ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ダリア視点
自分の出自を知った次の日。
朝の気分は過去最悪だった。頭がぼーっとするし、それにひどくのどが渇いていた。
結局昨晩は一睡もできず、ベットの中でずっと思い悩んでしまったのだ。
私は人間ではない。
そんなことで悩んだことなど、今まで一度としてなかった。
もし、私が人間でなければなんなのだろうか?
決まっている。
闇の帝王の道具だ。
闇の帝王が造った、闇の帝王の目的を果たすためだけに存在する道具だ。
私自身の嗜好、思考、そしてこれからの未来さえ闇の帝王に造られたものでしかないのではないか?
もしそうならばと思うと、お父様、お母様、そしてお兄様に対してとても申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
彼らは私をここまで育ててくれた。
彼らはこんなにも私を愛してくれた。
それなのに私は人間のふりをして、彼らの中でただ家族ごっこをしているだけの、帝王のお人形。
それは何か侵してはならない神聖なものを破壊している気がした。
こんな私では家族の迷惑にしかならない。今までもらった恩を返すことができない。
そう思うだけで胸が張り裂けそうだった。
どんどん思考が悪い方に転がってゆく。
私がこんな素晴らしい家族の中にいてもいいのだろうか。
そうベットの上で考えていると、部屋の入口からノックの音がした。入ってきたのは屋敷しもべ妖精のドビーだった。
「お嬢様、朝食の準備ができましたです」
そうきーきー声で、恭しく頭を下げる。
「わかったわ、ドビー」
今はとても朝食をとるような気分ではなかったのだが、これ以上お母様とお父様に心配をおかけするわけにはいかない。
ベットから起き上がろうとすると、
「お嬢様、もしやお体の調子がすぐれないでいらっしゃるのでしょうか?」
「いいえ、ありがとうドビー。少し眠れなかっただけよ。心配しなくてもいいわ。それにお母様達を、こんなことで心配させたくないわ」
両親はドビーのことを嫌っているが、私自身はドビーのことが嫌いではない。
彼は昔から、両親が出かけており、お兄様と私が家で寂しく遊んでいないといけない時、お菓子を持ってきてくれたり、時には一緒に遊んでくれたりしていた。
お兄様は最近両親の影響か、あまりドビーのことが好きではなくなってきているみたい様子だが、私にとっては少し風変わりなベビーシッターでしかなかった。
しもべ妖精が主人の子供と遊ぶなど、しもべ妖精としては相当変わっていたし……そんな屋敷しもべとして変わった存在だからこそ、ドビーは両親に嫌われているのだろうが。
ドビーは、心配するなと言った私をまだ心配そうに見つめていたが、そこまでおっしゃるならと、結局折れてくれた。
急いでネグリジェから着替え、朝食をとりに食堂にむかう。
食堂に入る前に、これ以上心配されまいと、つとめて笑顔をつくる。
「おはようございます」
食堂に入るとすでに私以外の家族がそろっていた。
「ああ、おはよう」
お父様がなんだか心配そうな顔をしながらこちらを見てくる。
「昨日はよく眠れたか?」
まったく眠れていないのだが、
「はい。あの後ベットに入ったら、すぐ寝てしまいました」
そう笑顔で返すと、安心したのか顔をもとに戻す。
……お母様はまだ心配そうにこちらを見ていらっしゃる。やはりお母様はごまかせない。
「さあ、朝食を食べましょう。私、今朝はおなかがすいてしまって」
そうつとめて明るい声を出しながら席に座ると、お母様も今は時間が必要とでも考えられたのか、こちらを気にしながらも朝食の方を向いた。
朝食を終え、皆で食後の紅茶を飲んでいるのだが、朝からある渇きがなかなか収まらない。
「ダリア、もしかしてのどが渇いてるの?」
お母様がいつもより早いペースで紅茶を飲み続ける私に声をかける。
「はい、そうなのですお母様。朝からのどが渇いてまして」
「では、ダリアは紅茶より
そう言って鈴を鳴らすと、しもべ妖精の一人が小さいゴブレット一杯分の
「お嬢様、どうぞお召し上がりください」
そう頭を下げながら差し出されたゴブレットを受け取り、中身を見る。
中には赤黒い液体が満たされていた。
以前から私はこの
それはいつも私がのどの渇きがなかなか収まらない時に与えられるものであった。
お兄様が一度、私だけが飲むなんてずるいと言って、お父様にこれをねだったことがある。普段はなんだかんだとお兄様や私に甘いお父様だが、この時は決してお兄様にこれを与えようとはしなかった。
今ならば何故お兄様にこれが与えられなかったのかわかる。お兄様に与えても、これを飲めるわけがないのだ。
ああ、なんでもっと早く気づかなかったのだろう。
自分が吸血鬼なのだと教えられてから、はじめてこれの正体に気付いた。
これはジュースなどではなく、
ゴブレットに口をつけ、中身を飲み込む。
ああ、どうしようもなく
自分が吸血鬼を混ぜ合わせた何かであるなんて思いたくないのに、こんなにもこの体はこの血液を美味しく感じてしまう。
いつもはこんなにも動かない表情が、この時だけどうしても勝手にほころんでしまう。
そう、昨日知ってしまった事実を再確認してしまっていると、ふとお父様とお母様がこちらを心配そうに見ていることに気が付いた。
いけない。心配させてしまった。ただでさえ、私はこの人たちに迷惑をかけているのに。
「おいしいです。お父様、お母様」
そう笑顔で答えると、ほっとした顔をされる。でも、その表情がまた、私の罪悪感を刺激した。
「では、私ちょっと食後の散歩に行ってきますね」
これ以上家族に迷惑をかけることに耐えられなくなり、私はこの部屋からすぐ出ることにした。
「もしかして、外のお庭に行くの?」
お母様が心配そうにきいてくる。
「ええ、ちょうど今朝雪が、降っていたので、それを見に」
今は12月。イギリスはそこらかしこが雪で覆われていた。
「そう……。寒くならないようにしっかりあったかい服を着るのよ。あと肌はなるべく外に出さないようにして、日傘も持っていくのよ。……あとなるべく早く中に入るのよ、雪がつもっていたら、照り返しもあるだろうから」
私が外に出るときはいつもこれだけ多くの注意をうける。それだけ愛されているということなので、決して邪険にしないようにしっかりとうなづくと、食堂を出ていく。
その背中を三人がどこか心配そうに見つめているのを知らずに。
外は案の定一面の雪景色だった。一人真っ白な景色の中を歩く。
寒さと日光対策でなんだか重装備になってしまい若干歩きにくい。
少し座ろうと思い、庭の中にあるベンチに腰掛ける。
辺りは本当に静かで、耳をすませば雪の降る音さえ聞こえてきそうなほどだ。
ああ、このまま静かに消えてしまいたい。この静かな世界にわたしを置いて、みんなが幸せに過ごしてほしい。
そんな風にまた思考が悪い方に転がっていこうとしていると、突如この無音の世界に足音が聞こえてくる。
ふとそちらの方を振り向くと、お兄様がこちらに近づいてくる様子が見えた。
「どうしたのですか? お兄様?」
お兄様は何かためらっている様子だったが、
「ここ座るぞ」
と言って私の横に腰をかける。
「お兄様?」
「朝からどうしたんだ? なんだか無理をしているように見えたんだが?」
どうやら……お兄様にもばれていたらしい。
「いえ、大したことでは」
「そんなわけあるか。なんだか今日はいつもよりはっきりと顔に出ていたぞ」
どうやらお兄様には私のかすかに見える表情が、今日はいつもより大きく感じたらしい。
「お兄様には嘘はつけませんね……」
お兄様は結構我儘だが、私にはとても甘かった。
お兄様が買ってもらったおもちゃも、私が欲しそうにしていたらすぐかしてくれるし、私が困っているときはすぐに駆けつけてくれるのだ。
なんだかんだ言って、私の表情を読むのは、家族の中で一番お兄様が上手ではなかろうか。
そう思うとなんだかお兄様にこうして嘘をつき続けるのが馬鹿らしく感じてしまった。家族に対する罪悪感もあって、私はまるで懺悔でもするように、お兄様に告白してしまう。
「お兄様、私ね……吸血鬼なんです。純血どころか、魔法族ですらない……。ある人が吸血鬼と自分の血を混ぜてつくったのが私。私はね、その人が造った道具でしかないのです。その人の望む力をつけるために、嗜好まで勝手に作られているのです」
流れ出した懺悔はもう止められなかった。
ついには話すつもりのないことまで口走る。
「私はきっとその人のお人形でしかない。お兄様たちの中で人形が勝手に家族ごっこしているだけなのかもしれない。私は私の考えが、本当に私のものかわからない! こんな人形の私じゃみんなに迷惑しかかけない!! お兄様だって知っているでしょう!? 私が闇の魔法が大好きなこと!! 私の大好きなものは、人を傷つけるためのものなの! そんな私がどうして人を殺すための道具じゃないって言い切れるの!?」
最初は静かに始まった懺悔は、だんだんと大きな声になり、最後には悲痛な叫び声になっていた。
さすがにお兄様に帝王のことは言えなかった。
私の声に侵された白の静寂に、再び沈黙がおりる。
「ねえ、お兄様。わたしどうすればいいかわからない。わたしみたいな人形が、みんなの中にいていいのかわからない」
そう最後につぶやいてしまうのだった。
するとあまりの私の剣幕におどろいていたお兄様は
「えっと……。よくわからないんだが、とりあえず、吸血鬼のこと、僕は知っていたぞ」
「……え?」
お兄様はなんでもないかのように、そう言った。
「以前僕がダリアの飲んでいるものを欲しいと父上に言ったことがあっただろう? あの後父上にお前の体のことを聞いたんだ」
そういえば、欲しがっていたのはあの一回のみで、以後あれを欲しがっている様子はなかった。
「父上がダリアは半分は吸血鬼だが、もう半分はさる、最高の『じゅんけつ』のお方のものだから、『じゅんけつ』として扱っても問題ないっておっしゃていたよ。この話は他の人には決して言ってはいけないともおっしゃっていたから、あまり口にはしないけどな」
どうやらお兄様は本当に吸血鬼のことを知っていたらしい。
「それと闇の魔法についてだけど、別に構わないんじゃないか? 僕もかっこいいと思うぞ、闇の魔術。父上もよく闇の魔術の本を読んでるし。それに人を傷つけるものって言っていたけど、別にダリア自身に人を傷つける気はないんだろう?」
私はすぐ首を縦にふる。
「だったら構わないじゃないか。それに闇の魔術だって使い方次第だろう。現に、ダリアが今つけてる手袋。それは闇の魔術のかかったものだろう。それは闇の魔術で、ダリアを守ってくれているじゃないか」
驚きながら、私は自分の手に視線を落とす。
そうだ、確かにこれは、家族を傷つけないように、家族を、そして私自身を守ってくれているではないか。
道具は使うもの次第で使い方が変わる。お兄様がそうそっとつぶやかれる。
「まあ、父上の受け売りなんだけどな。ダリアが手袋をつけだした時、それをかっこいいと思って、父上にねだりに行ったら言われたんだ」
お兄様の言葉はなお続く。
「これが一番よくわからなかったんだが、ダリアは迷惑になるっていうが、迷惑でもなんでもないぞ? それともダリアは一緒にいたくないのか?」
今度はすぐに首を横にふった。
「だったらいいじゃないか。それに家族には迷惑をかけるものだろう」
そうちょっとお兄様は恰好をつけて言う。
「それ、お兄様が言うセリフではないですよね……。むしろ迷惑かけるほうですし」
「と、ともかくお前は俺たちの家族だ。そんなふうに心配する必要はないんだよ!」
そう慌ててお兄様はまくしたてる。
「でも、わたしは人形かもしれないんですよ。わたしの感情はあらかじめ決められていたものかもしれないんですよ?」
「難しいことを言うな。でも、それこそどっちでもいいんじゃないか? そうであっても、そうでなくても、お前の考えていることは、今お前の考えていることなんだから」
そうだ。
本当にその通りだ。
私の嗜好がたとえ造られたものだとしても、私の行動がいかに決められたものだとしても、
この家族と一緒にいたい。この家族を愛している。
これだけは私が今、私自身が持つ感情だ。
なんだ、そんな簡単なことだったんだ。
色々難しく考えていただけで、本当に大切なことを忘れていた。
この気持ちだけで十分。
この気持ちさえあれば、もう何も怖くない。
私はたとえ誰が敵になろうとも。
たとえそれが闇の帝王だろうとも戦える。
昨日の夜から心の中を覆っていた暗雲が晴れていく。
ああ、私は本当にいい人たちを家族に持った。今それを私は再確認した。
私の表情が変わったことに気が付いたのか、
「さあ、そろそろ部屋にもどろう。母上に怒られてしまう」
そう言ってお兄様は私に手を差し伸べてくる。
その手をとり、一緒に庭を歩いていく。
「お兄様。大好きだよ」
そういうと、お兄様は顔を少し赤らめて、そっぽを向いた。
庭から戻ると、お父様とお母様が心配そうに中で待っていた。
だが、私の顔をみると、安心したようだった。
お父様は私の頭を軽く撫でまわし、そのあとお母さまが私をぎゅっと抱きしめた。
ああ、こんな幸せがずっと続いていくといいな。
あれから一年半。今こうして私は無事に六歳になり、純血貴族伝統のお茶会をむかえる。
私が純血かどうかは果てしなく疑問だが、
このマルフォイ家の娘であることは間違いないのだ。
ドラコが大人になるのは、ダリアが関わったときのみなんだけです。
だから普段は普通に子供。原作入った時も、普通に原作くらい子供っぽい