ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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親友デート(前編)……主人公挿絵あり

  

 ドラコ視点

 

ダリアの誕生日から数日。今日は()()()()であれば何一つ特別なことのない、ただホグワーツに必要な学用品を買うためだけの日であるはずだった。

だが、

 

「お兄様……」

 

今年は……いや、今年()()()、今日という日もダリアにとって特別なものになっていくのだろう。

暖炉の前には、約束の時間はまだだというのにダリアが既に待機している。無表情の上に、ハッキリと待ちくたびれたと書かれているようだった。よほどダイアゴン横丁に行くのが楽しみなのだろう。見送りに来た母上に微笑ましげに見つめられていることにも気付かず、どこか落ち着きのない態度で僕の方を見つめている。僕はそんな妹の様子に苦笑しながら謝罪した。

 

「すまない、ダリア。遅れてしまった」

 

「い、いえ。そんなつもりは……。申し訳ありません」

 

僕を非難してしまったと思ったのだろう。ダリアが慌てた様子で謝り返してくる。しかし、すぐに再びソワソワと落ち着きのない態度に戻っていた。去年父上がクィディッチの試合を観に来た時も同じようにはしゃいではいたが、あの時とは瞳の()()()が決定的に違う。普段のダリアからは想像も出来ないような態度。だがこの変化が、僕には酷く嬉しいものに思えるのだ。

 

何故ならダリアがこんな風になっているのは、ダイアゴン横丁でダフネと待ち合わせしていることが原因だから。

 

夏休みの間中ほぼ毎日と言っていい程手紙のやり取りをしているようであったが、実際に本人と会うのは今日が初めてのことだった。そもそも夏休み期間だけとは言わず、ダリアが他人とどこかで待ち合わせるという行動自体が生まれて初めてのことだ。

ようやく巡り合えた友達と、普通の少年少女のように遊ぶ……今までのダリアからは考えられないようなことだ。勿論ダリアの体の関係上、完全に何もかもを忘れて遊ぶということは出来ない。今回だってなるべく屋外にいる時間を減らすために、わざわざ約束の時間ぎりぎりに出立することになっている。

でも、それが分かっていても待ちきれないのか、

 

「お兄様。時間はまだですが、もう行ってしまいましょう! 日光対策も万全ですから、少しくらい早く行っても大丈夫ですよ!」

 

遂に僕の袖を引っ張り始めていた。

 

「こら、ダリア。貴女は日光に弱いのだから、あと少しだけ待ちなさい」

 

ダリアの滅多にない我儘は嬉しい様子であるが、流石に日光に関しては妥協するつもりはないらしい。微笑みながらも、すかさず母上が窘めようとする。

そんな母上に、

 

「いえ、もう行きます。時間までまだあると言っても、あとほんの少しですし。それに、あいつならもう待ってると思いますよ。あいつもダリア以上に楽しみにしているはずですから」

 

僕は少し早めの出立をする旨を伝えたのだった。

ダフネのことだ。どうせあいつも時間まで待つことが出来ず、早めに来ていることは想像に難くなかった。それならばわざわざ約束の時間を待つ必要はない。

それに……こんなにも楽しみにしているダリアを、これ以上待たせるのも可哀想だと思ったのだ。ダリアがようやく手に入れることが出来た、本当に細やかな我儘くらい叶えてやりたい。万が一ダフネが来ていなかったとしても、僕がしっかりしていれば何の問題もないのだ。それくらい僕にだって出来る……いや、出来なければならない。

窘めたとはいえ、母上も同じ気持ちではあるのだろう。母上は少しの間悩んでいる様子だったが、僕とダリアの決意が固いと分かったのか、

 

「そう……それならいいわ。私とルシウスは今回は行けないから、グリーングラスさんによろしく言ってちょうだいね。次は家にも来てほしいわ。ダリアのお友達ならいつでも大歓迎よ」

 

ため息を一つ吐いた後、諦めたように呟いたのだった。

本当は母上もいらっしゃりたい、というよりダフネに会いたいのだろうが……今回はそういうわけにもいかない。

理事を辞めさせられたせいで、父上はホグワーツへ口出しする最大の手段を失ってしまった。これではいざという時、ダリアを守ることが出来ない可能性がある。それを補てんするために、魔法省への影響力を更に強めようと父上は今躍起になっておられる。今日も忙しいのか、どこかの会合に朝から行ってしまっており、母上もそれを補佐するため、この後父上の元に向かわねばならない。

なら父上と母上が忙しくない日を選べばいいとも思ったが、ダフネもダフネで忙しいらしく、彼女の空いている日も今日くらいのものだった。あいつもグリーングラス家、聖28一族の一人だ。特にあいつの場合、今までお茶会など純血のコミュニティーに積極的に参加していなかったしわ寄せもある上、今年から『マグル学』を受けることもある。スリザリン生に露見した時のために、ある程度自分が『純血主義』であると周りにアピールする必要があるのだ。きっと何かしらの予定が詰まっていたのだろう。

……しかし振り返って考えてみれば、結果的にはこれで良かったのかもしれない。ダリアは両親共にいない状況を悲しんでいたが、ダフネのことを考えれば母上と父上……特に父上はいない方がいい。ダフネは去年の事件が()()()()()起こされたものなのか知っている。きっと父上と顔を合わせても、あまりいい顔をすることはない。

 

人生初の親友との待ち合わせ。ダリアの幸せに、一点の曇りもあってはならない。

 

僕はダリアが悲しみを思い出さないうちに、名残惜しそうな母上に返事をしながらダリアを暖炉の中に促す。

 

「分かりました。伝えておきます。ではダリア、行こうか」

 

「はい、お兄様! お母様、行ってまいります!」

 

僕の言葉を聞くやいなや、ダリアは放たれた矢のようにさっさと『煙突飛行』を行ってしまう。

そんな妹に続き、僕もダイアゴン横丁に飛ぶのであった。

微笑みながら。ダリアの幸せが、これからもずっと続くことを願いながら。

 

 

 

 

こうして何の変哲もない、でも掛け替えのない平凡で()()な一日が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ視点

 

夏休み期間中のダイアゴン横丁。『漏れ鍋』横にあるカフェから、鬱陶しい程日差しの良い通りをかれこれ()()()()()は眺めているが、そこかしこにホグワーツ生の姿を見つけることが出来る。夏休み終了間近ということもあり、今年必要な学用品を買いに来ているのだろう。

かく言う私もその学用品を買いに来た生徒の一人なわけだけど……正直、学用品などどうでもよかった。今日最大の目的は別にあるのだ。

 

何故今日と言う日は、こんなにも晴れているのだろう。これでは()()()が十分に楽しむことが出来ないじゃない。

 

私は()()()()()嫌いになった太陽を睨みつけながら、ただひたすら訪れるはずの幸福な時間を待ち続ける。これから始まる、何気なくも幸福な時間を……。

そして、

 

「ダフネ!」

 

遂にその時がやってきた。目の前に、日傘を差した状態の親友の姿が現れたのだ。

夏休み前と()()()()、どこまでも綺麗な白銀の姿。この世にある綺麗なもの全てをかき集めたような彼女は、去年まで私に決して見せることのなかった()()()()()()()で話しかけてくる。

 

「お久しぶりです! ……待たせてしまいましたか?」

 

「ううん。全然待ってないよ。私も()()()来たばかりだから」

 

嘘ではない。実際、私にとっては『さっき』みたいなものだ。彼女を待つ時間はそれだけで幸せで、長いようであっという間のものだったのだ。一時間などあってないようなものだ。

でも、

 

「……あまり無理をしない方がいいぞ。途中で倒れたら、それこそダリアが心配する」

 

ダリアの兄はそう思わなかったみたいだった。

ダリアの後を追う形で、ドラコがこちらに歩いてくる。ダリアに微笑みこそ向けているが、視線だけは少し非難がましく私に向けられていた。おそらく私が倒れでもして、ダリアの楽しみに水を差されることを恐れたのだろう。私は苦笑しながら心配性のお兄さんに返し、

 

「大丈夫だよ。ちゃんと日陰で待ってたし、水もちゃんと飲んでいたから平気」

 

私は急いでダリアの手を握りながら言い放つのだった。

ダリアは……決して私の手を振り払わなかった。

 

「それより、行こう! 時間は有限だよ! 今日はするべきことは買い物だけじゃないんだから!」

 

「……はい!」

 

今私の手の中に、ずっと求めてやまなかった温もりが存在している。

今まで怠っていた純血貴族との顔合わせ。つまらないお世辞と、中身も信念もない戯言を聞き続ける毎日。グレンジャーに差をつけられないために、予定の合間にも勉強しなければならない日々。そんな中で、唯一の楽しみがダリアからの手紙だった。彼女からの手紙があるからこそ、私は頑張ることが出来た。

でも、手紙でのやり取りもよかったけど、やはり実際に会い、そしてこうして触れ合うことに勝るものはない。昔の私同様の下らない連中に、愛想笑いをし続けなければならなかった疲れがみるみる癒されていくようだった。

 

あぁ……少しでも長く、この幸せな時間が続きますように。

 

私達三人は、おそらく全員が同じ思いを胸に歩いている。

私とドラコは言わずもがな。ダリアも、今は無表情がほんの少し……つまりいつもは考えられない程ほころんだものになっている。

 

そうして私達は歩き出し、まず行きついたのが……学用品とは一切関係ないどころか、この中でドラコしか興味を持たないであろう『高級クィディッチ用具店』だった。

 

店を通りかかった瞬間、ドラコの足が遅々として進まなくなってしまったのだ。

 

「ドラコ……」

 

「い、いや。ぼ、僕もスリザリンのシーカーとして……こんな箒を無視するわけにはいかないんだ!」

 

ドラコの様子にダリアが幸せそうにしているからいいけど、本来であれば首をひっつかんででも引っ張っていくところだ。

彼もそのことは分かっているのだろう。何とか目を逸らそうと、足を前に進めようという努力は見えるが、現実は違った。目も逸らしては戻り、足は一歩も前に進もうとしない。

 

そんな彼の視線の先、新しく出来たであろう陳列棚には、

 

『炎の雷・ファイアボルト。箒の歴史を塗り替える、史上最速の箒』

 

宣伝通り、一目で今までの箒とは次元が違うと分かるような箒が置いてあった。

すっきり流れるような柄。尾の部分は小枝を1本1本厳選し砥ぎ上げているのか、他の箒にはない恐ろしく整ったフォルムをしている。

まさに速さのみを追求したと思しき箒。クィディッチを嗜む人間には、喉から手が出る程欲しいと思える代物だろう。ましてやドラコは寮選抜シーカーだ。これさえあればポッターに勝利することも可能かもしれない。そう思い、どうしても視線が釘つけになってしまうのは仕方がないようにも思えた。

でも、

 

「ほら、ドラコ。貴方がこの箒を欲しい気持ちは分かるけど、貴方にはニンバス2001っていう立派な箒があるんだから諦めなさい。せっかく去年お父さんが買ってくれたんだから大切にしなくちゃ。それに、そんな箒持っても宝の持ち腐れだよ。ニンバス2001も相当高かったけど、これはその20倍以上の値段はするんだもの。こんな箒生徒で持つ子なんていないって」

 

ゆっくり眺めるのはまたの機会にして欲しかった。

時間は有限な上に、ここは日陰ではない。どんなにダリアが幸せそうでも、あまり長時間いさせていいような場所ではないのだ。

私の声に、抑えきれなくなりつつある非難を感じ取ったのだろう。ドラコはハッとした表情で私とダリアの顔を見た後、残念で仕方がないといった表情で、渋々最新の箒から視線を引き離した。

 

「……そうだな。ここで見続けたとしても、箒が手に入るわけではないからな……。悪かったな、ダリア、ダフネ。さあ、今度こそ学用品を買いに行こうか」

 

出来る限り気丈に振舞った声音。でも口とは裏腹に私とダリアが歩き出しても、ドラコはどこまでも名残惜し気にクィディッチ用具店の方をチラチラと振り返っていた。

 

 

 

 

私達が再び『ファイアボルト』を目にしたのは、この買い物から半年後、クリスマス明け初めての試合の時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

不思議な気分だった。数日前まであんなに抑圧された生活を送っていたというのに、今はそれが一変している。好きな時に起き、好きなものを食べ、好きな時間に寝る生活。

変化はたった一夜の出来事だった。

偶然呼び出した『ナイトバス』で『漏れ鍋』にたどり着き、何故かその場にいた魔法大臣に無罪放免を言い渡される。時間が経つにつれマージおばさんを膨らませた罪で捕まるのではと恐怖していたが、それは杞憂に終わったどころか、『漏れ鍋』での快適な生活まで保障されるようになる始末だ。正直、意味が分からなかった。一夜にして180度変わった状況を未だに実感できない。

 

勿論実感できないだけで、不満があるというわけではない。あんな劣悪な環境には今年だけと言わず、もう二度と戻りたくなんてないのだ。

ダーズリー家の生活に比べれば、今の生活は天国みたいだった。『漏れ鍋』の朝食を食べ、ダイアゴン横丁に繰り出しては摩訶不思議な売り物や、横丁を行きかうこれまた不可思議な魔法使い達を眺めて楽しむ。『シリウス・ブラック』という大量殺人犯がアズカバンから脱走したせいか、夜だけは早めに帰るよう魔法大臣直々に指示されているが、そんなことは些末な問題でしかない。

輝いているような毎日。そんな中で特に楽しかったのが、

 

「アイルランド・インターナショナル・サイドからご注文いただいた、世界最速の箒、ファイアボルトです!」

 

『高級クィディッチ用具店』に並べられた最新型箒を眺めることだった。

店のオーナーの演説を聞きながら、食い入るように眺める。

手に入れるには、両親が残してくれた金貨のほとんどを使わないといけないだろう。僕は既にニンバス2000という素晴らしい箒を持っているため、この箒を手に入れることに何の意味もない。

……それが分かっていても、僕はファイアボルトを一目見たくて、ほとんど毎日のように店に通い詰める。

 

今日この日も。

 

矢のように時間が過ぎ、いよいよ休暇最後の一週間になったある日。ダイアゴン横丁にホグワーツ生が大勢やってくるようになり、中には同じグリフィンドール生のシェーマスやネビルの姿もあった。まだ大の親友二人には出会えていないが、グリフィンドールの知り合いを見かけるだけで何だか楽しい気持ちになった。

 

でも、ホグワーツ生は彼らみたいないい生徒だけではない。嫌な連中だってたくさんいる。

そんな嫌な生徒の筆頭みたいな連中に出くわしたのは、僕のもはや日課にさえなっていたファイアボルト見物に向かっている時だった。

 

「い、いや。ぼ、僕もスリザリンのシーカーとして……こんな箒を無視するわけにはいかないんだ!」

 

向こうから、いつも僕に喧嘩を吹っかけてくる声が響いてきた。僕は反射的に物陰に隠れてから、そっと声のした方向をのぞき込むと……そこには果たして奴らがいた。

一人は声の主であるドラコ・マルフォイ。いつも僕の神経を逆なでするようなことを言ってくる、僕の最も嫌いなスリザリン生。

 

「ほら、ドラコ。貴方がこの箒を欲しい気持ちは分かるけど、貴方にはニンバス2001っていう立派な箒があるんだから諦めなさい」

 

もう一人はダフネ・グリーングラス。スリザリンというだけで嫌な奴なのに、帰りの汽車でジニーに意味不明な言いがかりをつけてきた本当にスリザリンらしい奴。

そして最後の一人が、

 

「……」

 

僕が……いや、ダンブルドア校長も含めて、ホグワーツにいる全員が恐れ、警戒する、僕が知る中で最も危険なスリザリン生だった。ドラコの双子の妹であるダリア・マルフォイだった。日向ではいつも差している日傘を片手に持ち、こちらに背を向けドラコの方を見つめている。ここからでは彼女の表情は見えないけど、あのどこまでも美しくも冷たい無表情をしているだろうことは容易に想像できた。

 

今日はついてない。あんな嫌な奴らに出くわすなんて。

 

せっかく気分よくファイアボルトを見ようと思っていたのに、あいつらがいたら十分に鑑賞できない。近くによれば、また嫌なことを言われるだけだ。

僕はため息一つつくと、それまで通ってきた道を真逆に歩き始める。幸い丁度昼食の時間でもある。昼食をとっていれば、あいつらだってその内帰るはずだ。せっかく楽しいものになった夏休みを、態々気分の悪いものにする必要はない。ファイアボルトのことは残念だけど、今日までだって穴が開くほど見つめていたのだ。最悪今日くらいなら我慢できるし、別に明日からも鑑賞出来なくなったというわけでもない。

沈んでしまった思いを抱えながら、僕は『漏れ鍋』で昼食を食べるのも味気ないと、何気なく横道にそれる。いつもとは違う店にでも入って、少し気分を変えたかったのだ。

でも、

 

「ハリー!」

 

そんなことをする必要などなかった。新しいお店を探さなくても、十分気分が良くなることが起こったのだから。

突然かけられた底抜けに明るい声。振り返ると……そこには僕の親友二人がいた。

 

「やっと会えた! ハリーもこっちに来いよ!」

 

フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーのテラスから、ロンが更に雀斑が増えた頬を緩ませながら、こちらに千切れんばかりに手を振っている。そして彼の横に座るハーマイオニーも……夏休み前に比べ少し痩せて見えるものの、小さく微笑みながらこちらに手を振っていた。

 

「ロン! ハーマイオニー!」

 

先程まで抱えていた嫌な気分が吹き飛んだ僕は、スキップでもするような軽い足取りで店内に入る。

 

「よかった、二人に会えて! 二人とも夏休みの間は元気にしてたかい!?」

 

僕の言葉にロンがニコニコしながら応える。

 

「もちのロンさ! 手紙にも書いたけど、くじで当たった金貨でエジプトに行ってきたんだ! もう最高だよ! ビルがエジプトのグリンゴッツ銀行で働いているんだけど、墓地という墓地を案内してくれたんだ! ミュータントになったマグルとか一杯いてさ! ちょっと元気のなかったジニーもおかげでかなり元気を取り戻して来たよ! それにほら!」

 

ロンは手元にあった袋から細長い箱を引っ張り出しながら続け、

 

「パパが新品の杖まで買ってくれたんだ! 三十三センチ、柳の木、ユニコーンの尻尾! 誰のお下がりでもない新品を貰えるなんて初めてのことだよ!」

 

自身の杖をうっとりとした表情で摩りだし始めてしまったのだった。

僕はそんな彼に肩をすくめた後、もう一人の親友に声をかける。

 

「ハーマイオニーはどうだった?」

 

「……私は特に何もなかったわ。ずっと家で勉強してただけだもの」

 

ロンとは違い、酷く素っ気ない返事。夏休みの話題は地雷だったらしい。心なしか涙ぐんでさえおり、夏休みを挟んだにも関わらず未だに元気を取り戻しきれていないのだろう。

彼女がここまで悩んでいる原因は分かっている。

彼女をここまで追い込んだ人間。彼女の信頼を裏切り、それなのに未だに信頼で縛り続けている女。

 

ハーマイオニーをここまで苦しめている人間が、先程見かけたダリア・マルフォイであるということは、僕もロンも十分に理解していた。

 

でもそれが分かっていても、僕とロンが出来ることはあまり多くはない。

僕らのダリア・マルフォイに対しての言葉を、ハーマイオニーは決して聞き届けようとはしないのだ。

だから僕らに出来ることは、根気よくハーマイオニーの傍に居てあげることと、彼女の意識を少しでも逸らしてあげることくらいだった。空気が変わったことに気付いたロンが、ハーマイオニーの思考が再び悪い方向に転がっていかないように、急いで話題転換を図る。

 

「……そ、そっか。ま、まあ、君は勉強熱心だからね! そ、それより、ハリー。おばさんを膨らませたって本当かい!?」

 

かなり無理やりである気がしたが、僕も急いでロンに乗っかる。

 

「そ、そうなんだ! でも、やろうと思ったわけではないんだ。両親を馬鹿にされて……それでちょっとキレちゃって……そしたらいつの間にかおばさんを膨らませてたんだよ。正直逮捕されると思ってたけど……最終的にファッジが無罪放免にしてくれたんだ。未成年は休み中魔法を使っちゃいけないはずなんだけど、どうして僕のこと見逃してくれたか、君のパパなら知ってる?」

 

「そんなの、君だからに決まってるじゃないか。魔法界の人間なら誰だって知ってるよ」

 

ロンは肩をすくめながら続けた。

 

「君は『あの人』を倒した英雄なんだぜ。君を退学か逮捕でもしようものなら、ファッジの支持はガタ落ちだよ。まあ、それでも気になるならパパに聞いてみるといいよ。君は『漏れ鍋』に泊まってるんだろう? 実は僕とハーマイオニーもなんだ! 今日から一週間、僕らウィーズリー一家は『漏れ鍋』生活さ! 本当にガリオンくじ様様だよ! これで一緒に学用品も買いに行けるな! なんたって今年は教科書まで新品に出来るんだから!」

 

ロンのお蔭で、先程まであった暗い空気は霧散しきっていた。暗い目をしたハーマイオニーも、少しだけ笑顔を取り戻している。

 

よかった。せっかく会えたというのに、友達が暗い顔をしているなんて悲しい。

僕とロンは会話を続けながら、視線だけで僅かに頷きあう。僕等の意志は一つだった。

 

ハーマイオニーを出来るだけ元気づける。彼女にダリア・マルフォイのことなんか忘れさせる。

 

そう思いながら僕らは出来るだけ長く歓談を続けたわけだが……ハーマイオニーとロンは、この数分後に大喧嘩をすることになる。最近元気のないスキャバーズのために寄った『魔法動物ペットショップ』で、ハーマイオニーが気まぐれに買ったペットが原因で……。

 

僕等はこうして、束の間の楽しい時間を過ごしていたのであった。

 




次回特急直前まで。

ダリア挿絵。少し成長したバージョン



【挿絵表示】


イラストレーター、匡乃下キヨマサ様が描いて下さいました!

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