ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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閑話 選択授業

 

 ダリア視点

 

 ポッター達が『継承者』を打ち倒し、そのお祝いとして期末試験がキャンセルされようとも……決して学生が勉強をしなくていい理由にはならない。

 O.W.L試験やN.E.W.T試験を控える上級生は勿論、まだまだ学校生活始まったばかりの二年生も例外ではない。これからもまだまだ学生生活は続いていく。来るべき輝かしい将来のため、日々の勉強もさることながら、来年からのことも考え、悩み、そして選択しなくてはいけない。これから先一体どういった職業に就くかをも決める重要な選択。

 

 それが私達に与えられた、期末試験以上に重要な課題……来年の選択科目を決める時間だった。

 

「『占い学』、『数占い学』、『魔法生物飼育学』、『古代ルーン文字学』、それと……『マグル学』。全部で5個だね。何と言うか……少ないようで多いね。将来に直結していると考えると何だかどれも取っておいた方が良さそうと思えるのに、実際取れるのは二つか三つだもんね。占い学、数占い学、マグル学。この三つなんて同じ時間にあるし。魔法生物飼育学と古代ルーン文字学と後一つで、三つ授業を取ろうと思えば取れるけど……」

 

スリザリン談話室で、ダフネが科目のリストを見つめながら唸る。ダフネは三つ授業を選ぶことも視野に入れているようだが、大多数の勉強がそこまで好きでない生徒達は二つの授業で悩んでいることだろう。私の横に座るお兄様も悩んでおられるのかリストと睨めっこしている。今談話室に私達しかいないため分からないが、きっと他の生徒も今頃悩みぬいていることは想像に難くなかった。

 しかしそんな中で、

 

「ダリアはどの科目を選ぶの?」

 

「私は数占いと古代ルーン文字学です」

 

 私は早々に科目を選び終わり、呑気にお茶を飲んでいるのであった。そもそも私にはこの課題はあまりにも簡単すぎるのだ。何故なら、

 

「すごいね、ダリア。もう選んじゃったの!? 私なんて中々決められないのに……。どうやって決めたの?」

 

「消去法です」

 

 私に選べる科目がまず二つしかないのだから。選べと言われても、選べる科目が二つしかないのなら選びようがない。

まずマグル学。純血主義を掲げるマルフォイ家である私が、この科目を選べば周りに何と言われるか分かったものではない。実際は純血主義でも何でもない私にとって、マグル学自体は興味が尽きないものではある上、学べるものなら学んでみたいのは山々である。だが、私はともかくマルフォイ家が馬鹿にされるような事態だけは避けなければならない。

 そして魔法生物飼育学。魔法生物を扱う関係上、全部が全部屋内で授業が行われると言うことはないだろう。当然屋外での授業があるどころか、それがメインになることだろう。であるならば、私が選択出来る道理はない。私の半分が吸血鬼で構成されていることがダフネにバレているとしても、それが他の人間にバレていいという理論にはならないのだ。言うならばダフネは例外。ダフネは()()()()()()いいのだ。

 

 この二つが除外される以上、残るは占い学、数占い学、古代ルーン文字学の三つしか選択肢はない。そして占い学と数占いは同じ時間にあるならば、この二つのどちらかと古代ルーン文字学を選ばないといけないわけであるが……占い学は正直論外だった。占いや予言自体を馬鹿にするつもりはないが、如何せんセンスに頼りすぎるところがある。センスがなければ全く学ぶ価値のない学問であるし、センスがあったとしてもそもそも私にはあまり興味が持てるようなものではない。昔お兄様と戯れに紅茶占いをしたことがあるが、自分で見た自身の未来が、

 

『不可避の破滅』、『死をもたらす災い』

 

 などという暗いものばかりだったので、私には面白くも何ともなかったのを覚えている。あの未来が当たっているのかどうかは知らないが、理由も過程もなく結果だけ示されるのはどうにも性に合わなかった。

 その点、数占いは理由は分かるからまだましだ。寧ろ興味深いと言ってもいい。確率論的な要素が、未来の不確実さを匂わせていて尚気分がいい。未来なんて確定しても何もいいことはないのだ。明るい未来なんて少しも想像できない私には、少しくらい不確定な方が希望が持てる。

 

 結果私が選んだのが数占いと古代ルーン文字学というわけだった。

 占い学以外の全てに興味があったが、これはこれで悪くない選択だと思う。消去法で残ったのが、全く興味もないどころか興味が尽きない科目だったのだから。選択肢があったとしても、私は結局はこの二つを選んでいたことだろう。

 

しかし、どうやらダフネとお兄様には私の選択方法がお気に召さなかったらしく、

 

「ダリア……」

 

とても悲しそうな表情でこちらを見つめ始めていた。私の短い一言で、私の考えに気が付いたのだろう。ダフネに至っては涙目にすらなっている。最初から選択肢のない私を憐れみ、尚且つそんな私の前で悩み続けていたことを後悔している様子だった。

 

……言葉足らずでした。

私が二つしか選べなかったことを悔しく思っていると誤解させてしまったらしい。早く誤解を解かなくては。

私は二人の表情の変化に気付くと口早に言った。

 

「いえ、そんな顔をしないで下さい。確かに家や体の影響で、私は最初から二つしか選ぶことは出来ませんでしたが……別に後悔もありませんし、悲しくも思っていませんよ。寧ろ悩まずに済んだことが有難いくらいです。占い学以外はそれなりに興味は尽きませんが、古代ルーン文字学は初めから興味がありましたし、他の科目もどれかを選べと言われればやはり数占いを選ぶと思いますよ。何だか性にあってそうな学問ですしね」

 

そう言って慰めるのだけど、それでもまだ思うところがあるらしい。ダフネはより悩ましい表情に変わっているし、お兄様に至っては、

 

「……僕も古代ルーン文字学と数占いを選ぼう」

 

そんなことを言って、リストの私と同じ欄にチェックをつけようとしていた。

言葉通り自分の選択に何の後悔もしていない私には、当然そんな見当違いの同情に基づいた選択を許容できるはずがない。勘違いでお兄様が道を誤ってしまえば、私はお父様とお母様に顔向けできない。

私はお兄様が本当に選択してしまう前に声を上げる。

 

「駄目ですよ、お兄様。言ったでしょう。私は別に後悔なんてしていません。これでよかったとさえ思っています。お兄様が変な同情をする必要はないのですよ。私のことはお気になさらず、お兄様はお兄様の将来に必要な科目を選べばよいのです」

 

私の言葉を受けお兄様はどこか思い悩んだ表情を一瞬浮かべていたが、最後には一応納得してくれた様子だった。未だ思い悩むダフネを横目に、初めのただ選択肢の多さに困っている表情に戻りながら呟く。

 

「だがなダリア……。将来に必要な科目って言われてもそれが一番難しいんだ。ダフネが言っていた通り、考えたらどれも必要な気がするしな。僕もダリアと同じでマグル学と占い学だけは選ばないつもりだが……。それでも数占い学、魔法生物飼育学、古代ルーン文字学の三つある。この中から一つ削れと言われてもな……」

 

「そうですね……」

 

……どうやらお兄様に三つの授業を選ぶという選択肢はないらしい。

私は片手に持っていた紅茶を置きながら、お兄様のリストをのぞき込みながら話す。

 

「そもそもお兄様の夢は、お父様の跡を継いで魔法省高官になることで間違いないですか?」

 

「……ああ、そうだな。僕はマルフォイ家長男だからな。当然のことだ」

 

マルフォイ家であることを誇りに思っているお兄様ならそう言うと思っていた。でも、それなら三つとも選べばいいとも思うが、実際二つしか選んでいない私は人のことを言えない。

胸を張るお兄様に微笑みながら、私はリストを指し示す。

 

「でしたら、古代ルーン文字学と魔法生物飼育学がいいでしょうね。数占いは占い学よりかは学術的であるとはいえ、占いという範囲であることは間違いないですからね。二つ選ぶなら、これ以外の方がいいでしょう」

 

「……その通りだな。よし、僕はその二つを選ぶとしよう」

 

思いの他早くお兄様の選択は終わってしまった。考えてみるとお兄様も私と同じような立場なのだ。人間であるという点は決定的に違っているが、マルフォイ家としての立場はあまり変わらない。それどころかお兄様の方がマルフォイ家跡継ぎとして下手な選択は出来ない。お兄様もそれなりに消去法で選ばないといけないのだ。

まぁ、過程はともかく決まったことに間違いはない。私は今度はダフネの方に向き直った。

 

「……ダフネはどの科目を選択するんですか?」

 

「……」

 

しかし応えはない。相変わらず思い悩んだ表情でリストを見つめ続けている。そんな彼女に再び声をかけようとして、

 

「ダフ、」

 

「……ねぇ、ダリアは体や家のことはともかく、占い学以外の科目には全部興味があるんだよね?」

 

ダフネの質問に遮られてしまった。私は唐突な言葉に戸惑いながら応える。

 

「……まぁ、そうですね。興味がないと言えば嘘になりますね」

 

別に隠す必要もないため素直に話す。どの科目に興味を持っていたとしても、どの道選べるのは二つなのだから。

ダフネは私の言葉を受け暫く考え込んでいたが、ふと顔を上げ、

 

 

 

 

「……決めた。私、魔法生物飼育学と()()()()を選ぶよ」

 

 

 

 

そんなスリザリンでは考えられないようなことを言い始めたのだった。

 

「魔法生物飼育学はともかく、マグル学を……ですか? 貴女も知っての通り、この寮は純血主義のスリザリンです。それなのに、貴女はどうしてそんな科を?」

 

おそらく、スリザリンでマグル学を選ぶ人間は誰もいないだろう。そもそも最初から選択肢として考えてすらいないに違いない。だからスリザリン内でマグル学を選ぶのは……とてつもなく勇気のいることだった。下手すれば寮内でつまはじきに遭う可能性すらある。

ダフネがそんなこと分かっていないはずがない。彼女なりの考えがあってマグル学を選ぶと言っているのだろう。私も私でダフネがいじめられるようなことがあれば、犯人を()()してでも解決するつもりであるが、だからと言ってすぐに納得できる話ではなかった。

訝しがる私に、ダフネが先程とは打って変わった明るい表情で話し始めた。

 

「理由は簡単だよ。だって、私も占い学以外の科目には興味があるからね。ダリアと同じ授業を受けられないのは残念だけど……これで私とダリアで占い学以外は全部網羅できるようになるよ! 将来に影響するって言っても、どれも勉強していれば関係ないだろうしね。それにマグル学を選ぶ人間がスリザリンにいないからって、それですぐに私が嫌な目で見られることはないよ。まあ、見られたところでどうってことはないけど、例えば『マグル学を学ぶのは、マグルがいかに愚かであるか再確認するため』なんて言っておけば簡単に騙されると思うな。ちょっと変わり者って思われるだけだよ。それは今更だから大丈夫! ダリアが『継承者』だって騙されるような連中だから、また簡単に騙されてくれるよ。だからね、ダリア。一緒に教えあいっこしよう?」

 

それは酷く魅力的な提案であった。確かにそれならば、私とダフネは全ての科目を勉強することが出来る上に、自由時間に一緒にいられる時間をより増やすことが出来る。授業時間は別々になるが、そもそも授業の間はおしゃべりしたり、()()()()()()()()()()出来ないのだ。ならいっそのこと別々の科目を取って、それを復習がてら教えあいっこした方がよほど有意義な時間を過ごすことが出来る。

 

でも、

 

「……ダフネ。貴女の提案は嬉しいし、とても魅力的な提案です。でも、それで本当にいいのですか? 貴女は本当にその二つに魅力を感じているから……その二つが、他のものよりも興味深いから選んでいるのですか? それに、どんなに言い繕おうとも、スリザリン内でマグル学を選ぶのは非常に危険です。そんなこと賢い貴女なら分かっていないはずはないと思いますが、本当に理解したうえで選んでいるのですか?」

 

私はダフネの提案に飛びつくことは出来なかった。

ダフネが私への同情や負い目という、愚にもつかない安直な理由で科目を選択したのではないとは分かっている。でも、少なからず私の科目が、彼女の選択に影響しているのは確かだった。なら私は親友として、彼女の行動を縛ってしまうなんてことは嫌だ。彼女は彼女のために行動すべきなのだ。彼女の足を引っ張るのではなく、彼女と対等な存在としてありたい。

そんな思いを乗せ私は言葉を紡いだのだが、ダフネは臆することなく返事を返してきた。

 

「……ダリアの言いたいことは分かるよ。そりゃ、貴女の選択が影響しなかったかと言ったら嘘になるよ。でも、それだけが全てではない。貴女が数占いとルーン文字を選んでいたから、()()()で魔法生物飼育学とマグル学を選んだんじゃないよ。私は勉強は好きだけど、その中でも今まで全く知らなかったことを学ぶのが好きなの。数占いとルーン文字は興味は尽きないけど……私の中では、他の二つに比べると真新しさが欠けているんだよね。その点私の選んだ二つは、今までのどの科目とも全く違うものだからね。マグル学に至っては、何を学ぶのかすら見当もつかないのがいいよね。だからダリアが数占いとルーン文字を選んでくれたおかげで、私は大手を振ってこの二つを選べるくらいだよ。ルーン文字の時間も選ぶことは出来るけど、そうしたら他の勉強をする時間が削られてしまうからね。ダリアより先生の方が授業が上手いとも思えないし。ダリアに教えてもらえると思って、未練なく二つを選ばずにすむからね」

 

ダフネのあっけらかんとした言葉は続く。そして、

 

「それに、スリザリンの皆のことはそんなに心配しなくてもいいと思うよ。何だかんだ言って全員が純血っていうわけじゃないし、私はグリーングラスだしね。マルフォイ家より格は落ちるけど、聖28一族だからね。表立っては皆文句は言わないよ。……『継承者様』の親友を傷つけられるような勇気ある人がいるとも思えないしね」

 

ダフネはそう、最後に悪戯っぽく笑って締めくくったのだった。

 

……本当にずる賢くて……大好きな親友だ。

 

最後の言い訳はどうかと思うが、ダフネの言うことも一理ある。ダフネが万が一いじめられるようなことがあれば、私も『継承者』として脅してやろうと思った。どうあっても『継承者』として疑われるなら、これくらいのことで利用してやっても構わないだろう。

ダフネの選択に納得し、ただ嬉しさだけが残った私はそっとダフネの方に身を寄せながら笑いかける。新しい授業が増えること以上に、来年がさらに輝かしく幸福な年なのではとさえ思えてくる。

 

こうして全員の来年の選択は終わり、今日も楽しい三人でのお茶会が始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラコ視点

 

屈託なく笑うダフネと、一見いつも通りの無表情に見えて、いつになく明るい笑顔を見せているダリア。繰り広げているのは何でもない会話でありながら、二人とも本当に幸せそうな表情をしている。

取るに足らない、何の変哲もない日常の一幕。

 

でもこれこそが……ダリアがずっと求めながらも諦めていた光景なのだろう。

これこそがダリアのずっと欲しがっていた……友達というものなのだろう。

 

僕は目の前に広がる微笑ましい光景を見つめながら、何となく昔のことを思い出していた。

 

 

 

 

それは僕達が6歳になった時。純血貴族の伝統である『お茶会』が開催される前日の出来事。

僕は明日出来るであろう友達に期待を寄せながら、いつも通り書庫で本を読むダリアに興奮しながら尋ねていた。

 

「なあ、ダリア。明日の『お茶会』では、父上の選んでくださった()()に会えるんだよな?」

 

「……ええ、そのようですね」

 

しかし反応はあまりよくはなかった。気のない返事。本から一切顔を上げることはない。僕はそんなダリアの様子に気付くことなく続ける。

 

「どんな奴なんだろうな。ダリアはどう思う?」

 

浮かれていたのだ。ダリア以外の、初めて会う同年代の人間に。そこには夢と希望()()が詰まっているのだと、世界を知らない僕は無邪気に信じ切っていた。

 

でも、ダリアは知っていた。

自分が人間ではないと知ったあの日から、ダリアは決して世界が綺麗なものだけで出来ているのではないと知っていた。夢と希望もあるが、そこには打算や目的と言ったものも確かに含まれているのだと。

だからこそダリアは諦めていたのだ。いや、諦めるしかなかったのだ。

綺麗なものを守るためには、他者の打算はダリアにとって危険過ぎるものだから。

 

ダリアは本から顔を上げ、無表情に隠しようのない悲しみを湛えながら呟いた。

 

「……お父様がお選びになったということは、おそらく純血貴族の子供でしょうね。躾も()()()()()行き届いてはいるでしょうから、()()()()()()は務まると思いますよ」

 

「……いや、僕だけのじゃないぞ。お前にも紹介されるんだからな」

 

「いいえ。私には友達なんて必要ありませんよ。近づけば近づくほど、私の秘密が漏れる可能性がありますからね」

 

そう言ってダリアは、再び本に視線を戻してしまった。話はこれで終わりだと、いつも僕の話に最後まで付き合ってくれることからは考えられないような態度だった。

そんなダリアの対応に、僕は一瞬何も言えなくなってしまった。

 

僕は不覚にもこの時……ダリアの言葉を否定出来るような知恵を身に着けてはいなかった。

ダリアがどんなことがあろうと家族なのだと知っていても、同時に、ダリアの秘密が周りに露見してはいけないことだとも理解していたのだ。

 

だからこそ、僕は咄嗟にダリアの言葉を否定することが出来なかった。

その代わり僕が苦し紛れに漏らしたのが、

 

「そんな悲しいことを言うな。お前にだっていつか……いつか秘密を知っても大丈夫な友達が出来るはずだ。そ、そんなことより、ダリアは友達になるならどんな奴がいいと思う!?」

 

ただの話題転換だった。僕はダリアの悩みから、苦し紛れに逃げてしまったのだ。

 

「……ですからお兄様、」

 

「いいから! ダリアはどんな奴がいいんだ?」

 

後戻り出来なかった。この時の僕も、これがただの逃げだと分かってはいた。でも一度始めてしまった以上、僕には引き返すことも出来なかったのだ。

そんな僕の後ろ向きな考えに気が付いたのかどうか知らないが、ダリアは再び言葉を紡ぎ出し始めた。

 

仕方なさそうに。決して手に入らないものを、諦めきった表情で眺めるように。

 

「……一緒に本を読めるような子がいいですね。色んな知識を分け合えるような、お互いに切磋琢磨出来る様な子がいいです。賢くなくてもいいから、好奇心が強い子がいいです。それと……」

 

ダリアは最後に、本を閉じながら言い放つ。

 

「私のことを知っても、私をちゃんと見てくれる子がいいです。……そんな子、この世にいるとは思えませんけど」

 

そう言った切り、ダリアは本を片手に書庫を出て行ってしまったのだった。

残されたのは、ダリアの悲しみに満ちた表情が頭に残り続ける、ただ茫然と立ち尽くすしか出来ない僕だけだった。

 

 

 

 

遠い昔の出来事。

おそらく、あの時の出来事を覚えているのは僕だけ。ダリアは覚えてはいないことだろう。僕だってずっと忘れかけていた。

 

でも、今僕はあの時のことを確かに思い出していた。

 

……目の前に、ダリアがずっと望み続けていた友達がいるのだから。

 

「……僕の言った通りだったろう。いつか秘密を知ったとしても、大丈夫だと言ってくれる友達が出来るはずだと。本当に……よかったな、ダリア」

 

目の前の二人にも聞こえないような言葉を、僕はそっと口の中で呟く。

今年、ダリアは多くの試練を乗り越えた。

ダンブルドアからの謂われない疑い。奴に誘導された生徒達の視線。そして自分と同じ造られた存在であった『バジリスク』との邂逅。

それらを乗り越えたダリアがやっと手に入れた、ダリアを決して裏切らないだろう友達。

ダリアの友達になりそうな候補は、実のところ()()()()いるにはいるわけだが……マルフォイ家である以上純血であるに越したことはない。

 

僕はそんなダリアがやっと手に入れることが出来た幸福な光景を眺めながら、静かに紅茶を飲み続けるのだった。

 


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