおかげで、バジリスクも倒すことが出来たんだ! だからもう、」

 

『ステューピファイ、麻痺せよ!』

 

私は即座に転がっていた杖に飛びつくと、私が起きていたことに驚き目を見開くポッターを()()()()

 

「ハリー! ダ、ダリア・マルフォイ、あなた、」

 

『ステューピファイ』

 

続けざまに何か話そうとした赤毛を黙らせた私は、すぐに辺りを見回して()()を探した。

 

そしてそれはすぐに見つかった。何故なら、それはあまりにも巨大な体をしているから。

 

テラテラとした毒々しい鮮緑色の体。樫の木のように太いその胴体はあまりに巨大で、探す必要もないくらいに目についた。

しかしその体には、以前見た時ほどの力強さはない。以前は力強く地面を這っていた体は、今はただ力なく横たわるのみだった。

 

バジリスクは……明らかに死にかけていた。

 

私は急いでバジリスクに駆け寄りながら叫ぶ。

 

『バジリスク! 生きていますか!? 返事をしてください!』

 

私は横たわるばかりのバジリスクに話しかける。

 

死んでもらっては困る。私はまだ答えを得ていない。私はあなたをずっと探していたのだ! 死ぬなんて結末は許されない!

私の本来の目的は下らない『継承者』なんかではない。私のずっと探してきたのは、この私と同じ怪物なのだ。

だからお願い……私に答えを……。貴方が、いや、私が一体何者であるのか教えて……。

 

そしてそんな私の願いは叶うことになる。

 

『……だ、誰だ? お、俺に、()()()()……パーセルタングなんぞで……話……かけるのは……?』

 

『生きている! よかった! なら死ぬ前に教えてください! ()()()()人を殺したいという衝動はあるのでしょう? それは何故ですか!? 本能からくるものですか? それとも理性からくるものですか? 貴方も私と同じく造られた存在だ! だから、貴方には分かるはずです! 怪物とは何かを! 私達が生まれた意味を! 私達が一体、どういう存在であるかを!」

 

同類と話すことで、私は自分自身のことを少しでも理解できる。私が一体何者であるか、そして家族と一緒にいても大丈夫な存在であるかを。

そう思い、私はずっと願っていた。

私と同じく造られた怪物。そんな同類と話をする機会を得ることを。

 

そして叶った。私はようやく、探し求めていた『バジリスク』と話すことが出来たのだ。

 

 

 

 

でも……私が得たのは、話をする機会だけだった。

何故なら……

 

『小娘……。一体……何を言っている……のだ……? 人を殺したい衝動……? そんなもの……』

 

彼の答えは、私には酷く残酷なものだったから。

 

『俺には……()()……』

 

 

 

 

目を僅かに見開く私のずっと高い場所、それこそ見上げなければ気が付かない場所を、紅い鳥が旋回していた。

 


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