ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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まね妖怪(前編)

 ダフネ視点

 

「あぁ、ドラコは大丈夫かしら? まったくあの野蛮人! 何であんな危険な生き物を連れてきたのよ! そのせいでドラコが……」

 

「そもそもあんな奴を教師にしたのが間違いなんだ。去年もそうだったが、ダンブルドアは余程人を見る目がないらしい。この分だと『闇の魔術に対する防衛術』の教師も見た目通りだろうな」

 

ドラコを医務室に送り届けた後、私はすぐさま談話室に取って返したわけだけど、『魔法生物飼育学』を受け終えたスリザリン生達はまだ廊下に屯していた。

全員が全員森番に対しての罵倒を繰り返しており、そのせいで遅々として足が進んでいなかったのだろう。

私が合流しているのにも気付かず、彼らは言葉を続ける。

しかし、

 

「危うくドラコの腕は引きちぎられる所だったのよ! あんなことしでかしたのだから、すぐにクビにすべきだわ!」

 

「ふん、クビだけで済むといいが。どの道ルシウス氏が黙っていないだろう。今度こそダンブルドア共々おしまいさ」

 

「……ルシウス氏の前に、マルフォイ様が森番を()にしてしまう可能性の方が高いけどな」

 

一人の寮生が漏らした呟きで、廊下は一瞬にして静まり返った。皆今までの威勢が嘘であるかのように押し黙り、表情を一様に青ざめさせている。

皆思い出しているのだろう。去年の『闇の魔術に対する防衛術』で見せたダリアの殺戮行為を。血を浴びながら見せた、ダリアの心底嬉しそうな笑顔を。

そしてダリアに先程の授業で何が起こったのかを伝えた時、彼女が人を殺す大義名分を得てしまうのではないかと恐れているのだろう。ついでにドラコの近くにいながらも、彼を守れなかった自分達も巻き添えを食うのではと考えているのかもしれない。

かくいう私も心配だった。勿論他の連中の様に、ダリアが今回のことで即座に森番を殺すとは、ましてや私達が襲われるとは露程も考えていない。けど、少なくともホグワーツにいるヒッポグリフを根絶やしにしかねないとは思ったのだ。どんな理由であれ、ドラコが傷つけられた以上ダリアが平静でいられるとは思えない。彼女の言うところの『衝動』に身を委ねかねない。

だから私はドラコを送り届けた後すぐ談話室に戻ろうとしたのだ。ダリアに刺激的な情報を()()()()()()()

ダリアがヒッポグリフを殺してしまわないように。彼女が行動の結果、後で自分を責めてしまわないように。

それは当のドラコも分かっているのだろう。医務室に放り込まれたドラコは、

 

『ダ、ダリア! ぼ、僕は! やめるんだ、ダリア! お前がそんなことをしたら!』

 

そんなことを譫言の様に繰り返していた。ドラコはパニックに陥りながらも、それでもダリアのことを考えていたのだ。

勿論ドラコの言葉がなくても、私は同様の行動をとったことだろう。でもドラコの言葉で決意が固くなったのも確かだ。私にはドラコのためにも、必ずダリアを止めなければならない義務がある。

そんな覚悟を胸に、私は他のスリザリン生と共に寮に向かって歩き続ける。

 

そして……遂にその時がやってきたのだった。

 

寮の入り口をくぐった先には、

 

「ダフネ、おかえりなさい。『魔法生物飼育学』はどうでしたか?」

 

先に授業を終えたらしいダリアがいた。寛いだようにソファーに座り、私とドラコのためと思われる紅茶を三人分用意しながら彼女はこちらに声をかける。『魔法生物飼育学』でドラコが怪我をしたなどと夢にも思わないダリアは、いつになく穏やかな口調だった。

 

「森番が教師というのが少し気になりますが、彼なら珍しい生物を見せて下さりそうですね。最初の魔法生物は何だったのですか?」

 

ダリアはいつもの無表情であり、今は特段機嫌が悪い様子ではない。しかしその穏やかな口調が逆に恐怖を煽ったのだろう。周りのスリザリン生は、ダリアの言葉が進むにつれ顔色をさらに青くしている。そしてダリアはその様子に気付けない程鈍い人間ではない。普段とは違う反応を示すスリザリン生を訝みながらダリアは続ける。

 

「皆さん、どうされたのですか? そんなに青い顔をして。何か授業であったのですか? ……そういえば、お兄様の姿が見えないような」

 

ダリアがドラコに言及した瞬間、談話室の空気が冷たい物に変わったような気がした。スリザリン生はただでさえ青い顔を更に青くしており、ダリアはその反応に更に視線を鋭くしている。彼らの反応でドラコに何かがあったことを悟ったのだろう。彼らから視線を外し、ダリアは静かな口調で私に尋ねてきた。

 

「ダフネ……お兄様はどこにいるのですか? 貴女なら答えられますよね?」

 

ダリアの声は静かだけど、同時に有無を言わせない凄みを含んでいた。

私は意を決して声を上げる。慎重に、ダリアをなるべく刺激しないように。

 

「あのね、ダリア。落ち着いて話を聞いてね。ドラコはね……さっきの授業で怪我をしちゃったの」

 

しかし反応は劇的だった。

 

「お兄様が怪我!? 大丈夫なのですか!? ここにお戻りになっていないということは、今医務室ですか!? なら、私は今すぐお兄様の所へ、」

 

私の言葉にダリアは勢いよく立ち上がる。勢いあまってテーブルにぶつかってしまい、せっかく用意していた紅茶がひっくり返っている。私は興奮するダリアに慌てて続けた。

 

「落ち着いて! ドラコの怪我はたいしたことないから! ただ少しだけ大事を取って医務室に行っているだけだよ! マダム・ポンフリーならすぐに治してしまえるよ! そう、ただの掠り傷程度だから、」

 

「何がかすり傷よ!」

 

私の声に突然甲高い声が被せられる。

恐怖で黙っていればよいものを、パンジーが何を思ったのか急に話を遮ってきたのだ。

私の苛立ちに気付くことなく、パンジーはヒステリックな叫び声を上げ続ける。

 

「あの野蛮人! そう、ドラコが怪我をしたのは全部あいつのせいなのよ! 最初の授業でいきなりヒッポグリフとかいう危険生物を連れてきたのよ! それなのに碌に管理もしないで……あまつさえドラコに近づくように命令したの! そのせいでドラコはあのヒッポグリフに()()()()()()()()()! 危うくドラコの腕は()()()()ところだった! きっとあの野蛮人は最初からドラコを()()()だったのよ!」

 

パンジーの叫び声が止む頃には、もはやスリザリン生の顔色は青を通り越して土気色に変わっていた。

 

そして同時に……ダリアの瞳も血のような赤色に変わっていたのだった。

 

静まり返る談話室の中、ダリアが垂れ流される雰囲気とは真逆の落ち着いた動作で窓を見やる。スリザリン談話室は地下にあり、窓の外には湖底が広がっているため正確な時間は分からない。しかし、それでも日が沈んでいるかくらいは判別できる。ダリアはそっと外を見やった後、

 

「日は沈んでいますね。なら、私も外に出ることが出来ます……」

 

ひとり言を漏らしていた。

外に出て何をしようとしているかなど一目瞭然だった。心なしか口角が既に上がり始めてすらいる。

恐れていた事態が現実のものとなったことを悟った私は、慌ててパンジーの言葉を否定した。

 

「ダ、ダリア。ち、違うよ、パンジーは気が動転しているだけで、ドラコの怪我は本当にたいしたことないの! 森番だって別にドラコを傷つけようとしたわけじゃない! 単なる事故だったの!」

 

「……しかし、お兄様が怪我をしたことに間違いはないのですよね?」

 

「そ、そうよ! ダフネはどうしてあの野蛮人を庇うのよ!? 貴女だって、」

 

「パンジーは黙って!」

 

森番に対する怒りのためなのか、それともドラコのためという間違った義務感からなのか、ダリアをどこか嗾けようとしているパンジーを黙らせながらさとし続ける。

 

「ね、ダリア、落ち着こう。ドラコは少しだけヒッポグリフに引っかかれただけ。多少大げさに見えても、マダム・ポンフリーにかかればあっという間だよ。まずは落ち着いて、それからドラコの所へ行こう? ヒッポグリフの所なんて後からでも行けるでしょう? だから、まず医務室に行こうよ」

 

私とダリアの視線が僅かな時間交差する。

ダリアの瞳は相変わらず赤く、見ているだけで不安な気持ちにさせられる。彼女の瞳には、日常では決して感じることのない殺意だけが満ち溢れていた。

 

……でも、私は決して目を逸らさなかった。ここで少しでも折れてしまえば、ダリアは自分の『生き物を殺したい』という願望に従ってしまうかもしれない。彼女の持つ『優しさ』故に、ドラコを傷つけたヒッポグリフを殺したいという『衝動』に従ってしまうかもしれない。

そんな彼女が後で絶対に後悔するようなことは、私が必ず止めなくてはならない。

 

それが私の、ダリアと友達になる上での覚悟なのだから。

私は秘密の部屋で、理性を失いかけた彼女を止めると誓ったのだから。

 

そんな私の思いが、あるいはドラコへまず会いに行こうという言葉が通じたのだろう。

私と見つめあっているうちに、ダリアの瞳が段々と元の薄い金色に戻っていく。色が戻るにつれダリアの理性も戻っていくようだった。そして完全に色が戻り切った時、ダリアはポツリと、

 

「……分かりました。外にはいつでも行けますものね。まずはお兄様の所に行きます。……ダフネも一緒に来てくれますか?」

 

小さな声で呟いたのだった。彼女の声にはもう、先程まであった溢れんばかりの殺意はどこにもなかった。少なくとも、今すぐヒッポグリフを殺しに行くつもりがなくなったことだけは確かだった。

 

去年と違い、私でもダリアの怒りを抑えこむことに成功したのだ。

 

復讐よりドラコを優先するように言えば、どんなに理性が失いかけていてもダリアが反応しないはずがないという読みは正しかった。

作戦が取り合えずの成功を見たことに内心ホッとしながら、私はダリアに手を差し出し応える。

 

「勿論だよ! さあ、マダム・ポンフリーのことだからきっともう怪我なんて治してしまっているだろうけど、彼女の気性を考えれば一日医務室にいろと言われていても可笑しくないからね。ドラコが監禁される前に助け出しに行こう」

 

「……はい。……ダフネ、ありがとうございます」

 

伏し目がちではあるけど、それでもしっかり私の手を握り返すダリアと共に、私は医務室に向かって歩き始める。

 

 

 

 

……これが、医務室のドアに『面会謝絶』という文字盤を見る数分前の出来事だった。

結局この日、ダリアがドラコと会うことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

ハグリッドの初授業が大失敗に終わった次の日。『魔法史』を終えた後の昼食の席はひどく静まり返ったものだった。大広間の空気はどこまでも冷たく、全員が全員身を縮こませてテーブルに着き、時折チラチラとスリザリンの席に視線を送っている。

当然皆が視線を送る先には、

 

「ダ、ダリア。ドラコはもうすぐ帰ってくるって。き、昨日も話したでしょう? だから……」

 

「……」

 

食事を摂るでもなく、そして必死な様子で話しかけるグリーングラスに応えるでもなく、ただジッと大広間の扉を見つめ続けるダリア・マルフォイの姿があった。

昨日の出来事は一夜にしてホグワーツ中に広まったのだろう。兄を傷つけられたダリア・マルフォイが、それを()()()今にも暴れ始めるのではないかと皆恐れているのだ。

静まり返る大広間の中で、僕も時折ダリア・マルフォイと空席のハグリッドの席を見やっていると、ロンが小声で話しかけてきた。

 

「ダリア・マルフォイの奴、昨日のことで相当御立腹みたいだな。どうせドラコの怪我なんてたいしたことないだろに。それに、あの怪我はハグリッドの話を聞いていなかったドラコの自業自得だろう?」

 

「ええ……。でもあの様子だと、ドラコはまだ医務室から帰ってきていないみたいね。だったら、マルフォイさんが心配するのは仕方のないことよ……」

 

僕はハーマイオニーのまるでダリア・マルフォイを擁護するような返事を適当に聞き流しながら応える。

 

「マルフォイのことなんてどうでもいいよ。問題はハグリッドだよ。昨日から一回もここに来ていない。まさかクビになったとかないよね……」

 

ハグリッドの初授業は完全に失敗だった。いや、失敗させられたのだ。ドラコの下らない行動によって。あいつがちゃんとハグリッドの話を聞いてさえいれば、ハグリッドの授業は大成功だったのに……。

そんな友達の初授業を滅茶苦茶にした奴の心配などするつもりはない。ハーマイオニーのように、あいつの妹であるダリア・マルフォイの感情を考えるつもりもない。あんな奴らのことより、僕は今小屋にふさぎ込んでいるだろうハグリッドのことの方が遥かに重要だったのだ。

僕の返答に、どこかダリア・マルフォイの方を心配げに見つめていたハーマイオニーも神妙な表情をする。いくらダリア・マルフォイに理解不能な憧れを抱いているとはいえ、ハーマイオニーもハグリッドのことは心配なのだ。

 

「クビには……ならないと思うわ。ダンブルドアがそんなことするとは思えないもの。でも、ルシウス・マルフォイが黙っていないわ……。理事ではなくなったけど、まだ少なからず影響力を持っているはずよ。彼がどんな手を使ってくるか……」

 

僕等の席は暗い空気に包まれる。

心配だった。ハグリッドはあんなにも教師になったことを喜んでいたのに、一日にしてその喜びが水泡に帰し、残ったのは明日にもクビになるかもという不安のみ。ハーマイオニーが言うように、ダンブルドアが擁護してもルシウスがどんなことを言ってくるか分かったものではない。未来はどう考えても明るいものではなく、それ故にハグリッドが不憫に思えて仕方がなかった。

暗い空気の中、僕はハグリッドが来ないかと期待しながら食事を摂る。

 

しかし来たのは、

 

「ダリア! 今戻ったぞ!」

 

授業を滅茶苦茶にした張本人、ドラコ・マルフォイくらいのものだった。昼食の途中、ドラコがようやく大広間に現れたのだ。

午前の授業を休んでいたくせに、()()()()()()()元気いっぱいな様子で怪我したはずの右手を振りながらスリザリンの席に向かっている。目を向ければ、今まで無表情の上でも分かる程の不機嫌さが吹き飛んだ様子のダリア・マルフォイが兄に駆け寄る光景が広がっていた。大広間にいる全員の注目を浴びながら、ダリア・マルフォイが大声で叫んでいる。

 

「お兄様! お怪我は!? 腕は大丈夫なのですか!? 昨日は面会謝絶だったはずです! 大丈夫なのですか!? 本当はドアを破壊してでもお会いしたかったのですが、治療に関して私は詳しくないものでして……。お兄様、本当に、」

 

「ああ、この通り大丈夫だから安心しろ、ダリア。面会謝絶だったのも、いつものマダム・ポンフリーの心配性が原因だったのさ。昨日の段階で治り切っていたものを、あいつがグダグダ言っていただけだ。だから……お前は何も心配する必要も、何の怒りも覚える必要はないんだ、ダリア」

 

体のあちこちを妹に触られながら、ドラコは無駄に元気な表情で応えている。

案の定、あいつの怪我はたいしたことはなかったのだ。ハグリッドは大変な思いをしているというのに……。

ダリア・マルフォイが垂れ流していた冷たい空気が霧散していくのとは逆に、僕は言いしれない不愉快な気分になっていた。

これ以上、あんな不快な奴らを見ていたくなんてない。

 

「行こう……。あいつがピンピンしていることは分かったんだ。あいつの心配なんてする必要はないよ。どうせ次の『闇の魔術に対する防衛術』でも嫌という程顔を合わせるんだ。そんなことより、ハグリッドの小屋に行こう。まだ少しだけ時間がある。ハグリッドの小屋に行って、彼が生きているかを確かめることくらいは出来る」

 

そう言って僕らは急いで食事を摂り終えると、即座に大広間を後にする。

 

……僕等が外に出た時には、もうすっかり大広間の冷たい空気は霧散していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルーピン視点

 

「あの子がダンブルドアの言っていた……ダリア・マルフォイか……」

 

久しぶりの真面な食事を堪能しながら、時折スリザリン席に座る女子生徒を盗み見る。

真っ白な容姿のその生徒は、先程まで垂れ流していた冷たい空気を引っ込め、今は兄と思われる少年の横で穏やかに食事を摂っている。表情だけは先程と変わらない無表情ではあったが、それでも今の彼女が落ち着いていることだけは感じ取れた。

 

数分前とは打って変わり、今の彼女からはダンブルドアの言うような警戒すべきものは一切感じ取ることが出来なかった。

 

 

 

 

昨日のダンブルドアとの会話を思い出す。

初日の宴会が終わった直後、ダンブルドアに汽車での出来事を報告すると、

 

『災難じゃったのう、リーマス。就任前に吸魂鬼と出くわすとは。じゃが、生徒としては幸いだったとも言える。お主がおらねば、もっと多くの生徒が吸魂鬼に苦しめられたことじゃろぅ。やはりお主に頼んでよかったのう』

 

そんな嬉しいことを言って下さったのだった。

私のような人間ではないものを学校に迎え入れてくれた大恩人。そして自分を信用できないがために教職を断る私を、それでも信じると言って下さった偉大な人物。

彼に褒められるのはここを卒業した後でも嬉しいことだった。ダンブルドアと一緒にいれば、大人になった自分がまだまだ幼い人間にさえ思えてくる。

しかし、

 

『いえ、当然のことを成したまでです。寧ろもっと早く対応していれば、ハリーが傷つくことはありませんでした』

 

彼の言葉を素直に受け取りきれないのも事実だった。

ハリーはどんな人間よりも恐ろしい経験をしている。両親は目の前で殺され、その犯人である『例のあの人』には今でも命を狙われ続けている。吸魂鬼の影響を受けないわけがない。私はそれを知っておきながら、彼が気絶するまで対応することが出来なかったのだ。

自分のことを素直に称賛できるはずもなかった。

 

『……いや、君はようやってくれた。君がおらねば、それこそハリーは魂すらも吸い取られておったじゃろぅ。奴等にとっては、ハリーはさぞご馳走じゃろうからのぅ』

 

せっかくダンブルドアが就任祝いで呼んでくださったのに、校長室は重苦しい雰囲気になってしまっていた。

不安だったのだ。

ただでさえシリウスがハリーを狙っている恐れがあるというのに、その上彼を警戒する『吸魂鬼』のことまで注意しなければならない。学校の敷地に入るなと厳命しているとはいえ、奴らは元来命令に従うような生き物ではない。いつ同じことが起こったとしてもおかしくはないのだ。私のような自分のことで精一杯な『人間もどき』が、彼を守り切れるか不安で仕方がなかった。

私はそんな不安を今は断ち切ろうと、ハリー以外の話題を口にする。

 

『そういえば……あの場にはハリー以外の生徒も数人いたのですが、一人だけ表情を全く変えない女の子がいました。『守護霊の呪文』をすぐに言い当てるくらい優秀な子でしたけど、あの子は何故表情が変わらなかったのですかね……』

 

気にはなっていたが、正直ただの世間話くらいの気持ちだった。

優秀だが変わった子。そんな軽い認識での話題転換だったのだが、

 

『……リーマスよ。その女子生徒はもしや、白銀の髪をした娘ではなかろうか』

 

思った以上にダンブルドアの興味を引いてしまったようだった。

青い瞳をさらに鋭くし、僅かな情報も逃すまいという態度に私は僅かにたじろぎながら応えた。

 

『はい、確かに真っ白な髪をした子でしたが……あの子に何かあるのですか?』

 

『……実はのぅ』

 

ダンブルドアは話し始めた。

去年の事件の顛末を。ルシウス・マルフォイが持ち込んだ『あの人』の日記によって、秘密の部屋が開かれたこと。部屋の中にいた『バジリスク』をハリーが打ち倒すことによって、事件は一応の解決を見たこと。

そして……

 

『……あの子、ダリア・マルフォイが事件に関わっていた可能性があると?』

 

『そうじゃ。どう関わっておったかは分からん。じゃが、彼女が事件当時、不可解な行動をとり続けていたのは確かじゃ。あの娘は何かを行っていた。わしはそう考えておる』

 

彼女がルシウス・マルフォイや『あの人』に協力していた可能性があることを。

ダンブルドアのことだ。彼女がマルフォイ家だからという理由だけで、彼女のことを疑っているわけではないのだろう。彼が彼女を疑わしいと言うのなら、それは紛れもなく真実なのだ。

だからこそ、

 

『リーマスよ。すまんが、お主には『闇の魔術に対する防衛術』の教員や、ハリーを導く以外の仕事もやってもらいたいのじゃ。……どうか、ダリアを注意深く見守ってほしい。彼女が闇に堕ちてしまわぬよう、彼女のことを見守ってほしいのじゃ。如何せん彼女には秘密が多すぎる。どんな人間であれ、『吸魂鬼』から影響を受けないことはあり得ぬ。にも関わらず、彼女は影響を受けてはおらなんだ。彼女にはまだまだ秘密を隠し持っている可能性がある。去年のことも考えると、それがいいことばかりだとはワシには思えんのじゃ。じゃから……頼めるかのう?』

 

『……分かりました』

 

私はあの場ですんなりと頷くことが出来たのだ。

私に手を伸ばしてくれたダンブルドアの役に立ちたい。ダンブルドアの言葉に間違いがあるはずがない。

そう思い私は、何の悩みもなく彼女を初日から見守っていた。

彼女を見極めるために。ダンブルドアの言うように、彼女が闇に堕ちてしまわぬように。彼女が去年と同じ事件を引き起こさぬように……。

 

 

 

 

だが……まだ初日だというのに、私は自分のやっていることに微かな違和感を覚え始めていた。

 

「お兄様、腕は痛みませんか? 痛むのでしたら、私が食べさせて差し上げます」

 

「い、いや、大丈夫だ、ダリア。痛みはないし、食事も自分で摂れる」

 

今スリザリン席に見られる光景はどうだろう。

ハグリッドの授業で怪我をしたという兄を、ダリア・マルフォイが大げさなまでに気遣い世話を焼こうとしている。どこにでもある……と言うには些か距離が近過ぎる気がするが、兄と妹が繰り広げる極々日常的な光景だった。

 

そこにダンブルドアが言うような闇など一切感じ取ることが出来なかった。

目の前には、お互いを思いあうごく普通の兄弟の姿だけがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

「……お兄様、本当に痛くないのですか?」

 

「ダリア。何度も言っているが、怪我はもう治り切ってる。元々大した怪我ではないんだ。父上にはもう昨日の授業のことを報告しているし、お前が気にすることなんて何一つない」

 

私は隣に座るお兄様と話しながら、新しく赴任した『闇の魔術に対する防衛術』の教師を待っていた。時間が来てもまだやってこない彼を、他の生徒もおしゃべりをしながら待ち続けている。時折こちらに物欲しそうな視線を送っているグレンジャーさんを完全に無視し、私は一心不乱に今から始まる授業について考える。

 

楽しみだった。『数占い』の授業も楽しみだったが、それ以上に楽しみで仕方がない

昨晩は本当に不愉快な出来事があったものの……お兄様が無事に帰ってきたため、私の衝動は今のところ下火になっており、残されたのは今日の授業に対する期待のみだったのだ。

 

やっとだ……。やっと、私は真面な『闇の魔術に対する防衛術』を受けることが出来る。

私には今回の授業が真面である確信があった。

 

汽車の中でルーピン先生が使った呪文。『守護霊』の呪文は非常に高度な呪文だ。ホグワーツを卒業した大人でもほとんど使いこなせない。あの呪文が使える以上、先生が優秀でないはずがない。少なくとも去年までの無能達には使いこなせないだろう。

勿論優秀な魔法使いだからと言って、教師として優秀だとは限らない。魔法生物について誰よりも詳しいのに、お兄様を傷つけるような授業をしたウドの大木がいい証拠だ。

でもそれが分かっていても、私はどうしても期待を持たざるを得なかった。去年までと違い、少なくとも教師が優秀であるという前提条件には立っているのだ。ニンニクの臭いがしないのもポイントが高い。ましてやこれは私のもっとも興味を惹かれる『闇の魔術』に対する防衛術。期待しない方がどうかしている。たとえ初回の授業がグリフィンドールとの合同だろうとも、私の期待感は少しも萎えることはない。今まで必死に抑えていたものが、先生の呪文一つで抑えきれなくなってしまっていた。あんなにも自分の内心を押さえつけていた日々が嘘のようだ。

そして溢れ出そうになる期待感を抱えながら、私はお兄様にピッタリと寄り添って先生を待っていると、

 

「やあ、みんな」

 

初対面より幾分か健康そうなルーピン先生がやってきたのだった。

遂に私の待ち望んだ授業が始まった。

ルーピン先生は朗らかに挨拶しながら続ける。

 

「今日の授業には教科書は必要ないよ。実地練習だからね。杖だけ持ってついておいで」

 

グリフィンドール生達は実地練習と聞き、嬉々とした表情で教科書をしまっている。しかしスリザリン生の方は、

 

「実地練習……だと? あいつ、まさか去年と同じようにピクシーを放つ気じゃないだろうな?」

 

苦虫を嚙み潰したような表情をしていた。お兄様の呟きには皆同意見らしく、中には青ざめた表情で私を盗み見ている生徒まで存在している。どうやら実地練習という言葉に、皆嫌な記憶を呼び覚まされてしまっている様子だった。私とダフネはルーピン先生がピクシーも御せないような無能ではないと知っているが、先生のヨレヨレの服装しか見ていない皆にはロックハートの同類に見えているのだろう。

 

「よし、それでは行こうか」

 

そんなスリザリン生の様子には気付かず、ルーピン先生は生徒の準備が出来次第教室を後にする。そして皆を引き連れ、職員室の前に立ち止まると、

 

「さあ、お入り」

 

先生はドアを開け、皆を中にさとしたのだった。

あらかじめ机と椅子を端に寄せていたのだろう。職員室の中は酷く殺風景であり、真ん中にポツンと大きな洋箪笥が置いてあるのみだった。

明らかに風景にそぐわない洋箪笥。取ってつけたように置かれたそれはよく見ると、

 

「うわ!」

 

微かに震えていた。

近くにいたグリフィンドール生が驚き飛び上がっている。

 

「怖がることはないよ」

 

洋箪笥が独りでに震えていることに不安がる生徒達に、ルーピン先生が冷静に声をかけた。

 

「ただの『まね妖怪』、ボガートが入っているだけだよ。彼らは暗くて狭い所を好むんだが、こいつは昨日の午後にこの箪笥の中に潜り込んだんだ。君達は運がいいよ。ちなみに、ボガートが何か分かる子はいるかな?」

 

実に素晴らしい滑り出しだ。

ピクシーをいきなり解き放ち、あまつさえ解き放った当人が対処できないというような事態はやはり起こらなそうだ。

私が感心している間に、グレンジャーさんが勢いよく手を上げながら応える。

 

「形態模写妖怪です。私達が一番怖いと思うものに姿を変えます。彼らが本来どんな姿をしているか誰も知りません。でも人の前に姿を現した瞬間、彼らは姿を変えて襲い掛かってきます」

 

「素晴らしい! 私でもそんなに上手くは説明できなかったよ」

 

ルーピン先生はグレンジャーを称賛した後続ける。

 

「彼女の言っていた通りだ。付け足すことがあるとすれば……こいつは僕らの一番怖いものに変身する性質故に、今僕らはこいつより遥かに有利な立場にあることだ。ハリー、どういうことか分かるかい?」

 

汽車の中でも思ったが、先生はポッターのことを予め知っていたのだろう。彼は有名人とはいえ、額の傷以外の容姿はそれ程知られてはいない。そんな彼のことをすぐに判別できたのだから、先生はポッターと何かしらの関係があることが伺い知れた。

柔和な笑みを浮かべる先生に、ポッターは少し戸惑いながら応える。

 

「え~と。僕等の人数が多いから、何に化けたらいいか分からない……ですか?」

 

「その通り! ボガートに対抗するには、まず複数人でいるのが一番有効だ。それだけでこいつは何に変身したらいいか分からなくなる。でもいつも複数人でいられるとは限らないのも事実だ。そんな時の呪文は、『リディクラス、馬鹿馬鹿しい』。精神力も大切なことだが、こいつをやっつけるのは笑いなんだ。この呪文を唱えながら、君達が滑稽だと思えるものを思い浮かべる。そうすればこいつをやっつけることが出来る」

 

この段階で私の期待値は最高潮だった。ここまでの流れだけで、去年までの授業とはレベルが違うことが伺い知れる。いささか初歩的な内容ではあるが、非常にうまく生徒達の興味とやる気を引き出している。先生の小汚い恰好に眉を顰めていたスリザリン生ですら、この瞬間のみは真剣に話に聞き入っている様子だった。

まだ授業が始まって数分だというのに、私は早くも授業に引き込まれていた。

 

やはり私の予想は間違いではなかった。

これなら私は何の不安もなく『闇の魔術に対する防衛術』を受けることが出来る。今回の授業は大成功に終わり、きっとこれからこの授業はホグワーツにおける最大の楽しみになることだろう。

そう、私は無邪気に思い始めていた。

 

 

この数秒後までは。

 

 

期待感ばかりが先行する中で、私は見落としていたのだ。

 

実地練習という言葉の意味を。

少し考えれば、生徒が今からボガートの相手をすることなんてわかり切ったことだった。

私だってそれは何となく感じ取っていた。

 

でも……自分が相手をするということの意味を、この瞬間での私は真に理解していなかった。

 

ボガートは対処法さえ分かっていれば簡単に退治することが出来る。

教科書でしかこの生き物のことを理解していなかった私は、何の感慨もなくそんなことを考えていた。

 

私の一番怖いものは、そんな簡単に割り切れる様なものではないというのに……。

何故なら私が一番恐れるものとは……最も恐れると同時に、最も憧れているものなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネビル視点

 

とても楽しい授業だと思い始めていた矢先のことだった。

 

「では……まずは君が皆のお手本になろうか」

 

ルーピン先生が突然僕を指名してきたのだ。

僕は驚き飛び上がったけど、先生はただ優しく微笑むだけで、決して違う生徒を指名しなおそうとはしなかった。

優しい笑顔に誘われる様に前に進むも、足は目の前の洋箪笥より震えている。震える僕をグリフィンドール生は心配そうに見つめており、逆にスリザリン生達はあざ笑っている。

 

でも、僕にはそんな視線に構っている余裕などなかった。

僕はボガートが怖いと同時に、これからまた失敗してしまうだろうことが怖くて仕方がなかったのだ。

そしてその失敗のせいで、この時間もまた辛い時間になってしまうかもしれないことが嫌で嫌で仕方がなかった。

 

今まで僕が授業で目立ったことは山ほどあった。勿論ハーマイオニーの様にいい意味で目立ったわけではない。全部悪い意味で目立っただけだった。

 

特にスネイプ先生の『魔法薬学』が顕著だった。

 

僕は『魔法薬学』の授業で数えきれない程の失敗をしてきた。皆がしないような失敗をしてしまい、そんな馬鹿な僕をスネイプ先生が叱る。先生の嫌味が怖くて、僕はさらに慌ててミスをする。そしてまた先生に叱られる。最低な悪循環だ。

自分が悪いということは分かっている。グリフィンドールの皆はスネイプ先生が悪いと言ってくれるけど、僕自身は自分こそが一番悪いのだと分かっていた。

おばあちゃんにもよく、

 

『お前はもっとしっかりしなさい! お前の父や母のように!』

 

とよく言われていた。僕が元々とろくさいことは分かっている。

 

でも、自分が悪いと分かっていても、やっぱり叱られるのは嫌で仕方がなかった。

スネイプ先生に叱られるたび、心がどん底まで暗くなる気持ちだった。自分が周りから劣っているのだと、まざまざと再確認させられるようで辛かったのだ。

 

だからこそ、ここで再び失敗することで先生にあきれ果てられ、この授業も嫌な時間になってしまうのではないかと不安だった。

 

しかし、そんな僕の気持ちをよそに、先生の授業は続く。

優しく語り掛けるように、先生はゆっくりとした口調で尋ねてくる。

 

「君の名前を教えてもらえないかな?」

 

「ネ、ネビル・ロングボトムです」

 

僕の名前を聞くと、先生はさらに表情を明るいものにしながら言った。

 

「そうか! 君がネビルか! よ~し、ネビル。一つずつ行こうか。君の一番怖いものは何だい?」

 

……いきなり答えにくい質問だった。

僕には怖いものがありすぎる。しかもその中で特に怖いものは二つあるわけだけど、どちらも今この場では答えにくいものだった。

一つはスネイプ先生。

もはや僕を見た瞬間から嫌味を言うようになっている先生は、正直僕の中で恐怖の象徴のような人だった。

 

そしてもう一つが……。

僕はチラリとスリザリン生が固まっている場所を盗み見る。

 

そこには僕がスネイプ先生と同じく恐れてやまない、ダリア・マルフォイがいつもの無表情で立っていた。

彼女は僕のことなど眼中にないように、ただただ震える洋箪笥の方を見つめている。

 

僕は彼女のことが怖かった。いや、正確には彼女を見ていると不安な気持ちになるのだ。

彼女と話したことは一度もない。話した回数だけなら、彼女の兄であるドラコ・マルフォイの方が遥かに多いとすら言える。いつも僕に嫌がらせをしてくるのは彼の方なのだから。

でも、どちらが怖いかと聞かれたら、間違いなくダリア・マルフォイの方が怖かった。

彼女はいつ見ても同じような無表情を浮かべ、冷たい双眸で周りを見回している。

 

彼女は……何を考えているのか()()()()()のだ。

それがどうしようもなく不安で……怖かった。

 

彼女は美人ではあると思う。多分学校の中で一番きれいな容姿の子は誰かと聞かれたら、全生徒が彼女の名前を上げることだろう。でも同時に、彼女の無感情な瞳で見つめられる度、何か恐ろしいことをされるのではないかと不安な気持ちにさせられるのだ。一年生の時彼女に助けられたことがあっても、この不安感は変わらない。寧ろスリザリン生に合わない行動をとった彼女のことがより分からなくなったとさえ言える。

それに彼女を恐れているのが僕だけではなかったことも、彼女への不安感を強固にしている要因の一つだった。

ダンブルドアがダリア・マルフォイを『継承者』として疑っている。

その事実を知った時、ホグワーツ生のほとんど全員が納得していた。

だから僕は思ったのだ、

 

彼女の無表情の下には恐ろしいものが隠れている。

そう思うのは僕だけではない。

あのダンブルドアさえそう思っている。

 

なら、僕も彼女を()()()()()()()()

 

そんなことを……。

得体のしれない女の子。皆が恐れる『継承者』。そして『継承者』と露見した中でも、最終的にダンブルドアの追及からさえも逃れてしまう程の闇の魔法使い。

彼女が同年代の女の子だというのに、僕は彼女のことが怖かったのだ。

 

……でも、それを今言うわけにはいかない。

今彼女は後ろにおり、もしここでそんなことを言ってしまえば恐ろしいことが起きる。

だから僕は悩んだ末、

 

「ス、スネイプ先生」

 

ここにはいない、まだ被害が少ないであろう人間の名前を口にしたのだった。

次の授業でまた嫌味を言われてしまうかもしれないけど、ダリア・マルフォイに石にされてしまうよりは遥かにマシだと思ったのだ。実際ダリア・マルフォイより、恐怖感の方で言えばスネイプ先生の方が僅かに上だったこともある。少なくともダリア・マルフォイは授業中に嫌味は言ってこない。

僕の応えにグリフィンドール生が大笑いする中、ルーピン先生が真面目な表情で返す。

 

「スネイプ先生か……。確かに、グリフィンドールの君には少々怖い先生かもしれないね。ところでネビル。君はおばあさんと暮らしているね? それじゃあ想像するんだ。スネイプ先生が君のおばあさんの恰好をしているところを。おばあさんの恰好はいつも見ているだろうから、すぐに想像できるだろう?」

 

真面目な表情なのに、先生はとんでもないことを言い出していた。

これにはスリザリン生も少し笑っている。でもルーピン先生はいたって真剣らしく、

 

「皆も考えておくんだよ。自分の一番怖いものを。そしてその姿をどうやったら可笑しな姿に変えられるかを。ネビルの番が終わったら、すぐに皆にもやってもらうからね」

 

やはり柔らかくも真面目な口調で宣言していた。

先生は皆に後ろに下がるようにさとすと、僕の脇に立ちながら言った。

 

「ネビル、何も心配することはない。ただスネイプ先生が出てきたら、彼が君のおばあさんの恰好をしているのを想像するだけでいいんだ。それじゃ……いくよ! いち、に、さん!」

 

先生が杖を振ると洋箪笥が勢いよく開き、中から……漆黒のローブを纏ったスネイプ先生が出てきたのだった。

 

 

 

 

……僕の悩みなんて所詮この程度のものでしかなかった。

ダリア・マルフォイを怖がっておきながら、どちらかと言えば授業で叱ってくる先生の方が怖いという、そんなちっぽけな人間性。

それがこの時の僕だった。

一年生で夜歩きをしようとするハリー達を止めたのだって、これ以上寮の点数を減らされたくないなんていう小さな考えに過ぎなかった。ダンブルドアに必要以上に称賛されたとしても、結局僕はその程度の悩みしか知らない人間でしかなかったのだ。

 

少なくとも、僕が恐れる当のダリア・マルフォイの悩みに比べれば……僕の悩みは取るに足らないものでしかなかった。

僕の悩みは逃げられるけど、彼女の悩みは決して逃げられないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

「リ、リディクラス!」

 

「よ~し! よくやった、ネビル! 君なら出来ると思っていたよ!」

 

部屋中笑い声に溢れており、皆の視線の先には……レースで縁取ったドレスを着たスネイプ先生が途方に暮れた表情で立ち尽くしていた。

随分不安げな表情をしていたが、ロングボトムは何とかボガートを困らせることに成功したのだ。

成功したことに本人が一番驚いている様子のロングボトムに微笑みながら、ルーピン先生が大声で呼んだ。

 

「次は君だ、前へ!」

 

指名された次のグリフィンドールの女生徒が何かを決意した表情で前に進みでる。すると今まで途方に暮れていたドレス姿のスネイプ先生が、今度は血まみれのミイラに変わっていた。足を引きずり、乾燥しきった手で彼女に触れようとしている。その前に、

 

「リディクラス!」

 

包帯が足に絡まり、頭から転がっていた。

再び部屋に笑い声がこだまする。

皆夢中だった。授業が楽しくて仕方がないのだろう。自分の順番はまだかと、どこかソワソワした様子でボガートと対峙する生徒を見つめている。

 

しかし授業が進むにつれ、私は極々当たり前の事実に気づき、段々と心が冷え切っていくような感覚に陥り始めていた。先程まで、この中で一番興奮していたのは私だったというのに……。

 

自分の順番が来る。それは私が今から、自分の一番恐れるものと向き合わないといけないということに他ならない。

私の一番恐れるものは……。

 

私の冷え切っていく思考をよそに、滑稽な場面が続いていく。

巨大なガラガラ蛇、巨大な蜘蛛、緑がかった女姿のバンシー。ごく当たり前の少年少女達が恐れる、ごく当たり前の怖いものが姿を現しては消えていく。

そして、

 

「よし、()()()! 前に出て!」 

 

ボガートの近くにいたポッターの順番を明らかに飛ばしたかと思うと、

 

「次は君だ!」

 

ついに私の番が来てしまったのだった。

先生の声に、教室中の視線が集まる。

私が一体何を恐れているのか、皆興味があるのだろう。心なしか先生の視線も鋭くなっているような気がする。

しかしそんなことを気にする余裕があるわけがなく、ましてや先生が私の名前を呼んだことを気にしている余裕もありはしなかった。

何故なら目の前には、

 

「あぁ……やはり……」

 

私自身が立っていたから。

真っ黒な自分の杖をいじりながら、ぞっとするような笑みを浮かべている私自身。

鏡で見た私自身が、そこには立っていた。

 

「あ、あれって……」

 

「どういうことだ? あいつ、なんで自分自身なんかが怖いんだ?」

 

「で、でも、ボガートの方が……」

 

「あ、あいつがあんな顔していたら……確かにゾッとするな」

 

意味が分からず騒めく周りを無視し、私は私自身を見つめ続ける。

 

私は恐ろしかった。

別に鏡が怖いわけではない。この姿が、私の色々な感情と未来を表していることが怖くて仕方がなかった。

この私は……私が『衝動』に負けてしまった未来そのものなのだ。

マルフォイ家である誇りを忘れ、血の味に酔いしれてしまっている私。殺人という行為を楽しみ、日常という幸福からどうしようもなく隔絶されてしまった『怪物』である私。

この私にはマルフォイ家から貰った愛情などどこにもありはしない。

 

それなのに……この『私』に対して私がどこか()()()()()()()()()ことが、私には怖くて仕方がなかった。

 

この()を滑稽な姿にすることなど出来ない。

だって、この姿は私の一番怖いものであると同時に、私の憧れている姿でもあるのだから。

 

他の生徒の様に自分の恐怖と立ち向かうことが出来ず、私はただ好奇の視線に晒され続ける。先生も思いがけない事態にどう対処していいのか分からないのだろう。他の生徒のような変身なら即座に対処したのだろうが、そもそもこれを何故私が怖がっているのかを理解できないのだ。

 

そんな中唯一動いたのは、

 

「ダリア。お前がそれを怖がる必要はない」

 

「そうだよ。ドラコと私が一緒にいる。なら、ダリアがこうなるなんてことはないよ」

 

この『私』の意味を理解している、お兄様とダフネだった。

私の耳元でそっと呟きながら、ダフネはボガートから私を庇うように立ち、そしてお兄様は私を後ろに引っ張り始める。

私はまた、ダフネやお兄様にいらぬ心配をさせてしまったのだ。

私はボガート如きに対処できなかったことを恥じ、小声で謝罪を口にするが、

 

「す、すみません。わ、私は、」

 

すぐにダフネの言葉に遮られる。

そしてダフネは私の方に微笑を浮かべた後、

 

「大丈夫だよ。ダリアは何も恥じることなんてないよ。それに、ボガートとはいえ、ダリアの姿が貶められるのは見ていて気持ちがいいものではないからね。私が対処する……よ」

 

目の前にいるボガートと向き合い……固まった。

 

生徒全員が驚いたように目を見開きそれを見つめる。ダフネ自身も驚いているのか、それを見た瞬間声が消えていた。

 

 

 

 

洋箪笥前にはもう私の姿はなく……代わりにハーマイオニー・グレンジャーが立っていたのだった。

 

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