ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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新しい授業(後編)

ダリア視点

 

初めての授業ということもあり、私は朝食後すぐに『数占い』の教室に来たわけだが……流石に早く来すぎてしまったようだった。まだ教室には私しか来ていない。

私はため息交じりに、誰もいない教室でひとりこぼす。

 

「これならもう少しダフネと一緒にいればよかったですね……」

 

ダフネ達がどんな話をしているかは知らないが、朝一番に授業がある関係上そこまで長い話をしてはいないだろう。今更言っても仕方がないが、もう少しダフネとお兄様を待っておけばよかった。

私は少し後悔しながらも、今から戻ることも出来ないと諦めて準備を始める。

 

しかし後悔はそこまで長続きしなかった。

準備をしているうちに後悔も忘れ、段々と楽しい気持ちになってしまっていたのだ。理由は勿論、今から行われるのがホグワーツに来て初めて受ける授業、選択科目の『数占い』だからだ。元々ここに早く来てしまったのも、初めての授業が楽しみで仕方がなかったからということもある。

私はホグワーツに入学する前から多くのことを学んできた。重点的に勉強していたのは『闇の魔術』であったが、それなりに他のことも学んでいた。それこそホグワーツをトップで卒業できるレベルまでは。ただその中でも学んでいない物もいくつかあった。というより、『魔法生物飼育学』以外の選択科目はほとんど勉強していないものだった。

私の知識の大部分は主にマルフォイ家が所有する本に基づいているため、『マグル学』を勉強したことは皆無に等しい。純血主義を重んじる我が家に、『マグル学』に関して記された本など置いてあるはずがない。そして他の選択科目に関してもあまり蔵書が多くなかった。特に『数占い』はどんなに理論を重ねたものであろうとも、不確かな占いであるということに変わりない。その不確実性がいいことでもあるのだが、現実主義的なお父様はあまりこの手の本を揃えてはいらっしゃらなかったのだ。魔法とそこまで密接な関係にない『古代ルーン文字』も同様の理由であまり書棚に置かれていなかった。

だからこの選択科目は正真正銘、私にとって初めての『数占い』の授業だ。楽しみでないはずがない。

私は逸る思いで授業の準備をし、先生の到来をただ待ち望む。

 

そして数分後、やっと扉が開き誰かが入ってきたのだが……一番初めに現れたのは先生ではなかった。

私のみが待つ教室に一番初めに現れたのは、

 

「マ、マルフォイさん!」

 

まだ朝一番の授業だというのに、何故か既に()()()()()表情を浮かべているグレンジャーさんだった。

私を見た瞬間僅かに顔を輝かせてはいるが、その表情には隠しきれない疲労感があった。私は()()()その表情が気になり、入り口で固まっているグレンジャーさんに声をかける。

 

「グレンジャーさん、貴女も『数占い』を選んだのですね。……それより、私の記憶違いでなければまだ一時間目のはずです。随分お疲れの様子ですが……何かあったのですか?」

 

普段ならあり得ない様子に思わず尋ねてしまったが、当然私の行いは失敗だった。言い終わってからすぐに後悔する。私はまたも余計なことをグレンジャーさんに言ってしまったのだ。

しかし後悔したところで私の発言がなくなるわけではない。グレンジャーは更に顔を輝かせながら応えた。

 

「あ、ありがとう、心配してくれて! でも大丈夫よ! 今日はまだ()()だもの! こんなところで疲れていてはこの先やっていけないわ! 今日は色々あったけど、まだ授業が()()()()()()()方だものね!」

 

そんなどこか違和感を覚える発言をした後、グレンジャーさんは一瞬私の隣の席に目をやっていたが、

 

「……流石に図々しいわね」

 

何か小声で呟きながら、イソイソと少し離れた場所に着席したのだった。

私は彼女の行動に何故か一瞬胸が締め付けられるような気持ちになったが、本来ならこれが正しいことなのだと思いなおし、再び前を向くと黙って先生の到来を待つ。

しかし私から離れた席に座ったものの、どうやら私との会話を打ち切る気はなかったらしい。グレンジャーさんが再び声をかけてきた。

 

「ね、ねえ。マルフォイさんはこの時間以外にどの科目を選択しているの?」

 

私はこれを最後にすると決意しながら、もう一度だけ振り返った。

本当は無視してもよかったのだが、それはそれで何だか嫌な気持ちになる気がしたのだ。だから私は、無難な答えを返すことで話を打ち切ることにした。

無難といっても、

 

「……『古代ルーン文字』です。『魔法生物飼育学』は日光の関係で取れなかったので、この『数占い』と『古代ルーン文字』の2科目です。そう言う貴女も、この科目を取っているということは『古代ルーン文字』と『魔法生物飼育学』を選択したのですね。まぁ、どうでもいいことですけど。貴女が何を選んでいるかなど興味もありませんし」

 

決して懐かれないように、いつも通り冷たい言葉を添えているが。

最後のセリフで私にこれ以上会話をする意思がないと分かったのだろう。グレンジャーさんはブツブツと小声を漏らしてはいるが、

 

「う、うん。その二つも取っているのだけど……」

 

それ以上話しかけてこようとはしなくなったのだった。

グレンジャーさんの送ってくる視線を背中で感じながら、私はいつもの思考を繰り返す。

 

これでいいのだ。こうでなくてはならないのだ。

返事をしたとしても、どの道私には彼女を邪険にした受け答えしか出来ない。私はダフネ以外の人間と近づくわけにはいかないのだから。それに私はどう言い繕おうとも、去年彼女を襲おうとした。未遂に終わったとしても、私が彼女を害そうとした事実が消えるはずがない。そもそも私はまだ、あの時の行動を彼女に謝ってすらいない。何が疲れている表情が気になる、だ。私がまず口にすべきは彼女への謝罪のはずだ。

でも……私は彼女に謝罪することすら出来ない。彼女に事情を話せない以上、謝ったとしても私の自己満足でしかない。ただ彼女に余計な責任を押し付けるだけだ。彼女にいらぬ期待を持たせるだけに終わってしまう。……だからこれでいいのだ。

 

必死に自分を()()()()()()()、私は決して振り返らずただ前だけを見つめて授業開始を待つ。

結局私は大勢の生徒が集まり、ようやく最後に『数占い』の先生であるセプティマ・ベクトル教授が来るまで決して振り返ることはなかった。

しかしどんなに無視を決め込んでも、それこそあれだけ楽しみにしていた新授業が始まっても、この寂寥感が消えることはなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ視点

 

朝から何だかとても疲れるような出来事があったし、正直あの精神状態で授業の内容を半分も理解できたか分からないけれど……『マグル学』の授業自体はとても興味深いものだったと思う。魔法を使えないマグル達がどのように暮らしているか、そしてどのような考え方を持っているかなど、まともな精神状態でさえあれば幅広い知識を得ることが出来そうだ。

全く知らない世界。それこそダリアですら知らないだろう世界を学ぶのはとても楽しい。あれで先生や生徒達からの視線さえなければもっと素晴らしい授業なのに……。

授業開始前どころか、授業中でさえ私に教室中の視線が集中していた。勿論好意的なものではない。敵意の籠った警戒の視線だ。

それだけ純血主義であるスリザリン生がマグル学を選ぶのは物珍しいのだろうけど……仮にもマグルと魔法族の融和をうたうなら、純血貴族をあぁもあからさまに警戒するのはいかがなものだろうか。まぁ、私が『継承者』であるダリアと友達だと思われていることも原因の一つなのだろう。ダリアを『継承者』と認識しているのは許せないけれど、それは今更のことだ。それだけ私とダリアの仲がいいということだから良しとしよう。

 

私は朝一番の記憶に無理やり()()()()()()、ダリアとの楽しい昼食を済ませ、今度は『魔法生物飼育学』の授業を受けるため校庭に向かう。

私の今の足取りは、朝の精神状態と打って変わり非常に軽いものだった。やはりダリアと一緒にいたというだけで、私の疲れや悩みは消え去っていくようだ。去年とは違いダリアが友達として隣に座っており、尚且つダリアも新しい授業終わりということで晴れやかな表情であったのだから猶更だ。授業終わりすぐは少しだけ悩ましい表情をしていたのが気になったけど、理由を尋ねれば、

 

『いえ、どうでもいいことです。……ただ『数占い』の内容を考えていただけですから大丈夫ですよ。何せ初めての授業なものですから。それより、はやく昼食を摂りに行きましょう。午後もすぐに授業がありますから、出来るだけ長い時間貴女と一緒にいたいのです。駄目……ですか?』

 

そんな嬉しいことを言った後、本当に嬉しそうな無表情に変わっていたから大丈夫だろう。

本当に、『マグル学』での出来事を除けば今のところ最高の一日だ。これからのダリアとの生活を考えるだけで気分が明るいものに変わっていく。決して明るいだけの未来ではなくとも、彼女と共に過ごせるなら大丈夫だと思える。今の私は絶好調だった。

 

しかし私の気分が明るい状態でも、私の周りの気分まで最高というわけではなかった。寧ろ最悪と言ってもいい。

原因は勿論、

 

「まったく……あの野蛮人が教師というだけで憂鬱なのに。なんでよりにもよってグリフィンドールと合同なのよ!?」

 

これからの授業にあった。いや正確に言えば、これから行われる授業の新教師が原因だった。

校庭にパンジーの悲痛な叫び声がこだまする。

皆不安なのだ。あの見るからに愚鈍そうな老害信者の森番に、果たして教師を務めることが出来るのだろうかと。

確かにあのウドの大木は森番ということもあり、この学校の誰よりも魔法生物に詳しいことだろう。でも詳しいからと言って、まともな授業が出来る人材だとは到底思えなかった。今年使われる教科書一つとっても安心できる要素など皆無だ。満足に開くことすら出来ない教科書をどうやって読めというのだろうか。魔法生物に詳しいことと、魔法生物について真面に教えられることは違うのだ。ダンブルドアがいつものように適当な人選をしたとしか思えない。今年の『闇の魔術に対する防衛術』の先生が()()……かは、まだ分からないけれど、彼だけが特別なのだ。犬猿の仲であるグリフィンドールとの合同授業というのも不安に拍車をかけている。

かくいう私も不安だった。今はダリアと昼食を摂ったから元気だけど、次の授業に対する不安感だけは他のスリザリン生と共有していた。

 

そしてその不安は見事に的中することとなる。

 

途轍もなく大柄な巨体。長髪に加え、顔の下半分を覆う針金のようなもじゃもじゃ髭。

忌々しい程に澄み切った青空の下、青々とした草原を横切った先に彼は既に立っていた。小屋の前に仁王立ちする彼こそが、今年から『魔法生物飼育学』の教鞭をとる森番、ルビウス・ハグリッドだった。

先に来ていたグリフィンドール生に囲まれた森番が、うずうずした態度で私達の到着と同時に大声を張り上げる。

 

「さぁ! 早く来いや! 今日は皆にいいもんを見せてやるぞ! なんせ俺の初めての授業だからな! きっと度肝を抜くぞ! ついてこいや!」

 

彼はそう言ったかと思うと大股で私達を先導し、森近くの放牧場のようなところに連れてきてから宣言した。

 

「皆ついてきているな! よし、じゃあ真っ先にお前さんらがやることは、教科書を開くことだ! 皆ちゃんと持っちょるだろぅ!? 『怪物的な怪物の本』だ! さぁ、開くんだ!」

 

……やはり先行きが不安で仕方がない。授業開始からいきなり無理難題なことを言い渡されてしまった。

これにはスリザリン生は勿論、森番と仲のいいグリフィンドール生でさえ顔をしかめている。おずおずと教科書を取り出しても、皆紐でぐるぐる巻きにされており、とても開けられるような状態ではない。紐で巻いてなければ誰かれ構わず噛みつこうとするのだから当然の処置だ。皆教科書を開けず、ただ茫然と立ち尽くすことしか出来ない。

 

……ただ一人、()()()()()()()

 

スリザリン生の中で唯一この授業以外が原因で暗い顔をしていたドラコが、皆が押し黙るなかで静かに紐の巻かれていない状態の教科書を開いていたのだ。紐をしていなくても、彼の教科書だけは信じられない程大人しくしていた。

あり得ない光景に驚く周囲同様、森番も酷く驚いた様子だった。もっとも、

 

「な、なんだ。マルフォイしかその本を開けられた奴はおらんのか? ハ、ハリーも……ハーマイオニーもか? な、なんだお前さんら、ただ撫でりゃええんだ。まったく……なんでよりにもよってマルフォイだけが……」

 

驚いた理由は私達とは違っているみたいだけど。

彼はグレンジャーの教科書を取り上げ、本を縛り付けていた紐を取り除くと、その巨大な親指で背表紙を一撫でする。すると教科書はブルっと身を震わせ、今までの凶暴さが嘘のように大人しくなっていた。皆が真似して背表紙を撫でるのを眺めながら、森番は気を取り直したように続け、

 

「え~と。これで教科書は開けられるだろう。うん。そんじゃぁ、俺は魔法生物を連れてくるから、ここで教科書を読んで待っとれよ……」

 

森の方へと歩いて行ってしまった。

残された生徒達は、初めて開けた教科書を眺めながら各々おしゃべりを始める。比較的近くにいたポッター達はいかにこの先行きの不安な授業を()()()()()()()()()を話し合っており、逆にスリザリン生達はいかに授業を()()()()()()を話し合っている。そんな彼らを尻目に、私は未だに暗い表情をして押し黙るドラコに話しかけることにした。これ以上暗い空気を垂れ流されても困ると思ったのだ。

 

「……ほら、ドラコ。気持ちは分かるけど、もういい加減元気出さないと。昼食の時は何とか誤魔化せたけど、このまま落ち込んでいたらダリアにばれちゃうよ」

 

私の声にドラコがノロノロとした動作で顔をこちらに向ける。その表情は、やはりどこまでも暗いものだった。

 

「……ああ、そうだな。いつまでも落ち込んでるわけにはいかない……。そうでないと、僕はまたダリアのお荷物になってしまうからな……。そう、ダリアの気持ちも考えないお荷物に……」

 

空がここだけ曇りなのでは思える程口調が暗い。朝のお説教が効きすぎたみたいだ。

他の馬鹿どもはともかく、ドラコだけは『吸魂鬼』のことを軽々しくダリアの前で扱ってはいけないと、私は朝食後すぐにドラコを大広間横の倉庫に連れ込んで叱った。最初は何故叱られているかも分かっていない様子だったけど、ダリアが考えているだろうことを話すにつれ顔色は悪くなり、最後には落ち込んだままほとんど喋らなくなってしまったのだ。

元気だったのは昼食の時だけ。それも無理やり笑顔を作っていただけだ。ダリアがいなくなると再び暗い表情に変わり果てていた。

私は段々と暗くなっていく口調のドラコに苦笑しながら応える。

 

「元気出しなよ。確かに貴方が『吸魂鬼』のことでポッターを安易に馬鹿にしたのが始まりだけど、別に貴方さえ軽率な言動を取らなければダリアは気にしないと思うよ。ただダリアは、()()()()自分のことを分かっていてほしいだけなんだから。他の奴らがどんな仕草をしようとダリアは無関心だよ。だからこれから貴方が気を付けていれば大丈夫だよ。昼食の時だって、ダリアはもう元気にしていたでしょう?」

 

私も別にドラコのことが嫌いになる程怒っていたわけではない。彼が暗い表情をしていればダリアが心配する……ということもあるけど、私もただ純粋に彼が元気でないと調子が狂うのだ。彼には元気でいて欲しい。そう思い慰めの言葉をかけたわけだけど、

 

「……ああ」

 

相変わらず暗い返事しか返ってはこなかった。声に力が入っていない。これは大分重症らしい。

私はここで作戦を変えることにした。これならいくら慰めても無駄だろう。()()()()()一言で回復させてしまうのだろうけど、妹でも何でもない私には無理そうだ。時間が解決してくれるのを待とう。

だから私は、せめて少しでも意識を別のことに逸らしてあげることにした。朝の話から、私が先程気になったことに話題を転換する。

 

「……そう言えば、よくこの教科書を開けられたね。紐を巻いてなくても暴れていなかったし。ダイアゴン横丁でそれを買った時は、まだ元気いっぱいに貴方に()()()()()()()でしょう? どうやって開け方を見つけたの?」

 

話題転換のためとはいえ、これはそれなりに気になっている疑問だった。

森番は背表紙を撫でることで教科書を開いていたけど、ドラコはそんな素振りをしたようには見えなかった。彼の教科書は、それこそ自分から開かれてすらいるように思えたのだ。そんなに大人しい本だったのなら私達は買う時に苦労などしていない。私はこいつを購入した時のことを思い出しながらドラコに疑問を投げかける。

 

本同士が噛みつき合う光景に泣きべそをかく店員。店員が必死な思いで取り出した教科書に噛まれそうになる私とドラコ。

そして……そんな教科書を血のような赤い瞳で見つめるダリア。

あの時だけは、あわやダリアの楽しい一日が壊れてしまいそうだった。輝くような一日の中で唯一にして最大の汚点だ。すぐに本屋から離れることで事なきを得たけど、あのままあそこで立ち往生していれば危なかった。

 

ドラコも私の言葉であの時のことを思い出したのだろう。私の質問にドラコは一転、暗いものから苦虫を噛み潰したようなものに表情を変えながら応える。少なくとも今にも消えてしまいそうな暗さではなくなっている。どうやら意識を別のことに向けることは出来たらしい。でも、

 

「ああ、お前の言う通りだ。こいつも買った時は元気だったさ。家でも何度も噛まれそうになったな。でも……ダリアがこの本を預かった後から大人しくなったんだ。そうだ……これは……結局僕は……」

 

「ドラコ?」

 

それも一瞬のことでしかなかった。どうあっても、今の彼は暗い思考に囚われてしまうらしい。

ドラコは再び悲しみの表情を浮かべながら続ける。

 

「ダリアはこいつを持っていく直前に言っていた。『別に教科書が生きている必要はありませんよね?』ってな。確かに教科書が大人しくなったのはありがたいし、返ってきた本が()()()()()わけでもない。あれ以来ずっと震えているがな……」

 

彼の言う通り、よく見れば『怪物的な怪物の本』は何かを恐れているように微かに震えていた。何かに怯えているように……。

 

「別に困ったことは特にないんだ。ダリアの様子が変わったということもない。実際お前に言われるまでこんなことを思ったこともなかった。でもな……この本が震えているのを見ていたら考えてしまうんだ。思い出してしまったんだ。去年の『闇の魔術に対する防衛術』で無能がピクシーを解き放った時を。あの時自分の無力さを呪ったのに、未だにダリアに頼りっきりの僕を……。考えすぎだとは分かっているんだが……どうしても思い出してしまうんだ。僕は『吸魂鬼』の件も含めて、何一つ去年から成長などしていない……」

 

私は今度こそドラコに何も言えなくなってしまった。

思いの外深い悩みに、私はおいそれと回答できなかったのだ。朝の出来事があったからこその悩みなのだろうけど、私は肯定も……そして否定も安易にすることが出来なかった。

でも私の無回答こそが、どんな応えよりも私の気持ちを代弁しているものだった。

 

私とドラコの間に奇妙な沈黙が舞い降りる。

授業の最中だというのに、私達の思考は完全に授業を受けるものではなくなっていた。

 

 

 

 

……それがいけなかったのだろう。

授業に集中していれば彼はその事態を回避してたかも、いや、()()()()()()()()()かもしれない。

ちゃんと授業に集中し、森番の話を聞いていたら……。

 

ドラコの未熟さによる過ちは、この後また一つ増えることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

意外だった。

グリフィンドールとスリザリンの合同授業だと聞いた時は、また朝の様にドラコから馬鹿にされるんだと思った。午前は突然先生から死の予言を告げられるし、午後は午後でハグリッドの初授業中にドラコの気絶する真似を見ていないといけない。本当に散々な一日になってしまう。そう思っていたのに……実際はドラコが僕を揶揄ってくることはなかった。

 

ハグリッドがどんな生き物を連れてくるのか。そしてどんな()()()()()()だろうと、()()()は喜んであげようと話し合っている僕らの近くにドラコとグリーングラスはいたわけだけど……彼らは僕に注意を向けてくることすらない。相変わらずドラコ以外のスリザリン生は時折気絶した振りをして盛り上がっているものの、ドラコ自身がそれに参加する素振りを見せることはなかった。教科書を一人だけ開けていたのもあるが、どうにも今のドラコはいつもの奴らしくない。

 

いや……まだあいつが馬鹿にしてこないと考えるのは早計か。ドラコのことだ。きっと僕を揶揄う最高のタイミングを狙っているだけに違いない。

 

そう思いながら注意を半分背後に向けていたところに、

 

「キャァァァァ!」

 

ラベンダー・ブラウンの甲高い叫び声が響き渡った。

驚きながら彼女の指さす方向に目を向けると、そこには奇天烈な動物たちがいた。

胴体、後ろ足、尻尾は馬。それなのに、前足と羽、そして頭部は巨大な鷲の形。

マグルの世界では見たことも聞いたこともない生物たちを連れ、ハグリッドが満面の笑みを浮かべながら近づいてくる。

 

「さぁ、連れてきたぞ! ヒッポグリフだ! 美しかろう、え!?」

 

確かに美しくはある。でも同時に一目で危険であると分かる動物でもあった。嘴は鋭く、前足の鉤爪など15センチはありそうだ。あれに引き裂かれればどうなるのか……考えるまでもなかった。

僕は当初の初授業成功計画を忘れ……そして同時に、後ろにいるマルフォイ達のことも忘れて、ただ茫然とヒッポグリフを見つめた。

その間にもハグリッドの話は続く。

 

「だが美しいだけじゃないぞ。こいつらは美しいと同時に危険でもある。こいつらは誇り高い奴らだ。おまけに人間の言葉もある程度は理解できる程賢い。だから絶対に侮辱しちゃなんねぇ。そんなことしてみろ、それがお前さんたちの最後の仕業になるだろうな。それと勿論礼儀が大切だ。こいつの傍に来たら、まずこちらがお辞儀をしなければならん。それでお辞儀を返されるのを待つんだ。お辞儀を返されたら触ってもいいという合図だし、もし返されなければ……まぁ、すぐに離れるこった」

 

ハグリッドの生々しい説明に皆すぐに頷く。

……授業に集中していないドラコを除いて。彼が心ここにあらずといった様子で頷いていないのに、僕は前を向いていたため気が付くことはなかった。

 

「よ~し。誰が最初だ? 誰かまずやってみたい奴はおらんか?」

 

ハグリッドの説明を聞いて皆完全に腰が引けている。かくいうロンとハーマイオニー、そして僕も皆同様怖くて仕方がなかった。あんな獰猛そうな生き物に、まともに近づけるわけがない。

 

……でも、それでも。

 

「おぉ! 偉いぞ! ハリー!」

 

僕はソロリソロリと手を上げていた。

怖くないはずがない。近づいた瞬間八つ裂きにされる光景しか想像することが出来ない。

でも、それでも僕はハグリッドの友達なのだ。彼の最初の授業をどうしても成功させてあげたかった。

決意となけなしの勇気。そしてどうしようもない後悔を胸に手を上げる僕を嬉しそうに見やってから、ハグリッドは一匹のヒッポグリフを連れてくる。

 

「じゃあハリーにはこいつにしよう。名前はバックビークだ。この中でも特に賢い奴だ。……同時に一番誇り高い奴でもあるがな。まぁ、ハリーなら上手くやるだろう」

 

バックビークは灰色の羽毛をしたヒッポグリフだった。オレンジ色の瞳で僕の方を鋭く睨みつけている。まるで値踏みするような視線だった。

 

「まずはヒッポグリフの目を見るんだ。瞬きはするな。目をショボショボさせてる奴は信用されんからな。それと丁寧にお辞儀だ。ほらハリー、やてみぃ」

 

僕は出来るだけ丁寧に、でも内心はビクビクしながらお辞儀をする。そんな僕を少しの間バックビークは見つめていたが、ややあって、

 

「やったぞ! ハリー! お前さんはバックビークに認められたんだ! よし、触ってもええぞ! 流石はハリーだな!」

 

彼はお辞儀としか思えない恰好をしたのだった。こちらに向かって前足を折り、頭を下げている。どこからどう見てもお辞儀だった。どうやら一応の合格点は貰えたらしい。

僕は下がりたいという思いを押し込めながら、促されるままにバックビークに近寄り手を伸ばす。そして嘴を撫でてやると、彼は気持ちよさそうに目を閉じていた。

こちらも成功したのだろう。バックビークの仕草に、僕は今まで怖がっていたのが嘘であるかの様に安心して嘴を撫で続ける。いざ成功してしまえば怖いというより、美しいという感情の方が勝ってくる。

僕の成功を受け皆も安心したようだった。皆恐々ながらも、それぞれのヒッポグリフに近づいていく。

その様子に僕は無性に嬉しくなった。ハグリッドの初授業は大成功だ! 僕はバックビークから離れ、ハグリッドに微笑みながら話しかけた。

 

「すごいよ、ハグリッド! 初めての授業、大成功だよ!」

 

「いんや、ハリーのお蔭だ! 流石はハリーだ! 教科書を開けたのがドラコだけの時はどうなるかと思ったが、お前さんのお蔭で何とかなりそうだ! ありがとうな、ハリー!」

 

僕等の会話を横目に、あちこちで色々な光景が繰り広げられていく。

ハーマイオニーは栗色のヒッポグリフとお辞儀合戦を繰り広げており、ネビルはヒッポグリフがお辞儀を返さなかったので慌てて逃げている。

しかしそんな中でも、

 

「おい、ドラコ! おめぇさんもやってみろ! 横にいるお前さんもだ!」

 

ドラコとグリーングラスだけは暗い顔をするばかりで、授業には一切参加していなかった。スリザリン生が苦手であるハグリッドも、流石に先生になった以上何か言う必要があると思ったのだろう。大声を張り上げ、無理やりにでも授業に参加させようとする。

すると、まるで授業が行われていることに今気が付いたと言わんばかりの様子で、

 

「……ふん。何が授業だ、こんな時に……」

 

何か呟いた後、ズンズンと言った足取りでバックビークに近づいてきたのだった。グリーングラスはそんなドラコに続きながら、何故か怖気づかずにいる彼に声をかける。

 

「ドラコ。そんな風に勢いよく近づいちゃ駄目だよ。ハグリッド先生がさっき言ってたでしょう? まずはお辞儀をしないといけないらしいよ」

 

妙に物怖じせずに近づくと思ったら、授業内容を聞いていなかったらしい。何も知らず、何も考えず、ただ自分の中にある何かを()()しようとするかのような態度だったのが気になったのだ。

僕に懐いてくれたからといって、バックビークが危険な生き物でなくなったわけではない。ハグリッドの話を聞いていなかった彼が、あんなに無暗矢鱈に近づいて大丈夫なのだろうか。

僕は嫌な予感を感じていた。

 

その予感が的中したのは、この直後のことだった。

無事お辞儀を終え、かろうじてバックビークに認められたものの……彼はあり得ないことを口走ってしまった。

 

「ふん、ポッターにも出来るんだ。僕に出来ないはずがない。出来なければおかしい。出来なければならないんだ。こんなことさえ出来なければ僕は……。こんな簡単なこと、よくもまぁあそこまで持ち上げれたものだよ。こんな危険でも何でもない奴を撫でることなんてな。そうだろう?」

 

彼は侮蔑に溢れた、でもどこか疲れ切った顔で言い終えた。

 

「醜いデカブツ君?」

 

……それは彼にとって、別に侮辱するつもりで吐いた言葉ではなかったのかもしれない。彼の口から出た、単なる彼なりの表現。侮辱していたとしても、その対象はバックビークでなく、どちらかというと僕に対するものだったのかもしれない。

でも、そんなことを考えている余裕など僕にはありはしなかったのもまた事実だった。

何故なら、

 

「ヒィィィ!」

 

「馬鹿! ドラコ! なんてこと言ってるの!? とにかくはやく逃げなさい!」

 

侮辱されたと思ったバックビークがマルフォイに襲い掛かったから。

まさに一瞬の出来事だった。一瞬鋼色の鉤爪が光ったと思ったら、すでにドラコが腕を抑えながら倒れ伏していた。

ハグリッドが巨体に見合わぬ俊敏さでバックビークに首輪をつけている間にも、マルフォイのローブは見る見るうちに血に染まっている。傍に居たグリーングラスが支えようとするものの、ドラコは力なく地面に蹲り続けていた。

 

「死んじゃう! 僕、死んじゃう! ダ、ダリア! ぼ、僕は、」

 

「し、死にゃせん! ただの切り傷だ! ポピーならすぐ治してくれる! そ、そうだ、こいつを医務室に連れて行かにゃならん! お、お前さんらは動くんじゃねぇぞ!」

 

うわ言の様に妹の名前を繰り返すドラコを抱え、ハグリッドは城の方に走り去っていく。その後を顔を真っ青にしたグリーングラスが続き、放牧場には騒然とした生徒達が残される。

急転直下の事態に茫然とする僕とロン、そしてハーマイオニーの三人組を横目に、皆各々が好き勝手なことを言って騒いでいた。

 

「あんな教師、すぐにクビにすべきよ!」

 

「マルフォイが悪いんだ! ハグリッドの話を聞いていなかったから!」

 

意見は二通りだった。

ハグリッドが悪いというスリザリン生達と、マルフォイが悪いというグリフィンドール生。

 

 

 

 

でも皆色んなことを叫んではいるが、結局この授業がこれからどうなるかなどは誰にも分かっていない様子だ。

 

そんな中でも……一つだけ確かなことがあった。

 

ハグリッドの授業は……大成功どころか、大失敗に終わったのだ。

そのどうしようもない事実だけは、皆言葉にせずとも共有していたのだった。




次回みんな大好き『まね妖怪』

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