ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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脱狼薬

ダリア視点

 

最初の授業のことをお世辞にもいい思い出だとは言えないが、二回目以降の『闇の魔術に対する防衛術』は期待通りのものだった。

先生はどの授業にも新しい魔法生物を連れてきては、生徒自身に対処させている。そのためほとんどの生徒にとって、もはや『闇の魔術に対する防衛術』は最も刺激的で楽しい授業になっており、最初は先生のことを馬鹿にしていたスリザリン生ですら、今では先生の授業を楽しみにしている節があった。お兄様もその例外ではなく、

 

「あのローブのざまを見ろよ。僕の家の『屋敷しもべ妖精』の格好じゃないか」

 

と、口では馬鹿にしたことを仰っているが、その実授業はそれなりに楽しんでおられるようだった。先生のことを頑なに悪く言うのも、おそらく最初の授業でのことをまだ許しきれていないことが原因だろう。先生のことを悪く言っても、授業自体の悪口を言うことはほとんどない。

 

本当に……『吸魂鬼』や、()()()()()()()()『守護霊の呪文』など、多少の問題は存在するが、少なくとも去年に比べれば遥かに素晴らしい年だ。

最も興味を持っていた科目がようやく真面なものになり、新しい2科目も……グレンジャーさんと()()()()()()()ということを除けば、概ね順調な滑り出しだ。その唯一の問題点であるグレンジャーさんも、流石に授業内で話しかけてくるということはない。授業が終わり次第、私がすぐに教室を出てしまえば済む話だ。

それに、私の楽しみは何も新2科目だけではない。

授業終わりにダフネとお兄様とで開く勉強会。これも私の学校生活を潤す時間の一つだった。

私が『数占い』と『ルーン文字』、そして『魔法生物飼育学』を教え、ダフネから『マグル学』について学ぶ。本来であれば『魔法生物飼育学』についても教えてもらう予定であったのだが……初回授業以来、森番が扱うのは『レタス食い虫』だけとのことなので、何故か私が教えることになっていた。しかし、それで別に楽しみが減るわけではない。要するにダフネやお兄様と一緒にいることが重要なのであって、そこで何をしているかは特に問題ではなかったのだ。

 

極々ありふれた日常を満喫している間にも、時間は緩やかに過ぎ去ってゆく。

10月にもなると段々と空気が冷たいものになっており、皆の服は気温に反比例して厚いものになってきている。そしてクィディッチチーム以外の生徒は、多くの時間を暖かな談話室で過ごすようになっていた。

 

そんなある日のこと。

夕食を摂り終えた私とダフネが談話室に戻ってみると、部屋がいつも以上に騒めいている。大勢の生徒が掲示板に集まっており、どうやら新しく出された『お知らせ』が原因らしかった。

 

「何かあったのかな?」

 

「さぁ、何ですかね。少なくともクィディッチ関係ではないでしょうね。お兄様達はこんな時期から練習に明け暮れていますが、試合自体はもう少し先みたいですし……」

 

ダフネの疑問に肩をすくめながら、私は生徒が群がる掲示板に近づく。

 

「マ、マルフォイ様……。ど、どうぞご覧になってください」

 

そしていつもの()()()()()()()()道の先で見たのが、

 

「あぁ、そういえばこんなイベントもありましたね。一回目のホグズミード行きの知らせですか。しかもハロウィーンの日のようですね」

 

三年生から許されることになる、ホグワーツ近くの村、『ホグズミード』への外出許可だった。

ホグズミード。ホグワーツから徒歩でも行けるこの村には、ある最大の特徴がある。それはこの村がイギリスで唯一の魔法族のみで構成される村であることだ。そのため村に立ち並ぶ商品は全て魔法族用のものであり、それぞれのお店が思い思いの奇妙奇天烈なものを売り出している。私としては、絵画をも思わせる美しい街並みが楽しみなところではあるが、大勢の生徒にとっての楽しみはやはり売り物の方だろう。恐怖から私に場所を空けたとしても、湧き上がる興奮を抑えきれないみたいだった。小さい声ではあるが、それぞれが自分の行きたい場所の名前を上げ合っている様子が散見された。そしてホグズミード行きに興奮しているのはダフネも同じらしく、

 

「ダリア、やったね! ホグズミード、一緒に回ろうね!」

 

とても嬉しそうな笑顔で話しかけてきたのだった。

正直街並みさえ見られれば他のことはどうでもよく、寧ろダフネやお兄様と一緒に回れるのであればホグワーツ内で事足りる。その程度の物が、私の正直なホグズミード行きへの期待感だった。しかしダフネにこんな表情で言われてしまえば、私も何だかとても楽しみに思えてきてしまうのだから不思議だ。

私はダフネにつられる様に僅かな笑みを浮かべながら応えた。

 

「ええ、勿論です。練習から帰ってきたらお兄様にもお伝えしましょう」

 

暖炉で暖められた談話室が、幸福感でさらに暖かくなっていくようだ。どうでもよかったホグズミード行きがすっかり楽しみなものに変わっている。私はダフネと笑いあいながら、10月末に予定されているホグズミードに思いをはせるのであった。

 

 

 

 

しかし……ハロウィーン当日。結局、私とダフネがホグズミードに行くことはなかった。

 

当日の天気は……文字通り私の肌を焼くほどの快晴だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

ハロウィーンの朝。今日の天気はまさに外出日和の快晴。皆とても明るい表情で笑いあい、これからの予定を楽しそうに話し合っている。皆今日のホグズミード行きが楽しみで仕方がないのだろう。

 

しかし僕だけは、そんな明るい空気とは無縁だった。

皆と一緒に起き、皆と一緒に朝食を摂る。なるべく普段通りに取り繕ってはいたけど、内心は腸が煮えくり返りそうな思いだった。

 

結局僕は……ホグズミード行きの許可を貰えなかったのだ。

 

シリウス・ブラックが僕を狙っていると言われている以上、先生達が僕を外に出したがらないだろうとは分かっていた。バーノンおじさんから許可証も貰えていないし、先生達もそれ幸いと僕を城の中に閉じ込める。そんなこと言われなくても分かっていた。

でも、ホグズミードは魔法使いだけで構成された村。『三本の箒』や『いたずら専門店』、そして色々なお菓子が売っているという『ハニーデュークス』。皆から聞いた様々な場所に、僕はどうしても行ってみたかった。だから可能性は僅かだと知りながらも、僕はマクゴナガル先生に許可を貰えないか頼んでみたのだ。しかし答えは当然、

 

『だめです、ポッター。許可証がなければホグズミードは行けません。そしてサインを与えられるのは両親、または保護者だけです。残念ですが諦めなさい』

 

にべもないものでしかなかった。

残された手段は『透明マント』くらいのものだけど、『吸魂鬼』には効かないとダンブルドアが言っていた以上マントも使えない。まさに万事休すだった。

 

皆の笑顔に心がささくれ立つ。周りが明るければ明るいだけ、僕の心は暗くなっていくようだった。でも皆の楽しみに水を差すわけにはいかないと、必死に平気を装っているわけだけど……ロンとハーマイオニーの目は誤魔化せなかった。心底気の毒そうな顔をした二人が僕に慰めの言葉をかけてくる。

 

「だ、大丈夫さ、ハリー。夜には御馳走があるさ。そ、それに沢山お土産買ってくるから」

 

「そ、そうよ。ハニーデュークスからお菓子を沢山ね。だからそんなに気を落とさないで……」

 

最近何かとクルックシャンクスとスキャバーズのことで衝突していた二人だったけど、流石に今は喧嘩している場合ではないと考えたのだろう。クルックシャンクス論争を一時水に流し、二人仲良く僕を元気づけようとしてくれているのが分かった。

……本当にいい友達達だ。親友がここまで心配してくれている。なら僕のすべきことは、ここで少しでも彼らの楽しみを後押ししてあげることだ。これ以上彼らに迷惑をかけたくなんてない。そう思い、持てる理性を総動員し、より一層平気な顔を意識しながら応えた。

上手く表情を作れている自信は少しもなかったけど。

 

「ありがとう。でも、僕のことは気にしないで。僕は平気だから。パーティーで会おう」

 

そして尚も後ろ髪を引かれる様子の二人を玄関ホールまで見送り、内心の鬱屈した思いを押し隠しながら一人廊下を歩く。

 

惨めだった。

あんなに明るい声を聞きたくないと思っていたのに、一人になったらなったで、より惨めな気持ちが増してくる。まるでホグワーツ城にただ一人だけ取り残されたような気分だ。実際には下級生が城には残っているわけだけど、知り合いと言えばコリンとジニーくらいのものだ。同学年はほぼ全員、初めてのホグズミードに行ったに違いない。

いたとしても、

 

「ダフネ……。気持ちはありがたいのですが、本当にホグズミードに行かなくても、」

 

「もう! 私のことは気にしなくていいから! 何度も言ったでしょう!? 私はホグズミードに行きたかったんじゃなくて、貴女と一緒にいたかっただけなの! ハニーデュークスのお菓子ならドラコが買ってきてくれるはずだしね! ほら、談話室に行こうよ!」

 

僕の敵しかいないだろう。

声をした方に目を向けると、ちょうど向こうの曲がり角からダリア・マルフォイとグリーングラスが現れたところだった。

僕は咄嗟に柱の陰に隠れる。あいつらが何故城に残っているのかは分からないけど、僕も残っていることを知れば必ず揶揄ってくると思ったのだ。幸い二人は僕の存在に気付かなかったようで、おしゃべりをしながら僕の横を通り過ぎていく。

そして完全に声が聞こえなくなったタイミングで隠れるのを止め、僕はそっと小さなため息をついた。

何だか朝から酷く疲れた。何故ホグズミード行きの許可を貰えなかったというだけで、僕はこんなに惨めな思いをした上に、こんな風にコソコソとしなければならないのだろう。本当に理不尽なことばかりだ。

僕はもう一度ため息を吐くと、ノロノロとした足取りで廊下を歩き始める。目的地があるわけではない。何となく談話室の方に向かって足を進めているけど、動いていないと更に鬱屈とした気分になりそうだから歩き続けているだけだ。別に談話室に行きたいとは思っていない。

 

これから何をしよう。ハロウィーンパーティーまで時間が山ほどある。宿題はまだ残っているけど、今は勉強をするような気分ではない。どうやって僕は時間とこのどうしようもない虚しさを潰せばいいのだろうか……。

 

そんなことを取り留めもなく考えながら、僕は歩いていたわけだけど……その杞憂はすぐに終わることとなる。

廊下をいくつか歩いている時、とある部屋から声がかかったから。

 

「ハリー? こんな所でどうしたんだい? ロンやハーマイオニーは一緒じゃないのかい?」

 

落ち着いた大人の声。

声の主は、今生徒の中で一番人気の授業『闇の魔術に対する防衛術』の先生、リーマス・ルーピン先生だった。

自分の部屋のドアの向こうから覗いている先生は、声同様の優しい目つきをしながら僕に話しかけてきた。

 

「ちょっと中に入らないかい? あまり上手くはないけど、紅茶を入れてあげよう。君は運がいいよ。ちょうど次のクラス用のグリンデローが届いたところだからね。君が一番乗りだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

「ダリア、どうかしたの? 後ろなんか振り返って。何かあった?」

 

「……いえ、何でもありません。行きましょう」

 

誰かが隠れていただろう廊下から視線を戻しながら、私はダフネを連れ立って歩き始めた。誰もいない廊下。窓が少ない廊下に、私とダフネの足音だけがこだましている。まるで自分達二人のみが城に取り残されたみたいだった。

……そういえば、去年もこんな光景を毎日のように見ていたような気がする。バジリスクを探すための散策。『怪物』を……私と同類なものを求めて歩く廊下はとても静かで、私には落ち着くほど暗くて……どうしようもなく孤独な光景だった。この光景は去年の私にも酷く悲しい光景でしかなったが、同時に極々見慣れたものでもあった。

 

でも、今は違う。この去年見慣れてしまった光景が、今はとても愛おしく思える。

去年と違い、私はもう孤独ではないから。私の隣には大切な親友がいるから。

口ではダフネに申し訳ないと言いながら、私は内心嬉しく思っていたのだ。

 

外に出られない私のために、ダフネが城に残ってくれたことが。

 

今日の天気は雲一つない快晴。私の秘密を守るためには外出は控えた方がいい日だ。勿論ダイアゴン横丁に行くときの様に日光対策を万全にしていれば、私の秘密が露見する可能性は限りなく低くなることだろう。しかし、私が今回行くのはホグズミード。ダイアゴン横丁ではない。ダイアゴン横丁とは違い、そこまで広くはない村だ。道は横丁の物より狭く、客は全員どういう行動をとるか分からない子供ばかり。ダイアゴン横丁に行くのとは危険度が違いすぎる。

 

『こんな天気の時に、お前をホグズミードには連れていけない。母上もここにいたら絶対に反対する。だからお前は城で待っていろ。僕もお土産のお菓子を買ったらすぐに帰るからな』

 

そのためお兄様の猛反対もあり、敢え無く私の留守番が決まったのだった。

せっかくのお兄様やダフネとの時間。それがふいになったことが悲しくて仕方がなかった。

しかし、ホグズミードに向かうお兄様の言葉は終わりではなかった。

 

『じゃあ、行って来るが……すぐに戻ってくる。ダフネ、少しの間ダリアを頼んだぞ。どうせお前は残るんだろう? もしお前が行くなら僕が残るが、』

 

『当然だよ。私はダリアと一緒にのんびりしてるよ。お菓子をよろしくね、ドラコ』

 

言葉にしなくとも、まるでお互いの行動など分かり切っていると言わんばかりの会話。ダフネとお兄様は頷き合いながら別れ……結果、私が何か言う前に、お兄様はホグズミードに買い出しに、そしてダフネは私と共に城に残ることになっていた。

 

嬉しかった。

まるで私と一緒にいる時間が、ホグズミード行きより楽しい時間だと言わんばかりの態度が嬉しくて仕方がなかった。

一年生の頃、同じように外に出られない私を気遣ってダフネとお兄様が城に残っていたことがあったが、あの時の私はそれを素直に受け取ることが出来なかった。でも、今なら素直に喜ぶことが出来る。

 

私はダフネの友達になれたのだから。

こんな怪物でも、ダフネは優しく受け入れてくれたのだから。

 

私は内心の嬉しさをひた隠しながら、隣を歩くダフネに尋ねる。丁度地下に下り、『魔法薬学』の教室を通り過ぎる前のことだった。

 

「さて……談話室に戻るのはいいのですが、帰って何をしましょう」

 

「そうだね。宿題は粗方終わってるしね。まぁ、取り合えず帰って紅茶でも飲もうよ。何をするかはそれから考えよう?」

 

私とダフネはどちらかと言うでもなく、自然な形で手を握り合いながら廊下を歩き続ける。

掌の中の温もりが愛おしい。これさえあれば、こんな何の変哲もない廊下でさえ、ホグズミードなどより素晴らしい観光地にさえ思える。

幸福だ。こういう瞬間のことを、人は幸せと言うのだろう。有り触れた瞬間であるからこそ、私にはどうしようもなく愛おしく思えた。

 

 

……次の瞬間、この幸福感に水が差されると知らないまま。

私とダフネは手をつなぎ合い、何とはなしに微笑みながら歩みを進めようとした瞬間、

 

「……ほう。では、ミス・マルフォイ。そしてミス・グリーングラス。君達は今、何もすることがないほど暇……というわけだな。あぁ、実に。実にタイミングがいい」

 

第三者の声によって、私の幸福な時間は終わりを告げることになった。

薄暗い地下の廊下。その中にある一室から、スネイプ先生が顔をのぞかせている。先生の声音はとても機嫌が良さそうで……しかし目だけは一切笑っていなかった。

 

「何、数分で終わる。ただ調合の仕上げと……出来上がった薬をルーピンの元に送り届けてもらいたいだけだ。やり遂げれば一人10点与えよう。ではミス・マルフォイ、部屋に入りたまえ。ミス・グリーングラスは見学しておくように。最後の仕上げだけとはいえ、この薬は大変調合にセンスが必要だ。後でミス・マルフォイに、何の薬かを聞くといい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

「グリンデロー。つまり『水魔』だ。こいつはあまり難しくないはずだよ。何しろこの前河童を学んだ後だからね。コツはこの長くて細い指をどう解くかなんだ」

 

部屋の隅にある大きな水槽。その中にいる気味の悪い生き物の説明を受けながら、僕はさとされるまま席に着いた。そんな僕に微笑んでから、

 

「それで、こんな所に一人でどうしたんだい?」

 

熱いお湯がマグカップに注がれる音と共に、先生が穏やかな口調で先程と同じことを尋ねてくる。

先生の何気ない質問に、僕もなるべく何気なくという風を装いながら応えた。

 

「談話室に戻ろうと思っていたんです。皆はホグズミードに行っています」

 

「あぁ、成程……。そういうことか……」

 

でも、ハーマイオニーやロンに気が付かれたように、先生にも僕の内心はお見通しのようだった。どこか僕に向けられる視線に同情の色が浮かんでいる。

先生も知っているのだろう。僕がシリウス・ブラックに狙われており、そのためホグズミード行きを許可されてはいないことを。

先生は縁の欠けたマグカップを僕に渡しながら、気を取り直したように別の話題を振ってきた。

 

「おあがりなさい。すまないが、ティーバッグのものだ。君は今、お茶の葉にはうんざりなんじゃないかと思ってね」

 

話題転換自体はありがたかったけど、こちらもこちらで憂鬱になる話だった。

先生の言う通り、僕は今お茶の葉など見たくなかったのだ。

 

毎回の『占い学』授業でされる予言を思い出すから。

 

『お可哀そうに……。何度やっても、貴方の茶葉は『死神犬』を示していますわ。あぁ……本当にお可哀そうに……』

 

もはや授業恒例となった僕への死の予言。トレローニー先生の、口調とは裏腹にどこか嬉々とした様子で紡がれる言葉は、いつも僕を憂鬱な気分にさせる。

 

なんで僕ばっかりこんな目に遭わないといけないんだ!

 

ルーピン先生の言葉によって嫌なことを思い出し、僕は感情を押し隠せきれなくなる。

今の僕は、こんな小さな言葉で苛立つほど余裕をなくしていたのだ。ハーマイオニーとロンにも隠していたものが溢れ出す。

死の予言に、実際に見た『死神犬』。そしてシリウス・ブラックに、『吸魂鬼』に、ホグズミードへの外出禁止。考えれば考える程、本当に理不尽なことばかり。

気が付けば、僕は思わず頑なな態度を取ってしまっていた。

 

「なんでそんなことを思うんですか?」

 

我ながらぶっきらぼうな声音だったと思う。しかし、先生はそんな僕の態度を気にすることなく応えた。

 

「マクゴナガル先生が教えてくださったんだ。君が毎回のように当りもしない予言をされているってね。マクゴナガル先生は、中々『占い学』に対して辛辣な意見をお持ちのようだね。君も気にしたりはしていないだろうね?」

 

先生の返答に特段可笑しなところはない。それでも今の僕には火に油を注ぐ様な回答に思えた。

気にしていない……わけがない。『死神犬』を見ていなかったら多少はマシだったかもしれないけど、自分の死の予言をされて気にしないはずがない。

でも僕の応えは、

 

「……はい、勿論です」

 

本心からのものではなかった。

先生にこれ以上臆病者と思われたくなかったのだ。特に先生は『まね妖怪』の授業の時、僕とボガートとの対決を避けた節がある。いくら『吸魂鬼』のせいで唯一気絶している所を見られたとはいえ、先生にこれ以上臆病者扱いされるのは嫌だった。

僕は先生の言葉を否定した勢いで、さらに強い言葉を先生にぶつける。

 

「先生。僕は先生が思っている程臆病者ではないです」

 

僕の突然の喧嘩腰に、先生は初めて眉を上げながら応えた。

 

「……何か誤解しているようだね。僕は君のことを臆病者だと思ったことはないよ。君が今までやってきたことは、色々な先生から聞いたよ。全てが全て、十代の少年に出来る様なことじゃなかった。君は間違いなく勇敢な人間だよ。どうして僕が君のことを臆病だと思っていると誤解したんだい?」

 

「……ボガートです」

 

僕はやはり勢いのまま言い放った。

 

「先生は『まね妖怪』での授業で、明らかに僕に戦わせようとしていなかった。ボガートは僕の近くにいたのに、僕ではなくダリア・マルフォイに相手をさせた。何故、僕に戦わせてくださらなかったんですか?」

 

ずっと気になっていた。

『闇の魔術に対する防衛術』の記念すべき初授業。あの時、先生はボガートの相手として僕を明らかに避けた。結果的にダリア・マルフォイとダフネ・グリーングラスのせいで誰も気にしなかったけど、避けられた僕はちゃんと覚えている。『まね妖怪』にも立ち向かえない臆病者。そんな風に思われているだろうことが嫌で仕方なかった。

だから勢いではあっても、僕はずっと言いたかったことを吐き出したのだ。

 

どうせ先生は否定するだろうけど、先生が僕のことを臆病者だと考えているのは間違いない。僕は臆病者なんかじゃないんだ!

 

そんな思いを視線に乗せ、僕は挑戦的にルーピン先生の瞳を睨みつける。それに対しての先生の反応は、

 

「……ハリー。何故私が君とボガートを授業で戦わせなかったか……そんなこと、言わなくても分かるだろうと思っていたが……」

 

完全に予想外の物だった。否定の言葉ではなく、ただ純粋に驚いたような反応。先生は驚いた表情のまま続けた。

 

「考えても見てごらん。皆の前でボガートがヴォルデモート卿に変身する。そんなことになれば、教室中がパニックになってしまっただろう」

 

先生がヴォルデモートの名前を口にしていることも気にならない程の衝撃を受ける。

本当に予想外の答えだったのだ。

だって僕の一番怖いものは……

 

「……確かに、最初はヴォルデモートを思い浮かべました。でも、考えているうちに違うと気づいたんです。僕が最も怖いのはヴォルデモートなんかじゃない。怖いのは……『吸魂鬼』だったんです」

 

腐った手。見えない口から吐き出されるしわがれた息遣い。そして近くにいるだけで感じる冷たい空気。

あれこそが、僕の考える恐怖の姿そのもののように思えた。

今年僕を苦しめている要因の一つを思い出し、僕は怒りから一転、何だか不安な気持ちでいっぱいになる。

そんな僕に、

 

「そうか……。そうなのか……いや、感心したよ。それは恥じる様なことじゃない。何故なら、それは君の恐れているものが、」

 

ルーピン先生が何か言おうとして、

 

「ルーピン先生、お届け物です。入ってもよろしいですか?」

 

冷たい、表情同様無機質な第三者の声によって遮られたのだった。

ドアの向こうから聞こえた声は……ダリア・マルフォイのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ視点

 

「……」

 

ダリアの様子がおかしい。私は隣を無言で歩くダリアを考える。

 

薬の調合を手伝うようスネイプ先生から言われた時、ダリアは先生の頼みならと言って渋々ながら引き受けた。しかし、先生が手助けを求める薬がどんなものかは気になっていたらしく、調合を始める段階ではそれなりに楽しそうにはしていた。

 

それがどうだろう……調合が最終段階に近づくにつれ、ダリアの無表情は徐々に完全な無表情になり、口数もみるみる少なくなっていた。

最後に喋った言葉は、

 

『先生……。私の勘違いでなければ、この薬はその……。本当に、これをルーピン先生に……?』

 

というものだった。

 

『あぁ、左様。これはルーピンにとって必要不可欠なものだ』

 

そしてそれに対するスネイプ先生の答えを聞いたきり、ダリアは全く喋らなくなり、

 

「……」

 

今に至るというわけだ。

薬が完成し、いざルーピン先生のところへ運ぶ段になっても一切話そうとはしない。私が話しかければ多少の返事はするが、それでもどこか心ここにあらずといった様子でしかなかった。

まるで去年の『バジリスク』を探している時のような……。

私は不安な内心を打ち消すため、薬の入ったゴブレットを持って歩くダリアに話しかける。

どんなに反応がなくても、このまま黙っていたら、またダリアがどこかに行ってしまいそうな気がしたから。

 

「ね、ねぇ、ダリア。その薬なんだけど、何の薬なの?」

 

「……」

 

薬についての話題を出した瞬間、ダリアの瞳が揺れた気がした。

意識が多少私に向いたのか、ダリアがゆっくりとこちらに視線を合わせる。

 

「ス、スネイプ先生に何の薬か後で聞けって言われたからね。何の薬か気になっちゃって」

 

言葉はなくとも、視線だけはこちらに向けたダリアに、私は内心でガッツポーズをとりながら続けた。

ダリアがこんな状態になった原因は、この薬であることだけは間違いない。この薬の正体を聞けば、ダリアが一体何を悩んでいるか察することが出来ると判断したのだ。

 

 

でも、彼女の応えは……。

 

 

奇妙な沈黙が廊下に舞い降りる。

ダリアは足を進めながらも、私の瞳を静かに見つめている。そして沈黙に耐えかねた私が何か話す前に、

 

「……ごめんなさい。少し考え事をしていました。貴女にいらぬ心配をかけてしまいましたね……」

 

ダリアがため息を一つ吐いた後、今までの無表情を僅かに崩して話し始めた。

 

「心配せずとも、別に去年のようなことは考えていませんよ。ただ少し……先生がこの薬を飲んでいることが意外だったものですから……」

 

嘘を言っている様子ではなかった。

ダリアの言う通り、別に薬のせいで自分のことに悩みを抱いている様子ではない。もし去年の様に自分の体や心のことで悩んでいるのなら、こんな風にすぐには私の話に反応はしなかっただろう。

でも……全てが真実だというわけでもなさそうだった。

だってダリアはまだ、

 

「……そうなんだ。で、ダリア、その薬は一体何なの?」

 

薬のことを一切話していないのだから。しかもさらに尋ねても、

 

「……ただの()()()()()ですよ。ごく最近造られた薬なのですが……一部の()()()()の方々にとてもよく効くお薬なのです。心配はありませんよ。この薬を飲んでいる限り、先生がいきなり襲ってくることはありませんから。()()()()()()()()()のです……まったく羨ましいことですね」

 

お茶を濁すような回答でしかなかった。あんなに考え込んでいたのに、スネイプ先生が作ったのがただの『精神安定薬』であるはずがない。

私はさらに追及しようとした。ダリアが悩んでいるわけではなくとも、深く考え込むほど深刻な問題であることは間違いない。なら、親友である私が知っておくにこしたことはない。

そう思い口を開こうとして、

 

「ねぇ、ダリア。本当は、」

 

「着きましたよ。すみません。これ以上は先生のプライバシーに関わることなので……。スネイプ先生はあぁ言っていましたが、知らない方がいいこともあります。お互いのためにも。その方が貴女も、そしてルーピン先生も幸せです。スネイプ先生の単なる嫌がらせみたいですから……ダフネは何の心配もせず、これからも『闇の魔術に対する防衛術』の授業を受けてください」

 

時間切れとなった。気が付けばもう、私達はルーピン先生の個室の前に着いていたのだ。

ダリアはドアをノックしてから中に声をかける。

 

「ルーピン先生。お届け物です。入ってもよろしいですか?」

 

「……あぁ、お入り!」

 

そしてダリアの声に驚いたのか一瞬間が開いてはいたけど、問題なく返事が返ってきたためダリアに続き私も部屋に入る。

中には驚いた顔のルーピン先生と……何故か同じく驚いた顔のポッターがいた。

 

「や、やぁ、ダリア。どうしたんだい? 届け物と言っていたけど、誰からのものだい?」

 

ルーピン先生の言葉を聞きながら、ダリアはポッターの存在に一瞬目を細めたが、問題にならないと判断したのかそのまま続ける。それに対しての先生の反応は、

 

「先生、スネイプ先生からお届け物です。一鍋分煎じておられましたので、必要であればスネイプ先生に仰ってください」

 

「……」

 

劇的なものだった。ただでさえダリアの訪問に驚いていた様子の先生は完全に固まり、ダリアがテーブルに置いたゴブレットを凝視している。

この反応を見るに、やはりただの『精神安定薬』ではないことは間違いなさそうだった。

ダリアは先生の反応に頓着することなく、あるいは()()()()()()()()()をしながら言う。

 

「では、先生。私達はたまたま通りかかったところで、配達を頼まれただけですので。これで帰らせていただきますね」

 

「あ、あぁ……。ありがとう、運んでくれて……。ダリア、ダフネ」

 

そして中々真面な反応が出来ずにいる先生と、ゴブレットをまるで毒物か何かだと疑っているようなポッターを残し、ダリアはサッさと部屋を後にしようとした。

逃げるように……。そしてどこか……()()()()()()……。

 

「さぁ、ダフネ。行きましょう。用事はこれで済みました。談話室で紅茶を飲みましょう」

 

「……うん。それでは、先生」

 

私はダリアに続き、部屋から出ようとする。

しかしそんな私達の背中に、

 

「ちょっと待ってくれ! 君達はこの薬が何か知っているのかい?」

 

部屋を出る直前、ルーピン先生の聞いたこともない程の大声がかかったのだった。

当然私は薬の内容など知らない。知っているだろうダリアの応えも、

 

「……いえ、知りません。私達はただ届けろと言われただけですので」

 

素知らぬものでしかなかったのだった。

私達は今度こそ部屋を後にする。

部屋にはどこか怯えた表情の先生と、やはり疑い深く私達を睨みつけているポッターのみが残っていた。

 


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