ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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優しい怪物(中編)

 

ダリア視点

 

私はすぐにダフネの瞳から目を逸らし、

 

「……ダフネ、どうして……。どうして……貴女がこんな所に?」

 

ただ困惑しながら、ダフネの突然な登場の理由を尋ねた。

しかし、私は言葉を発したすぐに、何を当たり前のことを聞いているのかと思い直す。

 

ダフネは本当に優しい子だ。私なんかには勿体ないくらい。それに先程の言葉。

 

『ダリア! 迎えに来たよ! 一緒に帰ろう!』

 

これらから考えられる答えなど一つだけだ。

 

彼女は……私を迎えに来て()()()()()()

強化されているだろう警備体制、場所すら定かではない『秘密の部屋』の入り口。様々な困難の中、彼女がどうやってここまで来られたのかは分からないが、最終的に彼女は私をここまで探しに来て()()()()()()

ここは『秘密の部屋』なのに。『秘密の部屋』には『バジリスク』がいるというのに。その上、『バジリスク』を操る『継承者』がいるかもしれないのに。

彼女はそんな危険を顧みず、こんな所まで来てしまったのだ。

 

私を迎えに来る……そんな()()()()ことだけのために。

彼女はもう……私が人間ではないと知っているはずなのに……それでも私を迎えに来てしまったのだ。

 

私にはそんな価値なんてないというのに。私には、そんなことをしてもらう資格なんてないというのに。

『怪物』である私には、そんなダフネの優しさに応えることすら出来ないというのに。

 

「それは勿論、ダリアを迎えに来たんだよ!」

 

それなのに、ダフネは相変わらず、私には()()()()()()温かい声を上げていた。

私が化け物だって知る前と少しも変わらず……ロックハート先生から助け出してくれた時とも変わらず、彼女は私に優しい言葉をかけていた。

 

嬉しくないと言ったら……嘘になる。彼女が私をどう思っているかに関わらず……私に変わらぬ温かさを与え続けようとするダフネの優しい心が嬉しかった。彼女の美しいあり方が嬉しくて仕方がなかった。彼女の傍に()()()()()()()という事実が、私にはとても幸福なことだと思えて仕方がなかった。

 

……でも、だからこそ、

 

「私、ダリアが攫われたって聞いた時、すごく後悔したの……。ごめん。ごめんね、ダリア。私、貴女をずっと独りにしてしまっていた。貴女が苦しい時に、私は貴女に寄り添ってあげることすらしてあげられなかった。だから、」

 

「ダフネ。貴女は何を言っているのですか?」 

 

大好きなダフネの声を、私は酷い言葉で遮った。

 

「貴女が私に寄り添う? 何を馬鹿なことを言っているのですか? 私は貴女と一緒にいたくない。いえ、貴女だけではない。お兄様とだって一緒にいたくない。だから私は貴女たちから離れたのです。それなのに、私に寄り添う? 馬鹿も休み休み言って下さい。わざわざこんな所まで……どうやってここを探し出したかは知りませんが、そんな下らないことで来たのですか? 本当に……迷惑な人ですね」

 

私は嬉しいが故に……苦しかったのだ。許されないというのに、ダフネを遠ざけも近づけもせず、ただ漫然と曖昧な関係を続けていた私の罪を見せつけられているようだったから。彼女を突き放さなかったせいで、彼女を本当に下らない理由で危険にさらしてしまったと思い知らされているようだったから。

 

それに……彼女の言葉は、もう絶対に私には叶わないことだと知ってしまったから……。

私という『怪物』は、もう誰とも一緒にいてはいけないのだと知ってしまったから。

 

夢のように幸せな日々は……()()()()()()()()()()()()になってしまったから……。

 

だから遮った。これ以上ダフネを私という怪物に近づけさせないように。そして……私がこれ以上苦しまないように。

 

でも……。だというのに……。

 

私は()()()()()苦しくなった胸に手を添えた。

どうして……。どうして胸がこんなにも苦しいのだろう。ダフネから今度こそ離れる。出会ったその瞬間から行うべきだったことを、今果たしているだけだというのに。これをしなければ、私はずっとダフネを苦しませてしまうし、私もずっと苦しいだけだ。どんなにダフネのことを好きになってしまったからと言って、私はもう手に入らない未来を見せつけられる方が辛いのだ。自分自身のため、そして何よりダフネのためにも、私は()()()大切な人を遠ざけないといけないのだ。それが大切な人達のためにできる、私に残された唯一のことなのだから。

 

なのに……ダフネが離れてしまう、その可能性を考えただけで、私は今まで以上に胸が張り裂けそうに痛いのだろう。

 

矛盾している。間違っている。こんな気持ち、あってはならない。

自分の気持ちや考えが、私にはさっぱり理解出来ない。自分のことだというのに、私は自分のことを何一つ理解できていない。

 

私が理解しているのは……自分が『怪物』である、たったそれだけの事実だけだ。

バジリスクと話をして理解した、自分が世界にたった一人の怪物であるという、どうしようもない事実をだけだ。

 

しかし、そんな自分自身の考えすら理解出来ていない怪物に、

 

「本当に……ダリアは嘘が下手だね。もういい。もういいんだよ、ダリア」

 

ダフネはただ、微かに笑って応えただけだった。

彼女の瞳に映る温かみは……少しも薄れはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ視点

 

私はずっと、ダリアの秘密に踏み込まないことは、彼女との関係を漫然と続けるためにも必要なことだと思っていた。彼女の秘密にさえ触れなければ、私はずっと彼女と一緒にいることが出来る。そう自分自身を誤魔化し続けていた。

 

でも、それはただ私の勇気が足りないだけだったのだ。

 

どんなに秘密に気が付いていないふりをしようとも、ずっと一緒にいようと願う限り、いつかは彼女の秘密に踏み込まなければならない時が来る。それどころか、今回のように私が秘密を知ってさえいれば防げた事態も起こりうるのだ。私が前に進まなくては、私はこの漫然とした関係性すら失ってしまう。ダリアを永遠に失ってしまう……。

だから前に進むのだ。私は今回の事件で、ようやく前に進む勇気を得たのだ。

 

それに……今私が前に進まなくては……

 

私はダリアの方に足を進めながら、じっとダリアの表情を見つめる。

私の瞳から目を逸らしながら泣きそうに歪められている、その美しい顔を。

 

ダリア……。貴女は本当に賢いのに……自分のことになると、どうしようもないくらい鈍いんだね。

 

私はグリフィンドール二匹を跨ぎながら思う。

おそらく、ダリアは今度こそ私に嫌われようとして、先程の言葉を吐いたのだろう。

彼女の以前言った言葉を思い出す。

 

『いいえ、お兄様、ダフネ。放っておいてください。それが、お兄様のためでもあるのです』

 

無能に絡まれているダリアを助け出した直後、彼女は私達にそんなことを言った。

 

『……もう私の傍には近づかないでください』

 

あのような言葉を言ったのはあの時ばかりではない。私が近づこうとした時、そして……グレンジャーが近づこうとした時、ダリアはいつもそんな不器用な拒絶の言葉を発していた。

ダリアが何を知り、何に悩み続けていたのか、私には分からない。彼女が吸血鬼だと知っても……彼女が人間ではないと知っていても、私はダリアのことを全て知っているわけではないのだ。

でもこれだけは分かる。

彼女は決して、本心から離れたいわけではないのだ。

孤独にならねばと思っていると同時に、彼女はどうしようもなく孤独を嫌っているのだ。そう今なら確信できる。

 

その証拠に……ダリアは今、泣きそうな表情を浮かべていた。彼女自身は……多分気が付いていないのだろうけど……。

私がダリアを傷つけてしまった日、あの時と同じく、彼女はまるで迷子のような表情を浮かべていた。

 

あの時、私は彼女の秘密に土足で踏み込んでしまったことから、ダリアがショックを受けてしまったのだと思っていた。

でも、違った。

彼女は結局、自分の秘密がバレたことに傷ついたのではなく、私が彼女が人間ではないという、()()()()()()()()()()()で離れてしまうと思ったから、あんなにも傷ついていたのだ。

それは私から嫌われようとしながらも、実際はまったく真逆の表情を浮かべていることが証明していた。

 

そして……それでも尚、彼女が頑なに私達から距離を取ろうとしていた理由は、

 

『自分のためというより、僕たち家族のためだ』

 

『お兄様のためでもあるのです』

 

血が繋がっていなくても、心の奥で通じ合っている兄妹の言葉を私は思い出す。

彼女はいつだってそうだった。彼女はいつだって、自分の大切なものを守るために孤独になろうとしていた。

 

あぁ……なんて貴女は意地っ張りで、頑固で、そのくせ寂しがり屋で……優しすぎるんだろう……。

 

どんな理由であるか分からない。彼女が自分という存在を、どうしてそこまで孤独であらねばならないと責め続けているのかは分からない。彼女を孤独から連れ出されることを、彼女が望んでいるかも分からない。

 

でも、私は必ず貴女をここから連れ出して見せる。貴女が嫌がろうが関係ない。私は決めたのだ。必ず貴女を救って見せるって。貴女が孤独であることを嫌がる限り、私は絶対に諦めたりなどしない。

 

だから……

 

「本当に……ダリアは嘘が下手だね。もういい。もういいんだよ、ダリア」

 

私はダリアの精一杯であろう罵詈雑言を無視し、静かに語り掛けた。

薄暗い空間。静まり返る空間に、ダリアの軽く息を呑む音だけが響いていた。

 

「貴女が独りになろうとしていたのは知ってるよ。一年生の頃から、貴女は私と出会ったその瞬間から、私から何とか離れようとしていたのを私は知ってるよ。ううん。私だけじゃない。貴女は会う人間全員を遠ざけようとしていた。貴女の家族以外全員の人間を……。それに……今はドラコからすらも」

 

私はダリアをなるべく刺激しないように、ゆっくりとした歩調で近づいていく。そして、

 

「ドラコはともかく、貴女が秘密を守るために人を遠ざけようとしていたんだよね。それも家族を守るために。でもね……ダリア。実は私……知ってたんだ。ずっと知っていて、黙っていたんだ……貴女の秘密を……」

 

私はついに言ってしまった。私が勇気を持てず、今までずっと隠し続けていたことを。

案の定酷く驚いた様子のダリアに、私は続ける。

 

「ダリア……貴女は吸血鬼なんでしょう? 私はずっと気が付いていたよ。日光に浴びれないことだけが理由じゃないよ。ニンニクの臭いで顔をしかめてみたり、あと……隠れて血を飲んでたり……」

 

そう、私はずっと知っていた。ダリアが吸血鬼だということを。人間ではない、人の血を吸う亜人であるということを。

それでも私は、

 

「でも。それでも、私は貴女のことを怖く思ったことなんてないよ。貴女と離れたいなんて思ったことないよ。だからね、ダリア。もう離れようとしなくてもいいんだよ。私を遠ざけなくても、貴女の秘密は守ることが出来るんだよ。だから、」

 

貴女のことが好きだった。小さい頃から憧れだった少女と、私はずっと友達になりたかった。それは貴女が亜人だったなんて理由で色あせるものではなかった。

だからお願い、私と一緒にいて、孤独になんてならないで

 

そう言おうと思ったのだ。しかし、

 

「それだけですか?」

 

私の言葉は、ダリアの冷たい声に遮られた。

彼女の表情は先程までの驚いたものではなく、酷く冷たいいつもの無表情に戻っていた。

 

彼女の金色の瞳には、先程より深い絶望だけが暗く輝いていた。

 

「貴女が知っていたのは、その程度のことですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

何も知らないわけではなかった……。でも、だからこそ……。

 

確かに、以前からダフネが私の半分に気が付いているのではと疑ったことは何度もあった。お兄様を除けば、ダフネはホグワーツで最も多くの時間を共有する人間だ。ただでさえ日光に当たれないなんてヒントをさらしている中、彼女程私の真実に気付きやすい立場の人間はいない。……私の秘密を隠すには、あまりにもダフネが近くにいることを許しすぎた。

 

でも、それが分かっていても、私は結局彼女の傍にいることを選んでいたのだ。

彼女が私の秘密に気付いているはずがない。気付いているのであれば、必ず彼女は私から離れていくはず。吸血鬼である私から、彼女は必ず逃げていくはずだ。だから今彼女が逃げていないのだから、彼女は決して私の秘密に気が付いていない。

 

そんな都合のいい妄想に、私はずっと縋りついていた。

 

でも違った。実際は、ダフネは私のことに気が付いていながら、それでも私と一緒にいることを選んでくれていたのだ。

私は改めて、自分が傍に居続けてしまった子のことを()()()()思った。

本当に……貴女は勇気があって、優しい子ですね……。私がそんな貴女のことが好きになるのは当然のことだった。

 

でも、だからこそ……絶対に貴女と()()()()()()()()()()

 

ダフネが吸血鬼であることを許容してくれたとしても、私のやるべきことは変わらない。いや、寧ろ私の決意はより強くなった。離別の悲しみを、私の決意が上回ってゆく。

 

彼女は……私の秘密の半分しか知らない。それも、もはや()()()()()思えるような秘密しか。

 

吸血鬼だと気が付いていたからこそ、私の傷がすぐ治った後も、彼女は私に必死に近づこうとしていたのだろう。お兄様と同じく、私の()()()()化け物だと思っていたのだろう。

でも違うのだ。もう私は、ダフネが許容していた以上の怪物であると知ってしまったのだ。以前の関係には……もう戻るわけにはいかない。戻れはしない。

 

……秘密の半分を知って尚私の傍にいてくれる程優しい彼女を、もう私は危険にさらすわけにはいかない。『怪物』のそばに、これ以上いさせてはいけない。

()()()()()()のことで私を許していたダフネに、今度こそ()()を教えてあげないといけない。

 

「貴女は本当に優しく、勇気のある子ですね…。私が吸血鬼だと気づいて尚傍にいてくれたのです。本当に……貴女は私には勿体ない子です」

 

「……ダリア?」

 

訝し気なダフネを無視し、私は続ける。

 

「でも、だからこそ貴女とはもうお別れです。私の秘密の半分を理解していても、私はもう貴女の傍にいるわけにはいかない。だって……貴女は私が吸血鬼だってことしか知らないのですから」

 

「……確かに、私は貴女のことを全て知ってるわけではないよ。でも、それでも私は、」

 

「いいえ、ダフネ。全てを知れば、貴女は私を今までのように許容などしない。いえ、許容してはいけない。私の残りの半分は、吸血鬼以上に悍ましいもので出来ているのですから」

 

そして私は語りだす。家族にも怖くて明かさなかった秘密を。

恐れはない。何故なら、もうダフネが離れてしまうことを恐れる必要がないから。寧ろ離させるために語るのだから。

 

それに……どうせダフネが去った後、私が生きていることはない。

死ぬ前くらい、誰かにこの胸の内に秘め続けていたものを吐き出したかったという思いもあったのかもしれない。

 

私の生まれながらに背負った罪を、誰かに罰してもらうために。

 

「私はね、ダフネ……。貴女の知る通り、吸血鬼です。()()()。でもね、それは私の家族が吸血鬼と子をなしたからではない。私はね……吸血鬼の血と『あるお方』の血を混ぜ合わせて人工的に造り出された生き物なのです」

 

「それってどういう……。造られた? それに……あるお方?」

 

本当の闇を知らないダフネには想像出来ないのだろう。当然だ。いきなり人工的に造られたなどと言われても、訳が分からないことだろう。だから私は一つ一つゆっくりと話すことにした。ダフネが真実を理解し、私から離れることを選択するように。

 

「ええ。貴女も知っている人物ですよ。尤も、その本当の名を口にする人はあまりいませんが」

 

現在魔法界の中で最も有名な人物。善悪に拘らず名を上げるのなら、そんな人物は一人しかいない。最も多くのマグル、マグル生まれ、そして魔法使いたちを殺し、苦しめてきたお方。誰もが恐れ、誰もが知る最も危険な人物……。

 

「皆はその人のことを……『名前を呼んではいけないあの人』と呼びます」

 

名前など言わなくても、それが誰を示す呼称なのか誰でも知っている。あのお方の存在が頭をよぎった瞬間、ダフネの瞳に今度こそ明確な恐怖が宿っていた。

 

それはやはり、私がマルフォイ家には相応しくないことを示していた。

 

「ま、まさか!?」

 

「ええそうです。私は『闇の帝王』によって造られた、人を殺すための怪物です」

 

私はただ淡々と続ける。

 

「お父様は仰っていました。私はこの世からマグルや穢れた血を一掃するために、『死喰い人』の上に立つ存在として造られたのだと。……私のこの体に、一滴もマルフォイ家の血は流れてはいない。私を構成しているのは、そんな人を殺すことを前提としたものばかりなのです。吸血鬼の血は、おそらく強靭な肉体と再生力を与えるために」

 

手袋は外したままだ。私は近くに転がっていた石ころを一つ掴むと、軽く握りつぶした。多少手のひらに傷が出来たが、瞬く間に塞がっていた。『魔法薬学』でダフネに見られた時と同じように。

 

「そして吸血鬼の血に『帝王の血』を混ぜ合わせることで、私は最高の純血たるスリザリンの血を与えられた。帝王は自身に流れる『偉大な血』とやらで、私に『死喰い人』を超える力を与えたかったのでしょう」

 

「……」

 

ダフネは突然突き付けられた事実に言葉も出ない様子だった。先程から、何か言おうとしては口を閉じるという行動を繰り返している。

無理もない。ホグワーツに入学してからずっと、彼女の隣に『帝王』の血が混ざった得体のしれない化け物がいたのだから。『闇の帝王』への恐怖を植え付けられている魔法界の人間には、吸血鬼のことなど些末な事実にしか思えないことだろう。

 

でもまだ足りない。()()()()()()、ダフネは私を心から嫌ってはくれない。ここまでの事実はマルフォイ家の人たちも知っていることなのだ。彼らと同じくらいの優しさを持ち合わせているであろうダフネが、これだけで離れてくれるとは思えない。

だから私は……決定的な真実をも告げることにしたのだ。

 

大切な人達の傍に、私が絶対にいてはいけないことを意味する真実を。

 

「それに……帝王が与えたのは、この人間ですらない体だけではなかったのです。肉体だけ造っても、中は満たされていない。だから彼は私の中に入れたのです。ただの無機物でしかない、ただ肉体の中を満たす為だけの代用品を……。魂とも言えない……無機物の何かを……」

 

先程までこの場にいた『闇の帝王』の言葉を思い出す。

 

『君の魂は人間のものではない。ただの無機物だ。肉体を動かすためだけに、ただ肉体の中を満たす為だけにある代用品のようなものだ』

 

他でもない、私を造った人間がそう言ったのだ。なら、彼の言葉はそのままの意味なのだろう。私の魂のようなものは……人間のものではなかった。

それもそれどころではなく……。

 

私は一瞬地面を盗み見る。『秘密の部屋』の床は水浸しで、まるで鏡のように私の姿を映し出していた。

その中に、一瞬だけ()()()と同じ光景が見えたような気がした。

 

「この代用品は……この世に生み出された瞬間から汚染されていたのです。何かを殺すことが……人を殺すことが楽しいと思うような……そんな穢れたものだったのです。『帝王』がそうなるよう造ったのではない。私は……私という『怪物』は……私自身だからこそ、人を殺したいと思っている。貴女も見たことがあるはずです。私がそこに転がっているウィーズリーの末娘を殺そうとしていたところを……」

 

「……ダリア、何を言っているの?」

 

ダフネが何やら声を上げていたが、私は聞いてはいなかった。あふれ出した懺悔は、もう止めることなど出来ない。

もう疲れてしまったのだ。大切な人からすら秘密を守り抜くことに。私自身を恐れ続けることに。

 

これからも、秘密に怯え続けて()()()()()()……。

 

「『闇の帝王』が私に人を殺させるために、このような悍ましい感情を与えたのだと私は思っていました。でも……違った。人殺しを目的に造られたとしても……本当に人を殺したいと思わされているわけではなかったのです……。その証拠に『バジリスク』は人を殺したいと等思っていなかった」

 

ダフネから視線を外し、私は後ろに振り返る。そこには変わらず、『バジリスク』の死体が横たわっていた。

 

「私はね……貴女やお兄様と離れている間、ずっと彼を探していたのです。ポッターが()()()()『パーセルマウス』だと知った時、怪物の正体が『バジリスク』だということにも気づくことが出来ましたからね。『バジリスク』と言えば、人を一睨みで殺せる怪物の代名詞。しかも人を殺すために造られた怪物……。私と同じ存在だと思ったのです。彼なら教えてくれる。私が何者であるか。私はどのような存在で、何故生まれてきたのかを……」

 

私はそっと彼の死体に触れながら続けた。こんなことしても、もう意味などないというのに。そこにはもう、救いなどなかったというのに。

 

「でも前提そのものが違っていた。彼とようやく話す機会を得た時……彼は私に言いました。自分は人を殺したいと思ったことは一度もない、と……。ただ私のようなスリザリンの血が入っているものに命じられているから……ただ操られているから、結果的に人が死んでいるだけなのだと。私とは全く違っていた……。同じく人を殺すために造られたというのに……私とは違い、人を殺したいという衝動はなかった。彼は怪物ではなくただの『バジリスク』だった……。怪物は……私だけだった」

 

私は決してダフネの方を振り返らなかった。振り返らずとも、彼女の表情がどうなっているかなど()()()()()()()()

私の大好きな明るい表情ではなく、私に心底恐怖した表情になっていることは想像に難くなかった。

 

「私が世界でたった一人の怪物である以上、私が自分を制御する術を学ぶことは出来ない。私が11年間気付くことすら出来なかった、この悍ましい衝動を抑えることは決して出来ない。だからね……ダフネ。貴女とはここでお別れです」

 

いよいよ終わりの時が来る。どんなに後悔したところで、幸福だった時間にはもう戻れない。

 

「私が自身を制御しきれない以上、私は貴女たちの傍にいることは出来ない。私はマルフォイ家の家族を……そして貴女を傷つけたくなんかないのです。でも、私が私でいる限り、いつか私は貴女を傷つけてしまう。私は怪物だから……。どんなにあなた達を守りたいと思っても……私は怪物である限り、いつかはあなた達のことだって殺したいと思ってしまうことでしょう。だから、」

 

だから心置きなく、私をここに残して逃げてください。怪物を恐れるのは間違ったことではない。私から逃げたって、貴女は決して後悔してはならない。

 

そう私は続けようとしていた。しかし、

 

「ダリア! 貴女は間違ってる! そんなの絶対におかしいよ!」

 

今度は私の言葉が、ダフネの叫び声によって遮られることになる。

 

私は決して振り返りはしなかったが、彼女の声音から、彼女が怒っていることだけは感じ取っていた。

彼女は、私が今まで感じたことがない程怒り狂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ視点

 

私は今猛烈に怒り狂っていた。でも正直、一体何に対して怒っているのかはよく分からなかった。ただ心の奥底から、怒りとしか言いようのない激情が湧き上がり続けていたのだ。

怒りの対象はここまでダリアを追い詰めたダンブルドア、それか上にいるダリアを疑い続ける有象無象達のような気もしたし、彼女を造ったという『闇の帝王』に向いているような気もした。そして……他でもない、私に真実を教えてくれたダリアに、若しくは彼女をここまで放置してしまった私に向いているような気もした。

 

何もかもが間違っている。ダンブルドア、生徒達……そしてダリアや私すらも。

 

私は湧き上がる怒りのまま、声を荒げながら叫んだ。

 

「貴女は怪物なんかじゃない! 確かに、貴女の秘密はすぐには信じられないようなものばかりだよ! 『あの人』が造ったって言われても、馬鹿な私にはすぐに理解できないよ!? それに、貴女の魂が魂じゃないって言われても、私には何のことだかさっぱりだよ!? でも、それでも、これだけは私にだって分かる! 貴女は怪物なんかじゃない! だから貴女の言っていることは間違ってる!」

 

そこまで叫び終えた時、今までこちらに背を見せていたダリアがようやく振り返った。

しかし、その瞳に映る絶望は決して薄らいではいなかった。それにやはり、ダリアは決して私の瞳を直視しようとはしなかった。

 

「……何も間違ってはいませんよ。貴女は突然のことに理解が追いついていないだけです。無理もありません。貴女は純血貴族とはいえ、私のような『闇』とは無関係な存在なのですから。ですから、もう一度言ってあげましょう。私は『闇の帝王』に造られた怪物です。それも人を殺すために造られた、人を殺すことに喜びを見出すような怪物です。そんな私はいつか貴女たちを、」

 

「分かってないのはダリアの方だよ! 貴女が『あの人』に造られたとか、人を殺したいと思ってるとか、そんなことは()()()()()()! 私が間違ってると言ってるのは、貴女が私やドラコをいつか傷つけるってことだよ! 私は断言できるよ! 貴女は間違っている! 貴女は絶対に私やドラコを傷つけない、殺さない! 貴女は怪物なんかじゃないんだから!」

 

彼女の秘密のもう半分は、確かに『吸血鬼』のことなんてどうでもよくなるようなものばかりだった。ダリアの秘密が『吸血鬼』だけではないと分かってはいたけれども、あまりの内容に頭がついていききれていないのが正直な感想だ。頭の中は、衝撃的な事実の連続でぐちゃぐちゃだ。

『例のあの人』の血が混じっているなど、下手すれば『吸血鬼』以上に化け物扱いされることだろう。それどころか、『例のあの人』自らが人を殺すためだけにダリアを造ったというのなら、それがバレた時はもはや完全に化け物として見られてしまうことだろう。

何より彼女が、生き物を()()()()()愉しみを見出していることも間違いではない。トロールやピクシーを殺した時に彼女の見せた笑顔は、それをどうしようもなく証明するものだった。……きっと私が止めなければ、ジネブラ・ウィーズリーを殺した後も、彼女は同じ笑顔を浮かべていたことだろう……。

 

でも、それが何だと言うのだ! 

私は理由もよく分からない怒りに突き動かされ、心の中で叫び続ける。情報整理を仕切れず、頭の中がぐちゃぐちゃな状態でもこれだけは分かり切っている!

それは全く怖くないかと言ったら、私だって()()()怖いとは思う。でも、それが理由でダリアから離れるなんてことはあり得ない!

ダリアが生き物を殺しても、人を殺したことは一度だってないのだ! それに彼女が生き物を殺したのだって、最終的にダリアが楽しんでいたとしても、きっかけはいつも大切な人を守るための行動だった!

トロールは……悔しいことにハーマイオニー・グレンジャーを守るために。ピクシーは、兄であるドラコを守るために。そしてウィーズリーは……家族との時間を失った悲しみ故に。

いつだって彼女は、大切な人が切欠で行動しているだけだったのだ。

 

殺すことを愉しんでいようと関係ない。行動の切欠がいつも彼女の『優しさ』から来ているものである以上、私は絶対にダリアを怖がったりなんかしない。だって彼女の殺意の切欠が『優しさ』なら、その殺意が私やドラコに向くことなどあり得ないのだから。

それに、ダリアは殺しを愉しんでいると同時に、殺しに対して罪悪感を感じているのだ。

 

『何かを殺すことが……人を殺すことが楽しいと思うような……そんな()()()ものだったのです』

 

なら、彼女は怪物なんかじゃない! 彼女はただの賢くて優しい、私の憧れの女の子なのだ! ダリアはいつだって殺しを愉しみながら、それ以上に強い罪悪感を感じているのだ! 彼女は人を殺したことはないし、これからも殺すことはない! それだけは馬鹿な私にだって分かる! だからこれ以上、私の大好きな()()を見当違いなことで馬鹿にするな! 

 

そう心の中で叫び終えた瞬間、ようやく私は自分の怒りの根源が分かった気がした。

 

ああ……そうか。私はただ、ダリアが馬鹿にされたのがどうしても許せなかったのだ。

 

未だに湧き上がる怒りの中、私はどこか静かな思考で考える。

私は、大切な友達であるダリアが馬鹿にされたことに腹を立てていたのだ。優しいダリアが、ただ生き物を殺すことが好きだというだけで危険人物扱いされることに、私は我慢できなかったのだ。その対象はダンブルドアであり、生徒達であり……そして何より、自身を責め続けるダリア自身でもあり、こんな馬鹿な考えを声高に否定してこなかった私自身でもあったのだ。

 

でも、怒りの正体が分かったところで、ダリアに思いが伝わったわけではない。ダリアは相変わらず暗い瞳で、私をぼんやりと見つめていた。

 

「いいえ……私は怪物です。私はいずれ貴女達すら傷つけてしまう怪物です。それはどんなに優しい貴女が否定しようとも、決して覆らない事実なのです。だから……そんなに、私に優しくする必要はないのですよ」

 

ダリアの声は静かで、でもどこまでも優しく、自分自身のことを諦めきっていた。

私の我慢の限界はそこまでだった。ただでさえ焼き切れていた理性がはじけ飛ぶ音がした。

 

「だったら、今すぐ私を殺しなよ!」

 

気が付けば、私のかつてない大声がダリアの話を遮っていた。

あまりにもダリアの言い分に腹が立っていたため、自分でも何を言っているのかよく分かってはいなかった。

 

「私は貴女の秘密を全部知ったよ! 他でもない、貴女自身が全部話してくれたからね! どんなに私が馬鹿だって、貴女の言った秘密を言いふらすことくらいは出来るよ!」

 

私は高すぎて見えない天井を指さしながら続ける。

 

「私は上に行けば、そのままダリアのことを話すかもしれないよ! だから、早く私を殺しなよ! 今ここで殺せば、全部そこの『バジリスク』のせいに出来るよ! ポッター達の話とかみ合わなくなるかもしれないけど、ならポッター達も今殺せばいいじゃない! さあ、はやくやりなよ! 貴女は人殺しが好きな怪物なんでしょう! なら出来るよね!? こんな絶好の機会はないよ! 貴女が本当に人を殺すことに楽しみしか見いだせない怪物なら、こんなチャンスを逃すはずなんてない! だから、さあ! はやくやりなよ!」

 

私は捲し立てるように言い放つと、手に持っていた杖を投げ捨て、ダリアが放つかもしれない呪文を受け入れるかのように手を広げた。

呪文が飛んでくるはずがないという確信はある。でも同時に、来てもいいとすら思える程、私の心は今煮えくり返っていた。彼女に殺されるなら本望だ。悲しむかもしれないけど、恨みは絶対にしない。それはただ、優しいダリアをそこまで追い詰めてしまっただけのことなのだから。

 

でも……やはり呪文が飛んでくることなどなかった。

 

「な、何を!? 自分が何を言っているのか分かっているのですか!? 私は怪物です! 私にそんなことを言ったら、」

 

「だから言ってるでしょう! 貴女は怪物なんかじゃない! 貴女自身がいくら言い張ろうとも、私はいくらだって、いつまでだって否定し続けてやる! それでも自分が人を殺したいだけの怪物だっていうなら、証明してって私は言ってるの! 言っておくけど、私は本気だからね! 貴女がここに独りで残るって言うなら、私は必ず貴女の秘密を言いふらしてやる! 貴女に『あの人』の血が混じってるって、私は言いふらしてやる! そしたらドラコにだって迷惑がかかるよね! マルフォイ家の人たちが、『吸血鬼』だけじゃない、『あの人』の血筋を匿ってたって騒がれるよ! だからほら、やれるものならやってみなよ! やれって言ってるでしょう!?」

 

そこまで言うと、ようやくノロノロとダリアは杖を構え始める。私の言うことに半信半疑なのか、酷くうろたえたような動きをしている。

彼女の葛藤が手に取るように分かった。私がダリアの秘密を言いふらすということが嘘であると、ダリアも分かっているのだろう。

でも()()()()()()可能性は、決してゼロというわけではない。何より、彼女の大切な家族に危害が加えられると宣告されてしまえば、たとえそれが冗談であっても、彼女がそれを許容することはあり得ない。

自分を誰からも恐れられる存在だと()()()()()()()ダリアは、私が恐怖の末こんな行動をとることもあるかもとでも思っているのだろう。私への信頼と、自分への嫌悪感とで揺れているのが見えるようだ。

だからこそ、彼女は今()()()杖を構えようとしているのだろう。

 

ダリアは……ゆっくりと杖をこちらに向けようとして、そして、

 

「冗談は止めてください……。なんで……なんでそんなこと言うのですか?」

 

結局……杖を私に向けきることなく、即座に下していた。

迷子のような泣き顔は少しも変ってはいない。でも、彼女の瞳の色は……絶望から、当惑へと変わっていた。

 

 

 

 

私の思った通り、ダリアは私に杖を向けることさえ出来はしなかった。

 


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