ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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閑話 残された事実

 

ハーマイオニー視点

 

帰りの汽車に揺られながら、ロンとハリー、そして今年彼らによって助け出されたジニーが和気あいあいとした雰囲気で語り合っている。

でも、そんな彼らと同じコンパートメントに座る私は……どうしようもなく暗い空気を醸し続けていた。空気を悪くしていると分かってはいるけど、どうしても気持ちが沈みがちになってしまう。

ハリー達も私に何と言葉をかければいいのか分からないのだろう。明るい声で話しながらも、先程からチラチラと心配気な視線を送ってくるのを感じる。それでも、私には彼らに応えるだけの気力などありはしなかった。

 

『ロックハート氏、治療後のアズカバン収監が決定。マルフォイ氏とグリーングラス氏の両名の連名で、余罪調査の方針に』

 

今朝届いた明るいニュースを読んでも、私の心は決して晴れはしない。日刊予言者新聞を持った手が、力なく垂れ下がる。

私はただ一人暗い思考の中、何度も同じ問いを繰り返す。

 

私は結局……今年何をしていたのだろう?

 

『バジリスク』と『継承者』がハリーによって打ち倒され、確かに今年の事件自体は終わりを告げた。闇の帝王に操られていたジニーは明るい笑顔を取り戻し、1000年もの間隠され続けていた『秘密の部屋』も暴くことが出来た。今年起こった問題は全て解決したのだと、皆心より喜んでいた。

 

でも、私にとって問題は何一つ解決などしていなかった。

だって、まだ……マルフォイさんへの疑いが、一切晴らされてはいないのだから。

 

自惚れでなければ、私は『秘密の部屋の恐怖』の正体を暴き、部屋の場所を暴きもした。『秘密の部屋』に関わる事件解決に対し、私は多少なりとも貢献できたとは思う。

 

でもそれだけだった。

私は事件解決に貢献できても、マルフォイさんに掛けられた謂われない疑いに対しては全くの無力だった。寧ろ悪化させたと言ってもいい。

ポリジュース薬作成に始まった、今年の全ての行動がただの徒労だったのだ。

 

だから事件後、私は必死にマルフォイさんへの誤解を解こうと奔走した。マルフォイさんは『継承者』ではなかったのだと。マルフォイさんは、ただの被害者であるのだと。

でも、誰にも聞き届けられることはなかった。『秘密の部屋』での真実を……ジニーのことを言えない関係上、私の言葉に説得力などなかったのだ。皆にとって、私の穴だらけの言葉なんかより、マルフォイさんが『継承者』だったという説明の方が単純明快で分かりやすかったのだろう。

 

ではせめて……。マルフォイさんへの誤解が解けないのなら、せめて今も苦しんでいるであろうマルフォイさんに自分だけは信じているということを伝えよう、そう思った。皆が皆マルフォイさんを疑っているわけではない。彼女が無実だと知っている人間だってちゃんといるのだと、私は伝えようとした。

 

でも、それすら私には許されなかった。

 

私のせいでマルフォイさんが『バジリスク』に襲われたのだと理解しているドラコは勿論、彼女と最近ずっと一緒にいるグリーングラスさんが、決して私がマルフォイさんに近づくことを許さなかったのだ。

特にグリーングラスさんから向けられる視線はあまりにも鋭かった。元々スリザリン生から好意的な視線を送られることなどほとんどありはしなかったけど、彼女からの視線は別格だった。以前はスリザリン生の中でもマルフォイさん、そしてグリーングラスさんの視線はあんなにも敵対的ではなかった。マルフォイさんは無表情のため正確には分からないけど、彼女達の視線は寧ろ好意的だったとすら思える。

そんな視線を向けられることは……もうない。今の視線は殺気すら籠っていたように思う。

行動に行動を重ねた結果、私に最後に残されたのは、マルフォイさんを傷つけたというどうしようもない事実と、今まで以上に深くなった溝だけだった。

 

だからこそ私は自分に問いかける。

私は結局……今年何をしていたのだろう?

 

何度考えても答えは出ない。それどころか考えれば考える程、思考は暗いものに変わっていく。マルフォイさんとの溝を少しでも埋めようと……彼女と少しでも対等な存在になろうと、マクゴナガル先生に頼んで全選択科目を選んだりしてみたけど……彼女に近づけなければ何の意味もない。選択科目への知的好奇心も、今の暗い気持ちによって塗りつぶされてしまう。マルフォイさんを傷つけたと知った時と同じ、決して思考は前へと進もうとしてくれなかった。あの時との違いは、事件が解決した今、私に挽回のチャンスはもう廻ってこないだろうということだった。

そして私が再び同じ問いを繰り返そうとした時、

 

「ああ、ここにいたんだね、ジネブラ・ウィーズリー。探したよ」

 

突然、コンパートメント外からの声によって遮られることになる。

 

声をかけてきたのは……私に殺気だった視線を送っていた、ダフネ・グリーングラスさんその人だった。

彼女は()()一瞥も向けることなく、ドアの近くにいたジニー()()を見つめながら立っていた。

 

「グリーングラス! なんでお前がここに来るんだ!? それにジニーを探していただと!? 恥を知れ! ダリア・マルフォイの腰巾着のお前が、一体ジニーに何の用だっていうんだ!?」

 

思ってもみない来訪。当然、ロンとハリーは先程の空気からは考えられない程いきり立ち始める。素早く二人は立ち上がると、ジニーを庇うような位置に移動する。

しかし彼女はそんな二人を無視し、涼しい顔で……でも瞳にだけは昏い光を湛えながら続ける。

 

「いや、ちょっと聞きたいことがあってね。それを聞きに来たんだよ。……ダリアはもうどうでもいいと思ってるみたいだけど、私は納得できなかったからね。ダリアだけが苦しんで、貴女に何にもないなんてどう考えてもおかしいと思うし……」

 

グリーングラスさんは何事か呟いた後、ハリーとロンの後ろに隠れるように座るジニーの瞳を見つめなおすと、

 

 

 

 

「ねえ? どんな気分だったの? ()()()()()()()誰かが……ダリアが『継承者』として疑われているのは」

 

 

 

 

そう、どこまでも平坦な声で尋ねていた。

私達の罪を責めるように。皆が無意識に目を逸らしていた私達の……ジニーの罪を暴き立てるように。

 

「貴女は気付いてたんでしょう? 自分こそが『継承者』なんだって。日記に操られたとはいえ、自分が生徒を襲ってるんだって。それなのに、名乗り出なかった。ダリアが自分の代わりに疑われているのを知っていながら。さぞ楽だったんだろうね。自分が犯人なのに、ダリアが代わりに疑われている状況は。……いや、ダリアだけじゃない。そこにいるポッターも疑われたことがあったよね」

 

「わ、私は……」

 

ジニーの顔色がみるみる悪くなっていく。喘ぐように口を開くだけで一向に言葉が出てこないジニーに、グリーングラスさんが更に畳みかける。

 

「ダリアはスリザリン生だから、別に苦しんでも仕方がないとでも思ったのかな? グリフィンドールの貴女が責められる代わりに、ダリアなら責められてもいいと思ったの? でも、ポッターに対してはどうだったのかな? 同じグリフィンドール生だよね? 自分の持つ『日記』のせいで事件が起こっていると先生に伝えれば、ポッターが疑われることはなかったんじゃないかな? それに、今回死人は出なかったけど、もし出ていたらどうしていたの? 貴女が()()()()()()黙っていたから、人が死んだかもしれないわけだけど、そこのところはどう思っているの?」

 

「そ、そんな……。わ、私はただ……」

 

ジニーは答えられない。ジニーだけではなく、この部屋にいる私を含めた三人も……。ロンだけが、

 

「グリーングラス! 何を言っているんだ! ジニーはお前たちのせいで傷ついたんだぞ! 訳も分からないことを言って、ジニーをどうにかしようって魂胆だな!」

 

大声で喚いているけど、それは決してグリーングラスさんに対する答えではなかった。彼は喚くだけで、彼女の言葉を根本的に否定出来ているわけではなかった。

グリーングラスさんはそんな()()()()全員を冷たく眺めていたけど、ふとため息一つ吐いた後、

 

「……別に自分可愛さで誰かに罪を押し付けることが、完全に悪だとは言わないよ。()()()()()にならね。名前も知らない誰かのために、自分を犠牲にしろなんて私は言うつもりはない。私はスリザリンだから……手段を選ばないことを否定はしない。でもね……目の前の誰かが傷ついているのに、それでも自分が純粋な被害者だって言い張るのは間違っていると思う。ダリアはあんなにも負わなくてもいい罪悪感を持っているのに、彼女より罪深いことをした貴女が何の責も負わないなんて、私は許せない。これがただの八つ当たりでしかないことは分かっているけど、私は貴女を責めずにはいられないの」

 

彼女のどこまでも冷たい声音に、誰も声を上げることが出来ない。

そこで彼女は再び口を開こうとしたけど、

 

「……ダフネ? 随分遅いと思って探しに来たのですが、何故こんな所にいるのですか?」

 

言葉が続くことはなかった。

何故なら、彼女の背後から鈴の音のように綺麗で……でもどこか冷たい響きを持った声がかかったから。

グリーングラスさんが勢いよく振り返った先。そこには……私が憧れてやまない、私が傷つけてしまったダリア・マルフォイさんが立っていた。

 

「ダ、ダリア。う、ううん。なんでもないよ! ちょっと聞きたいことがあっただけだから! もう用事はないよ! ほら、行こう!」

 

まるで()()()マルフォイさんを()()()()()、無表情の上に訝し気な雰囲気を醸し出すマルフォイさんをそのままどこかに引っ張って行ってしまう。結局、彼女が私に目を向けることは一度もなかった。

 

明るいコンパートメントに突然訪れた嵐のような時間。

残されたのは、来訪前と真逆の暗い空気。真っ青なジニーと、逆に真っ赤な顔のハリーとロン。私は……多分ジニーと同じ表情をしていることだろう。

私はすっかり血の気の引いた顔で繰り返す。

 

私は結局、今年何をしていたのだろう?

 

そして……今度は答えを得ることが出来た。グリーングラスさんの態度で、私はようやく認めることが出来た。

 

 

 

 

私は……今年()()しなかったのだ。

皆が納得してしまっているから。ジニーが傷つくから。……ダンブルドアが決めたことだから。

 

私は結局……マルフォイさんを助けるための行動など()()()しなかったのだ。

 

そんなどうしようもない答えだけが、静かなコンパートメントに残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルシウス視点

 

「では父上、おやすみなさい」

 

どこか非難がましい声音に聞こえるのは、おそらく私の考えすぎ……ということはないだろう。報告をし終えたドラコが、私の返事を聞くこともなく書斎を後にする。

そんな普段であればあり得ない態度を取るドラコを、やはり普段であれば私は叱るのだろうが……私は叱ることすら出来なかった。茫然としながら、ただ書斎のドアを見つめることしか出来ない。

虚空を見つめ続ける私の脳内を、先程ドラコから聞いた報告が駆け巡る。

 

『父上、お話があります』

 

そんな言葉で始まった話は、全てダリアに関するものだった。

ダンブルドアのせいでダリアが疑われたこと。ダリアの体のことが、グリーングラス家の()()()に露見したこと。ダリアが自己嫌悪から、ドラコからすら逃げ出していたこと。ダリアが『継承者』によって攫われたこと。

 

そして……自分がマルフォイ家に相応しくない怪物であると、一時は自殺すら考えていたこと。

 

既に知りえていたもの。ドラコから聞かされるまで知らなかったもの。今年ダリアを襲った、悲しい事件の数々。あまりに多くの情報を一遍に得たせいで、私の頭は未だに混乱している。

だがそんな混乱した頭でも、これだけはハッキリしていた。

 

私はあれだけの行動をしておきながら、結局ダリアを救うことは出来なかったのだ。

挙句の果てに理事を辞めさせられ、ダリアを守る手段すら失ってしまった。私は結局……。

 

「くそ! これも全てあの老害のせいだ! あの老害が余計なことをしたから、ダリアが傷つくことになったのだ! 大人しくホグワーツから去ればよいものを! 往生際の悪い!」

 

誰もいなくなった書斎でまず叫んだのは、今回の最大の標的であったダンブルドアのことだった。そもそも奴がダリアを追い詰めなければ、私は今回の事件を計画することはなかったのだ。

次にダリアを裏切ったドビー、()()()()犠牲にならなかったウィーズリー一家。

今年私の計画を邪魔した様々な要因に不満を叫び、そして……

 

「……この日記が。この日記さえなければ! こんな日記があるからダリアが!」

 

今回『秘密の部屋』を開くために使った、大切()()()闇の帝王からの預かりものに当たり散らし始めた。

 

「この役立たずが! そもそも何故マルフォイ家であるダリアを『秘密の部屋』に誘拐するのだ! あの子はマルフォイ家だ! スリザリン足る資格は十分あるはずだ! 『闇の帝王』の血を受け継いでいるんだぞ! それの何が不足だと言うのだ!」

 

日記を床に叩きつけ、何度も何度も踏みつける。蹴りつけ、踏みにじり、最後には呪文まで放つ。散々当たり散らし、思いつく限りの罵倒を口にし続ける。

そうして自身の内を吐き出し続け最後に残ったのは、

 

「……私がこんな日記を使ったから。私が……ダリアを追い込んでしまったのだ」

 

他人への不平不満ではなく、自分自身への強い自責の念だけだった。

私は……吐き出しきった後でしか、自身の罪を完全に認めることが出来なかった。

枯れ始めた声で、私は嗚咽交じりに呟く。

 

「すまない……。すまない……ダリア……」

 

応える人間は当然いない。ここにはドラコも、そして当のダリアもいないのだから。それにいたとしても、ダリアは何も応えてはくれないだろう。

あれ程傷つけられたというのに、一年ぶりに帰ってきたダリアは結局何も言うことはなかった。私のせいで今年の事件が起こったことに気付いているだろうに、

 

『お父様。私、友達が出来ました』

 

そんなことしかダリアは言わなかった。無表情の上で静かに微笑みながら、決して辛かったであろう心情を私に見せることはなく、あまつさえ私を責めることもしなかった。我慢しすぎる嫌いのあるダリアを、私は更に我慢させてしまったのだ。

いっその事責められた方が楽だっただろう。私のせいで傷ついたのだと。私のせいで苦しんだのだと。

 

だが結局……私は誰にも罰せられることはなかった。私を罰せられる唯一の人間であるダリアは……結局私を罰するのではなく、自ら罰を受けることを選んだのだ。

 

「すまない、ダリア……。わ、私は……何ということを……」

 

静かな書斎に私の嗚咽だけが響く。

残されたのは、私がダリアを傷つけたという事実と……もうそれを挽回する手段が私には残ってはいないという現実のみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ???視点

 

()()の前を、黒い頭巾をかぶった()()が通り過ぎる。近くを通り過ぎる度に、ガラガラという音を立てながら私の中にある()()を吸い取ろうとしているのが分かる。

だが今回も出来なかったようだ。冷たい空気を垂れ流しながら向こうへ行く『吸魂鬼』を見やり、一人思う。

 

……馬鹿め。もうお前達に私から奪えるものなど一つもない。

かつてあった幸福感は、()()()によって後悔の記憶になってしまったのだから。私に残されたものは、()()()に対する憎しみと、自分は無実であるという事実のみなのだから。

 

長い月日が経ち様々な感情が擦り切れても、この憎しみだけは決して色あせることはない。

あいつはまだ生きている。今もじっと、どこかで奴お似合いの『ネズミ』の姿で生きている。ジェームズやリリーを殺しておきながら、今ものうのうと。

本来であればこんな所をさっさと逃げ出してしまいたいが……たとえ『犬』になっても、まだこの独房をすり抜けられないばかりか、もうそんな気力も残っていない。奴の居場所が分かりさえすれば別なのだろうが……そんなことが出来るはずがない。

奴は今どこかに隠れている。ヴォルデモートの昔の仲間から逃げ隠れするために。真実を知っているのであろう奴らの一部は、あいつのせいでヴォルデモートが破滅したと思い憎んでいる。ずる賢く、どこまでも臆病なあいつのことだ、決して人間の姿で生きていることはないだろう。そんな奴をここから見つけだすことなど……藁山の中から針を探すようなものだ。不可能と言ってもいい。

 

だが不可能だと分かっていても、私にはどうしても諦めきれずにいたのだ。そうでなければ……死んでいった親友たちが浮かばれないから。

だから繰り返し思い続ける。擦り切れた感情や理性の中、僅かに残った自我を保つためにただひたすら繰り返す。

この憎しみと後悔だけに彩られた……どうしようもなく幸福だった記憶を。

 

とある囚人の脱走から始まる一連の騒動まで……あともう少し。




次回アズカバン

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